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ハルと異世界の地下迷宮  作者: ツマビラカズジ
第一章 始まり
8/169

#008 地下四階

 目の前が瞬時に、白から薄暗い部屋へと変わった。

 

 俺達は今、地下迷宮の地下四階にいる。

 勿論、地下四階へと下りる転移魔法円がある部屋では二つの魔法を習得した。

 冷気と麻痺解除だ。

 冷気の魔法は火球魔法の様に飛んでいく訳では無く、魔法円を向けた場所が酷く冷える魔法だった。

 範囲は三メートル四方だろうか。

 地下四階では冷気の魔法と水球の魔法を併用して大蜘蛛を狩る。

 そのコンビネーション攻撃を受けると、魔物の身体があまりに寒くて縮こまるらしい。

 

 ……なにそれ。

 

 尚、この階に出て来る蜘蛛は巣を張る事は無い。

 捕食する際は、口から糸では無く粘液を吐き、動けなくしてから食す。

 体液を吸うと言うより、捕食対象を溶かす唾液を出し、溶かしながら(すす)るらしい。

 

 体長はレン曰く一メートル前後が多い。

 だが、これまでの経験から最大三メートルは考えておくべきだろう。

 また、大蜘蛛は繁殖能力が旺盛で且つ、共食いを頻繁にするらしい。

 その所為か、色付きが発生する頻度が高い。

 これこそが地下四階でランクアップする見習い探索者が多い由来となっている。

 

 ……色付きが多い……か。レンの前振りだけに……

 

 

 

 転移魔法円のある部屋を出てから二十分程たった頃、最初の大蜘蛛を見つけた。

 体調は六十センチほどであろう。

 大きな赤い目が二つ、俺達を凝視している。

 大蜘蛛は通路を滑るように向かってくる。

 

「速い……」

 

 隣にいるロンが声を漏らした。

 俺も声にこそ出さないが同じ思いだ。

 大ムカデにしろ、この大蜘蛛にしろ、元の世界と比較して体が大きくなっているのにどうしてこんなに速く動けるのだろうか?

 どう考えてもおかしい。

 先日の大ムカデも体長三メートル近くあるにも拘わらず、スクーター並のスピードを出して襲い掛かってきた。

 

 時速三十キロだぞ。

 当たったら死ねる自信がある。

 

 ……あれ? それに追いつかれなかったと言う事は、俺はそれ以上に速く走れたのか……ランクアップの効果だろうか?

 そうだ! そうに違いない! そうでなければ、俺が槍を持ってカール・ルイス並に速く走れる訳がない。

 そう、ここは異世界! 難しい事を考えるのは止めて、あるがままを感じるんだ!

 

 レンが右手に水球の魔法円、左手に冷気の魔法円を出す。

 狙いを定め、水球が大蜘蛛を寸分違わずに命中した。

 次の瞬間には冷え切った空気が俺達の前方から漂い、その中心と思われる場所には霜に覆われ、凍りついた大蜘蛛が転がっていた。

 レンがその大蜘蛛に近づき、短剣で赤い珠を二つ切り取る。

 証拠部位である大蜘蛛の眼球だ。

 つづいて頭部にある魔力結晶を取り出した。

 俺とロンはレンの手際を見て覚えつつ、大蜘蛛の体を解体する。

 だが、燃やさないでいいらしい。

 大蜘蛛の体内は水分が多く、燃えずらいからだと言う。

 だから、冷気の魔法が有効なのだろう。

 

「これはまだ子蜘蛛ですね」

 

 ……そう言えば繁殖力が旺盛とか言っていた気がする。 ひょっとして、ひょっとするとこの階では物凄い数の大蜘蛛が待ち受けているのでは……

 

「あれはハルとロンでお願いします。ハルが冷気でロンが水球です」

 

 次の獲物に出会うのが早い! と言うか、向こうから寄ってきているのでは?

 繁殖力が旺盛で共食いをすると言う事は常に腹を空かせている状況。

 俺達探索者は格好の獲物と言う訳だ。

 俺達の相手は体長一メートル前後の大蜘蛛だ。

 成体と考えていいだろう。

 大蜘蛛がロンに対して口から粘液を飛ばした。

 それを上手く躱したロンは、すかさず水球を放つ。

 俺は水球が大蜘蛛に当たった事を確認した後、冷気の魔法を放った。

 先ほどと同様に、前方の空気が凍てつくように感じる。

 大蜘蛛は氷結して動くことが出来ない。

 俺は槍で止めを刺し、証拠部位と魔力結晶を採取した。

 

「また来ましたよ。次はハルが水球でロンが冷気です」

 

 大蜘蛛が息つく暇も無く襲い掛かる。

 一体何を目印に俺達の場所を把握しているのだろうか?

 蜘蛛の巣がある訳では無いので、振動で察知していると言うは無いだろう。

 いや、やはり地面から伝わる振動だろうか? 暗い地下迷宮では目では無いだろう。

 匂いも入り組んだ場所では分かりずらいからな。

 

 俺は大蜘蛛が水球の射程に入り込んだのを確認し、放った。

 飛び出した水球は狙いを外すことなく大蜘蛛に当たり、ロンの冷気がその動きを止める。

 

「ロン! 次がきます。急いでください」

 

 レンが注意を促した。

 ロンが目と魔力結晶を急いで確保し、俺が大蜘蛛の体節を切り離した。

 だが、少し遅かったようだ。

 視界の奥から大蜘蛛が新たに現れた。

 大きさは二メートル近い。

 これまでで一番の大きさだ。

 レンが水球を当てるも、冷気を放たなかった。何故?

 

 だが、考えている暇はない。

 俺は素早く近づく大蜘蛛に対し、慌てる事無く冷静に放った。

 冷気だけに……

 一度の冷気だけでは止められない。

 大蜘蛛との距離は五メートル。

 まだ大丈夫だろう。

 それならばともう一度放つ。

 俺は二度の冷気魔法で大蜘蛛をようやく止めることが出来た。

 槍を構え、大蜘蛛の目と目の間から頭部に突き刺す。

 勿論、魔力結晶のある場所は避けている。

 

「大蜘蛛の発生頻度が随分と高いですね」

 

 ロンが額の汗を拭う仕草をしながらレンに確認を取った。

 些か高すぎるのでは無いかと。

 

「そうですね。普段より若干高いと思います。ですが、慌てる程でもないでしょう」

 

 ……流石はレン。この程度の間隔は問題としないのだろう。

 その割には先ほど冷気の魔法を使わなかった理由が分からない。

 少しでも俺やロンが魔力を継承出来るように、手控えたのだろうか?

 

「レン。さっきは何で冷気の魔法使わなかったの?」

 

 ロンも俺と同じことを考えていたのか。

 やっぱり気になるよな。

 

「ああ、大量の魔物が現れてもロンとハルが冷静に対応できるよう、なるべく攻撃は控えようと考えています。これは他の組みも同じで、なるべく見習い探索者が攻撃を当てる事を目的にしています」

 

 どうしてそのような目的があるかと言うと、地下四階からは複数の魔物が一度に現れる機会が多くなるとの事であった。

 だから、見習い探索者に余裕があると見て取れた場合、引率者は手を出さない。

 

 ……分からないでもない。だが、出来れば事前に話して貰いたい。それとも、俺やロンがきちんと対処できるかを確認してかったのだろうか? うーん、その場合、何のためにそうしたいのかが分からない。

 まぁ、以降はなるべく俺とロンが主体となって対処すればよいだろう。

 

 俺とロンは簡単な確認をした。

 それを見たレンは満足そうに頷き、先を歩き出した。

 

 

 

 最初の大蜘蛛を駆除してから二時間は経っただろうか?

 俺とロンは既に約三十匹の大蜘蛛を退治している。

 二分に一匹の割合だ。

 勿論、一度に一匹では無く、二匹、三匹と大蜘蛛が現れるせいでもあった。

 今は、一辺が十メートル程ある部屋で結界の魔法を使って休んでいる。

 部屋の(あるじ)だった大蜘蛛は倒した。

 だが油断は大敵。

 俺達は尚も子蜘蛛が隠れていないか、周囲を確認する。

 

 すると、今までの部屋には無いものがあった。

 もう一つの扉だ。

 この部屋には入ってきた対面にも扉があった。

 その扉が何処に続いているか分からない。

 そう言えば、地下迷宮の地図とか無いのかな? まぁ、迷ったとしても迷宮脱出魔法で地下迷宮の入口まで戻れる。

 増えた魔物を狩るだけであれば、地図など不要なのかもしれない。

 だが、今後探索者として生計を立てていく以上、確認はしておいた方が良い。

 

「レン、地下迷宮の地図はギルドにあるのかな?」

 

「ええ、低層の地図ならギルドで閲覧できますね」

 

 ほう、低層ならあるか……中層以降の地図が無い理由とは。

 

「中層以降は何故無いの? あと、中層って地下何階?」

 

「中層は地下三十階以降の事を言います。三十階以降に行く探索者は稀にしかいない為、地図が作られません」

 

 ……地下三十階で低層だと……最深層は何階なんだよ。

 それと、探索者の最終目標は管理者の打倒と聞いたが……稀にしか行く人がいないとはどういう事なんだろう?

 

「何故、中層に行く人が少ないのだ?」

 

「それは低層の方が楽に稼げるからです。中層以降は危険も跳ね上がる割には収入が比例しませんから」

 

 ああ、悲しい現実。

 これは俺が最深部へ行こうとしても誰も助けてくない可能性が出て来たな。

 どうしよう……いやいや、元々これは俺の問題だ。

 他人を巻き込んでどうする? しっかりしろ! 俺!

 ふと顔を見上げるとレンが俺の顔を凝視している。

 どうした? 俺が諦めると思ったのだろうか? レンの顔は俺に諦めて欲しく無さそうだが……気のせいか。

 

「反対側の扉から誰か来る!」

 

 ロンが警告を発した。

 ロンは、誰か、と言っていた。

 同じ見習い探索者組だろう。

 だが、魔物の駆除目的に地下迷宮に入って初めて他の組と会うな。

 この地下迷宮、どんだけ広いんだよ。

 

 俺達が扉に注意を向けると、扉が開き出した。

 中の様子を探る様に白くて長い耳が突き入れられる。

 兎の耳だ。間違いなくウサミミだ。

 部屋に突き入れられたウサミミが室内を確認しようとキョロキョロ? している。

 なんか、可愛い。

 あれを触りたい……いや、慈しみたい。

 

「……大丈夫そうね」

 

 声も可愛い。

 出来れば顔も可愛くて、体も小さくて守りたくなる感じだと最高だ。

 いや、妻のエミはスタイルが最高に良い女だ。

 それは間違いない。

 

 ただ、俺は小さい女も嫌いではないというだけだ。

 勿論、小さいと言うのは背が低いという意味で未成年は論外だ。

 まぁ、この世界の成人は十五歳だがな。

 中に入ってきた兎人族? は俺の希望に反して、背が高かった。

 頭の位置だけなら先日会った虎人族の男と変わらない。

 耳を入れれば二メートルはあろう、女美丈夫だ。

 ああ、美人さんだ。

 

「あらレン、奇遇ね」

 

 そうか、同じ引率者であるレンとは既知の間柄であっても不思議ではないか。

 探索者ギルドに所属しているのだろう。

 ひょっとしたら、レンと同じ職員なのかもしれない。

 レンも挨拶を返した。

 

「やあ、ドリス。順調かい?」

 

 兎人族はドリスと言うらしい。

 

「思ったより数が多くて、手こずったわ。でも、何とか二人ともランクアップ出来そうよ」

 

 ドリスが後から入ってきた見習い探索者に視線を移した。

 俺の目もそれにつられて二人を見る。

 一人は耳が長く、綺麗な顔立ち、エルフだ。

 もう一人は背が低く、頑強そうな体格、ドワーフだった。

 共に男だ。二人は互いを視界入れたく無いほど嫌い合っている……訳では無いらしい。

 互いの汚れを指摘し合ったり、携帯食糧を融通し合ったりしている。

 まるで親友のようだ、エルフとドワーフなのに。

 

「そう言えば、貴方たちがランクアップした二人かしら?」

 

 突然話を振られた俺とロンは驚きつつも、頷いた。

 

「そう? 騎士団には入るの?」

 

 ドリスの言葉に、俺は首を横に振り、ロンは大きく頷いた。

 

「あら、騎士団に入らないとは意外ね。どうしてかしら?」

 

 何やらドリスの注意を引いてしまったようだ。

 しかし、意外と言う割には何故そのような質問をしたのだろうか。

 まぁ、理由を言えば納得するだろう。

 俺はドリスに理由を答えようと口を開くと、それを遮る様にレンが声を出した。

 

「初対面で根掘り葉掘り聞くものではありませんよ。それより、自己紹介をしたらどうですか」

 

 レンの言葉に、ドリスは罰が悪そうな顔をした。

 何だか先生に叱られた生徒のようだな。

 

「そうね。もう知っていると思うけど私はドリス。森人族(エルフ)の子がオバダイア、山人族(ドワーフ)の子がザドクよ」

 

 紹介されたオバダイアとザドクが礼儀正しく挨拶をする。

 俺とロンも自らの名を名乗った。

 

「そう、ハルとロンね。覚えたわ。よろしくね。それでさっきの話なんだけど……」

 

 ドリスが俺に話し掛けようとするが、オバダイアが機先を制して? 俺とロンの側に来た。

 

「これ食べてみないかい?」

 

 オバダイアの手には薄い焼き菓子が……こっ、これは伝説のエルフの焼き菓子では!

 俺の注意は焼き菓子に注がれた。

 俺はオバダイアに礼を言ってそれを手に取った。

 貴重な物を頂くように口に運ぶ。

 それは一口食べれば疲れが癒え、もう一口食べれば力が(みなぎ)る……事は無かったが、物凄く美味しい。

 

「美味しい!」

 

 あまりの美味しさの為かロンが大声で褒めそやし、尻尾が大きく揺らしている。

 俺もこの世界で初めて味わった甘味に心を奪われてしまった。

 

「本当に甘くて美味しい! これはオバダイアが作ったの?」

 

 ロンが目を輝かせている。

 俺もきっと同じ顔をしているに違いない。

 是非ともまた食べたい。

 出来れば作り方を教えて貰えないだろうか?

 

「これは家で今度売り出す目玉商品でね。試食を兼ねて持ち出して来たんだ」

 

 オバダイアの家はクノスの上流階級向けに焼き菓子を販売しているとの事だった。

 そこだけ聞くと大店(おおだな)のお坊ちゃんだと思うのだが、何故見習い探索者になろうとしているのだろうか? 所謂(いわゆる)、御家の事情か?

 

「家の商品だけど凄く売れると思う。ただ、作るのに大変でさ。でも、二人の反応は参考になったよ。ありがとう」

 

 いえいえ、どういたしまして、だ。

 久しぶりに菓子を食べれた。

 次、食べれるのはいつになるだろう……それもこれも貧乏が、貧乏が悪いんだ!

 

「……ロン、ハル。そろそろ行きましょうか」

 

「えっ……」

 

 レンから休憩終了のお知らせ。

 ドリスが、まだ聞いてないのに、とか言ってる。

 なんでそんなに知りたいのよ。

 好奇心は猫をも殺すぜ……兎だけどな。

 俺達は入ってきた時と同じ扉を開け、大蜘蛛を探しに出た。

 

 

 

 あれから約二時間が経過し、本日二度目の休憩だ。

 この間に、更にそれぞれ三十匹は駆除した。

 正直、正確な数は覚えていない。

 二メートルを超える大蜘蛛から五十センチ程度の小さな大蜘蛛を駆除した。

 小さくても証拠部位と魔力結晶があれば、換金してくれるらしい。

 有り難い事だ。

 

「そう言えば、レン。来月からの生活の事なんだけど……」

 

 俺はレンに助言を貰いたくて、現在考えている資金計画を話した。

 当分の間は宿屋を拠点に探索をする事や税金、実入りの見通しなど。

 レン曰く、もう少し収入は高くなるとの事であった。

 また、宿屋に関してはレンの知人が営む所で有ればもう少し安く泊まれそうだ。

 レンに見習い探索期間が終わり次第、紹介して貰える手筈となった。

 

「ただ……少し急ぎ過ぎかもしれません。地下迷宮はハルが考える程簡単ではありませんよ。時には回り道をして、知識や技術を学ぶことも考えて下さい」

 

 なる程。

 確かにそうだ。

 俺はまだ何も知らない。

 魔物の事も、この世界の事も。

 それに魔法を同時行使する事も出来ないし、槍だって突くか振り回すぐらいだ。

 マクミランは階層が進めば武器を替える事も事もあると言っていた。

 他の武器の習熟も考えた方が良いのかもしれない。

 だが……どうやって?

 

「……まぁ、今すぐ解決できる妙案はありません。ハルも簡単に魔法を見つけられるとは考えないで下さいね」

 

 そうか……そうだな。

 急いては事を仕損じる。

 一人で地下迷宮に入る事になる。

 準備万端な状態で挑まなくてはならない。

 

「ハル……俺は騎士団に入ってみせる。だから、もし騎士に成れたら……ハルの助けになりそうなものを調べるよ」

 

 ロン……本当にいい奴だ。

 俺はロンに感謝を伝え、レンの助言に従う事にした。

 だが、具体的に考えるのはこれが終わってからだな。

 

 

 

 地下迷宮に入ってからそろそろ十時間が経過する。

 俺とロンの魔力はまだ持ちそうだが、体力が限界だ。

 俺達の進んだ方向にいた大蜘蛛の数が多すぎたのか、三人の背嚢とレンが持ってきていた革袋は証拠部位と魔力結晶で溢れている。

 地下迷宮を出る頃合いだ。

 

「あの部屋を最後にしましょう」

 

 ……嫌な予感しかしない。

 これまで部屋の中には色付きを含めていい思い出が無い。

 どうしてもあの扉を開けなくてはならないのだろうか。

 ここに入る者は一切の望みを棄てよ……扉が俺に語り掛ける。

 

「レン、あの部屋、辞めないか……」

 

 俺の言葉にロンも同調する。

 

「あの部屋からは多くの大蜘蛛の匂いがする」

 

「そうですか? それじゃ、こうしましょうか?」

 

 レンはどうしてもあの扉を開け、中に入りたいらしい。

 俺達を説得する為、攻略法? を練る。

 扉を開け、レンが水球の魔法を部屋全体に行き渡る様に飛ばす。

 俺とロンはあらん限りの早さで冷気の魔法を放つ。

 そうすれば、大蜘蛛は近づく事すら叶わない。

 なる程! って、いやいや、それは無理じゃね?

 そもそも、部屋の大きさや大蜘蛛の数も分からないのに……

 

 いや、レンは部屋の大きさを知っているのか。

 ベテラン探索者だけに。

 まぁ、部屋が広ければ、その分大蜘蛛も分散しているだろうし、これまで部屋にいた大蜘蛛は精々親蜘蛛一匹に子蜘蛛が五匹が最高だった。

 多くとも数匹増えるぐらいだろう。

 それに、引率者であるレンが開けると言えば開けざるを得ない。

 ロンも同じことを考えていたのだろうか。

 俺とロンは互いを見やって頷き合った。

 

「ハル、ロン……準備はいいですか?」

 

 俺とロンの気持ちが扉を開ける事に傾いたと分かったのだろう。

 レンが一気に開く構えを見せた。

 慌ててレンの左側に立ち、左手を前に扉の前に翳す。ロンはレンの右側に立ち、俺と同じ様にしている。

 順番を間違えるな。

 レンが水球を放ってから、冷気の魔法だ。焦るな、俺。

 

 レンが扉を開け、灯りの魔法を部屋に投げ込む。

 その灯りによって室内が照らされる。

 部屋の大きさは……一辺が十メートルの正方形。

 

 壁と天井、そして床。

 全ての面が見えないほどに大蜘蛛が蠢いていた。

 二メートルはある大蜘蛛の体とその周りに数えられないほどの子蜘蛛が身を寄せ合っている。

 違う面にいる大蜘蛛も同様だが、一際大きい大蜘蛛は何かを咀嚼していた。

 それは……子蜘蛛だった。咀嚼する度に、体液が迸っている。

 

 ……あり得ん。そして非常に気持ち悪い。うぇっ、吐きそう……

 横目でレンを見ると口角が上がっている……お前は何を嬉しそうに笑っているんだ。

 大蜘蛛の赤い目が一斉に俺達に向けられた。

 間髪入れずに反応した大蜘蛛が飛び上がって来る。

 それに対してレンが特大の水球を作り、飛びかかって来た大蜘蛛もろとも奥へ飛ばした。

 

「ハル、ロン、冷気の魔法を!」

 

 俺とロンは声を掛けられるまで呆気にとられていた。

 急いで冷気の魔法を放つ。

 放ち終わったら直に次を出す。

 俺とロンは無我夢中で冷気の魔法を放ち続けた。

 誰かの口から雄叫びが発せられた。

 ロンか? いや、ロンだけでなく俺も大声を出し、(たけ)り立っていた。

 

 時折体が熱くなる。

 魔力の継承だ。

 だが、そんな事に構っていられる暇はない。

 レンが大蜘蛛の塊や向かってくる大蜘蛛に的確に水球を当て、後方に吹き飛ばす。

 俺とロンは兎に角、冷気を放ち続けた。

 魔法が止まると大量の大蜘蛛が俺達に襲いかかることは明白だった。

 

 

 

「ハル! ロン! もう大丈夫です! 魔法を止めて下さい」

 

 レンの言葉に俺とロンは我に返ったかのようにレンを見つめた。

 次に部屋の中に視線を移す。

 大蜘蛛の体表は霜で覆われ、体液が完全に凍り付いたのだろう、動く素振りが見られなかった。

 俺は恐る恐る室内に足を踏み入れた。

 肌を刺すような寒さだ。

 大蜘蛛にとっては凍てつく寒さだったろう、文字通り。

 しかし、大蜘蛛は壁面を埋め尽くす程の数だ。

 これだけの数から証拠部位と魔力結晶を集めるのは酷だ。

 しかも凍ってるし。

 俺はレンの方を見る。

 だが、レンもこればっかりは仕方がないと肩をすくめた。

 そう、どうしようもない事だ。

 俺達は二時間ほどかけて、全ての大蜘蛛から証拠部位と魔力結晶を取り出した。

 この日一番の重労働だった。

 

 

 

 地下迷宮を出ると広場の上には月が昇っていた。

 俺達の体を風が通り抜ける。

 太陽が沈んで暫く経った所為か、空気が心持ちひんやりとしていた。

 俺とロンは重い足を引きずって探索者ギルドに入った。

 何時にも増して人が多い。

 

「随分と騒がしいな」

 

 俺の独り言を聞きつけ、レンが口を開く。

 

「地下四階と地下五階は荒稼ぎ出来る階層ですからね」

 

 レンによると地下四階と五階にでる魔物は比較的弱いが、纏まって出る習性がある。

 ランクアップを目指す見習い探索者にとってはまたとない機会との事だ。

 そう言えば大蜘蛛は共食いもするらしい。

 きっと色付きも何匹か出たのだろう。

 それでこの賑わいだ。黄色になった見習い探索者もいたのではないだろうか?

 いつも通り、閉じられた受付窓口の前に佇む。

 これまたいつも通り胸の豊かなエルフ女がいそいそと現れた。

 

「今日は遅かったのね、レン」

 

 レンが差し出した革袋二つと各々の背嚢から出した証拠部位と魔力結晶を受け取り、確認する。

 

「……色付きは無いけど……随分多いわね」

 

 エルフ女が意味深にレンを見つめるが、レンは無表情だ。

 

「他の組みも例年より魔力結晶の採取数が多いわ。何か気になる事はなかった?」

 

 例年より魔物の数が多いのか。

 確かレンも同じような事を言ってたな。

 一時的なら問題は無いが、恒常的だと不味いな。

 地下迷宮の魔物が増えると街中に出現するらしいからな。

 だが、レンの表情は変わらない。

 

「すまないが換金を急いで貰っていいかい? 今日は少し疲れていてね」

 

 レンは冷たいな。

 もう少し会話を交わしてあげればいいのに。

 これだから男前は……もてる男の余裕と言うやつか。

 俺の思いを他所に、エルフ女が慌ただしく数えだした。

 

「大銅貨二百三十一枚ね」

 

「と言う事は、一人七十七枚か!」

 

 昨日、ロンと相談して作った資金計画では大銅貨三十枚の見積りだった。

 倍以上は稼げた事になる。

 凄いじゃないか!

 一人喜ぶ俺を横目に、エルフ女とロンが驚いた顔をする。

 まさか、計算間違えた?

 

「……凄い、暗算で除算出来るんだ」

 

 ロンとエルフ女から尊敬の眼差しが……いや、本当に? この世界、そのレベルなの?

 やばい、この世界の人間で無い事がバレてしまうかもしれん。

 強引に話を進めよう。

 

「えっと、俺は銀貨一枚と残りは大銅貨二十七枚で……」

 

 いや、待てよ。

 それだと大銅貨百三十枚近くを持ち歩く事になる。

 非常に煩わしい。

 ギルドで両替は可能だろうか? 出来たとしても有料の可能性もあるか。

 

「あの、両替できますか?」

 

 口を開けて呆けていたエルフ女が自分への質問だと気が付いた。

 

「えっ、あっ、はい。可能です。ちなみに、ギルドカードを提示した場合は無料で行えます」

 

「でしたら、二十三枚の大銅貨を出しますので、銀貨に両替してもらえますか?」

 

 俺の提案にエルフ女が計算を始めた。

 問題なかったのか、俺から大銅貨二十三枚を受け取る。

 代わりに銀貨二枚を俺に渡した。

 銀貨だ! 百円玉や五百円玉と似た色合いだが、価値が違う。

 何と言っても一枚五千ガルだし。

 これで(ようや)く目標納税額の六分の一だ。

 しかも、想定より稼げている。

 この調子なら案外早く達成できるかもしれないな。

 俺の顔が綻ぶのが分かる。

 横目でロンを見ると、ロンも同じように両替していた。

 

 

 

 いつも通り、蒸し風呂と食事を終え部屋に戻った。

 今日は色付きに会う事は無かったが、それでも大変だった。

 明日は何をしようか。槍の講習を受けるべきか。

 それとも、地下迷宮でまた魔法を同時に行使する練習を行うか。

 そうだな、両方やるべきだろう。

 それと、あの兎人族の女、スタイル良かったな。

 そんな事を考えながら、俺は微睡む。

 

 その日は久しぶりに夢を見た。エミに他所の女に目移りしたのを咎められる夢だった。

 幸せな夢だった。


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