07
地理的条件については戦略ゲームから。
だって虎牢関の別称が泗水関なので…。
「オ−オ−、居る居る。…何人まで数えた?俺は2,568で止めたぜ」
泗水関の城壁から隣で同じく双眼鏡に眼を当てて敵軍勢を観察している相棒の問い掛けには答えず、俺はそれを続ける。
「…袁…劉…関…曹…公孫…あっちは孫か…予定通り、20万ってところだな」
「…あぁ。…そんでさ…さっきから気になってる旗があるんだけど…」
「…俺も、たぶん同じだ」
「…まぁ深く考えないようにしようや」
「…そうだな。なんたって…」
「「外史だからな」」
見事にハモった。
外史とやらがなんなのかは詳しく知らないのだが。
気になっている旗…牙門旗というらしいが、連合軍の一角にある劉、関、張などの旗…おそらくは劉備軍の陣営だろう場所に、おかしな旗が翻っている。
丸に十字…島津家の旗印だ。
…まぁ深くは突っ込まない事にしよう。
こっちの身がもたん。
「…斥候は送ったか?」
「あぁ。曹長、かなりやる気満々だった」
我が部隊と泗水関守備軍の先遣隊1万は昨日深夜に到着し、迎撃の準備を進めている。
即応できる部隊を中心にここへ向かったので霞、華雄の到着予定時刻は…1200時、残りの4万を率いてやって来る手筈となっている。
俺達の言う斥候…正確には間諜がそれなのだが、夜の闇に紛れ、泗水関の付近を流れる河から連合軍陣営に侵入し敵の情報を入手する任務を間諜担当の部下に与えた。
「定時連絡は?」
「ついさっき。結構な強行軍だったが無事に潜り込めたそうだぜ。…ただ」
「どうした?」
「河から上がる時に少しトラブルがあったらしい」
トラブルというのは聞き捨てならない。
少しのミスが大変な惨事を招くのは定番の事だ。
「なんでも…小便中の敵兵と鉢合わせしたらしくてな。まぁ…すぐに始末して武器と鎧を拝借した後、石を抱えさせて河に沈めたってよ」
「…気付かれてないなら良いか」
「あぁ、もしそうだったら今頃、敵さんは大慌てになってるからな」
「…だが泳がされてる可能性もある。気を付けるよう伝えとけ」
「Yes,sir」
おちゃらけて返答する相棒に苦笑が零れた。
今回、間諜を送ったのは情報を得るためだけだ。
むやみやたら破壊工作なんぞをやってしまうと敵の士気や戦意が落ちかねない。
それでは、意味がないのだ。
ただ単に敵を混乱させるならやっても良いが、この戦では敵軍にはせいぜい気張ってもらわなければならない。
「…ここで銃は使うか?」
「極力、使用は控えたいな。使ってむやみに士気を落とすのは避けたい」
「だよなぁ。…まったく。今更だけどよ、提案したのを後悔してる」
「…俺もだ。なんで、敵軍の攻勢を一定にして味方と敵にも面目の立つ戦いをさせるなんて言ったんだか…」
「仕方ねぇだろ。結局の所、負け戦になんのは必定。こっちから攻勢を掛けても良いんだけど…自惚れてる訳じゃねぇが俺達は異質の存在だ。有りったけの火器をブチ込めば敵さんを退却に追い込められるだろうさ」
「その後が問題…か」
「あぁ」
将司が煙草に火を点けたのだろう。嗅ぎ慣れた匂いが漂ってくる。
…もし万が一、敵に俺達の戦闘能力を知られたら後々になって面倒な事になる。
そう…例えば、頭がアレだという袁紹あたりが再び檄文を発し、俺達の討伐に繰り出したら…。
あまり想像したくないな。
精鋭揃いでも数の暴力には勝てない。
善行でも悪行だと言う奴らが多数いれば、それは悪行になってしまうのと同じ事だ。
「…最後の仕上げは…何処の連中にする?」
「…さぁな。どうするか…」
「ハァ…しっかり頼むぜ少佐殿。“実質的な勝利”は俺達に掛かってるんだ」
「判ってる大尉。…可能性として高いのは…劉備あたりか」
劉備軍陣営に双眼鏡を向けると倍率を上げる。
しばらく監視を続けていると…視界に三人の男女が映った。
一人は…なんだあの少年は?
「オイ…あのガキの服…ありゃ制服じゃねぇか?」
「…そうだな。俺達と同じか?」
疑問に思ったが構わず監視を続け、読唇術を開始する。
俺が狙いを付けたのは…桃色の長髪の少女と、その隣にいる長い黒髪をサイドテールにし薙刀状の武器を携えている少女だ。
…まさかな。
「…ナ……セ……シ…ヨ…。なんて説明しよう」
「…マ…コ…トニ…テ…。まさかこんな事になるなんて、だってよ」
「…長いな。…ゴ…ク…ゴ…カ…コ…カ…ツ…。ご安心下さい、ご主人様、桃香様。この関雲長がついております」
「ハァ!?ご主人様に関雲長!?どれが!?」
「関羽は黒髪サイドテール。…しかし、ご主人様ってなんだ…?」
「…さぁ。そのままの意味だろ」
「…趣味悪いな」
…読唇術を使う限りでは、桃色の髪の少女が劉備か。
…あの関羽が様付けしているのだから間違いないだろう。
しかし…あの少年が妙に気になる。
「…あのガキ、優男にしか見えねぇが…かなりの女誑しにみえるな」
「…なんで判るんだ?」
「知らん。なんとなく」
「そうかい…」
「そうそう…んっ、どうやら明日に戦端が開かれるみてぇだ」
「…だな。先鋒を任せられたんだろ」
「可哀相に…連合軍で一番の少数勢力なのにな」
微塵も、そんな事は思っていないだろうに…。
「おっ…。孫策軍に助力を求めるみてぇだな」
そう言われ、今度は紅地に孫の旗印の孫策陣営に双眼鏡を向ける。
…こっちも外に出てるな。
史実で反董卓連合軍が結成された際の呉軍指揮官は孫堅なのだが、既に死亡している為に息子…訂正、娘の孫策がそれになっているのだろう。
「…なぁ。チャイナドレスって、いつ頃に作られたんだっけ?」
「俺が知るか」
「悪い。…しっかし…孫呉は美人揃いだぜ…」
「…あぁ。…あの額に紋様があるのが孫策か?」
「…かもな。奥にいる銀髪のナイスが『策殿』って言ってたぜ」
「…となると…あの黒髪ロングが…周喩か?」
「…だろうな…。…何cmあるんだ?」
「…変な所、見てないで監視しろ」
「はいはい…」
接眼レンズから眼を外して注意すると相棒は再び連合軍の監視に戻る。
俺も監視に戻ったが…思わず孫呉陣営に意識を奪われてしまった。
褐色の肌に桃色の腰まで伸ばした長髪に水色の双眸。
…相棒の言う通り、美人さんだ。
孫策を見続けていると、急に彼女と視線が合ってしまい慌てて接眼レンズから眼を離す。
「…どした?」
「いや…なんでも…」
「気になる女でも居たのかぁ?」
「…さぁな」
水平距離にして2kmは離れているんだ。
眼が合ったのは…偶然だろう。
そう結論付けると監視を続行した。