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連投してみる。
−−身体が軽く跳ね上がるような衝撃が走った。
「タッチダウン、ハッチ開け!!」
エンジンの爆音に紛れ、微かな駆動音と共に後部ハッチが開き、日光が機内へ差し込み、耳朶を打つ爆音の轟きが大きくなる。
鞍へ荷物と大太刀を括り付けた黒馗の手綱を握っていると、ハッチに続き、昇降ランプが落ちて行く。
「−−良し降りろ!!」
ランプが接地した瞬間、ロードマスターが吠えた。
手綱を引き、緩やかな坂を作るランプを降り−−6時間ぶりに地面へ脚をつける。
……いつも思うが、揺れない地面ってのは最高だ……。
成都出発から三日後の−−…現在は0925時だな。
途中で何回か給油と機体の整備、そして馬達への休憩時間を取りつつの帰路ではあったが……まぁ順調だっただろう。
作戦も終わり、バタバタと忙しく走り回る必要はない。
なにより、ここは建業郊外の駐屯地−−……とは微妙に違うな……。
「……流石に無理だったか……」
Mi-26が着陸したのは駐屯地の東側:約80mの地点。
流石に機体がデカ過ぎて駐屯地内へヘリポートを造るのは無理だったのだろう。
着陸した場所には盛り土をし、整地もしているが……野晒しになってしまうな。
まぁ…駐屯地内の三つのヘリポートに駐機するUH-1も野晒し状態だが、一応はシートを被せ固定している。
…こっちも巨大なシートで覆うか。
一応、風雨は凌げるし、シートが茶色ならば遠目には岩石に見える……と思う。
いや…それにしても……
鼻孔を塞いでいたティッシュを外して−−−
「……………」
−−みたが、直ぐに再び突っ込んだ。
僅かに顔を顰めつつ、大人しく俺へ付き従う黒馗を見遣る。
「…ったく…お前達のお陰で掃除が大変だな」
−ブルッ−
同意しているのか黒馗が微かに嘶く。
Mi-26のキャビンは……コイツらが垂れ流した糞尿のお陰で酷い有り様だ。
今頃、駐屯地ではクジ引きで誰が掃除を受け持つのか選抜が行われ、決死隊が編制されているに違いない。
『……オエッ…』
爆音が段々と小さくなっていくのを聴覚で捉えていると、背後から……まるで吐き気を我慢するような大多数の呻きが聞こえた。
まぁ……俺と同じく試しに外してみたのだろう。
「−−さぁさぁ、やるぞテメェら!!!」
『え〜〜?』
「グッ…気合い入れてやんぞ−!!」
『え〜〜?』
「だから気合い入れろって!!マスタードガスとか炭疽菌よりは良いだろ!!?」
『…………』
おかしな遣り取りをしつつ、分隊規模で編制された“決死隊”が駐屯地から向かってくる。
装備は……ゴムベラやデッキブラシ、水の入ったバケツ、そして………顔面を覆うガスマスク。
「−−おっ、隊長!!」
「少佐、任務お疲れ様でした!!」
「今、帰った。…そっちも御苦労だな……まぁ頑張ってくれ」
「はっ!!よっしゃ、やるぞ!!」
『え〜〜?』
ラフな敬礼を返すと黒馗を伴い、これより決死の作戦へ向かう部下達の真横を通り抜ける。
……はて。何気なく見ていたが……ガスマスクって臭気を遮断できただろうか?
………まぁ、アンモニアも一応は毒素だ。
そう結論し、一路、駐屯地内部へ向かうべく歩き出す。
黒馗の鞍から荷物が入ったバッグを下ろし、愛馬を部下に任せ、指揮所へ入る。
「おっ相棒−−…臭ッ…」
「……二言目にそれはないんじゃないか?」
「だって本当の事なんだもん」
何が“もん”だ、気色悪い。
……約3ヶ月ぶりに見る相棒は……微塵も変わっていない。
荷物を置くとコートのポケットから煙草を取り出して火を点け、鼻孔に詰まったティッシュを地図が広げられている机上の灰皿へ放り込む。
「…報告を聞こう」
「あぁ。大まかは、この前に話した通りだ。詳細は後で報告書を上げるから読んどいてくれ」
「…了解」
空気の通りが良くなった鼻孔から紫煙を吐き出しつつ椅子へ腰掛ける。
「…華雄は?」
「ん?…あぁ。今頃は城だろうな。兵員補充の件で手続きやってるんだと思う」
「…ふむ。…火葬は?」
「済ませた」
「…判った」
短い遣り取りで必要な情報を得つつ、ニコチン摂取の快感を染み渡らせる。
「他に報告すべき事項は?」
「そうさなぁ…。砲弾類と燃料の欠乏。あぁ、戦車の主砲と履帯、ついでにヘリのブレード。以上が底を尽きそうだな。あと煙草とかの嗜好品……コーヒー飲む?」
「判った、後で注文しとく。……キリマンジャロ」
「あいよ」
テントの端の小さな卓へ向かう相棒を見遣りつつ短くなった煙草を灰皿へ押し潰す。
コーヒーミルへ豆を入れ、ハンドルを回し、ゴリゴリと豆を砕く音が響き始めた。
「…っと、伯符殿から伝言があったんだった」
「…それは一番に報告すべきじゃないのか?」
「まぁまぁ。別に着いて直ぐって訳じゃねぇよ。一日、休息取って明日あたりにでも同盟と入蜀における戦果報告をすれば良いってさ……こんなモンか」
相棒へ苦言を放ったが……野郎は気にする素振りも見せず、砕いた豆をサイフォンへ入れ、アルコールランプに火を点した。
後は抽出を待つだけなのだが……相棒は何故か、シャンプー等を手桶へ放り込み、俺に近付いてくる。
「取り敢えずさ……身体、洗ってきた方が良いぜ?」
今度は俺が苦言を放たれ、押し付けられるように手桶を渡されてしまう。
「……そんなに臭いか?」
「自分で気付いてねぇの?厨房行って、湯貰って、そんで洗って来いよ。ほらHurry hurry」
鼻を抓み、シッシッと手で合図されてしまう。
不承不承と手桶を持ち、テントの外へと出た。
カッポカッポと久方ぶりの建業の街を黒馗に跨がって進むが……別段、変わった所は見受けられない。
「−−あっ、韓甲将軍!!」
「えっ、あっ将軍!!」
「…む?」
声を掛けられ、その方向へ視線を向ければ、どうやら警邏中と思われる一隊が近付いて来る。
…顔に見覚えがあるのを考えると……おそらく練兵を行った兵士だろう。
「将軍、お帰りなさいませ!!」
「…あぁ…今、帰った」
慇懃に礼を取る兵士達に対応する為、黒馗を止める。
「将軍も任務ご苦労様です!!」
「そっちも交州では苦戦だったようだな」
「はっ!!ですが、将軍の練兵を受けた我々は生き残る事が出来ました!!」
「これも全て将軍のお陰であります!!」
……何故、こうも一言一句に気合いが入っているのか。
「そうか…なによりだ。これからも励め」
『はっ!!ありがとうございます!!!』
いや…だから、別に礼を言われる程では……まぁ良い。
畏まって礼を取る兵士達の脇を擦り抜け、一路、自宅である屋敷へ向かう。
……何故か途上、何度も将兵や民達に呼び止められ、時間を喰ったが……なんとか屋敷の門へ到着した。
鞍から飛び降り、全開となっている門を手綱を引いてくぐれば−−−俺へ突撃してくるオスのシェパード。
「−−おすわり」
間髪入れず命令すれば、大人しく−−まぁ尻尾を盛大に振りつつだが、萌々は従った。
屋敷も特に変わりは−−……あぁ、畑の野菜類は粗方、収穫されているな。
それを確認しつつ黒馗を厩舎へ誘導し、そこへ愛馬を納める。
「−−あっ、旦那様!!」
声に僅かな違和感を覚えたが……これは使用人である徐哉だろう。
特に警戒する事なく、振り向くと−−−
「お疲れ様でした、旦那様!!」
「……………誰だ、お前?」
「ええぇ−−!!?ちょっ…旦那様ぁぁぁ!!?」
−−いくら成長期真っ盛りとはいえ……3ヶ月ほど見なかっただけで、髪や身長がやや伸び、顔付きも少しばかり大人びた使用人が立っていた。
皆の徐哉君はピチピチ(死語?)の11歳の男の子(決して“男の娘”ではない)。
私の従弟も…10歳やそこらですが、本当に三ヶ月会わなかっただけで結構…変わる…。
男子三日会わざれば云々……とは言いますがね。