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#115 贄を捧げよ! 罪から解き放て!(4)

 火帝歴 三二〇年九月二五日

 

 未だ、エセ天使達との戦いは続いていた。

 この階層に町や村等の集落は見当たらない。

 にも拘わらず、奴等は常時数万の大群を伴って現れる。

 それも遥か彼方に見える、世界樹(ユグドラシル)から。

 しかも、昼夜問わずだ。

 無論、この階層に朝や夜は存在しない。

 幽鬼であるアレクシス達にも関係ない。

 それは他の魔物達にとっても同様であった。

 

 だが、俺やオネシマス団長は生きた人である。

 時には寝、時には食事を摂り、時には……雉撃ちに行ったりするのも必要だ。

 しかし、その様な時を狙ったかの様に襲って来た時もあった。

 

 それでも、いよいよこの階層ともお別れの時が来た。

 何故ならば、俺達は遂に転移部屋を見つけたからだ。

 とは言っても、世界樹(ユグドラシル)を目印に真っ直ぐ進んだだけだったがな。

 俺はてっきりあの巨大な樹の麓にあるものだと考えていた。

 故に、直前までは少なくとも一ヶ月はこの階層にいるものだと覚悟していたのだ。

 

 ただし、

 

「探索者ハルよ、あの者達を倒さねばならぬな」

 

 であった。

 俺達の前を、相も変わらずユニコーンらが行く手を阻んでいる。

 それだけで無く白銀色に輝く竜や蛇の姿まで。

 

 空には数多のエセ天使達。

 その中には翼を生やした馬、天馬(ペガサス)も見える。

 エセ天使達よりも早く跳べるペガサスはその背に”天女”や”天人”を乗せ、絨毯爆撃を常套手段にしていた。

 故に、アレクシスはグレーターディモン等に奴等を真っ先に始末させるよう命じるのだが、敵もさるもの、四枚羽の天使や六枚羽の天使をその護衛役に付き従わせて来る。

 正に一進一退の攻防。

 エセ天使とはいえども天使は天使。

 その巧妙な殺しの技術にだまし討ち、時には人の寝こみを襲う電撃作戦等々に俺は目を白黒させたものだ。

 

 だが、今はそんな事はどうでも良い。

 そう、今の俺にはここ数日頭を悩ます問題があった。

 それは、

 

「……本当にエミとレンはここを一人で突破したんだよな?」

 

 であった。

 俺にとってはその事の方が俄かに信じられないのだ。

 まぁ、倒さなくても転移部屋に駆け込めば何とかなるのかもしれんがな。

 

 ……そう言えば、この階層に魔法を習得できる魔力結晶は無かったな。

 そこだけは階層の主がいる部屋と同じなのだろうか?

 それとも……魔力が足りなくて反応が無いのだろうか?

 謎だ……

 だが……余り深く考えても意味は無いのかもしれない。

 同じ魔法が異なる階層に存在するぐらいだ。

 存外、この地下迷宮は適当な造りをしているのかもしれないからな。

 

 

 

 さて、戦況はどうなっているかと言うと……相変わらずだ。

 天使達は”グレイプニル”を恐れて陣形を”疎”に徹している。

 あれだけ間隔を開けられるとさしもの”グレイプニル”では追いつかない。

 

 俺達も絨毯爆撃を恐れて同じ様にしているかと思われるが()にあらず。

 こちらは”優男”の”無敵の盾”を頼りに密集陣形を執っていた。

 

 つまり互いに決め手を欠き、攻めあぐねている状況だ。

 

 無論、俺も”逃れられぬ光雨”で迎撃を試みるも、奴等は”光の盾”とも言うべき代物で俺の魔法の矢を容易く防いでいた。

 以来、俺は打開策を見出そうと努めている。

 だが、悲しいかな、人は急には賢くなれない。

 都合の良い必殺技を土壇場で開眼したり、超絶魔法を組めたりは出来やしないのだ。

 

 故に、俺は自身の遣り慣れた事をする。

 そこに、ほんの少し、新たな要素を付け加えながら。

 

 ”霧”と”聖なる球”、”捕縛”の魔法を基に作り上げし魔法が”金縛りの悪霧”であるならば……”聖なる球”の代りに”邪なる球”を加えたら。

 (むし)ろ、”霧”と”邪なる球”だけであったなら?

 アンデッド系の魔物は”聖なる霧”に触れただけで死滅した。

 それと同じ事が天使達にも起きるのでは?

 俺はそう考えずには居られなかった。

 エセ天使とはいえ、天使は天使。

 頭上に光輪を輝かせ、聖なる光に守られているのだから。

 

『オネシマス団長、浄化マスクを着用して頂けますか?』

 

 それは”毒酸無効”魔法が施されたマスク。

 それを着けていれば、清浄な空気が約束される筈だ。

 ただし、これから発する魔法に効果があるかは疑問だがな。

 

 俺は微かに吹く風向きを調べる。

 それから、その風上に改良した魔法円を描いた。

 それも、膨大な魔力を込めて。

 

 しかも、それと同じ魔法円を幾つも中空に刻む。

 勿論、天使達に気付かれぬ様、”魔法円不可視化”魔法を重ねて。

 

 その魔法は”霧”と”邪なる球”を融合した魔法。

 名付けて、

 

感泣する悪魔(エンジェルフォール)!」

 

 であった。

 

 束の間、目に見えぬ魔法円から”黒い(もや)”が漂い出す。

 それが僅かに吹く風に揺られ、天使達の漂う平野に薄く垂れ込めた。

 

 最初にその異変を察知したのは、幼き体を持つ二枚羽の天使であった。

 そのあどけない顔から、愛らしい笑い声を響かせながら飛んでいたのが、突然大声を発したかと思うと力なく堕ち始めたのだ。

 

 その数は次第に増し、突如現れた”黒い靄”を避け逃げ惑う天使。

 だが、彼らは決して逃れられない。

 ”黒い靄”は彼らを一箇所に追い立てるかの様に湧き出しているからだ。

 

 それは地上も同じであった。

 ユニコーンや竜に蛇、またその他の聖獣達もその”穢れ”から逃れようとしていた。

 

「主様、これは一体?」

 

 アレクシスが困惑気味に問い掛ける。

 俺はその問いに自分でも不思議と思う回答をした。

 

「”鯨”と言う生き物はな、数頭で集まり漁をするらしい。それも、自身の鼻から泡を出して。その泡を魚は殊の外嫌うらしい。で、獲物となる魚を一箇所に追い詰めて……」

 

 俺の目には平原の一部に集結するエセ天使と聖獣。

 奴等は身を寄せ合い、時には仲間の聖獣に乗り上げながらも”黒い靄”から少しでも距離を取ろうと抗っていた。

 それを目にした俺は満面の笑みを浮かべながら、アレクシスの顔を見る。

 

「いよいよ頃合いだと思うと、狩りの指導者(リーダー)が合図を出す。それも、こんなふうに……」

 

 刹那、両手を掲げた俺は力の限りに声を張り上げた。

 

「悔め! 苦しめ! 泣け! 叫べ! それも永遠に! ……グレイプニル!」

 

 その言葉はこの階層での幕が降り始めた事を意味する。

 または、天使達に捧げられた鎮魂歌の”歌い出し”でもあった。

 

 

 

「主様、流石でございます」

 

 珍しくもアレクシスが感嘆の意を表した。

 だが、俺も我ながら良く思いついたと自賛する。

 ほんの一瞬で戦況を変えた。

 それも自軍の有利な展開へと導いたのだから。

 

 既に敵影は無く、動く物は魔物の姿形をした物のみ。

 奴等は勝利の宴を開く素振りこそ見せないが、至極満足気な顔をしていた。

 ”悪魔の目”などは瞼を閉じそうになりつつ、船を漕いでいる。

 ”悪魔の口”に至っては”目”のある背を地面に着け、口のある腹を空に向け、荒い息を吐いていた。

 恐らくだが……寝ているのだろう……

 他の魔獣や悪魔も同様だ。

 くちくなった腹を摩りながら、思うままに横になっている。

 

 ……何というか……魔物も意外と愛らしく思えて来る。これはやはり……自らの部下、戦場を共にした”戦友”だからであろうか?

 

 そこに、示し合せたかの様に二人の偉丈夫が現れた。

 俺はその内の一人に対して、小さく頷いて見せる。

 すると、彼は頭を下げながら言った。

 

「かたじけなく……」

 

 そして、もう一人の偉丈夫を連れ立って、何処かに消えていった。

 

 ……ある意味自由だよなー。

 

 だが、俺の仕事はこれで終わりではない。

 そう、転移部屋に入り地下九十七階へと降りて初めてこの階層の目的を達した事になるのだ。

 もっと言えば、家に無事帰り着くまでが。

 ”旅は家に無事帰るまでが旅”と言うからな。

 

 俺が(おもむろ)に足を運ぼうとする。

 勿論、転移部屋に向かって。

 しかし、その歩みを止める者がいた。

 それもまた、アレクシスであった。

 

「主様、まだ終わってはおりませぬ……」

 

「えっ? いや、転移部屋を守護していた者達も倒した。あとは……」

 

「いえ! それは間違いありませぬ。しかし、このまま進めばこの更なる下の階で攻めあぐねるは必定でありましょう!」

 

「……アレクシス、何故そう思う?」

 

「はっ、失礼ながらこの魔力結晶に魔力を込めて頂きたく存じます」

 

 俺はアレクシスが差し出した魔力結晶を掴んだ。

 そして、それを握り、自身の魔力を注ぎ込む。

 すると、

 

「やはり、今だ届いてはおりませぬ」

 

 俺の手には”黒味がかった赤色”をした魔力結晶が鈍い光を発していた。

 いや……俺の目には殆ど黒に見えるんだがな……

 寧ろ……”黒”で良いんじゃね?

 

「なりませぬ。”黒”でなくばなりませぬ」

 

 だが、そうでは無かった。

 アレクシス曰く、”完全な黒”でなくば”秘密の扉”は開かない。

 

「なっ!? 何故それを知っている?」

 

 俺は些か驚くも、彼女はただ一言、

 

「わたくしも巫女様の側で仕えていた身ゆえに……」

 

 と答えるだけで俺には十分であった。

 ……なる程。アレクシスと交友? のあったクノスの巫女が俺をサポートしてくれた、そう言う事なのかな?

 だからと言って……どうするの?

 まさか、天使を探してこの階層を彷徨う訳にもいくまい……いや、それで目的が達するなら……

 

「ご安心を。我に策がございまする」

 

 アレクシスはそう言って、自信に満ちた顔を俺に向ける。

 そこにはそれとは別に、幽鬼にあるまじき表情を浮かび上がらせていた。

 

「ただし三つほど必要な物が」

 

 一つは……自身が愛用していたかつての得物”虚無”と言う。自らの魔力を収斂(しゅうれん)し、大鎌の如き刃を顕現(けんげん)していた物の事らしい。

 

「ああ、あれかぁ……確か領主様の宝物庫に……」

 

「”城”の宝物庫にあると? なれば……」

 

 彼女は自身の前に手を翳す。

 すると、手のひらの先に、水平に魔法円が造られたのだ。

 だが、俺が驚いたのはその事では無い。

 その魔法円に描かれし紋様が、

 

「あ、あれ? この魔法円……」

 

 自らの用いる物によく似ていたからだ。

 その中心から一本の杖が現れた。

 それは正しく、アレクシスと初めて対面した時、彼女が手にしていた杖。

 その禍々しい意匠を施され、大鎌の刃を出したその姿は”死神の大鎌”と呼ぶにふさわしい代物であった。

 

「そ、そんな事よりも先の魔法え……」

 

「次に主様、指輪を返して頂きとうございます」

 

「えっ? 指輪?」

 

 た、確かに俺は指輪をしている。

 それも左手の薬指にだ。

 しかも、金色に輝くな。

 恐らく、素材も”金”で出来ている。

 確かめた事は無いがな。

 だが、これは……

 

「すまない。これは如何しても取れないんだ」

 

 であった。

 どうやっても取れないのだ。

 レン曰く、強度の”呪い”が掛かっているとのこと。

 だが、”解呪”魔法をどれほど強く掛けようとも決して外れる事は無かった。

 

 俺はそれを試して貰うかのように手をアレクシスに差し出す。

 すると、彼女は

 

「ふふふ、薬指ですか!」

 

 と少し面映い顔をしながら、スッと俺の左手薬指から指輪を取り除いた。

 

「えっ!? なっ、一体どうやって!?」

 

 し、死んでも、復活しても決して外れなかった指輪だったんだぞ!

 そ、それをいとも容易く。

 やはり、あれはアレクシスの”呪い”だったのか……

 

 そして、俺は見た。

 彼女がそっと、自身の左手薬指に付けるのを……

 俺がそれを不思議そうな目をして見ていると、俺の視線に気が付いた彼女は

 

「さ、最後に! 三つ目に必要な物! そ、それは”ヨルムンガンド”でございます!」

 

 明らかに動揺していた。

 それを慌てて外し、”虚無”に彫り込まれた”しゃれこうべ”の口に指輪を差し込む。

 俺にはその仕草が思いの外、可愛らしく見えた。

 故に、俺は思わず聞き逃しそうになった。

 

「……えっ? ヨルムンガンド? あ、あれも召喚しろと!? 出来るのか?」

 

 階層の主クラスの魔物を召んだ事など未だ且つて無い。

 それも”神の一柱”とも言われている存在だ。

 生半(なまなか)な実力や魔力では到底叶いそうも無いと思われる。

 

「大丈夫にございます。主様なら必ずや召喚できましょう」

 

 ……あのアレクシスがそこまで言うのなら……

 

 俺は覚悟を決めて召喚杖を取り出す。

 次に、呼び出すものを思い浮かべながら魔物の召喚を試みた。

 刹那、俺の体から、

 

「ま、魔力が吸われる!」

 

 ありとあらゆる精を吸い尽くさんばかりの勢いで魔力が吸われ始めた。

 それと同時に空には魔法円が輝き出す。

 その色は”黒”その物であった。

 

 その中心から巨大な蛇の鎌首が現れる。

 しかも、俺の顔を見るや否や嬉しそうに舌を頻繁に出し入れし始めた。

 身をくねらせ、一刻も早く魔法円の外へと出ようともがく。

 だが、

 

「いや、お前の全長がそのスピードで現れたら数年かかるから……」

 

 と思える程、その速度は遅々と進まない。

 それでも、数分を掛ける事によって数百メートルの長さまでは魔法円からその姿を現した。

 

「あちゃー……止まってしまったな」

 

 俺が見たままを口にすると、

 

「いえ、ご心配に及びません。これで十分にございます」

 

 アレクシスは再び自信満々に答えた。

 そして、彼女は自身の後方に控えていた”優男”の方を見遣ると、

 

「後は頼みましたよ」

 

 とだけ言った。

 ”優男”はそれを受けて小さく頷きを返す。

 彼は何故か、これまでも一度として言葉を発していなかった。

 

 それでもアレクシスはその事に満足気に微笑む。

 更には、その表情を崩さず、いやそれどころかより艶やか笑みを浮かばせながら

 

「では、主様。これにて暫しのお別れにございます」

 

 とはっきりと言い切った。

 

「ん? あ、おう?」

 

 俺は事態の推移が飲み込めない。

 アレクシスが何らかの”覚悟”を決めた様にも見受けられる。

 だが、それが何なのか。

 それに何のためにかが分からなかった。

 

 しかし、アレクシスは俺の考えを他所に一人、ヨルムンガンドの咢へと近づく。

 そして、かの大蛇は彼女をその中に誘うかのようにその大口を開けた。

 

「お、おい!」

 

 俺の声が花の咲く平野を木霊する。

 それでも、それが無かったかの様に大蛇の舌が彼女に巻き付き、彼女をあっという間も無く口の中へと沈めたのだ。

 

「へっ? な、なに? おい、ヨルムンガンド! 一体何を……」

 

 俺は裏返った声で叫び声の如き声を出す。

 しかし、かの蛇はそれを無視して、スルスル、と進み始めた。

 それも”世界樹(ユグドラシル)”に向けて……

 

『主様、ご安心を。ヨルムンガンドの口内にいる方が風などを直接受けない為安全なのです』

 

「いや、そうじゃ無くて! あ! お、おい! まさかお前達だけで?」

 

 俺は必死になって呼びかけるも、ヨルムンガンドはそれを振り払うかの様に一気にその速度を上げ始める。

 瞬く間に丘を越え、平野を突き進んだかと思うと、

 

「ドンッ!」

 

 と言う轟音が鳴り響いた。

 その音が発した場所は花々が吹き飛ばされ、それが俺の目にはまるでフラワーシャワーのようにも見える。

 

 その刹那、彼女の声が俺の脳裏に届く。

 

『天界から追われし女神とその従僕よ! 大罪を犯せし者よ! 彼方にも此方にも還れぬ者達よ! 我が主に、その身を! 贄を捧げよ! 罪から解き放て! 超爆発(スーパーノヴァ)!!』

 

 それは実に猛々しい声音をしていた。

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