表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルと異世界の地下迷宮  作者: ツマビラカズジ
第一章 始まり
13/169

#013 地下八階

「今日は久しぶりにいい天気だな、ロン!」

 

 十一月十四日。

 ここ数日間の雨が信じられないほど空が青く晴れ渡っている。

 時折広場を駆け抜ける風から清々(すがすが)しい香りがして、心地良い。

 広場の詰所の周囲には既に数名の見習い探索者が集まっていた。

 その中には当然、見慣れた獅子人族と虎人族の姿が見える。

 マリオンとタイタスだ。

 二人は緊張でもしているのだろうか? 若干、顔色が悪い。

 俺とロンが彼らを目に止め手を振ると二人は俺達に血走った眼差しを向ける。

 ……恐ろしい。今にも食われそうな気になる。気合いが入りすぎてるの?

 さり気無く目を反らし、探索者ギルドを遠目に見る。

 すると、丁度エイブとドリスが出てくるところであった。

 詰所の前に着いたエイブはトーナメント参加者の確認をする。

 

「なんだ、一昨日と変わらんのか!」

 

 如何(どう)やら、総当たり戦を行った時と参加者は変わらないらしい。

 となると、後はトーナメントの組合せに皆の興味が移る。

 エイブが口頭で組合せを話した。

 タイタスと俺が準決勝で当り、もう一方の準決勝ではマリオンとロンが対戦する。

 まぁ、準決勝とは言っても二回戦目な訳だが。

 

「では一回戦を始める! が、その前にハル! 一応言っておくが、槍以外の道具は使用禁止だ!」

 

 なん、だと……そんな事は聞いてない!

 だが、確かに道具を使っていいかも確認していなかった。

 これは俺が悪い。

 俺は渋々、用意した道具を取り出す。

 煙幕玉三つ、仕込みベルトとナイフ一本、ベルトに吊り下げていた微塵(ボーラ)を一つ、ズボンのポケットから拳鍔(メリケンサック)を二つ。

 一つ取り出す毎に、周りからの白い目が突き刺さる。

 痛い、痛すぎる……

 ドリスが腹を抱えて笑いながら俺に言い放つ。

 

「ハル! 貴方、面白すぎ! 気に入ったわ!」

 

 ……聞かなかった事にしたい。

 

 

 

 一回戦の俺の相手は基人族のバッブだ。

 騎士志望の一人でもある。

 因みに、このトーナメントに優勝すると限りなく筆頭従士に近づくらしい。

 俺には関係ないがな。

 

「始め!」

 

 エイブの合図で俺達は互いに槍を構える。

 俺もバッブも左を前に出していた。

 穂鞘を被せているとは言え、突かれると信じられないほど痛い。

 それに実践では突かれれば死ぬ。

 慎重に動く方が良いだろう。

 

 互いの槍先が触れ合う距離。

 バップが焦れたのか、先に突きを放つ。

 俺はそれを読んでいた。

 バップの槍に俺の槍を被せ、素早く石突を水平に回す。

 バップの槍は俺に抑えられていた為、その動きに対処出来なかった。

 俺の石突に強かに左腕を強打され、槍から左手を離す。

 更に俺は返す槍でバップの首を打つ。

 

「一本! ハルの勝ち!」

 

 エイブが俺に軍配を上げた。

 すかさずバップに回復魔法を掛ける。

 首はそれ程強くは打ってはいない。

 それはエイブも分かっている。

 だが、念の為なのだろう。

 後から何かあっても色々大変だからな。

 

 (すぐ)に、次の試合が始まる。

 タイタスの番だ。

 彼も難なく勝った。

 それはそうだろう、槍だけで彼と良い勝負が出来るのはマリオンぐらいではないだろうか?

 

 一回戦が全て終わった。

 勝ち残ったのは予想通り、俺、マリオン、タイタス、ロンであった。

 やはり魔力継承の総量が俺とロンは他より抜きんでているのだろう。

 危うげない試合運びであった。

 逆に、マリオンとタイタスの支配は技量の差が目立つ。

 最少の動きで易々と勝っていた。

 

 さて、次はいよいよ準決勝。

 俺とマリオンの試合だ。本来ならばこの準決勝でエメリナから買った目潰しの道具などを使いたかったが仕方がない。

 決勝で使う予定であった奥の手を使おう。

 

「タイタスとハルは前へ!」

 

 エイブの声で俺とタイタスが進み出る。

 身長差は十センチ以上。

 互いの視線が対角線を描くかの様にぶつかり合う。

 改めて近くで見ると分かる。

 タイタスの体調が優れていないのか、顔色が悪い。目も疲れているのか赤くなっている。

 だが、俺は優勝を狙っている。

 悪いがこの状況を利用させてもらおう。

 

「タイタス、大丈夫か? 顔が疲れているように見えるぞ。これで顔でも洗ったらどうだ?」

 

 俺は水球を手を翳さずに(・・・・・)俺とタイタスの間に浮かべる様に出した。

 

「ハル殿、お気遣いは感謝する。だが、結構だ……」

 

 タイタスには断られた。

 だが、問題ない。

 俺は水球を地面に落とした。

 水が床の表面を伝う様に広がっていく。

 それを確認した俺は僅かに口角を上げた。

 

「それでは二人とも良いな! ……始め!」

 

 エイブの合図と共に俺とタイタスは一旦距離を開ける。

 だが、俺の作戦は距離が空きすぎても駄目だ。

 気付かれてしまう。

 俺は少しずつタイタスとの距離を詰めた。

 俺の前には水溜りがある。

 タイタスも俺との間合いを詰める。

 一歩、そしてまた一歩。

 タイタスの方が腕が長い。

 そのタイタスの間合いにあと一歩の所で足踏みする。

 俺はタイタスに視線が上に向かない様に、敢えて隙を作る様に槍の穂先を下に向ける。

 俺の槍が地面を擦った瞬間、タイタスが踏み込んだ!

 だが、俺もその瞬間を待っていた。

 頭上に展開していた冷気の魔法を行使し、水溜りを素早く凍らせる。

 

「!」

 

 タイタスが俺の考えを察知した。

 だが、遅い。

 タイタスは既に踏み出している。

 その踏み出した足が凍りついた石畳に乗る。

 しかし、それで終わらない。

 凍り付いた石畳は思いの外滑る。

 当然、この亜熱帯地方で履かれているブーツサンダルでは(こら)えようがない。

 タイタスは無残にも足を滑らせた。

 その勢いは鋭く、足がバレリーナの如く天高く伸び上がった。

 あっ、男だからバレリーノか……

 

 その反動でタイタスの頭が鈍い音と共に石畳に打ち付けられた。

 俺は仰向けに倒れ、動かないタイタスに対して間髪入れずにその首元に槍を振る。

 ……勝った。

 完勝と言っても良いぐらいだ。

 俺の完璧な試合運びに誰も声が出せない。

 一人、エイブだけが気を取り直して勝敗を告げる。

 

「……そこまで! この勝負、ハルの……反則負けとする!」

 

 なん、だと! 俺が反則負け?

 俺は慌ててエイブの方へ顔を向ける。

 エイブを見ると顔を真っ赤に染め上げ、目を吊り上げ、怒色を表していた。

 

「阿保か! 槍の講習で且つ、その勝ち抜け戦で魔法使う奴があるか!」

 

 ぐっ! 至極もっとも……確かに反論の余地は無い。

 俺の顔から血の気が引くのが分かる。

 堪らなくなり、ロンの方へ視線を移す。

 ロンに顔を反らされてしまった……

 ドリスの方を見ると……地面に這いつくばって、腹を抱えて笑っていた。

 

 結局、トーナメントはマリオンとタイタスの決勝戦となったが、タイタスが気絶したままだったので、マリオンの不戦勝となった。

 どうも、間接的にマリオンの優勝に泥を塗ってしまったようだ。

 謝罪しにいったが、

 

「……大丈夫だ。気にしていない」

 

 と言われた。

 ……あれは完璧に気にしていたな。

 気が付いたタイタスに至っては口を聞いて貰えなかった。

 身から出た錆とは言え、馬鹿な事をしでかしてしまった。

 ……海より深く反省。

 そんな事をしていると、南大通りから悲鳴が響き渡った。

 

「どうしたんだろう?」

 

 誰かの呟きが聞こえる。

 誰もが南大通りへと視線を向けている中、マリオンとタイタスだけが足元を向いていた。

 やがて、悲鳴を引き連れながら現れたのは第二騎士団であった。

 その姿は泥で汚れ、団旗は所々裂けていた。

 出陣した際の輝きは見るべくも無かった。

 一部の騎士は今にも馬上から転げ落ちそうになっている。

 それに数だ、随分と少ない。第二騎士団は最大数を誇るというのに。

 

「ハル……」

 

 その声はロンだった。

 騎士団の異様から目を離せない俺は、僅かに横目で見た。

 尻尾を(かいな)に抱くその姿はドリスには堪らないのかもしれないな。

 まぁ、今は置いといて、騎士団だ。

 余りに、異常だ。

 精々(せいぜい)、身代金を取って終わるだけの戦でこれ程までに疲弊するものなのだろうか?

 中には、腕や足の無い騎士の姿も見受けられる。

 それとも、互いの血気が盛んになり、本格的な戦争になってしまったのだろうか?

 

 俺達は悲鳴と共に去っていく騎士団の背を見送る事しかできなかった。

 マリオンとタイタスの姿はいつの間にか消えていたが、その事は誰も気にしてはいないようだ。

 

 俺とロンはその後、四時間ほど地下迷宮に籠った。

 理由は勿論、魔法の練習だ。

 オバダイアに教わった、魔力を込める方法。

 それを習得したかった。

 残念ながら出来る気配がしないまま、地下迷宮を出る。

 俺はロンと別れ、雑貨店へ依頼した物を受け取りに行った。

 

「あら、ハル! 丁度いい所に来たわね」

 

 エメリナの弾む声が奥から聞こえる。

 俺は急いで声のする方に行った。

 そこには俺が頼んだ物がまさに揃えてあった。

 まず最初にクッカーセット。

 セットの内訳はフライパンが一つ、蓋つき鍋が大中それぞれ一つ、風防付炉が一つ。

 炉には火球を入れて使用する。

 それがすっぽりと一つに纏めて収納できる。

 一人キャンプには必須の道具だ。

 

「鍛冶屋のモンタギューが素晴らしい発想だと褒めていたわ。特に取手が独創的よ」

 

 ふふふ、そうだろう、そうだろう。

 鍋やフライパンの胴に沿って収納し、必要な時に起こして使える。

 本当なら熱が伝わりずらい素材で取手を覆いたいが、そんなものは無い。

 手袋をすれば問題ないだろう。

 しないと大火傷だ……

 

「それと、これね。肉や皮を切れる(ハサミ)とナイフと折り畳みできる小さいけど丈夫な板。これでいいかしら?」

 

 完璧です。

 料理用の鋏とナイフ、まな板。

 本当なら椅子とテーブルも欲しいが宿泊する宿屋の部屋を見てからでも遅くは有るまい。

 

「エメリナに頼んで良かったよ。想像以上の出来だ」

 

 俺はおべっかを使う。

 エメリナは殊の外、嬉しそうだ。

 頬が桃色に変わった。

 

「そうそう、ハルにお願いがあるの」

 

 エメリナの上目遣いに俺は本当に彼女を愛らしいと思った。

 もしエミと結婚していなければ、俺は何時でもエメリナに求愛するだろう。

 だが、俺にはエミがいる。

 

「なにかな? エメリナの頼みなら何でもするよ」

 

 俺は大したことでは無いと踏んで、大きく出てみた。

 決して、エメリナの魅力に負けた訳では無い。

 案の定、エメリナの口から出た事は特別なことでは無かった。

 

「この道具を私が独占販売してもいいかしら?」

 

 勿論だとも! 俺は二つ返事で応えた。

 俺があっさりと承諾した為か、逆にエメリナが狼狽(うろた)えている?

 

「と、当然、販売価格の一割は考案者であるハルに支払うわよ」

 

 詳しく聞くところによると、商店ギルドに独自商品として登録すると言う事らしい。

 ふーん、特許みたいな物か?

 登録した商品を他の店が模倣して販売しても俺とエメリナは利益を享受出来る方法もあるらしい。

 素晴らしいじゃないか!

 

「ありがとう、ハル。ハルは本当に優しいのね」

 

「そんな事は無いよ。エメリナが素敵だからね」

 

 俺は歯の浮きそうな言葉を口にする。

 するとエメリナの顔が見る見る赤くなっていった。

 

「もうっ! ……ハルは決められた(ひと)はいないのかしら」

 

 これは答えずらい。

 どうしよう、本当の事は決して言えない。

 

「……えっと、記憶が無くて分からないかな?」

 

「あら、そうなの……ごめんなさい、変な事を聞いてしまって。……そうそう、これから商店ギルドに一緒に行って貰えるかしら?」

 

 エメリアは善は急げと言わんばかりに商品の登録をしに向かった。

 商店ギルドでは探索者ギルドで貰った身分証明書を提示し、受け取る割合の確認を行った。

 一割と言うのは一般的な割合だった。

 良かった、エメリナが業突(ごうつ)く張りで無くて。

 

 その後、エメリナと別れた俺はロンを誘って夕食を摂った。

 そうそう、エメリナからもう一つ頼み事をされた。

 明日の探索で駆除対象となっている大蛙の足が欲しいとの事であった。

 どうしたかって? 勿論、受けたさ。

 何に使うかって? 勿論、食べる為さ。

 

 

 

 十一月十五日。

 本日は地下八階の大蛙を駆除に向かう。

 大蛙は平均体高一メートルから二メートルもある化け物だ。

 最大三メートルの物もいるらしい。

 体長では無く、あくまでも体高、地面から頭の上までだ。

 特徴は動く物は何でも食う事と、自身より小さければ共食いするらしい。

 急所は頭と心臓。魔力結晶は胸部にある。

 証拠部位は腹の皮だ。積層構造らしく、一枚一枚は薄くて良く伸びるらしいが何に使うんだろう?

 倒し方は二つ。一つ目は大蛙は捕食中は動かないので照明魔法を食わせて、その間を狙う。

 もう一つは睡眠魔法を使って眠らせてから仕留めるか。

 睡眠魔法は地下七階で習得した。

 ここではもう一つの魔法、土柱も得た。

 この魔法はこれまでと違い、魔法円を地表に出し、それを踏むことで発動する事も出来る。

 勿論、任意での発動も可能。

 罠に使えるな。

 ただし、上手く魔法円を隠す必要はあるが。

 

「大蛙の匂いがする!」

 

 ロンが警告を発した。

 (しばら)くすると確かに妙な音が近づいてくる。

 濡れたタオルを床に叩きつけるような音だ。

 大蛙が跳ねてるのだろう。

 いつも通り、レンが最初の一匹目を実践する。

 大蛙が角を曲がり俺達の前に表れた。

 体高は一メートル半。そこそこの大きさだ。

 レンが照明魔法を大蛙の前に灯す。

 すると、大蛙は虫? もしくは蛍? と勘違いしたのか、長い舌を伸ばし照明を捕え、飲み込んだ。

 大蛙の腹が白く輝いている。

 ……これはこれでいいかも。

 行灯(あんどん)みたいだ。

 ふむ、エメリナに提案してみようかな。

 伸びるから提灯みたいなのも出来るな。

 レンが静かに大蛙に近づき、その頭に槍を突き刺した。

 大蛙の目が一瞬大きく見開かれる。

 やがて力なく崩れていった。

 

「ハル、ロン。大蛙を起こします。手伝って下さい」

 

 レンの言葉に俺とロンは急ぎレンの下に駆け付け、大蛙の腹を表に出す。

 腹這いに倒れられたら骨だな。

 出来るだけ仰向けに倒そうと、俺とロンは話し合った。

 レンが大蛙の腹の皮を切り取ったので、触ってみる。

 

「なんだこれ!」

 

 俺は思わず声に出して驚いた。

 本当に皮が積層構造している! しかも、一枚一枚が薄い! 厚さが一ミリもないかもしれん。

 餃子や焼売にガレットが作れる……いや、この薄さだ、寧ろ春巻きに最適だろう。

 ……まてまて。そもそも、これ食えるんか?

 そう言えばエメリナが大蛙の脚を食べたいから欲しいと言っていたな。

 これ食えるんか!

 俺が感動に浸っていると、ロンが話し掛けて来た。

 

「凄いでしょ。この薄さと良く伸びる事が喜ばれるんだって」

 

 伸びる事が喜ばれる? 焼いたり、揚げたりすればそれは無くなる……と言う事は生食も可能? いやー、それはちょっと……

 

「それに、乾いて固くなっても水に浸せば元に戻る。素晴らしいでしょう? これ使う事を考えた人は天才です!」

 

 レンもやや興奮気味に語った。

 保存食に適しているのか? 美味しいのか?

 

「ロンはこれが好きなのか?」

 

 俺が問うと、ロンが顔を俯く。

 気のせいか顔が少し赤い。

 

「僕はまだ……でもいずれ、ね」

 

 高級食材なのか。

 エメリナにも持って帰ってあげるべきかな?

 

 一匹目の処理が終わり、二匹目の大蛙を探しに出る。

 すると、程無く見つける事が出来た。

 大きさは先程のと同程度だ。

 背を俺達に晒している。

 俺は魔法で照明を出し、大蛙の眼前に飛ばす。

 大蛙は自身の獲物だと勘違いしてそれを捕食した。

 一生懸命に照明を飲み込もうとする間に、俺は大蛙の側背に駆け寄り、会心の一撃を頭部に見舞った。

 槍の穂先が大蛙の頭部を貫き、反対側から突き出る。

 その場所からは血と脳漿が混じったピンク色の何かが零れ出ていた。

 

「凄い!」

 

 ロンが驚いて目を白黒させる。

 レンも、

 

「素晴らしい突きでした。岩をも貫ける勢いですね」

 

 それは言い過ぎだろ。

 槍が岩を通る訳がない。

 多分、穂先か柄が折れるだろう。

 だが、そう言われるのは気分が良い。

 俺は鼻歌交じりに大蛙の腹皮を切り出した。

 皮の次は魔力結晶だ。

 心臓の裏側にあった。

 大きさはゴルフボールぐらいか。

 大ヤモリよりは大きいな。

 でも買取価格は変わらない。

 見習い期間だからだ。

 見習いが取れるとどれくらい高くなるのだろう?

 

 

 

 三度目の休憩を終えた。

 これまでの成果は大蛙三十七匹だ。

 大ヤモリの出る地下六階以降、数的に芳しくない。

 もう少し稼ぎたいところだ。

 それはレンも同じらしい。

 物足りなそうに、

 

「このルートは失敗ですかね? 大蛙が思ったより少ないです。色付きでも出てくれれば良いのですが」

 

 と言った。

 その瞬間、俺とロンの間に緊張が走る。

 レンの奴、色付きが出れば良いといいやがった……これは、出るぞ。

 間違いなく出るぞ。

 俺とロンは槍の柄を力強く握りしめる。

 ロンは最大限、周囲への警戒を取り始めた。

 頻繁に匂いを嗅ぎ、耳をそばだてる。

 

「強い魔物の匂いがする!」

 

 レンの言葉から十分と経たない間に色付き? が現れたようだ。

 しかし、強い魔物の匂いってなんだろか?

 そのまま通路を道なりに進むと丁字路(ていじろ)の交点に大きな大蛙。

 体高は三メートルはあり、体はほんのりと黄色に輝いている。

 間違いなく色付きだ。

 

「二人とも照明を! 私はタイミングを見て睡眠と冷気の魔法を掛けます!」

 

 俺を含めた三人が照明を出し、大蛙を誘う。

 大蛙は舌を伸ばし、一つづつ飲み込んだ。

 腹が明るく、且つ膨らんだ大蛙は満足気だ。

 動きが止まった。

 そこにレンから二つの魔法が飛んだ。

 冷気と睡眠だ。

 やがて大蛙は冬眠よろしく体を丸め、目を閉じた。

 俺とロンはそんな大蛙に対して、大上段に飛びかかる。

 全体重を乗せた槍が一本、また一本と大蛙の頭に突き刺さった。

 三十センチはある槍頭の先が大蛙の顎から突き出る。

 俺とロンは互いの槍を捻り、大蛙に確実な死を与えた。

 槍からなのか大蛙からの魔力が伝わるのが分かる。

 じわじわと暖かいのがくる。

 俺達は色付き大蛙を倒した。

 

「色付きを倒せましたし、そろそろ上がりましょうか?」

 

 レンの言葉に俺とロンは証拠部位と魔力結晶を採りながら頷く。

 そう言えばエメリナと約束してたな。

 

「レン、エメリナから脚を一本頼まれてるんだが、これ貰っていいか?」

 

 俺が確認するとレンは問題ないと答えてくれた。

 すると、ロンももう片方の脚が欲しいと言う。

 

「世話になっているマクミランにあげようと思って」

 

 分かる、分かるよその気持ち。

 マクミランは口実で本当はラナに食べさせたいんだろ?

 でも、女の子が蛙の脚なんか喜ぶのか?

 

「ロン。蛙の脚なんか、ラナは食べられるのか?」

 

 俺の言葉にレンとロンが驚きの表情を作った。

 どうやら、また非常識な事を言ったらしい。

 レンが軽く溜息交じりに、

 

「ハル……大蛙の肉は女性に大変人気があります。理由は肌の潤いを保つ事と、ボケ予防になると言われてるからです」

 

 と説明してくれた。

 しかし、肌の方は分かるが、何故ボケ予防? ああ、長寿だからか? エメリナ意外と高齢者?

 そもそも、俺は聞きたい事が有る。

 

「ボケは回復魔法無いのか?」

 

 結論は、無い、だった。

 老化による生理現象は治せないらしい。

 その他にも、且つて魔物憑きと呼ばれていた精神病は治せないとの事。

 回復魔法としては、怪我を治すのは回復魔法、病気を治すのは疾病回復魔法。

 後は部位欠損回復魔法、蘇生魔法が有名だ。

 それ以外にも睡眠、麻痺、混乱、盲目、石化解除魔法等がある。

 だが、精神的な物が起因する病と、虱など虫や寄生虫は今のところ治せないらしい。

 ひょっとすれば地下迷宮の深層にあるかもしれないと考えられている。

 俺の建前で使っている記憶喪失もそう言う部類だな。

 

 因みにこれらは百年前にいた女大魔導士が検証した結果判明した。

 レンが珍しく手放しで褒めていた。

 症例毎の魔法による治療方法を体系的に確立したらしい。

 まさに偉人だ。

 この世界にとってはノーベル賞級だろう。

 

 そうそう、蛙は卵を沢山産むので、その肉は子宝祈願の品としても人気があるとの事であった。

 ロンが恥ずかしそうに言ってたのが印象的だ。

 

 

 

 午後六時の鐘が鳴る前に探索者ギルドに入ることが出来た。

 どの受付もそれほど多く人は集まっていなかった。

 そんな事を他所に、レンはいつもの閉じられた受付に向かう。

 受付の前に着くと同時に、エレノアが開けてくれた。

 豊かな胸、つい視線がそちらに向かってしまう。

 

「今日は久しぶりに色付きを倒せました」

 

 レンの先制攻撃にエレノアの顔が引き攣る。

 レンも意外といい性格してるよな。

 

「そ、そうですか。さすがレンです」

 

 レンはそれを聞いて、微笑んだ。

 それを見れたエレノアが今度は嬉しそうにしている。

 惚れた男の笑顔を見ただけで機嫌が良くなる。

 現金な奴だ。

 駆除できた大蛙は三十八匹。

 内、色付き一匹だ。その結果、換金額はなんと大銅貨二百一枚となった。

 一人当たり六十七枚だ。

 俺はいつも通り、銀貨に両替して貰った。

 

「所で、その色付きの脚はどうするおつもりですか?」

 

 エレノアが色付き大蛙の脚を物欲しそうに見つめる。

 俺が左右に大蛙の脚を振ると、エレノアの目が離れず付いてくる。

 それほどまでに人気が……だが、俺はエレノアに伝えなくてはならない。

 

「すみません、これは譲る先が決まってまして……」

 

 エレノアは譲渡先をしつこく聞くので、最後にはエメリナとマクミランの名を出さざる負えなかった。

 

「そうですか、エメリナが……」

 

 そう呟くエレノアの顔が怖い。

 エメリナに何かあったら俺の所為かも知れん。

 

「そうそう、レン。伝言がありました」

 

 エレノアがレンを呼び、内緒話をするかの様に口をレンの耳に寄せた。

 次第にレンの顔が険しくなっていく。

 ギルド内で何かあったのだろう。

 俺とロンは手を振ってレンと別れた。

 ギルドを出た所で俺とロンも別れた。

 俺はエメリナの所へ、ロンはマクミランの店だ。

 エメリナは色付き大蛙の脚を見て、飛び上がらんばかりに喜んでくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ