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ハルと異世界の地下迷宮  作者: ツマビラカズジ
第六章 運命は廻る
137/169

#137 世界を呪う者

 外は雨。

 まだ九月だと言うのに、雨季に入ったかのような長雨が続いていた。

 幸いな事に、吹く風は穏やかだ。

 窓の戸板を開け放っても、雨が室内に入る事は無かった。

 ただし、匂いは別だ。

 湿り気のある香りが部屋に充満していた。

 俺はふんっと鼻につくソレを吹き飛ばそうと試み、直ぐにそれが無駄な抵抗であった事を知った。

 鼻で息をする限りにおいては。

 

 エミとレンは朝からアノス地下迷宮に潜っている。

 理由は勿論、そこでしか得られない魔法を習得する為だ。

 無論、今の俺であれば、魔力結晶に刻む事も可能であった。

 しかし、それにはかなり大きめの魔力結晶を用意する必要がある。

 そして、その大きさの魔力結晶は中々に希少なのだ。

 領主様や魔法ギルドが特別に認められた場合にのみ、厳重に守られた宝物庫から、恭しく出される程に。

 

 故に、エミとレンは地下迷宮へと挑む。

 それに、千二百万パワーのエミと、千五百万パワーの悪魔将軍、もといレンであれば造作も無い事であった。

 そんな中、俺は一人留守番をしている。

 当たり前だが、やる事が無く、ボケーっと座っている訳では無い。

 廃都アノスの蔵書室で発掘された書物を広げ、それを一人、読み進めていたのだ。

 今は丁度”亜生命体論”なる文献? を読んでいた。

 どうやら、学術都市でホムンクルスやそれに近しい研究をしていたらしい。

 魔法を使った人工子宮的な物や、”魂魄錬成”を仄めかす記述。

 俺から見れば、それは”狂気”を感じずにはいられない代物であった。

 

 

 

 

「……遅いな」

 

 既に日は落ち、鐘楼の鐘が四度鳴り渡っていた。

 つまり、時はほぼ午後九時。

 幾ら何でも、二人の帰りが遅すぎる。

 これまでにも遅くなる時はあった。

 しかし、それでも午後九時までには帰って来ていたのだ。

 夕食を食べる時間が遅くなると、太ってしまうと言って。

 

 さて、どうするか?

 今夜は久しぶりに”鯛めし”を用意したと言うのに……

 わざわざミノスの市場で新鮮な鯛と昆布を買い求めて。

 土鍋に出汁(だし)と米。

 後は二人が帰って来たタイミングでその中に鯛を入れ、火を付けるだけにしていた。

 潮汁だって用意した。

 それなのに……

 その時、

 

「ぐぅううー……」

 

 俺の腹が鳴った。

 そう、俺もまた、空腹なのだ。

 その所為か、若干苛々してきた。

 

 

 

「遅い! 一体何処をほっつき歩いているんだ!」

 

 あれから更に一時間余りが経過していた。

 いよいよもって辛抱が出来なくなった俺は、最終手段とばかりに、

 

『あのー、ママ? 今どこにいるの?』

 

 と、極力感情を露にせず、低姿勢で思考転写する。

 しかし、彼女からは返事が返って来ない。

 その時、俺は一抹の不安がよぎった。

 且つて、オネシマス団長が告げた”不貞の可能性”が。

 エミが地下迷宮の魔物に討たれた可能性など微塵も考慮していない。

 ハッキリ言ってその可能性は零だ。

 何と言っても、エミとレンは共に潜っているのだから。

 

 

 

 ……取れる筈の連絡が取れない。

 それはエミもレンも同じだ。

 何故レンも?

 巫女コレット様の元に?

 その確認をするのは憚られる。

 何と言っても、既に午後十時を回っている。

 お腹が空いた。

 背に腹がくっつきそうだ。

 くっそー! 何処かで食べているんじゃなかろうか?

 だとすれば、許すまじ! 食べ物の恨みは恐ろしいのだ!

 

 だが……本当に何があったのだろうか?

 アノスに行ってみるべきか?

 いや、入れ違いになる可能性もある。

 それに……何度も思うが、あの二人に万が一の事が起こり得るとも思えない。

 クノス地下迷宮の”深淵”に比べれば、大した事は無いのだから。

 

 その時、我が家、もといレンの家に客が訪れた。

 それも”珍しい客”であった。

 レンの家に”彼女”が来る理由が思い浮かばない。

 俺と”彼女”に浅からぬ因縁はある。

 しかし、それでも彼女が来る理由には当たらないと思えた。

 それも、こんな夜遅い時間帯に……

 

 彼女は雨の中、独りで歩いてきたのだろう、雨避けの外套を着込んでいた。

 そのフードを頭から取ると、特徴的な白い耳が晒された。

 明るい金髪が照明魔法の光を受けて、輝きを増している。

 首元が見える、外套の隙間からは魔力結晶鎧が覗いていた。

 俺はその事実に眉を顰め、彼女の全身を確かめる。

 すると、俺は嫌な予感がした。

 何故ならば、彼女は神器レプリカ、神の槌”ミョルニル”を携えていたからだ。

 そう、彼女の名はアリス。

 聖騎士アリス、その人であった。

 

 

 

 

「……こんな時間に何の様だ、アリス?」

 

「貴方に逢いたくて……と言ったら本気にする?」

 

 俺が言葉に詰まっていると、アリスはほんの少し寂しげに笑った。

 

「冗談よ。でも……これから言う事は本当よ。ユアン様は貴方の御家族、エリザベス様とレン様を捕らえたわ」

 

「な、何だと! もう一遍言ってみろ! 事と次第によっちゃ、アリスと言えども……」

 

「本当の事よ! 私もその場にいたのだから。それに、あの方を貴方が用意した牢獄から出したのも私!」

 

「アリス……お、お前!?」

 

「怒ったの? でも、私がユアン様を貴方の手によって奪われた時も同じ、いえ……それ以上の怒りに苛まれたわ!」

 

「ぐっ! しかし!」

 

「ユアン様は貴方の敵だったから? 確かに、そうだったわね。だから……」

 

「アリスも俺の敵に回った、そう言う事か!?」

 

 俺の問いにアリスは答えない。

 ただ、挑む様な眼差しを俺に向けるだけであった。

 

「ならば……」

 

「私を殺す? それともユアン様の時みたく、幽閉する? おぞましい魔物と同衾させて! いいわ! やってみなさいよ! その代り、貴方の大切な家族は決して復活出来ない様にして殺されるわよ! それでも良いなら、さぁ! やりなさいよ!」

 

 俺の手に二つの魔法円が輝く。

 それは氷原牢獄(コキュートス)と魔物召喚魔法。

 怒りに任せて、今にも発動されようとしていた。

 しかし、辛うじて冷静になれた俺は、それらを霧散させた。

 

「……チッ! ……用件を言え! わざわざそれを伝えに来た訳じゃ無いんだろう!?」

 

「ええ、そうよ。武装および装飾品無しで私の後を付いて来なさい。ユアン様の下に案内するわ。そこに貴方の家族もいる……」

 

 俺は雨の中、外套を身に纏う事も許されず、暗い夜道をアリスの後に従い、歩いた。

 且つての友であり、一時は俺を愛した女。

 その細い首をねじ切りたくなる衝動を抑えながら。

 

 

 

 全身びしょ濡れに加え、酷い空腹に苛まれながら、迷路のような道を進む。

 冷え切った身体は震え、手足はかじかんでいた。

 今、俺は大きな下水道、もしくは地下鉄が通っていたかの様に見える廃墟にいた。

 あるいは、地下墳墓の如きにも見える。

 そして俺は……ここを知っている。

 以前、探索ギルドの受付嬢エレノアが事件に巻き込まれた際に侵入した場所だ。

 

 入り組んだ通路。

 不思議な、灰色に染め上げられた石壁。

 そして、時折現れる広い部屋。

 そこには、何故か石で出来た寝台が無数に並べられている。

 それはまるで、野戦時の兵舎の様にも見えるのだ。

 

 刹那、あの時の忌まわしい出来事が俺の脳裏に浮かぶ。

 もう、忘れたかと思っていたのにな……

 その事が、俺を更に苛立たせた。

 

 ……あの爺さん、まだ生きてるかな?

 

 唯一、心が安らぐ思い出を偲ぶ。

 それはエレノアを救出する際に助けとなってくれた老人。

 彼がいなければ、俺もエレノアも助からなかった。

 彼は……一体何者だったのだろう?

 長年、この地下墳墓の様な場所で生活していると言っていた。

 達者でいる事を願った。

 他人の事など、気に掛けている余裕など、無い筈なのに。

 ふっ、それでも懐かしい。

 その件があったが故に、エレノアは俺に……

 あの当時はアリスが俺を避け始め、ドリスが俺の下を去り、二人の掛け替えのない仲間を失った直後だったから嬉しくもあったがな……

 

 

 

 やがて、アリスは立ち止まる。

 どうやら目的地の手前に着いたようだ。

 その証拠に、俺達の歩む先には微かな明りが見える。

 そして、俺はそこに何があるかを知っている。

 それを、知ってか知らずか、アリスは俺を前に押し出す。

 戦槌で俺の背を小突き、先に進めと促した。

 俺は歩みながら、

 

「大空洞か……」

 

 この先にある物を呟く。

 すると、アリスは一瞬、身じろぎした。

 しかし、知っていたとしても何かが変わる訳でも無い。

 そう考えたのだろう、アリスは何事も無かったかの様に俺の後に続いた。

 

 そして、俺は大空洞に足を踏み入れた。

 円形をした壁沿いに、巨大な石柱が幾つも伸びる。

 巨大な天盤を支える為なのだろう。

 それもその筈。

 大空洞は半径二百メートルもある、巨大な伽藍堂だからだ。

 俺は辺りの気配を探る。

 その瞬間、俺の足元に忍ばせてあった魔法円が輝き出した。

 それは魔法封印。

 と同時に、その外側から幾つもの”捕縛魔法”が繰り出された。

 俺の体から自由を奪う為に現れた黒い縄。

 手足だけでなく、首や胴体にも絡みついた。

 

 その直後、奴の声が高らかに響く。

 

「クーックックック……アーッハッハッハ!! どうですか!? ホムンクルスのハル!! ここが貴方の墓場となるのですよ!? 実に相応しいと思いませんか!?」

 

 声のする方に憤怒の形相を向けると、円柱にもたれ掛かる美青年。

 薄い金髪と青い目をした優男。

 奴こそが吸血鬼ユアンであった。

 明らかに以前に比べて痩せ細っている。

 俺の手によって幽閉された場所の過酷さが滲み出ていた。

 

「ですが! その前に貴方には地獄を味わって貰いましょう! さぁ、今一度我が虜になれ!!」

 

 その言葉から察するに、奴は俺に”魅了”を試みたのだろう。

 それを証明するかの様に、見えざる触手が、嫌悪感が俺の周りに溢れ、鳥肌が立ちあがった。

 しかし……何も起きない。

 いや、もしかすると既に魅了の影響かなのかもしれなかった。

 俺は動かす事が出来る範囲で体を確認する。

 体が勝手に動く等の異変は感じられない。

 

 それは如何やら奴も同じであった。

 一度首を捻った後、俺を忌々しげに睨み始めた。

 察するに……魅了が効かなかったのではないだろうか?

 

「クッ! 貴方の手で縁者を殺させ、貴方の絶望を噛みしめようと思いましたが……気が変わりました! 最初に彼らの成れの果てを見せて差し上げましょう!」

 

「なっ! なんだと!?」

 

 俺が叫んだと同時に、大空洞の一角が強く照らし出された。

 そこに、俺の探していた二人がいた。

 エミとレン。

 我が最愛の家族。

 石柱に手足を杭の様な物で、大の字型に打ち付けられていた。

 手のひら、足の甲からは血が止めどなく流れ、石柱の根本には血溜りが出来ている。

 

「貴様!!」

 

「これだけでは有りませんよ! 貴方には狭い牢獄の中に、触手の化け物と一緒に押し込められたのです! さぁ、良く見ていて下さい! 彼らにも同じ報いを受けて貰います!」

 

 奴がそう叫んだ途端、エミとレンの足元に翡翠色の珠が転がる。

 やがて、その玉からは珠と同じ色をした触手が伸び出した。

 あ、あれは!

 

「ええ、”吸精手”ですよ! 貴方の用意した”悪辣な触手”には数段劣りますがね!」

 

 その瞬間、俺の中の(たが)が外れた。

 許せん!

 俺のエミとレンにその様な凌辱な目に遭わすなど、断じて許せない!

 例えそれが、俺自らが”敵”に与えた行為だとはいえな!

 因果応報などクソくらえだ!

 

 怒りの奔流が俺を襲う。

 それと同時に、俺の全身から黒い霧状の、靄が湧き出してきた。

 それは俺の頭上に向かって立ち昇っているのだろう。

 俺を見ていた奴の視線が、俺の顔から外れ、その場所を凝視しだしたからだ。

 奴が小さな声で、

 

「なっ…… 貴様、化け物か……。いや、これはそんな物じゃ……」

 

 と呟く。

 だが、俺にはそれに耳を澄ます理由も、ゆとりも無かった。

 

 無意識に形作られた魔力による二本の腕。

 それはパーン先生から習い、未だ習得出来ずにいる不完全な”写し身”の一部であった。

 そこから、俺は”光針”を放つ。

 魔力が凝縮された一撃は、容易く翡翠色をした珠を砕いた。

 と同時に、魔力の腕を頭上に掲げる。

 その手の先に、膨大な魔力による玉を作り出す為に。

 一瞬にして、直径一メートル程の大きさになったそれを、俺は、

 

「跡形も残らず死ね!」

 

 と叫びながら奴に投げ付けた。

 奴は目の前で起きた事態について行けなかったのだろう。

 まさに、呆けた顔をして俺の魔力の塊を見続ける。

 そして、それに飲み込まれると思った瞬間、

 

「ユアン様、御免!」

 

 突如飛び出して来た影が、奴と共に魔力塊の軌道から飛び退り、地面をもんどり打ちながら転がった。

 

「チッ! アリス!」

 

 そう、アリスしか居なかった。

 このタイミングで奴を助けようとする者は。

 そのアリスの腕の中で、茫然自失となった吸血鬼ユアン。

 恐怖の為か激しく体を震わせている。

 

「ハル、許して上げて。もう、彼の心はもうボロボロなのよ!」

 

「知るか、ボケ!!」

 

 俺は更なる追撃を試みる。

 その為に、新たな光針を足元に落とした。

 輝く魔法封印の魔法円の中心に。

 その効果を排す為に。

 無論、視線はアリスと吸血鬼ユアンを捉えたまま。

 その上で、

 

「ここまでされて逃がすかよ!」

 

 俺はグレイプニルと捕縛魔法を行使した。

 アリスは黒い縄に拘束された。

 彼女の手から離れた吸血鬼ユアンは黒い沼に嵌り込んだ。

 その上で、俺が吸血鬼を消し炭に変え得る、強力な魔法円を描こうとすると、

 

「待って、ハル! 私の話を聞いて! もう逃れられないわ! ハルの勝ちよ! だから、お願い!」

 

 アリスの悲痛な叫びが辺りに木霊した。

 その言葉に、声の悲しさに、俺の手が、意識が止めを刺す事を一瞬躊躇(ためら)った。

 その僅かな間を利用して、アリスは語り始めた。

 吸血鬼ユアンの、世界を呪い続けた者の、その生涯を……

 

「彼は望んでこの世界に、それも吸血鬼として生まれた訳じゃ無いわ!」

 

 誰にも望まれぬ命。

 そういう物があるとするならば、ユアンがそれその物なのだろう……

 生きる為に、同じ姿形をし、心を通わせることが出来る”人”を糧とせざるを得ない。

 呪われた種族。

 いや、それだけであればまだ救いはあったのかも知れない。

 彼らは心在るが故に”人”を愛してしまう。

 そして、愛が有る故に”子”を生したいと思う。

 しかし、そこで致命的な問題があった。

 否! 種としての欠陥とも言えた。

 

 それは……愛するも者の命を文字通り”喰らう”必要がある故に……

 本能的に知り得た真実に、奴は愕然とした。

 それと同時に……自らが生まれ出る為に……”母親”が”父親”に……

 

「この忌まわしい体、呪いと言わずに何というの! 私はユアン様を愛している! 彼も私を愛している! でも……」

 

 愛しているが故に……奴はアリスを食い殺さねばならない……

 吸血鬼は人、ですらない……か。

 俺達ホムンクルスとある種同じ……だな……

 

 愛する者の命を自らの手で奪う、それを回避する為に奴は管理者となる事を決意した。

 最後の希望をそこに見出した。

 当初の俺と同じく、何らかの魔法が秘められていると信じて。

 万が一叶わぬ場合は、自らを産み出した世界を、同じ苦しみをこれ以上繰り返されぬよう、破壊する覚悟までして……

 

 ……だが、それを聞いた上で、俺は決断を下した。

 

「如何なる理由があろうとも、俺の愛する家族を傷つけた罪は重い、いや万死に値する! ……それだけで無く、再起しないとも限らない! 俺は……後顧(こうこ)の憂いを断つ! 許せ、アリス!」

 

 俺は電弧(アーク)の魔法円を描く。

 吸血鬼ユアンを形作る、細胞の一欠けらも残さぬ様に。

 そして、

 

「消え去れ!!」

 

 俺の叫び声と共に、光が溢れ始めた。

 電弧が膨大なエネルギーを迸らせる、その瞬間、

 

「何っ!?」

 

 またしても石柱の陰から人影が飛び出し、黒き沼に沈んでいた吸血鬼ユアンを瞬く間に助け出した。

 それだけで無く、その者はアリスの傍らに留まり、気を失っている吸血鬼ユアンをアリスの腕に預ける。

 そして、俺の方を見て口を開いた。

 

「お取り込み中、失礼致します。しかし、彼らは私が預からせて頂きます。決して貴方方(あなたがた)に手を出さぬことを誓います。我が称号”始祖”に掛けて」

 

 銀髪赤目をした美丈夫が一方的にまくし立てる。

 俺はそれを口をポカーンと開けて、聞いていた。

 そして、(しばら)くしてから気を取り直し、新たに現れた男に当たり前の疑問をぶつけた。

 

「何処の誰だか知らぬ貴方の、それも称号に価値など無いのでは!?」

 

 俺もどうかしている。

 問答無用に戦いを挑むべきであった。

 例え、相手の力が未知数であったとしても。

 俺は折角の機会を失いかねないのだから。

 いや、未知数では無かった。

 新たに現れた男の魔力量だけなら、二千万パワーと知れている。

 強い……のだろうな。

 であったとしても、俺は災いの芽は摘んでおきたかった。

 自身の家族を守る為にも。

 俺は不可視の魔法円を幾つも描いた。

 男の挙動を注視しながら。

 僅かな隙を見つけた瞬間、それらを放つ為に。

 

 しかし、銀髪の男は俺の思いを他所に、驚く提案をしてきた。

 

「ふふふ、確かに……ではこれを……歴史書を蒐集しているそうですね? 古代王国初期の”吸血鬼”等亜生命体と名付けられた物達に関する資料です。大変貴重な書物ですよ?」

 

 見るからに古く、大きな書物。

 表面には金文字で装飾されている。

 しかも、神聖文字によって。

 それを男は魔法円から掴み上げると、空高く放り投げた。

 思わず、俺の目はその本を追う。

 そして、落下点を素早く計算し、その場所へと向かい……上手く受け止めた。

 俺はほっと胸を撫で下ろす、貴重な書物を傷めずに済んだ、と。

 しかし、その間隙をぬって、”始祖”と名乗った男は消えていた。

 それも、アリス達と共に……

 

「しまった! はっ! いや、それどころでは無い、エミとレンを!」

 

 俺は素早く思考を切り替え、愛する者達の下へと駆けつけた。

 

 幸いな事に、二人に大きな怪我は無く、後遺症も見られなかった。

 

 ただし、新たな謎は残った。

 男の目的は一体何なのか?

 吸血鬼ユアンと同じく”敵”なのか?

 

 ……アリスも”敵”なのか……

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