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第零話   ある雨の日に

タイトルは「かぜのもうきん、みずのてんにょ」です。

タイトルにもルビが振れたらいいのに……。

 ある雨の日のことだ。

 一羽の猛禽が地面に横たわっていた。その勇猛たる翼は暴威を振るった風に折られ、流す血は地面を流れる水に洗われる。

 そんな猛禽を一人の女性が覗き込んでいた。

 とても奇妙な女性である。髪の毛が緑色をしており、服装は荒れた天気の中でも腕を肩から剥き出しにしているため寒かろう。

 しかし最も奇妙なのは、その背中。

 真っ白な、翼がある。


「――さぞ、優れた血統の妖人(アヤカシ)だったろうに。魔人の暴威にやられたか」


 どこか諦観を含めた声音で奇妙な女性は目の前に横たわる猛禽に話しかけた。

 この横たわる猛禽だが、実はこちらも女性に劣らず奇妙な姿である。

 まず、大きい。翼長がでは無く、身長がだ。そもそも鳥と言うには体の造りが妙に人間臭いのだ。その骨格はしっかりと直立するための造りで、翼の先、人の手に当たる部分には鋭い鉤爪。顔は鷲のような鋭い顔つきだが犬のような獣耳が頭頂に立っている。そしてとても美しい尾羽を持っていた。

 こんな鳥は自然界には存在しまい。女と猛禽。互いに奇妙な存在だった。


「……誰か、そこにいる、のか……?」


 そこで、地に伏す猛禽が息も切れ切れに呻いた。傍に何者かの存在を感じたらしい。いや、それよりも喋れる猛禽など普通は聞いたことが無い。


「……驚いた。まだ息があったのかい? それだけの傷でまだ尽きぬ生命力、力ある妖人の血統と見受けるが……」


 女が一度驚いたように目を見開いた。だがそれは猛禽が人語を話すということにではなく、まだ息があったということに対してのものだった。


「……ははっ。なに、通りすがりの魔人が……片手間に起こした、天変地異でこの様だ。それよりも、あんたは? 人間か? それとも……あぁ、天人(あまんと)か……?」

「いや、天人ではないよ。天人に至らせる前の、契約前の俗に精霊や神霊などと呼ばれるような存在ではあるがね。あぁ、力ある者は天使とも言われてもいたな」

「そう、か。頼みが、あるんだ……」


 今にも消えゆきそうな命の火を目の前に、女はその猛禽の腕――鉤爪を、自分の手が傷つくことも厭わずに手に取った。


「俺は、もう助からないだろう……楽に、してくれないか?」


 実際その猛禽は己の身体の状態をよくわかっていた。それほどの重傷を負ったし、血も流しすぎている。妖人という只人とは比べ物にならない力を持ってはいても助からないだろう。

 だからこそ、今ここに力ある存在が居ることに感謝した。あの世へと送ってくれと頼めるゆえに。


「ふむ。しかし本当にその選択でいいのかい?」


 ただ、女はそれを良しとはしなかった。


「キミがこのまま力尽きる、または私が苦しまないように止めを刺すという選択の他に――第三の選択肢を、私は提示しようじゃないか」


 しかし、この場に居合わせたことに感謝しているのは女も同様だった。女はその性質上、大変気まぐれな性格だったが、今回ばかりは気まぐれではなくしっかりと自分の意志でこの猛禽を助けようと思った。

 今の荒れた天気だが、ほんの五分前は雲一つない快晴だったのだ。その空を優雅に翔る猛禽を目にしていた女は、この猛禽がもう空を掛けることが出来ないのはもったいないな、と感じていたのだ。


「今この場で〝パズズ〟に遭遇してしまったのは不運だったとしか言いようがないな」


 それが今の荒れた天気を作り出した元凶たる魔人の名だった。


「……パズズ。あれが、有名な……威風堂々たる風の、魔王、か……」


 己を蹂躙していった暴虐の主の正体を呟く猛禽。そんな彼の胸にそっと人差し指を当てて女は語りかける。


「第三の選択として、あなたを助ける道を選ぼう。あなたは私と契約することで生きながらえることが出来る」

「……出来るのか? 妖人が、天人になるための、契約を……行使できた、という……話は、聞いたことがないぞ……?」

「何事も挑戦、ってね。始めよう」


 瞬間、女の周りで風が渦巻く。

 しかしそれは荒々しいものではなく、傷ついたものを慰撫するかのような風だった。薄く緑色に発光する女の髪の毛を躍らせて、周囲の雨を退けて、空を覆う黒雲すらも払っていく。


「我が名は〝ラビエル〟。〝神の薬〟、〝神の癒し〟と人は呼ぶ。キミの名は?」

「……ははっ。驚いた……あんた、ラファエルか……!」


 猛禽を撫でる風が、徐々に傷を塞いでいく。とても奇妙な現象だった。猛禽の眼に少しだが生気が戻る。

 女はその眼に何かを見出したのか、満足そうに微笑んだ。

 猛禽は自分の幸運に、素直に甘えることにしたのだ。


「……ジズ系妖人(アヤカシ)族……鳥獣王(シームルグ)。現代に紛れる、非力な高校生だ……」

「ほう、若いな。私も多少ながら現代の〝シャカイしすてむ〟とやらを把握しているぞ?」


 自慢げにふんぞり返る様は、さぁ褒めよと言わんばかり。


「それは、よかった……俺の名前は……」


 そんなやり取りから間を開けることなくその日、隔離都市「天原」のはずれにある山林で緑色の光が空へと昇る現象が確認された。

 それは、たった数分間台風が到来したかのように荒れた、ある雨の日のことだった。


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