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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第五部:狼の帰還と元服
85/145

72



え〜〜……投稿の許可が下りたので…。




〜Other side〜



カロ…カシャ…カロ…



四人分の机上へ積み上げられた竹簡や木簡をそれぞれが広げ、それに筆を走らせる作業が延々と続いている。


「……ハァァ…」


−−不意に誰かが零した溜息。


この執務室で最年少の少女の耳がそれを捉え、発生源に視線を向ける。


「……ハァァ…」


−−二度目の溜息。


それに反応したのは銀髪を短く切り揃え、勝ち気な双眸をした女性。


彼女も走らせていた筆を止め、発生源へ視線を向ける。


「……ハァァ…」


−−三度目の溜息。


今度、反応したのは−−黒い軍服を着用し、短い黒髪を整髪剤でオールバックにした青年。


彼も発生源を見遣る。


「……ハァアァァ……」


−−四度目の溜息は一段と大きい。


短い黒髪が逆立つ青年の様子がいつもと違う。


それを察した彼等は顔を見合わせ−−首を傾げた。







〜和樹side〜




「…ハァァ…」


今日−−いや最近は溜息ばかり出るな。


処理し終った竹簡を机上の隅へと追いやり、新たな書簡を眼前へ広げる。


「……なぁ相棒」


「………あん?」


声を掛けられ、顔を上げると相棒はツーポイントの眼鏡を外しつつ心配気に俺へ視線を注いでいた。


「…お前…なんかあった?」


「……なんか……まぁ、あったと言えば、あったんだろうな…」


「かっ和樹様、本当になにがあったんですか…?」


「…むぅ……悪い物でも食ったのか韓甲?」


相棒が口火となり、執務室にいた子明殿と華雄までもが俺に尋ねて来る−−…が、華雄は少し失礼な事を言ったな。


俺がそこまで悪食な奴だと………否定は出来んか。


「あの…私で良ければ相談して下さい。…力になれるかも知れませんし…」


「大丈夫だよ亞莎ちゃん。案外、コイツは単純な奴等だからさ。ギターでも弾けば悩みなんか無くなるよ」


「「…ぎたぁ?」」


「あ〜…琴とかの弦楽器の仲間だよ。なっ相棒?」


「…どうせ弾くならロックが良い……が面倒だし、現在は弾きたいとも思わん」


「……亞莎ちゃん」


「はい?」


「前言撤回。かなりヤバいよ」


「えぇぇっ!!?」


……どうやら相棒は俺のストレス発散方法がギターを掻き鳴らす事だと思っているらしいが……まぁ概ね正解だ。


だが……そんな気には到底なれない上、面倒臭い。


「…相棒…お前…どうしちまったんだ…?…まさか今更になって派兵のストレスが…」


「なんだか良く判らんが……大丈夫か?」


「和樹様ぁ…」


相棒は顎へ手をやり医学的見地から考え、華雄と子明殿は俺を心配気に見詰める。


「…お前ほどの者が悩みを抱えるというのは相当のモノだろう。…韓甲、話してみろ」


華雄は椅子から立ち上がると歩み寄り、俺の肩へ手を添えて顔を覗き込む。


安心させる為か微笑んでいる彼女の顔を見……筆を硯へ置いて溜息を吐いた。


「下らん理由だぞ?」


「お前が“下らん”と付ける時は余程の事だと判っている」


「…笑うかも知れんぞ?」


「安心しろ、笑ったりはしない。受け止めてやるさ。…そのぐらい…私でも出来る」


「…ふぅ…。お前、随分と変わったな」


「…私を変えてくれたのは…韓甲、お前だ。だから頼む…話してくれ。私は…お前の力になりたい」


その言葉と共に肩へ置かれた手に力が籠もり、彼女の双眸から注がれる視線が強くなる。


「……判った」


「うむ…話してくれ」


「……笑うなよ?」


「無論だ。なぁ二人とも?」


「応、当たり前だろ」


「はい、勿論です!!」


頼もしく返答をする三人の様子を見ると意を決し口を開く。


「……こんなこと言うべきではないと承知しているんだが…」


「…うむ…」


「…………」


「…はい…」


口を閉ざし、呼吸を整え−−


「……屋敷に帰るのが辛い…」


−−そう言い放った瞬間、執務室に流れる時が止まった。


「……は…?」


「……え…?」


「…んんっ!…あ〜…相棒、悪いんだけどよ…もう一度言ってくれねぇか?」


咳払いする相棒が催促してくる。


…まったく二度も言わせる気か。


「……だから、屋敷に帰るのが辛いんだ」


再び執務室の時が一瞬、止まった……が、それを打開したのは−−


「ギャハハハハッ!!やっや…屋敷に帰るのが…!?ハッハハハッ!!あっ相棒、お前、結婚もしてねぇのにオッサンみてぇな事いうなっての!!!」


……この嘘吐きめ。


笑わないと誓ったばかりではないか。


ついでに言えば……その発言は世界中のオッサンに失礼だ。


腹を押さえ、爆笑する相棒を睨むが……止まる様子がまるでない。


「…韓甲……まさか悩みとは…そんな事なのか…?」


「あぁ、そうだ。悪いか?」


「……心配して損した−−なっ!!」


「痛ッ!」


「フンッ!!」


華雄の手が肩から離れたと思うと……それは俺の後頭部を強襲した。


…平手で叩かれた事に安堵すべきなのだろうが……その前に俺は何故、叩かれたのだ?


地味に痛い後頭部へ手を回して撫でている間に彼女は自身の机へ戻り、椅子へドッカリと腰掛ける。



「…あの…和樹様?」


「…なんでしょうか?」


「何故…お屋敷に帰りたくないんですか?」


「…“帰りたくない”のではなく“帰るのが辛い”ですよ」


「…はぁ…」


訂正を入れつつ、痛みが治まった後頭部から手を離し−−唯一の相談相手になるだろう子明殿へ視線を向ける。


「……あと10日もすれば年が明ける…」


「へ?…あぁ…そうですね」


「年が明けると…徐哉が元服なのですよ」


「はっはぁ…。それは以前に伺っていますが……何か問題でも?」


「ハッハハハッ!!…ふぅ……あ〜…なんとな〜く、オチが読めたぜ…」


相棒は両腕を後頭部へ回し、未だ込み上げる笑いを噛み殺すように俺を見て来る。


「……私もなんとなくだが判ったぞ」


そう呟く華雄だが…もう俺を心配するのを諦めた様子で既にデスクワークへ戻っていた。


「……やっぱり判るか?」


「応よ。ってか、それ以外にねぇわな」


「うむ……ちっ、書き損じたか…」


「おっお二人には判るのですか?」


「まぁね。付き合い長いのだけが取り柄だし」


「…私もそれなりだがな−−おい、呂蒙」


「ん?」


「はい?」


「…呂猛、お前じゃない。…これなんだが…」


「……この文脈からすると…誤字ですね…」


「だな。まったく誰が書いたのだか…」


……どうやら三人共、俺の相談に乗ってくれる事は−−


「あの…徐哉君の元服と和樹様がお屋敷に帰り辛いのが何か関係しているのですか?」


−−無さそうだが、子明殿だけは聞く気満々のようだな。


溜息を零し−−…今日は何度目になるだろうか。


ふと湧いた疑問を頭の片隅へ追い遣ると、心持ち居住まいを正す。


「……徐哉は、私が名付け親になる事を期待しているようです」


「えっ、そうなのですか!!?それはおめ−−」


「…………」


「−−…でたくないのですか…?」


無言のまま顔を俯かせつつ頷いて肯定する。


「……まぁ…どうせ冠親をする羽目になるのです。もう自棄糞で名付け親でも何にでもなってやりますよ」


「…は、はぁ…」


吐き捨てれば、子明殿は何とも言えない表情で相槌を打った。


「…あの…まさか悩みというのは−−−−」










「−−隊長、まだ悩んでるのですか?」


「…なぁ朴。年明けって…あと10日ぐらいだよな?」


「あぁ」


「隊長にマトモなセンスが無ぇのは知ってますが…いくらなんでも…」


「バダウィ、それは言い過ぎだろう−−」


「あぁ悪ぃ……ところでシン。お前、さっきからなにやってんだ?」


「見れば判るだろう。リベットで鍋の穴を塞いでるんだ」


「うん…まぁそりゃ見れば………チャンス−−」


「厨房で摘まみ食いしてみろ。お前は飯抜きだ」


「わ、判ってるよ」


「……お前等は本当に相談に乗ってくれるつもりがあるのか?」


華雄隊の兵士達が居なくなり、少しばかり広くなった駐屯地へ仕事帰りに俺は寄る事にした。


その一角で屯していたのは4人の小隊長達。


第一歩兵小隊を預かる中尉は缶から取り出した煙草のシャグをほぐし、それを紙へ乗せ、糊付けする面を軽く舐めて閉じると、形を整え、シガレットケースへ規則正しく納めている。



その傍らではヘリ部隊の小隊長である中尉が葉巻を吹かしつつ、手巻き煙草の量産を行っている同僚を眺めていた。


“鬼の烹炊長”こと施設・補給小隊長は穴が空いたという鍋を金槌で叩いており、戦車隊を預かる少尉は……特に作業をせず、ただ喫煙するだけだ。


確かに俺が勝手に相談の話を持ち掛けたのだが……そこまで無視せずとも良いのではないだろうか。


「相談に乗るつもりがあるか?そんなのモチのロンじゃないですか」


「楊、お前が言っても説得力がないぞ」


「…いや朴、お前も大概だからな。少佐、取り敢えず……一本どうですか?」


……ヘリの中尉の言葉が本当なら相談に乗ってくれるつもりはあるようだ。


何処から取り出したのか中尉は一本の円筒型シガーケースを寝そべりつつ差し出して来た。


「……葉巻か?」


「えぇ、コイーバです。タマには気分でも変えてどうですか?」


「…貰おう」


それを受け取り、シガーケースの蓋を開け、葉巻を引き抜く。


葉巻へ鼻を近付けて吸い込めば……紙巻とは違う芳醇な香り。


「どうぞ」


相も変わらず寝そべる中尉が差し出してきたギロチンを受け取り、吸い口をフラットでカットする。


そしてコートのポケットから取り出したジッポで火を点けた。


「…普通、葉巻−−しかもプレミアムに直接、火を点けますか?しかもジッポで」


「吸えりゃ良いんだよ。朴、お前だって同じだろ?」


「………まぁな」


「で、味はどうですか少佐?」


「………」


ギロチンを返しつつ口内で紫煙を転がし、吐き出すが−−


「……葉巻ってのは相変わらずパッとしない味だな」


素直な感想を吐き終えると再び紫煙を吸い込み、口内で転がす。


「愛好者には悪いが……こんな物の何処が良いのか見当もつかん」


「葉巻ってのは香りを楽しむ物なんですよ……まぁ知ってるとは思いますがね」


「紙巻以上に匂いが付くだろうな。…女が近寄って来んぞ」


「…いや、それを少佐が言いますか?」


「しかも高価な割には大して美味くない」


「……なにか葉巻に恨みでもあるんですか?」


そう尋ねられ葉巻を銜えつつ顎へ手を遣り、黙考する。


何気なく中尉へ返していたが……はて…俺は葉巻に何か特別な想いでも抱いていただろうか。


…あの野郎は…葉巻を愛好していたが特に接点はない。


かつて一夜を共にした女性士官も葉巻愛好者だったが……ふむ、それっきりだったな。


………むっ……


「あの…少佐、どうかしたんですか?」


「うわ…。隊長、その顔はヤベーですよ。ガキが泣いて逃げ出しますって」


「……なに…少し嫌な事を思い出してな」


何処だったかの紛争での司令官を思い出してしまった。


…野郎も確か葉巻愛好者だったな。


まだ俺も駆け出しで、今より“少しばかり”血の気が多かった頃だった為、かなりムカつく野郎だったが……哀れな最期であったのが幸いだ。


「…ククッ」


なにせ味方の誤射でめでたく“戦死”されたのだから。


「…今度は笑ったぜ…大丈夫か…?」


「…大丈夫だろ、うん。無問題無問題」


紫煙を吐き出し、ゆっくり吸い込むとそれを転がす。


「……で話を戻しますけど……いい加減、名前とか決めたらどうですか?」


「そんなに時間ないですよ?」


「……言われんでも判ってる」


−−とは言うモノの…実際問題、迷っているのだから仕方ない。


「作戦を立案するよりは簡単でしょうが」


「……俺としてはそっちの方が簡単に思えるんだがな…」


「あ〜ぁ……こりゃ重傷だぜ。…こん中で三国志とかに詳しい人間って居るか?」


「俺は人並み程度。しかも学生の頃は演義ばっかり読んでたからな」


「…俺なんか自国の歴史もあんまり覚えてませんよ」


「バダウィに同じく。というか、俺の場合はあんまり漢字の名前に馴染みありません」


「インドってゴータマの出生地だろうが」


「確かにそうだが…。俺の実家はシク教を崇拝していてな。仏教にも馴染みはない」


「そのクセにターバンとか巻いてないんだな、お前は」


「そこまで敬虔な信徒じゃなかったからな。…だがまぁ…カーストを否定する教えには共感できたけど」


むぅ…気の所為だろうか。どんどん話がおかしな方向に流れているぞ。


「仕方ねぇ…。黄の奴を呼ぶか。……応、黄か?俺だ俺−−俺じゃ判らない?超イケメンの楊だよ楊。悪ぃんだけどちょっと来てくれ……そーそー、いつもの所」


嘆息した中尉は徐に無線を使い、砲兵小隊の少尉を呼び出した。


そして1、2分後……見慣れた部下が屯しているこの場所へ走って来る。


「お呼びですか−−っと少佐」


「応」


俺の姿を見た少尉が敬礼し、それに応えるため軽く返礼する。


「城からの帰りですか?」


「あぁ」


「なぁ黄。ちょいと協力してもらえねぇか?」


「…モノにもよりますが……自分で出来る事なら最善を尽くします」


模範的な解答だな……肯定せず否定せずの。


「なら良かった。…哉坊の元服の件なんだよ」


「段取りなら一曹あたりがヤル気満々でしたが…」


「あぁ、そっちじゃなくて。改める名前とか字の事だ」


「…………あぁ」


……なにやら少尉の奴は、俺の顔を見て納得がいったかのように頷いた。


どうせネーミングセンスの無さを思い出してだろう。


「う〜ん……と言われましても……。大体、俺だって人間の名前を真面目に考えた事なんかありませんよ」


「そりゃ、ここの連中全員がそうだぜ」


…そうでないと非常に困るのだが。


現在も満足のいかない葉巻を燻らせつつ改める名前の候補を考えるが……まったくもって思い付かない。


「……そういえば…哉坊の奴って…北方の生まれだったよな?」


思い出したのか唐突に煙草を巻いていた歩兵の中尉が呟いた。


「あぁ。確か……徐州の生まれらしい−−やるよ」


「−−あぁどうも」


中尉の疑問に答える為、使用人から聞いた事を告げつつ、飽きてしまった葉巻を未だ鍋を修理している烹炊長の口へ突っ込んだ。


「目と鼻の先ではありますが……まぁ確かに北方ですね」


「そうだな」


相槌を打ちながら口直しにコートのポケットから取り出した煙草を銜え、火を突ける。


「……徐州の生まれ……そして現在は呉……」


「黄、どしたよ?」


ブツブツとなにかを呟く少尉へ、すかさず中尉が問い掛ける。


彼は顎へ手を遣り、僅かに無精髭を撫でながら考え込んでいる様子だ。


「……いや……まさかな…」


「オ−イ、無視すんなよ−−」


「……へ?あぁ、済みません」


「で、どったの?」


「いや……まさかあの哉坊がなぁ…と思いまして…」


「だから何がよ」


その後、少尉が発した言葉を聞いた俺達は唖然とする事になるのである−−−。




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