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#113 贄を捧げよ! 罪から解き放て!(2)

 

「まったく、良く死にますねぇ。しかも……同じ手に何度も何度も……」

 

 俺の目にレンが厭らしい笑顔を作っているのが見える。

 目の下に出来た(くま)は大きく、目は充血し、顔色は青白い。

 その所為(せい)か、つい先程見たエセ天使共を上回る凄惨な笑みに俺は感じられた。

 俺は俄かに信じられず、

 

「れ、レン……? 本当にレン……なのか?」

 

 と問い掛ける。

 だが、彼は厳しく言い放った。

 

「ぼ、僕や母さんと天使モドキの区別もつかないんて! ハルにはほとほと愛想が尽きます!」

 

 

 

 

 俺は何時の間にかレンの部屋にいた。

 探索ギルドの地下にある秘密の部屋。

 その存在は探索者ギルド代表など限られた人にしか知らされていない。

 その彼らにしてもレンは

 

「工房です」

 

 としか伝えてないらしい。

 だが、実際はそうでは無い。

 いや……そうとも言えないのか。

 ここでは”ホムンクルス”を生み出しているのだから。

 

 その証拠に、俺が仰向けに寝ている台座、それと同じものがこの部屋には幾つも並んでいる。

 その上に、土塊で出来た人型を載せて。

 

 そう、ここは言うなれば”復活の間”。

 異世界より誘われた俺の魂、それに再び血肉を与えんが為の部屋だった。

 

 その部屋に俺がいる。

 しかも、一糸纏わぬ姿で。

 その事の意味するものとは……”俺の死”に他ならない。

 あの……万条にも及ぶ光の矢によって……

 

「そうか……俺はまた死んでしまったのか……」

 

(ようや)く正気に戻りましたか」

 

 と俺の呟きを受けて、レンが溜息交じりに零す。

 それから、俺の上に衣類を放り投げてきた。

 

「兎に角、早く着替えて下さい」

 

 俺は彼に言われるまま与えられた衣服を身に纏う。

 そして、

 

「レン、ありがとう」

 

 と俺は言葉少なく礼を述べた。

 すると、彼はほんの一瞬嬉しそうな顔をするも、慌てて顔を背ける。

 更には、

 

「べ、別にハルの為にしている訳じゃありません! 母さんから頼まれて……そう、仕方なくやってるんです! だってそうでしょう? 僕たちは……」

 

 父子(おやこ)として共に時間を過ごした事もないのだから、とレンが床に吐き捨てる様に言った。

 俺は、その言葉に絶句した。

 確かに……我が子レンと初めて会ったのはこの異世界でだ。

 悲しい事ではあるが、それは紛うことなき事実であった。

 なのに……

 

「そ、そんな事よりまた武具や防具を失くして……また、”クノスの中のクノス”で調達するつもりですか?」

 

 レンが慌てた振りを見せながら、話を代える。

 俺はそれに一抹の憂いや困惑を感じながら、

 

「ああ、それに関しては問題ない。既に対策を講じてある」

 

 と乗っかった。

 手を翳し、その前に魔法円を描く。

 それは一見して風変わりな物だ。

 水平に描かれた魔法円もさることながら、あまり見る事の無い、特殊な”記号”の如き文字がつかわれているが故に。

 

「な!」

 

 珍しくもレンが驚きの声を上げる。

 それと時を同じくして、魔法円の中心から酷く傷んだ脛当てや胸当て、肘当て、剣等が徐々に現れた。

 やがてその全てを露わしたそれらは突如重みを知ったかのように床に落ちる。

 部屋には甲高い音が重なるように鳴り響いた。

 

 そう、これは所謂(いわゆる)”呼び寄せ”魔法。

 填め込まれた魔力結晶に”印”を刻む事で可能にした、俺のオリジナル魔法だ。

 ”転移門(ゲート)”を発展、改良した”収納庫(ストレージ)”と同系統の魔法だな。

 ただ、”魔槍スコーピオン”にこの魔法は組込めなかった。

 あれには魔力結晶が嵌め込まれていないからな。

 

 俺は目を見開き、一部始終を見ていたレンに

 

「どうよ? 驚いた? もしかして、腰抜かした?」

 

 と茶化すかの様に問い掛ける。

 更に俺は、

 

「むふふ、凄いだろう? 今後はより使い勝手がよくなるよう、”装着”と”着脱”の魔法を……」

 

 半ば調子に乗って、今後の”聖なる衣”計画を口にした。

 だが、その言葉を聞き、我に戻ったレンはキッと睨む様な、批判めいた眼差しを俺に向け、

 

「そ、そんな魔法を組んでいる暇が有ったら、一日も早く母さんを迎えに行ってくださいよ!」

 

 と大音声で言い放った。

 俺は思わず首を垂れ、

 

「す、すまんレン。調子に乗って悪かった」

 

 と海より深く反省した。

 すると、

 

「はぁー……やっぱり、僕と母さんだけで戻れる方法を探した方が良かった」

 

「えっ? 何? レンとエミだけで?」

 

 俺の耳に物騒な言葉が微かに聞こえて来る。

 その言葉を俺が聞き返すも、

 

「いえ、何でもありません」

 

 レンの簡単な一言で片づけられてしまう。

 俺は……その事に酷く悲しくなり、顔を下に向けた。

 しかし、レンは俺の心の傷を顧みる事無く、新たな問いを口にする。

 

「時にハル、探索はいつ再開する予定ですか?」

 

「うん? 明日か、明後日には地下迷宮に入るけど?」

 

「ちょっと早いですね」

 

「早い?」

 

「ええ、早いです。五日後の九月一三日、午前九時に私を尋ねてここの受付に来てください。頼りになる仲間を紹介しますから」

 

「えぇ!? 仲間? いいよ、今更要らないよ。それに……エミからは独力でって言われてるんだろう?」

 

「いえ、彼に関しては問題ありません。母さんもその方が安心しますので」

 

「そう? でもなぁ……」

 

 彼? 男だろ?

 

「何です? 同性だと何故問題があるんですか? 良いですか? 今まで我慢していましたが、ハルの女癖の悪さは酷いの一言です! 不貞の数々を母さんや僕が知ればいかに傷つくとか、少しは考えなかったんですか?」

 

 俺の心に反省の色が見えないと言ってレンは俺を烈火のごとく糾弾する。

 それでも、最後には言いたい事を言えたのか、レンは落ち着きを取り戻した。

 その逆に、俺はレンの怒気にあたった所為か、腰がぬけそうになっていた。

 

 

 

 火帝歴 三二〇年九月一三日

 

「……まぁ、そうなるよなぁ」

 

「……」

 

 俺は彼の姿を目にとめても、さして驚かなかった。

 あらたまったレンから、俺の新たな仲間だ、と彼を紹介されてもだ。

 身の丈が一メートル八十センチを超える、森人族(エルフ)の美丈夫。

 二つ名に”怪物”を持つ稀代の英雄。

 第一騎士団団長にして騎士総代を務める男、オネシマス。

 その彼が俺の”仲間”になる……

 

「レン……」

 

「駄目です!」

 

「そこをなんとか……」

 

「無理です!」

 

「これで最後にするからさぁ……」

 

「しつこい!」

 

「な? 一回、あと一回だけで良いんだよ?」

 

「……な、何の話をしているんですか!」

 

 レンは顔を真っ赤に染め上げ問い質すも、寧ろ俺の方が知りたい。

 一体、レンは何と勘違いしたのだろうか?

 しかし俺はそれを追及する事は出来なかった。

 沈黙を守っていた男がその口を開いたからだ。

 

「探索者ハルよ。これは領主様の意向でもある」

 

 オネシマス団長曰く、領主様は度重なる魔物の跋扈に頭を痛めている。

 それもこれも地下迷宮の管理者が長き眠りから覚めた所為(せい)だと。

 このまま放っておけば、いずれ地上へと向かって来るだろう。

 その前に管理者を討伐する為の段どりを整えておきたい。

 それは最下層へと降りる事が可能な人材を確保しておくこと。

 地下迷宮はその階層に辿り着けた者が居なければ、転移魔法円から入る事が適わないからだ。

 

「でも……それっておかしくは有りませんか? レンは辿り着ける……」

 

「それは秘密にしてあります。そもそも、僕の実力は”探索ギルド副代表に相応しい程度の実力”としか説明していませんから」

 

「うむ、領主様は今少し知っていようが”城”の面々はその程度にしか認識しておらん」

 

 ……何の為に実力を隠す? 安全の為? それもあるだろう。

 レンなどある意味、手榴弾サイズの核爆弾をポケットに幾つも入れてクノスを闊歩しているのに等しい。

 なんせ”黒”だからな。

 情緒不安定であったり、クノスへの忠誠心が見られなければ多少の犠牲を払ってでも命を潰えさせたい、と狭量(きょうりょう)な為政者なら誰もが考える筈だ。

 

「ええ、その通りです。クノスは非常に微妙なバランスの上に成り立っています。特にハルが頭角を現してから尚更に……」

 

 レンが言うには、”城”の主流派、反主流派のせめぎ合いが日増しに激しくなっているらしい。

 因みにだが主流派にはエグバート、反主流派にはマリオンが属している。

 騎士団はあくまでも中立だ。

 が、名家から騎士団へと入った者達は、それぞれの出身派閥の意向に沿う事が多いらしい。

 そう言う意味では、オネシマス団長は主流派に属する。

 

「つまり……反主流派の俺が先に進むと……」

 

「その通りだ。故に、領主様は我に支援を惜しまん」

 

 領主様……つまり……日頃のストレスからあの様な嗜好におなりあそばされたと言う事か……

 不憫、俺はそう思わずにはいられなかった。

 

「わかりました。領主様の為にも団長と共に地下九十六階を攻略させて頂きます」

 

 俺はこの時、気持ち良く頭を下げた。

 

 

 

 地下九十六階の転移部屋。

 花の匂いのその強さに、俺は思わず顔を(しか)めたくなる。

 蚊や蠅が纏わりついているかの様な音が俺の耳を離れようとしない。

 

 先日、初めてここに来た時とは俺の感じ方が雲泥の差だ。

 あの時は”地獄”を踏破した直後でもあった。

 荒れた心に、ここはまるで”天国”の様にも感じられた。

 

 だが今は違う。

 あの裏切られたも同然な仕打ちに、俺の心は沸々と煮え立っている。

 ”復讐”と言う名の怒りに。

 

 故に俺は、

 

「オネシマス団長、私は先日手酷い目に遭いました。それも……万にも達する強力な魔物共によって。そこで提案なのですが……」

 

 奴等にも数の暴力を思い知らせようと思う。

 

「先日この様な物を道端で拾いました。ええ、その”まさか”です。”召喚杖”です。勿論、城の宝物庫から盗んだ物ではございません。ドゥガルド様にも確認して頂いております」

 

 背嚢に忍ばせていた”召喚杖”を取り出して、オネシマス団長に見せる。

 すると彼は、

 

「うむ、ならば好きにするが良い」

 

 と言った。

 

「ありがとうございます」

 

 俺はオネシマス団長が意外にも話が分かるようで内心ほっとした。

 直後、早速とばかりに魔物の召喚魔法円を描く。

 それは黒く、禍々しい魔法円。

 

 その中心から、まるで赤子が産み落とされるかの様にいずる魔物。

 肌の色は薄灰色に染まり、唇は黒く塗られている。

 以前と同様に綺羅びやかなドレスに包まれた体はエミに勝るとも劣らぬ、妖艶な代物であった。

 ただし、異なる場所も。

 前回は所々骨が剥き出しとなっていた。

 が、今回はそれが見当たらない。

 思うに、召喚魔法とは使用する術者の力量も試される物なのだろう。

 

 ”彼女”は俺を見て怪しく微笑む。

 それは当然の事ながら、

 

「我が主様。再びお呼び出し頂き、誠にありがとうございます。このアレクシス、咽び泣かんばかりに嬉しゅうございます」

 

 であった。

 その言葉を聞き、一瞬身じろぐオネシマス団長。

 だが、彼はそれ以上の事を表に出さない。

 もしくは、次に現れた男に注意を向けたのやも知れなかった。

 無駄を一切排除されたかのような、ただ幾つもの魔力結晶を帯びた防具、それを身に纏った男の

 

「我が主よ、オーラフ推参仕りました」

 

 という言葉を聞いてもオネシマス団長は微動だにしない。

 ……いや、そうでは無かった。

 音も気配も無く剣に手を掛け、何時でも抜ける様に体勢を整えていた。

 それどころか、

 

「一手御指南を頂戴したく……」

 

 と言いだし、殺気をほとばしらせる。

 だが、その間に一人の男が我知らずにふらりと入り込む。

 それは豪奢な衣装に身を包んだ、優男。

 垂れた甘い瞳に、常に微笑みを絶やさぬ顔を持つ、名前も名乗らぬ謎の魔導士であった。

 彼はただ、小さく頭を下げるだけ。

 あとはただ、アレクシスの命を待つばかりの様だ。

 俺は思わず、

 

「うむ、皆壮健そうで何より」

 

 と口にする。

 瞬間、自らの失言を悔いた。

 幽鬼(グール)と成り果てた者達に……酷い嫌味だからな。

 しかし、彼らは俺の言葉を恭しく受け入れる。

 それどころか、

 

「此度の相手は如何なる者にございましょうや?」

 

 と三人を代表するかの様にアレクシスから問われる。

 俺はその答えを端的に答えた。

 

「エセ天使共を蹂躙せよ」

 

 その言葉に三名の唇が三日月の様に歪む。

 それも、黒く、不吉な、まるで終末が訪れるのを暗示するかの様に……

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