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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

グラデーション

作者: たにかわ

 何度神に祈っただろうか。

 叶いもしない想いを、願いを、数えきれないほど願っていた。




「おねーちゃん、みうね、彼氏出来たんだぁ」


 妹の美由の言葉が脳内に響く。そして漸く気付かされた。

 ああ、私は神に見放されたのだ。

 否、それは違う。私が、神を見放したのだ。

 妹を愛した私を、罪人と決断されてしまったのだ。


「…そう、美由可愛いもんね。」

「おねーちゃんだってキレイじゃん。何で彼氏作んないの?」


 私たちは、少しだけ変わった姉妹だった。

 姉の私、藤原美月と妹の藤原美由は、同い年の姉妹だった。四月生まれの私と、三月生まれの美由は校内でも少しだけ有名だった。双子ではないけれど同い年の私たち姉妹はいつもべったりで、外見はかなり違っているけれど、それこそ双子のようだった。

 そんな私たちは高校生になってからも変わらないはずだった。それなのに、両親は海外での仕事が決まってしまい、女子高の受験を終え、もう入学してしまった私たちを両親は『高校生になったんだから自分たちで何とかしなさい』と放り出したのだった。

 美由と二人きりの家は、一年以上たった今でも酷く緊張してならない。


「美由、髪の毛に何か付いてる。」

「え?どこどこ?取って!」

「はいはい。」


 茶色く、毎朝せっせと巻いている美由の髪の毛は、ふわふわしていてとても触り心地がいい。私は黒髪のストレートで、顔立ちは似ているけれど髪型と性格は正反対だった。

 髪の毛に絡まった糸くずを取ってあげると、美由はまた嬉しそうな顔を見せてくる。

 正直美由の彼氏の話は聞きたくない。それなのに美由が嬉しそうに喋るものだから、私は耳に入れないよう、記憶しないよう、ただ耐えるしかなかった。


「ねえ美由、一つだけ聞いてもいい?」

「なぁに?」

「彼氏のどこがすき?」

「えーと、ね、あのね?美由のこと全部好きなトコかなぁ」


 恥ずかしい、なんて云いながら赤く染まった顔を両手で隠す美由を愛おしいと思う。それなのに、美由の想う相手は私ではないのだ。そのことだけが酷く哀しい。泣きそうになるのを必死に抑えながら、私は笑顔を浮かべた。そうすれば美由も笑うから、そうするしかなかった。


「美月、次移動だけど。」

「ああっ!ごめんねおねーちゃん!美由も帰るね!」

「こけないようにね。」

「もう!そんなドジじゃないもん!」


 そう云って自分の教室にバタバタと戻っていく美由を見送ってから、移動教室の準備をした。

 今私を待ってくれている凛はクラスメイトで、背が低めのショートカットの、クールな女の子だ。私の親友でもある。


「…なんて云うか、相変わらずバカっぽいね、あんたの妹。」

「あの子はそこがいいの。」

「ふうん。まあ変な男に引っかかんなきゃいいけど。」

「確かに。凛、お待たせ。」


 凛と肩を並べて歩く。

 凛は知っている。私が美由を想っていることを。


「結構寒くなってきたね。」

「秋冬物の服買いに行く?」

「今日はパス。バイトあるし」

「そっか」

「また今度ね。あたし美月に着せかえされるの好きだし。」

「だって凛ってば可愛いのにオシャレに目覚めないから気になって気になって。」


けれど凛は私の気持ちのことを知らないフリをしてくれている。私の心が潰れてしまわないように。それは凛のわかりにくい優しさだった。けれどその優しさに、私は救われていたのだ。


「そーいや美由の彼氏の話、何か噂を聞いたんだけど…」

「え?」

「いや、でも内容忘れちゃったんだよね。思い出したら云うよ。」

「うん…」


 凛のその言葉に、胸が少しだけざわついた。

 特に他人に興味のない凛が聞いた噂は一体何なのだろう。私は未だ美由の彼氏の名前すら知らないのだ。

 本当は、知りたくないから覚えていないだけなのかも知れないと思いながら、ゆっくりと目を閉じた。

 隣に凛の気配を感じながら、教師の声をただ聞いていた。シャーペンは持ったまま、ノートには授業の内容を一文字も書けなかった。


 妹を愛した私は罪人ですか。

 それならば罰をお与えください。

 もし本当に、神がいるのならば。






 授業が終わり、凛と教室に戻る。すると私の教室のドアの前には既に美由の姿があった。

 美由に友達がいないわけではない。それなのに美由は休み時間の度に私の元へとやって来るのだ。それが私の至福だった。


「おねーちゃんおかえりー」

「ただいま。」


 美由の頭を撫でながら教室に入る。凛は溜息を吐いていて、前に『美月が甘やかすからいけない』と云われたことを思い出した。


「美由どうしたの?何か楽しそうだけど。」

「あのね、今日アキラの家行くんだー」

「アキラ?」

「美由の彼氏の名前だよ。覚えてないの?」

「ああ、そうだったね。」

「どうしたの?おねーちゃん不機嫌?」

「そんなことないよ。帰るのは遅くなるの?」

「わかんないけど、遅くなりそうだったら連絡する。」

「ん、わかった。」


 そうか、美由の彼氏の名前はアキラと云う名前だったのか。ちらりと凛を見れば、何か考え込んでいる。


「りんちゃんどうかしたの?」

「ねえ、アンタの彼氏って東高で一個上の宮本アキラ?」

「うん。そーだよ。」

「あースッキリした。」

「え?なになに?アキラがどうかしたの?」

「何でもないよ。気にしないで。」

「ええー?」


 凛はきっと、さっき云っていた美由の彼氏の噂を思い出したのだろう。美由のいない場所で凛は云ったりなどしない。気になる気になると美由が凛の肩を揺さぶっているが、口の堅い凛はつんと顔を背けていた。

 そうしているうちにチャイムが鳴り、美由はバタバタと慌しく自分の教室に帰って行った。


「あーうるさかった。」

「凛は美由のこと嫌い?」

「嫌いじゃないけどめんどくさい。あたし一個年下に幼馴染がいるんだけど、美由とタイプ似てるから、何か二倍うるさくなった感じ。」

「あはは、そっか。」

「だから、嫌いじゃないよ。」


 すきでもないけど、と凛が小さく呟いた。

 授業が始まり、六限目は眠いという凛が、黒板も見ずに何かを書いている。書き終えたのかちらりと視線を寄こされ、先生が黒板に向かった少しの隙に何か手紙を渡してきた。


(何だろう…)


 そう思いながら簡素に四つ折にされた凛からの手紙を見る。そこには美由の彼氏、宮本アキラの詳細が事細かに書かれていた。


(宮本アキラ・七月生まれの高校三年生・十八歳…)


 身長は少し低め。美由と並ぶときっとヒールで美由の方が高くなってしまうだろう。頭の良さは上の中、サッカー部所属。外見もどうやらそこそこらしく、なるほど、モテそうな人物像だ。美由はこういう男がタイプなのか。


(でも何か手が早そうで嫌な感じだな…)


 私のその嫌な予感は的中だったようで、授業が終わってバイトに向かう凛に彼女がきれたことがないと云われた。


「でも、宮本アキラの方からアプローチしたのは美由が初めてなんだって。」

「…どこまで情報得てんの。」

「蛇の道は蛇って云うから。じゃねー」

「ああ、うん、また明日」

「バイバイ」


 ひらひらと手を振って、笑顔で教室を後にした。残された私は美由も来ないからと、図書室に向かった。

 図書室はいつも静かで、少し埃っぽいけれど、少しくすんだ本の匂いが私は好きだった。好きなものは私にだってある。オシャレに小説、けれどどちらも美由には敵わないのだ。


(あ、これまだ読んでない)


 好きな作家さんのまだ見ていない本を見つけて嬉しくなった。本を手に取って窓際のお気に入りの席に座る。表紙は美しい青空が広がっていた。ぱらりと表紙をめくり、小説の中にのめり込んでいった。

 まるで、現実逃避をするように。






「あのー…」

「…え?」

「すみません、もう図書室閉める時間なんですけど…」

「ああ、ごめんなさい。これ、貸し出しお願いできますか?」

「はい。ではカウンターでお願いします。」


 図書委員の女生徒に声をかけられて我に返った。読みかけの本を手に、図書カウンターへ向かう。その図書委員の彼女は、よく見れば美由と正反対に真面目そうで、黒く長い髪の毛を二つに緩く括っていた。きっと望んで図書委員になったのだろうなどと考えていると、貸し出しの処理が終わっていた。


「お待たせしました。」

「いえ、ありがとうございます。もう外真っ暗ですね。」

「日が落ちるのが早くなったからですね。私も片づけして早く帰らなきゃ。」


 そう云う彼女に、申し訳ないという気持ちが生まれた。どうせ家に帰っても、きっとまだ美由は帰っていない。


「私で出来ることでしたらお手伝いしますよ。私のせいで遅くなってしまったようですし、一人より二人の方が早くないですか?」

「え、あの、いいんですか?」

「もちろんです。」

「じゃあ、椅子と机を真っ直ぐに揃えていってもらえますか?」

「はい。」


 バラバラになってしまっている図書室の机と椅子を綺麗に並べていく。そういえば彼女の名前も聞いてなかったと気付き、これが終わったら聞こうと思いながら作業を進めた。


「終わりました。」

「あ、ありがとうございます。私ももう終わりますので帰っていただいても大丈夫ですよ、藤原さん。」

「…私、名前云いました?」

「あ、ごめんなさい!図書カードとあと、その、藤原さんは有名なので…」

「ああ、珍しいみたいですね、同い年のきょうだいって。」


 そう云って笑って見せた私に、顔を埃で汚してしまった彼女が真剣な顔で私を見つめた。

 何だろう、この反応。私は何か変なことでも云っただろうか。


「それもありますけど!二人とも美人だから有名なんですよ!」


 そう力説をされて、思わずくすりと笑ってしまった。笑った私に、彼女は首を傾げた。手を伸ばして、顔に付いてしまっている彼女の頬を撫ぜた。


「え?え、と…?」

「顔、埃付いてたから。」

「ご、ごめんなさい!」

「?どうして謝るんですか?」

「綺麗な手を、汚してしまって…」


 奥ゆかしいのか、顔を赤く染めている彼女の名前を結局聞きそびれてしまっていること思い出した。


「名前、教えてください。」

「え?私の、ですか?」

「はい。」

「…野村歩です。三年なんですけど…」

「それじゃあ敬語使わなくても大丈夫ですよ。私の方が年下ですし。」

「え、でもっ…」

「私のことは下の名前で呼んでもらえますか?妹も藤原ですし、私も歩先輩って呼んでもいいですか?」

「…はいっ!」

「敬語、出てますよ。」

「すぐには無理ですよ…」


 しゅんとする歩先輩を見つめてみた。

 美由とは何もかも違う。髪形も顔付きも身長も。落ち込む彼女のつむじが見えた。


「歩先輩、終わったなら帰りましょう。どっち方面ですか?」

「えと、私は徒歩であっち、なんだけど…」


 彼女のさす方角は私と同じで、一緒に帰りましょうかと誘ってみた。そうするとやっぱり恥ずかしそうにでも、と云うものだから面倒くさくなってしまい、左手には自分と彼女の鞄、右手で強引に彼女の腕を引いて、図書室の鍵を掛けて職員室に鍵を預けた。


「じゃあ、帰りましょうか。」

「う、うん…」


 彼女と肩を並べて歩くと、ますます小ささが際立って見えた。百七十センチに近い私から見て、凛よりも小さい女の子と歩くのは不思議な感覚だった。


「先輩。」

「何?」

「先輩って身長いくつくらいですか?」

「えっ、とぉ…」

「あ、云いたくないならいいですよ。だいたいこのくらいかなーとは思ってますから。」

「云う!云うから!」

「じゃあ教えてください。特に他意はない素朴な疑問なだけですから。」


 そう云うと、先輩は小さな身体をますます縮こまらせしまった。失敗した。これは彼女のコンプレックスだったか。


「…じゅう、くらい…かな?」

「あ、ごめんなさい。聞こえなかったんでもう1回お願いします。」

「ひゃくごじゅう、くらい、デス。」

「いいですね。」

「何でっ?大きい方がよくない?」

「大きいと可愛くないみたいですよ。世間一般的には。」

「私はもうちょっと身長欲しかったな…」

「可愛いからいいじゃないですか。」

「可愛くないよ。藤原さんくらい綺麗だったらいいけど…」

「先輩。」

「え?」

「私の名前、知ってるんでしょ?呼んでください。」


 立ち止まって先輩の顔を覗き込むと、何だか複雑そうな顔をしていた。もう辺りは暗くて顔色は伺えない。


「…みつき、さん。」

「美月でいいですよ。」

「無理無理っ!私にはハードルが高いよー」


 泣きそうになりながらそう云う彼女を可愛いと思う。けれどときめかない。私は美由が好きなだけで、レズビアンではないのだ。


「あ、私ここだから…」

「じゃあ、おやすみなさい。」

「まだここから遠いの?」

「そんなことないですよ。先輩、また図書室行きますね。」

「あ、うん!またね!」


 図書室にはよく行くけれど、たいていいつも美由がべったりとくっついているからあまり眼中になかった。彼女のような人もいるんだと思い、私は家に向かって歩く。

 美由ののろけを聞かされるという地獄が待ち構えているのだと思うと、その足取りは重かった。


「おねーちゃんおかえり!」

「ただいま。美由のが早かったんだ。」

「何回もケータイかけたのに出てくれないんだもん!心配したよ!」

「図書室で本読んでたから遅くなったの。だから携帯もマナーモードにしっぱなしだった。ごめんね、美由。」


 玄関を開けるとそこには妹の姿があった。まだ彼氏の家にいると思ったのに、と少し意外だった。


「ねえねえ聞いてー」

「聞くから待って。美由、ご飯まだ?」

「うん。お腹すいた。」

「じゃあ適当に作るから、あっち座って喋ってて。ちゃんと聞いてあげるから。」

「はぁい。」


 ダイニングテーブルに座った美由は、部屋着で脚をブラブラさせている。長い髪の毛は高い位置で緩くおだんごにしている。いつもの美由の家での姿だ。何を戸惑うことがあるのだろう。


「あのね、アキラんち行ったんだけどね、お母さんと二人暮らしなんだって。」

「へえ。」

「でもね、何かお母さん仕事でいなくてアキラと二人っきりになっちゃったから、怖くて逃げちゃったの。」

「それは正しい判断だよ。」

「そうなの?」

「そう。手の早い男はよくないよ。」

「そうだよね!」


 簡単にオムライスを作れば、嬉しそうに美由がケチャップで文字を書き始めた。これもいつものことで、私の分にはすこしへたれた感じに『みつき』とハートが書かれていた。美由のオムライスにはやっぱり同じように『みう』と大きなハートが書いてあった。『アキラ』って書くかと思ったのに、そんな些細なことが嬉しくて仕方がなかった。小さなしあわせを壊したくなかった。


「でもね、アキラがおねーちゃんに会いたいんだって。」

「イヤ」

「ちょっとくらいいいじゃん!ケチ!」

「………美由は、私が美由のことすきって知ってた?」


 オムライスを食べる手が止まる。私たちは向かい合ったまま見つめ合った。

 ああ、私たちはまるで本当に双子のようだ。髪型以外、何も変わらない。同じ顔立ちによく似た声。けれど性格は正反対。ずっと私の後を付いてくる美由が愛しくて堪らなかった。

 抱きしめて、キスをしたい。私にそう思わせるは美由だけなのに、こんなに傍にいるのに、何も出来なくて歯痒くてしかたがなかった。


「おね、」

「ごめん、私先に休むね。」

「ちょっと、おねーちゃん!」

「お休み。テーブルはそのままでいいよ。朝片付けるから。」


 美由からの答えを聞くのが怖くて、私はリビングから自分の部屋へと逃げ出した。逃げ出しても、何も変わりはしないのに、それでも逃げ出さずに入られなかった。あの子の瞳に映る自分は、きっと酷く醜かっただろう。

 神様、早く私を殺してください。






 朝、目が覚めても私の身体は重かった。

 シャワーを浴びて、メイクをして学校に行かなければと思うのに、美由と顔を合わせるのが怖い。

 しかし部屋に篭っているわけにもいかず、仕方なしに身体を起こし、自分の部屋の扉を開けようとした。けれど、何かが扉に引っかかってしまっているようでうまく開かない。


「何これ…?」

「んぅ…」

「美由っ?」

「おはよーおねーちゃん…」


 私の部屋のドアの前で、美由は毛布に包まったまま眠っていたようだった。私が慌てて開いた扉から飛び出し、美由の身体を抱きしめた。


「大丈夫?風邪引いてない?」

「大丈夫だよ、おねーちゃん。」

「………っ」


 美由のへらりとした笑顔を見て、私は涙が溢れた。けれどそれを気付かれないように、もう一度強く美由の身体を抱きしめた。


「みうね、おねーちゃんのことだいすきだよ。」

「美由…?」

「すきだよ。アキラより、だいすき。」

「…うん、私も美由が一番すきだよ……」


 私たちの『すき』はきっと意味が違うだろう。それでも、一晩中私のことを考えて、やけくそみたいな告白に、きちんと答えてくれた。

 美由はいい子だ。茶髪で、ギャルっぽいっていうかギャルで、頭が弱くて、本当は女の子の友達なんて数えるほどしかない。そんな美由が、私は本当にずっとずっと好きだった。家族愛だけではなく、1人の人間として美由を愛していた。


「美由、今日手繋いで学校行こ。」

「いいのっ?」

「だってアンタ、私のこと大好きなんでしょ?」

「うんっ!」


 気が付けばもう時間もギリギリで、私たちは慌ててシャワーを浴びてお揃いの制服に袖を通した。濃紺のセーラー服にプリーツスカート。美由は白のカーディガンを着て、そこからは少しだけスカートが覗いていて下着が見えてしまいそうだ。けれどそんなことお構いなしに美由は必死に髪の毛を巻いている。私はくすりと笑って、赤いスカーフを巻いた。

 今日の授業はきちんと聞こう。昨日ぼんやりとして聞けなかった授業は、凛にノートを借りよう。なんて考えていたら、準備の整った凛が近寄ってきた。


「おねーちゃん、準備できた?」

「出来てるよ。」

「じゃあ行こ!」


 そう云って、何の躊躇いもなく美由が手を伸ばしてくる。カーディガンから少しだけ覗く美由の手を取って、私たちは誰もいない自分たちの家に向かって行って来ますと告げて学校まで走った。途中、昨日知り合った歩先輩を見かけて、おはようございますと声をかけたら、後から美由に誰なのかと散々聞かされた。


「みーうー?」

「だってだって!」

「図書委員の先輩だって云ってるでしょ。美由にはアキラとやらがいるじゃない。」

「やだやだ!おねーちゃんは私のだもん!」

「昨日は彼氏がどうとか云っといて…」


 そう云いながら背中からぎゅうと抱きしめられる。悪い気はしない。むしろいい気分だと浸っていたら、凛に頭を小突かれた。


「美月、顔にやけてるよ。」

「あ、おはよう、凛。」

「りんちゃんおはよー」

「おはよう、美月。」

「えー?りんちゃんみうにはー?」

「美由には美月がいるからいいでしょ。あと彼氏。」

「だってぇー」

「二兎を追うものは一兎をも得ずだよ。」

「そうなの?」

「そう。アンタ美月と彼氏、どっちの方が大事?」

「おねーちゃん。」


 そう即答した美由に、私と凛は顔を見合わせて、それから少しだけ笑った。わけがわからない美由はただ首を傾げていた。




 それから暫くして、美由の彼氏に無理矢理合わされた。するといきなり『お姉さん』と呼ばれ、腹が立った私はにっこりと笑顔を浮かべてこう述べた。


「ふざけんな。私はお前のお姉さんじゃない。」


 面食らったその男を放置して私にフォローに回った美由にショックを受けている。私を抱きしめる美由越しに見えたその男に向かって勝ち誇った視線を送ってやった。

 私は美由を愛し、そして美由も私を想ってくれているのだから、これくらいは許されるだろう、などと思いながら。


「ねえ、美由。」

「なぁに?」

「このアキラって男と私、どっちが好き?」

「おねーちゃんに決まってるじゃん!」

「ええっ?」

「だよねー」

「ねー」


 目の前の男を置いてきぼりにして、私たちは顔を見合わせて笑った。






 私たちは、血の繋がった姉妹だった。

 四月生まれの私と、三月生まれの美由。同い年だけれど双子ではないちょっと不思議な関係。

 これからもきっと、美由に付きまとう男に嫉妬を覚えるだろう。けれど、美由にとっての一番が私ならばそれでも構わない。

 私は、少しだけ大人になった。

 いつか美由が結婚をしても、私たちが姉妹であることに永遠に変わりはないのだ。


 私の恋に、美しい未来は来ない。けれど、それでもいい。

 私はこれからも、叶わないと知りながら妹の美由を愛し続けるだけなのだから。

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