#129 新たな道標
火帝歴 三二〇年一一月五日
この日、領主様との面会を取り付けた俺とエミは、レンと一緒に朝食を囲んでいた。
勿論、と言って良いか分からんが、俺が支度をした。
鐘楼の金が三度鳴る頃合い、要するに朝の六時に起きて。
最初に手を付けたのは、このクノスの主食にしてソウルフードである煮豆。
通常なら小豆程の大きさの黄色い豆を薄い塩水で煮込む。
その上に味付けした肉を載せる。
肉豆丼だな。
いや、それなりに美味いんだけどな。
だが……そんな物はエミに出せない。
そこで、ひと手間かける訳だが……
ニンニクを鍋底で炒め、その上に鶏肉を入れる。
暫くすると肉の焼けた、香ばしい香りが俺の鼻をくすぐった。
因みにだが、元の世界と同じ食材は意外と多い。
魚醤もあれば、バターもある。
チーズもあるし、砂糖も塩も胡椒もある。
小麦を使ったパンだってある。
異世界とは言え、そこで長く暮らしている人々がいるのだ。
和食作って無双!
洋食作って無双!
とか起こり得ないのだ。
寧ろ、珍しい食材や現代では食わない、食えない食材の調理方法を新たに学ぶ機会の方が多い。
巨象や大虎、イルカみたいな魔物やスライムにドラゴンなどなど。
薬になるらしい一角獣や……精力剤になるマンドラゴラもいる。
料理に魔力を使う技もあるらしいのだ。
そう考えると、料理としての奥はこの世界の方が深いのかもしれない。
但し、大豆から作る醤油や納豆は無い。
刺身も無い。
クノスは比較的内陸に位置するからな。
魚を生で食う文化は育たなかったようだ。
それは流通網が元の世界と比較して、著しく劣っている所為でもある。
街道が十分に整備されているとは言い難いのだ。
まぁ、整備されていたとしても輸送手段は馬車しかない。
転移門の魔法は使える者が俺を含めた数名に限られている。
それに、何気に必要とする魔力が膨大だ。
加えて距離や維持する時間に応じてその必要量が比例する。
故に、物資の恒久的な運搬手段としては考えられていない。
話を元に戻そう。
確か食材の話だったかな?
そう、俺は地下迷宮で捕った魚は捌いて試してみた。
主に清流にいた川魚と海で釣った魚だが。
醤油が無いので、塩コショウとレモン汁、もしくはなんちゃって胡麻ドレッシングをかけてな。
その結果……これがまた美味いのよ。
是非、異世界に行って醤油が無ければ試してみる事をお勧めする。
もっとも、行く機会など無いとは思うがな。
さて、市場から捌きたての鶏肉を焼き、表面に万遍なく焦げ目がついた頃合い。
そこに刻んだ玉ねぎを入れ、これまた良く炒める。
鶏肉は取り出すか、焦げすぎない様に気を付ける。
玉ねぎがしんなりとしたら、取り出していた場合は鶏肉を入れ、更にはブツ切りトマト、豆、水、塩コショウを適量混ぜる。
鍋底から気泡が上る度に、良い香りが溢れ、それが厨房を満たし始めた。
そうそう、鶏モツ、特に玉ひもを忘れずに入れる。
これがまた美味いのよ。
コリコリしててな。
料理は美味いだけじゃ駄目だ。
音と香り、食感も楽しまなくちゃあな。
これ、常識だよな?
後は時間が解決してくれる。
時折味見をして、味を調えればオッケーだ。
その間、俺は味付け肉の下準備やフレッシュチーズとトマトを盛り付けたサラダ、パン、フレッシュジュースを拵える。
大皿に綺麗に盛り付け、取り分け用の小皿や箸を用意すれば準備万端。
後はエミとレンを起こすだけ。
おっと、肝心な物を忘れていた。
食後のデザート、アイスクリームを。
陶製の容器に新鮮な卵を割り、しっかり撹拌。
そこに巨牛の新鮮な乳と砂糖を足した物を少しずつ足す。
当然、容器は冷気魔法で冷やしながらだ。
すると……やがて、固まり出す。
アイスクリームの出来上がりだ。
念の為、解毒魔法を掛けておく。
新鮮な卵とはいえ、ここは異世界。
注意に越したことは無いのだ。
ふぅ、今度こそ朝食の支度は完成だな。
……そういえば、冷やした果物を扱っている出店は多いが、アイスクリームは見た事無いな。
あれれ? アイスクリーム無双?
果汁のみを足す、元の世界では高級品扱いであったジェラートもいずれ試してみるか。
「あぁ、ハル! 美味しい! パパの手料理はいつ食べても本当に美味しいわね」
……パ、パパ?
「ええ、お父さん! 凄く美味しいです!」
……お、おう! 二人ともすこぶる喜んでくれて何よりだ。
それに二人の満面の笑み。
作った甲斐があったってもんだ。
でもな、
「止せよ、エミ。マ、ママ? の料理の腕前には俺は到底叶わないよ」
なんだぞ。
あの美味さはいくら頑張っても真似できないよ。
「そんな事無いわよ。でも、私のはお母さん仕込みでもあり、お母様仕込みでもあるのだから、ハルの料理とはちょっと違うもの」
そういう物か?
「そうですね。お母さんや二人のお祖母様の手料理は家庭的でした。あぁ、また食べたいなぁ」
「そうね、また食べたいわね」
確かにまた食べたいな。
おはぎにきなこのおはぎ、黒ゴマのおはぎ。
あれ、病みつきになるよな。
あー、また食べたい。
まぁ、それよりもだ。
折角レンもいるのだ。
今日の予定を確認するのも良いだろう。
「それよりレン、悪いな。領主様に時間を割いて貰えるように口添えしてくれて」
「いえ、寧ろ領主様がお会いしたいと申されてました」
「そうか? 兎に角ありがとう。時間は午後三時で良いんだな?」
「ええ、お母さんも一緒にとの事です。何でも、その場で父さんと母さんに対して、新たなお役目を提示したい。そう、仰せでした」
「新たなお役目? 何かしら? 面倒なもので無いと良いのだけれど」
「その心配は無いそうです。ここだけの話、僕達の立場に十分配慮頂けるそうです。”城”の面々が領主の了承も無しに勝手に動かせないよう取り計る、そう申してました」
「なるほど。領主様直属の……”御庭番”的な何か? もしくは……”隠密同心”的な?」
何だかオラ、ワクワクしてきだぞ!
ところが、エミは俺とは逆に眉根を寄せ、心配そうに言った。
「それにしても、領主様の気苦労が慮られるわ。地下迷宮が落ち着いた今、私達の存在は懐刀と言うには大きすぎるもの……」
……それを言うなら、”秘密兵器”では?
秘匿されているとは言い難いがな。
まぁ、どちらにしても、領主様が苦慮する事には変わりはない。
「いずれにしても、俺達はクノスに、領主様に恭順を示す他無い。少なくとも、元の世界に戻る方法を見つけられるまでは」
俺のその言葉を聞き、
「ええ、そうね」
エミが大きく頷く。
続いてレンが、
「勿論です。それにここに居れば、帝都の面倒事からも逃れられますからね」
と言った。
その時、俺には分からなかった。
その言葉に、不吉な未来が予言されている事に。
なお、話は変わるが俺は昨夜もエミの寝室に泊まった。
故に、俺は願う。
このまま既成事実化されればいいなー……と。
ノエル達に譲られた建物の最上階は誰かに貸し出せば良いだろう。
何と言っても、レンの家の方が周辺環境が良いからな。
探索ギルドの最上階。
その一画を占有しているのだから。
その日の正午前。
俺とエミは髪結い屋の主をレンの家に呼び、髪を整えて貰う。
管理者討伐隊を見送る式典もあって、その直前にも頼んだ。
しかし、激しい戦いを繰り広げ、掻い潜った俺の髪は傷み、長さもまちまちとなっている。
それを見咎めたエミが、レンに頼み、呼び寄せた次第だ。
そもそも、俺は無頓着だったので、髪は伸ばし放題。
リリィやレイチェル達が俺の下を去ってからは誰も髪を切り整えてくれる者がいなかった。
故に、俺の髪は肩の下にまで達していた。
それを容赦なく切るよう指示を出すエミ。
俯瞰視魔法で確認すると、若かりし頃のイチローばりの短髪になっていた。
寧ろネイビーカット?
対するエミは腰まである、流れる様に真っ直ぐな髪を綺麗に梳き、後ろで纏め、流す。
額には眩いサークレットを填める。
なんだろう? 一見して凄く高そうな品だ。
なるほど、エミが女大魔導士エリザベスと呼ばれていたのは伊達では無いと言う事か。
登城する際に綺羅びやかなドレスを身に纏った、水晶の杖を携えたエミは、間違いなく”大賢者”と言うに相応しい様相を呈していた。
……と言うか……何でエリザベス?
俺はその事を、城へ向かう途中の馬車の中で問うと、
「中世で憧れの女性と言えば、エリザベス女王よ? 晩年は酷かったけど、若かりし頃は一人の男性を思い続けたのよ?」
そこ!?
それで”エリザベス”?
い、いいのか、な? 俺的には。
若干、トマス・シーモアとか、エセックス伯ロバート・デヴァルーとの関係が気になるがな。
まぁ”女帝エカテリーナ”と言われるよりはマシか……
やがて城の”正門”を通り、中へと突き進む馬車。
中庭を隔てた先に在る、大扉の前には幾人もの人が整列してるのが見える。
侍女ならびに従者達によるお出迎えだろう。
気になるのは光が眩く反射している事だが……まさか、第一騎士団では無いよな?
俺は一抹の不安を感じ、良く見ようと身を乗り出す。
そこには、俺の良く知る人物が指揮を執る姿が。
それは、
「あっ、タイタス!」
まさに第一騎士団の騎士であった。
俺のその言葉に興味を示したエミ。
「誰? ハルのお友達?」
「ああ、そうだ。従士時代からの同期で……」
俺は妻に、彼や彼の主家であるマリオン、それに今は亡きデニスやエメリナの家族との関係を掻い摘んで話した。
それを聞いたエミは感慨深げに、
「そう、ハルも良い方々と知り合いになれたのね」
と呟いた。
まるで、成長した我が子を見て頬を緩める母親の様に。
新しいお友達が出来て良かったわね、と。
暫くすると馬車が止まり、扉が御者の手によって開かれた。
まず最初に男である俺が降りる。
用意された昇降台に足を乗せて。
続いてエミに手を差し出し、降りるのを助けた。
その時、初めてみるエミの姿を見て、待ち受けた一同が一斉に息を飲んだ。
まぁ、当然だな。
エミは誰もが見とれる程美しいのだから。
そこに、タイタスが、
「我らが英雄、騎士団の誇りであるハル殿、ならびに第一夫人エリザベス様、ようこそ城へ。領主様がお待ちかねでございます」
恭しく挨拶を述べ、俺達を出迎えた。
その向上に目尻を下げ、嬉しそうに微笑むエミ。
俺はその返礼とばかりに、
「ありがとう、タイタス殿。エリザベス、彼が我が友にして、従士時代からの好敵手タイタスだ。彼の素晴らしい剣技にはついぞ勝てなかったよ」
比較的大きな声でエミに紹介する。
他の騎士にもなるべく聞こえる様にと。
その意図が分かったタイタスが感謝の目配せを俺に送る。
そして、
「ささ、領主様がお待ちです」
素早く前に立ち、俺とエミの案内を務めた。
城内に入った俺とエミは、領主様のいる部屋へと誘われる途中、マリオンとも会話を交わす。
彼曰く、
「こうして、我らが今日、城で会っている事実を残しておくと後が楽なのでな」
と言う事らしい。
どうやら、領主様が俺達に提案する”お役目”に関わる様だ。
マリオンは何かにつけ、領主様に相談を持ち掛けられる立場にいる。
若くして苦労をしているが、その分、難しい腹芸も領主様と阿吽の呼吸でやれるのかもしれない。
そして、マリオンとタイタスに導かれた部屋で、領主様とそのご家族、正確に言えば正妻と領主御子息様と顔を合わせた。
俺とエミは丁寧な挨拶とお時間を頂いた礼をする。
その後、彼ら共に俺とエミは卓を囲んだ。
優雅? にも紅茶風のお茶とその茶請けとして上品な焼き菓子を頂きながら。
マリオンとタイタスは廊下で控えている。
「先程、マリオンや第一騎士団の者達と顔を合わせたであろう? あれは”略式任官令”もしくは”親任式”を執り行った事にするためである。無論、導……ぐっ! ハルやエリザベスがその”役目”を受けてくれる事が前提ではある」
……ふぅ、何を言い出すかと思えば。
この場で”導師”は本当に止めて欲しい。
案の定、御内儀に足を蹴られていたでは無いか。
御子息も領主様を虫けらを見るかの様に冷たい眼差しを送っている。
それに、折角いい感じで再構築が進んでいるのに、エミにその言葉の由来を知られては取り返しのつかない事となってしまう。
いや、既に知られているのか?
どちらにしろ、この場では不適切な内容。
俺はエミが余計な質問をしない様に話を進めた。
「ははっ! ありがたきご配慮、ご厚情痛み入ります。して、その”お役目”とは?」
「うむ、それはのう”臨時領外巡見士”と言ってな……」
領主様曰く、諸国を具に見て廻り、情勢、流行を報告する、そこだけ聞けば実に簡単なお仕事であった。
……水戸黄門? もしくは……松尾芭蕉?
既に大きな都市には駐在員が派遣されている。
が、稀に別の者を仕立て、送り出しているとの事。
二重チェック?
いや、三重か。
領内から領外へと進出した商家も当然ながらその任を担っている筈だからな。
今回はそれを俺とエミが務める。
ある程度決められた書式を埋め、クノスの紋章を掲げた店にそれを報告書として出せば良いらしい。
一応、領主様直属となる。
ただ、詳しい話はマリオンに訊けとの事。
期間は一先ず、年明けから一年と言い渡された。
「ただし、時折”難題”の解決を命じたい。先日の”件”の様にじゃ」
それは俺が手を下した、吸血鬼とその眷属を一掃した事で他ならない。
幾つかの名家が、彼らによって文字通り乗っ取られていたのだ。
「ははーっ!」
俺とエミは領主様の申し出を恭しくひれ伏し、下された任を拝命した。
その夜、やはり俺はエミの寝室にいた。
エミから、
「大切な話があるから」
と言われて。
その話の内容とは、
「まず最初に、ハルの全資産を教えて頂戴!」
であった。
つまり……家計の管理……だな。
元の世界でもエミが見ていた。
俺に渡されるのは数万円のお小遣いと……共通で管理する日々の食費などを賄うお金だった。
ここでも同じやり方をするらしい。
あぁ、さようなら独身貴族。
こんにちはATM。
俺は洗いざらい、資産を列挙することに。
「覚えている限りだと……探索者ギルドの口座には金貨が……」
各ギルドに預けている金銭残高。
毎月支払われる不労所得として、クッカーセット、手錠、玉轡等の嗜好品、ポンポン船等のびっくドッキリマシーン、それら発明品のライセンス料。
それに、不動産賃料。
おお、忘れていた。
領主様から拝命したお役目のお給料が十日毎に銀貨六枚。
日本円で三十万円だな!
宮仕えにしては悪くないな!
特に危険な目にも遭わない!
それなのに騎士団よりも給金が良い!
それもこれも領主様直属だからであろう。
「お小遣いは……十日毎に銀貨一枚で良いわね?」
「はい……」
拒否など出来ない。
何故ならば……俺は尻に敷かれているからだ。
それに、今の流れを壊したくない。
折角、再構築が上手くいっているのだから。
だが、俺の返事の仕方が悪かったのだろう。
エミの顔が曇り出した。
その所為か、エミが次に発した言葉に力が込められている。
「……私がお金を引き出せるように手続きしておいてね!」
「はい!」
途端に機嫌が良くなるエミ。
それとは逆に、俺は冷や汗を流していた。
「良かった。では本題を話すわ」
……ほ、本題? 俺の全資産を巻上げるのはただの前座だったというのか!?
俺はその事に戦慄を覚える。
この後に、一体何が話されるのかと、固唾を飲み、エミの一挙手一投足を俺は注視した。
「これから話す事はレンには内緒よ。彼にとってはショックが大きいと思うから。分かった?」
「はい!」
「よろしい! では……話すわよ? あのね……私達、成長しないのよ。この世界では……」
な、何を急に言い出すかと思えばその事か。
それは十二分に知っている。
レンを見れば一目瞭然だ。
彼はエルフの寿命以上に長生きしている。
が、未だに十六、七歳の容姿を保っているからな。
俺が首を傾げ、その事を口にしようとすると、
「待って。体の老化現象の事では無いわよ。私が言っているのは、外側からは決して分かり得ない場所なの」
エミは自身の言葉でそれを制した。
それはつまり……局部? ……の筈が無い。
レンは十歳でこの世界に来た。
それから十六歳程度まで加齢する。
だがしかし?
局部は成長していない!?
……確かにレンには言えない。
ショックが大きい事実だ。
だが……そんな事をエミが言うだろうか?
そして、何処で、どの様にして知り得るのだろうか?
故に、俺は結論づける。
お下の話では無い、と。
では一体何の事だ?
その疑問もまた、エミが言葉で示した。
「分からない? そう、でも仕方が無いわ。ハルはレンとそれ程長い時間一緒にいた訳では無いもの。あのね、ハル。レンは……私達は……心が成長しないの。ある意味で”精神年齢”がこの世界に来た時のまま止まっているのよ」
「そ、それはつまり……」
「そう、レンはこの世界で数百年生きても、心の中では十歳のまま。私は三十四歳のまま、ハルは二十六歳のまま……」
……そ、そんな! それに……何故サバを読んだ?
俺は元の世界で二十八歳の時にこの世界に来た。
であれば……その十年後であれば、エミは三十八歳。
アラフォーじゃなくてアラサーと言い張りたいって事?
そして……何故俺は二十六歳? せ、精神年齢が二歳低いって事!?
「驚くのも無理はないわ。でも、事実よ。医療従事者や公的機関の新卒採用の際に使われる”行動検査精神年齢分析手法”を使ったのだから……」
な、なにそれ怖い!
「レンを見て。数百年を生きていると言うのに、心はどこか幼いまま。彼はその所為で随分と無理をしているのよ。私と二人きりのとき、それが如実に表れるのよ……」
「そ、そうなのか……」
ちっとも分からなかった。
いや、分かろうともしなかった。
彼が冷たいのは、俺が不義不貞を働いた所為だと思っていた。
「だから、ハルがお痛をしたと知った時、レンは物凄い嫌悪感を示したの。それに……今でも引き摺っているわ」
や、やっぱりそうか。
俺が悪さをしたが為、彼はつれない態度を……
「だから、ハル……レンを許して上げて」
それは俺にとっては予想外の言葉。
エミの瞳には、僅かな量の液体が蓄えられていた。
そして、謝罪の色が見える。
レンを上手く育てられなかったかも知れない、と。
「許すも何も、あいつは俺とエミの大切な、自慢の一人息子じゃないか。それに……今まで一人で良くあそこまで立派に育ててくれたと思っている。ありがとう、エミ」
「……そうね。そう言って貰えると嬉しいわ。ありがとう、ハル」
その夜も、俺とエミは抱き合って寝た。
”必ず元の世界に戻る! ”とこれまで以上により強く決意しながら。
その為の、”新たな道標”を思いながら。