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ハルと異世界の地下迷宮  作者: ツマビラカズジ
第七章 表裏もしくは舞台裏
151/169

#151 開戦前夜

 第四四代魔王歴三〇五七年

 

 この年、この世界の歴史が動く。

 力の源は支配階級”魔人族”への思い。

 長い年月、暗闇の下、市井の人々が声を潜め、同じ事を口にし続けていた。

 それは(ひが)み、(ねた)み、(そね)み、(うら)み、辛み。

 数多の呪詛そのものであった。

 

「働いても働いても、街中に家を買えぬ。それもこれも、魔人族が家屋を独占して所有しているからじゃ……」

 

「新たに商店を興そうにも”商店株”が買えない。それもこれも、魔人族が商店株を独占しているからだ……」

 

「古くからの悪習や悪法を改め様にも、改められぬ。それもこれも、魔人族が改革を望まないからだ……」

 

「魔人族は際限なく懐に富を蓄え、それを使おうとはしなんだ。これでは儂らに金が廻って来ぬ……」

 

「魔人族は俺達より遥かに長命だ。基人族が十代経ようとも、彼らは年若き子供のまま。不公平だ……」

 

 つまるところ、魔人族だけが他の種族と比較して遥かに長生きをし、その結果富と権力を独占してきた。

 その偏りを是正する、富を分配する、権力を分散する等の政策を施す事無く、今日(こんにち)にまで至ったのが根本原因なのだが……

 

 積もり積もった不満はやがて、大きな流れを造りだす。

 それはまるで、堆積した土砂を押し流す鉄砲水の如く、この時代を駆け抜けて行くのであった。

 

 一方、歴史の裏側ではどうか?

 ありていに申せば、俺の周囲では血生臭い事件に事欠かなかった。

 テノスに赴任して早七年。

 少なくとも一年に二度は名も無き暴漢に襲われていた。

 

 

 

 

「そこの怪しげな仮面を被った魔導士、止まれ! 貴様が巫女アンを通し、魔王が送り込んだ刺客だな! 正義の下に我らが成敗してくれるわ!」

 

「……ひょっとして、私の事ですか?」

 

「当たり前だ! こんな月の昇らぬ真夜中に、人気の全くない裏路地を、髑髏の仮面を被って歩く酔狂がお前以外何処に見えるのだ!」

 

 ……確かにその通りだな。

 明らかに俺は怪しい。

 だがな、

 

「人を見かけだけで判断するなんて酷いじゃありませんか! 仮面を付けている理由だって、ちゃんとあるんですよ!」

 

 俺の話を少しは聞け。

 十名近い人数で俺を取り囲んでいるのだ、その位の余裕が貴様らの心にはあるだろう?

 しかし、

 

「世迷言は死んでからほざくんだな! もう一度言うが、貴様は我らの野望を潰えんが為、王国が送り込んだ刺客だと判明しているのだ!」

 

 彼らはほんの僅かな時間しか、俺に与えてはくれなかった。

 尤も……それだけでも十分だけどな。

 

「死ね!」

 

 闇夜を切り裂く暴漢の声。

 それが辺りに反響する。

 しかし……それ以外の音は決して立つ事はなかった。

 何故ならば、音を発する元であった彼らは忽然と”消えた”からだ。

 跡形も無く”消失”したからだ。

 そして、彼らの行き先は誰も知らない。

 いや、知られてはいけない場所であった。

 

 

 

 第四四代魔王歴三〇五七年五月某日

 

 雨季が過ぎ去り、乾季が押し寄せている。

 その所為か、南から湿気を含んだ風が吹き、辺りを蒸し暑くしていた。

 それは巫女コレットが治めるテノスの離宮でも同様。

 木々が生い茂り、幾つもの影を計画的に造りだしている庭園であっても、その鬱陶しさとは無縁では無かった。

 

「相変わらず乾季が訪れると暑くなりますね」

 

 レンが当たり前の事を当たり前に言う。

 それに対して俺は、

 

「当たり前だ。乾季だからな」

 

 至極当たり前の返事をした。

 はっきり言おう、暑くて暑くて、余計な考え事をしたくない気分なのだ。

 それなのに、レンは間を置かずに、俺に話し掛けて来る。

 

「黒魔導士さん、先日は”復活魔法”と”聖枷”を教えて頂き、ありがとうございます」

 

「黒魔導士さん、先日はテノス地下迷宮の最下層まで付き合って頂き、ありがとうございます。凄く助かりました」

 

「黒魔導士さん、コレットの誕生日を祝う為に”守護の腕輪”を作って頂き、ありがとうございます。彼女、私とお揃いだと知って、凄く喜んでくれましたよ」

 

「黒魔導士さん、コレットがそのお礼にと言って、彼女から鎧の制作を頼まれたのでしょう? すいません、お手数をお掛けする事になってしまって……」

 

 等々等々。

 まるで、今生の別れを惜しんでいるかの様に、話し掛けて来る。

 ……いや、レンはその通りの心境なのか?

 

「……別にそれ程手間を掛けた訳では無い。一見して、何処にでもある普通の鎧だからな。完成前だが……見るか?」

 

「良いんですか?」

 

「構わん。それにお前の為に造った鎧だ。一度試しに”装着”して貰おうと思っていた所だしな」

 

「装着?」

 

 俺はそう答えて、転移門(ゲート)から四角い、豪奢な箱を取りだす。

 明らかに、金やミスリル、それに魔力結晶をふんだんに使用した箱。

 大きさは一辺が一メートル弱程もある立方体だ。

 

「……これは?」

 

魔導鎧櫃(まどうよろいびつ)。勇者専用の鎧が収納されている箱だ。天辺にある一際大きな魔力結晶に触れて見ろ」

 

 俺の言葉に、レンはおずおずと従った。

 レンの手が伸び、魔力結晶に触れる。

 その刹那、

 

「力が……欲しいか?」

 

 俺によく似た声が辺りに響いた。

 

「えっ? 黒魔導士さん、これは一体……」

 

「黙って聞いてろ!」

 

 良い所なんだからさ。

 

「……そうか。ならばくれてやろう、貴様の最も大切な者の命と引き換えにな!」

 

「いや、そんな一言も答えて無いのに!」

 

 慌てふためくレン。

 それだけで無く、

 

「まっ、まさか本当にコレットを!?」

 

 巫女の名を叫んだ。

 そう、正にそのリアクションこそが態々(わざわざ)作った箱の肝なのだよ。

 動揺する最中、愛する者の名を叫ぶと言うな。

 ……って、おいおい。

 今現在、レンの最も大切な”人”は巫女コレットなのかよ。

 我輩、いと悲しい……

 無論、エミには絶対に秘密だ。

 レンとコレットの事となると、人が急に変わるからな。

 

 刹那、魔導鎧櫃(まどうよろいびつ)が開いた。

 それと同時に眩いばかりの光がレンを襲った。

 それはまるで、輝く繭の如しであった。

 

「なっ、何も見えません! 黒魔導士さん!?」

 

 レンがあらん限りの声で俺を呼ぶも、俺は自ら仕込んだ魔法が上手くいくかを見定めるのに忙しかった。

 そして、俺は確信した。

 

「完璧だ!」

 

 包んでいた光が突如消え去り、その場にいるのはレンただ一人。

 ただし、光に覆われる前と大きく姿を変えていた。

 そう、彼は身に纏っていたのだ。

 俺の拵えた鎧を。

 黄金色をした膝下までを覆うブーツ、膝当て、腿当て、腹当てと草摺、肩当の付いた胸当て、手甲から肘当て、そして頭部の……

 ”側頭部から生えたかに見える羽”を意識したサークレット。

 いずれの箇所にも魔力結晶が填め込まれ、能力を底上げする魔法が刻み込まれている。

 

「こ、これは……」

 

 レンが驚愕している。

 それもその筈。

 今頃、彼の脳内ではその鎧が如何に素晴らしい物であるかと、説明が為されているからだ。

 その証拠に、彼は(おもむろ)に、

 

「だ、脱着……」

 

 と気恥ずかしそうに言葉を発した。

 すると、再び光に包まれたレン。

 その光はレンから離れ、空中の一点に集まったかと思うと、やがて鎧櫃の中へと戻った。

 自動的に閉じられる鎧櫃。

 その時、その場にいれば誰もが垣間見れただろう。

 明らかにその鎧は、人では無い、何か別種の生き物の形をしていた事を。

 翼を広げた姿は実に美しい。

 伝説によると処女しか背に乗せないらしいな。

 

「ぺ、ペガサス?」

 

「違うな、あれは天馬だ」

 

 意味は一緒だけどな。

 俺のその答えに、レンは苦り切った顔をしていた。

 

「どうだ? 気に入ったか? 手を翳した時にお前を所有者として登録した。が、お望みで有れば解除しておく。巫女コレットの前で同じ台詞を吐くのも一興だぞ?」

 

「……いいえ、結構です!」

 

「そうか……」

 

 我輩いと興醒め。

 面白い演出だと思ったのに―。

 まぁ、それよりもだ。

 

「中々良い鎧だったろう? 俺の自信作だ!」

 

 何と言っても愛する我が子に拵えた魔導鎧一式。

 所有者の声に応え、着るのも脱ぐのも自由自在。

 それだけで無く、鎧としての性能も一級品だ。

 いや、特級だな。

 俺が丹精込めて魔力を込め、魔法を刻んだのだから。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 その割には、レンは嬉しく無さそうだ。

 暫くすると、彼はその理由を語り出した。

 

「黒魔導士さん、本当に何でも出来ますね。僕の魔法の先生ですが、様々な武具も扱えるのでしょう?」

 

「……何処でそれを?」

 

「パーン先生が話してくれました。自分に戦い方を教えてくれたのが黒魔導士さんだって」

 

 ……あ、あ、あ、あのおしゃべり糞野郎め! きつく言い含めておけばよかった!

 俺は口ごもってしまった。

 レンに”黙っていて悪かった”と言えれば良いのだが、それは難しい。

 先日俺を襲った者達や、その他の者に知れたら、この時代の書物に俺の存在が記され、俺の知る歴史が変わってしまうかも知れないからだ。

 せめて、誰に知られたか分かれば、対処のしようもあるのだがな。

 俺が沈黙を続けていると、レンが重ねて問い掛けて来る。

 

「本当に今更なんですが……黒魔導士さん、どうして貴方が魔王と戦わないのですか? 貴方は反乱軍に加担しているのですよね? 僕よりも少なくとも魔法が強くて、パーン先生が師事する程剣も扱える。どうしてですか? どうして僕が戦って、貴方が戦わないんですか!?」

 

 あぁ、本当に今更だな。

 だが……その疑問は尤もだ。

 だとしても、俺の口から全ての真実を語る事は出来ない。

 何故ならば……

 

「俺には愛する妻と息子がいる。彼らの為にも俺は戦う訳にはいかんのだ。それに……レン、お前が勇気ある者、”勇者”だからだ! そして、俺にはそのような勇気が無いからだ! 魔王を討ち倒す者は”勇者レン”で無ければならない。その為の”勇者召喚魔法”なのだ!」

 

 そう、俺には”勇気”が無かった。

 歴史を改変してでも、愛するエミやレンと二度と会えなくなってでも、この歪な円環、”メビウスの輪”を断ち切ろうとは思えなかったからだ。

 目の前にいる若きレンには、決して話せない事だった。

 

「そ、そんなの勝手ですよ! 僕にだって愛する者や、家族がいたんだ! それに、貴方には僕の何倍もの力がある! その気になれば、貴方なら戦争を起こさずとも国を乗っ取れるでしょう? それなのに……」

 

 言っただろう? 俺は別に、この国が欲しい訳では無い。それに……

 

「それは既に手遅れだ。この流れを止めるにはテノスの領主様は領民を扇動し過ぎた。彼らは怒りの捌け口を求めている。血を見ずには止まるまい……」

 

「馬鹿みたいですよ! 自分達で自分の首を締めて! こんなの間違ってますよ! 戦争なんて……何一つ良いことないのに……」

 

「そうだな、レン。戦争は間違ってる。最上位の者は勝敗しか気にせず、士官は兵の損耗にしか耳を傾けない。下々は奪い、手にする物にしか目が向かない。その過程で弱き者が倒れ、野垂れ死に、空腹にあえぎ、餓死しても……心を痛めるだけだ。ただ”可愛そうに”とな。と同時に”でも自らの家族で無くて、愛する者達で無くて本当に良かった”と思うのだ。それが普通だ」

 

 俺の両手は二人の手を握るだけで精一杯なのだから。

 

「僕だって戦いたくない! 戦場になんて立ちたくない! 誰も殺めたくない! 誰にも死んで欲しく無い! 出来る事なら敵だって必要最小限しか……」

 

「……」

 

「そうだ! 魔王と一騎打ち出来ないんですか? 互いの代表戦と言う形で!」

 

「……」

 

「良いと思いませんか? ねぇ、何とか言って下さいよ……」

 

 それが駄目なんだ。

 お前には言えないが、歴史が変わってしまうからな。

 レン…すまん。

 本当にすまん。

 お前に、こんなに辛い思いをさせて……

 

「残念ながら、これが戦いと言うものだ。それとも……逃げるか? 反乱軍は瓦解するぞ? お前の友や……誰よりも大切にしている巫女が……」

 

「うるさい! そんな事しませんよ! ただ吐き出したいだけですよ! 本当は僕を浚った貴方や巫女を心の底から憎悪したいのに……それも出来ない! もう、気が狂いそうだ!!」

 

 レンはそう吐き捨てるやいなや、何処かに駆け出して行った。

 恐らく、俺と一緒にいるのが辛いのだろう。

 自らの存在意義を否定する”強大な存在”。

 それが”黒魔導士”なのだから。

 

 

 

 それでも、レンは戦場へと向かった。

 盛大な出陣式に見送られながら。

 

 俺は次第に小さくなっていく彼の背中を、城壁の展望室から見届けながら、独り言ちる。

 瞳は僅かに潤んでいた。

 

「良い所なんだ、邪魔しないで頂きたい」

 

 いや、気配を消しつつ、俺の背後に現れた者に語り掛けた。

 すると、その者は、

 

「いやはや、”賢者”殿、探しましたよ。まさか、反乱軍の拠点に身を潜めているとはね。流石の我らも考えもしませんでした」

 

 軽口を叩きながら、腰に佩いた剣を抜き放つ。

 俺はその動きを”監視”しながら、レンの姿が見えなくなるまで、目で追い掛けていた。

 

態々(わざわざ)来て頂いてようだが……俺の方に用は無い。それに、先程も言ったように俺は感傷に浸っているんだ。邪魔するな」

 

「ふふふ、そのような事を言われましてもねぇ。我らも必至なのですよ? ”楽園”などに移り住みたくは無いですからねぇ」

 

「……それを伝えに? ご苦労様。魔王様には俺から伝えておくよ」

 

「いえいえ、その必要はありません。何故なら……賢者殿にはここで消えて貰いますから!」

 

 刹那、俺に襲い掛かる人影が四つ。

 それらは、突然現れたかと思うと……突然掻き消えたのであった。

 展望室に残されたのは俺と……俺と先程まで口を訊いていた男。

 俺は肉眼でレンの姿が見えなくなったのを確認してから、そいつの方へと振り返った。

 

「き、貴様! 何をした!?」

 

 褐色の肌を持つ美丈夫が、怒りに顔を歪ましている。

 俺はそんな彼に向って、

 

「知りたいか? なら特別に教えてやろう。俺は集めているんだよ。王に背く魔人族をな」

 

 にっこりとほほ笑んだ。

 しかし、俺の前には誰もいない。

 彼もまた他の人影と同じく、足跡も残さずにこの場から掻き消えていた。

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