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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第八部:日常という有り触れた日々
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「−−魏から使者が来たのか?」


「えぇ、和樹さんの件のですね。今頃は玉座で謁見してますよ…たぶん居心地悪いでしょうけど」


「…前田先輩の言葉じゃないですけど…可哀相に…きっと針の筵でしょうね」


「将司さんも同席してるみたいですから…。…きっと殺気やらをビシビシと…」


「…益々…可哀想だなぁ−−…落ちましたね」


「…落ちたな」


「惚れ惚れするぐらい見事な落馬ですね……ちゃんと受け身とってるのは感心しますけど」


城の敷地内にある馬場で俺と一曹、そして二曹の“元日本人組”は囲い柵へ寄り掛かりながら話をしている。


馬場の中では徐盛が黒馗に跨がり、乗馬の訓練をしていたが−−つい今しがた“見事な落馬”を披露してくれた。


「宮部、行ってくれ」


「はい先輩。盛坊、大丈夫か〜〜?」


一曹の催促に二曹は頷くと囲い柵を乗り越え、落馬した徐盛の下へ駆けて行った。


「…しかし和樹さん」


「あん?」


「いきなり黒馗はキツいんじゃないですか?」


「馬は馬だ」


「まぁ、そうですけど。…っていうか盛坊、一応は乗れるんですね」


「駈歩までだがな。襲歩は、まだ無理らしい」


「俺から言わせてもらうと…尻の上下運動のタイミングが変ですね。少しオーバー気味で馬のリズムに対応してない」


「まぁな。…あぁ所で−−」



「弓ですよね?教えられる所は教えますよ。一応、小、中学で弓道やってましたから」


「済まんな。俺も和弓は教えられるから手伝ってくれ」


「了解です。…ところで和樹さんは槍術や棒術とかって出来ますか?」


「一応な。…どっちかと言えば銃剣術の方が教え易いんだが…」


「似たようなモンでしょ」


「それもそうか…」


囲い柵へ寄り掛かるながら互いに苦笑する。


馬場の中では二曹の指導で徐盛が再び黒馗へ跨がり訓練を再開−−−……するが襲歩に移った所で、また落馬した…。










〜Other side〜







「曹魏将軍 張文遠。我が主、曹孟徳の名代として参りました」


「同じく楽文謙にございます。呉王 孫伯符様の御尊顔を拝し奉り−−−」


「御託は良い。申すべき事のみを申せ」


−−玉座の間の空気が更に重苦しいモノになる。


雪蓮は玉座に頬杖をつきながら眼下で跪いている霞と護衛の凪を睨む。


玉座の間には主要な武将達が集まり−−威圧的な視線を二人へ注いでいる。


あからさまかつ尋常ならざる敵意を感じ、二人の頬に一筋の冷や汗が流れた。


霞はチラリと視線を横へ向け、周囲の武将達とは浮いている服装の人間を見る。


その人間−−黒い軍服を着た将司は軍帽を目深に被っている為、表情は彼女からは判らない。


唯一、見えている口元は真一文字に結ばれているが−−腰の愛刀に手が掛かっている。


それから視線を外すと彼女は隣の凪へ合図を送る。


「我が主、曹孟徳よりの親書を預かって参りました。お納め下さい」


凪が携えた書簡を恭しく掲げると付近にいた文官がそれを受け取り、玉座の下に侍る冥琳へ手渡した。


彼女は親書を一度も読む事なく、階段を上がるとそれを玉座に腰掛ける雪蓮へ手渡す。


「−−…………」


頬杖をつきながら雪蓮は親書を広げ−−無言で読み進める。


「……呂猛将軍、これへ」


「はっ」


雪蓮が唐突に将司を呼んだ。


それを受け、彼は腰の愛刀の鍔鳴りを響かせながら玉座の下へ歩み寄り−−降りて来た冥琳から親書を受け取る。


「−−………」


彼も無言で親書を読み進め……やがて興味を失ったかのように、それを冥琳へ返した。


「…どうだ、将軍?」


「良く言えば手本通りの内容。悪く言えば体の良い責任転嫁−−…ではありますが…敵地にも関わらず、こうして参った使者の勇気と誠実さに免じ…及第点と致しましょう…」


「…という事らしい。喜べ、五体満足で帰れそうだぞ」


皮肉を交えた将司の返答を聞いた雪蓮も彼に負けず劣らずの皮肉を使者の二人へ浴びせる。


「「ありがたき幸せ」」


彼女の言葉が冗談ではない事に最初から気付いている二人は、こう返すしかない。


「…さて……そちらの至らなさで負傷した韓甲なのだが……本人は全く気にしていないそうだ。曰く“伯符殿には申し訳ないが暗殺も立派な(はかりごと)”らしい。…傭兵とはいえ…我が臣下ながら辛辣ではないか…」


心底嬉しそうに玉座で笑う雪蓮は眼下で侍る臣下達を次々と見る。


釣られてか彼女達は苦笑するが−−将司だけは唇を歪めず、ただ使者達を見詰める。


「…ふぅ…。呂猛将軍の言葉ではないが、貴公等の勇気に免じて韓甲将軍への目通りを許可しよう」


「ッ!!?ええん−−宜しいのですか!!?」


雪蓮が放った言葉に反応したのは霞。


慌てたのか彼女は普段通りの訛りで話そうとしてしまい、途中でそれを改めた。


その様子が余程、面白かったのか雪蓮が頬杖をつきながら微笑を零す。


「構わん。聞く所によれば…貴公は以前、韓甲と面識があるとか。…“思い残す事がないよう”会っておくと良い」


思い残す事がないよう−−つまり、彼女は次に会う時は戦場と言う事を示唆したのだ。


「呂猛将軍、使者達の案内を」


「…御意」


「謁見は以上だ。下がれ」


退出を促す雪蓮へ対し、二人は礼を取る。


将司は鍔鳴りを響かせ、彼女達に近付くと顎をしゃくった。


「…来い」


短く告げた彼は衛兵が開けた扉を目指して歩き出し、彼女達もそれへ続く。


彼等が玉座の間を出た瞬間−−背後の扉が重々しい音と共に閉じた。


「……久しぶりだな」


「え?あ、うん……ってか…この前、会ったやんか」


「…あぁ…そうだったな。…傷は治ったか?」


「へ?」


「首のだ」


「あ、あぁ平気や」


「…そうか」


董卓軍時代とは違う雰囲気−−ただただ冷徹ともいえるそれを醸し出す将司に霞は違和感を覚えてしまう。


だが……これが過去と現在の立場の差と思えば、その違和感も消えてしまった。


「…何処に行くんや?」


「…馬場だ。相棒が鍛練に付き合ってる」


「鍛練?…誰の?」


「…住み込みの使用人兼弟子……みたいな感じの奴」


「和樹に弟子ぃ!!?」


「…なにか問題でも?」


「そっそうやないんやけど…!!」


「…なら一々、反応するな」


「ご…ごめん…」


馬場へ向かう道中の会話で有り得ない事を聞いた霞は心底、驚いた。


なにせ和樹が弟子を取るという図が彼女には想像できない。


「……実力あるんか?」


「…見込みはあると俺達は思ってる。でなきゃ態々、面倒見る理由がない」


「…そっか…そうやよね…」


近況報告−−というには、あまりにも素っ気ないそれを続けながら将司は階段を降り始めた。


「…ここを降りたら直ぐだ」


「判った−−…凪、大丈夫か?」


「え、あ…はっはい!!」


「…何処か具合でも?」


「いえ、そうではなく…!!……まだ緊張が抜けなくて……」


凪は羞恥で顔を紅くしながら俯く。


「…まぁ…なんでも良いが、気を付けた方が良い」


「はい、申し訳−−……はい?」


何故、彼がこのくだりで“気を付けた方が良い”と言ったのか疑問に思った凪は些か情けない声を出してしまう。


将司が階段の途中で立ち止まり、彼女達もそれに従う形となる。


「…例の件……結果的には相棒が負傷したとはいえ、元々は伯符殿を狙ったモノだ。孫呉では少々、過激な意見が広がっていてな……気を付けた方が良い。少なくとも州境を越えるまでは」


「……判った」


「は、はい…」


警告が終わり彼等は再び階段を降り始める。


階段が終わると広い厩舎へと続く石畳の通路を歩き出し−−唐突に将司が立ち止まった。


「−−あそこだ。厩の奥に馬場がある」


「…あそこに…和樹が…」


「……行って来い。待ってる」


「…おおきに。…凪も来るか?」


「あ……では…御供を。…私も一度、お会いしたかったので…」


コートのポケットから取り出した煙草を吸い始めている将司を横目に彼女達は彼の横を擦り抜け、馬場を目指して歩き出す。


漂ってくる獣と糞尿、乾草の匂い。


飼育されている軍馬達の嘶きが聞こえる。


厩舎を迂回し、先に進むと−−柵で囲まれた広い馬場があった。


その中で小柄な人間−−少年を乗せた黒い毛並みの馬が駆けている。


その傍らを馬で駆ける迷彩服を着用した二人の男。


それらを見守るように−−柵へ寄り掛かる男。


「−−……あっ…」


見覚えのある人影が視界に入り、霞が微かな声を発した。


「…霞様…?」


「……………」


ただ一点を見詰める霞が一歩を踏み出した。


段々、歩みが早くなる。


その足音に気付いたのか柵に寄り掛かる人物が彼女へ視線を向ける。


「…ハァ…ハァ…」


100mも走っていないのに彼女の息はあがっていた。


「……和…樹…?」


眼前の男の真名を確認するように放つ。


「……久しぶりだな……霞」


男−−和樹は少し逡巡したが、確かに彼女の真名を言う。


それを聞いた霞は−−


「−−−−ッ!!」


たまらず、彼の広い胸へ飛び込んだ。


「…生きとる…!!和樹……和樹が生きとる…!!!」


彼が生きている証明(あかし)である温もりを感じながら霞は涙声で何度も真名を呼ぶ。


「……そろそろ離れてくれないか…?」


「………え?」


「一応……怪我人だ」


「あ、ごっごめん!!」


彼が深傷を負った事を思い出した霞は慌てて身を離す。


「…大丈夫なん?」


「…生きているという点では……まぁ大丈夫なんだろうな−−そちらは?」


霞の背後から近付いて来る凪に疑問を覚えた和樹が問い掛ける。


「あ、うん。ウチの護衛の−−凪、挨拶」


「は、はっ!!楽文謙と申します!!お噂は兼ね兼ね聞き及んでおります!!!」


「…丁寧に痛み入る。韓狼牙と申す−−…それと申し訳ないが、少し声を落として頂きたい……頭に響く…」


「もっ申−−…申し訳ありません…」


粗相をしたと気付いた凪は持ち前の真面目さを発揮し、途中で声量を落とす。


「……薬の副作用で少々、体調がな…」


「そ、そうですか…。…あの……此度の一件、誠に申し訳−−」


「謝罪なら不要だ」


「−−は…はっ…」


凪の謝罪を受け取る事なく和樹は切り捨てると視線を馬場へ移す。


「……和樹は変わらんね…」


「……いや…変わった。互いの立場がな」


「…そうやね…」


和樹の隣へ並び立った霞が彼の視線の先を見詰める。


「…あの子が…和樹の弟子?」


「弟子……むぅ…どちらかといえば使用人……まぁ弟子と言えば弟子…ふむ…」


「はっきりせぇへんな」


「微妙なモンでな」


「そっか。……見た事ない服やね?」


「……素襖の事か?」


「すおう?」


「あぁ。俺の国で主に武家の人間が着る服だ」


「へぇ……。今は馬術、教えとるん?」


「剣術もな。その内、弓術や槍術、棒術、格闘術……奴にやる気があるなら戦術も教えてやるかと思ってる」


「……武人にする気かいな…」


「俺に教えられるのは戦う事だけなんでな。…まぁ、奴の気持ち次第だが」


「…もし一廉の武人になったら…末恐ろしいわぁ…」


「あん?」


「あんな時分から和樹の薫陶を受けてみぃ。自ずと判るやろ?」


「…そこまで俺は大した人間じゃない」


霞の言葉を聞き、彼は自嘲を含めた苦笑をする。


「…なぁ和樹」


「あん?」


「…まだ…戦えるか?」


「…愚問だ」


「…そっか…」


「−−…霞様…そろそろ…」


−−時間が来た。


凪の催促に頷いた霞は和樹から離れ、背中を向けて歩き出し−−不意に立ち止まった。


「……韓狼牙」


「……………」


振り向かず、彼女は背後の和樹へ声を掛けた。


それに彼は視線を向ける事なく、ただ馬場の様子だけを見詰める。


「……戦場(いくさば)でな…」


長坂で和樹に投げ掛けられた言葉を返すと、彼は僅かだが口角を持ち上げた。


返答を聞く事なく−−彼女達は歩み始める。


足音が聞こえなくなった所で−−和樹は袂から煙草とジッポを取り出し、火を点けた。


「……あぁ…戦場でな」






二曹の本名は宮部義一(みやべよしかず)っていいます。


一曹の事を“先輩”と呼んでいるのは第一空挺団時代の先輩後輩の仲だからです。




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