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ハルと異世界の地下迷宮  作者: ツマビラカズジ
第二章 教導騎士団
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#017 入団式典

 今日は、一二月一日。

 俺が正式に騎士団の一員となる記念すべき日だ。

 正式には火帝歴 三一一年一二月一日と言う。

 そう、この国は帝政だった。

 さっき知った。

 遠いどこかに御所があって、火帝がそこから権勢を揮っているのだろう。

 ただ、近隣の領主もしくは国? と戦があるから、それ程統治は行き届いていないのかもな。

 

 因みに俺は今、正式に従士と認められる式典に参加している。

 何時ぞや見た、白亜の城にある広間でだ。

 教導騎士団長が見習い探索者における成績順で一人一人に槍と剣、盾を渡している。

 その時に一言づつお言葉を頂けるらしい。

 ただ、その言葉は他言無用。

 決して他人に言ってはいけない。

 どうしよう、お前の事が気になって仕方がない、惚れた、とか言われたら……

 

 遂に俺の番が回ってきた。筆頭従士であるマリオンが最初に受け、続いて、タイタス、ロン。中盤でオバダイアとザドク。

 俺が最後に受ける。

 そう、俺は最下位だ。

 ……先日の、見習い探索者修了式での醜態が影響したようだ。

 その為、他の者は既に広間に整列している。

 壇上を見上げる皆の視線が俺に突き刺さる。

 うぅ、最下位って恥ずかしい。

 教導騎士団長オネシマス様、今後ともよろしくオネシマス……ふざけた事でも考え無いと、緊張で漏らしてしまいそうだ。

 最初に幅広の剣(ブロードソード)を団長から授けられる。

 

「お前は騎士団では無く、探索者を望んでいたそうだな」

 

 勿論、その通りだが……何か? 、と強気で言えない。

 小さく頷く事すら無理だ。

 何故なら、団長の目が怖いからだ。

 さっきから殺気が凄いんです。

 俺は震える手で帯剣した。

 続けて、凧盾(カイトシールド)を渡される。

 

「我が騎士団を名誉と感じぬ者は不要」

 

 団長の声と俺に掛けられる圧迫感がひときわ大きくなり、俺の膝が笑い出す。

 これ、絶対に他の人に聞こえてるよ……

 最後に槍だ。

 一見して探索者ギルドで貰った物とは出来が違うのが分かる。

 が、この時の俺にその余裕は無かった。

 

「……あの時、殺しておけば良かった」

 

 ……う、生まれて来てごめんなさい。

 なんて事は思わないが、強制的に騎士団に加入させておいて、この言いよう。

 ……オネシマス、呪われるがいい……

 

「チッ!」

 

 舌うちまでされた! まさか、思っていたことが口から漏れ出た?

 

 槍を受け取った俺が広間に整列すると、団長の口から領主様からの祝辞を頂く。

 その内容は実に簡潔であった。

 

「諸君、一年後、騎士として叙任されるよう、期待する」

 

 以上であった。

 おかしい。

 ロンの話だと叙任までは数年掛かると聞いたんだが……色々と余裕が無いのね。

 

 その後、教導騎士団の本部がある建物へと移動する。

 そこで、領主様のお言葉に関して補足説明を受けた。

 一つ、緊急事態である為、一年で騎士に成る事。

 一つ、これまでは四勤二休だったが、六勤二休と成る事。

 一つ、その分、給金は割増される事。

 一つ、六日間訓練の内、三日間は朝座学、昼以降は日暮れまで訓練。三日間は馬に乗って領内を巡察と成る事。

 

 また、その他にも緊急事態である為、教導騎士団の編成が変わる。

 これまでは隊長一人につき二人の従士であったが、四人の従士となる。

 その為、来月にも二十名が増員される。

 この世界は馬に乗れる事は前提なの? と、色々言いたい事は有る。

 が、それは飲み込んだ。

 団長だけで無く、副団長と思われる二人からの視線が厳しいからだ。

 どうやら、いきなり目を付けられたらしい……前途多難だ。

 

 次に、隊長と顔合せだ。

 俺はロンと同じ隊長の下に配属された。

 基人族の女騎士で名前はべべ。

 美人でも醜女でも無い。

 背が高い。

 体のつくりはがっしりとしている。

 それは訓練の賜物なのだろう。

 髪の色は栗色でショートヘアだ。

 年齢は……推定三十代前半かな。

 

「ロン、お前の事は団長も期待している。頑張って貰いたい。ハル、お前は……いや、お前が探索者を希望していたのは聞いている。人生とは思いもかけないことで狂う。若いお前には分からんだろうがな。だが、不貞腐れるな。団長らを見返しやれ! 私がお前を一人前の騎士に育てて見せるからな!」

 

 べべはええ人やー。

 俺はこの人の為にも、立派な騎士を目指すことを誓おう。

 たが、一言(ひとこと)言っておく。

 俺はお前の歳とそう違わないぜ。

 簡単な顔合わせを終えた俺達は、厩舎に向かった。

 早速乗馬の練習を始めるとの事だ。

 馬は一人一頭あてがわれる訳では無く、共同で使うらしい。

 理由は不明だ。

 聞く必要も無く、そんな物かと納得した。

 

「聞いての通り、馬に乗って巡察に向かう。最初の巡察は一二月八日。つまり七日後だ。それまでに襲歩(しゅうほ)出来るように!」

 

 ……無理じゃね? 襲歩って騎乗して全速力だよね?

 

「安心しろ! 落馬しても、馬に踏まれても私が回復してやる!」

 

 ……そう言う問題では無いと思います。

 その日から数日間、午後は乗馬の練習に終始した。

 結果は勿論、出来るようにはならなかった。

 練習の度に尻は猿の如く赤く腫れ上がった。

 陰嚢も中の物が割れたかの様に痛む。

 それだけ練習しても、自信をもって言えるのは、速足(はやあし)は出来る様になった事だけだ。

 それ以外では、駈足(かけあし)は出来るが、止まれない。

 襲歩は(あぶみ)に立ってすらいられなかった。

 

 

 

 初めての巡察。片手で手綱を握り、もう一方で槍を持つ。

 鎖帷子を纏い、その上から外套を重ね着る。

 頭には兜、腰には草摺(くさずり)、腕には籠手、足には臑当(すねあて)を身に纏っている。

 従士の支給品をフル装備だ。

 ……敢えて言おう、くそ暑いと。

 

「ハル! もっと背筋を伸ばせ! もうすぐ広場に出る。無様な姿を見せるな!」

 

 べべが俺に喝を入れた。

 俺はそれに従い、姿勢を正す。

 ふと、ロンを見ると一部の隙も無い、見事な乗馬姿だ。

 だが、俺は知っている。

 この先、ロンの婚約者となったラナが、ロンの雄姿を一目見ようと広場に来ている事を。

 そして、ロンはその為、馬を必死に抑えている。

 つまるところ、ロンも俺と同じく、馬の扱いが劇的に上手くなることは無かった。

 数日で乗りこなすようになるなど、どだい無理なのだ。

 

 北大通りを抜け、広場に差し掛かる所に、ラナの姿が見えた。

 ラナの嬌声にロンの口元が僅かに上がって答える。

 本当は近寄って抱きしめたいだろうに。

 そう、ここ数日、ロンとラナの距離が以前にも増して近い。

 と言うか、ゼロ距離だ。

 当たり前の様に触れ合っていた。

 多分……そう言う事なのだろう。

 それが分かっても俺はロンに聞かなかった、あえてね。

 そう、敢えて言おう、まだ不能だと。

 その不能が治らない限り、羨ましくないと俺は断言する!

 

「ハル! 馬に乗るのが下手だな!」

 

 広場に(たむろ)する探索者の一団から声が掛かった。

 声の主は勿論、ドリスだ。

 俺に対してそんな事を言う奴は他にいない。

 そもそも、知り合いが片手で足りるぐらいしかいないしな……

 それにしても、珍しく広場に人が集まっている。

 その集まる人を目当てに屋台が更に集まる。

 それとも屋台を目当てに人が集まっているのだろうか? いずれにしても、見習い探索者としてほぼ毎日広場に来ていた時には見なかった光景だ。

 俺が目をせわしなく動かしているのをロンが気付いた。

 

「そっか。ハルは知らないと思うけど普段は人で溢れて賑やかなんだよ」

 

 つまり、見習い探索者が地下迷宮を利用する期間以外と言う事か。

 そこまで広場や地下迷宮を貸切にする必要があるのか甚だ疑問だが、まぁ、何か理由があるのだろう。

 俺は深く追求する事は止めた。

 

「ロン、私語を慎め!」

 

 べべに咎められたロンが、慌てて姿勢を正した。

 ……すまんな、ロン。

 

「お前もだ、ハル! あちこち見回さず、まっすぐ前を見ろ!」

 

 

 

 僅か三名での巡察と考えていた俺は浅はかだった。

 クノスの城壁を出て、街道を暫く行くと第二騎士団の一小隊六名と合流した。

 

「遅くなって申し訳ありません」

 

 べべがそう言って、胸に右の握り拳を当てて敬礼する。

 俺とロンもそれに倣った。

 第二騎士団の小隊長は、いつもの事だ、と思ったのか小さく頷き、べべに話し掛ける。

 

「早速だがドゥズ村に向かう」

 

 べべが、

 

「ハッ!」

 

 と勢いよく答えた。

 第二騎士団の小隊長と教導騎士団の隊長では第二騎士団の方が偉いのかな? よくよく考えるとその辺りの知識が全く無い。

 今後の座学で学ぶのだろうか?

 

 途中、一度休憩を挟んだが、日暮れ前にドゥズ村に着いた。

 休憩とは言っても、従士である俺とロンが休むことは許されず、馬の世話をさせられていた。

 御蔭でドゥズ村に着くころには尻を含む下半身の痛みと極度の疲労で、今にも鞍から落ちそうになる。

 

 ドゥズ村は三百年ほど前に十数軒ほどの家が集まり、防壁として木材や石材で壁や土塁を設けて出来た村だ。

 その後、家が増えるたびに防壁を増築してきたらしい。

 今では二百軒を優に超える規模の村だが、至る所に当時の防壁の面影が残っていた。

 

「今日はあの宿に泊まる」

 

 第二騎士団の小隊長が村の門から少し離れた場所にある宿を示した。

 そこは村の規模を考えると、比較的大きな宿だった。

 宿の前に着くと皆馬から降り、馬を柵に繋いだ。

 べべが馬から降りた俺達に向って、

 

「ロンとハルは馬の世話をしろ」

 

 と命じた。

 俺とロンは敬礼して答え、他の騎士の馬も含めて宿の厩舎に入れた。

 厩舎では馬にたっぷりの水と飼葉を与え、更には毛並みを整えていく。

 大変な重労働だ。見習い探索者として体を鍛えてなければ、既に倒れていただろう。

 ようやく全ての馬の世話を終え、宿の中に入る頃には辺りはすっかりと日が落ち、虫の鳴き声が辺りを支配していた。

 

「ご苦労!」

 

 丁度、上階からべべが降りてきたところだった。

 鎖帷子などの装備を外し、着古した鎧下とズボンのみの格好だ。

 べべは俺とロンに武装を解き、早く降りてくるように言った。

 べべだけは俺達が終わるまで、食事を摂らずに待っていたらしい。

 上司の鑑だ。……一瞬目頭が熱くなった。

 こういう事されると俺って弱いのよ。

 

 食事を摂りながら、べべと今日の出来事というか、勤務態度を振り返った。

 

「初めてにしては良くも無いけど、悪くも無かった。馬など慣れていないことに関しては……」

 

 おいおい覚えていけばいいらしい。

 何よりも騎士としての振る舞いが大切との事。

 領民は魔物に怯え暮らしている。

 騎士団が敬われなくなる、信頼されなくなると領内の統治が滞るとのことだった。

 また、隊長として従士の体調を慮ってか気遣ってくれた。

 

「丸一日騎乗したのは初めてだろう。体は大丈夫か? 辛くは無かったか?」

 

「尻など赤く腫れ上がってないか?」

 

「男は陰嚢が腫れ上がると、その熱によって子種が絶えると聞く。回復魔法だけでは熱は引かんぞ」

 

「薬が必要ならば私に言え。多少なら持ち合わせがある」

 

「塗りずらいなら……塗ってやるぞ」

 

 本当に従士思いの隊長だ。

 心の底から心配してくれているのだろう。

 しかも、隊長自ら塗ろうかと申し出てくれた。有り難くて涙が出そうだ。

 年増好きにとってはある意味ご褒美だ。

 だが、俺とロンは丁重に断り、冷気の魔法で冷やすことにした。

 

 その他に、明日の予定の伝達もあった。

 

「明日は第二騎士団の行う裁きを手伝う」

 

 裁判の事らしい。

 村長らが罪人を村の牢屋から引き出し、騎士の前で罪状を告げる。

 罪人は申し開きをして、それに対し、騎士が罰っする。

 弁護士とかは無いらしい。

 罰の内容も話を聞いた騎士が決める。

 厳しすぎたり、甘すぎたりすると、これまた統治に差し障る。

 何事も中庸が求められるな。

 従士の間に、その辺りを学ぶのだろう。

 ……たった一年で大丈夫か?

 

「裁きの(のち)、第二騎士団と共にクノスに帰還する。その際、荷馬車の警護をするので、今夜はしっかりと疲れを取っておくように」

 

 食事を終えた俺とロンは、庭に周囲から隠されるように設けられた洗い場に出た。

 そこには手桶が数個と大きな釜が一つ。

 俺は湯を焚く釜に水球魔法で水を張り、ロンが火球魔法で火を焚く。

 沸かした湯で体を流す為だ。

 この宿屋や村には蒸し風呂はないとの事なので、これで我慢するしか無かった。

 湯の温度が程よくなり、火を消す。

 その湯を手桶に汲み、頭から被る。

 

「はぁ~……」

 

 二人の口から同じように声が漏れ出た。

 一日の汗と汚れ、それに疲れが洗い流される。

 本当なら湯船に浸かりたいところだ。

 だが、この世界には蒸し風呂はあっても銭湯は無い。

 そう言う文化なのだろう。もしかしたら王侯貴族なら入っているのかも知れないな。

 

「そう言えば、ハルはクノスの外に出るのは初めてだよね」

 

 ロンが湯で体を流しながら、思い出したように言う。

 俺は、

 

「確かに……以前、ロンに外は危ないと言われて、クノスの外に出るのは戸惑っていたが……こうして出てみると、意外とあっけないものだったな」

 

 と笑いながら言った。ロンも微笑みながら、

 

「あれから一月(ひとつき)も経ったとは思えないね」

 

 と言う。

 そう、一月だ。

 たった一月の間で、色んな事があった。

 

「まさか俺が騎士団に入る事になるとは……あの時は考えてもいなかった」

 

「そうだよね。ハルは探索者になるって言って、人頭税分のお金を溜めようと必死だったもんね」

 

 ロンが俺の為に眉間に皺を寄せている。

 俺はそれを解きほぐす為にも、笑ってロンに答えた。

 

「そうだな。でも、その御蔭で俺は今、小金持ちだ。今ならオバダイアとザドクが楽しんだ店にも遊びに行けるぞ!」

 

 それもそうだね、とロンが苦笑いしながら言う。

 それを見た俺は、空元気でも元気、という言葉を思い出した。

 

 

 

 翌朝、第二騎士団と共に広場に集まる。

 そこには百を超える大勢の男女と、その子供が集まっていた。

 

「では、裁きを始める。最初の者をここに」

 

 第二騎士団の小隊長が村長と思われる者に告げると、奥から中肉中背の男が手を縛られた状態で連れられて来た。

 その男が最初の裁きの対象であった。

 べべに言われていた通り、男が暴れない様に俺とロンが左右から抑えて跪かせる。

 罪状は無銭飲食の常習。

 金が無くて仕方なくやったらしい。

 ……金が無ければ探索者となり、地下迷宮に入れば簡単に稼げる。

 何故そうしないのか、俺には皆目見当が付かなかった。

 申し開きや反省の言葉を罪人から聞くのだろうか? 俺がそう思っていると、第二騎士団の小隊長が沙汰を述べた。

 

「鞭打ち十回の刑とする」

 

 問答無用だな。

 第二騎士団の騎士が男の後ろに立ち、その背に向けて鞭を強かに打ち据えた。

 最初の一打ちで服が破け、皮が裂けた。二打ちで鮮血が飛ぶ……これは惨い。

 鍛え抜かれ、膨大な量の魔力継承した騎士が打つのだ。

 この罪人がどの程度鍛えられているのか分からないが、十回は耐えられないだろう。

 下手をすれば死ぬ。

 五回目を打った頃には、意識が飛んだようであった。

 だが、そのまま続けられた。

 終わる頃には俺とロンの顔と体を覆う鎖帷子は真っ赤に染まっていた。

 

 次の男は、借金が返せなくなったらしい。

 鞭打ち二回と鉱山送りとなった。

 家族と思われる老年の男女と若い女、それに子供がいた。

 

「あんた! 何てことを! 子供たちをどうやって育てたらいいんだい!」

 

「とうちゃん! とうちゃん! ……どうしたの、とうちゃん!」

 

 耳が痛い。

 俺の立場もそう変わらない。

 最愛の妻と子供を元の世界に残してきたからな。

 俺は犯罪を犯した訳では無いが、家族の元を離れたと言う事自体が罪のようなものだ。

 ……心が痛む。

 

 最後の女は、殺人を犯したらしい。

 怨恨が理由との事。殺されたのは村の地主の一人であった。

 女の身体には無数の痣が刻まれていた。

 それだけでなく、歯形も……近づくと、男の汗の匂いと、それにも負けないほど男の……栗の花の匂いがした。

 女は既に、心を壊してしまったようだ。

 口から止めどなく涎が垂れている。

 それを見た小隊長は小さく、

 

「断首」

 

 と言って首を刎ねた。

 そして、村長の耳に何かを呟いた。

 村長の顔が見る見る内に青くなり、零れんばかりの汗を掻き出した。

 最後に聴衆に向って、

 

「これにて裁きを終了とする」

 

 と言い放った。それを聞いた聴衆のうち、子供達が落とされた首を競って取り合いを始めた。

 それを横目に、村長と他の男衆が遺体を運び出す。

 俺は思わず、その場で吐きそうになった。

 

 

 

 ドゥズ村からクノスへの帰路、一つの事件が起きた。

 

「アォーン! アォーン!」

 

 それは魔物の襲撃だった。

 俺達教導騎士団の三人は荷馬車の後方を警護している。

 先ほどの吠え声は前方から聞こえた。

 べべが馬を前に走らせ、状況を確認しに行く。

 しかし、総勢九名もいる一団を襲うのだ、相手となる魔物は少なくともその倍はいるではなかろうか。

 

「この声と匂いはコボルトだね」

 

 とロンが言った。警戒の為か、頭の上にある耳がせわしなく動き、尻尾が垂れていた。

 コボルトか……ファンタジー小説でおなじみのモンスターだな。

 モンスターの中で最弱の存在と言われていたが、この世界でも同じなのだろうか?

 すると、べべ隊長が馬をかえしてきた。

 

「コボルトだ! その数は十足らず。第二騎士団で十分だ。だが、囮の可能性もある! 後方からの襲撃に備えよ!」

 

 べべの言葉を聞いた俺は、周辺の地形を確認する。

 後方から俺達を襲撃するとしたら、何処から襲うか? それに気になる事が有る。

 

「ロン、コボルトは魔法や弓矢を使うのか?」

 

 使うのであれば……ちょっと不味いかも。

 何気に今いる位置は左右が高さ六メートル程の崖だ。

 あそこから飛び道具で狙われると、やばい、です。

 

「コボルトはそこまで頭が良くないよ。精々拾ったナイフや斧、剣で襲って来るぐらいだよ」

 

 本当? その程度の知能で囮を使って襲って来るかな? ……来るか。

 原始人だって落とし穴を作って狩りを行ったぐらいだし。

 ……落とし穴か。

 

「ロン、落とし穴と霧を出すぞ」

 

 要するに、罠を仕掛ける。

 落とし穴は足元に魔法円を出すのだが、足元が霧に覆われていれば気付かないだろう。

 万が一、後方からの襲撃が無ければ解除すれば良いだけだ。

 問題無かろうかとべべ隊長の顔を伺うと、小さく頷いた。大丈夫のようだ。

 それを見て取ったロンは俺の意図を汲み取り、(すぐ)に落とし穴の魔法円を地面に出した。

 道幅一杯の大きなものだ。

 俺は足元を隠すように、地表三十センチを霧で覆う。

 そして、油断なく辺りを見回す。

 すると、第二騎士団と争っていたコボルトの集団から、

 

「ウォーン!」

 

 一際高い鬨の声が轟いた。

 合図だろうか?

 ……案の定、崖の影からコボルトが現れた。

 距離は十五メートル。

 数は……十一匹。

 荷馬車を守る俺達の三倍以上だ。

 万全の布陣だな。

 敵である騎士団を分裂させた上で、数の少ない方を倍以上の多勢で襲撃する。

 ……孫子に通じるじゃないか。コボルト、恐るべし。

 などと考えていると、コボルトが俺達に突っ込んできた。

 土煙を巻き上げ、大音声に吠えて向かって来る。

 その手には赤く錆びた、切れ味の悪そうな武器。

 あれに切られると痛いのだろうか? っていうか、錆びてても斬れるの?

 距離が十メートルを切った。

 

「アォーン! アォーン! アォーン! アォーン!」

 

 コボルトは興奮して叫び、口から涎を垂らしていた。

 距離が六メートルを切った。

 互いの目が交差する。コボルトの目は俺達を容易い相手だと思い、ほくそ笑んでいる様であった。

 そして、落とし穴に落ちていく。

 目の前を走っていた仲間が突如消えても、コボルトは気が付く事も無く、落ちていった。

 十一匹全てのコボルトが。

 ……やっぱりコボルトは阿保だった。

 

「……見事だ」

 

 第二騎士団の小隊長からお褒めの言葉を頂く。

 彼らが俺達の側に来る間に、魔力結晶とコボルトの皮の採取は完了していた。

 正直、魔物とは言え、人型? の皮を剥ぎ取るのには抵抗を感じた。

 だが、

 

「高く売れるんだよ」

 

 とロンが嬉しそうに言うと、それは霧散した。

 俺は騎士だけで無く、金の亡者にもなったようだ……

 しかし、小隊長は若干ご機嫌斜めだ。

 それを不思議がっているとべべ隊長が、

 

「気にするな。騎士だから槍働きが一番と思う者もいる。それだけの事だ」

 

 と言う。

 槍? 魔法があって、遠距離攻撃出来るのに槍? 態々(わざわざ)接近戦?

 ……まぁ、郷に入らば郷に従えとも言うし、次からはそのようにしよう。

 

 

 

 クノスに戻ると第二騎士団と教導騎士団の俺達は共に騎士団本部に顔を出した。

 魔力結晶とコボルトの皮を(おさ)める為だ。

 納めた分は給金に反映されるらしい。

 また、本部は探索者ギルドの様に所属する騎士や従士の金銭を管理している。

 必要があればここでお金を下ろしたり、預けたり出来る。

 勿論、身分証明書が必要となるが。

 

「ハル、ロン! 少なくとも銀貨二枚は下ろしておけ!」

 

 べべ隊長が命じる。何事だ? と俺とロンが顔を見合わせる。

 互いの顔には”分からない”と書いてあった。

 するとべべ隊長が衝撃の発言をした。

 

「何だ、分からないのか? 従士が最初の巡察を終えたら、必ず行く場所が一つある」

 

 なんだそれは? とは一瞬思ったが、薄々だが分かった。

 確か、オバダイアとザドクが言っていた。

 先任の騎士からそこに誘われると。

 べべ隊長が女だから、それは無いと考えていたが……

 

「それは……娼館よ!」

 

 べべ隊長が初めて、俺達に満面の笑みを浮かべていた。

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