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ハルと異世界の地下迷宮  作者: ツマビラカズジ
第一章 始まり
2/169

#002 地下一階

『ハル……ですか。あまり聞かない名前ですね』

 

 それはそうだろう、この世界の人間じゃないからな。

 だが……その事を話したら俺どうなる? 異世界からの侵略者って事にならない?

 ……成る訳ないか。

 俺は今、裸で血まみれだしな。

 どちらかと言えば、哀れな遭難者か犯罪被害者といったところか。

 

 ただ……少なくとも奇異の目で見られるだろう。

 下手をしたら……見世物小屋に売られてしまうかもしれない。

 そうなると当然のことながら、自由な生活は望めない。

 つまり……エミには二度と会えなくなる……

 

 こ、こうなったらあれだ! 定番の設定を使うしかない! あれは鉄板、お約束だしな!

 

『魔法円が出てたと言う事は転移魔法ですよね? それに言葉が通じないと言う事はこの大陸では無いだろうし……住んでいた国名を教えてください』

 

 レンは何故か唇をひくつかせながら言った。

 俺はそれを受け、思い悩む振りをする。

 そして、目を大きく見開き、両手を頬に添えてお約束の台詞を口にした。

 

「こ、ここは何処? 私はだあれ? そ、それに魔法円が何かも分からない……」

 

 要するに記憶喪失だ。

 これならば何を聞かれても知らぬ存ぜぬで通せる。

 あとは、記憶を思い出す度に頭痛に襲われたり、俺の事を知っているのか? と言ってれば大丈夫な筈。

 既に名乗った後? そんな些細なこと、もう……忘れたよ。

 これぞ記憶早失! なんつって。

 

『……そうですか』

 

 俺を見るレンの瞳に厳しさが宿る。

 

 まっ、まずい、失敗した?

 背筋に冷たい物を感じていると、レンの後ろから騒々しい音がした。

 鎧を着た数名の人影が駆けて来たのだ。

 

「―――・・――・・・・――・・!」

 

 彼らは傍まで来ると俺を指さし、レンに対して何かを話し掛けている。

 

 ……こいつら、人を指さしてはいけないと教わらなかったのか?

 まぁ、しょうがないか。

 さっきまで全裸だったし。

 ……しまった! 彼らが警察的な存在だったら捕まるかもしれん。

 人前で肌を晒すことが禁忌な宗教だってあったからな。

 俺は血の気が引くのを感じながら、彼らのやり取りを眺めていた。

 

『彼らは町の警備兵です。危なく牢屋に連れていかれる所でした』

 

 ……やはりそうだったか……

 

「上手く話してくれたんだな。ありがとう、レン」

 

『いえ、大した事ではありません。いろいろ聞かれましたが、記憶喪失と話しておきました』

 

 おお! 思った通りの展開。

 レンは仕事の出来る子だ。

 

『……ただし、条件を出されました』

 

 条件? なんだろうか? 衣服一枚持っていない俺に金を出せと言うはずもない。

 多分、役務的な何かだろう。

 簡単な所で掃除とか洗濯とか……ややきつくて害虫駆除ぐらいなら出来る気もする。

 家庭菜園でアブラムシ退治とかしてたし。

 

「な、なんでもやる! 命に関わる事意外だったら……」

 

 俺の言葉を聞いたレンは満面の笑みを浮かべ、警備兵と話す。

 レンとの間で話しが纏まったのか、彼らは来た道を戻っていった。

 

『彼らから予備の服を頂けることになりました。追いかけましょう』

 

 レンはそう言うと、颯爽と駆け出す。

 

「えっ!? ちょ、ちょっと……」

 

 俺はその後を慌ててついて行った。

 

 だがまてよ?

 何をするか聞いていない。

 俺はレンにその事を確認しようとしたが、

 

「随分足が速いな! もう警備兵に追いついてる!」

 

 既にレンとの差は大きく開いていた。

 俺は大きく遅れるも、彼らが足を止めた事によって、何とか追いつく。

 辿り着いた場所は広場の端に位置していた。

 付近には警備兵の詰所らしき建物と、何処かへと続く大きな下り階段がある。

 

 詰所の側に掲示板のような物があり、周囲には二十名程の若者が集まっていた。

 彼らは皆、手に槍を携え、腰に短剣を()いる。

 

 ……ひ、広場で武装!? あぶねー!

 俺はそんな彼らを警戒しつつ、誘われるまま詰所の中へと入った。

 

『これを着てください。お金は給金から引くそうです』

 

 俺が中に入り、詰所の扉を閉めた途端、レンがとても大切な事を碌な説明も無く言う。

 それに……服、貰えるのかと思ってた。

 しかも給金? な、何をするの? まさか……外にいた槍を持つ若者達と関係あるの?

 願わくば、俺の思い過ごしであらんことを……

 

「……仕事って何……かな?」

 

 故に、レンに対し俺は恐る恐る問うた。

 それに対して、レンはさも当然であるかの様に、実に快活に答える。

 

『はい、地下迷宮で害虫駆除をします。今日はその初日で一階の大ナメクジが駆除対象です』

 

 ち、地下迷宮!? お、大ナメクジ!? 槍で大ナメクジ退治!?

 今まで聞いた事も無い単語が俺の耳に入って来た。

 その言葉を俺の脳が咀嚼する間もレンの言葉は続く。

 

『大ナメクジ相手なら死ぬことはまずありません。それに探索者に成るからには魔物に慣れて頂く必要もあります』

 

 ……お、おい……いつの間にか俺が”探索者”とか言う職に就く事になってる……

 しかも、魔物の退治って……つまり……”探索者”の業務内容は魔物の退治と言う事?

 うそーん……

 そ、そもそも……

 

「なんで探索者に……」

 

『何でもやると彼らに伝えたら、探索者にならないと牢屋に入れると言うので……駄目でしたか?』

 

 どちらかと言えば、駄目でした……

 まぁ……仕方がない、かな?

 牢屋に入れられるよりはましだし……いや、牢屋なら死ぬ可能性も無かったかな?

 

『牢屋に入ると(しばら)くは出れません。出れるのも身元引受人がいる場合です。ハルの場合……』

 

 身元引受人がいる筈も無い。

 事情を考慮される事無く、犯罪者と扱われ鉱山へ送られる。

 ……随分厳しい世界だな。

 

『それに地下迷宮の深部に行けば、記憶を取り戻す魔法や元いた場所に戻れる魔法があるかも知れません』

 

 そうなの? なんだが上手い事誘導されている気もするが、よくよく考えるとレンがそうしたところで何の得もない。

 俺は、

 

「分かった……所で魔法って?」

 

 と了承する旨を答え、ついでに先程から気になっていた疑問をレンに問う。

 魔法の覚える方法と使い方についてを。

 

 レンによると魔導士ギルドで金を払うか地下迷宮などで魔法を覚えられるそうだ。

 その魔法を内在する魔力結晶に手のひらを(かざ)すだけでいいらしい。

 ただ、魔力が足りない場合、覚えられない。

 初歩的な魔法は地下迷宮の入り口にもあるそうだ。

 

『あと、魔力が少なくなると目が回ります。完全に無くなると気絶します』

 

 故に、地下迷宮に一人で入って魔力が切れると、ほぼ確実に死ぬらしい……

 そもそも……大ナメクジ? が徘徊するような所に俺一人で行ける気がしないけどな。

 そんな事を考えつつ、着替え終えた俺はレンと一緒に詰所を出た。

 手には槍を、腰には短剣を佩いている。

 しかもこの槍がまた結構重い。

 これが”探索者”の基本装備なんだろうか? 一時間とか歩き続けられなさそうなんだが……

 

 詰所の周囲を見渡すと、若者達は三人一組になって座っている。

 よくよく見ると必ず一人は年配者が混じっていた。

 俺の視線の向かう先に気付いたのか、レンの解説が絶妙なタイミングで入る。

 

『経験豊富な探索者を含めて三人一組で地下迷宮に入ります。ハルは私ともう一人、別の若者と組みます』

 

 た、助かった。

 言葉が通じない人と地下迷宮に入る事を考えていなかったからな。

 それどころか、レンはベテラン探索者なのか。

 一見すると十代中頃に見えるが……歳の取り方が違うのかもしれない。

 それに、ここは異世界。

 見た目で判断しないよう気を付けないとな。

 

 すると、レンが、

 

『ハル、彼が一緒に地下迷宮に入るロンです』

 

 と言って、一人の青年を俺に紹介する。

 彼は俺がこの世界にから目にした者とはいささか変わっていた。

 まず第一に、頭の上に柴犬のような耳が付いている。

 次に、ズボンから尻尾が出ていた。

 それが無ければ普通の十五歳前後の男の子だ。

 レンを見ては盛大に尻尾を振り、俺を見ては両足の間に力無く垂れ下がる……

 け、警戒されてる?

 

「―――・・――・・・・――・・・・・・」

 

「―――・・――・・・」

 

「―――」

 

 束の間、レンとロンが二人だけで言葉を交わす。

 恐らくだが……ロンは俺が入る事に納得していないのだろう。

 その証拠に、レンの顔は柔らかいが、対するロンの顔は険しかった。

 だが、最終的にはレンが上手くロンを説得できたようで、

 

『大丈夫です。それでは行きましょう』

 

 と俺に微笑む。

 そして、俺はレンに促されるまま、彼を先頭に地下迷宮へと続く、大きな階段を下りて行った。

 階段を下りた先には、大きな空洞とその中心に光り輝く魔法円が見える。

 更にその奥に複数の青白い光が瞬いていた。

 

『あの魔法円から地下迷宮に入ります。奥にある光が魔法を習得する為の魔力結晶です』

 

 レンはそう言いながら、俺とロンを魔法円に触れぬよう、魔力結晶の側へと誘導した。

 レン曰く、魔法円に触れると地下迷宮の一階に問答無用で転送されるらしい。

 

 魔力結晶は人の頭ほどの大きさで、中心ほど白く強い光を放っていた。

 俺はそれを繁々と眺める。

 

『ハル、光って見えますか?』

 

 レンの問いに、俺は軽く頷いた。

 

『よかった。魔力が足りているようですね』

 

 なるほど。魔力が足りないと光って見えないのか。

 と言う事は、俺は魔力を持っているらしい。

 異世界人なのにな。

 そしてふと思いついたことが。

 それは……実は一階に強力な魔法が隠されている……な訳ないか。

 

『触れてみてください』

 

 レンの言葉に俺はおずおずと魔力結晶に触れた。

 すると頭の中に赤い魔法円と魔法のイメージが流れ、その効果などが漠然と理解できた。

 燃え上がる火の球。

 どうやら、この魔力結晶は火球の魔法のようだ。

 

『次に、人のいない方向に向けて手を(かざ)し、先の魔法円をイメージしてみてください』

 

 一度見ただけで魔法円の細部まで思い出せる訳無いだろう! と思いつつやってみると……出来た!

 手のひらのほんの僅か先に赤く輝く魔法円が現れ、その中心から火球が飛び出す。

 それも、結構な速さで。

 多分、”普通の高校生”がバレーボールでスパイク打つぐらいの。

 火球の着弾地点が赤々と燃えている。

 

 俺とロンはその後も残る魔力結晶に触れていく。

 それらは回復、灯り、迷宮脱出の魔法であった。

 レンは俺とロンが全ての魔力結晶から魔法の習得が完了するやいなや、

 

『いいですか? 魔法はその魔法を使えば使うほど強く、少ない魔力で発動できるようになります』

 

 と、とても大切な事だと言わんばかりに話した。

 なるほど……では、同じ攻撃魔法ばかり使った方がいいのか。

 ……まぁ、今のところ攻撃魔法は火球だけだ。

 暫く関係ないだろう、が心にはとめておこう。

 因みに……一度に複数の魔法円を出すことは出来るのだろうか?

 

『慣れれば右手に火球、左手に水球の魔法など複数を同時に発動する事も可能です』

 

 またしても、レンが俺の聞きたい事を先んじて答えてくれる。

 ……そう言えば、思考を読むと言っていたな? ずっと心を読まれていたのだろうか?

 だが、今更遅い。

 それに、俺はこの世界の右も左も分からない。

 それだけで無く、俺はこれから大ナメクジ? と戦わなくてはならない。

 今はただ、生き残る事だけを考えよう。

 その刹那、

 

『では行きましょう!』

 

「―――!」

 

「お、おう!!」

 

 レンの掛け声につられ、馬鹿でかい声て叫ぶ俺。

 その所為か、他の探索者が白い目をして俺を見ている……

 

 ……やだ、ちょっと恥ずかしい。

 

 なのに……レンは気にする素振りも見せずに魔法円へと向かう。

 俺も頬を赤く染めつつ、レンの後に続いて魔法円に足を踏み入れると、

 

「なっ!?」

 

 一瞬にして辺りが真っ白くなった。

 その直後、先程とは明らかに空気の異なる場所に出る。

 つまるところ……地下迷宮に入ったのだろう。

 ふと俺は前にいる筈のレンを見る。

 だが、彼の姿は無かった。

 

 お、俺の前にいたはずなのに……まさかの失敗?

 途端に俺の背筋に冷たいものが走る。

 だが意表をつくかの様に、俺の背後からレンの声がした。

 

『驚きました? この様に転移用の魔法円は入った時と同じ位置に出るとは限らないんです』

 

 なら最初にいってよ! 無駄に驚いたじゃん!?

 要するに三人横に並んで魔法円に入っても、てんでばらばらに出てしまうらしい。

 ……異世界だし……魔法だからな。

 一々突っ込んだら負けだ。

 仕方が無いよな?

 俺は無理矢理自分を納得させた。

 しかし、辺りは暗い。

 魔法円の微かな光でレン達の姿が見える。

 が、これが無ければ常闇であった。

 

 それに空気が湿っぽく、苔臭い。

 この中で半日掛けて害虫駆除をする事になるとは……

 俺がまだ何も始まっていない内からうんざりしていると、周りが突然明るくなった。

 その為、今いる部屋の大きさを理解する。

 広さはよくある体育館二つ分程度だろうか? 高い天井はドームのように見える。

 壁は街と同じ石造りだ。

 一体どうやって天井を支えているのだろうか?

 

『ハルも灯りの魔法を使ってください』

 

 俺が声の主であるレンの方へと顔を向けると、レンとロンの頭上二メートル程の所に白熱灯のような物が浮いているのが見えた。

 あれが灯りの魔法が生み出した灯りなのだろう。

 俺は早速手を頭上に掲げ、魔力結晶に触れた際に見た魔法円を思い浮かべる。

 すると、手のひらの僅か先に魔法円が現れ、そこから白く輝く球体が飛び出した。

 俺の頭の上にも灯りが一つ、灯る。

 

 それにしても、魔法が簡単に使えた。

 使いたい魔法を意識するだけで、不思議と頭の中に魔法円が浮かぶ。

 恥ずかしい魔法名や長ったらしい呪文の詠唱が無いのは嬉しい事実だ。

 もし、詠唱が必要であった場合、言葉の喋れない俺には魔法は使えなかっただろうからな。

 

 俺がその様な考えに浸っていると、レンが部屋のとある一点指し示しながら、

 

『次の組みも来ます。向こう側の部屋の隅に行きましょう』

 

 と言った。

 魔法円の中で突っ立っていると邪魔らしい。

 俺達がレンに誘導された場所に辿り着くと、

 

『ハルとロンは共に地下迷宮は初めてなので、簡単な説明をします』

 

 と言って、レンが地下迷宮に関する説明を始めた。

 それによると、この地下迷宮は五百年程前に見つかったらしい。

 地下迷宮には管理者と呼ばれる存在がいる。

 それを倒すのが探索者の最終目標だ。

 

 マジで!?

 

 だが、それ以前に低層の魔物を倒す必要がある。

 なぜならば低層の魔物は増えやすい。

 増えると街中や街の近隣に溢れ出るかのように出没する為だ。

 今回の集団駆除は、新人探索者の育成を兼ねた低層の魔物の十分な駆除が目的だ。

 故に、低層から徐々に駆除していく。

 駆除の実践は最初はレンが見本を見せ、次からは俺やロンに任せ、フォローに徹するらしい。

 そうしないと、俺やロンが成長しないからだ。

 これはこの世界の特殊な理由もあると思う。

 それは魔物などを倒した場合、倒した者がその力の一部を継承するからだ。

 力と言っても元の世界のゲームでよくある特殊能力とかでは無く、少しずつ腕力、体力、素早さや魔力などが上がっていくとの事だ。

 経験値を一定値まで溜めて、レベルアップして急激に強くなる訳でも無いらしい。

 でもそれって、長命種族程強いんじゃないだろうか?

 ……まさかのエルフ最強か? って言うか、エルフいるのかな?

 

『大ナメクジの倒し方ですが、身体が燃えると動きが止まります。その時、急所めがけて槍を突き刺してください。急所は頭です。頭の側には鋭い触手があり、それを槍の様に突き刺して来ます。注意してください』

 

 レンの説明が大ナメクジの駆除方法に移っていた。

 倒した場合、その槍先のような部位を短剣で切る取る事と、体内にある魔力結晶を取り出すらしい……ゴム手袋は無い……素手でナメクジに触るのか……

 

『では行きます。先頭は私が、次にハル、殿(しんがり)はロンです。ロンは後方を警戒してください』

 

 俺達は部屋に一つだけある大きさな観音開きの扉をくぐって部屋を出た。

 部屋は丁度(ちょうど)丁字路(ていじろ)の交点にあったようだ。

 左右と前方に通路が伸びていく。

 道の幅は五メートル、高さは四メートル程であろうか。

 思いの外広い。

 レンは迷わず正面の道を進んでいった。

 俺とロンはその後ろに付き従う。

 時々通路を右に折れたり、左に折れたりしながら進むとレンが急に立ち止まった。

 

『あれが大ナメクジです』

 

 レンが指を天井に向けると、そこを二メートルはある大きなナメクジが這っていた。

 

 げぇ……気持ち悪っ。

 

 俺がそう考えている間にレンは火球の魔法を大ナメクジに放った。

 大ナメクジの全身? が火に包まれ、天井から落ちて来る。

 鈍い音を立てて地面に落ちた大ナメクジの頭を、レンは躊躇せずに槍で貫いた。

 大ナメクジが一瞬身を震わせるも、力なく倒れる。死んだのだろうか?

 

『終わりました』

 

 早いな!

 そして、簡単そうだ。

 これなら俺も怪我をせずに出来るかもしれない。

 

 その後、レンは俺とロンに駆除した証明部位の取り方と魔力結晶の場所をレクチャーしてくれた。

 レンは大ナメクジに極力触れない様に上手く捌く。

 大ナメクジの体から取り出した魔力結晶は小さく、色も黒くくすんでいた。

 強力な魔物ほど大きく、輝きも強くなるらしい。

 レンが大ナメクジを細かく切り刻み、火球を当て燃やし始めた。

 こうしないと腐って臭気が発生し、大変との事。

 そこから暫く移動すると、直に二匹目の大ナメクジを見つける事が出来た。

 大きさは先程のより大きく、三メートル程度だ。

 壁をこちらに向かって這っている。

 

『ハル、同じようにやってみて下さい』

 

 俺はレンの言葉に小さく頷く。

 手のひらを大ナメクジに向け、火球魔法を放った。

 それは真っ直ぐ飛び、大ナメクジに当たった。

 大ナメクジの全身が炎に包まれ、壁から床に落ちる。

 

 俺は大ナメクジに急いで駆け寄り、頭に槍を突き刺そうとした。

 だが、それは出来なかった。

 大ナメクジから槍のような突起物を突き出してきたからだ。

 俺は咄嗟にそれを避けてから、槍先で払った。

 突起物を突き出していた触手? を切り落とす。

 突起物が硬い音をたてて床に落ちた。

 俺はそれを聞きながら、改めて槍を大ナメクジの急所に突き刺す。

 俺の手に鈍い手応えが伝わる。

 次に弱い振動を感じた。

 すると、大ナメクジが力なく倒れた。

 どうやら倒せたようだ。

 そう考えていると、身体の中が不思議と熱く感じられた。

 この感覚が力を継承すると言う事なのだろうか、と考えているとレンがそれを肯定した。

 

 さて、ここからが問題だ。

 俺は大ナメクジの身体から魔力結晶を取り出す為に近づいた。

 軽く匂ってみた。

 焦げた匂いと、酷く生臭い臭いがする。

 短剣を使って魔力結晶がある腹の辺りを縦に裂いた。

 

 だが、魔力結晶は見つからない。

 全長が三メートルもある大物の所為か、奥深くにある様だ。

 俺は四苦八苦して、(ようや)く魔力結晶を取り出すことに成功した。

 腕は大ナメクジの体液でベトベトしている。

 だが、臭いは気にならない。

 既に鼻が麻痺していた。

 短剣で大ナメクジの身体を細切れにし、火球魔法を唱える。

 大ナメクジの肉片が激しく燃え上がる。

 俺達はそれを暫く見続け、炎が小さく成りだした頃合いにその場を立ち去った。

 次の大ナメクジを探す為だ。

 

 その日は俺とロンが眩暈(めまい)を覚えるまで大ナメクジ狩りを続けた。

 要するに魔力が切れるまでだ。

 その頃には俺の腕は棒のようになり、大ナメクジの急所に槍を突き刺すのもやっとであった。

 気が付くと、俺とロンは互いに二十匹の大ナメクジを退治した。

 レン曰く、初めてにしては上出来との事であった。

 

『では、地下迷宮の入口に戻ります。私の体の一部に触れて下さい』

 

 レンの言葉に、俺はロンに習ってレンの肩に手を置く。

 すると、レンの足元を中心にに魔法円が現れた。

 次の瞬間には俺達はレンの迷宮脱出の魔法で地下迷宮を後にしていた。

 綺麗な空気が俺達を労っている様であった。

 俺は深呼吸をして新鮮な空気を堪能する。

 それから地上に出る階段を上がっていった。

 

『報告と換金をする為、これから探索者ギルドに行きます』

 

 レンは広場の側に立つ、周りに比べても比較的大きな建物を指さしていた。

 五階建ての石造りの建物だ。

 奥行は分からないが、横幅は三百メートルぐらいはあるだろうか? 驚くほど大きい建物だ。

 それに合わせるかの様に大きな扉が据え付けられている。

 そこはまるで人の出入りが絶えないようであった。

 レンの後に付いて中に入ると、俺は驚きの為、声が出なかった。

 中は暑く人で溢れかえり、報告や換金を行うと思わしきカウンターには人だかりが出来ている。

 どうやら、並ぶと言う事が出来ないようだ。

 

 また、俺が驚いたのはそれだけでは無かった。

 カウンターには鉄格子が設けられ、その奥からギルドの職員と思われる男女が優しく微笑みながら対応していた。

 どの職員も俺から見れば容姿は普通程度である。

 中には美形の職員もいたが、俺はそんな事では驚かない。

 俺が驚いたのは、中で職員を差配している女の耳が長い事。

 エルフ!? エルフなのか!?

 そしてその女が見事な双丘がこぼれ落ちそうな程、忙しく動いていたからだ。

 俺はその女を目で追いかけていると、レンが咳払いをした。

 レンに注意を向けると、眉根を寄せ、目を細めて俺を見ている。

 ジト目? いやいや、男にされたくないから。

 その様な事を俺が思っていると、レンとロンが人ごみを掻き分けて奥の閉じているカウンターに向かった。

 俺は慌てて後追う。

 俺達が閉じられているカウンターに着くと、鉄格子の奥から先ほど俺が目で追っていたエルフの女が現れた。

 

「―――・・――・・」

 

 エルフ女が何かを話し、うっとりするような笑顔でレンに微笑みかけた。

 エルフ女の頬に薄く桃色が灯った。

 レンの奴、もてるんだな。

 レンの態度を見ると、別に付き合っている訳では無さそうだが……

 

『……ハル、ギルドに登録します。ここに手を置いて下さい』

 

 ハルがいつの間にかカウンターの上に置かれたテニスボールほどの大きさの透明な魔力結晶を指し示していた。

 探索者となるには登録が必要なのか? それに、これに触れて異世界から来たことがバレたりしないだろうか?

 俺が戸惑っていると、レンが

 

『大丈夫です。個体の識別と継承した魔力を計測するだけです』

 

 と言った。

 俺はその言葉を聞き、魔力結晶の上に恐る恐る手を置く。

 すると、魔力結晶が白く輝き出す。

 

「――・―――・・――・・」

 

 エルフ女が何事か呟き、傍らに用意してあった金属片に何かを書き出した。

 すると、金属片の隅に埋め込まれていた極小さな魔力結晶が白く輝き出す。

 それをエルフ女が俺に差し出してきた。

 

『これが探索者ギルドカードです。身分証明書代わりになりますので、無くさないでください』

 

 俺はギルドカードを手に持った。読めない字で何か書かれている。

 多分、俺の名前が書いてあるのだろう。

 それ以外は所属するギルド名や都市の名前等だろうか?

 

『ギルドカードにはハルの名前と所属ギルド名、ギルドの所在地である都市名が記載されています』

 

 レンが俺には読めない文字を指し示しながら教えてくれた。

 しかし、言葉や文字が理解できないのは本当に不便だ。

 早く覚えなくてはいけない。

 

『ハル、地下迷宮で得た魔力結晶と大ナメクジの証明部位を出して下さい』

 

 俺はレンに言われた通り、魔力結晶と証明部位である突起物をカウンターに出した。

 それぞれ二十個ずつある。

 エルフ女がそれを丁寧に数えてから奥に持っていった。

 暫くして戻ってくると、手には小さな革袋が握られている。

 

「――・――・・・」

 

『大銅貨二十枚です』

 

 エルフ女の言葉をレンが訳してくれたようだ。

 しかし、大銅貨一枚の価値が分からない俺にとって、それが高いのか安いのかも分からない。

 俺が呆けていると、レンが

 

『大銅貨一枚で一食分の料理が買えます』

 

 と教えてくれた。

 千円程度の価値だと考えればいいだろうか?

 そうすると、俺は今日一日で二万円程稼いだことになる。

 地下迷宮入っていた時間は六時間ぐらいだろうか。

 探索者、割の良い仕事かもしれない。

 

『そうそう、衣服代を徴収しますね』

 

 レンがそう言い、俺の手から革袋を取り上げた。

 そして、中から大銅貨を十五枚ほど取り出し、残りを俺に返した。

 

『服を売ってくれた衛兵には私から返しておきます』

 

 俺の手元に残ったのは大銅貨五枚だけだった。

 その後、ロンも同じように換金していた。

 だが、レンは何故か換金しなかった。

 

「レンは何で換金しないんだ?」

 

 俺は気になったのでレンに聞くと、レンは

 

『私はここで働いているので空いてから換金します』

 

 良く分からない理由だ。

 俺が訝しく思っていると、

 

『それより、今後の事を説明します』

 

 と、レンが言った。

 確かに俺はこの後どうすればいいか分からない。

 と言うか、既に日も落ちかけている。

 早く寝泊りできる場所を確保しなくては。

 大きな町の様だから、宿泊施設はあるだろうが、問題は部屋が空いているか否か。

 空いていたとしても、大銅貨五枚、五千円で泊まれるのだろうか? 元いた世界ではなかなか難しい金額だ。

 

『ハル、寝泊りは探索者ギルドの簡易宿泊施設を使ってください。今回の駆除に参加している間は無料となります。ただし、ロンとの相部屋になりますが。また、食事はその施設の一階で一食大銅貨一枚で提供しています』

 

 おお! 無料で泊まれるのは助かる。

 それに相部屋がロンなのもだ。

 亜人(? と言っていいのだろうか)だが、知らない者と部屋を一緒にするよりは安全だろう。

 

『それと、次の駆除は明後日です。広場の鐘楼にある鐘が四回鳴ったら広場の詰所前に集まってください』

 

 俺とロンはレンの言葉に頷く。

 そして、ロンがついて来いと身振りで示すので、後を付いて行こうとした。

 だが、レンの言葉に止められる。

 

『ハルは夕食後にもう一度このカウンターの前に来て下さい』

 

 何の用事かは分からないが、レンの御蔭で俺は助かっている。

 俺は素直に了解の意を示し、ロンを追いかけた。

 探索者ギルドの簡易宿泊施設はギルドのすぐ北側にあった。

 ギルドの大きな建物の所為で日当りは悪い。

 一階が学生食堂の様になっており、多くの探索者と思われる者が食事を摂っていた。

 一部では酒を飲んでいるのか、大いに盛り上がっている。

 それを他所に俺達は狭い階段を上がっていった。

 

 最上階の三階に着くと、そこは南北に延びる廊下があった。

 その廊下を更に北に進み、一番奥の部屋の前でロンが止まった。

 ロンが鍵束を出し、その内の一つを使って扉を開ける。

 その鍵をロンは俺に手渡した。

 俺は無くさない様に大銅貨が入っている革袋に入れた。

 

 中を覗くと狭い通路の両側に二段ベッドが備え付けられていた。

 入口の側はクローゼットなのか扉が付いている。

 ロンがそれを開け、手に持っていた槍を立て掛けている。

 俺もそれに習い、槍を立て掛けた。

 俺がロンに向き合うと、ロンが物を食べる身振りをする。

 多分、食事の事だろう。

 ロンもいいやつだな。

 レンに言い含められていたのかもしれないが、律儀に俺を食事に誘ってくれる。

 俺は嬉しくなり、笑顔で頷いた。

 ロンはなんだか照れくさそうであった。

 

 俺達は部屋に鍵を掛け、一階の食堂で食事を摂った。

 言葉が分からなかったが、大銅貨一枚出せばあとは分かるようだ。

 メニューも一つしか無く、後は銘々(めいめい)酒を頼むぐらいの様だ。

 料理は大きなボールの中に大量の豆が敷き詰められていた。

 その上に何かの肉を焼いた物と蒸したジャガイモが一個添えてある。

 味付は塩辛く、肉体労働をした俺には美味しく感じられた。

 食事を終えた俺はレンに言われた通り、先ほどの閉められたカウンターの前に行く。

 

 すると、奥からレンが現れた。

 本当にここで働いていたんだな。

 しかし、昼は害虫駆除に、夜はギルドの職員とは。大変な生活だ。

 俺が感心しているのを他所に、レンが小さな革張りの本を差し出した。

 

『これはギルドの書庫にあったものです。古い本ですが、ひょっとしたらハルの助けになるかもしれません』

 

 レンの言葉に俺はその本を開いた。

 中を見た俺は思わず声を出してしまった。

 

「こっ! これは!」

 

 中にはこの世界? の文字とその上に発音が書いてあった。

 それもカタカナでだ。

 カタカナ……つまり、これを書いたのは日本人であると言う事だ。

 俺以外の日本人がこの世界にいた。

 俺は改めて本の革表紙を確認した。

 随分と古い物だと分かる。

 多分、これを書いた者は既に亡くなっているだろう。

 そう簡単に推測出来る程、革は傷んでいた。

 

『やはり、中の文字が読めるんですね』

 

 レンの問いに俺は小さく頷いた。

 

「俺の国の言葉で書かれているようだ。辞書の様に思える」

 

『では、明後日までに簡単な言葉のやり取りが出来るようにしておいて下さい』

 

 レンが満面の笑みで微笑むと、颯爽と踵を返し、奥へと去っていった。

 何て無茶な。

 一日で言葉を覚えろとか……

 だが、この辞書? が有れば確かに最低限の意思疎通は出来そうだ。

 誰が書いたかは知らないが、俺はその者にいたく感謝した。

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