表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルと異世界の地下迷宮  作者: ツマビラカズジ
第一章 始まり
10/169

#010 地下五階

 ここ数日は三度なる鐘の音で目が覚める。

 今朝は朝六時だと言うのに薄暗い。

 いつもであれば、夏空の様に白く輝いているのだが。

 昨夜の酒が残った俺の頭の中のように空はどんよりとしている。

 ロンも飲み過ぎたのだろう、珍しく寝ぼけ眼だ。

 

「うーん、頭が痛いよ……」

 

 ロンが開口一番分かり易い症状を訴える。

 二日酔いだ。

 

「ロン、それは二日酔いだと思う。水を多めに飲んで、軽く汗を掻くと治る」

 

 いつも通りの俺を恨めしく見ながら、ロンは水を飲んだ。

 いい経験したな、ロン。

 

 部屋を出た俺達は井戸のある場所へと向かう。

 酔い覚ましと寝汗を流す為に軽く水を浴びたいからだ。

 汲み上げた井戸水はとても冷たい。

 だが、今はそれが心地良い。

 

 食堂に入り、大銅貨一枚を出す。

 そして変わり映えのしない食事を摂った。

 毎度思うが、何故メニューを変えないのだろう? 同じものを作るのは料理人としてもつまらないだろうに。

 それとも、簡易宿泊施設に居付かない様、敢えてやっているのだろうか。

 

 広場に下り、地下迷宮の側にある詰所に着くと、既にレンが待っていた。

 暫く待っていたのだろう、若干ご機嫌斜めだ。

 

「今日は遅いですね。昨日は遅くまで飲んでいたようですが……ロン! 騎士は時間に厳しいですよ! 品行方正で無い者は騎士に成れない場合もありますからね!」

 

 レンのお小言をロンは頂戴した。

 まぁ、顔も浮腫(むく)んでるし、目も腫れぼったいし。

 これで、俺は騎士に成る! 、と言っても、説得力ゼロだ。

 ただ、ロンがしっかり反省をした様子を見て取れたのだろう。

 レンもそれ以上は言わなかった。

 

 

 

 さて、今いるのは地下五階だ。

 ここまで来るのに五時間は経っている。

 そろそろ十二時近いだろう。

 レンの案内で地下一階から地下四階の各階を最短ルートで進んだとはいえ、結構な距離だ。

 一時間当たり五キロ歩けるとしても、二十五キロ。

 中禅寺湖を一周出来るな。

 

 意外な事にそれ程疲れていない。

 やはり、魔力を継承すると筋力が付いたり、頑健になったりするのと同様に持久力も上がるのだろう。

 一休みするだけで、まだまだ歩けそうだ。

 だが、例え体力に余裕があるとは言え、もう目的階まで歩く必要もなくなった。

 

 理由は、地下四階から五階へ転移する部屋でもこれまで同様、魔法を習得したからだ。

 一つは鎌風の魔法。

 俗にいうカマイタチだ。

 

 そして、もう一つが階層転移。

 そう、入った事のある階層であれば瞬時に移動する魔法だ。

 迷宮離脱の魔法と同様に、術者に触れる必要はあるが複数名を一度に転移する事ができる。

 非常に便利だ。

 いつも思うが、何故迷宮探索の助けとなる魔法が迷宮内で習得できるのだろうか?

 管理者がそれを望んでいる? そんな馬鹿な……

 

「ハル、ロン。この階の説明をします。こちらに集まって下さい」

 

 ん? あぁ、作戦会議か。

 俺とロンがいそいそとレンのいる部屋の壁際に集まる。

 

「まず、この地下五階はこれまでの階より遥かに広いです……」

 

 レンの説明によるとこれまでの八倍程もあるらしい。

 どうりで最初の部屋に扉が四つもあるわけだ。

 それぞれにこれまでの階と同程度の迷宮が広がる……訳でも無いか。

 八倍だ、それ以上の広さなのだろう。

 

 この階の魔物は大蟻だ。

 大きさは三十センチから一メートル弱。

 集団で襲ってくる。

 また、複数の女王蟻で営巣する。

 その為、大蟻の数はとんでもないらしい。

 

 証拠部位は不要。

 魔力結晶のみだ。

 これは駆除方法にも関係する。

 この大蟻、体の中に燃えやすい液体を蓄えているらしい。

 燃える水? 石油? アルコール?

 よって、火球魔法を放つと良く燃える。

 後に残すのは魔力結晶のみだ。

 死骸の解体も不要。

 素晴らしい!

 

 ただ、本当に数が多いらしく、魔力が切れた状態で交戦すると骨だけ残して食われる事も。

 軍隊蟻かよ……

 また、仲間を呼ぶ習性があり、一度交戦するとしぶとく追いかけて来るが転移部屋や結界魔法には入って来れない。

 因みに、鎌風の魔法は大蟻の体を複数体貫ける威力があるので、その後、火球魔法を放つ事で延焼を起こし、魔力を節約する方法もある。

 色々考えられてるな。

 鎌風と火球魔法を同時行使したらどうなるんだろう? 余裕があれば試してみるか。

 しかし、ランクアップしてない見習い探索者はこの階はきついのでは? まぁ、俺が心配してもしょうがないな。

 そのあたりはベテラン探索者が考えているだろう。

 

「では、出発します」

 

 レンの号令の下、転移部屋を出る。

 方角は分からないが、扉の横にはこの世界の数字で四と書いてあった。

 不吉な……とは言え、この世界でそう思うのは俺だけか。

 扉を出て三方に伸びる道を左に進む。

 真っ直ぐに五分ほど進むと扉が見えた。

 何も言われずにロンが匂いを確認する。

 

「何かいる……」

 

 人では無いなら大蟻だろう。

 レンから指示が飛ぶ。

 

「逃げる大蟻は殺さないで下さい。ここに来てもらいますから」

 

 なるほど。

 仲間を呼ぶ習性を利用しておびき寄せるのか。

 

「それでは、開けます」

 

 レンの合図で扉が開く。

 中にいた大蟻の触覚が俺達に向いた。

 俺達は近くに大蟻がいない事を確認し、開いた扉の左側に俺が、右側にロンが飛び込む。

 レンは中央だ。

 

 俺の前には三匹の大蟻がいた。

 槍を持たない左手を一番近い奴に向け、火球の魔法を行使する。

 赤い魔法円が現れ、その中心から炎の玉が大蟻に襲い掛かる。

 火球が当たった大蟻は潰れ、一瞬にして燃え上がる。

 潰れる瞬間に俺の鼻を消毒液のような匂いが刺激した。

 エタノールか?

 

 余計な事を考えている間に他の二匹が近づいてきた。

 俺は最初の一匹と同様に、向かってくる二匹も外すことなく火球の餌食とする。

 ふと、最初の一匹を燃やした場所を見ると、燃えカスの中に魔力結晶が見えた。

 近づき、手に取ってみる。

 熱い事は熱いが、火傷する程でも無い。

 残る二匹に視線を移し、同じく魔力結晶が見えたのでそのまま近づいて拾った。

 ひょっとして、今までの階で一番楽な魔物では無いだろうか。

 俺は遂にブルーオーシャンを見つけたのだ! ……いや、競合はいるし、未開拓でも無いから違うか。

 レンとロンの方を見ると同じように魔力結晶を拾っていた。

 燃えたと思われる痕を数えると、レンが五匹、ロンが四匹。俺が一番少なかったようだ。

 

「一匹逃しましたのですぐ来ると思います。出口を囲むような形で待機しましょう」

 

 俺達は扉の無い出入り口に対して扇状に配置した。

 出入り口からの距離は八メートル。

 火球魔法を行使するのは基本、俺とロンだけだ。

 撃ち漏らした場合、レンが対処する。

 それすら逃れてきた場合は槍で刺す。

 尚、大蟻の顎は強く、一度噛んだら離さないので気を付けるようにとの事だ。

 いやいや、決して噛まれないようにするし。

 

 

 

「大蟻の匂いが近づいてきた」

 

 ロンが自慢の嗅覚で大蟻を察知する。

 大蟻を逃がしてから約二十分か。

 片道十分ぐらいの所に巣があるのかも知れないな。

 

 最初の火球は俺の番だ。

 手を出入り口に伸ばし、魔法円を出す。

 そこに大蟻が壁伝いに出て来た。

 体が完全に室内に入ったのを見定めて魔法を放つ。

 一瞬にして燃え上がる大蟻。

 それを避けて次の大蟻が室内に踊り出る。

 それはロンが冷静に対処した。

 俺が感心する間も無く、新手の大蟻が現れる。

 間髪入れずに火球を見舞う。腹を上に向け、足掻きながら燃え上がる大蟻。

 その間にも第二、第三の大蟻が室内に飛び込んできた。

 俺とロンは互いの番など気にせず、火球魔法を放出する。

 だが、俺とロンの二人掛りでも逃す大蟻が出て来た。

 魔法を放つ速度より、大蟻が勝ったからだ。

 

「あっ!」

 

「しまった!」

 

 ロンと俺が慌てて口走る。

 その所為か、一度に数匹の大蟻を通してしまた。

 しかし、そんな大蟻もレンが素早く処理した。

 俺の知らない魔法。

 一つの魔法円から複数の火の矢? が飛んだ。

 流石はベテラン探索者だ。

 

 その後からも途切れる事が無いかと思えるぐらい、大蟻が現れた。

 俺とロンは何度かは撃ち漏らしたり、同じ大蟻を撃ったりはしたが、レンのフォローもあって、何とか無傷で大蟻を(さば)いた。

 俺とロンが魔力結晶を拾う。

 新たに拾ったのは三十二個。全部で四十四個になった。

 この部屋に入ってから僅か三十分でこの数。

 悪くないな。

 いや、寧ろ凄く良い結果だ。

 

 ただ、気になる事もある。

 俺は一人で探索を続けねばならない。

 深層に入りたがる探索者は少ないと聞いたからだ。

 もし、一人でこの階に来たら、間違い無く死ぬだろう。

 俺とロンの二人掛りでも大蟻を通してしまった。

 その事からも明白だ。

 では、どうしたら良い? レンの使った魔法を習得する。

 それも手だが、それが何処にあるか不明だ。

 中層や深層にある場合、途中の階で大蟻の様に集団で襲撃する魔物に出会えば、結果は言わずもがなだ。

 一対多でも後れを取らない術を身に着ける必要がある。

 それが出来て初めて一人で探索出来る様になるだろう。

 

「ハル? 如何しました?」

 

 心配そうなレンの言葉に俺は意識を戻した。

 

「大丈夫。ちょっと考え事が……」

 

 俺の言葉にレンは思い当たる事がある様だ。

 何となくだが納得したと分かる。

 

「この先には今までより大型の大蟻がいる可能性があります。その場合、鎌風の魔法を使用してから火球を使ってください」

 

 

 

 先ほどの部屋から十分ほど歩いた場所に新たな部屋が見えた。

 扉のある場所には扉は無く、白い棒状の何かが(うずたか)く詰まれている。

 巣の出入り口だろうか? その前には大型の大蟻が三匹ほど見える。

 大顎をこちらに向け、威嚇音(いかくおん)を出していた。

 俺達は鎌風の魔法が届くギリギリの範囲まで近寄る。

 大蟻もそれは理解しているのだろう。あと一歩と言う所で突如向かってきた。

 

 俺とロンは慌てず鎌風を放つ。

 俺の鎌風が大蟻の首を飛ばした。ロンの鎌風は大蟻の腹を割いた。

 だが、それだけでは大蟻は止まらない。

 ロンが二発目の鎌風を出し、今後は首を刎ねた。

 俺はその間にもう一匹の大蟻を始末する。

 エタノールの様な匂いが僅かに漂う。

 俺は匂いの元に火球を投げ込んだ。

 炎は静かに燃え広がり、やがて消え去った。

 

「後ろに念の為、結界魔法を張ります。その後、巣の入口を吹き飛ばします。ロンとハルは出て来る大蟻をお願いします」

 

 そう言ってレンは後ろの通路に結界魔法を出した。

 目の前に、巨大な魔法円が現れる。

 それが幅五メートル、高さ四メートルの通路を壁の如く現れ魔物を防ぐ。

 俺やロンが出す結界は直径三メートル前後でしかない。

 どうやればあれほど巨大な結界を出せるのだろうか? 後で先ほど使った魔法も含めてレンに聞いてみよう。

 

 続いて、レンは前に有る出入り口を塞ぐ遮蔽物に左手を向けた。

 黄色い魔法円が描かれ、同じ色の輝く球が飛び出す。

 その球が遮蔽物に当たると、それが轟音と共に吹き飛んだ。

 爆発の魔法らしい。

 吹き飛んだ物の一部が俺の足元に転がる。

 それは何かの骨だった。

 まさかの、人骨?

 感傷に浸っている間も無く、大蟻が現れた。

 

「二人とも、しっかり稼いでください!」

 

 レンの激が飛んだ。

 何を? とは聞かない。

 魔力の継承だろう。

 次のランクアップまでは千体屠る必要がある。

 だが、一体でも魔力を継承すれば、その分力が上がる。

 ランクアップなどおまけのような物だ。

 

 俺とロンはその言葉に答えるかのように、大蟻を仕留める。

 比較的小型の大蟻には火球を、大型には鎌風と火球を放ち、目の前に紅蓮の炎を躍らせた。

 時には炎を避けて大蟻が現れるも、レンが簡単に殺した。

 戦闘が始まってから五分が過ぎ、俺達以外の生き物は通路にいなくなった。

 今回だけで三十発以上の火球と鎌風の魔法を使ったが、まだ疲れは出ない。

 魔力を含めて地力は確実に上がっているようだ。

 

 出入り口付近に転がっている魔力結晶を拾う。

 全部で四十一個あった。

 部屋の中を覗くと無数の白く細長い物が整然と並べられていた。

 その数は百以上はある。

 一部は裂け、中から大蟻の幼体が這い出ようとしていた。

 レンが、

 

「成体で無ければ魔力の継承や魔力結晶は無いのですが……生かしておく理由もありませんしね」

 

 と言い、魔法円を出した。

 直後、巨大な鎌風が無数の卵を一度で寸断する。

 卵が崩れ、中身が床一面に広がる。そこに火球を放ち、床は一瞬にして業火に見舞われた。

 俺とロンは開いた口がふさがらなかった。

 しかし、最初の蟻が兵隊蟻、今回のが働き蟻だとすると……まだ、女王蟻は出て来ていない。

 間違い無くこの先には女王蟻がいるな。

 

 更に十分ほど歩いた所に先程と同じ様な部屋を見つけた。

 働き蟻と思われる大蟻が三匹、身構えている。

 鎌風の魔法と火球の魔法を行使し、難なく片づけた。

 レンが遮蔽物を破壊すると、大蟻が湧き出てくる。

 それらを俺とロンで仕留める。

 最早、単純作業の様相を呈している。

 如何に害虫駆除とは言え、後ろめたい物も感じるな。

 合わせて三十五匹の大蟻を倒し、部屋の中を覗き見る。

 そこには幼体と思わしき大蟻が百体程いた。

 卵の部屋と同じく、鎌風と火球でレンが簡単に処理する。

 素晴らしい……後ろめたいと言ったのは嘘だ。


 遂に俺達は女王蟻を見つけた。最後の部屋から十分ほどの距離だ。

 ただ、途中の道が幾重にも分岐した為、潰した部屋は二つになる。

 合計五部屋。女王蟻のいる部屋を含めれば六つ目だ。

 部屋はこれまでよりも大きい。

 中を覗くと三体の女王蟻とその周りに各々大蟻が七、八匹いる。

 女王の介助役だろう。

 それ以外にも大きな大蟻が六匹ほどいる。

 雄蟻だろうか? 女王蟻の半分ほどの大きさだが、女王蟻自体が兵隊蟻の三倍ほどの大きさもある。

 十分な大きさだ。

 

 不思議な事に、奴等は俺達に襲い掛かって来ない。

 卵を産むのに忙しいのかもしれない。

 レンが俺とロンを見て、首を縦に振る。

 

「やってしまいなさい」

 

 とは言わないが、俺とロンは頷いた。

 中にいる大蟻は大型の物ばかりだ。

 まずは鎌風の魔法で魔物の体を寸断する。

 最初に産卵の介助をしている働き蟻。

 次に雄蟻。

 最後に女王蟻だ。

 全ての蟻の首を刎ねた時、心地良い熱が体を襲う。

 魔力を継承する時の感覚だ。

 強力な個体でもいたのだろう。

 

 だが、魔力結晶を集めてみたが色付きでは無かった。

 色付きに成りかけの個体だったのだろうか?

 レンに聞いてみるとその可能性もある様だ。

 ついでに、魔法に関しても聞いてみた。

 

「レン、卵や幼体を一度で殲滅した魔法だが、あれは鎌風でいいのか?」

 

 俺の問いに、レンは素直に答える。

 

「ええ、魔法円を出す際に魔力を多めに加えるとあの様になります。勿論、習熟が必要ですけどね」

 

 成程。

 多分、結界魔法も同じだろう。

 後は、あれだ。遮蔽物を取り除いた……

 

「吹き飛ばした魔法は何?」

 

 ロンが俺の代りに聞いてくれた。

 レンの答えは案の定、

 

「爆発の魔法です」

 

 だった。

 地下六階で習得できるらしい。

 有用な魔法だ。

 早く覚えたいものだ。

 

 さて、ここまで合わせて六つの蟻部屋をつぶしてきた。

 その結果、魔力結晶の数は既に百八十七個だ。

 これまでにない大成果。数だけ見れば迷宮を出てもおかしくないだろう。

 だが、まだ一、二時間しか経過していない。

 やろうと思えば、もう一つぐらいコロニーを潰せるだけの時間はある。

 ……さて、どうする?

 

 答えはレンが出してくれた。

 

「もう一箇所潰しますよ」

 

 

 

 それから一時間は経過したころに(ようや)く蟻の守る部屋を見つけた。

 つまり、この先からコロニーが広がっているのだろう。

 曲がり角の壁際から部屋の出入り口を覗くと、赤黒い兵隊蟻が見える。

 大きさは先程の大蟻よりは小さいが、赤い所為か、見た目が凶暴だ。

 動きも活発で、大顎をせわしなく鳴らしながら、周囲を警戒している。

 それを見たレンが、

 

「最初から鎌風の魔法を使ってください。火球は最後でいいでしょう」

 

 と言った。

 火球だけでは仕損じる可能性があるのだろうか?

 俺とロンが角を出て姿を晒すと、大蟻は勢いよく向かってきた。

 頭を低くしているので首を刎ねずらい。

 だが、腰を下ろし、手を地面すれすれに翳す。

 その高さから放たれた鎌風を正面から受けた大蟻は、二枚に下ろされた魚の如くであった。

 どうやらこの大蟻は先程とは種別が異なるらしい。

 猪突猛進に来るだけだ。

 ただ立っていれば一直線に向かってくる。

 定期的に魔法を出すだけの、簡単なお仕事です。

 

 三十発ほどの魔法を出した頃には、動く大蟻の姿は見られなかった。

 火球の魔法を放ち、急いで通路の影に隠れる。

 ……念の為だ。

 特に爆発する事も無く、派手に燃えただけだった。

 俺はビビりだな。

 

 次に見つけた部屋の出入り口には遮蔽物が施されていた。

 白い人骨の他に、黒い大蟻の足なども見える。

 こいつらは別種の大蟻も食べるのか。

 

 レンが大音と共に遮蔽物を取り除く。

 そこから溢れ出てくる大蟻に対しては俺とロンが屠る。

 やはり何匹かはレンの世話になるが、五分後には大蟻を殲滅する事が出来た。

 しかし、この種類の大蟻は兵隊蟻が多い。

 先ほどの倍はいるのではないだろうか。

 

 その後更に三つほどの部屋を攻略し、遂に女王蟻のいる部屋へと辿り着いた。

 俺達は静かに中を覗き見る。中には女王蟻が五匹、雄蟻と思われる個体が五匹、働き蟻が三十匹はいる。

 ただ、雄蟻と思われる個体が曲者だ。

 どう見ても黄色く輝いている。

 はい、色付きです。

 ありがとうございます。

 

「……レン、あれ」

 

 ロンが戸惑って問う。

 まぁ、そうだろう。

 色付きが五体を同時に相対するのは厳しい。

 何か手段を考えなくては。

 

「問題ありませんよ。私が注意を引きつけるので、ロンとハルはこれまで通りでお願いします」

 

 そう言って、レンは部屋の中に飛び込み、五匹いた女王蟻を火矢の魔法で瞬殺した。

 女王蟻を殺された雄蟻や働き蟻はレンへと向かう。

 

 レンに襲い掛かる色付き大蟻と働き蟻。

 それを紙一重で躱すレン。

 敢えて攻撃を加えぬ様にしている。

 時折、槍でいなしたり、守る様に魔法円が出現している。

 盾の魔法とかもあるのだろう。

 傍から見るとスポットライトの真下で風の様に舞い踊るレンだ。

 

 俺とロンは奥にいるレンに当たらない様に注意しながら、鎌風の魔法を大蟻の喉元に放つ。

 働き蟻を殲滅した後、色付きの雄蟻に対して鎌風を飛ばす。

 だが、意外な事に一度の鎌風で首を飛ばすことは叶わなかった。

 俺は魔法を諦め、槍を構えて色付き蟻の懐に飛び込む。

 蟻の大顎が俺の方を向いた刹那、その首を槍で刎ね飛ばした。

 俺はそのまま、次の色付きを背後から忍び寄り、袈裟切りよろしく首を落し、その次も同じように仕留めた。

 レンの事しか見えていない大蟻は、色付きと言えど簡単な獲物だった。

 

 身体に熱い物が込み上げてくる。

 色付きの魔物を三体屠ったのだ。

 急激な魔力継承が起きているのだろう。

 だが、前回の様に倒れることは無かった。

 それだけ俺は多くの魔物を殺してきた事の証左だった。

 残りの二匹の色付きはロンが倒していた。

 ロンも問題なさそうだ。

 

「良かったですよ。特に、鎌風が効かないと分かってから(すぐ)に槍で攻撃したのは良かった」

 

 レンからお褒めの言葉を頂戴しました。

 いと嬉しい。

 

 それより、色付き五体と働き蟻に襲い掛かられて無傷のレン。

 一体どうやったのだろう? いくら俺の知らない魔法を使えるとは言え、可能なのだろうか? 服も汚れたり、綻びたりしていない、単純に一度も攻撃を受けなかったと言う事だ。

 前から思うのだが、レンの魔力結晶は何色なのだろうか?

 

 

 

 さて、本日の害虫駆除はこれでおしまい。

 迷宮を出て、探索者ギルドに戻る事に。

 今日は結構な稼ぎだ。

 色付き五体に大蟻が数百体。

 換金結果が楽しみ過ぎて、顔がにやけてしまうじゃないか。

 

 足取り軽く探索者ギルドに入ると、何時にも増して混雑している。

 今日はどの組みも大成果だったのだろう。

 受付台にも大量の魔力結晶が並べられている。

 当然幾つかの色付きも散見される。

 騎士団への入団レースは混戦模様だな。

 ロンもうかうかしてられないぞ。

 そのロンを見やると、後ろから来たドリス、オバダイアそしてザドクに手を振っていた。

 

「あら、レン。それにロンと……ハルだったかしら。奇遇ね」

 

 ドリスのウサミミが周囲を警戒するかのように、せわしなく動いている。

 前回は気が付かなかったが、丸い尻尾もズボンから出ている。

 まんまバニーガールだな。

 しかし、あれ程俺が騎士団に入らない理由を聞きたがっていた割には俺が最後か。

 さては気分屋だな。

 

「やあ、ドリス。随分と稼いだようだね」

 

 レンがドリスの持つ革袋を見て言った。

 それは、はち切れんばかりである。

 だが、ドリスはレンの持つ革袋に目を移し、込み上げる笑いを堪えながら言う。

 

「ふふふ、レンには負けるわね。でも久しぶりに稼がせて貰ったわ。今夜は呑むわよ!」

 

 ドリスは酒飲みか……俺の職場にも酒好きで仕事好き、且つ、ダメ男好きの女がいたが、事あるごとに飲んでいたな。

 意外と小銭は貯めていたが、時々男に貢いでいた。

 男に車買ってやったとか聞いたときは職場の全員がドン引きした。

 ……いい思い出だ。

 ドリスもきっとそんな感じだろう。

 

「何よ、私の顔に何かついてるわけ?」

 

 いかん、ドリスに絡まれそうだ。

 ここは逃げの一手。

 適当に誤魔化して奥の開いてない受付に向かう事にする。

 

「……逃げたわね」

 

 後ろから何か聞こえたが、気にすることは無い。

 酔っ払いには絡まれた方が負けなのだから。

 

 苦笑いしたレンが俺の後から受付に着く。

 すると、豊満なエルフ女が素早く受付を開けてくれた。

 相変わらずレンを見る眼差しが熱い。

 頬をほんのり朱色に染めている。

 恋する乙女だ。

 俺もあんな顔で見つめられたい。

 ……いかん! 俺はエミ一筋だ。浮気なんか……プロフェッショナルな一時の相手を除いて……決してしないんだからね!

 エルフ女がレンの出す革袋から魔力結晶を取り出す。

 いきなり色付きの魔力結晶が転がる。

 エルフ女が手が一瞬止まり、何故か溜息を出した。

 色付きが出ると奥で査定しなくてはいけない。

 それが面倒臭いからだろうか? 顔を見ると綺麗な顔の眉間に小さな皺が出来てた。

 

 暫くすると色付きがまた一つ。

 皺が少し深くなる。

 色付きの魔力結晶が出る毎に、皺がどんどん深く、目つきが険しくなった。

 五つ目が出た時には険しい目が潤い出していた。

 そんなに嬉しいのか? いや、逆か。

 後ろから、

 

「凄いわね……」

 

 ドリスが言う。

 ロンの肩を馴れ馴れしく触れながらだ。

 良く見るとロンが離れようともがくが、がっちりと肩を掴まれている……

 

「……五階だけですか?」

 

 エルフ女の問いに、俺達は頷く。

 その答えに何か思ったのだろうか? その後は問題無く魔力結晶を数え終えた。

 ちゃっかりドリスも頼んでいる。

 エルフ女は二つの革袋を持って奥へと戻っていった。

 それにしても彼女は何を考えていたのだろうか?

 その答えはレンから出た。

 

「エレノアは百年前に起こった地下迷宮の活性化と今回の魔物の発生を重ねているのかもしれません」

 

 要するに、百年前に地下迷宮の魔物が大量発生する事件があったらしい。

 話を聞くと、事件と言うか、災害に違い。

 地下迷宮だけで無く、近隣にも魔物が溢れ、多くの人が犠牲に。

 探索者ギルドの内部でも最近は問題になりだしているとの事であった。

 ……俺、関係ないよね? 実は俺、この世界的に忌子だったりしないよね?

 

「心配しなくていいわよ。今のところ地下迷宮の低層だけ。近くの村落でも問題は起きてないわ」

 

 そういうものか。ならば良し。

 (しばら)くしてエルフ女もといエレノアが現れた。

 手には二つの革袋を下げている。

 一つをレンに、もう一つをドリスに渡す。

 それぞれ、大銅貨で六百三十枚、四百二十枚と言う内訳であった。

 俺達の方が多いのは色付きが五体もあったからだろう。

 色付きが一体五十枚だとすると、ドリス達の方が多く狩った事になる。

 

 俺は銀貨四枚と大銅貨を十枚受け取った。

 ロンも同様にしている。

 これで俺の全財産は銀貨六枚と大銅貨五十八枚だ。

 目標とする額の半分は超えた。

 だが、収入が多い分、一割税も高くなる。このままだと納税額は七万ガルを超えそうだな。

 

 その後、レンを除く俺達は蒸し風呂に入った。

 以前ロンに注意を受けていたのでドリスの体を凝視する事は無かったが、ドリスも隠すことはしなかったので、よく見る事が出来た。

 ナイスバディ!

 

 逆にロンが恥ずかしそうであった。

 ドリスは体を(わざ)とロンに当てたり、通りすがりに触ったり、見せつけたりしていた。

 ……まぁ、普通にセクハラだな。何故かオバダイアとザドクが申し訳なさそうにしていた。

 

 汗を洗い流した後、そのまま簡易宿泊施設の食堂に流れ込む。

 いつもの食事。食後には先日気に入った酒。

 ロンとオバダイアは普通の葡萄酒、ザドクとドリスは更に強い酒を飲む。

 ドリスが酔った振りをしてロンにセクハラ。

 俺とオバダイアとザドクがそれを防ぐ。

 そんな事を戯れを繰り返しながら、楽しい夜は過ぎさっていった。

 

 尚、ロンの貞操は無事守られたことをここに明記しておく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ