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#101 収納庫

 火帝歴 三一九年四月一日

 

 先日、地下迷宮の地下七十四階を踏破した俺は今、自宅で寛いでいた。

 別に一区切り着いたから休んでいる訳では無い。

 びっくりドッキリマシーンの”車”を”雪上車”に改造する必要に迫られたからだ。

 いや、地下七十四階の途中からも氷原と言ってもおかしく無い環境に変わった。

 その所為か、”スノーモービル”で走ると寒くて顔が凍えそうになるのだ。

 俺にはそれが耐えられなかった。

 しかも、激しく吹雪くからな。

 故に俺は決意した。

 ”車”を”雪上車”に作り変えようと! 周囲を鉄板で覆い隠そうと! 窓? いらんな。

 前が見えない? 潜望鏡を付けるさ。

 周りが見えづらい? ”俯瞰視”魔法があるから大丈夫だ。

 何の問題もない。

 鉄板だと熱伝導率が高くて中も冷える? ”火焔石弾”を暖房代わりに使う。

 きっと、輻射熱で温かいだろう。

 まぁ、凍てついた鉄板に皮膚が直接触れるとくっついてしまいそうだから、何らかのカバーを取り付けるようお願いはしてあるがな。

 その様な訳で俺は久方ぶりに日がな一日を読書で潰している。

 城の蔵書室から借りた本の中にはまだ読んでいない物が沢山あるからだ。

 長椅子に横になりながら書見台に載せて本を読む。

 羊皮紙で作られた本は大きく重いからな。

 こうしないと疲れる。

 それに優雅だ。

 風の無い蒸し暑い日などは家令のレイチェルが団扇(うちわ)で扇いでくれる。

 別に頼んでもいないが……断りもしない。

 扇いでいる本人が嬉しそうにしているからな。

 だが、これにも問題があった。

 心地良すぎて眠くなってしまうのだ。

 どうしてもウトウトしてしまう。

 読んでいる本が魔法の技術書という、面白みに欠ける本の所為かも知れない。

 そんな時、俺は良く冷えた飲み物を飲むことで目を覚まさせる。

 中空に魔法円を描き、その中に手を入れた。

 すると、良く冷えた陶器の肌触りを感じる。

 俺はそれにあるべき取手を探し、次に、それを掴んでは魔法円の外へと取り出した。

 俺の手には良く冷えた”茶”が入れられたティーポット。

 それを傾け、自身の傍らに置いた杯へと注ぐ。

 ここだけの話、俺は地下迷宮”雪原”のとある場所、俺自身しか知り得ない場所に完全に密閉された倉庫を設けた。

 中に”転移門(ゲート)”の魔法円を刻んで。

 そこを時には冷蔵庫代わりに使用している。

 飲み物は冷たく冷え、生ものが長持ちするからだ。

 これで一気に探索時の食事事情が改善された。

 俺……天才かも知れない。

 

 (しばら)くすると、家令のレイチェルが

 

「ハル様、”城”からの使者がお見えです」

 

 と俺に声を掛ける。

 

「えっ!? そんな急に……」

 

 俺は慌てて来客時に着る長衣を羽織った。

 高貴なる者が遣わした者に対しては粗略な扱いをしてはならない。

 迎える側もそれなりの衣服を纏い、丁重に応対しなくては失礼だからだ。

 ただ、普通は先触れがあるものだがな。

 

「……よし! お通ししてくれ」

 

 俺はそれまで寝そべっていた長椅子に居ずまいを正して座り直した。

 

 

 

「使者様から頂いた封書には”明日鐘が四度鳴ると同時に登城(とじょう)せよ”とだけ書いてある。レイチェル、何か領主様からあったか?」

 

 だが、レイチェルは顔を横に振り困惑するばかり。

 彼女は何も知らされてはいないらしい。

 若しくは、領主様ですら知らない事か。

 では、

 

「リリィはどうだ?」

 

 彼女は俺の名代として夜会に顔を出している。

 その結果、上流階級との伝手が広がった。

 まぁ、元々が名家のご令嬢だ。

 それに彼女自身の際立つ美しさもある。

 男達は彼女を放ってはおかないらしい。

 しかも、領主子息様までが度々言葉を交わして頂けるとか。

 何だろう……若干の胸騒ぎを感じる俺がいる。

 

「はい、全ての第二騎士団員に対してクノスに戻るよう命が下されたとか。それに大量の武具類と食料を集めているご様子」

 

 成る程、(いくさ)が起こるのか。

 この所毎年の様に領土紛争が起きている。

 市井の臣(しせいのしん)としては余り喜ばしい事では無い。

 それに、だ。

 領土拡張が過ぎると帝国そのものから睨まれると聞くからな。

 

「わかった。明日はリリィを伴って城に参る。ファリス、馬車の手配を」

 

「はい!」

 

 三人は声を揃えて俺の言葉に答えた。

 

 

 

 翌日、城に上がった俺は直ぐに玉座の間へと通された。

 遥か古代、王が鎮座せし場所。

 俺がその場所に通されたのは今回が初めてだ。

 部屋の奥には幅広の緩やかな階段が十数段程設けられており、その最上段に二つの豪奢な椅子が並んでいる。

 背後には赤地に金糸で描かれた古代王国の流麗な紋章。

 恐らくは王と王妃がそこに座っていたのだろう。

 それより十段程下にも同じく椅子が二脚並んでいた。

 先の椅子に比べれば劣るがそれでも贅を凝らしているのが傍から見ても分かる。

 最下段の手前に俺を呼び出した張本人達が立っていた。

 ”城”と呼ばれる集団が。

 彼らが領主様の意を汲み、クノスを事実上運営しているのだ。

 皆、金糸を贅沢に使ったタスキ? の様な物を肩から斜めに掛けている。

 

『あれは”サッシュ”と言います』

 

 その声の主はレン。

 彼らに相対する様に立っていた。

 彼も呼ばれたのだろう。

 だがしかし? ”心障壁”を張り巡らしているのに、何故俺の考えが分かったのだろう?

 

『ハルならそう考えているだろうと思ったからです』

 

「……」

 

 刹那、”城”の一人が前に出て俺に言葉を投げ掛ける。

 

「良く来た、探索者ハル。今では”(くれない)のハル”と呼ばれているようだな」

 

 ……恥ずかしい名だ。

 まだ”不能の”の方が良かった。

 あっちならまだ笑えた。

 だが、今の二つ名は余りに痛々しい。

 まぁ、ギルドカードに嵌め込まれた魔力結晶が赤く輝く様になってしまった故に仕方が無いのだろうが。

 久方ぶりらしいな、”赤”が出て来たのは。

 俺は小さく首を垂れる。

 それから、先を促した。

 

「本日お主を呼んだのは”(いくさ)”に関する事では無い。いや、戦自体は行う。だが……それにも増して火急の問題があるのだ」

 

 俺は想定外の事を聞き辺りに目を走らせる。

 すると、”城”の別の者が同じ様に前に出ては話し始めた。

 

「再び魔物どもが集結しはじめた。場所は”死の谷”。且つては”竜の谷”と呼ばれていた場所だ」

 

 ……あそこかぁ。

 深い谷間、乾いた大地。

 正に”死の谷”と呼ぶに相応しい場所だ。

 食う物とて余り無いだろう。

 あぁ、だからか。

 第二騎士団の巡回経路から外れていた為に魔物が集まり易くなったのかもしれないな。

 

「貴様に命じる! ”死の谷”に集いし魔物を調べ、可能であれば殲滅せよ!」

 

 俺はその言葉、その声を耳にした瞬間腹が煮えくり返るのを感じた。

 声の主はエグバート。

 吸血鬼に取り込まれし男。

 自ら望んだか、否かは今となっては分からない。

 だが……俺はこいつの御蔭で幾度も死に掛けた。

 それにアリスの件もある。

 表面上は如何に冷静に振る舞おうとも、心の奥底までは抑える事は出来なかった。

 それ故、反応を示さない俺に対して、エグバートは確かめるかのように繰り返す。

 

「……聞こえなかったのか? それとも……断る……と言うのか? 今一度言う! ”死の谷”を威力偵察し、出来得(できう)れば魔物を滅せよ!」

 

 くっ! マジでムカつく。

 手の震えが治まらない。

 だが、ここは辛抱の為所だ。

 俺は致し方なく答えた。

 

「はっ! ご下命拝領いたしまた!」

 

 そうしなければ”反逆の意志あり”と取られかねないからだ。

 闇討ちをしたい所だが……それを行えば俺が問答無用で下手人とされてしまうだろう。

 俺とエグバートの関係は周知の事実だからな。

 全く、忌々しい事だ。

 あの時、どさくさに紛れて暗殺しておけばよかった。

 ……まぁ、駄目だったろうな。

 奴は吸血鬼。

 不老不死の特性を持つ者だから。

 俺の答えを受けて、最初に話し出した”城”の者がこの場での解散を告げた。

 玉座の間にいた者達は衛兵を務める第一騎士団員と他数名を残して去る。

 まるで、蜘蛛の子を散らしたかの様に。

 

「ふふふ、ハル殿。手が震えておりましたよ? 感情は上手く消しませんと、問題が起きてからでは手遅れです」

 

 本当に忌々しい奴だ。

 しかもだ、寄り添うようにアリスが奴を守っている。

 目の光は消え、その顔に浮かぶ感情は全く見受けられなかった。

 俺は思わず”城”の一員である彼に対して憎まれ口を叩いた。

 

「これはこれは、エグバート殿。もしや……今回の事も貴方様が?」

 

「まさかっ! わたくしはそれ程暇では有りませんよ?」

 

「質問に質問で返す。実に妙……ですね? もしや……」

 

「さぁ? どううでしょう?」

 

 俺はその答えを受けて更なる嫌味を返そうとした瞬間、奴の耳元で側仕えが小声で囁き始めた。

 

「エグバート様、お時間が……」

 

「あぁ、そうですね。では、ここで失礼いたします。私はこれから”領主様”と帝都から見えられる”賓客”をおもてなしする計画を練らねばなりませんゆえ」

 

 エグバートはそう言い放って背を向ける。

 そのまま、扉に向かって歩き出した。

 俺は思わずその背中に向けて呪詛を並べる。

 

「ちっ! ニンニク風呂に入って溺れて死ね!」

 

「呟かれても聞こえていますよ。わたくしは種族柄耳がとても聡いのですから」

 

 エグバートは軽く振り返り、そう言ってアリスの腰を強く抱く。

 そして、その姿を俺に見せつける様に出て行った。

 ……お、おのれ吸血鬼め! いつか必ず報いを受けさせてやるからな!

 俺は決意を新たにその場を後にした。

 

 

 

 ”威力偵察”、それは敵の戦力を見極める為実際に戦ってみる事を差す。

 或いは敵のいそうな場所に攻撃を仕掛ける事をいう。

 今回、俺の役目は前者だ。

 一当てして見極める。

 更に、殲滅可能であればそれを実行する。

 ……そこまで行くと”威力偵察”じゃないな。

 

『ハル、”死の谷”に着きましたか?』

 

『ああ、少し前に辿り着いたところだ。これから魔物の種族などを調べるが……数は偉い事になっているな』

 

 レンから届いた思考転写に対し、俺も同じくそれで答えた。

 通信距離は馬で三日、道程百五十キロ。

 直線距離に直すと凡そ百キロと言ったところか。

 魔力が潤沢にある俺とレンの間だからこそ出来る芸当でもあった。

 俺は先の言葉に続ける様にレンに話し掛ける。

 

『恐らくだが軽く四千を超えている。何処からこれ程の数が集まったのかは今現在不明だ』

 

 俺の伝えた凶報に対し、レンは何事も無かったかの様に答えた。

 

『分かりました。”城”に報告しておきます。……何か気になる事でも?』

 

 ……つれないなぁ。

 少しは俺の身を心配してくれると思ったのだがな。

 それは”甘え”……なのだろうか?

 

『いや、何でもない』

 

 まぁ、父親が我が子に甘えるのは気持ち悪いか。

 そりゃそうだな。

 俺は辛うじて気を取り直しつつ、レンに対して威勢よく言い放つ。

 

『出来ると思えば連絡を入れずに殲滅行動を開始する。いいな?』

 

『ええ、それで問題ありません。では次の定時連絡までこちらは待機します』

 

 レンがそう言ったと当時に思考転写が途切れた。

 ……何だろう、この物寂しさは。

 嘘でも良いから少しでも気遣って欲しかった。

 いや、レンは俺を信じているのだ! 期待の表れなのだ! と信じたいところだ。

 俺は一人照りつける日差しの中、渓谷を奥へと進む。

 

 ”死の谷”はクノス領内において最も暑く、最も乾燥した場所とされている。

 その為、草木は稀にしか無く水場も存在しなかった。

 死の谷を挟む様に切り立った山脈は空高く伸び、山並みを超えての侵入を一際難しくしている。

 死の谷そのものには身を隠せる場所は少ない。

 地面は平たく、小石や砂利などの(れき)が遥か彼方まで続いていたからだ。

 切り立った山に挟まれた広大な礫砂漠(れきさばく)、それが死の谷の由縁だった。

 俺はその中を魔物の群れ目掛けてゆっくりと歩いていた。

 薄茶色の厚いマントで全身を覆いながら。

 その為、体感温度は酷く熱い。

 五十度は超えているだろう。

 甲子園のマウンド並だな。

 だが、こうでもしなければ、魔物どもに気付かれてしまう。

 俺の任務は魔物の群れの調査と可能であれば殲滅。

 見つかってしまえば、それらが為される事は無い。

 

 

 

「あちー……」

 

 レンと最後に会話してから数時間は経過した。

 俺の喉は限界まで乾き、脳も甘味を欲していた。

 仕方なく、俺はその場で膝を突く。

 続いて、マントの中で小さく魔法円を描いた。

 俺はその魔法円に腕と突き入れる。

 中は良く冷えていた。

 当然だ、そこは俺が地下迷宮の七十四階に人知れず設けた”密閉型防水収納庫(ストレージ)”の中なのだから。

 

「確かこの辺りに……お、あったあった」

 

 俺は小さく丸い物を掴みだす。

 それはライチに似た味のする果物であった。

 瑞々しく皮ごと食べられるそれは、水分と甘味料を一度に摂れる優れ物だ。

 俺はそれをマントを被ったまま食す。

 腕を外に出せば見つかるかも知れないと思って。

 

「あぁ、癒される」

 

 冷たい果汁と果物の甘味が俺の口の中に広がる。

 それと同時に、口の中に涎が満ちた。

 俺はそれらを纏めて飲み込む。

 ”至福”とは正にこの事を言うのだろう、俺の魂が満足感に打ち震えているとそれは鳴り響いた。

 

「魔物の強襲か!? 何て速さだ!」

 

 俺は頭に鳴り響く警報を受け、咄嗟に意識をその音の指し示す場所を探る。

 それは”死の谷”の外部から猛スピードでこちら側に向かって来ていた。

 俺はそれが向かって来る方向へと目を向ける。

 そして、”遠視”魔法を行使した。

 

「……なっ!」

 

 それは巨大な翼をもった魔物だった。

 羽を広げたその幅は優に二十メートルはある。

 そして、蛇の如く長い首。

 その先に獰猛そうな口が見えた。

 脚は短いが太い。

 その姿はまるで首の長くなったプテラノドンのようにも見える。

 ただ大きな違いが二つ。

 一つは頭に大きな魔力結晶が見える事。

 もう一つは尻からは長い尾がたなびいている。

 その先に凶悪そうな棘を光らせながら。

 

「あれは……飛竜(ワイバーン)か!?」

 

 間違い無かった。

 渡竜(わたりりゅう)の一種だ。

 そう、数年もしくは十数年に一度縄張りを変える為、この世界をさすらう竜。

 それが渡竜と呼ばれる由縁。

 千年ほど前まではそうでは無かったらしい。

 だが何かが起き、彼らはそれ以来定住する事無く世界を旅する。

 ……可哀想に。

 何があったかは知る由も無い。

 しかし、生まれ育った場所を離れ無ければいけないという事実が俺の胸を打った。

 俺は、俺自身の境遇を凄まじい勢いで飛ぶワイバーンに重ねた。

 そのワイバーンは”死の谷”の奥へと一直線に向かう。

 そして、暫くすると魔物の群れの上空を旋回しだした。

 刹那、急降下を開始するワイバーン。

 再び空に舞い戻ったそれの足には一見するとミミズの様な何かが掴まえられていた。

 

「さ、サンドワーム!」

 

 驚くべきことにワイバーンは全長二十メートル以上は有りそうなサンドワームを抱えながら軽々と飛んでいる。

 サンドワームは全身をくねらせ、もがく。

 それに対してワイバーンは長い首を伸ばし、サンドワームの頭を咥え、噛み砕いた。

 

「あ……あの固い頭部を?」

 

 信じられない。

 造作も無くとはこの事だ。

 俺はあまりのことに呆気にとられてしまった。

 そうする間にも、コンドルは……もとい、ワイバーンは飛んで行く。

 遥か彼方へ。

 俺は思わず安堵した。

 ワイバーンが去った事に。

 それと共に、サンドワームが一匹いなくなった事に。

 今の俺であれば倒せない事は無い。

 が、大変な事には変わりがないからだ。

 それにしても、だ。

 サンドワームが地上に? これもまたあり得ない事だ。

 クノス一体が拓かれて以来、初めての事では無いだろうか? そもそも、サンドワームが生息できる砂砂漠(すなさばく)は近隣に存在しないからな。

 何か……人為的な物を感じざるを得ない。

 これが、ただの杞憂(きゆう)であれば良いが……

 

 

 

 俺の懸念は的中した。

 魔物達が集いし場所の中心に光り輝く魔法円を発見したからだ。

 その(かたわら)には一匹のオーガメイジが立っている。

 中空に描かれた魔法円の下で両手を広げながら。

 その右手には一本の杖。

 見るからに禍々しい意匠を施されたそれは、俺が依然見た召喚杖に殊の外よく似ていた。

 

「だが……あの杖は城の宝物庫で厳重に管理されている筈! この世に二つと無い物かと思っていたが……違うのか?」

 

 しかし、現にそれはここにある。

 宝物庫が荒らされたとしたら蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていただろう。

 やはり、あれはよく似た杖だと考えた方が良い。

 それにしても、悪趣味な杖だ。

 それに……オーガメイジとオーガにゴブリンにオーク。

 あれは……ハイオークか、珍しいな。

 アンデッド系の魔物も無数にいるな。

 サンドワームは見えない。

 先程のが最初で最後の一匹だったのだろう。

 ん? 魔法円から何かが出て来たな。

 あれは……キマイラ! 良くもまぁ、これ程多くの種を揃えたものだ。

 ある意味、あのオーガメイジに敬意を表したい気分だ。

 それだけ多くの命を刈取り、力をつけた証なのだから。

 

「だが、これ以上は認められない」

 

 放置すれば何れクノスや近隣の村落に被害が出るだろう。

 特に天駆ける魔物は不味い。

 空から襲われれば、如何に堅牢な城壁を備えていたとしても意味をなさないからだ。

 俺は意を決した。

 それから、レンへの定時連絡を行う。

 

『レン、報告する。魔物の群れから一キロ余りの距離だが……数は六千強。それと……』

 

 分かる範囲で魔物の種別を伝える。

 そして、

 

『何とかなりそうだ。こちらで手早く処理しておく』

 

 と告げた。

 すると、

 

『分かりました。お願いします』

 

 レンはそれだけを返す。

 要するに、今の俺であれば何ら問題が起こりえないと判断したのだろう。

 もしくは……俺の事をどうでも良いと思っているかだ。

 無論、前者だろう。

 俺はそう信じて足を前に進める。

 

 俺は魔物の群れから六百メートル余りの距離まで近づいた。

 如何に迷彩用のマントを被り、風下から近づいているとは言え、そろそろ限界だった。

 故に、俺は魔法を発動する事にした。

 

「金縛りの悪霧」

 

 それは”霧”と”捕縛”、”聖球”を掛け合わせた魔法。

 広範囲を霧で覆い、その中にいる魔物を魔法”聖枷”によって動きを止める。

 アンデッド系の魔物はこの棘に囚われた瞬間に滅する、我ながら恐ろしい魔法だ。

 この魔法を選んだのは魔物を逃がさない為だ。

 空を飛ぶ魔物等が逃げ出すと、近隣への被害が起こり得るからな。

 俺の狙い通りにいったのか、風が多くの魔物の驚く声や叫び声を運んでくる。

 気のせいか僅かに血の香りも感じられた。

 

 それに、だ。

 数多の魔物を仕留める為に行使する次なる魔法、その確実を喫する為でもあった。

 

「逃れられない光雨」

 

 俺はそう呟き、右手を掲げた。

 その先に巨大な魔法円が現れる。

 それは”魔物感知””方位確認””距離測定””魔法の矢”を融合したものだった。

 その魔法円から無数の光る矢が飛ぶ。

 それらはまるで一つの生き物の様に光り輝く放物線を描いていた。

 天を舞う光る竜に見えるそれは魔物の群れの至近まで来ると、花開く様に一気に広がった。

 自らの獲物に襲い掛かる為に。

 そう、それは必殺の矢。

 何処までも追い掛ける矢。

 それが止まりしときは魔物の身体に刺さりし時。

 一つ一つの魔法の矢が確実に魔物の急所を穿つ。

 ”死の谷”を魔物達が奏でる絶命の調べが木霊した。

 

「やったか?」

 

 俺は光の雨が降り注ぐ様を近づきながら見ていた。

 だが、それは容易に否定される。

 ”魔物感知”にはっきりとした反応が見えるからだ。

 それだけで無く、魔物達が崩れ落ちたが為に発生した土煙を切り裂くかの様に複数の魔物が踊り出てきた。

 それらは、辺り見渡す。

 更には、俺の姿を見つけては唸り声を上げながら、飛ぶ様に駆け寄ってきた。

 

「ちっ! オーガとハイオークか!」

 

 俺は慌ててマントを脱ぎ捨てる。

 そして、槍を中段に構えた。

 オーガ共はそれを見ても止まらない。

 俺の事を取るに足りない小物だと思っているのだろう。

 あれ程の大技を見せたと言うのにな。

 俺は一見して赤鬼のように見えるオーガを最初の獲物に選ぶ。

 それは俺を侮っている所為か、無闇に飛び跳ねて向かって来ていた。

 魔槍”スコーピオン”に俺の魔力を注ぐ。

 瞬間、それは数百メートル先にいたオーガの首を貫いた。

 呆気にとられるその他のオーガとハイオーク。

 その間に、俺は槍の長さを戻しながら次なる標的の側に走る。

 ハイオークの醜悪な豚顔は未だ先のオーガの方を向いている。

 目だけが辛うじて俺を追い掛けていた。

 

「遅い!」

 

 その刹那、ハイオークの首は宙に舞っていた。

 その後、瞬く間に数匹の魔物を屠った俺は視線を魔物達が現れた先に向ける。

 土煙は既に晴れ、見渡す限り多くの魔物が倒れ伏している。

 だが、全てでは無かった。

 オーガメイジを守る様に三匹のトロールが立ち塞がり、当のオーガメイジは召喚を続けているようだ。

 それを裏付けるかのように魔物を召喚する魔法円が一際赤黒く輝き出す。

 束の間、泥の塊の様な物が現れた。

 それは腕の形に変わり、魔法円の(へり)をあろう事か掴む。

 まるで、自身の巨躯を引き上げようと試みているかのように。

 すると、のっぺらぼうの如き頭と二本目の腕が魔法円から出る。

 口と思わしき穴からは何やらガスが出ているようだ。

 その証拠にその辺りが揺らいで見える。

 刹那、酷い異臭が俺の鼻を突いた。

 それは紛うことなき汚泥の匂い。

 長い年月を経て蓄積されたヘドロ特有の異臭だった。

 

「今更、マッドゴーレムか……」

 

 ”湖”の階層で当初は苦戦を強いられていた俺ではあった。

 が、今は違う。

 俺は幾度もそれと戦い、今では完勝する術を得ていたからだ。

 であればこそ、マッドゴーレムより先に倒すべきは、

 

「まずは、オーガメイジだな」

 

 であった。

 色付きトロールに庇われつつ一心不乱に魔物の召喚を続ける”ソレ”を俺はマッドゴーレムより先に倒すべき獲物と見定める。

 

「神速……」

 

 ”素早さ向上付与”魔法を魔力結晶鎧の各部に重ね掛け、俺は一気にオーガメイジのいる場所を駆け抜けた。

 まるで一陣の風の様に。

 その横を通り過ぎる瞬間に槍を横薙ぎに振るいながら。

 都合四度。

 斬れ味の増した魔槍”スコーピオン”はいとも簡単に三匹のトロールを含む、オーガメイジらを斬り捨てていた。

 丁度その時、マッドゴーレムは完全に姿を現し、地表に降り立とうとしていた。

 刹那、鈍い音が響き渡り異臭を含むガスが辺りに満ち溢れる。

 だが、俺は動じない。

 流れ作業のように、決められた手順を踏むだけだからだ。

 

「火焔石弾」

 

 俺が声を発したと同時に無数の魔法円から赤く熱された岩が飛ぶ。

 それらは全てマッドゴーレムの泥で出来た身体に突き刺さった。

 口から絶えず出るガスにも引火したのか、上空に向けて火柱が立ち上がる。

 だがそれはマッドゴーレムが力尽きた証。

 次第に乾いた土くれへと還っていく過程で起こる一つの現象にすぎなかった。

 

「ふっ、他愛も無い」

 

 俺の体に屠った魔物の魔力が流れる。

 それも六千匹を超える魔物の力が一度に。

 しかし、以前ならともかく今の俺には大した量では無かった。

 故に、体がその継承する魔力の多さに強張る事も、気を失い倒れる事も無い。

 俺は既に”人外”への一歩を踏み出していたからだ。

 

「おっ、あれは……」

 

 俺はふと目に留まったそれを眺める。

 オーガメイジの屍に握られた”それ”は黒光りする長い棒状のものであった。

 ”魔物召喚杖”と呼ばれるそれを俺は魔物の手をこじ開けて取る。

 刹那、俺の頭の中にその使い方が浮かぶ。

 それはまるで魔法を習得する魔力結晶に触れた時の様であった。

 以前同じ様な杖に触れた際には起きなかった現象だ。

 恐らくだが、魔力が足りなかったのかもしれないな。

 

「成る程。これまで倒した魔物を呼び出せるのか……」

 

 俺はそれを知り、決断した。

 素早く、

 

「”密閉型防水収納庫(ストレージ)”」

 

 と声に出す。

 そして、現れた魔法円に杖を持つ手を入れた。

 再び魔法円から現れた手には何も握られていない。

 猫糞? 違うな。

 これは城の宝物庫にある物とは別物だ。

 報告の義務? 俺の任務は魔物を殲滅する事だけだ。

 杖に関して言及する必要は無い。

 それに、だ。

 戦利品は俺の物。

 探索者なのだから当然だろ? スケルトンメイジ”アレクシス”の大鎌? 知らんな。

 

 こうして俺は”魔物召喚杖”を手に入れたのであった。

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