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ハルと異世界の地下迷宮  作者: ツマビラカズジ
最終章 帰る者、還れぬ者
161/169

#161 至宝喪失の危機

 火帝歴二九〇年八月一六日

 

 あの時と同じく、空には満月が昇っていた。

 周囲をその淡い光で照らし、今いる死の大地をまるで月面かと俺に思わせている。

 俺はドゥガルドとの再会を喜び、きつく抱き合った後、先程から頭をよぎる”疑問”を口にした。

 

「ドゥガルド、どうやって記憶を取り戻した? 俺はかなり強固に消した筈なんだが……」

 

 そう、俺はあの戦いの後、姿を消すつもりでいた。

 時の権力者に目を付けられた以上、それしか取るべき道が無いと思えたからだ。

 それに、(いず)れ俺が元の世界から召喚される。

 俺は彼らの立場を守りつつ辻褄を合わせるには、彼らの記憶を消すという方法しか考え付かなかったのだ。

 

「それが皆目見当もつきませんのじゃ。ある時、突如思い出しましたでのう……」

 

 ほう、それはそれは。

 偶然にしては出来過ぎているような……故に、俺は矢継ぎ早に問い質した。

 

「で、それはいつ? 切っ掛けは?」

 

「探索ギルド副代表レン殿が我々、パーン殿と儂に密かに協力を要請した時ですじゃ。じゃが、思い出したのは儂のみ。共にいたパーン殿は……」

 

「そうか……」

 

 パーンは思い出せないでいるのか。

 まぁ、ドゥガルドだけでも記憶が蘇ったのは奇跡だ。

 記憶改竄を解ける機構と言うか、その様な仕組みにはなっていない。

 ……おいおい、考えてみるか? 今回の事もある。

 いずれ、必要となるかも知れないからな。

 

 さて。

 

「今後は如何(どう)される御積(おつ)もりですじゃ?」

 

 俺が正にその事を考えようとした刹那、ドゥガルドが問い掛けてきた。

 

「そうだな……」

 

 曖昧に答えてから、俺は一拍余り考える。

 そして、

 

「取り敢えず、巫女コレットに感知されぬ様にする」

 

 と答えた。

 彼女は直感? 女の勘? もしくは稀有な洞察力で俺がエミが召喚された場にいた事を察知したのだ。

 くれぐれも気を付けねばならないだろう。

 魔力そのものの隠蔽は勿論の事、容姿も四六時中カモフラージュする必要がある。

 要するに、それを難なく可能とする魔道具の開発だな。

 

「故に、それまでは”隠宅”に身を顰めるつもりだ。まだ、残っているか?」

 

「勿論ですじゃ。師をお迎えにあがるにあたり、その手筈は万端に整えて参りました」

 

「悪いな、ドゥガルド。それに……良くあの封印から俺を解いてくれたな。重ね重ね礼を言おう。ありがとう、ドゥガルド」

 

「そんな、勿体無い! 儂がここにおられるのは師の御蔭。儂が礼を……」

 

「そんな事はない、ドゥガルド。本当に助かったんだ。それよりも、どうやって俺を出せた?」

 

「はい、あの時の光景を淡く思い出しました(のち)……」

 

 ドゥガルドは俺の隠宅を確認し、清め、必要とあらば自ら修繕を施した。

 何故ならば、周囲には強力な魔物が跋扈している。

 誰かに任せられるものでは無いからな。

 

 次に、彼は巫女コレットが俺を封じた魔法を調べた。

 記憶に微かに残る魔法円。

 僅かに残る神聖文字の記録を漁っては、その意味を少しずつ解し、ドゥガルド自身が描ける様に試みた。

 そして、数年の時を経て封印を開く魔法円を導き出したらしい。

 一度たりとも諦める事無くだ。

 実に素晴らしい!

 俺は、我が師であり弟子でもある男を誇らしく思えた。

 だからこそ、

 

「ドゥガルド、本当にありがとう」

 

 俺は彼をきつく抱きしめる。

 彼もまた、力強く抱きしめ返してきた。

 荒野を吹き抜ける風の音が、二つの鼻がすする音を消してくれていた。

 

 

 

 火帝歴二九三年一月一日

 

 二年と三ヶ月。

 それは俺に施された封印が解かれ、この世界の大地に再び足を付けてから経過した日数。

 俺が封印されてからはおよそ八十八年が経過していた。

 その間、様々な事柄が起きていた。

 

 まず最初に挙げるとするならば、クノスの地下迷宮管理者がレンからエミに交代していた事だろう。

 俺の知る歴史通り、火帝歴二百十年にエミがレンよりその役割を引き継いだのだ。

 いま現在、エミは管理者としての権能を得る為に深い眠りについている。

 そう、新たな管理者は少なくとも百年は眠り続ける必要がある。

 彼女が目覚めるのは、何の問題も無ければ、火帝歴三百十年の予定だ。

 

 一方のレンは、巫女コレットの影響力を行使もして、探索ギルドの副代表に就いていた。

 それも地下迷宮攻略を主に担う、執行役員的な立ち位置らしい。

 初めて聞いた。

 そう言えば、元の時代では彼の仕事内容など聞きもしなかった。

 時折迷宮の地図作成の依頼を受けたら作る、測量士的なのが主業務かと思ってた。

 稀に良く発生する魔物の群れを領主からの依頼で駆除する、そっちが付随業務かと……

 まさか(いず)れもそうだったとはな。

 因みにだが、副代表はもう一人いる。

 ドゥガルド曰く、事務全般をみているとのこと。

 

 そのドゥガルドは長年の実績と実力を評価され、魔法ギルドの代表となっていた。

 業務範囲は広く、時の領主の相談役、位階(ランク)の高い魔物の討伐、習得可能な魔力結晶の管理、後進の育成など種々様々であった。

 それ程多くの仕事に追われ、時間が無い中、彼は寝る間も惜しんで俺の封印を解いてくれたのだ。

 感謝してもしきれないとはこの事であった。

 

 領主は代替わりを果てしていた。

 あのオネシフィリスが現領主として君臨しているのだ。

 聞くところによると、彼は”冷血”とあだ名されるほど厳しい施政を執っている様だ。

 それもありなん。

 彼は側近に暗殺されかけたのだから。

 自らの目が届く範囲は殊更厳しく当たっているのだろう。

 

 その私生児であり、実は長子でもあるオネシマスは教導騎士団の団長となっていた。

 何でも、第一騎士団の団長にも推されたらしいが固辞したとのこと。

 理由は不明だ。

 だが、その方が俺としては都合が良い。

 何と言っても、史実通りなのだから。

 ただし、若干気になる事もある。

 領主夫妻とオネシマスの関係だ。

 先程も述べた通り、彼らは実の親子。

 俺が彼らの記憶から消え、エミが地下迷宮から返らぬ身となった今、その関係がどう変化したのか。

 一時は我が子として接していた以上、大変気掛りであった。

 

 それら以外にも、クノスの街も大きく変わっていた。

 魔人族が消えた当初は森人族(エルフ)が住民の大半を占めていた。

 それが、ここ九十年ほどで様変わりしていた。

 獣人族が過半数を超え、基人族も多くなり、山人族(ドワーフ)や小人族と一部では呼ばれ、子供かと見間違う地人族(ノーム)も大きく増えていたのだ。

 俺の良く知るクノスの情景が広がっていたのだ。

 この事の意味する事は何か?

 それは政が上手く機能しているからか?

 それもあるだろう。

 魔人族と比べ、新たな支配者である森人族(エルフ)は長命では無い。

 と言っても、優に三百年は生きるがな。

 故に、世代交代が活発だからか?

 無論、それもある。

 しかし、最大の要因は管理者が交代したからだろう。

 その結果、クノス近郊に湧き出す魔物の数が激減したからだ。

 それさえ無ければ、豊かな自然、豊富な鉱物資源を抱える山々を近くに有するクノスは一獲千金を狙う者達にとってはたいそう魅力的に映るのだから。

 それに加え、地下迷宮がある。

 無尽蔵に供給される魔物。

 それから得られる貴重な魔力結晶、様々な採取部位。

 加えて、女大魔導士エリザベスによって成された魔族との通商協定。

 貴重な金属で有る筈のミスリルが労せずして手に入る様になったのだ。

 クノスが発展しない理由は何一つ無かった。

 

 他方、変わらぬものもあった。

 それは当代随一と賞される剣聖パーン。

 彼は相も変わらず、クノスの剣指南役を務め続けていた。

 俺はそれを聞いて無でを撫で下ろす。

 紆余曲折有ったとは言え、俺の知る世界と差異がないように見受けられたからだ。

 後は……あの別れの時を待つばかり。

 新たに召喚された”俺自身”が過去に旅立った後、感動の再会を果たすだけ。

 それはほんの僅か先、たかだか十八年後の事。

 気長に待つだけの余裕が、今の俺にはあった。

 巫女コレットの捜索を躱す手立ても、十二分に用意したからな。

 容姿のカモフラージュは言うに及ばず、魔力測定値の偽装も行った。

 測定数値や個人を特定する際の波形を偽る為、ドゥガルドには多大な協力をして貰ったのだ。

 そこまでして、俺は漸くクノスに戻る事にした。

 

 無論、ドゥガルドは心配した。

 前回はそのクノスで予期せぬ襲撃を受けた所為だ。

 その為、酷く心配げな顔を作り、俺に問うた。

 

「今後の拠点は如何するおつもりですじゃ?」

 

「うーん、今のところ貧民街に設ける方向だな。あそこは人の出入りも多い。入り込むには最適だ。以前の様に屋敷を構えると目立つしな」

 

「では、また治療師を……ですじゃ?」

 

「ああ、そのつもりだ。治療師は一目置かれるからな。必要最低限の治療をする分には目立つ事はないだろうし」

 

 俺のその答えに、ドゥガルドは何かしら得心したのだろう。

 額の深い皺が解け、別の事柄を話題に上げた。

 

「それもそうですな。じゃが……また月に一度、以前と同じ日に集まりとう御座いますのじゃ」

 

「ああ、そうだな。そうしよう。その方が何かと都合が良い。場所は……」

 

「師の隠宅が宜しいですじゃ。あそこならば、ガーゴイルの目も気になりませぬ」

 

 こうして、俺の最後の旅は始まった。

 残す道程はほんの僅か。

 マラソンに例えるならば、ゴールのある競技場が遠くに見えだした頃だと、俺には思えた。

 後は残された距離を何も考えずに走り切るのみ。

 特別な出来事など、何一つ起きない。

 俺はこの時、本当にそう思えたのだ。

 

 

 

 火帝歴二九三年八月一日

 

 元の世界では”世界母乳の日”として有名な日だな。

 ……俺の周辺だけ?

 

 それはさて置き、今日は月に一度開かれる打合せの日だ。

 今ではドゥガルドと俺だけのな。

 俺はその会合をつつがなく終える為、支度に追われていた。

 と言っても、食材を現地調達するだけ。

 庭? でバーベキューをするつもりだ。

 そのメインである文字通り”野趣あふれる肉”を探しているのだ。

 

 森の中は朝靄が厚く垂れ込め、視界は酷く悪い。

 この様な時、獣も万が一を考えるのか、活動が鈍くなる。

 その為、俺の感知魔法に掛かる獲物は樹上を行き交う事が出来る小さな物が多く、大の大人二人の空腹を満たすには心許無かった。

 故に俺は索敵範囲を広げ、森を彷徨う。

 せめて、森大ウサギでも獲れれば良いと願いながら。

 ……このところ、魔物の数がめっきり減ったのだ。

 大虎や大鷲の姿を見る機会は限りなくゼロに近い。

 クノス地下迷宮の管理者交代が意外な所で影響を及ぼしていた。

 

 暫く行くと、懐かしい場所に出た。

 そこは百年ほど前に、現領主と出会った場所であった。

 深い森の中にもかかわらず、幅数メートルに渡り木々が生えぬ場所。

 それがこの森を縦断している。

 正に天然の回廊であった。

 

「……もう少し先だったかな? オネシフィリス達と出会ったのは」

 

 俺は懐かしく思い、その場所へと足を向ける。

 狩りの事は何時の間にか忘れ去られていた。

 回廊の節と言うべき場所がもうすぐ近くにあるからだ。

 付近には清浄な水場もあり、魔物が少ない今、休むには打って付けの場所である。

 俺も久方ぶりに、その水で喉を潤したいと欲した。

 

 だがしかし、そこには予想外の先客がいた。

 いや、無論それが居たのには離れていても気付いていた。

 ただ、まさか……

 

 回廊の向かって右側が大きく拓けている。

 その奥に、横倒しにされた箱馬車。

 周囲に馬の姿は無く、目に映るのは夥しい量の血が流れ出た痕のみ。

 俺には一目で何が有ったのか分かった。

 何故ならば、大型の肉食獣である大狼(オオオオカミ)の死骸が幾つか転がっていたからだ。

 それに……犠牲となった者の遺体も。

 食い荒らされたそれらは実に惨たらしい姿をしていた。

 

 俺はその中の一つ、いや、間もなくそうなるであろう一人に近づく。

 その者は腰を落として地面に座り込み、手に持つ剣で辛うじて倒れぬ様に自身の体を支えていた。

 俺は、

 

「何があったのですか?」

 

 場違いな問い掛けをした。

 旅の途中? 大狼(オオオオカミ)に襲われたのは明白であるからだ。

 すると、彼は残る気力を振り絞って答えた。

 まだあどけなさの残るその顔は、十代中頃と思われる。

 血の気の無い肌は既に青白く、事切れる間際。

 右腕は肘から先が噛み千切られ、太腿や脇腹にも大きな爪痕が見えた。

 如何やら彼は、どこぞの従士なのだろう。

 その証拠に、彼の後方にはクノスの物では無いが、立派な鎧に包まれた遺骸が転がっている。

 蘇生も叶わないその姿は、例えようもなく無残であった。

 

「と、突……然……ま、魔獣……の……群……れが……」

 

 擦れた声。

 彼は懸命に、自らを襲った出来事を伝えようとする。

 

「霧……が……出……て、道……に……迷……晴……れる……ま……で……休ん……」

 

 俺はこの時、既に大方の事情を理解していた。

 何故ならば、問いかけた直後”読心魔法”を用いたからだ。

 そして、知り得た事実に唖然とする。

 彼らは自らが仕える主人に成り代わり、その宝を運んでいたらしい。

 総勢二十騎に及ぶ隊列で。

 その宝とは主人の末娘。

 とある領主の愛娘であった。

 数年前に生まれたクノス領主子息の許婚と成る為、此度クノスに遣わされたらしい。

 

「エ……エ……エレ……ノ……様……座……席……の……し……に……」

 

 幼き娘の名は”エレノア”……と言う……

 俺はその情報に触れた途端、目を見開いて驚いた。

 しかし、更に驚く事が起きた。

 それは今にも息絶えそうな青年の名を知った時。

 彼は……愛する親に”デニス”と名付けられていた。

 俺はそんな彼を楽な姿勢にするため、横たえた。

 触れた肌は極めて冷たく、計った脈は余りに弱い。

 彼は自らが仕える主の愛娘の所在を俺に伝えると、張り詰めた気が一気に緩んだのだろう、あろう事かそのまま息を引き取ってしまった。

 

 丁度その時、俺の背後から近づく者が現れた。

 彼は、

 

「我が師、この様な所に。隠宅におられなかったので随分と探しましたのじゃ」

 

 ドゥガルド。

 何故か、倒れた馬車に向って火球を放とうとしている。

 

「……何をしている、ドゥガルド?」

 

「いえ、仕上げを……」

 

「待て! これは……お前が仕組んだのか?」

 

「その通りですじゃ。師の話された未来のあるべき姿、それを叶える為に儂は陰ながら日々務めさせて頂いておりますのじゃ」

 

「……そうか」

 

「では……」

 

「いや! その馬車は必要ない! 寧ろ駄目だ! 馬車に残されている少女は俺の未来に大きく、とても大きく関わっている!」

 

 その時、俺の脳裏をよぎったのはたわわに実った”果実”であった。

 その先から溢れ出る白く透明な液体は、言うなればエリクシル。

 とある個体にとっては正に万能の霊薬となるのだ。

 ただし、その湧出量は大きさに比例する……とか、しないとか。

 故に俺は……

 

「な、なんと! 誠ですかな!? これはとんでもない過ちを犯すところでしたのじゃ……」

 

「……まぁ気にするな。ギリギリだが気が付けたのだ。それと、この青年もだ。蘇生して連れ帰る。手を貸せ」

 

 俺は俺の為に良かれと思ってしたが故に彼を咎めはしない。

 例え、無辜の民がその所為で傷つき、苦しむ結果になっていたとしてもだ。

 何故ならば、俺自身の手も既に汚れている。

 寧ろ、ドゥガルド以上に血に塗れ、穢れているのだ。

 彼に対してとやかく言える立場に俺はいなかった。

 

 しかし……本当に危なかった。

 危うく世の宝が日の目を見ない内に喪失する所であった。

 だが、こうして”輝かしい未来”は守られた。

 俺は心から安堵した。

 兎にも角にも、何よりも尊い”人類の宝”はこうして守られたのだから。

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