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ハルと異世界の地下迷宮  作者: ツマビラカズジ
最終章 帰る者、還れぬ者
167/169

#167 帰る者、還れぬ者(前)

 火帝歴 三二一年一〇月二日

 

 待ちわびていた”この日”が訪れた。

 遂に”この時”が来た。

 

 そう、あれは忘れもしない。

 俺の主観時間で六百二十四年も前の事。

 俺達家族は元の世界に帰還する魔法を得んが為、”神域”へと至る道を探していたのだ。

 そして、俺達は訳も分からず飛ばされた。

 天空の城ミノスに。

 白を基調とした大理石をふんだんにあしらわれた城塞都市に。

 

 そこには膨大な魔力を前提とする幾つかの魔法があった。

 何故か俺にしか習得出来ない魔法。

 今なら俺はその理由を知っている。

 あれは、正に俺にしか習得を許されていなかったからだ。

 俺がその様につい先日創り出したからな。

 その最後に得た魔法こそが”楽園創造魔法”……いや、”異世界転生魔法”であった。

 

 (くだん)の魔法を得たが為に、俺は六百二十四年も昔に遡行召喚された。

 それは決して忘れ得ぬ思い出と、決して(あがな)えぬ大罪を俺に(もたら)した。

 穢れた魂。

 それでも……いや、全てはこの瞬間を再び再現せんが為。

 反省も、後悔も、幾度も頭がおかしくなるほどした。

 が、それらがあったからこそ俺はここまで来れた。

 全てを無駄にしない為にも。

 その思いを最大の動機、原動力に代えて。

 

『我が師、そろそろ出番ですじゃ』

 

 その時、ドゥガルドからの思考転写が隠宅にいる俺の頭に響く。

 彼は今、天空の城ミノス、その最深部に隠された”制御室(コントロールルーム)”から俺に語り掛けて来たのだ。

 俺を呼ぶ”適切なタイミング”を計る為に。

 俺が傀儡として動かしていた”黒騎士”は部屋を後にしていたからな。

 

『分かった。次は最後の魔力結晶の番だな?』

 

『その通りですじゃ。今まさに若き師が最後の魔力結晶に手を翳し……むっ! 若き師を拘禁するかの様に魔法円が現れましたのじゃ! ん? 何とまぁ、若き師の口からとは言え、かように甘ったるい台詞を聞かされようとは。おほっ、エリザベスもまた。聞いてるこちらが恥ずかしくなりますのう』

 

 俺は彼の不必要な実況を耳にした所為で、顔に押し寄せる熱を感じながら、転移門(ゲート)の魔法円を描いた。

 その直後、

 

『……お! おぉおおお! エ、エリザベス! 止すのじゃ!! そ、それ程の力で魔法を放ってはし、城が……』

 

 狼狽し始めたドゥガルド。

 刹那、且つて目にした光景、エミが膨大な魔力をもとに練り上げた光針を俺の閉じ込められた魔法の檻に投げ付けようとしている姿が走馬灯の如く蘇る。

 

『ま、不味い!』

 

 俺は慌てて、城を破壊される前に先の魔法を行使した。

 向かう先は光が伸びる線上。

 故に、転移した俺の目の前には、巨大な光が迫っていた。

 それこそが、最愛の妻エミが瞬時に練り上げる事が出来た”最大限絞り出した魔力の塊”であった。

 

 くっ! これ程までとは……

 

 だが、焦りはしない!

 何故ならば、今の俺は、

 

「空間拡張魔法!」

 

 を瞬く間に展開出来る”力と経験”を有しているからだ。

 人の背丈ほどもある光の塊が不可思議な拡張されし空間に消えゆく。

 

『流石は我が師なのじゃ!』

 

 俺は、その様を目にし驚くエミとレンに対し、

 

「どうだ! 凄いだろう!」

 

 と言わんばかりに勝ち誇った。

 すると、この時初めて俺の存在に気付いたのだろうか、エミとレンが、

 

「……貴方、誰?」

 

 臨戦態勢を取り始める。

 

「……えっ!? ちょっ……ま、待って!」

 

 そうか! エミは今の俺の姿を覚えて無かったか!

 俺が如何に自らの正体を明かそうか迷っていると、レンがいち早く俺の正体を暴いた。

 

「か、母さん、こいつです! こいつが黒魔導士です! 事の発端! 僕をこの世界に浚った諸悪の根源、魔王です!」

 

 それもある意味実に正確に。

 まるで犯人を見つけたかの様に。

 その所為か俺は、俺自身意味不明で、且つ曖昧な答えしか口に出来なかった。

 

「ちっ、違う! いや、違わなく無い! あぁ! そうじゃ無くて!」

 

 故に、火に油を注ぐ事と成り、彼らの怒りの炎は更なる広がりを見せる。

 

「ここで会ったが百年目! 積年の恨み! 今こそ!!」

 

「私達家族の怒り! 思い知りなさい!!」

 

「ちょっと! 俺を呼んだのはエミでしょ!? エミを呼んだのはレンでしょ!? レンを呼んだのは俺だけどさ!」

 

 俺が口にした言葉は正論ではあったが、焼け石に水でもあった。

 何の意味も為さなかった。

 そもそも、エミとレンは俺を”ハル”だと認識していないのだから。

 

「あんたみたいなオジン、知らないわよ! 今すぐハルを! 返しなさい!!」

 

 そう叫んだエミは既に俺を自身の間合いの中に捉えていた。

 拳を握りしめ、腕を限界まで引き絞り、後は放たれるだけ。

 間違い無く、その一撃は俺の顔を狙っていた。

 咄嗟に顔を腕で庇う俺。

 その直後、

 

「がはっ!?」

 

 鍛え抜かれ、更には魔法で強化された、エンシェントドラゴンの強力な一撃にすら耐えられる俺の身体がくの字に折れ曲がったのだ。

 レンの強かなボディーブローによって。

 

「どうだ!?」

 

 その所為で俺のガードが降りる。

 それを見計らった一撃が追撃に加わった。

 

(とど)めよ!」

 

 そう、エミの右ストレートだ。

 渾身の、必殺の一撃だ。

 刹那、俺はスローモーションで見た。

 徐々に視界の半分を覆うエミの拳と、その拳が俺のこめかみを打つ瞬間、彼女の顔が目を見開き、

 

「あっ……」

 

 と声にならない声を上げようとしたのを。

 まるで、酷く混んだスーパーのレジの列に並び、(ようや)く次が自分の番だと言う時になって、財布を家に忘れてきたことに今更ながら気付いたかの様であった。

 俺は、

 

「遅いよ」

 

 と心の中で舌打ちをしながら、エミの思いを受け止めた。

 ゴンッ! という鈍く大きな音と共に。

 

 巫女コレットに嵌められた時と同じく油断した? 違うな。

 今の俺にエミやレンからの攻撃を避けられない筈が無い? そうじゃ無いさ。

 男には、愛する者の思いを受け止める”義務”があるのさっ。

 それを”男気”とも言う。

 

 身体が物凄い勢いで宙を舞い、壁に大音と共に激突し、大きな傷跡を残したらしいのが、俺の記憶には何一つ残っていなかった。

 

 

 

 

「……ヒィーーーーッ!」

 

 再び意識を取り戻した瞬間、肺が勢いよく空気を欲した。

 まるで、初めて呼吸の意味を知ったかのように。

 と同時に、

 

「あぁ、ハル! 目が覚めたのね!? 良かった! もう起きないかと思ったわ!!」

 

 エミの涙声が右耳の極近くで聞こえる。

 それもその筈、彼女は俺の首に腕を回し、きつく抱き付いていたからだ。

 そんなエミに対し、俺は宥めるように抱き返し、彼女の背を摩りながら、

 

「あぁ、エミ。無事再会できて心から嬉しい。それに……さっきは本当に死ぬかと思ったよ」

 

 と耳元で囁いた。

 すると、鋭く息を飲む音が幾つも聞こえた。

 俺の周囲に束の間の沈黙と張り詰めた空気が支配した。

 

 ……ん?

 

 僅かな疑念が俺の頭をよぎる。

 しかし、直後目にした状況が、俺に深く考える事を許さなかった。

 

「父さん? 本当にお父さんなのですか!?」

 

 そう言い放ったレンが光針を俺に突き付け、俺が妙な動きをすれば何時でも貫ける様に身構えていたのだ。

 但し、今すぐ如何にかされる訳では無さそうなのも分かった。

 ドゥガルドがレンの傍らに立ち、彼を必死に宥めようと、誤解を解こうとしていたからだ。

 

「レン殿、間違い無いのじゃ。このお方こそ、神が下賜された”遡行召喚魔法”にて六百余年にも前に呼び出され、魔人族の魂を救いし”大賢者”にして、知っての通り”勇者”を育て上げた”黒魔導士”その人であらせられる!」

 

「そ、そんな馬鹿な……黒魔導士さんが、この手に掛けた”最後の魔王”が……と、父さんだったなんて……し、信じられません!」

 

 レンは光針を突き付けた体制を崩さずに、天井を睨みつけ叫ぶ。

 垣間見えた苦悶の表情に彼の苦しさが現れていた。

 

「……悪いなレン、本当の事だ。でも、これだけは信じて欲しい。全ては俺が愛するお前達に再会する為にした事だ。良くも悪くも、な」

 

 俺は眼前で小刻みに震えはじめた光針の切っ先を目に入れつつ、レンに話し掛ける。

 すると、

 

「くっ……」

 

 彼は唇を噛みしめた。

 そこに、エミが優しい声音でレンの心を更に揺さぶった。

 

「レン、ママも謝らなければいけないわね。忘れていた事とは言え、少なくとも十年余りはレンにパパがいる事を内緒にしていたもの。許して、レン」

 

「か、母さんまで!? どうしてですか! 僕達は家族でしょ!? 元の世界でも父さんがいない間、十年間も二人っきりで……凄く寂……しい? 思いをした筈なのに! ……あれ?」

 

 レンにとっても、元の世界で暮らしていたのは五百年余り前の事。

 その所為で、記憶が一部曖昧なようだった。

 

「どうしたの、レン? 余りに衝撃的な事実を知って、混乱したのね。でもね、レン。パパは本当に私達家族の為に誰よりも辛い道を歩んで来たのだけは判ってあげて」

 

「で、でも!」

 

「レン、貴方はママの為に征子(ゆきこ)ちゃんをその手で亡き者に出来て?」

 

 ……征子ちゃん?

 

「出来る訳無いじゃないですか! ……えっ? ま、まさか、父さんは……」

 

「勘違いしているかも知れないから言っておきますけど、パパは未だに”ED”よ?」

 

 そ、そこを敢えて強調しなくても……

 

「レン、心して聞いて頂戴。ママはね、パパから以前聞いてたの。パパの手により記憶を改変される前にね。この世界の史実ではレンが倒したとされる王の近衛とその一軍。でもレンも言ってたわよね、倒してないって。あれはね、パパが貴方に成り代わって手を掛けたの。その時討たれた者達は百年にも渡って友誼を結んだ、パパの本当に大切なお友達だったそうよ」

 

 レンはエミの真摯な言葉に、態度に決して嘘では無いと、憶測でも無いと理解したのだろう、

 

「父さん……僕は今の今まで父さんは本当に家族を、いえ僕を愛しているのか疑問でした。でも……(ようや)く分かりました。黒魔導士として僕を鍛えてくれた日々。あれは、あの時はとても厳しい修練を課されましたが、今思えば全て僕の為を思ってしてくれた事だと信じられます。今まで、どうしても理解できなかったんです。魔王がどうして黒魔導士と身を(やつ)し、僕を鍛えたのか。それに、魔王が他の場所にいた筈なのに、僕と共に居れたのか。父さん、ごめんなさい。僕を……そんな体にしてしまった僕を許して下さい!」

 

 俺は初めてレンから謝罪の言葉を貰った気がした。

 恐らく、それは事実だろう。

 俺の心が驚きに打ち震え、熱いものが込み上げるのを感じた。

 

「ば、馬鹿! 急に殊勝な態度を見せるなよ、レン! お前はオネシマスみたいに”あいすまぬ”と言ってれば……」

 

 最後の方は言葉にならなかった。

 俺の努力がここに来て初めて報われた気がした。

 

 (しばら)く後、俺はエミとレンに突拍子も無く重大な事を告げた。

 

「さて、諸君。唐突だが明日には元の世界に帰ろうと思う。どうかな?」

 

「えっ? 帰る方法見つかったんですか?」

 

「それ本当なの、ハル!?」

 

 俺はエミの問いに強く頷き返し、答えた。

 

「ああ、本当だ。俺達はこの異世界から元の世界に帰れる。それも、連れ去られた直後にな」

 

 そう、俺は既に見出していたのだ。

 ”近親召喚魔法”の対となる魔法、名付けて”元世界送還魔法”をな。

 

「あぁ、凄いわハル。本当に凄いわ。ねぇ、ハル。もう一度聞かせて。私達は本当に元の世界に帰れるの?」

 

「ふふ、何度でも言うよ、エミ。それに、レン! 俺達は元の世界に帰れる!」

 

 但し、この世界に呼ばれた直後にだ。

 それが……最大の問題……でもあった。

 しかし、今はその事を忘れよう!

 何故ならば、俺達にはこれから直ぐにでも取り掛かる必要のある、

 

「さぁ、エミ! レン! 今日は忙しくなるぞ! 皆とお別れをしなくちゃいけないからな!」

 

 遣るべき事があったからだ。

 すると、

 

「あっ!」

 

 と声を発し、途端に顔を曇らせ始めたレン。

 彼の顔は苦悶に満ちていた。

 その理由も俺には痛い程分かった。

 何故ならば、俺も同じ思いを経験したからだ。

 残された時間は余りに少なく、そして……伝えるには余りに残酷な”事”であった。

 

「と、父さん。どうしても帰るのは明日でなければいけませんか?」

 

 レンが罰の悪そうな顔をして俺に問う。

 俺はその問いに対して、

 

「逆に問おう、レン。明日では駄目な理由があるのか? 明後日? 一週間後? 一ヶ月後? 一年後? 十年、百年? ……キリが無いぞ?」

 

 実に卑怯な答えを返した。

 (しば)項垂(うなだ)れるレン。

 それでも彼は何か思いついたのだろう、勢いよく顔を上げた。

 

「父さん、お願いです! 僕に魔法を、帰還魔法を教えて下さい!」

 

 彼が唯一、いや最良と思える答えを口にして。

 しかし、現実は残酷だった。

 

「悪い、レン。この魔法は恐らく俺にしか使えない」

 

「ど、どうしてですか! ここにあった魔法と同じく、僕の魔力が足りてませんか!? でも、父さんに使えるなら、今の僕には難しくても(いず)は……」

 

「駄目だ! レン……お前に無益な、いやお前がお前自身の力で元の世界に帰るためとは言え、これ以上の殺生をさせたくないんだ!」

 

「そ、そんな! 僕の手だって既に血で汚れていますよ! 魔物を屠った数だって、千や二千じゃ……」

 

位階(ランク)”青”が三十万! それ程の質と数の命が必要だと知ってもか?」

 

「なっ!?」

 

 それは有り得ない量の魂。

 俺の抱える罪の重さであった。

 

 誰も声を発しない時間が過ぎる。

 その静寂を破ったのはエミだった。

 彼女はレンを優しく抱きしめ諭した。

 

「……レン、私達は明日帰りましょう。それで良いわよね?」

 

「……はい」

 

 レンは擦れる声で母親に答えた。

 

 

 

 火帝歴 三二一年一〇月三日

 

 昨日から思い入れのある人達との今生の別れを惜しんだエミとレン。

 寝る間も惜しんだ所為か、二人の顔には大きな隈が出来ていた。

 俺? 時を止めればいつでも寝れる。

 尤も、そんな使い方はしていない。

 ただ、寝ない事に慣れているだけだ。

 決して、別れを惜しむ者達が居なかった訳では無い。

 俺には多くの知己がこの世界にいるのだから。

 その多くには”決して戻らぬ旅に出る”とだけ伝えた。

 

 領主夫婦並びにそのご子息と妾のリリィ。

 彼らとは、

 

「ど、導師様……そ、それは誠ですか? もう会う事すら叶わぬと?」

 

「ああ、その通りだ。オネシフィリス、それにオフィーリアよ、達者でな。それと御子息殿、リリィを頼みました。リリィ、末永く幸せにな」

 

 と会話を交えつつ、昔話に興じた。

 因みに、オネシフィリスとオフィーリアは時を同じくして俺の事を思い出したらしい。

 余り、名誉なタイミングでは無かったらしいがな。

 

 ファリスとドリスとも会った。

 ファリスは相も変わらず、

 

「お兄様!」

 

 と俺を呼んだ。

 その腕に生まれたばかりの赤子を抱きながら。

 娘だと聞いて、俺は内心ほっとしたものだ。

 ドリスはすっかり母親らしくなり、

 

「私の培った経験を寝る前に娘に話して聞かせてあげてるわ。凄く喜ぶのよ?」

 

 幼き娘に色々と手解きしているとの事。

 

 勿論、アリスにも会った。

 彼女は最近体の調子が悪いらしく、

 

「この階層に成れない所為か、少し怠いのよね。疲労回復魔法を掛けても改善しないわ。一体何かしら?」

 

 と零した。

 俺は思い当たる節があったが、

 

「うーん、余り激しく動かないように。力んだり、重いものを持ったりしないようにしろ」

 

 とだけ伝えた。

 何となく分かったような、分からない様な顔をしていたが……まぁ、アリスの事だし心配ないだろう。

 これじゃ、普通の問診だな。

 

 デニス達には最近会った所為か、

 

『デニス隊長! 明日、俺達は元の世界に帰ります。じゃ!』

 

『おい! ふざけるな! お前の紹介してくれた仕事、騎士団の比じゃ無く忙しいぞ! せめて給金上げて貰える様に交渉してから帰れ!』

 

 思考転写で済ませた。

 

 ドゥガルドとも簡単に言葉を交わしただけだ。

 思い入れのある隠宅のテラスでな。

 

「我が師、御蔭で人生を楽しめましたのじゃ。私も何れ他の管理者と同じく、地下迷宮の中に消えゆくのじゃろう。じゃが、今少し家族の行く末を見守りますのじゃ」

 

「そうか……。ただな、ドゥガルド。勘違いしているかも知れんが、お前の魂が消滅する訳では無いんだぞ?」

 

「はて? それは一体……」

 

「ふふふ、気になるか? なら、楽園創造魔法の魔法円を調べてみるが良い」

 

 ドゥガルドの、鳩が豆鉄砲を食ったよう顔は見ものであった。

 

 オネシマスの許へは俺達家族全員で訪れた。

 彼はエレノアを伴い、屋敷の奥にある東屋で俺達を迎えてくれた。

 そこでならゆっくりと別れを惜しむことが出来ると考えて。

 

「父上、母上……いよいよ帰られるのですね?」

 

「ああ、その通りだ。明日俺達は帰る」

 

「オーネ、貴方とはもう会えなくなるのね……」

 

「……はい、母上。今生の別れです」

 

 すると、オネシマスの第二夫人に収まったエレノアがおずおずと口を挟んだ。

 彼女は既に、オネシマスから事情を掻い摘んで説明されているらしく、

 

「あの……小父さん……いえ、ハル? と、兎に角! 貴方の御蔭で私は幸せになる事が出来ました。本当にありがとうございます」

 

 伝えるべきを伝える。

 それに対して俺は、思わず意地悪な問いで返した。

 

「感謝など……俺がエレノアを本来いるべき場所から奪ったのにか?」

 

「いいえ、それは違います! 私、覚えてます! あのまま従士デニスと共に(くに)に帰されたとしても、決して幸せには、小父さんに愛しまれた様には育てられなかった事を!」

 

 そう、エレノアは決して”愛の子”では無かった。

 何故ならば、エレノアは領主の正式な娘では、妾の娘ですら無かった。

 たまたま領主の乗る馬車の側を通りかかった娘、それを無理矢理車内に連れ込み、手籠めにし、気に入り連れ帰る。

 エレノアは、その末に出来た子だった。

 それを強引に母親から取り上げ、実の娘としてクノスの次期領主に嫁がせようとしていた。

 拒まれ、帰されるとまた虐待の日々。

 幼女ながらも、エレノアは実に酷い扱いを受けていた。

 俺はそれを、彼女を馬車の中で見出した際に知ったのだ。

 読心魔法でな。

 エレノアが気絶した振りをしていたのもな知っていた。

 

 エレノアよ、もっと幸せになれ。

 俺はそう思い、願い、彼女を甘やかし、育てた。

 その所為で少し、いや随分ぽっちゃりとした体形になってしまったがな。

 

 

 

 さて。

 俺達家族は今、クノス地下迷宮の最下層にいる。

 それぞれが、それぞれの思い出に浸っていた。

 僅かに瞳を潤ませながら。

 それでも、俺は言わねばならぬ。

 

「名残惜しいがもう十分だろう。エミ、レン、ほんの少し間を開けて立ってくれ。お前達に”元世界送還魔法”を掛ける」

 

 俺が彼らと共に帰れぬことを。

 

「……父さん? それは一体どう言う事ですか?」

 

「言った通りだ。お前達はほぼ同じタイミングでこの世界に召喚された。だから、お前達を纏めて送還する」

 

「それは文字通りの意味ですか!? 父さんだけが帰れない、そう言う意味では無いですよね!?」

 

 俺は彼の問いに、彼の目を見つめて答えた。

 

「そんな訳があるか! 俺も帰る! ただ、戻る時間が異なるだけだ!」

 

 しかし……その先に待つのは……

 だが、エミは正確に理解していた。

 

「ハル、私は嫌よ? 十年もハル無しで、独りでは生きられないわよ? 釣った魚に餌を遣り続けない男は、浮気されても仕方ないのよ? 仕事が忙しいとか、転勤で……とか、言い訳よ? 女は寂しいと死ぬ生き物なのよ?」

 

 既に大粒の涙を零していたからだ。

 それを目にした途端、俺の決意が揺らぐ。

 しかし、俺は冷静に思う。

 エミ自身、矛盾に気が付いていない。

 彼女は既にその十年を耐えてきた筈なのだから。

 

 ……いや、エミ程の良い女が他の男に口説かれないと言う事があるだろうか?

 そもそも、

 

「ハルが側にいないと知ったら、貴方の弟、勇人君が私をほっとくと思う?」

 

 その懸念があった。

 あいつ、エミを狙ってたからなぁ……

 

 それでも、俺は、

 

「こうするしか無い。これが……最善なんだ」

 

 魔法を行使した。

 ”元世界送還魔法”を。

 

「あぁ、ハル! ……」

 

「と、父さん!? ……」

 

 二人の声が重なる。

 その直後、眩い光が辺りを埋め尽くした。

 二人の声が徐々に遠くなり、やがて聞こえなくなる。

 次第に光が収まり、その場に静寂が戻った。

 

 エミとレンの姿は何処にも無い。

 この世界の何処にもだ。

 そう、彼らは元の世界に戻ったのだ。

 

「さて。次は俺の番なんだが……その前に」

 

 俺は独り言ちる。

 そして、転移門(ゲート)の魔法を使った。

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