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年の瀬は誰でも忙しいモノだが、呉の建業では一際、慌ただしく動く集団がいた−−−
「−−料理とかってどうすれば良いんだ!!?」
「−−手軽な感じので良いんだよ!!酒とかも出すから肴中心でな!!!」
間近に迫った元服の準備に追われる彼等は一丸となり、そういった知識を持つ者が中心となって進めていく−−−
「−−なぁ一曹、招待状とかって送った方が良いのか!!?」
「−−取り敢えず、和樹さんや俺達が世話になってる人には出しといてくれ!!」
「−−解った、印刷しとく!!……隊長の名義で出して良いんだよな!!?」
「−−たぶん大丈夫だ!!ってか俺ばっかりに聞かないで宮部の奴にも聞けよ!!」
「−−アイツも忙しいんだってよ!!!」
「−−なんで和樹さんは和式で行く事にしたんだろうな!!?忙しいにも程がある!!」
「−−“なんとなく”だってさ!!」
「−−まぁこっちの方が馴染みあるから良いけど!!」
矢継ぎ早にもたららせられる同僚達からの質問に彼は疲労困憊となっているモノの笑顔が浮かぶ−−
「−−御免」
「−−あっ韓甲将軍!!」
「−−注文の物は?」
「はい!!まずはお預かりした太刀ですが……どうぞ御確認下さい」
「−−……良い腕だ」
「−−御注文の短刀は……おい親父!!」
「−−ちょっと待ってろ!!…お待たせしやした将軍。こちらです」
「−−……素晴らしい。流石は、と言えば良いか…」
「−−勿体なき御言葉にございます」
「−−これが代金だ、確かめてくれ」
「−−……はい、確かに頂きました。どうかこれからも御贔屓を」
「−−そうさせて貰うとしよう……あぁそうだ。これを忘れる所だった…」
「−−これは?」
「−−新年に屋敷で執り行う。是非とも来てくれ」
「−−は!!?いっいえそんな、恐れ多い事にございます!!」
「−−恐れ多かろうがなんだろうが来てくれ。…まぁ無理にとは言わないがな」
冠親となる男が注文した物も出来上がり、準備も大詰め−−
「−−服装って……どうすれば良いんだ?」
<−−そいつを俺に聞くのかよ。……えっと…素襖で良いんじゃねぇか?>
「−−素襖……確か直垂だったな」
<−−んじゃ人数分を一式送るぜ。着付けの説明書付きでな>
そして遂に迎えた新年−−
「−−おっす、あけおめ」
「よぉ。……しかしさぁ……俺達まで着る必要ってあったのか?」
「知らねぇよ。……戦闘服とか軍服よりは浮いてねぇから良いんじゃね?」
新年早々、和樹の屋敷へゾロゾロと集まる人の群れ。
その全員が素襖を着用し、手には何かしらの土産を提げている。
「ほい、記帳」
「あいよ〜。……フルネーム?」
「応。ついでに部隊連中は階級も書いてな」
「……っと、ほい」
「どうも。隊長達は座敷だから」
「判った」
「はい、次」
門の前に設けられた受付所で次々に隊員達が姓名と階級を記帳して行く。
現在の所、集合したのは約50名。
座敷に入り切らない隊員達は廊下や庭へ座り、式へ参加するしかない。
これは特に差別等をしている訳ではなく(小隊長以上の場合は話は別)単純に早い者勝ちである。
「新年おめでとうございます、隊長。今年も宜しくお願い申し上げます−−あっ、これ土産ですんで納めて下さい」
「宜しく頼む。土産か、済まんな」
「持って来てなんですが……土産持参なんて決めてないのに何故か集まりますね。…しかも殆んどが酒ばかり…」
部下から綺麗に包装された土産を受け取った和樹は、それらが大量に鎮座している上座へ置くと、再び円座に腰を落とした。
「……しかし隊長」
「あん?」
「良くお似合いですよ。違和感が全くない−−あっ副長もですからね」
「取って付けた様にありがとよ」
素襖の色は和樹を始めとした士官が黒、下士官は青で、特に和樹や将司は頭頂へ侍烏帽子を被っている。
「結局、祭壇とかは設けなかったんですね」
「面倒だったからな。一曹が言うには簡略して式を行うらしい」
「あんまり簡略すんのもどうかと思うがねぇ……」
「ところで……今日の主役は?」
「徐哉は部屋で準備中だ。一曹の奴が面倒を見てる」
腰に差した1尺8寸の大脇差の柄を撫でつつ和樹が問い掛けてきた部下へ返す。
それが終わるか否かの瞬間、門で受付をしていた隊員が慌てた様子で庭へ駆け込んできた。
「しっ少佐!!」
「なんだ…?」
「済みませんけど直ぐに来て下さい!!」
「……まさかと思うが…伯符殿あたりが来たのか?」
「それならまだ良いですよ!!良いから早く!!!」
部下に急かされた和樹はその様子を疑問に思いつつも円座から立ち上がり、縁側へ出ると草履を履いて門へ向かう。
そして和樹は−−−何故、部下が慌てた様子だったのかを知る事になる。
「ヤッホー、和樹♪新年と徐哉の元服おめでと−−あ、これ孫家からの祝い品」
「姉様っ、もっとちゃんと挨拶して下さい!!…ごめんなさい和樹。遅れちゃったけど新年おめでとう。今年も宜しくお願いするわ」
「お姉ちゃん、硬いなぁ〜。和樹ヤッホー♪今年も宜しくね♪」
「急に押し掛けて済まん。これは私からだ、遠慮なく受け取ってくれ」
「応、和樹。今日はめでたいのぉ……お陰で昼前っから酒が呑めるわい。……っと、これは儂からじゃ」
「はぁい和樹さ〜ん♪新年おめでとうございますぅ。これは私からです、納めて下さい♪」
「和樹様、おめでとうございますです!!私からもお土産です、どうぞ!!!」
「かっかか和樹様、新年と徐哉君の元服おめでとうございます…!!あの…こちらもどうぞ!!」
「和樹殿、おめでとうございます。どうか今年も宜しくお願い致す。詰まらない物ですが……どうぞ」
「韓甲……随分と変わった服だな…。…だが…うむ、様になっているぞ。私のも納めてくれ」
「…………………」
和樹は土産よりも、それを差し出す女性達に愕然としている。
なにせ−−孫呉の重鎮達が揃い踏みなのだ。
高々、傭われている一将軍の一使用人の元服へ駆け付けるには豪勢すぎる面子なのだから仕方ない。
「……和樹、どしたの?」
「……あぁ…申し訳ない。オイ、運んでくれ」
「はっ。では、お預かりします」
なんとか意識を浮上させた和樹は、居合わせた部下達に土産を運ぶよう命令する。
「……まぁどうぞ」
「お邪魔しま〜す♪」
「のう和樹、酒は出るのか?」
「……元服が終われば出しますのでお待ち下さい」
先頭切って案内を始めた和樹の後を彼女達が追う。
既に集まり庭で屯している隊員達の間を縫い、縁側へ辿り着いた彼女達は座敷に上がった。
「おっ。お前等、席交換しろ」
「へ−い。席、暖めときましたよ♪」
「あら、ありがと♪」
「…済まないな」
「いえいえ、お気になさらず」
円座から立ち上がった隊員達と入れ替わり、彼女達が腰を落とす。
彼等はどうやら縁側にて式を見物するらしい。
「……上座でなくて宜しいので?」
「あぁ気にしない気にしない♪」
「はぁ……」
何の躊躇いもなしに座敷の下座へ腰を落ち着けた雪蓮に和樹が問い掛けたが、当の本人は気にする様子もなくただ笑うだけである。
それに和樹は何とも言えない表情をしつつ再び、円座の前に柳台が設けられた上座へ座り込んだ。
「−−隊長。刀匠の李鋼と息子の李遜って人が来ましたが…御通ししても宜しいですか?」
「来たか…通して構わん」
「はっ」
どうやら和樹の愛刀を研いだ刀匠も彼の招きに応じて来たようだ。
しばらくすれば素襖に身を包んだ隊員に案内され、李親子が座敷へ入って来た。
「こちらです」
「はい−−えぇぇぇそっそそそ孫策様っ!!」
「そっそそれに周泰様まで!!?」
「あら、お久しぶりね。元気してた?」
「へっへえ!!倅共々、息災で−−あっ、本日はお日柄も良く−−」
「あぁ今日はそういうのナシナシ。気楽にね♪」
「はっ…はぁ…」
「ほら、招待されたんだから挨拶しないと♪」
彼女達の姿を認め、慌てて平伏した親子だったが雪蓮に諭され、おずおずと上座に腰掛ける和樹の眼前へと進み出る。
ちなみに雪蓮と李親子は面識があるのだが……そのきっかけは彼女が仕事をサボり、城下へ出掛けた事だとか。
「かっ韓甲将軍、本日はおめでとうございます」
「おめでとうございます」
「痛み入る。元服が終われば簡易ではあるが宴を催す。心許りだが…楽しんで行ってくれ」
「ありがとうございます!!それと……これは手前共からです。お納め下さい」
「重ね重ね痛み入る」
軽く一礼した和樹は部下に命じて、土産を受け取らせ、それらを上座へと移させる。
再び隊員達が入れ替わり、渋る親子を座敷へ座らせると青色の素襖を着た一曹が顔を出した。
「そろそろ始めても良いですか?」
「…あぁ始めよう」
いよいよ元服式が始まる。
それを聞いた全員が静まり返り、屋敷全体が沈黙した。
微かな衣切れと足を擦る音が廊下から響いて来る。
そして現れたのは−−緊張からか顔を強張らせ、緑色の素襖を着用した徐哉だ。
立ち止まり、列席している者達へ深々と礼をすると、彼は座敷へ足を踏み入れた。
静々と上座へ歩んで行くと再び立ち止まり、冠親となる和樹へ一礼し、その眼前に設けられた柳台へ座り、足の指先を爪立てて膝を付き、尻を静かに両踵の上へ軽く据えた跪座の姿勢を取った。
「では、これより元服を執り行います。補足になりますが、我々の国の作法に則り行いますので御了承を願います」
進行役となった一曹が参列者達へ断りを入れた後、彼と将司は徐哉の両隣へ移る。
一曹の手には白木で作られた正方形の盆があり、その上には紙と紐や髪油の入った瓶、そして白木拵の短刀が置かれている。
和樹が上座から立ち上がり、徐哉の背後へ回り込む。
「……肩の力、抜いとけよ?」
ガチガチに固まっている徐哉を見兼ねて右隣に控える将司が小声で囁くと彼は微かに頷いた。
和樹は、一曹から受け取った紙を徐哉の頭髪へ宛がうと抜き身の短刀の刃を滑らせる。
微かな音と共に伸びた黒髪は切断された。
それを紙で包み、紐で結ぶと盆の上へ置く。
次に和樹はザンバラとなった髪を整える為、髪油を取ると、それを自らの両手へ適量落とし、徐哉の頭へ宛がい、髪に馴染ませる。
何度も前髪から後頭部へ油塗れの手を滑らせて行けば、徐哉の髪型はオールバックに整えられた。
次は髷を結う為、紐を取る。
後頭部の髪を掴み、朱色の紐で整えていくと、茶筅髷が出来上がった。
そして仕上げに入る。
将司は持っていた侍烏帽子を徐哉の頭頂に被せると、それを押さえ、和樹は前へ回り込んだ。
顎で侍烏帽子の紐を結び−−ついに完成した。
「……皆に見せろ」
和樹が徐哉へ小声で囁くと、彼は身体を捻り、参列者達へ見違えた姿となった自分を見せ付ける。
誰ともなく感嘆の溜息が零れる。
「さて−−−」
徐哉は顔が綻びそうだったが、まだ式が終わっていない事を思い出し、再び身体を捻ると、声を発した和樹へ向き直る。
「さして祝いの品も送れないが……これを与えよう」
和樹はおもむろに腰に差した黒漆塗の大脇差を片手で鞘ごと抜き、それを徐哉の眼前へと差し出す。
「これはそちらの李鋼殿が鍛えた。受け取れ、元服の祝いだ」
「はい…!!」
徐哉は差し出された大脇差を両手で恭しく受け取った。
「…では、新しい名を授ける」
控えていた一曹から和樹は二枚の紙を受け取った。
元服は成人となる儀式の他に新たな人生の幕開けという意味も含まれており−−
「新たな名は−−」
新たな名が与えられた時、徐哉の新たな人生が始まる。
和樹が両手に持つ紙が広げられ−−
「姓名を徐盛、字は文嚮とする」
新たな名と人生が与えられた。
「…徐盛…文嚮…」
その名と字を噛み締めるように徐哉−−徐盛は呟く。
「今後も文武に励め」
「はっ!!徐文嚮、この御恩忘れず、一層邁進していく所存でおります!!どうかこれからも変わらぬ御指導宜しくお願い奉りまする!!!」
徐盛−−正史において呉の孫権に仕え、猛将と知られる武将である。
元服の後−−−
「ひゃっはははは−−♪きゃんこ−−わらひとひょうふら−−♪」
「誰か姐御を止めろぉぉぉ!!!」
「誰だ、こんなに呑ませやがったのはぁぁぁ!!?」
「酒じゃあぁぁ!!酒が足らんぞぉぉぉ!!樽ごと持って来ぬかぁぁぁ!!!」
「さっ祭様…そっそんなに呑めませ……!!!?」
「親父、呑み過ぎだって!!」
「こんなめでてぇ日に呑まねぇ莫迦が何処に居るってんだ!!?」
「いや、そいつは違わないけどさぁ!!」
−−阿鼻叫喚の図が広がっていた。
「……全員、撃沈しなければ良いが……」
「げきちん?」
「…こっちの話だ」
上座で座敷の状況を眺める和樹はポツリと呟くと盃を傾け、酒を呑み下す。
「旦那様」
「あん?」
「今日は本当にありがとうございました」
和樹は突然、両手の拳を付いて平伏する徐盛を見遣るが、さして気にする様子もなく新たな酒を盃へ注ぐ。
「……気にするな。貴重な体験だとでも開き直れば、どうという事は無かったんでな」
「いえ、それでも御礼を申し上げます。あの……この刀…本当に頂いても宜しいのですか?」
平伏の姿勢から直った徐盛は自分の腰に差した大脇差を指差す。
「…元服をしたのに腰が寂しいと格好がつかんだろう。遠慮なく受け取れ」
「…判りました。では遠慮なく」
「応……あぁ、そうだ」
盃の縁へ口を付けた和樹だが、何かを思い出したのか、それを徐盛へ差し出した。
「ほら」
「え?」
「本当なら二十歳……早くても18になるまでは呑まない方が良いんだが……まぁ良い。一口だけ呑んでみろ」
「…は、はぁ…では……」
差し出された盃を受け取った徐盛は縁へ唇を付け、酒を口に含むと−−
「ッ!!!?」
目を白黒させ−−
「ゲホゲホ!!!」
盛大に咳き込んでしまう。
「大丈夫か?」
「ゴホッ……はっはい、申し訳ありません。……あんまり美味しくないですね」
率直な感想を受け、和樹は苦笑する。
徐盛は顔を顰めつつ盃を和樹へ返すと、彼は残った酒を全て呑み下した。
「…ふぅ…。まぁ歳を食えば美味く感じるだろうよ」
「そんなモノですか?」
「そんなモノだ。……あぁ言い忘れていたが……」
そう言いつつ、和樹は酒を注いだ盃を眼前に掲げる。
「徐盛」
「はい」
「元服おめでとう。これからも宜しく頼む」
「…はい、旦那様!!!」