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ハルと異世界の地下迷宮  作者: ツマビラカズジ
第七章 表裏もしくは舞台裏
152/169

#152 揺るがぬ決意と零れる涙、大罪にまみれた手(1)

 勇者レンを旗印に進軍を始めた反乱軍。

 その後一月に満たぬ間に、幾つかの関門を攻め落としていた。

 それも、勇者を温存して。

 それは恐らく、魔王軍最大戦力であるアレクシスとオーラフを前にして手の内を見せたく無かったのではないかと、俺は推測した。

 その為、少なくない犠牲を反乱軍は出したらしい。

 ……倒れた兵に冥福を、残された家族に……心からの同情を。

 俺にはそれしか言えなかった。

 心の奥底では、レンの手が血に(まみ)れずに良かったと、レンが酷い目に遭わずに良かったと、レンの心が傷つかずに済んだと喜んでいたからだ。

 

 あと数日もすれば、反乱軍は決戦の地に布陣する。

 クノスの郊外から広がる深い森。

 その外れに広がる広大な平原。

 その地こそが、魔王軍と反乱軍が雌雄を決した場所。

 後の世にまで語り継がれる、”勇者”が”獅子奮迅の大活躍”をした戦場であった。

 

 故に、俺はクノスへと戻る。

 親しき者達と、”最後の”別れの挨拶を交わす為に。

 

 

 

 

「久しいな、賢者殿! 準備は万端であるか!」

 

「お久しぶりです、魔王様。勿論、万事滞りなく進んでいます」

 

 一見して優男然とした魔人族の青年。

 その実、王国の支配者である。

 数千年の時の中を生き、”楽園創造”を決断した者であった。

 

「そのようであるな! 先日送られてきた”反楽園派”の者達、あれらが最後であろう?」

 

「ええ、その様ですね。魔王様の手の者から情報を流して頂いた御蔭です」

 

 そう、俺達は魔人族内で反旗を翻そうとしている者達を粛々と処理していたのだ。

 

「であろうな。巫女アンにも確認させたが、これ以上は感知できぬと申していたからな」

 

「なら、安心しました。その者達に魔王様が寝首をかかれ、王国が倒されたりでもしたら歴史が変えられてしまいますし、強い意志で”楽園”を拒まれてしまいますと、この世界に居残られてしまいますからね」

 

「うむ、故にその者達は意識を封じ大空洞に安置しておる。今では安らかに眠っておるよ。自らの望んだ夢を見ながらな」

 

 それは俺達が押し付けた慈悲の心。

 本人たちの意思は一切考慮されていない。

 何故ならば……この世界に残る魔人族は巫女コレット只一人。

 後の歴史がそれを証明していたのだから。

 俺に、選択の余地は無かった。

 

「時に賢者殿、前にも申したように”勇者”との戦いは我にとって一世一代の大舞台となろう。願わくば、後世に語り継がれるものにしたい所である!」

 

「でしたら……威力よりも見た目が派手な魔法を使って下さい。その際、嘘でも良いから魂を揺さぶるような”魔法名”を口にすると尚効果的でしょう。吟遊詩人の琴線に触れる事間違い無しかと」

 

「なるほど!」

 

「ただし、パーンに勇者の癖を事前に確認願います。でないと……見せ場も無く、一撃で討たれる可能性がありますから」

 

「あ、あいわかった……」

 

 魔王との別れを惜しんだ後、俺はクノス城内にある修練場へと足を向けた。

 そこにオーラフとその配下が最後の訓練に臨んでいるからだ。

 明日の早朝、彼らは戦場へと向かう。

 そして……彼らは誰一人として、戻っては来ないのだ。

 三百名の近衛騎士と三千名の正騎士、加えて……年若き従士達が。

 歴史によるとだがな。

 俺としては……酷い話ではあるが……そうであって貰わなくてはならない。

 俺の、揺るがぬ決意が試されていた。

 

「賢者様! 態々(わざわざ)ご足労頂くとは、感謝に堪えませぬ!」

 

「オーラフ殿、遅くなってすいません。やっ、そんなに(かしこ)まらないで下さい! いえいえ、どうしても皆さんのお顔を見ておきたくて」

 

 何故見たいのか……それは、彼らの顔を見るのが、これで見納めとなるからだ。

 俺は自身の決断によって失われる命を心に刻んでおきたかったのだ。

 彼らは紛れも無く、俺の見知った者達であるが故に。

 

 そう、俺はオーラフに乞われる事数度、結局彼らに武技を教える事になったのだ。

 (もっと)も、ほんの(さわ)り程度だ。

 衝撃波を飛ばす”真空斬り”や”真空突き”、魔力を刃先等に纏う”光剣”、身体に魔力を纏いその力で打つ”光拳”等々。

 一定のレベルにある騎士に教えれば、誰にでも出来る範疇であった。

 ただ、そのレベルに中々辿り着けないんだがな。

 

「恩師様! 我ら近衛騎士三百名一同! 貴方様に心からの感謝を捧げます!」

 

 そう叫んだのは、オーラフの右腕として彼を支えている森人族(エルフ)の男。

 名をオージアスと言う。

 槍の一種であるハルバートの名手にして、近衛騎士団の副団長。

 オーラフの実の弟であった。

 数年前に男子を授かっていた。

 オージスたっての願いと言われ、その子の名付け親に俺はなってしまったのだ。

 ……よせばいいのにな。

 

「ありがとうございます。それよりも、奥方とオーウェンは息災ですか?」

 

「ええ、すこぶる元気にしております! オーウェンなぞは……」

 

「オージス様! 恩師様を独占しないで下さい! 他の者も一言でも言葉を交わそうと、こうして待っているんですからね!」

 

 声を張り上げ、オージスとの会話に割り込んで来たのはパールと、

 

「そうですよ! 早く替わって下さい! もう一度話したい場合は列の最後尾に並んで下さいね!」

 

 ルビーの双子だった。

 二人とも近衛騎士団きっての双剣の名手だ。

 彼女達が指し示した通り、オージスの背後には三百名近い騎士が列を作っていた。

 いや、間違い無く三百名かもしれん。

 たった今、オーラフが最後尾に並んだからだ。

 その後ろを目指して、オージスまでもがせわしなく駆けていった。

 

「パールそれにルビー、元気そう……」

 

「違います! 私がルビーです!」

 

 ……そうなの? 前回は向かって右がパールの立ち位置だっ、て言ってなかった?

 

「す、すまんな。で、ルビー……」

 

「きゃはっ! ひっかかった、ひっかかった! 本当は私がパールでーす!!」

 

 ぐっ、ぐぬぬ! この期に及んで俺をおちょくるとは……良い根性しているな!

 

「ふふふっ! でも、これも出来なくなっちゃうのは寂しいですね!」

 

「本当! 私達、恩師様をからかうのだけが生きがいだったからね!」

 

 ば、馬鹿野郎! そんなこと言うなよ! 目に、目に埃が入っちゃうじゃないか!

 

「なーんて、うっそーん!」

 

「きゃはっ! 恩師様、目が赤い! あっ、後ろがつかえてるからまたね!」

 

 くっそー! 何て奴等だ! それに引き換え、お前は相変わらずだな。

 俺はそう思い、新たに俺の前に進み出た男を見た。

 彼はいつ何時であっても、誰よりも物静かに佇むのだ。

 

「相変わらず気配が薄いな、ロミオ。元気だったか? ちゃんと飯食ってるか? あの性悪女とは縁を切ったのか?」

 

「……はい。……ジュリエットとは別れました。……もう、お金を無心される事も、知らない男が家にいる事も……借金を苦にして一緒に死のうと言われる事もありませんから……」

 

「そうか! 良かっ……」

 

「何故って! 僕は……僕は……。恩師様……短い間でしたが……こんな僕を気に掛けてくれたのは……貴方だけでした。……ぐすっ。……本当に……本当に……僕は貴方に……出会えて……良かった……。嬉しくて……嬉しくて……あぁっ!」

 

 突然、後ろにいた女がロミオを押し退けた。

 彼女は、

 

「はい、終了ー! ロミオ長いよー! うじうじし過ぎだよー! そんな事だからツレに浮気されるんだよー?」

 

 床に倒れたロミオに対し、身も蓋も無い事を投げ掛ける。

 その彼女こそが、

 

「お前が言うな、ジュリエット……。ロミオが可哀想過ぎるだろうが……」

 

 であった。

 

「えー? どうしてー? 本当の事だしー? それよりも恩師様ー? 少し、お金貸してくれなーい?」

 

「……何で? 金ならそこにいるロミオに……」

 

「あはっ、無理無理! 私もロミオも全財産持ってかれたからー! これまでの借金を帳消しにする代りにね! 今度の戦争に出ると知られたからねー! あいつら、私もロミオも戻って来ないと思ってるのよ? 失礼な話よねー!」

 

 ……そ、そうだな。

 俺は苦笑いを浮かべつつ、改めて思う。

 武技を指南したのは、僅か数年の間だけであった。

 それも、多くて月に一、二度。

 それなのに、これ程多くの者達が俺を慕ってくれる。

 それなのに、俺は彼らを……見捨てる……のだ。

 心の涙が零れる。

 俺にはそれをどうしても拭う事が出来なかった。

 

 最後に再び、オーラフと話す機会を設けた。

 誰にも盗み聞きされる恐れの無い場所で。

 すると、彼は開口一番、今生の願いを口にする。

 

「賢者様、後生です。最期の頼みです。どうか我との一騎打ちを……」

 

「……いやはや、なりません。オーラフ殿、私と死合っても、意味がありません。何故ならば、戦場で貴方は私よりも遥かに強い剣士と相対するのですから」

 

「しかし! ……いや、確かにその通りなのかもしれませぬ。ただ、我は貴方と真剣で、それも一対一で戦ってみたかったのです!」

 

「それは……」

 

 いずれ出来ますよ、とは言えなかった。

 実現するのは六百年近くの時を経た後の事。

 それだけで無く、彼は魔物の姿で俺の前に現れたのだから。

 

「やはり、受けて頂けませぬか。……仕方がありませぬな。心残りです。が、それも運命なのでしょう。然らば……」

 

 オーラフはそう口にして、俺に一礼してから部屋を去っていった。

 俺はその姿を最後まで見届ける。

 彼の姿を脳裏に焼き付けるかの様に。

 この時代で初めて会った頃の事を思い出しながら。

 

 

 

 オーラフを見送った俺は、隠宅へと足を運んだ。

 最後の用件を済ます前に、身支度を整えたかったからだ。

 それはここ数年、満足に会話すらしていない相手に会う事であった。

 そう、宮廷魔導士筆頭アレクシスにどうしても会いたかったのだ。

 

 転移門(ゲート)を行使し、久方振りに隠宅へと戻った俺。

 俺が寝台が設置されているロフトに出た途端、意外な程清浄な空気が俺を迎えた。

 ここ数年、俺もパーンも足を運ぶことすら無かった隠宅。

 埃にまみれていても仕方が無いと思われていた。

 それなのに……

 

「埃一つ無いな。パーン、帰ってるのか?」

 

 俺は階下にある居間へと声を掛ける。

 すると、予想外の声が返って来た。

 

「パーンは帰って来ないわよ! 今宵一晩、魔王様の相談に乗るんですって!」

 

「えっ!? ア、アレク??」

 

 そう、その聞き間違い様の無い声の主はアレクシスであった。

 しかし……何故彼女が?

 それは彼女の声が直ぐに答えてくれた。

 

「パーンに頼まれたのよ。代りにハルのご飯を作って欲しいって!」

 

「そっ……か」

 

「そうなのよ! それに……ハルと会うのもこれが最後になりそうだから」

 

 俺はアレクシスに何と答えれば良いか分からなかった。

 

 

 

 パーンやアンコがいない所為か、俺達は厳かな雰囲気の中、食事を頂いた。

 時折、アレクシスが作った手料理の味を問う。

 時折、アレクシスが作った手料理の説明をしてくれる。

 それだけで無く、宮廷魔導士である彼女が、何故これほど美味しい料理を作れるかを語ってくれた。

 それは、俺やパーンが何度となく聞かされた話だった。

 

「私ね、素敵なお嫁さんになれるようにって、毎日毎日、母に料理を教わっていたのよ。だから、凄く良いお嫁さんになれると思うのよ」

 

 その台詞が、彼女の語る物語の枕詞であった。

 その後、思い出したかの様に、

 

「この料理を初めて母に教わったのは、私が十二歳の事だったわ。あの日……」

 

 彼女は記憶を紡ぐ。

 その思い出が決して色褪せない様に。

 俺に覚えて貰いたいかの様に。

 

 やがて、その時も終わりが来る。

 全ての料理を平らげ、互いに余韻浸っている最中、俺は彼女に対して意表を突く言葉を一息に告げた。

 

「アレク、受け取って欲しい物がある。これだ」

 

 俺はそう言って、収納庫(ストレージ)から二つの物を取りだした。

 一つは長い柄、もう一つは小さな箱である。

 それをアレクシスの前にある机に、並んで置いた。

 

「これは?」

 

 アレクシスの問いに、

 

「魔力結晶に触れて見てくれ。何か分かる様になっている」

 

 とだけ答えた俺。

 それ以上一言も発する事無く、柄の中心に填め込まれた魔力結晶に、怖気づく事無く指を伸ばす彼女を、俺は楽しげに見ていた。

 アレクシスの指先が魔力結晶に触れる。

 その瞬間、

 

「……あぁ、何て素晴らしい……ハル、これは本当に素晴らしいわ!」

 

 彼女は満面の笑みを浮かべた。

 それもその筈。

 これは只の”柄”では無い。

 極めて少量の魔力を糧に、変幻自在な魔力刃を顕現する事が可能な武具であった。

 その名も、

 

「虚無」

 

 形が合って無きが如しであるが故に、そう命名した。

 そして、この武具の最大の特徴は、

 

超爆発(スーパーノヴァ)……私に使えるかしら?」

 

 の魔法円が組み込まれている事だ。

 ただし、

 

「魔力が十分に充填されればいずれ。しかし、今度の戦いには間に合わないな」

 

 であった。

 許してくれ、アレクシス。

 俺は、俺は君の”死”すら……

 俺の瞳に熱が宿る。

 その時、

 

「この小さな箱は?」

 

 アレクシスがもう一方に視線を転じた。

 

「ああ、それか? それこそが”虚無”に莫大な魔力を宿す為の物だ。開けて見てくれ」

 

「いいの? 楽しみだわ」

 

 俺の言葉に、いそいそと箱を開けるアレクシス。

 その中身を見た瞬間、

 

「あぁ、ハル! 何てことを! 私、私……泣いてしまいそう……」

 

 彼女は既に嗚咽を漏らしていた。

 それはオリハルコンで作られた”指輪”。

 膨大な魔力を幾日も掛け、幾重にも貯められるように作られた、特殊な指輪であった。

 完全に充填されれば、先のスルトを討滅した際の何倍もの威力を産み出す。

 それだけで無く、指輪が所有者と認識した者の魔力が枯渇した場合、それを補う仕組みが組み込まれていた。

 

「これって、あれよね。貴方なりの”愛の告白”なのよね?」

 

 俺は……アレクシスのその問いに返すべき言葉を持ち合わせていなかった。

 だからだろう、目を逸らした俺に、

 

「馬鹿ね、冗談よ! 貴方には本当に綺麗なお嫁さんがいるもの。でも……心から嬉しいわ。有り難く頂くわね」

 

 彼女はそう言って、左手を突き出した。

 右手に持つ指輪を俺に差し出しながら。

 俺は指輪を黙って受け取る。

 そして、彼女の指に通した。

 どの指に合うか、俺は知っていた。

 彼女が付けていたのを且つて見た事があるからだ。

 彼女が嬉々として付け直した姿を見たからだ。

 俺が……

 

「……これって、そういう意味? 貴方の世界ではそうなのでしょ?」

 

「ふ、深い意味は無い! そ、その指が丁度良い塩梅だからだぞ! 俺はその指に付けられてたのを知ってただけだぞ!」

 

「まぁ! 何て言い草かしら! でもね、ふふふ、ありがとうハル。気を使ってくれたのね。でも、敢えて言わせて貰うわ。ハル……私も貴方を心から愛してるわ……」

 

 

 

 翌早朝、俺はアレクシスを彼女の屋敷へと送った。

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