#141 さだめ
「……以上が私の知る”楽園創造魔法”の概要です。宜しいですね?」
俺は知る限りの事を彼らに伝えた。
それが彼らの望む”救い”であったのだろうか?
多分、大きく異なっていただろう。
その証拠に、魔王と巫女は等しく顔を青くしていた。
やがて、魔王はその理由を自らの口で示した。
「……それが”救済”の全容か! 本当にそれが”救い”と言えるのか!? いや、我らに今更拒むことは出来ぬ。お主とも約し……それ以前に”異界の神”とも……」
「心中お察しいたします。でしたら、他の方法を検討なさいますか? 私は念の為、準備だけ整えておきますゆえ……」
「いや、構わぬ。先に申した通り、最早後戻りできぬ。”神との約定”とはそういう物であるからな。それに……我らはいずれ滅びる運命であったのだから……」
「これはおかしな事を……。魔人族の寿命は数千年。その間に幾らでも新たな子を生し、営み続ける事は可能でしょう?」
「いえ、残念ながらそうではありません。賢者様、我ら魔人族の、種としての寿命が尽きようとしているのです」
「……ほう? それは一体どう言う事でしょう?」
「それは……賢者様にも見て頂きとうございます。我らが”滅びる運命”を悟りし原因を……」
巫女アンはそう言って、俺を大空洞の外へと導いた。
そして、俺は知った。
彼女達が”滅びる運命”と呼ぶ、その理由を。
それは歴史に隠された真実。
大空洞から網の目状に伸びる地下坑道に秘められていた。
薄暗い道に沿って、等しい間隔で設けられた部屋。
その中の一室に俺は誘われる。
そこで俺が目にした物は、虚ろな瞳をした、寝台に横たわりし老若男女の魔人族。
肌の色はくすみ、灰色がかっている。
それはまるで”幽鬼”の様でもあった。
「こ、これは!?」
俺の眉間に皺が寄る。
その時、魔王が俺の横に並び、俺の為に口を開いた。
「”朽魂病”……我ら魔人族を襲いし病。この世を文字通り支配する我らであっても、この病を御する事は叶わなんだ」
病と銘は付けられても疾病の類では無い。
その証拠に、疾病回復魔法では治らなかった。
ある種の毒かと疑われた時もあったが、さに非ず。
この病に罹る者達の日々の行動がそれを否定したのだ。
共通となる事項が無い。
食生活、行動、住環境その全てが異なったのだ。
そして、共通点を強いて挙げるとするならば……それは”魔人族”であると言う事のみ。
最初の罹患者が発見されて千年以上の時を経ても、この病について何一つ分かる事は無かった。
以来、彼らはただ眠り続けている。
「この事は他の種族には秘匿しております」
巫女アンの意外な言葉に、俺をその理由を問うた。
彼女は苦しげにその訳を話す。
「世を安定させる為……と申せば聞こえは宜しいかも知れません。しかし、その実私めは恐ろしく感じております。私達魔人族の種としての弱体化。それを知った者達が……」
「反旗を翻す、と?」
「……はい。遥か時の彼方から来られた賢者様はご存知でしょうが、我ら魔人族はこの世のほぼ全ての富を独占しております。その者達が死ぬことも無く、只々眠り、生き長らえている。人の手を煩わせる事も無く」
眠り続ける彼らには排泄行動が見られず、その周囲だけ時が止まっている様に見えた。
しかし、胸の鼓動は聞こえ、肺による呼吸運動はある。
まさに、生ける屍。
それでも、何時かは寿命が来る、そう思っていたのだが……何故かその兆候が見受けられない。
それでどころか、未だ一人の死亡者も出ていないのが現状であった。
「いっそ死んで欲しい、我は心無く願う日々であった。死んでさえしてくれれば、その厚く貯えられた富は国庫に入れられ、やがて民に対して分配されるであろうからな。しかし……」
それが無い。
それどころか、
「如何に長命な魔人族と言えども、平均して訪れる寿命がある。だが、彼らの中にはそれを遥かに超える者達がいるのだ」
より長く生き続けていた。
まるで、彼らは眠り続ける間、決して死ぬことは無いかの様に。
……正に”眠れる森の美女”だな。
もしくはコールドスリープか。
凍ってはいないがな。
そして、驚くべきはその病に侵された人数。
一万人は下らないらしい。
対する健全な魔人族は約三十万人。
種族の三パーセントを超える者が罹患する病。
しかも、年々その割合が増えこそすれ、減ることは無い。
まさに、パンデミック!
もっとも、魔人族以外の種族数千万人には無害みたいだがな。
ただし、問題はこれだけでなく、魔人族そのものに新たな子を生す力が失われつつあった。
具体的に言うと、ここ数百年新たな命が生まれていないらしい。
……それは辛い。
俺だってエミとの間に子を生せなければ、絶望を感じていただろう。
例え口では「君が傍にいれば、他に何もいらないよ」とは言ったとしてもだ。
「……故に我は選択を迫られた。種として緩慢な滅びを受け入れるか……これはやがて弱体化する我ら魔人族が他種族に文字通り滅ぼされることを意味している、または自ら死を選ぶか、諦める事無く原因を究明するのか」
そして、彼らは決断を下した。
どの様な理由があろうとも、最後まで抗おうと。
「それに、我ら自らが手を汚す事も、他種族の手に掛かって死ぬのも厭われた。何と言っても、我らは王者。この世の全てを治める人の頂点であるが故にだ」
それを聞いた俺は、ただ種族としての”自尊心が高い”と呼ぶには憚られる気がした。
ただ……その結果が”楽園創造魔法”というのは”皮肉”だがな。
「私達は手をつくしました。高名な魔導士らをアノスからここクノスに呼び集めました。それも密かに。彼らには原因の追及を頼み、可能な限りの支援を行いました。ですが……」
「悉く失敗した。我らに残された最後の手は”神”に縋る術のみであった。その結果、神は我らが”この世界”にいる限り、未来永劫、呪縛から逃れられぬと仰られた。我らは”絶望のみが残された運命”を知り得たのだ。その先はお主に話した通りである」
この世界の神に願った、異なる世界の、彼らが平穏に過ごす事ができる”楽園”の創造を。
しかし、まさかの拒否!
それどころか……別の世界の神に丸投げすると言う所業。
およそ”神”とは思えぬ行いであった。
その別世界の神ですら……俺に丸投げだからな。
……俺の中で”神々”に対する怒りが沸々と湧き上がってくる。
と同時に、一つの句が俺の心から生み出された。
叶わぬなら 叶えてしまえ ホトトギス
”ホトトギス”と言いたかっただけだ。
さて。
大方の状況は把握した。
その上で、俺が歴史の裏側を歩む為にも、前もって解決しなければならない事もある。
それは”勇者召喚魔法”であり、”近親相姦ま……”もとい、”近親召喚魔法”であった。
一方は巫女コレットがレンを異世界から呼び寄せた魔法であり、一方はクノスの管理者となったレンがエミを呼び寄せた魔法。
少なくとも何れか一つは、どちらかと言えば”勇者召喚魔法”を一日でも早く見出しておきたい。
タイムリミットがあるからな。
今の俺にとって、それが喫緊の課題であった。
「魔王様、巫女様、心中お察し致します。では早速”楽園創造魔法”の発動に向けて準備を始めようかと。が、その前に。古今東西の魔法に詳しい方をご紹介願えますでしょうか? 私のいた時代では既に埋もれた、もしくは失った魔法を知る必要がありますので」
「うむ、良かろう。我に仕え、”比類なき大魔導士”と呼ばれている者がおる。賢者殿の力となるよう申し付けておこう」
「有難うございます。では……」
「いえ、その前に幾つか定めておく”議”がございます。賢者様、まずは私めの離れにてご相談させて頂きとうございます」
巫女アンの突然の申し出。
それは俺の身に関わる事柄であった。
「……では最終確認です。私の身分は貴族商。古くは王家に連なり、その縁もあって王家に出入りを許されている商家の主、となります」
「うむ。それであれば城内および領内を自由に行き来しても不思議ではあるまい。それに国庫から支度金を拠出する事も、定期的に活動費を支払う事もな」
「ええ、その通りでございます。それに賢者様は不死……」
「はい、確かに”ホムンクルス”です。ほぼ永遠に生き続けます。良くお分かりになりましたね」
「異界の神が我らにそう申したのだ。故に”その者の事は案ずるな”とな」
くっ! ……お、おのれ”神”め!
い、何時か必ず、その首を討ち取ってくれるわ!
すると、巫女アンの声に緊張の色が表れる。
俺の怒気が漏れ出た所為であった。
「で、ですから、商家と致しました。隠れ蓑には最適でしょうから……」
「すみません。そして……配慮に感謝いたします」
「いや、我らこそすまぬ。我が魔人族の命運を文字通り委ねると言うのに、賢者殿にして差し上げる事が余りに少ない」
「いえ、構いません。これ以上の事をして頂くと目立ってしまいます。結果、歴史に名が残る様な、または存在が記されるような事になれば私は消え去ってしまうかもしれません」
「真に不思議な話ではあるがな。”時間の背理”であったか……」
「はい。一見して問題の無い歴史の中に受け入れがたい事柄、結果が発生する。その矛盾を正す為に……」
「歴史が改変される……ですか?」
俺はそう問うた巫女アンに小さく頷き返す。
正直なところ、俺自身その考え方に自信は無い。
しかし、意識せざるを得なかった。
万が一、楽園創造魔法が失敗し、魔人族がこの世界に残った場合。
それは明らかに俺のいた時代とは異なる世界となる。
ともすれば、レンが加わる反乱が失敗し、それは帝国が興らない事を意味する。
つまり……レンによるエミの召喚も発生しないのではなかろうか?
もしかしたら、勇者召喚自体が起きない可能性も。
故に、その時点で互いのいる世界? 時間軸? はパラレルワールドとなる。
例え俺が元の世界に戻る術を見出せたとしても、決して彼らに再会する事は無い。
それは、俺にはどうにも耐えられない事だった。
もしそうなったら、俺はこの世界を……
否! 今、余計な事は考えない方が良い。
チャンスは一度きり。
そして……頼るべき者はいない。
頼れる物を強いて挙げるとするならば、それは我が肉体のみ。
”ホムンクルス”としての特性を活かすしか無かった。
そもそも、俺の存在自体が消え去るかもしれないがな。
束の間の静寂。
気が付くと、皆の俺を見る目が憂いを帯びていた。
「と、兎に角、準備を進めましょう! まずは大魔導士に会わせて下さい!」
俺はそう言って、その場を覆っていた物寂しい空気を打ち払った。
後日、俺は大魔導士との面会を果たした。
彼は意外にも魔人族では無く、老年に差し掛かった森人族であった。
顔の造りがそこはかとなく、我が魔法の師ドゥガルドに似ている。
そして、名前までが良く似ていた。
「ディボルド様、魔王様が申されていた者をお連れいたしました」
「おお、我が弟子アレクシスか、入ってくれ。で……その者が例の……超爆発魔法を大空洞に仕掛けたままにしておる……」
「はい。訳あって名前は申せぬのですが……」
アレクシスはそう言って、さり気無く俺の背中に手のひらを当て、そっと声のする方に誘う。
まるで俺をエスコートするかの様に。
そして、彼女の口から出た衝撃の台詞が俺を襲った。
「私は”ハル”と呼ばせて頂こうかと……」
「ええっ!?」
な……何故そうなった? と言うか……寧ろその呼び名の方が不味いんですけど……
あれか? 巫女アンが俺自ら口にした名を”ハー・ルト”だと誤認したからか?
だとするならば……とんだ大誤算だ。
いまさら”ルト”にしてくれとも言えないし……
それだけで無く、彼女の手は未だ、俺の体に触れ続けている。
「あら? いけない? 他の者を前にしては決して口にしないわよ?」
いや、今してたし。
二人っきりの時だけ使うとか意味不明だし。
両手で俺の手を握られても困るし。
俺が困惑しているのを他所に、ディボルドが
「では……儂は”青年”と呼ばせて貰おうかのう?」
と言った。
有り難い事だ。
俺の懸念を察してくれている。
しかし……その目は何だ?
彼の瞳は何か面白い物を目にした喜びに溢れていた。
「え、ええ、それで構いません」
「決まりじゃな。では本題に入ろうかの? 確か……”儂の知り得る全て”じゃったかの?」
「はい。本当は”勇者召喚魔法”を知りたかったのですが……ご存知無い……ですよね?」
「うむ、知らぬな。異世界から”人”を呼び寄せるなど、正気の沙汰とも思えぬしな」
ですよねー。
でもやっちゃうんですよ、巫女コレットとおっしゃる方が。
反乱軍の象徴となられる人なんですけどね。
本当に酷いですよね。
自らの目的を果たす為、人を浚って来るなんて……
ただの誘拐ですよ、誘拐犯。
そのくせ、誘拐した男の子を誘惑したりするんですよ。
まるでドラマみたいじゃないですか。
で、できちゃうわけですよ。
ふふふ、これぞまさしく”ストックホルム症候群”!
……笑い事じゃないんですけどね。
俺が一人、下らない考えに沈んでいると、
「時に青年、お主に対して”魅了”の類を働きかけると、かの魔法が行使されるそうじゃのう?」
ディボルドが難しげな顔をつくり、問い掛けて来た。
然もあらん。
自らの足元にいつ暴発するとも知れない強力な魔法円が描かれている。
知らぬが仏とは言え……知ってしまった以上、気にせずにはいられない。
すると、彼は思いもかけない提案をしてきた。
「青年の立場はよう分かっておるつもりじゃ。しかし、無防備なままでおるのもどうかと思う。そこでじゃ、”心に作用する人為的な行為”その全てを妨げる頭冠を作ってはどうじゃ?」
「魔道具ですか? 確かに、その様な物を身に着けていた方が良いでしょうね。簡単に作れる物なのでしょうか?」
「うむ、手解きは儂がしてやろう。じゃが、実際に造るのはお主じゃ。その方が親和性が高いじゃろうからな。まずは……型を選ぶのじゃ」
ディボルドはそう言って、奥の部屋から様々な意匠を凝らした頭冠の雛型を持ち出してきた。
所々に穴が開いている。
そこに魔力結晶を嵌め込み、編み上げた魔法を込めると彼は話した。
「色々ありますね」
「装飾品じゃからな。時代時代の流行りや身に着ける者の個性が反映されるのじゃ」
文字や葉、蔓などの自然にある物を模した物、魔物や魔獣の顔が彫り込まれた物まで。
アレクシスがその中から一つの頭冠を取り出した。
「これならハルに似合うと思うわ!」
それは額から一本の角が突き出す形のデザインをしていた。
まさに……ユニコーンの角!
お、俺がED由来の童貞故に!?
処女好きのユニコーンは童貞に違いないと!?
誰が上手い事言えと……
って言うか、アレクシスは俺がEDとは知らないはず。
偶然とは恐ろしいものだな……
「……それはやめてコレにします」
俺は何の飾りも無い、シンプルな意匠のを選んだ。
「儂もそれで良いと思うぞ。では明日、また来るのじゃ。準備をしておくでな」
こうして、俺は王国の大魔導士ディボルドから様々な魔法由来の技術を学ぶ事となった。
ただし……問題が一つ。
「いやー、しかし良かったのう、アレクシス。漸くお主を負かす程の器量を持つ男が現れてのぉ!」
それは俺達が去り際に投げ掛けられた彼の言葉。
俺はその声に対し、一切聞こえぬ振りをした。
例え横からアレクシスの熱い眼差しを感じたとしても。
彼女の甘い香りが俺の鼻を突こうとも。
彼女の体温を俺の左腕に如何に感じようとも。