#119 地下九十八階
俺の体に膨大な量の魔力が流れ込む。
それと同時に、巨人達の自壊が始まった。
それはまるで、内部組織が融解しているかのようにも見えた。
固く巨大な外骨格を支え切れなくなったが故に、時に大きな音を立てて崩れる巨人兵器。
その姿は、見る人によっては悲哀すら感じさせるものだった。
俺達は誰一人口を開く事も無く、ただそれが終わるまで見守っていた。
残された外骨格ですら、ボロボロに崩れ落ち、地中に融けていくのを。
やがて、誰ともなくふとしたことに気付く。
それは、
「あれ? 武器は消えないのか……」
であった。
巨人兵器のいた場所に三振りの武器。
剣、戦斧それと戦槌が転がっている。
しかも、その大きさを小さく変えて。
……”あれ”を拾った時と似ている。
「ハルの魔槍スコーピオンと同じく、神器の模造品やもしれぬ……」
師匠が俺と同じ思いを口にする。
すると、それらを、誰かが示し合せた訳でも無く、三名の男女がそれぞれ拾い上げた。
オネシマス団長が剣を、レンが戦斧を、そしてアリスが戦槌を。
各々が手に滲ませるかの様に振り回す。
アリスに至っては、早速戦槌の頭部を不自然な程巨大化し、肩に担いだりしていた。
……リアル百トンハンマーか!
「余談ではあるのじゃが、儂の”スヴァリン”も神器を模した物じゃ」
「良い銘であるな」
「何処かの誰かさんみたいに安直な名を付けなかったんですね」
「やはり銘にも付ける者の品格や奥深さが滲みでますな。アリス! それには私自らが名付けてあげましょう」
「はい、ご主人様。大変嬉しく思います」
皆、俺の事を好き勝手にけなしやがる。
そして、アリスよ! 奴を”ご主人様”なんて呼ぶんじゃない!
ああ……今のアリスは新月の夜、俺と共に過ごした数々の逢瀬も覚えていない。
その時のアリスであれば、奴に対してあの様な事は決して言わないだろう。
と言っても、ここ半年以上は彼女と逢ってはいない。
なんせ、地下迷宮”深淵”の探索が忙しかったからな。
「ふっ、アリスが私の事を”ご主人様”と呼ぶのが悔しいのですか? ですが、何度も言うように彼女は私の物。そうですよね、アリス?」
エグバートは勝ち誇りながらアリスに対して問い掛ける。
すると、
「はい、ご主人様。アリスはご主人様の物です」
と一点の曇りも無く、彼女は明言した。
「くっ!」
俺はぶつけようのない怒りに唇を噛みしめる。
しかし、それを見咎めたレンが、
「ハル? ここで馬鹿な真似をしたらどうなるか分かっていますよね?」
俺に自制? を求めた。
それだけで無く、
『いいですか? 彼やアリスの事は最後の最後まで捨て置いて下さい。ハルはただ、現れる魔物を一匹でも多く仕留めてくれれば良いのです。それが大願成就する為にも。母さんを助け出す為にも一番なんですから』
と思考を飛ばし、念を押す始末。
まるで、俺にはそれ以外の価値が無いかのように……
地下九十八階へと降りる転移部屋。
俺達がそれを探す必要は無かった。
巨人兵器がその巨体を消してから直ぐに、まるでその時を見計らっていたかのように俺達の側に現れたからだ。
それも、何時の間にか。
俺は遥か昔からそこに存在していたのでは無いのかとさえ思えた。
ただ、俺達が気付かなかっただけで。
俺達は軽く休憩を取ってからその中へと足を進める。
その最中、俺はレンにだけ、
『なぁ、レン。地下九十八階を守護する魔物が何か教えてくれないか?』
聞こえるよう思考転写を行う。
すると彼は呆れたと顔に表しつつ、答えた。
『ヘカトンケイルという魔物です』
とだけ。
まぁ、確かに今更だよな……事前に聞いてしかるべきであった。
だが、暫く経ってから、
『ただし! それはハルが世界樹を倒す前の話です!』
彼は俺の仕出かした事を改めて非難する。
その時俺は、ただ首を項垂れるだけ事しか出来なかった。
しかし、俺が幾ら自身の仕出かした事で気を落とそうとも時は進む。
そして気が付けば、俺達は地下九十八階へと足を踏み入れていた。
「潮の香り?」
一面白色に輝く景色。
その奥から? 海の側にいるかのような臭いが俺の鼻をうつ。
俺は首を傾げた。
だが、再び俺は首を傾げざるを得なくなった。
目の前に巨大な、緑の山を前にして。
「山?」
何処までも白く平らな大地に、突如現れる大きな山。
されどただの山では無い。
木々や青々しい葉で覆われている訳では無く、その表面は”藻”の様な物が生い茂っていた。
それが、ゆらゆらと揺れ動いている。
まるで、湖底を漂うマリモの様に……
『あれがヘカトンケイルです。ただし……』
且つて相対した時と比較にならない程大きいらしい。
そして、俺は遠視魔法を行使する事で知った。
藻の様に見える一本一本が、それ自体が”触手”であることを……
そう、五十の頭と百の腕を持つ神の名を冠した魔物、その正体は……山の様に大きな触手の塊……であった。
……手が百本どころでは無いがな……
その事実に、一人を除いた誰もが尻込みをする。
そう、文字通り尻が……
「なんですか、お前達。怖気づいてしまったと言うのですか? だらしのない。アリス、一人で片づけてしまいなさい!」
エグバートが皆の様子を尻目にして自ら前に出る……と思いきやアリスを前に押し出した。
それを見た俺は見るに見かねて、
「……エグバート……アリスが触手に嬲られ……いや、はっきり言おう。手籠めにされるぞ……」
思わず助言する。
すると、俺からの意外な言葉にエグバートは顔を動かすことなくその場で逡巡し出した。
やがて数秒の間をおいてから、彼は言い放つ。
「あ、アリス! 時には私が前に出ましょう! 触手など、無限の再生力を誇る私には然程の害にすらなりえません!」
それを聞いた俺は思った”……意外と優しい奴め”と。
だが、それ程までにアリスの処女が大切か!
それ程までに純潔の血が美味いのか!
一体、何が違うのだ?
熟成された年代物のワインの様な物か?
”引き締まった味、芳醇な香り、緻密な舌触りは正にトレビア~ン”みたいな。
しかし、更に意外な事が。
命じられたアリスが軽やかな足取りでエグバートの背後へと向かうのだ。
まるで、気遣われたことが嬉しいかのように。
まぁ、そりゃそうだろう。
あんな化け物と対峙するなど、如何に魅了の虜となってはいても不快な事に変わりはないのだから。
「文献によると九頭竜同様、強力な自己再生能力を持っておるの。故に、中途半端に傷つけてもたちどころに癒える。また、体内に”核と呼ばれる中心体が存在する様じゃ。最後にはそれを滅する必要があるの。じゃが、その前にあの触手を薙ぎ払わねばならぬ。しかし……」
それも容易では無い。
何故ならば、切り落とした部位は新たな触手の塊として変容するからだ。
ただし、その対応方法ははっきりとしていた。
それは、レンの口から伝えられる。
「簡単です。強力な火で焙れば煤と成り果てますから」
しかも、ヒュドラと異なるのは切り落とされた触手は復活しないらしい。
つまり……
「”核と繋がっている状態では火に強く、切り離されれば弱い……そう言う事か?」
「ええ、その通りです」
であった。
であるならば、
「こういう手はどうだろう?」
俺はオネシマス団長と共に戦ったヒュドラ戦、その最中に培った経験を踏まえて案を出す。
それを聞いた彼らの反応は、
「ふむ、まぁそれも良かろう」
「……つまらん」
「一体、何を言い出すのかと思えば……」
「流石は”紅のハル”と呼ばれるだけの事はあります。知性の欠片も感じられませんな」
「……」
各人各様であったが、その方向は揃っていた。
兎に角、俺を落とす方に。
……たまには持ち上げてくれてもいいと思うの……
さて、話が纏まった所で実際の行動へと移る事となる。
まず最初に口を開いたのは我らが指揮官、オネシマス団長、
「陣形は菱形を取れ。中央にハルとドゥガルドを配置する。その前方を我が、右をレン、左を……エグバート、後方をアリスとする。良いな!」
であった。
オネシマス団長は一瞬の間を取り、異論の有無を確認する。
だが、誰一人口を差し挟む者はいない。
次に、
「この戦闘隊形で”ヘカトンケイル”の眼前にまで進出する! ドゥガルドは全方位に障壁を展開! 他の者は触手による全方位攻撃が予想されるがその全てを斬り伏せよ!」
と命じた。
更には、
「我が前を受け持つゆえ、その間はドゥガルドが指揮を担え!」
と言い渡す。
それに対して、師匠は大きな頷きを返した。
俺はふと、皆の顔に目を遣る。
すると、どの顔にも満足気な、まるで、心が高揚しているかのような色を帯びていた。
恐らく、俺も同じなのだろう。
的確な指示と心を昂らせる雰囲気。
これが……いや、これこそがオネシマス団長が第一騎士団団長にして騎士総代を努める由縁なのだろうか?
……俺がアイデアを出した時とは皆の捉え方が雲泥の差だな。
「それでは……進撃せよ!」
オネシマス団長が号令を掛ける。
それと同時に、俺達は一定の速度で前進を開始した。
それも重装歩兵と化した師匠の速度に合わせて。
ただ、意外にも師匠の歩みは軽やかであった。
それは、
『なんじゃい、儂が鎧姿で走るのがそんなに珍しいのかの? 生身ならいざ知らず、今は魔法を使っているのじゃぞ? 誰にでも出来る事じゃて』
だからであった。
だが、俺は思うのだ。
重装歩兵の鎧姿で且つ、大盾を二つも担いだ白髪の老人。
それが如何に魔法が使えるとは言え、軽快なステップを刻みながら風の様に走るのはおかしい、と。
しかし、その様なつまらぬ考えも直ぐに霧散する事となる。
俺達の身体が突如陰の中に隠れたからだ。
その原因は”山”から伸びた無数の触手。
百年以上を経た杉の幹より太いそれに、人の親指ほどもある繊毛が幾つも生えている。
それが俺達を覆い隠すようにしていた。
「来ますよ!」
刹那、レンの大音声が木霊する。
それと同時に、
「速度を殺すな! このまま突っ切る! ドゥガルド!」
「心得た!」
オネシマス団長の叫び声が轟き、それに応じた師匠も叫んだ。
陣の先端が触手と交わる直前に無数の鎌風魔法が乱れ飛ぶ。
それと同時に、
「ウォオオオオオオオオ!!」
と五名の男女による唸り声が地下迷宮に響き渡った。
束の間、俺達自身が触手の波の中へ入った所為か、先の反響が聞こえなくなる。
俺達の耳に入るのは触手が蠢く音。
それは粘つく液体にまみれたゴム同士がこすれ合う音に似ていた。
その最中、オネシマス団長は鬼気迫る勢いで剣を振るっている。
それも、神器の剣を。
驚くほど刃を長く伸ばして。
しかも、まるで細い糸を切るかの様に触手を斬り伏せている。
恐らくは魔力を込め、その切れ味を極限にまで高めているのだろう。
それはレンも同様であった。
手にするは神器の戦斧。
使い慣れていない斧であるにも関わらず、縦横無尽に振り回していた。
だが、ここで当初の前提が崩れる。
復活しないと聞いていた触手が、多少の時間を経て元通りに戻ったからだ。
「なっ! 復活しているぞ!」
俺の声に誰も答えたりはしない。
否! そうでは無かった。
皆の怒気が俺へと向けられていたからだ。
……あぁ、俺の所為なのね。世界樹を倒した俺の所為だと……
更には左側では苦戦が続いている。
それを表すかの様に、
「エグバート! 何をしておるのじゃ! 左側面での手数が足りておらぬようじゃぞ!」
師匠の叱咤が飛んだ。
……左舷、弾幕薄いよ! 何やってんの!? ……
などと、俺が余計な事を考える間もなく、事態は急変を迎えたのだ。
それは、突如俺達の後方から聞こえた、
「きゃぁ!」
か弱い乙女の如き叫び声から始まる。
その方へと目を向けると、アリスが背後から迫り来る無数の触手に呑み込まれ様としていた。
その俺の目に、跳ぶ様に向かう人影が映る。
それはエグバート。
彼は、
「アリス!」
と叫びならが彼女の下へ駆け寄り、槍の刃を薙刀の如き形状にし、瞬く間に触手を細切れへと変えていった。
その勝手な行為に怒りを覚えたのか、それとも別な理由があるのか俺に怒号が飛ぶ。
「ハル! お主が左側面に入るのじゃ!」
俺は師匠に言われるまでも無く、対応していた。
だが、中々に難しい。
何故ならば、この後に放つ魔法、その為に俺は魔力を練り上げていたからだ。
しかし、俺は絶えず俯瞰視魔法と魔物感知魔法を駆使して位置を確認していた。
いや、俺だけでなく誰もがやっていた。
次なる行動へと移る、そのタイミングを計る為には、どうしてもそれらの魔法が必要であった。
だからこそ、俺には皆に伝える事が出来る。
『暫くしてから左側面に壁を作ります! 火焔石刃!』
高みから巨大な、燃え盛る石刃を落とす事を。
そして、誰もが驚かずにその事を受け止める事が出来るのだ。
それは落下エネルギーをも自身の力に変え、俺達の左側に落ちた。
しかも、大音と共に。
落着した瞬間には強烈な風も舞い上がる。
だが、その多くは俺達を覆い尽そうとしていた触手がその身に受け止めていた。
切断された場所が焼け焦げ、鼻をつく匂いが垂れ込める。
それでもなお、俺達は先へと進んだ。
僅かな時間でさえ、惜しいからだ。
しかし、敵もさるもの。
自らの切断面から迸る体液を燃え盛る石刃や切り落とされた触手に掛けては、努めて火を消そうとしている。
「だが、もう遅い!」
俺達は当初の目標地点に到達していた。
故に、俺は練り上げた魔力を解放する。
次なる工程へと移る為に。
「水の刃!」
俺は皆への合図を兼ね、その魔法の名を叫んだ。
それは、まだ未熟な俺が造り上げたウォータカッターの如き魔法。
あの当時は一度使うだけで魔力が枯渇したものであった。
それでも、地の奥深く? にいた土竜を屠るほどの威力を誇ってはいたがな。
それを更に改良し、威力も向上し、効率化も果たした。
飛ばす水の中に砥粒を含めたりして。
その魔法円が”ヘカトンケイル”の前面、左右、天辺に現れる。
やがて、そこから白い線が無数に伸び、触手の塊を賽の目に切り刻み始めた。
「ゥォボオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ヘカトンケイルからくぐもった音が鳴り響く。
巨大な触手の塊、マリモのお化けとは言え、その身を打ち震わせ、抗いを見せる事は出来るようだ。
だが俺達はまだ、次のステップには進めない。
切断された触手が新たな形をとり、俺達に襲い掛かってくるからだ。
それを防ぐには細切れにした分、数多の火球を放つか、より巨大なエネルギーをぶつけるしかない。
だからこそ、
「レン!」
「準備万端です! 行きますよ! 天雷!」
であった。
その瞬間、皆は目を伏せ、強烈な光から目を守る。
出来る事なら耳も防ぎたかっただろう。
しかし、それは叶わない。
俺達の周囲を、つい先程までは触手であった魔物によって囲まれていたからだ。
それでも、レンの放ったとてつもなく大きな稲光は目の前の、山であった物を覆った。
それとほぼ同時に、山であった頃に比べたら随分と小さくなったその肉片を膨大なエネルギーが焼き尽くす。
それも、一度ならず数度に渡って。
一筋の光にすら膨大な魔力を要するそれを、苦にする事も無く何度も放つレン。
俺とレンの差はまだまだあるようであった。
刹那、
「貴様ら! ヘカトンケイルの本体が見えたのである! 陣形を第二形態へ移行せよ!」
オネシマス団長から命が下された。
それを契機に、中空に浮く球体を取り囲む。
漆黒に輝く、直径五メートルはあると思われる珠を。
それこそがヘカトンケイルの”核”であった。
俺達六名の内、神器レプリカを持つ四名は核の四方を取り囲む。
無論、”空中走歩”魔法と”空中跳躍”魔法を駆使して。
残る師匠とエグバートは核から切り離された、マリモのお化けの如き魔物を相手に縦横無尽に自らの得意な魔法や得物を揮っていた。
「キェエエエエエエエーイ!」
オネシマス団長が気合いと共に剣を振り下ろす。
それと時を同じくして、俺が魔槍スコーピオンで核を斬る。
レンが戦斧で、アリスが戦槌で。
ヒュドラを倒した時と同様、俺達は無数の残像を産みながら核を相手に攻撃をし続けていた。
一体、どれ程の時間が経過したのだろうか?
体からは汗が珠のように吹き出し、足下の地面にはその水溜りが広がっている。
当然の事ながら髪は濡れそぼり、触手が発していた物とは異なる、塩臭さが鼻についた。
疲れ自体は疲労回復魔法で癒えても、頭の疲れは取れないでいた。
それどころか、時折激しい尿意に襲われる。
それは誰もが等しく感じている……筈だ。
皆、核の表面に新たな傷痕を残しては、それが癒えるのを黙って見続けていた。
それでも、俺達は腕を振るい続けていた。
何時しか、核の光が鈍り、その陰りが見え始める。
核の表面にも無数の傷が残っていた。
ヒュドラの時もこうであった。
いよいよ最後の時を迎えたのだ。
故に、俺はここぞとばかりに大技を繰り出す。
それは、
「火焔石杭!」
であった。
と言っても、原理は火焔石槍や火焔石刃と同じ。
ただ形が”杭”なだけ。
それを遥か高所から巨大な球体の中心に落下させるだけだった。
上空に現れた火焔石杭は風切音を立ててながら落ちてくる。
そして、核を穿った。
その瞬間、思わず耳を塞ぎたく成る程の音が発現した。
だが、それでも火焔石杭が核の中へと入ったのはほんの僅か。
およそ十センチ余りの深さであった。
それ以上の侵入を許さぬ、と言わんばかりに核はその周囲に光を集めている。
誰の目にも核が石杭を嫌がっているのは明白であった。
だからこそ、俺は
「アリス! 槌で杭を打て!」
叫んだ。
その事に若干一名を除いては、違和感を覚えなかったようだ。
「アリス、機を逃してはなりませんよ!」
アリス本人以外は。
彼女はエグバートの言葉を受け、漸く空を駆けあがる。
石杭の頭のある場所にまで辿り着いた彼女は戦槌を大きく振りかぶり、あらん限りの力でそれを打ち込んだ。
ガンッ! ガンッ! と言う鈍い音が辺りに響く。
その音が起こる度に火焔石杭は核の奥深くへと沈み込んでいった。
やがて、核の中心まで残り数十センチのところまでに差し掛かると、異変が起きた。
それは核自体の明滅。
黒い光が突如、脈動し始めたのだ。
それも、明らかに明滅する間隔を縮めながら。
「はて? 何処かで見たような……」
そう、俺はその光り方に覚えがあった。
あれは確か……一人で深層を彷徨っていた際に、キマイラと死闘を演じ……ハッ!?
「自爆だ! 皆ドゥガルドの周囲に退避!」
俺はあらん限りの声で叫ぶ。
それも”黒”の魔力を内包していた魔物の自爆。
ややもすると未曾有の大惨事を引き起す威力が発せられるだろう。
次の瞬間には、師匠の周りに全員が揃っていた。
だが、今だに”核”との距離は近い。
それに引き換え、自爆まで残された時間は少ない。
明らかに点滅する間隔が狭まっていたからだ。
マズイな……などと呟いている暇も無い。
故に俺は、
『階層内で転移する!』
と皆に思考転写を行使した。
その刹那、入って来た転移部屋の側に皆と共に強制転移する。
階層外に出ると、また最初から戦う羽目になりそうだからな。
それでもヘカトンケイルの核との距離は僅か数キロメートル。
アレクシスの超爆発や現代の小型核爆弾程では無いにしても、充分な距離を取ったとは思えなかった。
ふと見ると、核は更に細かい明滅を繰り返している。
猶予はあまりなさそうだった。
「スヴァリン……間に合わぬか! 障壁を張る! 皆の者、儂の後ろに下がるのじゃ! 多重大障壁!」
「鳥籠!」
師匠と俺が同時に叫ぶ。
光の、幾重にも俺達を覆うドームと巨大な、無数の石柱で出来た壁が半円状に俺達を守る様にせり上がる。
その一瞬後、膨大な光と、続いて鼓膜を破る程の音が俺達を襲った。
更には強烈な熱波と天変地異を思わせる大きな揺れが俺達を呑み込んでいく。
「う……う、うう……」
俺達は皆、声にならない呻き声を上げる。
俺の行使した”鳥籠”とドゥガルド”多重大障壁”。
その二つの魔法で被害を最小限に留める事が出来た。
無論、無傷では無い。
俺達はその誰もが耳から血を流し、肌はいたる所が焼け爛れ、裂けていた。
しかし、その程度の事はどうでも無い。
何故ならば、直ぐに癒えるからだ。
ただ、どうにもならない事が一つ。
それは”心”。
俺達は先の自爆攻撃を受けても何処か安堵していた。
これで……ヘカトンケイルを倒せた……と。
いや、内心分かっていたのかも知れない。
だけど、誰も信じようとはしなかった。
否! 信じたくは無かったのだ。
魔力の継承が起きない事に……
俺達の心は”絶望”に彩られつつあった。
爆煙の中から、それが現れた時から。
巨大な巨人の姿が見えた時から。
それを見た俺は思わず力なく呟く、
「ここにきて……ボスキャラの……第二段階かぁ……」
と。