イテレーション
「早見さんは何処?」
研究室のドアを開け、目的の人物がいないことを認めると周りの学生に居所を尋ねた。
顔色の悪い学生たちは顔を見合わせ首を横に振った。
研究室にいないとなると、どうせいつもの彼女の特別実験室だろう。
研究室を出て特別実験室に足を向けた。が、途中で思いとどまりベランダに出る。胸ポケットから煙草を取り出しジッポで火をつけて大きく煙を吸い込む。
どうせ、彼女の所に行くとストレスが溜まることになるだろう。なので、今のうちにニコチンを補給しなければならない。フィルターぎりぎりまで煙草を消費して再び礼の場所へ足を向ける。
ノックを二回。
返事はない。
しかし下手な歌声がドア越しにも聴こえてくるので、いるのは間違いない。
歌っているのはブルーハーツの『未来は僕等の手の中』。のサビの最後の部分を『未来は私の手の中~』と勝手に代えて歌っていた。
返事を待たず部屋に入る。
彼女は振り向き、僕を認めた。しかし歌うことを止めない。いつものことだ。
早見青、周りから変人との称号を得ている彼女は他にもおかしな癖、というか言動というか行動というか……。兎に角、色々と変なのだ。
これは最近発見した彼女の法則なのだが、歌を歌っていたら最後まで歌いきるまで終わらないということだ。
「未来は私の手の中!」
その法則に、歌詞を自分勝手に代えるという注意書きを付けたしておこう。
高らかに歌い終わった早見女史は自慢げな表情で僕を見上げて来る。どうしたらいいのだろう、歌をほめればいいのか。
「テスト終わりましたよ、はい、解答用紙」
彼女の表情に関しては無視して、今しがた終わったテストの解答用紙を突き出した。そのテストは彼女が受け持っている講義のもので、僕が試験官をする必要はないのだが、何かと付けて雑用を押しつけられる。
「ふふふ、そうか、やはり君だったか。やはり劣化は発生源の身近から起こるものだと予想していたよ」
解答用紙を受け取らず、探偵がよくやるように(僕の勝手なイメージ)顎に指を添えて得意げに話し始めた。
しかし、脈絡なく始まったその話は要点もつかめず全く意味がわからない。
「じゃあ、早めに成績付けてくださいよ。また前回みたいに遅れないように」
向こうのペースに巻き込まれることなく、確固たる自分を維持する。それが今年の目標なので、解答用紙をデスクにおき、要件を済ませた僕は早々に部屋から立ち去ろうとした。
「待てーい!」
急ぎ足で出口に向かっていた僕に向かって早見女史は飛びかかり、服の裾を掴んで僕を巻き込み派手に転倒した。
その際に先ほど渡した解答用紙もぶちまけ、折角綺麗に揃えた用紙が宙に舞った。
「何すんだ!」
前のめりに倒れ込んだ僕は、覆いかぶさる形になっている彼女を引っぺがして叫んだ。
これが二十六歳の大人がすることか。それとも、この若さで教授に慣れるぐらいの天才は皆こんな風なのだろうか。
「まあまあ、落ち着いて」
起き上った彼女はそういいながらも、興奮しているのか自分自身が忙しなく体を揺らして落ち着きがない。
「何? 別に暇な訳じゃないんだからな」
彼女は年上で、大学における身分もかなり上だが、幼い容姿と言動で敬語を使うのはやはり抵抗がある。さすがに人前では敬語だが、二人きりになるとついタメ口になってしまう。
「いつも煙草吸ってるだけじゃないか」
「僕は夜型なんだよ」
確かに昼間の僕だけをしたら学校や研究室をぶらぶらしているようにしか見えないかもしれないが、夜にはちゃんと作業をしているのだ。
「まあそれより、驚くでないよ。今度の発明は今までに類を見ないものだよ。核兵器さえも超越した存在だよ」
先ほどぶつけたのだろうか。赤くなった鼻をさすりながら早見女史は話した。
馬鹿らしい、と一蹴できないところが辛い。
彼女が天才であることは近くに居る僕は良く分かっている。とあるジャーナル誌では彼女のおかげで二十年技術が進んだといわれているほどだ。
そんな彼女がこれまでにないという、それはどれほどすごいものだろうか。
僕は固唾をのんで尋ねた。
「兵器、なんですか?」
そして思わず敬語になる。
「いんや、殺傷能力なんて零だよ」
「じゃあなんで核兵器なんかと比較するんだよ」
安全なものと分かり一安心した。
「例えだよ例え、しかし……」そこで彼女はにやりと笑った。「見方によれば本当に核兵器以上、全人類の命を握っていると言っても過言ではない」
不敵な笑みを浮かべ続ける彼女は嘘を言っているようには見えない。
全人類の命だって? やっぱり兵器なんじゃないのか。
「で、何を作ったんだ……?」
「聞いて驚くなよ……」
しかし彼女はすぐに答えを言おうとせず、焦らすように腕を組む。
「なんだよ……」
静寂。
パソコンのファンの音がやけに鮮明に聴こえる。
精密機器が多いため、十度後半に温度が設定されているこの寒い部屋の中に居ても背中が汗ばんできた。
目を見開き、ついに彼女は口を開いた。
「タイムマシンだ!」
「じゃあ、成績、遅れないように」
全く、無駄な塩分を消費してしまった。
取りあえず煙草でも吸おうと部屋を出ようとする。
「待て―い!」
二度目はさすがによけれる。
しかし彼女はめげずに足をからめて僕を床に伏した。
肘を床に強打ししばしの間悶え苦しんだ。
「何しやがる!」
「話を最後まで聞け!」
また顔を打ったのか涙目になり、鼻水が少し垂れている。その姿がなんとなく可愛かったので話を聞く姿勢はとってやった。
「で、タイムマシンだって?」
僕は鼻で笑う。
いかに彼女が天才だろうとこればっかりは信じられない。
「あ、馬鹿にしたな! この前、英語で質問されてしどろもどろになってたくせに」
「関係ないだろ! それにもう去年の話だ」
「兎に角、私は確かに作った! 時間を遡行する装置――そう、タイムマシンを!」
「すごい、すごい」
そう言って子供をあやすように彼女の頭を撫でた。頭一つ半分低い身長の彼女の頭は程よい位置にある。
「やめい!」
手を払いのけ後退し、僕を睨みつける。が、全然迫力がない。潤んだ瞳のせいもあって涙をこらえているようにしか見えない。
「いくらなんでもタイムマシンは……」
呆れるように僕は呟いた。
せめてネーミングをもっと硬いものにしてくれれば、せめて真面目に話を聴く気にはなれたかもしれない。
「ふう……、君、気がつかないか? この香りに」
「香り?」
言われてみて初めて気付いたが、確かに何かの匂いがする。
花の匂いだ。これは確か――
「そう、ラベンダーだ」
僕の答えを遮り彼女が答えた。
「なぜ?」
僕がそう言うと早見女史は両手の掌を上に挙げた、呆れたよ全く、といったポーズをとった。非常にいらつくポーズだ。
「君、時をかける少女は読んでいないのか?」
「アニメは見たよ」
「違う、筒井康孝だ」
「ああ、昔読んだような」
アニメ版の原作というわけではない。主人公が少女で時をかけるというのは同じだが、時代もストーリーも全く違った記憶がある。
そして小説の方では確か、タイムトラベルに使う薬品の匂いがラベンダーの香りがするものだった。
そのラベンダーとこの部屋の匂いは関係があるのだろうか。
「思いだしか? そういうわけだ」
思いだしはしたが。さっぱり理解できなかった。
「小説に出てきたタイムトラベルの薬品を精製したと?」
「いや、作ったのは装置だ。薬品じゃない」
「装置からこの匂いが?」
「いや、百均で買ってきたアロマオイルだ」
「つまり装置とは?」
「関係ない」
そろそろ帰っていいだろうか。
僕の帰る雰囲気を察してか素早く彼女がドアの方に回り込んだ。
「ロマンだよ、ロマン!」言い訳すように彼女は言った。「アニメや小説の舞台となった場所を回る、いわゆる聖地巡礼的なそれだよ!」
「ああ、そう……。小説を再現したかったと?」
言いたいことは分かる、分かるが、何だ、この不毛なやり取りは。
「その通りだよ」
「いや、これじゃダメですね」
「うん?」
「まず第一に、タイムトラベルといったら夏休み!」他に呼んだタイムSFものの小説の舞台が夏休みだった気がする。根拠はそれだけだ。ちなみに今は冬。「そして少女! 時をかける少女然り、やはり主人公は高校生の少女でなくては……」僕は芝居ががった仕草で首を振る。「季節はどうにかなる。大学ということで夏休みという設定も大丈夫。しかし、悲しいかな、あなたはもう高校生には戻れない。それこそタイムマシンでも使わない限り」
「分かってるよ、別にそこまでこって――」
彼女の言葉を遮り僕は演技を続ける。
「いや大丈夫。実年齢が例え二十代後半だろうが見かけは容姿は幼い。まだ学生でも、いや、高校生でも全然通用するでしょう。夏まで待って、セーラー服のコスプレして、ここを理科室、でしたっけ? にすれば完璧ですよ。……あ、逆に足りない部分も――ぐっ」
全ての台詞を言い終わる前に、僕の視線が彼女の控え目な胸に移ろうとしたところで強烈なローキックが炸裂した。
「誰がぺしゃんこだ!」
そんな単語は出していない。が、脛を押さえ蹲った僕は痛みで声が出なかった。
「あと、二十代後半って言うな! 半ばだ!」
普段は温厚で、怒るところなどめったに見せない彼女だが、年齢と体型、特に胸部のことについて触れられれば怒りを隠さない。
以前、彼女の胸を『x-y座標平面』などと、うまい事を言っていた彼は今、何処で何をしているのだろう。長いこと忘れていたが、今の痛みで急に彼のことを思い出した。
以来、彼女はプレゼンでも学会発表でも意味もなく三次元のグラフを用いたという。
「冗談はさておき、どんな装置なんだ?」
未だ痛みの引かない脛をさすりながら尋ねた。
「うむ、全貌はごちゃごちゃしてるから概要だけ」彼女は腕を組んで説明を始めた。腕を組んでいる位置が若干高い気がするのは気のせいだろうか。まるで何かを隠しているような。
「うん。手短に。」
彼女の言う通り、この部屋は非常にごちゃごちゃしている。様々な機械がひしめき合い、絡み合っている。
「ここにスタートボタンがある」
彼女が示すラップトップの画面には自作と思われるソフトウェアのGUI。様々なパラメータが表示されているがほとんど理解できない。誰でも分かるのが『START!』と書かれたでかいボタンだけだ。
「うん」
「これを押せば二十四時間前に戻る」
「それで?」
「以上だ!」
「では……」
徐にボタンを押そうとすると、すごい勢いで止められた。
「何をする! 時間が戻ってしまうじゃないか!」
「戻せるものならやってみろ」
ボタンを押すため、僕の腕にしがみつく彼女を引きはがそうと試みる。
「待て! 話をきけ!」
「なんだよ」
「猶予を与えなければならない。それに楽しみがなくなるだろう?」
「……は?」
意味のわからない彼女の言葉に力が抜け、腕にしがみついていた彼女は床にずり落ちた。そしてまた顔を強打。一日に何度打ちつければ気が済むのだろう。
「この装置は先ほど、ちょうど正午十二時に完成した」
つまり、出来あがってから一度も試してないというわけか。時間が戻っていないのだし、当たり前か。そもそも戻るとは思っていないが。
「それで、何? 猶予って」
待ってましたと言わんばかりに、意気揚々と彼女は語りだした。
「始めから、装置が出来上がって一時間後に起動すると決めておいたのだよ。つまり残り十五分後だ。この数十分、様々な状況を思い浮かべてにやにやしていたのだよ。しかし、どうやら今回ではなかったようだな」
「……なんだって?」
謎はますます深まるばかりだった。
理解を得られてないと知ると、早見女史は馬鹿な子供を見るような呆れた表情を浮かべて、大げさにため息をついた。
むかついたので、でこピンをくらわしてやった。
「痛っ! まったく、最初私がなんて言ったか思い出してみろ」
「未来は私の手の中」
「違う、次の台詞だ」
なんて言っていたか……、意味不明な台詞だったので聞き流したのだが。
意識を集中して記憶を思い返す。そう、確か、
『ふふふ、そうか、やはり君だったか。やはり劣化は発生源の身近から起こるものだと予想していたよ』
「だったか?」
「そうそう、これで分かっただろう?」
「分かるか!」
もう一度でこピンをくらわした。
「だから痛い! うーん、そうか。君は何か思い違いをしているな。そもそも時間を戻すとはどういう事だと思っている?」
「それは――」あの小説を例に挙げたぐらいだから、自分自身が時間を遡る。そこには過去の自分も存在して自分が二人いることになってしまう。または、記憶だけが過去の自分に上書きされる。いわゆるタイムリープと呼ばれるもの。それのどちらか「――じゃないのか?」
「いや、無理無理。そんなこと」
「はあ?」
「誰もタイムトラベルできるなんて言ってないよ。ただ時間を戻すだけ。いやしかし……、当たらずとも遠からず、かな」
わからない。ただ時間を戻す?
それがどういうことなのか、何を意味するのか、未だにわからなかった。もしかして自分は馬鹿なのか。天才の言うことは欠片も理解できない凡人なのか。
成績はそれなりに優秀な方だったのだが、少し自信がなくなってきた。
「ただ時間を戻す?」
もはやオウム返しで質問することしかできない。
「そう、このボタンを押すと今日の深夜零時に時間が戻る。ただ時間だけが。そして、また同じ今日が始まるというわけだ」講義のときの口調で淡々と語る。「そう! だから今現在のこの時間が、この会話が初めてだという保証はない。まあ、証拠もないのだが」
「……」
僕はぽかんと馬鹿みたいに口を開けていた。
要するに、時間は何度も戻っているかもしれない。しかし、誰もそれを認識できない。証拠もない。それは、ただの妄想と何ら変わりないではないか。
「ふふっ、言葉も出ないか」
早見女史はない胸を張って威張る。
「それは、ただの妄想だ」
「確かに、そう捕われても致し方ない。だが、それを妄想とみなす証明もできないだろう? 何せ君はこの装置を理解していないのだから」
「まあ、それは……」
「未来は私の手の中」
彼女は徐に、抑揚をつけてブルーハーツの替え歌を歌った。
「ああ、そう言うことか」
彼女の替え歌の意味が今ようやく分かった。その替え歌は、彼女の装置が本物だとしたら、言い得て妙なものだった。
「そう、未来は私の手の中にあるんだ。ボタンを押す限り、時間は戻る。今日の十三時以降の未来は私の意思次第で、進むか戻るか決まる。今のところ進める意思はないけどね。全人類、全生命の命は、未来は私が握ってる。どうだ? 核兵器の発射スイッチ以上にこのボタンは非情なものだろう?」
全て、その装置が本物だと仮定した上の話でなら。確かに彼女の言うとおりだろう。全ての人が彼女によって同じ毎日を繰り返している。それは彼女自身も例外ではない。
未来が無い。それを認識させられず、同じ毎日を繰り返す。
とても残酷なことだと考えることもできるが。やはり認識でいない以上、そこには何の感情も伴わない。繰り返されていようと認識できない、観測できない、誰にも。それはもはや初めてと変わりがない。
繰り返しを実行している彼女さえも認識できないのであれば、誰がそれを観測するのか。神様とでも言うのだろうか。
その思考実験じみた発想には感心したが、もう一つ、あの彼女の台詞がまだ未解明のままだった。
「それは分かった。それであの台詞の意味は? 未だに意味がわからない」
「ああ、あれか。あれはヒーローに対する台詞だ」
「ヒーロー?」
またしても理解に苦しむワードが飛び出してきた。
「そうさ、私だって鬼じゃない。時間をいつまでも留めておいたりはしないよ。そこで私はヒールになることにした。恣意的に時間を繰り返すなんて、どう見たって悪役だろう? だからこの繰り返す世界の中でヒーロー持っている、今もなお」
「……つまり、このボタンを押すのをとめに来る誰かをもっていたのか?」
僕はなんとかその答えを絞り出した。
「そう、君が入ってきたとき、君こそがヒーローだと思ったのにな」
なるほど、いやしかし、まだよくわからない。
「どういうことだ? 時間は戻るだけで人の記憶なんかは戻らないのだろう? 今の話じゃ止めに来るヒーローは時間と共に記憶も戻ってるみたいじゃないか。むしろ、そうじゃないと止めに来ることなんてできない」
「その通りだ」
「はあ?」
もう駄目だ。さっぱりわからない。
素直に彼女の解説を聴くとしよう。
「劣化だよ」
「劣化、だって?」
そのとき、ふと思い浮かび、彼女の言わんとしている仮説をなんとなく理解できた。
しかし言葉には出さず、答え合わせも兼ねて彼女の言葉を待った。
「そう、デジタルデータならば何度コピー、もとい繰り返しを行なおうと、それは所詮0と1の集合に過ぎない。だから劣化はしない」僕は頷く。「しかし、どうだこの世界は、私は、君は、単なる情報か?」
「いや……」
そう言って僕は首を振った。
「そう、この美しき非線形のこの世界は決してデジタルではない。繰り返すと劣化するのだよ。VHSやカセットテープのようにね」
古い単語が出てきた。
しかし、そのことでからかえるほど、近い昔のものではなかった。
「つまり、時間を戻すことを繰り返すことによって、劣化が起こり、コピーミスがおこる。それが記憶の残留が起こる、ということか」
発生源っていうのは此処のことで、身近は、つまり僕か。
「ただ……」一瞬彼女は弱気な表情になる。「一つ予想できないのが、その劣化がどういった形で現れるかだ。私も予想では記憶の残留と考えているが。あまり確証はない。世界が整合性を保とうとするなら、元凶である私を排除するかもしれない」
「排除って、誰に?」
「さあ、世界の強制力とかじゃない」
「また曖昧な」
「さてそろそろ時間だ。過去か未来にまた会おう」
そう言って彼女はカウントダウンを開始する
はてさて、彼女のその自信はどこからやってくるのだろう。これまで話してきたことは全てその装置が本物だということが前提だ。
これで意気揚々とボタンを押して、そのまま時が過ぎて行けばとんだお笑い草だ。散々バカにしてやろう。
「10……9……8……」
それともこれは彼女なりの冗談だろうか。彼女の話を聞いて最初よりは信じてしまっている自分がいる。
それは当初予想していたタイムトラベルというものよりかなりレベルが劣る今回のタイムトラベル。両社とも荒唐無稽なことに変わりはないが後者の方が現実的なことに、なんだかできそう、などと錯覚を起こしているのだろうか。
「7……6……5……」
それで何事もなく時間は過ぎ、神妙な面持ちの僕に向かって彼女は言うのだ『ははっ、信じた? ねえ信じた?』そんな分に馬鹿にするつもりに違いない。うん、きっとそうだ。
「4……3……2……」
だけど、もしその装置が本当だったら? 僕は何度もこの時を過ごしているのだろうか?
もしくは、これが最初野という可能性もある。
一番恐ろしいのは、装置が本物で劣化が起こらなかった場合。VHS,カセットテープとこの世界は似ても似つかないどころか、比較することも間違っている。
すると、この世界は未来に進むことなく永遠に今日を繰り返すことになる。
それを止められるのは、今此処に居る僕だけではないのか……。跡でどんなに笑われてもいい。時間ももうない。彼女を止めなければ。しかし、僕の気配を感じ取ってか、
「残念、君に止める権利はないのだよ……0」
五月蠅い目覚しを殴るように止める。
いつも学校に出向くのは昼過ぎだが、今日はテストの試験官をしなくてはならない。それは自分の役割ではなく早見女史のものなのだが。嘆いたところでどうしようもない。
久々に早起きしたせいか頭が痛い。
珈琲を流し込み家を出る。
テストが終わり、途中一服してから解答用紙を早見女史に届けに行く。
彼女の部屋から彼女自身の者と思われる歌声が聴こえてきた。
「未来は私の手の中!」