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ハルと異世界の地下迷宮  作者: ツマビラカズジ
第六章 運命は廻る
131/169

#131 帝都テノス

 火帝歴 三二一年一月一日

 

 この日、俺とエミは帝都テノスへと旅立つ。

 ”大量輸送用浮揚車両(ホバートレイラー)”を自ら運転して。

 

 元の世界と同様にトレーラー車両と牽引車両に分かれた車体。

 浮揚自体は魔力結晶を介在して実現している。

 故に、一番の問題は推進方法であった。

 ただ、よくよく考えてみると俺は既に解決していた。

 そう、”回転翼車(プロペラカー)”でだ。

 その時作ったプロペラを居住スペースを含むトレーラー車両の後部上に設置する。

 すると、あら不思議、世にも珍しい”大量輸送用浮揚車両(ホバートレイラー)”の出来上がり、と相成った。

 まぁ、既製品を流用しないと、この短期間では出来なかったのも事実だがな。

 因みにハンドルは車と一緒で円形だ。

 ハンドルを回すと、プロペラの向きが変わる。

 急にハンドルを切るとヤバイ。

 

 牽引車両はミスリルコーティングされた鉄による骨格と厚い、防水性に富んだ生地、つまり……大蛙の腹皮で覆われている。

 他に無かったのだ。

 こればかりは仕方が無い。

 大凡(おおよそ)の形は元の世界と一緒だ。

 一見すると四角い、長方形の箱を曳いている。

 

 さて、当然の事ながら、この車体は長距離を想定して作られた。

 最後はやはり、人が実際に長距離を運転して乗り心地を確かめなくてはならない。

 故に、先程も言ったように、俺とエミは帝都テノスへと赴任するついでに、乗っていく事にしたのだ。

 

「お母さん、お、お父さん、道中気を付けて下さい。それと、ギルドカードの連携が取れないからと言って、向こうのギルドで新たに登録してはいけませんよ。”黒”だとばれたら大変な事になります。クノスが他領から爪弾きにされてしまいますからね。それと……」

 

 レンが何やら一生懸命に注意事項を俺とエミに話している。

 まさに、口を酸っぱくして。

 

「大丈夫よ、レン。それとも、パパとママと一緒に行きたいの?」

 

「ち、違いますよ。母さんは兎も角、と、父さんが……」

 

「パパの事は大丈夫。一見して何も考えていないようで、本当に何も考えていないのだけど……追い込まれたり、パパにしか出来ないと分かると本当に頼れるのよ? だから、レンもパパを信頼して」

 

 ……それじゃ無理じゃね?

 

「わ、分かりました。ですが、定時連絡は欠かさないで下さい。領主様が大変心配しておりましたから」

 

「うふふ、勿論分かっていますよ。必ず連絡します、レンにね」

 

 レンはそう言われると頬を赤く染め上げた。

 エミに心中がばれたと思っているのだろう。

 そして、それは事実だった。

 彼は、俺達と共に、最後まで行きたがっていたのだ。

 いや、エミと……と言った方が正確か。

 

「もぉ! お母さん、からかうのは止めて下さい。多くの人が物珍しさに広場に集まっているんですから! あぁ、領主様から折角だから羽を伸ばす様にと。それから、オネシマスは仕事で来れないので”ご武運を”とだけ言ってました」

 

「ふふふ、あの子らしいわ。それでは行くわね。皆さんもお見送りありがとう。お元気でね」

 

 そこに、一人の美女が人垣を掻き分けて近づいてきた。

 特徴的な耳は兎人族を示している。

 彼女は、俺の座席側にある窓の下から大きな声で叫んだ。

 

「ハル様! いってらっしゃいませ! その……申す機会が有りませんでしたが、心より感謝しています。私もファリスも、レイチェル様もドリス様も!」

 

 彼女が後ろを振り返ると、名前を列挙した者達がめいめい駆け付ける途中であった。

 皆、本当に壮健そうだった。

 

「ああ、ありがとう。その言葉が聞けて、元気そうな顔が見れて本当に良かった。では、行って来るよ。何かあればレンに相談してくれ。では……出発する! 皆さん、前を開けてくれーっ!」

 

 俺はハンドルを握り、魔力を流す。

 すると、車体が浮き、続いてV型24気筒の轟音と共にトレーラー後部に取り付けられたプロペラが徐々に回り始めた。

 突如動き出した車体に、周りの喧騒が一際大きくなる。

 やがて、ゆっくりと前に進み出す”大量輸送用浮揚車両(ホバートレイラー)”。

 その時、俺は肩にもたれ掛る美女に囁いた。

 

「エミだろ? リリィ達を呼んだの?」

 

「バレた? ハルが気にしていたようだから。でも、良かったでしょう?」

 

「あぁ、最後があれじゃ、心残りだったからな。助かったよ、エミ」

 

「そう? なら、良かったわ。それに……これで心置きなく楽しめるでしょ? 私達の第二の、異世界ハネムーンを!」

 

 エミはそう言って満面の笑顔を俺に向ける。

 俺はその顔から目を離せなかった。

 余りに美しかったからだ。

 俯瞰視魔法で行く手を確認しながら、俺は何時までもエミと見つめ合い、そして、口付けを交わした。

 

 

 

 火帝歴 三二一年一月八日

 

 迷宮都市クノスを発ってから早八日目。

 その間、俺達に何も無く、新婚旅行を満喫できた……訳でも無かった。

 時には魔獣に襲われ、時には盗賊に出くわした。

 ただ……そうは言っても俺とエミだ。

 魔獣は追い払い、盗賊は捕まえ、管轄する騎士団に引き渡した。

 更には、他領の領主が”大量輸送用浮揚車両(ホバートレイラー)”を姑息な策を弄して盗もうと試みたが、それは為されなかった。

 当たり前だ。

 これは帝都の皇帝陛下もしくは巫女様が御所望の品。

 それをこんこんと、長い時間を掛けてエミが”お話”をしたら、彼らは素直に手を引いてくれた。

 その結果、その領主は自主的に蟄居をする事になったがな。

 

 さて、いよいよ帝都テノスだ。

 その威容は既に目の前に広がっている。

 魔物を寄せ付けない高い壁と巨大な門。

 それが、あろう事か三重にもなっていた。

 それも、徐々に高さを変えて。

 そう、恐らくその場所は小高い広陵地帯だったのだろう。

 それを利用して、天然の要害を作ったのだ。

 中心部を居住地とし、二つ目を耕作エリア、再外周部を放牧エリアと決めて。

 中央の最も高い場所には、巨大な、黒一色の城が大きく横たわっている。

 

 その驚異とも言える帝都の外観は、歴史書にこう(しる)されていた。

 

 王国の都テノスは賢明な、慈悲深き主と呼ばれた王が拓かれた四番目の都市である。

 王はこの地にあった山々を崩し、巨大な城を築いた。

 今でこそ、城下町に囲まれたが故に、黒鳥の揺り籠等と呼ばれてはいるが、その当時は何もない平原に一匹の、それも巨大な黒竜が寝そべっている様に見える事から、奇岩暗黒竜と陰で囁かれていたようだ。

 その城が完成してから今の様な街が徐々に形作られていった。

 以後は皆も知っている通り、王国でも一二を争う、巨大都市となった。

 尚、以下にテノスの現状を簡単に記しておく。

 ・人口三百万人 (内、魔人族約五千人)

 ・資産割合……魔人族(99.9):魔人族以外(0.1)

 ……

 

 

「凄いわね。レンが自慢するだけの事はあるわ」

 

「ああ、本当だ。それに巨大な門だ。あそこから入れば良いのかな?」

 

 俺が城から目を離せず、言葉だけでエミに問い掛けたその瞬間、

 

『こちらコレット。正門からでは目立ち過ぎますから、裏門まで回って頂けますでしょうか? 念の為、案内役の騎士を遣わします』

 

 思考転写が届いた。

 その声音は間違いなく巫女コレット様のものであった。

 但し……以前とは違い、言葉遣いが普通だ。

 平民の喋るそれと、大差が無かった。

 

 『こちらはエリザベスです。承りました。再びお会いするのが楽しみですわ』

 

 私もです、巫女コレット様はそう囁いてから、思考転写を切り上げた。

 それから(しばら)くして、俺達の前に現れた騎士は熊耳の付いた仮面で顔を覆っていた。

 

 

 

 

「……以上で、ご依頼品に関する説明を終えさせて頂きます。ご質問があれば、答えられる範囲で答えさせて頂きます。ただし、技術的な裏付けや原理を問われても私にはお答えしかねます。全てはクノスの鍛冶師モンタギューが発明した物ですから」

 

 俺の前には巫女コレット様を始め、帝都テノスの主であり帝国の最高権力者皇帝フランク、その臣下が十名程が席に並んでいる。

 その多くが一見して森人族(エルフ)と見受けられた。

 一方、俺の側にはエミと、同じく森人族であり、クノスから派遣されている渉外官カールだけであった。

 彼とは打ち合わせの直前に会議の方向性だけを簡単に確認している。

 恩を高く売り、次の要望を上手く引き出す等々。

 ついでに、その要望を実現する為の原資も頂ければ万々歳らしい。

 ……そんなに、上手くいくのかね?

 

「うむ、相分かった。巫女コレットの急な申し出故に期待してはおらなんだが、これ程の物を、しかも短期間で作り上げる。実に大義であった。我も心から驚きを覚えた。と、同時に新たな疑問、頭の中を瞬きが襲ったのも事実。其の方、我が言葉を叶えしや、否や……」

 

 どうやら、上手くいったらしい。

 要するに、皇帝陛下の思いつきに便乗する事となった。

 皇帝陛下の望みはより多くの物資を運べるようにする事。

 その研究・調査には国庫から少なくない財貨が支出されるらしい。

 更には支度金までも。

 

 無論、俺の頭の中には実現方法についても当てはある。

 当然だろう。

 俺は文明が遥かに進んだ世界から来ているのだから。

 だがしかし?

 今更だが俺は元の世界の技術を大々的に広める事に対して若干及び腰に。

 その為、さり気無くエミの顔を俺は確認した。

 妻は俺の目を見て小さく頷きを返す。

 ……良いようだ。

 であれば、と俺はクノス渉外官であるカールに対して、

 

「大丈夫です」

 

 と目で合図を送った。

 その後はカールと皇帝陛下の担当大臣が細かい事柄を詰める事となり、会議はお開きとなった。

 

 

 

 会談終了後、俺とエミは巫女コレット様に誘われる形で、巫女コレット様の私的な空間へと訪れていた。

 

「此度は誠に有難うございました。お陰様で予定通りに事を進める事が出来そうです」

 

「滅相もございません。臣民として当然の務めですわ」

 

「ふふふふふ……」

 

「うふふ……」

 

 差し障りの無い挨拶の後、室内に二人の美女の口から生まれた、乾いた笑い声が響く。

 

 ……な、何だろう? 先程の会議より遥かに緊迫感が増したこの空気は?

 ともすれば、二人の視線の間に火花が見えそうな気配もする。

 

「レン様も日を追うごとに表情が明るくなり、(わたくし)も感謝に堪えませぬ」

 

「……巫女様。度々、レンに拝謁する機会を賜り、()として(わたくし)も大変嬉しく、重ね重ねお礼を申し上げます」

 

「いえ、レン様におかれましてはここ数日は朝餉と夕餉を共にして頂いております。それもこれも、ハル様にお頼みした御蔭かと、お母様」

 

「いえいえ、とんでも無い事です、”巫女”コレット様」

 

「ふふふふふ……」

 

「うふふ……」

 

 ……な、何だろう? 会話が噛み合っているようで……噛み合ってない気がする。

 これが所謂(いわゆる)……嫁姑問題……であろうか?

 それに……何? レンは帝都テノスまで足繁く通ってる訳?

 あぁ、転移門(ゲート)か!

 確かに、レンの魔力量であれば数千キロの距離であっても造作も無い筈だ。

 そして、その距離を今後は”大量輸送用浮揚車両(ホバートレイラー)”が走る。

 更には……

 そこでふと、俺は先程の会談を思い浮かべた。

 皇帝陛下の突然の閃き。

 だが……そう思いつくには何か切っ掛けと言うか、原因が存在している筈だ。

 俺はその事を確認する為、

 

「ご、ご歓談中? し、失礼いたします。巫女コレット様、皇帝陛下は何故先程の様な事をお考えになったのでしょうか?」

 

 と、切り出した。

 その刹那、巫女コレット様は満面の笑みで俺に顔を向ける。

 

「はい、皇帝陛下はクノス地下迷宮の安定化が周辺領ひいては帝国全体における魔物の湧出量の大幅な低下に繋がると見ております。その結果、問題となるのが現在魔物討伐を主に担っている探索者達です。生活の糧となっている魔物が減るのですから、日々の生活が立ち行かない者が大勢出るでしょう。そこで……」

 

「腕っぷしの強い、もとい、魔力総量が比較的多い探索者の新たな生業として大量の物資を配送する役割を用意した。そう言う事ですか……」

 

「はい。ですが、直ぐに動かせる”大量輸送用浮揚車両(ホバートレイラー)”の数は限られます。それとは別に、魔物の数が減るとは言っても全ての探索者が食べていけなくなる程急激は減少は起こらないと見ています。最初にそうなるのは力の無い探索者からでしょう。つまり、その様な者達の力を生かせるような計画を皇帝陛下は求めています」

 

 なる程ねぇ。

 ならば……行けるか?

 騎士程魔力が潤沢では無い者が安全に、且つ、大量輸送を成し遂げられる。

 俺は念の為エミの方を見ると、彼女は会議の時と同じ様に頷き返した。

 

「分かりました。良い考えがあります。正式な提案は渉外官カールからさせますが、巫女コレット様には事前に概要を説明させて頂きます」

 

「ええ、その方が良いでしょう。私の方から皇帝陛下の耳へ入れる事も可能でしょうから」

 

「話が早くて助かります。では私がご提案させて頂く物の名ですが、それは”鉄道”と申しまして……」

 

 文字通り、鉄の道、”線路”が必要な事。

 寒暖で鉄が曲がる事が考えられるが、ミスリルコーティングを施せば防げる事。

 ”線路”の上を鉄で出来た車輪を備えた車両が走る事。

 ”線路”は二本の棒状の鉄とそれを支える枕木、石が敷き詰められた道床から成る事。

 それを作る為に多大な人工が必要となる事。

 ホバートレイラーと比較して、少ない魔力で数倍、上手く行けば十倍以上の輸送能力が得られる事。

 前者は牽引できる車両は一台が限度。対する後者は少なくとも五両、工夫を凝らせばそれ以上は可能だからな。

 それが柔軟性に富むトレイラーと敷設された線路上のみに行動を制限されるトレインの最大の違いであった。

 その外、様々な事をエミの補足を入れながら、俺は巫女コレット様に説明した。

 

「ハル様、有難うございます。これで皇帝陛下のご懸念も和らぐでしょう。生きる望みを失った探索者が領内を彷徨う事も、力無き者から奪う事も少なくなります。帝国の治世は更に続くでしょう」

 

 

 

 ”鉄道”の概要を話し終えた俺は巫女コレット様より暇を頂戴し、帝都において最も大きな通りを歩いていた。

 それも一人で。

 エミは巫女コレット様と”大切はお話”があると言って、その場に残ったのだ。

 勿論、巫女様には”刻印”とやらを授けて頂いた。

 

 帝都テノスの城下町はクノス以上の賑わいに溢れ、その広がりはクノスを大きく凌駕していた。

 それは街に住まう人の数にも表れていた。

 恐らくだが……クノスとは少なくとも一桁は違うだろう。

 

 その様な町の中、俺は城で伺ったある一画に向かっていた。

 それは古書店が並ぶ通り。

 周辺には物を書き留めるのに使う筆や紙を扱う商店が軒を連ねている。

 通りにまで溢れるインクと紙の匂い。

 まるで、城の蔵書室に居るかのようであった。

 

 店に出入りする人々も俺が普段接する機会の無い類の、学者や事務を生業としている者達が大半だ。

 腰に二振りの剣を下げている者など、俺以外には見受けられなかった。

 

 暫くすると、俺は自分の耳を疑う出来事に遭遇した。

 

「あの、すみません。この罫線? が引かれている漉き返しの紙束を二百枚、上物紙を五十枚、インク壺を一つ、それに……綴じ糸と針を頂けますか?」

 

 自身が驚くほどはっきりと聞こえたその声。

 俺がこの世界に来たばかりの時に聞いた声音と大きな違いは感じられなかった。

 そう、あの時も遠く離れた愛する者を思いながら、彼女は一人? で寂れた店の中に佇んでいた。

 俺は思わす、声のする方へと視線を向ける。

 

 絹の様に艶やかな薄黄緑色の髪。

 上質な陶器の如き白い肌。

 エメラルドかと思う程綺麗な瞳。

 モデルの様に高い背。

 体の線は細く、にもかかわらず……大きな胸が”我ここに有り! ”と主張していた。

 そして、相も変わらず、体の線がはっきりと表れるタイトなワンピースと思わしき衣服を身に纏っている。

 その姿を目に止めると、

 

「エメリナ!」

 

 俺は森人族(エルフ)である彼女の名を叫んだ。

 

「あ、あら、ハル……お、お元気?」

 

 俺の瞳に、エメリナの困り顔、というか……明らかに驚いた表情が映った。

 決して、迷惑そうにしているとは思いたくない。

 

「元気も何も! デニス達が……ああなって……それにエメリナがクノスを去ったと聞いて俺は……俺は……」

 

「こ、ここでは何だから、少し落ち着く場所でお話しましょう! それに、丁度良かったわ。ここで大きなお買い物したの。ハル、運んで貰っても良いかしら?」

 

 俺は二つ返事でその申し出を受けた。

 それから、エメリナに率いられる形で、細い路地の奥にある、まるで出会い茶屋の様な茶店へと入って行った。

 店番をしている筈の人影は見当たらず、薄暗い店内を進むと中は厚い壁で仕切られた小部屋が幾つも並んでいる。

 まるで、探索者見習い時に利用していた簡易宿泊施設の様だった。

 

「この部屋が空いているわね。ここにしましょう」

 

 エメリナはそう言うと、壁に掛けられた青い木札を裏返し、朱色に塗られた面を表に向ける。

 どうやら、それが”御利用中”の証らしい……

 束の間、彼女は手慣れた様子で薄暗い室内へと消えていった。

 俺も一抹の懸念を抱きながら後に続く。

 そして、俺はその事が現実となって酷く後悔した。

 ここへ来た事に。

 更には、エミと連絡を取らなかった事に。

 いや……今からでも遅くは無いのでは?

 それどころか、これから先一秒遅れる毎に俺の死期が加速度的に近づいて……

 その刹那、

 

「どうしたの、ハル? 私と……するの嫌かしら?」

 

 エメリナのか細い囁き。

 俺には肝心の箇所が聞き取れなかった。

 する? 何をする? 男女が薄暗い部屋で何をする?

 アレかな? アレをするのかな? 健全な男女が二人だけで楽しむ例のアレ?

 エ、エメリナは寡婦になっちゃったから?

 故に……欲求不満?

 デ、デニスー!!

 

 不安の所為か目をギョロつかせる俺。

 その時、俺は目にした。

 二人が横になるには窮屈そうな、それでいて真っ赤な生地が張られた艶めかしい寝台を。

 側には小さな照明が灯っている。

 

 ……はっ、イカン! このままではイカンよ! 本当に死ぬ! エ、エミ! 違うんだ! これは……

 

 心の叫びが発露するのと、エメリナの手が俺の手を取り、寝台の方へと引いたのは同時だった。

 

「わっ!」

 

「きゃっ!」

 

 元探索者であったエメリナの力強い引きに俺は驚き、体勢を崩す。

 案の定、俺はエメリナに覆い被さる形となった。

 すると、計ったかの様に消えた照明。

 姿の見えないエメリナは、間違いなく俺の側にいる。

 温かい体温と、柔らかな感触、甘い香り、それに加えて確かな鼓動が俺の耳を打っていた。

 俺は思わず、この状況を視覚でも楽しも……いや、確認しようと暗視魔法を密かに行使する。

 次の瞬間、俺の目には二人の女性が映った。

 一人は俺の下に組み敷かれた形でいるエメリナ。

 もう一人は……

 

「ハル? これは一体どう言う事かしら? ねぇ、ハル? 聞こえないの? それとも聞こえていない振りをしているの?」

 

 我が最愛の妻、エミであった。

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