#004 地下二階
朝、鐘楼の鐘が三度音を鳴らす。
六時のお知らせだ。
俺とロンは互いの寝台から起き上り、身支度を整えた。
と言っても、やる事は服を着て、口を濯ぎ、顔を洗い、寝癖を直すだけだ。
寝る時は裸が普通らしい。
これはこの地域の気候も関係するのだろうか?
どう考えてもここは亜熱帯地方だからな。
ロンに尋ねてみてもみても、
「一年中これぐらいの気温だ」
と言っていた。
故に、亜熱帯で間違いないだろう。
だからだろう、初日の夜に服を着たまま寝た俺の事を体調を崩したのかと心配していたらしい。
……まぁ、あれだけの事があったんだ。
普通なら倒れていてもおかしくはない。
そう考えると変だな? それ程辛く感じてはいない。
それから俺達は食堂に入り、朝食を摂りに向かった。
メニューは大量の豆、何かの肉、ジャガイモ。
以上だ。
昨日、一昨日と同じ構成。
美味い物を食べたければここを出て行くしかない。
その為にも地下十階層で怪我をしないだけの実力を付けなくては。
……現状に馴染んだ考え方をしている自分が怖いな。
しかし、今更ながら周囲を見渡すと同じ年頃に見える探索者が多い。
男だけでなく、女もいるようだ。
それに背の高さも人の半分ほどの男もいる。
ドワーフとか小人族? なのだろう。
俺と同じ様に探索者ギルドの宿泊施設に泊りながら一人前の探索者を目標としているのだろうか?
そう言えば話したこともないな。
敢えて話したいとも思わないが、今後協力関係を築くかもしれない。
大人な対応を心がけよう。
食事を終えた俺達は早めに広場に向かうことにした。
ロンに槍の講習で教わったことを教えて貰うためだ。
ロン曰く、
「基本的な構えとそこからの動き方を習った」
らしい。
基本は柄を長く持つの構えから突く、斬る、払う、などの動作を行う。
特に斬る、払うは威力が大きいと教わったようだ。
慣性の法則があるからな。
ロンの話を聞きながら、疲れない程度に反復練習を行う。
そうこうする内に、鐘が四度鳴った。
詰所に目を向けると周囲に人が集まり出していた。
その中に見知った者がいる。
銀髪赤目の美男子、レンだ。
俺とロンが足早に詰所に向かうと、
「準備は万端の様ですね」
レンが朗らかに話し掛けて来た。
俺とロンの緊張を解す為だろう。
因みに今日の駆除対象は地下二階 大ヤスデだ。
ヤスデ自体は元いた世界にもいた。
ムカデに似ているがムカデ程早く動かない。
木の棒でつつくと丸々り、硬い背で腹を守る。
また、ムカデと違い毒顎を持たない。
だが、この世界ではどうなのだろう? 俺はレンに聞いてみることにした。
「大ヤスデの特徴、知りたい」
俺の言葉にレンが満足気に頷いた。
やる気があるように思われたのだろうか。
まぁ、実際やる気はあるしな。
「大ヤスデは大ムカデに似た魔物です」
元の世界と特徴は変わらない。
ただ、大きいだけのようだ。
と言うか大ムカデいるんだな。
地下何階にいるか知らないが、相当厳しい相手になるだろう。
俺は自慢じゃないが、ムカデに噛まれた事がある。
余りの痛さに二日続けて徹夜した眠気が一気に吹き飛んだものだ。
「大きさは人と同じ程度になります」
でかい。
でかすぎるぞ。
そもそも、大ナメクジからして元いた世界に比べてでかい。
何食ってでかくなるんだろうか?
……あっ、人か。
「集団行動はとらず、単独で人を襲います。天井から落ちてきますので注意して下さい」
やはりな。
……あれ? 魔物を倒すと魔力が蓄積されて人は強くなると言っていたが、魔物が人を食うとどうなるんだ?
「レン、人を多く襲った魔物、強い?」
俺の質問にレンは大きく頷いた。
「いい所に気が付きましたね、ハル。それは所謂、色付きと呼ばれる魔物になります」
人と言うか魔力を持った生物を多く襲うと体の一部が輝くらしい。
多くの命を奪うほど色が変わっていく。
その順番は、黄、緑、青、紫、赤、黒となる。
ギルドカードの魔力結晶と同じだな。
ギルドでは黄色で百体、緑色で千体屠ったと見られている。
この関係だけで考えると黒の場合……一千万体。
いやいや、いくらなんでもそんな多くの人が襲われたりしないでしょ。
天災レベルって。
……出会う事は無いと思いたい。
あっ、人じゃなく別種の魔物を食してもいいのか。
俺は恐る恐るレンに確認を取った。
「黒、魔物、いる?」
「いますよ。竜種に多いですね」
……いるんだ。しかも、竜つまりドラゴンまで。
「心配しなくても大丈夫ですよ。色付きは滅多に出ませんから」
フラグだな。
確実に立ったな。
レンの綺麗な笑顔が禍々しく見える。
「それでは今日も張り切って参りましょう!」
「はい!」
「おう!」
レンの元気な掛け声に、ロンと俺も力強く答えた。
周りの見る目が痛い。
それから俺達は地下迷宮の入口へと階段を下りていった。
目の前を何組もの探索者が地下迷宮へ入って行く。
すると、レンが振り返り俺とロンへ視線を移した。
「私なら直接魔法で二階に行けるのですが、二人の今後の為一階を通ってから二階に行きます」
レンはそう言って魔法円に乗った。
当然ながら、俺もその後に続く。
そうしながら、レンが口にした魔法について考えてみた。
どうやらレンならば階層を指定して入る事が出来るようだ。
だが、いきなり最下層まではいけないだろう。
当然だな。
行けてもしょうがないし……
よくあるのは、過去に行ったことのある階層限定という制約だな。
まぁ、間違いないだろう。
魔法円に乗ると目の前が白色に染まり、次の瞬間には地下一階にいた。
空気が先程とは違い淀んでいる。
俺は照明の魔法を頭上に上げ、魔法円を離れる。
他の探索者も同じ様にしていた。
レンやロンと合流し、地下二階に下りる為、魔法円のある場所に向かう。
それは地下一階の奥にあるらしい。
俺達はレンに引率されながら地下迷宮を進む。
すると、彼は突然他の探索者と同じ道を辿らず、途中で道を外れだした。
「何かいそうな気配がします……」
と呟きながら。
おいおい、本日駆除対象は大ヤスデじゃなかったの?
俺の心配を他所にレンは我が道を行く。
その途中で何匹かの大ナメクジを退治しながら。
道を外れてから四十分ほど経っただろうか?
突然ロンが声を荒げた。
「強力な魔物の匂いがする!」
流石は犬人族。
匂いで強さが計れるとか……
などとのんきな事を考えていた俺の前にそいつは現れた。
色付きの大ナメクジだ。
「黄色ですね」
レンが言う通り、黄色に輝く大ナメクジが俺達に向かって来ていた。
その歩みは早く、通常の大ナメクジの三倍程だ。
赤じゃないのかよ……
だが、そんな事は言ってられない。
色付きは滅多に現れない個体だ。
その強さも折り紙つきだと説明を受けたばかりだ。
敵わぬ敵に挑む必要などない。
逃げよう、俺は当然そう考えた。
「正面は私が担当します。ロンとハルは触手に気を付けながら側背から攻撃して下さい」
レンが火球の魔法を放ちながら言う。
色付きですよ? 探索二日目のロンと俺に攻撃しろとか……仕方ない、大恩あるレンの言う事だ。
従うほかあるまい。
「分かりました」
ロンがレンの言葉にいち早く反応して色付き大ナメクジの斜め後方から槍で突く。
俺も遅れてロンの逆側から攻撃を始めた。
手にゴムタイヤを叩くような感触が伝わる。
色付きになると表皮? が硬くなるのだろうか?
それに体長は四メートル程の大ナメクジだが、通常の大ナメクジより触手が多い。
レンだけで無く、俺やロンに対しても触手を伸ばしてきた。
その触手を斬り飛ばしながら、大ナメクジの急所である頭に向けて槍を振り下ろす。
何度目かの攻撃で漸く手応えを感じた。
両手に槍を伝って大ナメクジを屠った時に感じる震えが来る。
俺は急いで大ナメクジの傍を離れた。
色付き大ナメクジが腹を見せるように横ばいに倒れる。
危なかった。
下手をすれば下敷きになるところだ。
崩れ落ちた大ナメクジを見ていると体が熱くなる。
大ナメクジの魔力を継承しているのだろう。
真冬にラム酒の入ったホットチョコレートを飲んだ感覚に似ていなくもないな。
……考えていると飲みたくなってきた。
「ハル!触手に付いている突起物の回収をして下さい」
レンの言葉に俺は慌てて意識を大ナメクジに向けた。
いかん、いかん。
地下迷宮で余計な事を考えるのは命取りだ。
俺は短剣を抜き、証明部位である突起物の回収を始めた。
突起物は通常の大ナメクジと違い、複数本ある。
全部で……五本だ。
良く見るとこれも僅かに黄色く輝いている。
「魔力結晶も回収しました」
魔力結晶はロンが担当したようだ。
悪いなロン、汚れ仕事をさせてしまって。
俺とロンは互いの証明部位と魔力結晶をレンに預ける。
換金後に等しく分配する事にしたからだ。
「色付きに会えたのは幸運でした。本当に滅多な事では出ないのですが」
ギルドの買取りも高くなるらしい。
今回の黄色魔力結晶で大銅貨数十枚になる。
それを聞いた俺の心は弾んだ。
なんせ、今の俺は無一文だからな。
この三名であれば、黄色程度の色付き大ナメクジは問題なく対処出来そうだ。
おいしい獲物と思われる。
ただ、狙って獲れる魔物ではないのが残念なところではあるが。
後片付けを終えた俺達は再び地下二階を目指して歩き始めた。
他の探索者が通っていない道の所為か、どうしても大ナメクジと出会ってしまう。
最早、手慣れた物で俺とロンで手早く屠る事が出来た。
暫く行くと大きな扉の前に出た。
その扉を開けると入口と同じ様な魔法円が床に光り輝いている。
奥には小さな光が見えた。
魔法を習得できる魔力結晶の光ではないだろうか。
「魔力結晶、光ってる」
魔力結晶が光っていれば、その魔法は習得できる。
俺は念の為、魔法が習得可能である事を伝えた。
それを聞いたレンが俺とロンに向って、
「ここでは水球と結界の魔法が得られます」
と言った。
水球? 多分、水の玉を投げつけるのだろうが、魔物にダメージを与えられるイメージが湧かない。
まぁ、当たれば多少は痛いだろうが……
俺が疑問に思っているとレンが続けて説明をしてくれた。
「水球はそのまま魔物に使ってもあまり効果がありません。他の魔法と併用します。ロンやハルの場合、当面は飲料水代わりになります」
色々言いたい事はあるが……まぁ、いいだろう。
魔法で飲料水とか、本当に便利だ。
水道とかいらないんだな。
鉄で出来た湯船に水球の魔法で水を張り、火球の魔法で沸かす。
それぐらい出来そうな気もしてきた。
……あれ? 蒸風呂の火は火球の魔法だったのかな?
「結界魔法は迷宮や野外で休憩する時に使います。通常の魔物は寄り付きません」
通常じゃない魔物は駄目なのか。
その基準が不明だがよく使われる魔法のようだ。
例外となる魔物の事はおいおい知ればいいだろう。
俺とロンは魔力結晶に触れ、それぞれの魔法を覚えた。
試しに水球の魔法を壁に向かって放つ。
すると、バレーボール程の大きさの水玉が壁に飛んでいった。
弾ける音がして壁が濡れる。あまり威力はなさそうだ。
飛ばさないときは、飛ばさない様にイメージするらしい。
それはそれで便利だな。
結界の魔法も試す。
半径三メートルほどの魔法円が足元を中心に広がった。
この範囲が結界らしい。
試しに俺が移動しても魔法円は動かない。
また、目に見えない壁がある訳でもなかった。
蚊取り線香的なものなのだろうか? もしくは中にいると魔物から感知できないのか?
寄り付かないと言っているから前者か。
この結界魔法に全幅の信頼を置くことは難しいな。
「では、下におります」
レンの言葉に俺は地下二階に下りる魔法円にのる。
目の前が一瞬白くなり、暗闇の中に出る。
遠くに他の探索者の灯りが見えた。
俺達は寄り道をした為、この階に着いたのは最後の方ではないだろうか?
ノルマがどの程度か分からないが、早く大ヤスデを駆除し、外に出たいものだ。
各々灯りの魔法を唱え、レンの待つ部屋の隅に移動する。
この階層のてにをはを教えて貰う為だ。
「大ヤスデに対しては大ナメクジと同じ対処で大丈夫です。火球を放つと丸くなりますが、頭を狙ってください」
時々、丸まりを解除して長い身体を叩きつけて来るらしい。
後、顎が強力なので噛まれないようにとの事だ。
体長一メートルを超えるヤスデに噛まれるとか嫌すぎる……
レンを先頭に部屋を出る。
部屋の前は三つの方向に通路が延びていた。
地下一階と同じだ。
通路を作るの材質も同じ物のようだ。
誰が煉瓦を敷き詰めたのだろうか? 迷宮の管理者? ……想像できないな。
レンの先導に俺とロンは付き従う。
暫く道を右へ左へと曲がり、大ヤスデを求めて道を彷徨う。
部屋を出てから二十分ほど経った時、それは漸く現れた。
最初に見つけたのはロンだ。
「この先から匂います」
犬人族は匂いに敏感だ。
いや、嗅覚が優れていると言った方が良いか。
そこから五十メートルほど行った先に大ヤスデが這っていた。
体長は一メートル前後。
一つの体節から四つの足が生えている。
体色は灰色がかっていたが色付きには見えない。
これが通常の色なのだろう。
「ロンからやってみて下さい」
レンの言葉にロンが火球の魔法を大ヤスデに向けて出す。
火球が大ヤスデに当たり、全身を炎が襲う。
大ヤスデが堪らず丸くなった。
良く言えばロールケーキのような。
悪くは……言わなくていいだろう。
ロンが注意深く大ヤスデの頭に槍を突き刺す。
一度目は硬い表皮に弾かれるも、二度目は体重を乗せて頭を貫いた。
突如丸まった体を解き、長い身体をロンに叩きつけようとするも、ロンは上手く後ろに下がりそれをやり過ごした。
再度火球の魔法をヤスデに当て、丸まった所を槍で攻撃。
今回の攻撃は急所に決まったようだ。
ヤスデは力なく伸びた。
ロンは証明部位である顎と後頭部? から魔力結晶を取り出した。
レンと俺が大ヤスデの身体を細かく切断し、火球の魔法で火をつける。
燃え盛る大ヤスデを尻目に、俺達は道を進んでいった。
二匹目の大ヤスデは直にいた。
最初に見つけたのはやはりロンだ。
「近くから匂います」
ロンの言葉を聞き、周囲を見渡す。
だが、俺達の目には大ヤスデの姿が映らない。
……おかしい。
誰もがそう思った時、大ヤスデが大音を響かせて俺の目の前の床に現れた。
現れた衝撃か、風が舞い上がる。
どうやら、天井から落ちてきたようだ。
落ちて来た拍子に大ヤスデは目を回したのか動きが鈍い。
俺は躊躇せず火球の魔法を投げつけた。
赤く彩られた大ヤスデは身体を丸める。
すかさず頭部に槍を突き込んだ。
俺の手にしっかりとした手応えとその後から震えが伝わる。
……あれ? 一撃で倒した?
大ヤスデが丸まった体を解き、力なく伸びた。
倒したようだ。
意外だったが、ロンを真似て証明部位と魔力結晶を採取した。
今回もレンとロンが大ヤスデを切り刻み、後片付けをしてくれるようだ。
大ヤスデに火を付けたレンが俺達に話し掛けた。
「順調ですね。この調子で頑張りましょう!」
レンが俺達を鼓舞する。
だが、順調とはちょっと違う気が。
まぁ、初回にしては上手くいったとは思うのだが。
何か引っ掛かるな。
「レン、目標、何匹?」
俺はノルマがあるのか聞いてみた。
レンの答えは、
「特にありませんね。半日程掛けて出会った大ヤスデを駆除するだけです。ただ……」
「ただ?」
「駆除数が少ないと、下の階層に行った時に苦労します。継承した魔力が少ないが為なのですが」
それを聞いた俺とロンは顔を見合わせた。
互いに頷き、歩む足を速める。
苦労するとか言って。
オブラートに包まれた言い方だが、力が及ばないと死ぬよね?
いやいや、それは無いわ。
この階層をのんびり駆除するなんて。
一匹でも多く駆除しなくては。
そもそも、俺の目標は地下迷宮の深層にある元の世界に戻れるかもしれない魔法の習得。
あとは、俺を召喚した人とその理由を知る事だが、戻れるならどうでも良い事だ。
時間を惜しまず仕事に取り掛かろう。
その後数時間経ち、俺とロンは互いに三十匹ほどの大ヤスデを駆除した。
最後の方は魔力が切れかけ、レンに火球を作って貰っていた。
「そろそろ上がりますか?」
レンの言葉に俺とロンも力なく頷く。
腕は既に棒の様になり、力が入りずらくなっていた。
こりゃ、明日は酷い筋肉痛になるかも。
「では、最後に突き当りの部屋を確認してから帰りましょう」
レンはそう言って部屋の方へ突き進む。
俺は力の入らない手で腕を揉み解し、何とか槍を持って後に続いた。
足や腰も酷く傷む。
扉の前に着くと、ロンが俺の心を凍りつかせるようなことを言う。
「強力な魔物の匂いがする……」
色付きがいるのか……
レンの顔を覗き見るが特に気にした素振りは見えない。
あれ?
心配になりロンの方を見る。
ロンは顔が青くなっている。
普通そうだよな。
きっと、俺の顔色も同じくらい青いだろう。
帰ろうと言ってたのに色付きとか無いわ。
レンが俺達に頷き扉を開ける。
中には色付きの大ヤスデが待ち構えるようにいた。
こちらに鎌首? をもたげ、悠然としている。
余裕があるのだろうか?
色は、
「黄色だ!」
ロンの叫びが迷宮に木霊した。
体長は三メートル程はあるだろうか? これまで見た大ヤスデより遥かに大型だ。
通常の大ヤスデの三倍の大きさだ。
だが、赤くはない。
赤くなければやれる。
俺はレンが火球の魔法を飛ばした事を確認して大ヤスデの頭の側面に立つ。
ロンも俺の反対側に陣取った。
レンは前面に立っている。
だが、ここで想定外の事が起こった。
火にまみれた色付き大ヤスデの体が丸まらないのだ。
体が大きすぎて、一部しか燃えてないからかもしれない。
レンは槍で牽制しながら、再度火球の魔法を出す。
しかし、若干遅かったか、大ヤスデのしなる体がロンを強かに打ち据えた。
ロンは吹き飛び、壁に体を打ち付ける。
ロンの腕がおかしな方向に曲がっている。
あれは折れたな。
レンが慌ててロンの側に駆け寄り、回復魔法を放った。
俺はそれを視界の片隅に収めながら、ひたすら大ヤスデの頭を突く。
硬い。
色付き大ヤスデの頭部は石の如き硬さだ。
だが、休んでいる暇はない。
俺は槍に体重を乗せ、渾身の一撃とも言える突きを放った。
槍先が大ヤスデの頭部に深く突き刺さる。手応え有りだ。
俺は更に奥へと入る様に踏み込んだ。
大ヤスデの下半身? が大きく暴れるも頭部にまでその脅威は届かないようだ。
やがて、手に力尽きた震えが伝わる。
俺の体にこれまで無いぐらいの熱さが襲い掛かった。
きついアルコールを飲んだ時の、喉の焼けるような熱さが全身を駆け巡る。
「ぐっ」
俺は思わずくぐもった声を漏らし、力なく崩れ落ちた。
意識を失った訳では無い。
ただ、立っていられなくなっただけだ。
レンがロンの体を支えながら近づいてくる。
ロンを座らせ、俺の体に手を添えた。
「熱いですね。大量の魔力を継承した反動でしょう。暫くすれば落ち着きますよ」
レンの言葉通りだった。
十分ほどした俺は立ち上がれるようになった。
レンは俺が倒れている間に、後始末を付けてくれている。
俺が立ち上がると、
「では戻りましょうか」
と言い、迷宮脱出の魔法を出した。
俺とロンがレンの肩に手を置く。
次の瞬間には迷宮の入口に立っていた。
階段を上り、広場にでようと足を進める。
転んだ。
疲れて足が縺れた様だ。
起き上り、数歩歩いてまた転んでしまった。
ロンや他の探索者が驚いた顔をして俺を見ている。
いや、転んだくらいでそんな顔しなくても……
レンが肩を貸してくれたので、広場に出るまではそれ以上転ぶことは無かった。
外は既に夜の帳が下りていた。
暗闇の中、赤々と照らされている探索者ギルド。
ギルド中は相変わらず混んでいた。酷い熱気だ。
レンがいるので閉じた受付台に進む。
案の定、胸のふくよかなエルフ女が受付を開けてくれた。
「レン、お疲れ様」
語尾にハートマークがつくような甘い声だ。
羨ましい。
そんな声を聞くと、一日も早くエミに会いたくなるだろうが……
「ありがとう。早速だけど換金お願い出来るかな?」
レンはビジネスライクだ。
冷たいところも素敵って感じでエルフ女はレンを見ている。
俺がエルフ女の顔を凝視している事に気が付いたのか、女は慌てて証拠部位と魔力結晶を調べ始めた。
色の付いた魔力結晶と証拠部位を見て、エルフ女の顔が強張った。
「色付きが二つですか……」
かなり珍しい事なのだろう。
エルフ女は慌てて他の証拠部位と魔力結晶を数えて奥に消えていった。
随分待たされるな。
エルフ女が奥に行ってから三十分は経ったのではないだろうか?
レンは表情を消して佇んでいるが、ロンと俺は受付台にある鉄格子の先を固唾を飲んで見守っていた。
暫くして漸くエルフ女が現れた。
手には革袋が握られている。
「お待たせしました。大銅貨百五十六枚となります」
約十六万円! いや、違うか、一万六千ガルか!
ロンと折半するので俺の取り分は七千五百三ガルだ。
内訳は大ナメクジと大ヤスデ一匹当り百ガル、つまり大銅貨一枚。
色付き大ナメクジが大銅貨四十枚、色付き大ヤスデが五十枚か。
色付きは随分と高値が付いた。
だが、その価値はあるのだろうか?それ程強いわけではなかった気もするが。
まぁ、有難く頂いておこう。
「一人、大銅貨五十二枚ですね」
レンの言葉に俺は大切なことを忘れていた。
今回から三人で均等に分配する事に。
むぅ、まぁ、当然だな。
レンがいなくては色付きは倒せなかったかもしれないし。
「では、ギルドカードを出して下さい」
エルフ女は言いながら、計測用の魔力結晶を取り出した。
ギルドカードの更新? をするとの事であった。
ロンが先にギルドカードを取り出した。
ギルドカードを渡し、魔力結晶に触れる。
すると、魔力結晶が白く輝き出した。
一昨日の俺と同じだな。
「次は貴方です」
エルフ女が俺に声を掛けた。
俺はギルドカードを渡し、魔力結晶に優しく手を添えた。
優しく添えたのに他意は無い。
ただ、何となくだ。
少しでもエルフ女に良く思われたいとか考えていない。
この女はレンに首ったけだしな。
「!……」
魔力結晶が黄色く輝き出す。
……どうやら俺も色付きに成ったようだ。
いやいや、百匹も倒してないし。
精々五十匹のはず。
「やはりこうなりましたか……」
レンが訳知り顔で言い放った。
ロンも頷きながら、
「さっき何度も転んでたしね」
と言う。
二人は理解しているようだが俺にはさっぱりだ。
もう少し黙っていれば、レンが説明してくれるだろうか。
「ハルが色付き二体の止めを刺したので、魔力を多めに継承した様です。しかも、たった二回の探索でランクアップが起こる程の」
なるほど。
そう言う事ですか。
って良く分からん。
つまり、なに?
「よく転んだのは急激に身体機能が上がった為、体が付いてこれなかったためです」
兎に角、急に強くなったのかな? 実感はまるで無いが。
「強くなった?」
俺は端的に聞いてみた。
多分あっていると思うのだが。
「いえ、現状では逆です。このままでは危険ですね」
レンの言葉にロンが力強く頷いている。
嘘でしょ……
「ど、どうして?」
「つまり、体を上手く使えないからです。地下迷宮で転んだら、魔物の餌食になりますからね」
あー、成程。
それは不味い。
魔物の餌食は不味い。
束の間、俺達の周囲に、重い空気が垂れこめる。
だが、エルフ女の次なる一言でその深刻な空気が和らいだ。
「特訓よ! 明日一日、特訓すれば大丈夫よ!」
おお! 特訓すれば大丈夫なのか! って言うか、その程度の問題だったのか?
振り返ると、俺の疑問を解消するかの様に、レンとロンの顔にも明るさが戻ってきた。
「そうですね、私の方からもエイブにお願いしておきます」
その程度の問題だったのか!
詳しく話を聞くと、探索を行わない日に槍の講習を実施している。
それを担当しているエイブさん、彼が手解きをしてくれるとの事だった。
だが……本当にいいのか? エイブさんが不在の中、勝手に一日特訓をする事になってるぞ?
しかし、話はそのまま進み、特訓を行う事が確定した。
その後、俺とロンは探索者ギルドを離れ、宿泊施設の食堂で夕食を摂り、蒸風呂に入った後、部屋に戻る。
そして、俺達は倒れ込むように寝台で寝入った。