#155 楽園創造魔法
俺は生き残った反乱軍の記憶を改竄した後、王都クノスへと急いで戻った。
全ては”勇者”の行いとして記憶を植え付けて。
その際、彼らには文献に記されていた場所に遺体の埋葬を命じもした。
無論、丁重に扱うようにとな。
本来ならば俺がやるべきだろう。
しかし、時は一刻の猶予も無かった。
勇者レンが少数精鋭を率いて、クノスを目指していたのだから。
不気味な程静寂に包まれたクノス。
その閑散とした、いや人っ子一人いない広場の中央に出現した俺は、
『パーン、何処だ!? レンは、勇者はまだ辿り着いていないか!?』
思考でクノスに近づいているであろうレンの動向を問うた。
『先生、良くぞお戻りに! もう、駄目かと思いましたよ!』
『……えっ? 何を……まさか見て……』
『そっ、それよりも勇者レンが郊外と森の境に現れたみたいですよ! 見つけたアンコ曰くクノスまで二時間の距離との事です!』
なっ、何だって! ギ、ギリギリじゃないか!
楽園創造魔法を完遂するには少なくとも一時間半は必要だと言うのに……
『分かった! アンコにはパーンから礼を言っておいてくれ! 俺は”楽園創造魔法”を行使して来る! パーンは魔王様に玉座の間にて勇者を待ち構える様に伝えてくれ!』
『はい!』
俺はその足で、いや、その場で転移門を描く。
向かうべき場所は一つ。
物見の塔。
その最上階の一室。
そこに、この時にいるべきで無い者がいるからであった。
その者に俺は、転移門を出た直後に話し掛ける。
「ドゥガルド……何故まだここに居る……」
「ひっ! そ、それは……」
彼の周囲には供廻りの魔人族が数名、横たわっていた。
皆、意識は無い。
それどころか、何らかの衝撃を受けたのであろう、耳や鼻、それに口から血が僅かに零れている。
俺はそんな彼らに素早く回復魔法を施す。
そして、
「言い訳は無用だ。勇者がすぐそこにまで来ているからな!」
俺は彼を問答無用に連れ出す事にした。
手を伸ばし、彼の腕を強く掴む。
すると彼は、
「い、嫌だ! 人柱にされるなんて真っ平御免だ!」
と喚きだした。
更には、俺に対してその激しい思いをぶつけて来る。
「な、何が王国存亡の危機だ! そんな事、子供の僕に関係ない! 僕はまだ何一つ経験していない! それに……」
しかし、その騒ぎは突如幕が下りた。
何故ならば、
「すまん、ドゥガルド。いや……師匠。俺が不甲斐無いばかりに……」
俺が”魅了”を行使し、彼を自らの支配下に置いたからであった。
俺は操り人形となったドゥガルドを伴い、地下迷宮へと向かう。
俺自らが物見の塔に設けた”転移門”を潜って。
それはクノス地下迷宮の最下層へと通じていた。
いや、通じていた筈であった。
それなのに……
「よう、賢者殿! これから”楽園”を創造しに行くのか?」
何故か地下迷宮の入口に出た。
しかも、そこには魔王と、
「先生! 申し訳ありません! どうしても魔王様が……」
パーンがいたのだ。
広場から続く大階段。
そこから差し込む光が二人を照らし、それにより神々しく見え、まるで神の使徒かと俺に錯覚させた。
「フッフッフッ、案ずるでない。我らはお主を見届けた後、玉座の間へと向かう。それよりもだ。お主と最後の会話をしとうてな」
「……そうですか。しかし! 時は有限です! その上、残された時間は余りに少ない! 魔王様……」
「それ以上言うでない! 我とて理解しておる。然るに……これだけは言わせておくれ。申し訳無かった。いや、本当にすまなかった。許せとは言わぬ。我を恨んでくれても良い。いや、我を恨んでくれた方が救いがある。お主にかほどの業を背負わせる事になろうとは……」
「……お気遣い無く。平原での戦いは流石に予想はしておりませんでした。しかし……”楽園”に誘う上で、もとよりそれ以上の覚悟はしておりました」
「であっても、すまぬ。誠にすまぬ。魔人族を代表して頭を垂れさせてくれ。そして祈らせてくれ、我らが旅立った後、お主とお主の家族に幸あらんことを」
「……ありがとうございます。では……失礼致します」
俺はそう告げてから、いそいそと身を翻し、クノス地下迷宮の最下層へと降り立った。
そして、その中心に少年ドゥガルドを立たせてから、
『私です。”勇者”が当初の想定よりも早く、およそ二時間後にクノスに辿り着く見込みです』
俺は人身御供となった巫女アン、巫子セオフィラスそして、大魔導士ディボルドに思考を飛ばす。
すると、真っ先に反応を返したのは巫女アンであった。
『なっ! ……そ、それでは、もしや賢者殿は……』
『はい、予定を早め、今から”楽園創造魔法”を実行いたします!』
『ふむ、致し方あるまい! 万が一、かの魔法を発動中に勇者がクノスにおれば、予想もせぬ方法で妨害されるやも知れぬからのう』
大魔導士ディボルドが俺の懸念を正確に突いた。
そう、幾ら何でもとは思うが、あながち不可能でも無い。
あの、異世界に召喚された直後から保有する膨大な魔力を上手く使えばな。
『私は既に準備が整っています。何時でも構いません』
巫子セオフィラスが極めて落ち着いた声で答えた。
それに残る二名が無言で応じる。
故に俺は、一度だけ少年ドゥガルドの無機質な顔に目をやってから、
『我は”賢者”である! 汝らとの約定に従い、これより”楽園創造魔法”を行使する! 汝らに祝福を!』
宣言した。
俺はそれを待ち望む全ての者達へ、望まぬであろう未だ眠りし者達の魂へ号砲を響かせた。
『楽園創造!!』
と。
それは悪しき魔法であった。
俺がその魔法を習得した際、余りの酷い内容に嫌悪感を催し、その魔法を習得した事自体を忘れ去りたいと願う程であった。
しかも……この魔法を得たが為に、俺はこの時代に呼ばれる羽目に。
それだけで無く、件の魔法を使う羽目に陥った。
歴史を守るために……
もう一度言おう。
この魔法は唾棄すべき魔法だ。
そして、この魔法を使う俺は”悪”だ。
いや、使うからこそ”悪”に堕ちるのだ。
三人もの膨大な魔力とその魂を贄に捧げるのだから。
いや、それどころでは無い……のだ……
そもそも、地下迷宮とは何か?
答えは”世界”という一定の領域、サイズを有する”面”に穿たれた”穴”であった。
この”世界”は穴を塞ぐ代りに、失った領域を回復する為に”面”を増やそうとするのだ。
ある意味で作用・反作用だな。
しかし、それは正しくもある。
何故ならば……”世界”の外側には”異なる世界”が折り重なるかの様に存在し、一見穴の様に見えるそれは、異なる世界へと押し出された”領域”であったのだ。
当然、”異なる世界”は自らの世界を侵食する力に反発する。
その力が増えた”面”と言える領域であった。
……説明が下手だな。
要するに相互に作用しあう”世界”は”シーソー”や”天秤”の様な関係が成り立っており、その”世界”は平衡状態を保とうとするのだ。
こっちの世界が押せば、向こうの世界も同じだけ押し返してくる……
ところが、ここで面白い事象が起きる。
複数の力で押すと、押した力より遥かに大きな力が返ってくるのだ。
この事から、異なる世界では返って来た力と同規模の、大きな力で押されているのが分かる。
それはまるで、複数の波が重なる事でより大き波が生まれると言う、所謂三角波のようであった。
俺はアノス、テノスそしてミノスの地下迷宮、その最下層に描いた魔法円を稼働する。
それは”人身御供”となった者達をクリスタルで覆い、力を、魔力を全て吸い出し、その莫大な力を糧として異空間を押し広げる為だった。
その刹那、”世界”が軋み始めた。
耳障りな音が鳴り響き、何故だか視界が幾重にも重なり、滲んで見え出す。
鳥肌が立ち、それと同時に無数の針で刺すような痛みが続いた。
梅雨時の如き湿った香り、頭は割れんばかりの痛みを伴い出す。
「くっ……」
歯を食いしばり、傷みを堪える俺。
しかし、この程度の事で俺が手を、頭を休める訳にはいかなかった。
猶予は残すところ一時間半。
それまでに”楽園”を完成させねば、いや彼らを送り届けなくてはならないのだ。
やがて、足元から地鳴り轟きだす。
それは異界からの反動。
この世界へと押し返された、”力”の奔流であった。
三つの力が合わさったそれは、不可視の圧力として俺に、この世界にのしかかった。
俺は思わず膝を突く。
それだけで無く、両手をも地に付け、自身の体を支えなければはならなかった。
だが……
「まだだ! これからが本番だ!!」
俺は声を、力を振り絞って立ち上がる。
そして、次なる魔法円を描いた。
それは先の三つの地下迷宮にて行使された魔法円と良く似ていた。
異世界へと力を押し込む魔法に。
しかし、異なるのは、その力の源泉が少年ドゥガルドの魔力と……この世界へと押し返された未曾有の”力”という点であった。
魔法円の輝きが増し、魔法が発動される。
少年ドゥガルドがクリスタルに包まれた。
その直後、
「ぐぅあああああー!」
俺を耳鳴りが襲い、視界が更に歪み、頭を万力で締め付けるかの様な痛みが襲った。
身体中を剣で切り裂かれた様な痛みが生じた。
噛みしめた力で歯が砕け、歯茎から血が湧き、口から零れていく。
いや、目や耳、鼻からも何かが垂れ落ちてた。
それらは白を基調とした衣服を赤黒く染めた。
鼻は塞がれ、血の香りしか感じられず、舌も同様であった。
それでも、まだ道半ば。
俺は次の一手を打った。
それは、
「界廊!」
世界を渡りし道。
俺が、俺の魂がこの世界へと来る際に通った路であった。
ただし……桁違いの規模だ。
何故ならば、ここを無数の人々が通り抜けるが故に。
道が拓かれる度に、大きな力が俺を、そして世界を襲う。
その力は圧迫感であったり、揺れとして俺を苛む。
それも意識を刈取るかと思える程に。
しかし、幾ばくかの時を経た後、それはパタリと収まった。
世界が通じたのだ。
この瞬間、二つの世界が繋がったのだ。
だが、異なる二つの世界が繋ぎ留められるのは僅かな合間だけ。
その時間を少しでも長引かせんが為に、
「迷宮創造!」
天地創造魔法等を掛け合わせた融合魔法を行使するのだ。
結果、クノス地下迷宮が更に深く造られていく。
途中、数度の”歪み”や”澱み”を感じた。
それは恐らく、巫女アンが独自に造りだした”楽園創造魔法”の残骸なのだろう。
それらを巻き込み、迷宮はやがて新たに生まれ変わるのだ。
界廊がある間に、俺は彼らを送り届けなくてはならない。
およそ三十万人前後もいる魔人族、その全てを。
その方法こそが世にも残酷であった。
その結果は明らかに”悪”であった。
俺には”救い”とはとてもでは無いが思えなかった。
神々との約定とは言え、それは許されるのだろうか?
彼らの望みを果たす為とは言え、俺は許されるのだろうか?
それに……最愛の家族、エミとレンとの再会を果たす為とは言え、俺がこの時実行した内容を知り、その上で彼女達は許してくれるだろうか?
しかし、俺はその決断を下していた。
当の昔に下していたのだ。
この世界に、この時代に呼び出された時に。
如何なる事をしてでも……
俺はアレクシスの時と同じく、彼らを緩やかな眠りに誘う。
一度に大勢の者達へと及ぼせるよう、厚い霧に眠りの魔法を紛れ込ませて。
クノス、ミノスそしてアノスは霧に満ちただろう。
やがて、影響を被る限定対象である魔人族達は深い眠りに落ちただろう。
俺はそんな彼らの体から、
「……」
無言で魂を取りだした。
”根源操作魔法”を使わずに……
「アァアアアアアアアアアアアア!!」
その魂の一部を俺の体へと入り込み、その大部分は”界廊”を渡り異世界へと旅立つ。
そう、この魔法、”楽園創造魔法”は名は体を表していない。
寧ろ”創造済み楽園転生魔法”と命名すべきであった。
または”輪廻転生魔法”……と。
俺は大きな波に飲み込まれた。
且つて無い量の魔力。
且つて無い勢い。
且つて無い苦しみ。
且つて無い悲しみ。
且つて無い後悔……に。
俺は気が触れる一歩手前まで追い込まれた。
いや、一時踏み越えた気がした。
それでも、意識を失わなかったのはなぜか?
俺には、その理由は分からない。
俺は辛うじて意識を保ち、少年ドゥガルドが中に閉じ込められたクリスタルの前に立っていた。
「……な、なんだ?」
俺は何故か胸騒ぎを感じていた。
”楽園創造魔法”は成功した。
それなのに、どうして俺の胸が苛まれているのか?
俺はその理由が分からなかった。
俺は地上に出た。
這いつくばりながら出た。
膨大な魔力を継承した副作用に襲われるも、意識を失わずに辛うじて広場に辿り着いた。
そこは濃い霧に覆われ、一寸先も見えぬ、夢や幻の如き世界。
それどころか、”楽園創造魔法”を行使した今、住民は誰一人として存在し得ない。
にもかかわらず、俺のいる場所へと、誰かが霧の中から駆け寄る足音がした。
その音は瞬く間に近づき、霧の中に人影が見えたかと思うと、それは、
「あぁ、先生ご無事でしたか!」
俺に対して取り乱した声を発した。
その声の主はパーン。
例の魔法を実行する前に魔王と共に玉座の間へと移動し、今頃そこにいる筈であった。
その彼が明らかに取り乱している。
理由は直ぐに知れた。
「た、大変です! ま、魔王様が所在不明何です!!」
「なっ、何だと!?」
俺はこの時、間違い無く意識を失う寸前まで行った。
これは……不味い。
非常に不味い。
この期に及んで魔王が不在などあり得ない。
何故ならば、勇者レンが魔王を討伐しに目と鼻の先にまで来ているからだ。
魔王はレンに討たれなければならないのだ。
でなければ……歴史が改変されてしまう。
それは、楽園創造魔法をこの手で実行した今の俺に、決して許容できる事では無かった。
「な、何でだよ、パーン? お前が一緒に居ながら何でそんな事態を招いているんだよ? おかしいだろ? お前、剣聖……」
「そ、それが……玉座の間に返る最中、魔王様が用を足したいと……流石にそこまでは……」
「だがな!? ……いや、それで何か分かったのか? 魔王の所在……と言うか行きそうな場所? 隠れそうな所? 少なくとも一時間以上あったんだ! 目星は付いているんだろ!?」
俺は気が急いていた。
これ以上無い程混乱していた。
地に這いつくばり、パーンの右足に縋り付き、そうでもしないと意識が途切れそうになっていた。
そこにパーンの容赦の無い言葉が俺に追い打ちを掛けた。
「気を確かに聞いて下さい! 魔王様は……地下迷宮に降りられた様なのです。楽園創造魔法が発動する直前、私の魔力感知に確かにそう感じられました……」
そ、そんな馬鹿な事が……
あり得ない!
魔王がその様な事をする理由が無い!
一体またどうして……
「それよりも先生! 勇者レンの一行がすぐそこまで来ています! もう、余り猶予が……」
「な、何だと! それを先に言え! だが、どうすりゃいい!? 肝心の魔王が居ないんだぞ!?」
すると、パーンが意外な提案をしてきた。
そして、それを聞いた時、俺はその方法しか俺を救う術が無いと思えた。
俺はそれ程混乱していたのだ。
「なら、先生が魔王になれば良いではありませんか!」
「なっ、なんだと!? 幾ら何でも直ぐにばれるだろ!」
俺は口では正論を吐いていた。
しかし、頭ではその可能性を、それによる勝算が如何程かを弾いていた。
……この際……魔王など誰でも良い。
ようはレンに討たれれば誰でも良いのだ。
例えば……
「私は駄目ですよ! その大役は私には務まりません! それに、先生の様に”復活”できませんから!」
チッ、先に言われてしまった。
だが、確かにその通りだ。
俺なら塵にされても復活できる。
しかし、パーンでは無理だ。
肉体の大半が残っていれば”蘇生”は可能だがな。
俺はパーンの顔を見て力なく笑う。
その意図を察したのか、パーンは俺を肩に担いだ。
まるで米俵の様に。
……せめて、普通に人として抱いて欲しかった……
そして、転移した。
俺達が現れた場所は勿論、玉座の間。
魔王(代理)が勇者を待ち構えるに相応しい場所であった。
玉座の間に着くと、
「パーン、魔王の衣服を取って来てくれ。なるべく禍々しい意匠のをな。卑猥なのは却下だ」
「それと、レンの同行者を可能な限り牽制しておけ。ここに辿り着くのはレンだけになるようにな」
俺は矢継ぎ早に指示を出す。
そして、パーンが見繕って来た漆黒の、大鷲の黒い羽が背中から伸びている衣服に着替えた。
……パーン、お前の趣味は最悪だ。
その上で、勇者レンの前では必ず被っていた仮面をも付けた。
何故ならば、老けたと言えども俺は俺。
俺の素顔をレンが知れば将来が危ういからな。
もしレンが俺の顔を覚えてたら、遥か未来で俺がこの世界に召喚された際、レンが若かりし俺の顔を見て何と思うだろうか?
魔王転生!? とか言われて殺されてしまうかもしれん。
……いや、そんな事は無いのか?
エミが召喚するのだから……
だがしかし!? 俺はリスクを最小限にする事を選んだ。
レンは俺の顔を知らな方が良い。
あの時のレンも、初めて見る顔といったリアクションだったしな。
俺はとりとめもない事を考えながら、その時を待った。
そして、
「先生。間もなく来ます……」
パーンが玉座の裏に現れて囁く。
俺はそれを受けて、
「分かった。後は任せて”城”に向かえ。そこで落ち合おう……」
小声で返した。
何故なら、扉の先からは駆け寄る乾いた靴の音が響いてたからだ。
その音は二つの異なる歩幅から発せられていた。
一つは広く、一つは狭い。
目を閉じれば、その情景が容易に想像できた。
やがて、
「魔王覚悟!」
玉座の間、その扉が大きく開け放たれ、二つの人影がそこに現れた。
俺はその二人に、
「さがれ下郎!」
十本の光輪を投げ付けた。
魔力によって作られたチャクラム。
それが狙いを違う事無く彼らを襲う。
そして、彼らがそれを凌いでいる隙に、
「グレイプニル!」
全てを呪う沼を大柄な男の背後、開け放たれ扉の奥に産み出し、その中に彼を捉えた。
「ユリアン!」
「ぐっ! か、構う……勇者……レン……我らが狙……いは……魔王……の首……」
俺は彼らの交わす会話に関係なく、突風を巻き起こして扉を閉じた。
「なっ! 何をする! おのれ……」
その時、初めてレンは玉座に座る俺の顔を直視したのだろう。
彼の目が見開かれ、口がわなわなと震えだした。
そう、彼の目は有り得ざるものを目にしたのだ。
王国の主しか座る事が許されぬ場所、その玉座に腰掛けた者が、
「黒……魔導……士……さん? えっ、でも……」
であるという事実を。
有り得ざる再会、レンにとっては悲痛な現実。
それでも俺は役になりきり、声を荒げ、目の前の青年を跪かせようと試みた。
「その通りだ、勇者レン! 我こそが世界の支配者”魔王”である! 頭が高いぞ! 控えおろう!」
本当は、勝手な代理だけどな……
しかし、
「どうして? どうして貴方がここに居るんですか? 貴方が魔王だなんて……冗談でしょう?」
彼には信じられぬようだ。
それに、
「この地に住まう魔人族の方々は何処に行ったのです? 街中にも、城内にも人影が見当たらないのですが……」
好奇心の方が勝ったらしい。
このままでは……不味い。
グダグダな展開になってしまう……
故に、
「我が余すことなく殺した! 我と共に神の国に旅立つ為にな!」
俺は限りなく真実を伝える。
更には、
「我は魔人族の王にして主である! 民の命は、僕の命は我一人の物よ! 自由にして何が悪い! 何を驚いておる!」
レンの内に灯った怒りの炎に油を注いだ。
「な、何を訳の分からない事を! そ、そんな事許される訳無いじゃないですか!」
案の定、激昂しはじめたレン。
俺はそんな彼に申し訳なく思いつつ、最後の一手を打った。
「はっはっはっ! 何を怒り狂っておる! それもこれも我が神に至る為の道! さぁ、次はお前の愛する巫女がいる街の番である! 共に”楽園”へと向かおうぞ!」
「……そんな、信じていたのに。貴方の事を信じていたのに。父親代わりになってくれる人だと思っていたのに。それなのに……」
レンの口から微かに漏れる言葉。
その言葉が一つ囁かれる度に、彼の背中から黒い靄が立ち昇り、形作られてゆく。
それは、怒りの波動。
ホムンクルスである俺達だけが何故だか出せる、異形の人型であった。
俺の背中に冷たい物が流れ落ちる。
「魔王! 僕はお前を倒す!」
「……良かろう! 勇者レン! 我が最強の力、受けてみよ!」
俺は動かぬ体に鞭を打ち、何とかして立ち上がる。
そして、両手を天井に向けて掲げ、一つの魔法を行使した。
それは、
「……全力火球!」
残された全魔力を火球に変え、尚且つ鳥の形を宿らせたものだった。
翳す手に熱が襲い掛かる。
仮面越しに熱が伝わる。
静かに目を上を向けるとそこには、俺の想像を遥かに超えた、超巨大な火の鳥が翼を広げていた。
……これは……ヤバイ!
俺は慌てて目をレンのいる場所に向ける。
いや、いた場所に向けた。
しかし、そこには誰もいない。
それもその筈、彼は俺の下、玉座へと至る階段を駆け上がり、今にも俺にその剣を振るおうとしていたからだ。
なっ! 天地無双流奥義”抜駆け”か!!
「成敗!!」
レンの剣は水平に振るわれた。
それもたった一度のみ。
目にも止まらぬ速さで。
その一閃は俺の右腕を、次に首を、最後に左腕を切り落とした。
刹那、俺の頭が胴体から離れ、床に転げ落ちていく。
その時、俺は見た。
火の鳥がその支えを失い、落ちようとしている様を。
その下にあるのは俺の体であった物のみ。
レンは既に、その場を離れている様であった。
気が付くと、俺は見知らぬ天井を見上げていた。
朦朧とする視界。
その所為で、何もわからなかった。
「ここは……何処だ?」
辛うじて口にするも、まともな言葉にはならなかった。
すると、
「ああ、先生! お気付きになられましたか! 御無事で何よりです!」
傍らからパーンの声が響いた。
何故か、その声を聴く度に頭が酷く傷む。
その為、耳を塞ごうとしても、身体がいう事を聞いてくれなかった。
「先生、まだ身体を動かす事は出来ません。あれ程大量の魔力を一時に継承したのですから。気が狂わなかったのが奇跡なのですよ?」
……何故パーンがそんな事を知っている?
まぁ、それよりもだ。
「上手く……行ったのか?」
「ええ、何とかなったようです。あぁ、ご心配には及びません。平原での戦いは勇者レンの手柄だと流布しておきましたから」
「そうか……すまんな」
「ふふふ、いいえ。この程度の事、先生に比べたら何てことは有りません。それよりも、先生は今少しお眠りになった方が宜しいでしょう」
確かに、そうかもしれない。
俺の体は明らかに変調をきたし、身動きも取れない。
本当に生きているのか、自分でも疑わしいくらいだ。
「大丈夫です。ちゃんと生きていますよ。それよりも、さぁ……」
俺は小さく頷いたのか、自身の事でありながら分からなかった。
それでも、俺は理解した。
これから少しの間”眠りに就く”という事だけは。
第七章 完
第八章 開始話 #156は7/16 18:00公開予定です
乞うご期待!