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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第七部:殺戮
95/145

82

色々と課題が残る出来になっちゃったなぁ…−−…それは作品その物か。


もしかすると改訂するかも知れません。







林の中にある一基の墓石。


その付近には一人の男が仰向けで倒れていた。


微かな呼吸を聞けば、まだ息があるのが判る。


−−唐突に彼方から駆けてくる蹄の音。


木々の間を縫って現れたのは黒い毛並みを持つ一頭の馬。


−−その後に続いて色違い首輪を巻いた五頭の狼達が荒い息を吐き出しながら彼の下へ駆けて来る。


彼の周囲をグルグルと回り、赤い首輪を巻いた狼が男の頬を舌で舐める。


−−ピクリと指先が動いた。


それに気付いたのか狼達が一斉に吠え始め、彼の下へ馬も駆け寄る。


その鼻先を男の顔へ何度も押し当て、意識の浮上を促すと−−彼の双眸がゆっくり開く。


「……クッ…−−ッ!!」


眼を押し開いた彼は気合いを入れ、立ち上がろうとするが−−倒れてしまった。


主人の様子に気付いた彼の愛馬−−黒馗は跪き、彼が乗り易くする。


「……良い子だ…」


上手く力が入らない身体へ鞭を打ち、愛馬の鬣を掴み彼はフラフラと立ち上がった。


覚束無い足を持ち上げ、鞍に跨がろうとするが−−やはり力が入らない。


一頭の狼が彼の足下へ歩み寄り、そのまま蹲った。


「−−…済まん」


短く詫び、彼はその狼の背を踏み台とし、なんとか鞍へ跨がる。


首へ額を当て、鬣を掴み、鞍の上で力無く背中を曲げる主人を気遣い、彼の愛馬はゆっくりと立ち上がった。


「……黒馗……建業へ……」


−…ブルッ−


「……この態じゃ…戦うのは…無理……とにかく…建業……屋敷…へ…」


息も絶え絶え、意識が朦朧とする中、彼は行き先を命じる。


それを聞いた愛馬は主人が鞍から落ちないよう注意しながら進み出す。


地面に落ちていた主人の匂いがする軍帽、ジッポ、煙草、注射器を狼達は銜えると黒い馬の後へ続いた−−−










「−−凪殿。後続の状況は?」


「はっ。予定通り、遅れもなく我等を追っています」


「元譲将軍、文遠将軍の軍勢が合流するまでどれほどですか?」


「報告だと、あと半刻ぐらいで合流できるみたいなの〜」


「沙和殿、ありがとうございます」


「どういたしましてなの〜♪」


曹操軍本隊の前軍指揮を任された飛燕は部下達から報告される事項を聞き、事前通達された作戦が順調に消化中である事を確認する。


騎乗し行軍する彼等の前方には新兵を含めた3万が隊列を乱す事なく進撃していた。


春蘭と霞が率いる軍勢は州境の城−−その悉くを迅速に陥落させ、徹底的な敗残兵狩りを行った。


それにより建業に呉領内への曹操軍の侵攻報告が届く事を少しでも遅延させる為だ。


計略は功を奏し、孫策軍は未だ本格的な迎撃戦を展開させていない。


−−作戦は順調だ−−


曹操軍将兵、その全てがそう思うのも無理はない。


だが彼等は−−この作戦を立案した君主と軍師達は肝心な事を忘れている。


立案した事項が100%成功する軍事作戦など存在しない、という事を−−


「…報告だと…あの丘を越えたら建業までは平地が続いているそうです。御三方、兵達に徹底させて下さい。略奪等の行為を禁じ、行った者は処断する−−以上です」


「了解しました!!」


「判ったの〜」


「合点や!!」


部下達が馬を駆り、それぞれの指揮する部隊へ向かうのを横目に捉えつつ、飛燕は緊張からか溜息を吐き出す。


大規模な兵力を指揮するのは彼にとって初めての経験だ。


緊張するのも無理はない。


前方の約1km先に見える小高い丘を越えれば、後は建業まで一直線だ。



−−不意に彼の耳に近付いて来る軍馬の蹄の音が届いた。


伝達を終えた部下のいずれかだろう、と彼は思ったが−−


「−−伝令、伝令にございます!!張燕様は何処(いずこ)ですか!!?」


−−伝令が駆る軍馬の蹄の音だった。


「張燕はここだ!!!」


大声を張り上げ、飛燕は伝令を呼ぶ。


それが聞こえた伝令は手綱を操り、彼の下へ駆け寄る。


「馬上から失礼致します!!先刻、逃亡兵らしき一団を捕らえました!!」


「逃亡兵?…どちらのだ?」


「我が曹魏にございます」


その報告に飛燕は苦い顔をし、軍律に照らし合わせ、一瞬で処罰を決した。


「斬首に処せ。頚は槍へ突き刺し、晒すのだ」


「……あの…それが…」


「不服か?」


「いっいえ、そうではなく………」


煮え切らない態度の伝令に飛燕が苛立って来た時、部下である三人が戻って来た。


「伝達終わりまし−−…隊長、なにか?」


「伝令なの〜?」


「なんかあったんかいな?」


「……張燕様…」


「構わん、話せ」


生唾を飲み込んだ伝令は気持ちを落ち着けるため深呼吸すると、口を開く。


「…問い糾したところ…妙な事を言っておりまして…」


「続けろ」


「はっ。…その逃亡兵ですが…案内を買って出た許貢の残党でした」


「許貢の残党……それが?」


「…孫策を暗殺−−」


『ッ!!!?』


有り得ない単語を聞いた彼等は一斉に驚愕を露わにする。


「…暗殺…したのか?」


「いえ…どうやら未遂で終わったようです…」


続けられた報告を聞いて、一旦は安心できたのか彼等は安堵の溜息を吐いた。


だが−−安堵はしていられない。


「…暗殺未遂……誠だとしたら、大変な事態だ…」


「…隊長…」


「…直ちに、その逃亡兵を連行し華琳様へ報告しなけれ…ば………ん?」


「…たいちょ−?」


「隊長、呆けてる場合とちゃうで!?」


部下達が声を掛けるが飛燕の視線は前方の丘へ注がれている。


正確には−−丘の上の“異物”に。


「……あれ…人…ですかね?」


「は?…………あっ」


「…ん〜〜?」


「人間やなぁ……なんか真っ黒い服、着てへんか?」


「沙和、眼が悪いから良く見えないの〜」


丘の上の“異物”とは−−騎乗した一名の人間だ。


その人間は全身を真っ黒な服装で包んでいる。


それに気付いたのは彼等だけでなく−−前軍の将兵達もだった。


たった一名の人間が軍勢の進路を遮るような形で丘の上に陣取っている。


疑問を覚えたのか飛燕は前軍へ行軍停止の命令を下した。


それが行われた瞬間−−丘の上にいた人間が動き出す。


跨がる馬の腹を蹴り、鞍へ括り付けた大太刀を抜き、遮二無二突っ込んで来たのだ。


「−−槍隊、前へ!!たった一騎だ、仕留めろ!!!」


それを認めた槍隊の隊長と思しき指揮官は部隊へ命令を下す。


立ち止まる先駆けの騎兵隊の間を縫い、数百の兵士が前へ出ると手に持つ槍の穂先が前面へ隙間なく並べられた。


「用意ッ−−−……?」


急速接近してくる敵騎兵を睨む指揮官の耳に“金属音”が届く。


慣れ親しんだ甲冑や武具が鳴らす金属音ではない。


それはもっと無機質で、もっと規則的で−−もっと非情な雰囲気の金属音だ。


敵騎兵が駆け降りる丘の頂上に−−“それ”は現れた。


「−−−…なっ……なっ…!!?」


履帯を鳴り響かせ、ディーゼルエンジンのけたたましい轟音と共に排気管から煙が濛々と立ち昇るのは−−三輛のT-72A。


斜面に差し掛かり車体が、ガクンと落ち−−動きが停まる。


否−−動きは止まっていない。


三輛の半球状の砲塔が一斉に旋回し、125mm2A46M滑腔砲が前軍の最前列に位置する槍隊へ向けられた。


瞬間−−−主砲が一斉に火を吹く。


「−−−−−」


直ぐ側に榴弾の一発が着弾し、槍隊指揮官は砲弾の破片で肉体をズタズタにされ、爆風は身体を吹き飛ばす。


指揮下の兵士も殆んどが同様の最期を迎えてしまい−−突貫する騎兵の足止めは叶わぬほど兵力に損害を受けた。


「なっ!!?」


「な、なにが起こったの−−!!?」


「なんやねん、アレは!!?」


一瞬で最前列の兵力が壊滅状態へ陥った事を目撃した三人に動揺が走る。


それを嘲笑うかのように−−丘の戦車隊のエンジンへ鞭が入れられた。


戦車はエンジン音と履帯を鳴り響かせて丘を駆け降り、騎兵は既に前線の至近まで近付いている。


−−後方で爆発音。


それを聞いて彼等は振り向くと−−前軍を追って来ている筈の後続に次々と爆発が起きている。


着弾の寸前に独特の風切り音を奏でるのは−−迫撃砲。


−−今度は鬨の声。


再び、視線を前方へ向けた彼等の眼に飛び込んで来たのは−−戦車の後に続き、丘を猛然と駆け降りて来る100名近い歩兵の姿。


兵士達が持つのは自動小銃であるAK-74。


その先には鈍く光る銃剣が着けられ、中にはグレネードランチャーを取り付けた者の姿もある。


彼の部隊が押し立てる牙門旗のデザインは−−白地に牙を剥く黒い狼。


怒号を上げつつ突撃する歩兵達の武器が、けたたましいエンジン音を奏でる戦車の主砲が−−火を吹いた。


襲い掛かる砲弾や銃弾が前線の将兵達の身体を宙へ吹き飛ばし、穴を穿つ。


−−再び異様な風切り音と轟音が近付いて来る。


丘の頂上から姿を現したのは−−三機のUH-1とMi-26だ。


何故か大型輸送ヘリであるMi-26の後部ハッチは開いていた。


直掩の任を解かれた三機は眼下に広がる無数の獲物を発見し、一斉に散開する。


「なんやねん、あの絡繰!!?」


「空飛んでるの〜!!」


「反董卓連合の時はあんな絡繰…!!?」


「……黒狼隊……」


驚愕と混乱で表情を青くする彼女達とは対照的に飛燕は落ち着き払い、ポツリと呟いた−−が、蟀谷から頬へ向かい一筋の汗が流れ落ちた。


「−−曹操ォォォォ!!!!!!」


部隊の遥か先頭を疾駆する騎兵が怒号を上げ、曹操軍へと斬り込んだ。


「曹操は何処だァァァァ!!?頚を寄越せェェェェ!!!!!」


怨敵の名を絶叫し、彼は片手で手綱を握りつつ大太刀を馬上から曹魏兵へ振るう。


「曹操ォォォォ!!!−−邪魔だ、退けやァァァァァ!!!!」


行く手を塞ぐ者を大太刀で斬り刻み、疾駆する軍馬の強靭な脚が兵士を踏み潰す。


<−−代行、ナパーム投下します!!!>


「焼き払え!!!」


Mi-26の速度が落とされた。


そのキャビン内には小型化されたドラム缶状の物体が詰められている。


乗り込んだ隊員達は、内の一個を転がして来ると、ドラム缶へC4を取り付け、それへ信管を差し込んだ。


「−−投下、投下、投下!!!」


合図が出た瞬間−−それを数人掛かりで空中へ放り投げた。


ヘリが航過したのは丁度、中軍の300m上空。


ドラム缶が放り投げられて数秒後、隊員が手に掴む電子装置のボタンを押し込んだ。


−−空中に紅蓮の華が咲いた。


その華はC4の爆風で拡散されたまま−−中軍へ降り注ぐ。


火が点いたゼリー状の液体は将兵を襲い−−絶叫と怒号が戦場に響き渡る。


それはナパーム弾−−主燃焼材のナフサにナパーム剤と呼ばれる増粘剤を混合し、ゼリー状にしたモノを充填した油脂焼夷弾である。


ナパームが身体へ掛かった兵士は苦痛で悶え苦しみ、燃焼する付近にいただけの者も急激に失われる酸素を求め、口を動かすが−−やがて意識を失った。


これはナパーム弾の燃焼の際に、大量の酸素が使われている為、着弾地点から離れていても酸欠によって窒息死、あるいは一酸化炭素中毒を起こしているのだ。


燃焼温度は1000度近く、非情に高い熱を放ちつつ燃えている。


「−−御三方、早く華琳様へ報告を!!!」


「ですが隊長は!!?」


「…指揮をする人間は必要……自分が残ります」


「そんな!!?ですが−−−」


「−−早く行きなさい!!!これは命令です!!!」


戦況は芳しくなく、加えて単騎で斬り込んで来た敵将と思しき人物の鬼気迫る雰囲気を異常と考えた飛燕は部下達に事実上の前線離脱を命令した。


凪達は唇を噛みながらも−−


「……了解しました。沙和、真桜、行くぞ!!」


「わ、判ったの!!」


「隊長、無事でな!!伝令、捕まえた連中の所まで案内しぃ!!!」


「はっ!!」


−−その命令を受けた。


馬を駆り、混乱の渦中にある中軍を避けて後方へ向かう彼女達を見届けると飛燕は眼前に広がる戦況を見詰める。


「−−曹魏前軍へ告げる!!敵勢の旗色は只事に非ず!!一定の距離を保ちつつ後退せよ!!密集するな、散開しろ!!!」


大声で告げられた命令に前軍の将兵が応え、密集陣形が解かれた。


小隊規模で散開した将兵達は進撃してくる黒狼隊と距離を保ちながら後退を開始する。


黒狼隊にとっては迷惑な話だ。


密集しているならば、戦車の対人散弾や迫撃砲の榴弾を撃ち込んで大多数の将兵を殺傷できる。


だが、先頭を駆ける騎兵−−現在は部隊長代行となった将司にとっては、この上ない好機。


<−−ヤベェ…代行、突撃止めねぇぞ!!?>


<−−マズいな。上空のヘリ、代行にぴったりくっつけ!!!>


<−−了解、大尉を追う>


混乱の渦中にある中軍の脇を通り抜け、将司は愛馬に渇を入れ、疾駆する。


彼が目指すは−−敵大将:曹孟徳の頚ただひとつ。



「−−チッ!!!」


前軍を捨て置き、後方へ一目散に駆ける敵将の姿を見た飛燕は愛馬を旋回させ、将司の後を追う。


前軍の指揮は−−もう必要ない。


最初こそ散開され、効果的な攻撃を加えられなかった黒狼隊だが、隊員を横一列に並べて進撃しつつ銃撃を所構わず加えていけば、散らばった部隊の殲滅が叶う。


そもそも曹魏の弓と黒狼隊の銃では射程距離が全く違う。


加えて戦車や迫撃砲の砲撃、上空からはUH-1とMi-26による掃射およびナパームの焼夷攻撃。


前軍はもはや組織的な戦闘継続は不可能だ。



<−−方位063、距離5kmから接近する軍勢を視認した!!>


<−−方位340、距離6kmからも急速接近する軍勢!!>


<−−副長代行より通達!!UH-1二機は合流を図る敵軍勢の足止めへ向かえ!!無論、撤退させて構わん!!>


州境の城を攻略した春蘭と霞の軍勢が本隊へ合流しようとしている。


それを阻止する為、本隊上空から波状攻撃を行っていた二機は反転し、各方面へ機首を向け、飛び去った。





「−−雪蓮!!!」


「−−えぇ、近いわ!!」


建業防衛の為に防衛線を構築しつつ、前線へ向かう2万の孫策軍の先頭を雪蓮と冥琳が駆ける。


敵が進撃するだろうルートを辿って走って来たが−−それが当たりだと確信が持てた彼女達は愛馬へ鞭を入れた。


−−段々と砲撃音と怒号が近付いている。


「−−……なに……あれ…?」


強烈な風を受け、桃色の長髪を靡かせつつ馬を駆る雪蓮の眼に異様なモノが映った。


空へ向かい濛々と伸びる太い黒煙である。


「−−…火計……いや、それでもあれほどのモノは…」


尋常ではない黒煙を否応なく目撃した冥琳も疑問に思う。


−−だが、そんな事は後回しだ。


「−−総員突撃用意!!丘を越えたら雄叫びと共に突貫せよ!!我に続け!!!」


頭を振り、疑問を追い出した雪蓮は腰に佩いた南海覇王を鞘から払い、将兵を鼓舞する。


丘の斜面を利用し、突撃に必要な突進力を得る。


その後は斬り込むだけだ。


丘まで約100mの所で砲撃を加えている黒狼隊の砲兵小隊と擦れ違うが、その脇を抜け、軍勢を誘導する。


「−−了解!!敵前軍が全滅した!!陣地変換、陣地変換だ!!前へ押し出すぞ!!!」


『応ッ!!!』


擦れ違い様、彼女達の耳に有り得ない事が聞こえた。


−−全滅させた?…まさか…!!?−−


彼女自身も有り得ないと思うが−−この耳を打つ尋常ならざる怒号と悲鳴はなんだ。


愛馬の手綱を引いた雪蓮は速度を落とし、まずは戦況を確認する事にした。


そして丘の頂上から睥睨すれば−−−


『−−−ッ!!?』


−−文字通りの“地獄”が見えた。


数多の死線を潜り抜けた孫呉の武将と精鋭達が言葉を失う。


いまだ闘魂ある者は突撃するも呆気なく倒され、ただ呆然と立ち竦む者は何が起きたか判らぬまま倒れる。


逃げる者は背後から鉄の雨を浴びせられ、もはやこれまでと武器を捨て投降する者も倒される。


いずれも残虐に。



これはもはや報復ではない。


その名を借りた−−虐殺だ。



立ち竦む孫策軍の脇を抜け、迫撃砲を抱えて丘を駆け降りようとする砲兵小隊。


それが視界の端に入った雪蓮は声を掛ける。


「−−状況は!!?」


「御覧の通りです!!参戦されても構いませんが、命の保証は出来ません!!野郎共、残弾が切れたら歩兵連中に合流するぞ!!!」


『応ッ!!!』


砲兵達は丘を駆け降り、慣れた動きで迫撃砲を設置すると、木箱に規則正しく納められている砲弾を取り、小隊長の号令でそれを砲口へ落とす。


「……策殿……」


「…祭…」


ほとんど呆然と戦場を見ていた雪蓮に後方から祭が近付いて来る。


「…儂も堅殿と共に戦って参りましたが……」


「…うん……私も祭には及ばないけど…それなりに戦は経験したわ」


「御意。…しかし……これは……」


眼下では砲弾を撃ち尽くした砲兵小隊が迫撃砲から離れ、代わりに自動小銃を持った。


「−−…こんな戦が…あって良い訳……」


砲兵達は走り出し、前線を押し上げる歩兵小隊に加わった。


真横一線に並んだ隊員達は小銃を腰だめに構え、連射で発砲を続ける。


その僅か先を戦車三輛が対人散弾を砲口から吐き出しつつ、エンジンや履帯の轟音と共に前進する。


上空からはMi-26からナパーム弾が次々に投下され、曹操軍の中軍と後軍は分断されてしまい、なんとか逃げようとする将兵は火に包まれて火達磨となり、周囲の酸素が失われ呼吸困難で倒れて逝く。


遂に後軍へ到達した将司の露払いの為、彼に張り付くUH-1は進路上の敵将兵を掃射して道を切り開く−−





「……こんな事が……こんな戦があって良い訳……」


華琳は騎乗しつつ後軍の中央で戦況を見ていた。


だが、なにが起こっているのか見当がつかない。


しかし、これだけは判っている。


−−このままでは間違いなく我が軍は壊滅する−−


「−−華琳様!!!!」


「−−凪!?それに…沙和や真桜も…無事だったのね…!!」


彼女にとって見慣れた臣下が駆け寄って来る。


「報告致します!!現在、我が軍と交戦中の部隊は−−」


「−−黒狼隊…それは判っているわ。…他には?」


華琳は凪達の顔を苛立ち気味に見る。


それを受け、彼女達は今にも唾棄しそうな苦い表情を浮かべた。



−−まさかと彼女の脳裏に予想が浮かんだ。


「…孫策を暗殺せしめようとした者共がおりました……」


「……その者共の頚を刎ねよ!!」


状況が判った。


これは、その報復攻撃。


道理で容赦のない攻勢に出ている訳だ。


「華琳様、お待ち下さい!!報告がまだあります!!!」


「なにか!!?」


「はっ!……暗殺は未遂に終わったようなのですが……なんでも孫策を庇い、逆に毒矢を受けた者が居たそうで…」


「その者の名は!!?」


「判りません!!話によると黒くて丈の長い外套を着ていた男性だとしか−−−」


「−−……なんですって……?」


黒くて丈の長い外套−−コートの事だ。


それを華琳は一度、見た覚えがある。


「…身体的特徴は……」


『?』


「背が高くて、黒髪の直毛。…それと見慣れない武器を持っていなかった?」


「…はっ!!確かに、そう申しておりました!!!」


その返答に華琳は唇を歪め、苦虫を噛み潰す。


「……なんて事を……!!?」


「…華琳様?」


「今すぐ撤退よ!!散り散りになっても良い!!とにかく退きなさい!!!桂花!!」


「御意のままに!!直ちに全軍を撤退させます!!」


「伝令!!合流途中の夏侯惇、張遼、両将軍へ撤退の旨を伝えなさい!!!」


矢継ぎ早に命令を下した華琳は愛馬を旋回させ、撤退の準備に入る。


「華琳様、私が殿を務めます!!…季衣、流琉…命に代えても御守りしろ」


「「はいっ!!!」」


「…秋蘭…」


「そんな顔をなさらないで下さい。…青州兵を200お預かりします」


「…判ったわ…必ず帰って来なさ−−」


「−−−曹操オォォォォォォ!!!!!」


彼女達の会話を遮り、華琳の名を叫ぶ怒声が戦場に響き渡る。


その発生源を向けば−−後軍の将兵を駆逐しつつ駆け抜けてくる人物がいた。


「−−…あれは虎牢関の……!!」


戦闘服ではなく、返り血で汚れた黒い軍服を着用し、鬼のような形相で駆けて来るのは将司。


秋蘭は反董卓連合が結成された際の虎牢関の戦いで彼を遠目でだが、一度だけ見た事がある。


「−−曹操ォォ!!俺は黒狼隊副長、呂百鬼!!頚を寄越せェェェェ!!!!」


彼は曹魏の精兵を蹴散らし、ただ一直線に華琳を−−不倶戴天の敵を目指す。


軍帽は突撃の際に何処かへ飛んでしまい、そのお陰で頭髪は返り血で固まっている。


身体、顔面を血化粧で彩った彼の姿は−−正に“鬼”。


この戦場という名の地獄を支配する鬼だ。


「華琳様、お早く!!」


「判ったわ!!!」


主へ撤退を促し、秋蘭は騎乗したまま矢筒から二本の矢を引き抜くと得物である餓狼爪へ番える。


鷹の如く鋭利な双眸が真正面から突っ込んでくる獲物を捉え−−矢が放たれた。


「−−−ッ!!?」


−−当たった……が鏃は喰い込んでおらず、僅かに将司の身体を仰け反らせただけ。


コートに命中した矢は、そのまま地面へ落ちた。


「ならば…!!」


再び、矢を番え、今度は馬を狙い−−放つ。


だが当たらない。


彼女の白魚のような指が矢から離れる刹那で、将司は愛馬を射線から逸らして避けていた。


「クッ……!!」


矢を取ろうと秋蘭が矢筒へ手を伸ばす−−それを彼が見逃す筈がない。


愛馬へ拍車を入れた将司は一気に彼女へ肉薄し、血糊で彩られた大太刀を掲げる。


「−−邪魔だアァァァァ!!!!」


狂気の色を湛えた双眸を受け、秋蘭は一瞬、恐れを抱いてしまった。


大太刀の刃が彼女の頚を目掛け、刀線刃筋が乱れる事なく振るわれる。


−−…華琳様…姉者…!!−−


もはや逃れられない。


彼女は覚悟を決め、自身の頚を刎ねるであろう刃を見遣る。


彼女の眼には、やけにゆっくりと見える。


だが突然−−


「−−…え…?」


−−その刃が眼前から消え失せた。


「−−−ッ!!?」


右手から大太刀が無くなっているのに気付いた将司は、右腕に痺れを感じつつも片手で手綱を引き、愛馬を止める。


「−−妙才将軍、早く退避を!!!」


秋蘭に大声で呼び掛けたのは、将司の左斜め後方で騎乗しながら弓を構えている飛燕。


「−−…テメェ…!!」


その格好から将司は飛燕を新たな獲物へ定め、彼を睨み付けると大太刀の代わりに腰の剣帯へ吊るした愛刀を抜き払った。


殺気しか感じない視線を受け、飛燕は矢筒から矢を抜き、弓へ番えて放つ。


それを愛刀で弾いた将司は愛馬の腹を蹴り、獲物へ向け疾駆する。


矢を取った飛燕がそれを放ち、新たな矢を抜こうと矢筒へ手を伸ばすが−−残っていない。


腰に佩いた剣を抜き、彼も愛馬の腹を蹴る。


互いの距離が縮み、今にも手が届きそうになった時−−突然、将司の駆る愛馬が後脚で立ち、跳び跳ねる。


バランスを崩した彼は、そのまま落馬してしまうが、受身を取ると直ぐ様、立ち上がる。


愛馬を見れば、背中に矢が刺さっていた。


それを放ったのは−−−


「早く逃げろ、張燕!!!」


「妙才将軍!?」


「お前では勝てん!!早く逃げろ!!!」


落馬した将司の脇を通り、飛燕は秋蘭の側へ馬を駆って近付くと鞍から飛び降り、剣を敵将へ向ける。


「……安心しな……」


戦場の怒号に紛れ、地の底から響くような低い声が二人の耳を打つ。


傷を負った愛馬から身を翻し、幽鬼の如き足取りで将司が一歩を踏み出す。


「……誰も…ここからは生きて帰らせねぇからよ…」


将司は返り血が滴る唇を軽く舐め、鋭く吊り上がった双眸を向ける。


「そこの可愛い姉ちゃん達と、そこの色男、取り巻きの兵共、そんで…尻尾巻いて逃げ出した曹操も…悉く、ここで屍晒すんだよ……テメェらの頚獲って相棒の奴に報告だ…」


微笑というには余りにも獰猛なそれを浮かべ、将司がまた一歩を踏み出す。


「…隊長…!!」


「…凪殿…ここを通してはいけません」


「はい…!!」


飛燕の側に近付いた凪が力強く頷く。


将司の周りは既に精鋭である青州兵に囲まれ、逃げ場はない。


−−ここで屠らなければならない…なんとしても−−


「−−殺れ!!!」


秋蘭の命令一下、周囲の青州兵が将司に殺到する。


「雑魚がウゼェんだよ!!!邪魔だァァァァア!!!!」


愛刀を振るい、殺到してきた敵兵を次々に斬り殺す。


だが多すぎる。


埒が明かない。


そう判断し、彼は視線を巡らすと自身の大太刀が落ちている場所を探り出し−−そこへ駆け出す。


辿り着くと、落ちている得物を足で蹴り上げ、右手にそれを掴み、左手で愛刀を構える。


和樹と違い、彼は二刀流に馴染みは殆んどない。


だが−−今の彼にそんな事は関係ない。


「−−おら来やがれ!!纏めて相手してやらァァァァ!!!!」


狼の如き咆哮に敵兵達の身体が恐怖で竦む。


だが勇気ある一名の兵が輪から飛び出し、それに触発され全員が躍り掛かる。


その中心で血飛沫が舞い上がる。



<−−代行!!済みません、敵将を逃がしました!!!>


<ヘリ03より代行!!こっちも敵将を−−張遼を逃がしてしまいました!!そっちへ向かってます!!!>


「−−なにやってんだ!!!」


ヘリからのミニガンとロケット弾の掃射からどうやって逃げられたのか、と将司は戦いながら考えるが−−面倒だったのか、それを頭から追い出す。


「−−なら敵将は捨て置いて敵部隊を叩け!!!」


<−−了解!!>


<−−了解しました!!>


武将を殺傷するよりも将兵の数を減らす方が良い。


なにせ−−その方が遥かに多く血が流れる。


背後から襲い掛かって来た槍を避けると、将司はそれを突き出した敵兵の頚を片腕で挟み込み−−骨を折った。


怯む事なく新たな敵兵が襲い掛かる。


その頚を大太刀で刎ね、背後から掛かって来た敵兵の胴を振り向きざま愛刀で両断する。


数十名が既に屍と化し、顔面に浴びた返り血を彼は舐め−−笑顔を浮かべた。


「−−…さぁ…次はどいつだ…?」


この状況に似つかわしくない微笑を見て、彼を囲む精兵達が一歩だけ後退る。


狂気を湛えた双眸が如実に物語っていた。


あれは−−殺人を楽しんでいる眼だ。


敵兵にとっては恐ろしい事この上ない。


義務で戦う者と純粋に殺しを楽しむ者とでは、メンタルに違いがあり過ぎる。


−−突然、何処からか曹魏兵達の歓声が聞こえた。


「−−張遼将軍が来たぞ!!」


「−−夏侯惇将軍もだ!!!」


ヘリからの攻撃を掻い潜った将軍達がどうやら合流したらしい。


地に落ちそうだった戦意と士気が持ち直す。


「−−皆、無事かいな!!?」


「−−待たせたな、秋蘭!!」


殿に合流した春蘭と霞は同僚達の無事を確認すると愛馬から飛び降りる。


「姉者、撤退したのではないのか!!?」


「妹が殿を務めるのに姉の私が逃げてどうするのだ!!」


「そんな事より状況はどないなっとる−−−将司!!?」


姉妹で言い争いを始めようとする二人を霞は諌めるが−−円環の中心で仁王立ちになっている、かつての同僚を目撃し、彼女は兵士達を掻き分け、将司へ駆け寄る。


「−−将司!!和樹が許貢の残党連中に襲われたっちゅー話は聞いた!!!」


「…………」


「ウチらの大将は暗殺なんてセコい真似はせぇへん!!せやから一旦、武器を納めてや!!!これ以上、戦うのはそっちも本意やないやろ!!?」


「我等は直ちに呉領内から撤退する!!その後は改めて謝罪の使者を遣わす!!」


必死に将司達の撤退を促す彼女達だが−−


「−−…霞…」


「なんや!?」


「…話は良く判った…」


「ほんなら−−」


「断る」


彼の返答はNOだった。


「−−霞、昔の同僚の誼だ。出来るなら、お前だけは殺したくない。そこを退け」


「……退かへん」


「…もう一度だけ言う。退け」


「退かへん!!」


「退け!!!!」


「嫌や!!絶対に退かへん!!!!」


霞は将司の前で仁王立ちになり、得物を彼へ向ける。


「将司の気持ちは痛いほど判る!!!ウチだって……ウチだってなぁ!!!和樹を討った連中を斬り刻んでやりたい、バラバラにしてやりたいわ!!!」


霞の声は震えていた。


だが彼女は自分の様子に気付く事なく言葉を続ける。


「でもなぁ!!今のウチは曹魏の将軍やねん!!!敵の和樹達に憐憫の情を抱く訳にはいかへん!!!」


今度は声が枯れて来た。


彼女はほとんど自棄になって叫ぶ。


「和樹を討った連中をそっちに引き渡す!!それで手を引いてや!!!……もう…今日は戦いとうないんや……もう嫌や……お願いやから……!!」


霞の得物が乾いた音を鳴らして地面に落ち−−それに続く形で彼女の眦から雫が落ちる。


「−−…“張遼”…遺言はそれだけか…?」


まだ望みを果たしていないとばかりに将司が歩き出す。


「張遼、テメェは勘違いしてる。いつ、誰が、この戦闘が俺達の本意じゃねぇと言った?」


霞へ近寄った将司は愛刀の切っ先を彼女の喉へ突き付ける。


「…俺達は望んでんだよ…この戦闘を、この報復を、この虐殺をな!!!」


怒声と共に彼は突き付けた切っ先を喉へ押し当てた。


プツリと薄い皮膚を裂き、白い首筋に細い血の河が流れ始める。


霞には抵抗する様子がなく、顔を歪める将司を呆然と見遣るだけだ。


「この世の問題ってのは大抵、流れた血の量で解決する。俺達が退く条件は簡単だ−−血を寄越せ。この場にいる全将兵の血をなぁ!!!」


激昂した将司が吠え、その勢いに周囲の兵士がたじろいた。


「−−−そこまでよ!!双方、退きなさい!!!」


−−突然の怒号。


弾かれたように曹魏将兵がその発生源へ視線を向ける。


「−−曹操軍に告げる。直ちに、この地より退け」


「−−今回は確かに不幸な行き違いがあった。しかし、我が孫呉はこれで手打ちにしたい。今直ぐ、退くなら追撃はしないわ」


騎乗する愛馬から飛び降り、彼等に近付いて来るのは−−孫呉の武将達だ。


「−−……なにを寝惚けた事を…!!!孫策、周瑜、寝言は寝てから言いやがれ!!!!」


将司は、事実上の停戦の申し立てに不服を唱え、愛刀と大太刀を下ろすと近付いて来る彼女達へ詰め寄る。


「相棒を−−自分達の(かしら)を殺られて矛を納めろってのか!!?」


「…将司、落ち着け」


冥琳は冷静になるように彼を諫めるが、将司は気持ちを押さえ切れない。


「落ち着けだと!!?寝惚けた事ぬかすんじゃねぇ!!!報酬の心配か!?なら要らねぇ心配だ!!!無料働きで良い!!だから俺達を−−」


「呂猛将軍を取り押さえろ!!!」


『はっ!!!』


「−−っ!!?離せ、離しやがれクソが!!!!」


「将軍、落ち着いて下さ−−ガッ!!!?」


「おっオイ!!手伝ってくれ!!!」


約10名の孫呉兵が将司を取り押さえるモノの暴れる彼を止められず、数名が昏倒してしまった。


「将司、聞け!!!」


「何を聞けだ!!?相棒を殺った連中の仲間を大人しく見逃せってのかよ!!!?」


「違う!!とにかく落ち着け!!!」


「命令なら聞かねぇぞ!!俺達に命令を出せるのはアイツだけだ!!今生で韓狼牙のみだ!!!」


「それは判っている!!私の話を聞け!!!」


「テメェらの下らねぇ大義なんぞに踊らされるのはコリゴリだ!!!俺達は好きにやらせてもらう!!!いっその事、曹操軍を一兵残らず全滅させるまで−−−」


将司の頬が張られ、乾いた音が響く。


それを行った張本人−−冥琳は肩で息をしながら、彼の襟を掴み、持ち上げる。


「−−そんな事をしてどうなるというんだ!!?お前達の実力は認める!!だが、いくらなんでも無茶だ!!!」


「無茶だと!!?」


「あぁ無茶だ、荒唐無稽だ!!曹魏ほどの国をお前達だけで倒せるのか!!?どう足掻いた所で最期はお前達が全滅する!!一兵残らずな!!!和樹なら、そんな用兵はしない、考えもしないだろう!!!しっかりしろ、お前は和樹の代わりなんだぞ!!!!」


「………!!!」


取り押さえる兵士を振り払い、彼は自由になった腕で冥琳の襟を掴み、互いに睨み合う。


無言での対峙が続いたが−−彼は冥琳を突き飛ばすと背中を向け、煙草を取り出して火を点けた。


フィルターを抓んで深く吸い込み−−荒く紫煙を吐き出す。


もう一度、深く吸い込むと−−今度はゆっくり吐き出し、煙草から指を離し、口へ銜えた。


「……暗殺を謀った連中を引き渡すと言ったな?」


背中を向けつつ、曹魏側に問い掛ける。


振り向いて尋ねはしなかったが−−確かに曹魏の武将達は頷いた。


それを感覚で捉え、将司は喉へ巻き付けた声帯振動型マイクを片手で押さえる。


「−−代行より総員へ達する。戦闘行動を即時停止せよ、繰り返す戦闘行動を即時停止。戦車一輛、こっちへ来い。他はその場で待機だ」


その瞬間、戦場に響き渡っていた銃声の嵐が−−ピタリと止んだ。


「……伯符殿、公瑾殿、申し訳ありませんでした。平に御容赦を」


「気にしてないわ。………本当なら私も…ね…」


「雪蓮に同じくだ。…気持ちは判る…」


背中を向けつつの謝罪には幾何かの理性が戻っていた。


彼がフィルターを抓み、紫煙を吐き出しているとエンジン音を轟かせ、一輛の戦車が近付いて来る。


「−−その連中、ここに連れて来い」


戦車を認めた将司が曹魏側へ命令した。


それを聞き、青州兵の一団が駆け出し−−ややあって腕を縛られた3名の兵士を連行して来る。


「−−こっちへ」


青州兵に槍を突き付けられ、犯行に及んだ兵士達が前へ進む。


その眼前に戦車が制動を掛けて、停車した。


やっと振り向いた将司は青州兵達を睨み、暗に退けと命じる。


「……少し多いな」


呟くと彼は、おもむろにホルスターの留め金を外し、愛銃であるベレッタM93Rを抜き−−適当に選んだ兵士へ向けて発砲した。


至近距離から放たれた9mmパラベラム弾が脳漿を飛び散らせる。


そのまま銃口を下げ、あっという間に屍となった仲間を呆然と見ている残りの兵士へ向け−−四本の脚を撃ち抜いた。


脚の力を失った二名の兵士が地面に倒れたのを認め、将司は戦車へ向かい軽く手を振る。


車体前部のハッチから顔を出していた操縦手が頷き−−履帯が動き出す。


丁度、二名が倒れているのは履帯が通過する地点だ。


それに気付いた兵士は芋虫のように身体を捩らせて逃れようとするが−−無駄な足掻きである。


−−履帯が脚の指先を噛んだ。


それと同時に動きを止め、兵士が絶叫を上げる。


−−今度は太股を履帯が噛んだ。


絶叫に混じり、骨と肉が千切れ、砕ける耳障りな音が鈍く響く。


−−履帯が腹を噛む。


絶叫はなくなるが、耳障りな音が響くのは変わらない。


−−頭のてっぺんが見えなくなった。


骨と肉が戦車の重量で踏み潰される音しか聞こえない。


仕上げとばかりに戦車が、その場で信地旋回を始め−−動きを止めた。


潰れ、砕かれ、溢れた“人間であったモノ”が履帯の下に広がっている。


「−−…満足した?」


「………」


“処刑”が済み、雪蓮は将司へ問い掛けるが彼は答えず、ただ煙草を抓み紫煙を吐き出すだけだ。


−−その時だ。


建業方面から孫呉の鎧を着用した騎兵が駆けて来たのは。


「−−申し上げます!!先程、韓甲将軍が建業に御帰還なされました!!!負傷しており、現在は城で治療に当たっております!!!」


『−−ッ!!?』


それを聞いた将司が伝令の側まで足早に近寄ると、鎧を掴んで地面へ引き摺り降ろし、怯えている眼を睨み付ける。


「……本当か?」


「は、はい!!自分も確かに、この眼で見ました!!将軍は生きておられます!!!」


「…………」


無言で伝令を突き飛ばした彼は曹魏側で様々な感情が入り雑じり、可笑しな顔をしている霞へ視線を向ける。


「……良かったな」


「……うん…うん…!!」


それだけを告げると将司は彼女へ背中を向け、トランシーバーを操作した。


「……各員へ通達する。銃にセイフティを掛けろ。点呼と負傷者の確認を取れ。本戦域における戦闘を停止……不本意だが状況終了だ。−−建業へ帰投する」


<……了解しました>


<……戦車隊も了解>


<……了解です>


次々に彼のイヤホンへ隊員達の命令受諾の旨が伝えられて来る。


紫煙を鼻孔から吐き出し、短くなった煙草を携帯灰皿へ放り込むと、将司は地面に落としてしまっていた愛刀を鞘へ納め、大太刀を肩に担ぐ。


それが終わるか否かで−−彼に軍帽が差し出された。


「兵が届けてくれたぞ」


「……重ね重ね、申し訳ありません……」


それを差し出して来たのは冥琳だった。


軍帽を空いている手で受け取り、彼はそれを自身の脚で何度か叩き、土埃と汚れを軽く払う。


目深に軍帽を被ると、彼は横目で撤退を始めた曹操軍へ視線を遣り−−軽傷を負った愛馬に向かい歩き出した。







霞は喜怒哀楽の表現がストレートな女性のイメージがあります。


特に喜と楽は。



ナパーム弾投下の描写については漫画の“続・戦国自衛隊”を参考にさせて頂きました。


島二尉カッコいい−−!!!




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