62
劉備軍の支援任務も残り僅か……
Other side
−−成都の城門に突如として爆発が起こり、ややあって再びの爆発。
城壁上に築かれた門楼にも爆発が起こり、その直上をヘリが駆け抜けて行った。
「気合い入れろ野郎共!!この作戦が終わったら呉に戻れるぞ!!」
『Yaaaaaa!!』
「戻ったら好きなだけ色街で女を抱け!!好きなだけ飯と酒を食らえ!!だが、それまでは気合い入れて戦え!!戦って戦って戦いまくって殺して殺して殺しまくれ!!判ったか野郎共!!?」
『Yaaaaaa!!!』
「……なぁ一曹?」
「はい?」
「中尉の奴…なんか変なスイッチ入ってないか?」
「…たぶんストレスからでしょうね」
UH-1のキャビンには黒狼隊の一個分隊が狭苦しそうに乗り込んでいる。
その中心で隊員達へ檄を飛ばす中尉を見て、右舷スキッドに脚を乗せる和樹は異常な様子を一曹へ問い掛けると彼は肩を竦めつつ返した。
「テメェ等はなんだ!!?どいつもこいつも戦って殺し合うしか取り柄のない傭兵だ!!」
『Yaaaaaa!!!』
「どうしようもねぇ傭兵の俺達にはクソな戦場がお似合いだ!!さぁ野郎共、撃って撃たれて殺したり殺されたりしようぜ!!」
『Yaaaaaa!!!!』
気合いは充分−−というより、こんな汚い訓示で士気と戦意が挙がる彼等もおかしい。
だが、流石は元の国軍で空挺や特殊部隊に在籍していただけあって、メリハリの付け方を心得ている。
「隊長、何か付け足す事は!!?」
「…む…?」
俺か?と和樹は首を捻り、キャビンの中央にいる中尉へ視線を向けると彼は頷く。
溜息を零すついでに紫煙も共に吐き出すと短くなった煙草を器用に携帯灰皿へ放り込み、コートのポケットへ仕舞う。
「野郎共、隊長からの訓示だ、傾注!!!」
中尉が吠えた瞬間、キャビンを埋める隊員達が一斉に視線を和樹へ向ける。
それを見遣る和樹の眼に−−なにやら無言で口を動かす中尉が入った。
それを読唇術で解読すると−−和樹の表情が僅かに歪む。
だが“それ”を拒否すると視線を向ける部下達にも影響が出る。
−−二度目の溜息は一段と深かった。
「−−クズ共、良く聞け!!!!」
普段、耳にする自分達の隊長の理性的な声音とは明らかに違うそれに隊員達の心胆が引き締まる。
「今から敵城へ俺達は降下する!!待ち受ける敵部隊の兵力は不明!!!よって貴様等の任務は俺が“可哀想な事”にならないよう警護する事だ!!!!」
『Yaaaaaaa!!!!!』
「降下し次第、一班と二班は中尉の指揮で敵城の入口を封鎖!!敵を入れてはならんし出す事もならん!!!三班は俺と共に玉座を目指す!!!」
『Yaaaaaaa!!!!!』
「劉璋の頸を刎ねるまで、しっかりかっちり俺を護ってみせろ!!!生え抜きの精鋭である事を俺に証明してみやがれ!!!」
『Yes,sir,commander!!!!』
気合いは充分すぎるほど充分に入った。
「LZまで60秒!!!」
「総員、降下用意!!!」
「中尉、出来るなら一回で降りて下さいよ!!!」
「馬鹿にすんな!!!なんならロープ無しの10mで降りてやっても良いぞ!!!」
『Yaaaaaaa!!!!』
「向こうだったら骨折じゃ済みませんよ−−−LZに敵兵多数を目視!!」
「機長、排除せよ!!」
「了解!!ロケット、ガンにセレクト!!!」
LZとなる敵城正面入口の付近の開けた地点に、機長の鍛え抜かれた眼が敵部隊−−1個歩兵小隊クラスの敵兵力を捉えた。
和樹はその報告に間髪入れず、敵部隊の殲滅を命令し、機長の指が普段通りに操縦稈上部のスイッチを動かす。
UH-1は元々、攻撃ヘリではない。
その為、照準器は無く勘頼みでの攻撃だが、曳光弾の弾道を見極めれば問題は皆無。
そもそも水平距離150mの至近からの攻撃では外す事の方が難しい。
喩え、ロケット弾が敵部隊へ直撃せぬとも破片と爆風による被害は甚大なモノとなる。
「Fire!!!」
機長が操縦稈のトリガーを人差し指で握り込んだ瞬間、両舷のポッドからロケット弾が次々に発射され、次いでミニガンからも何百発もの銃弾が斉射された。
ロケット弾が着弾する度、それと石畳の破片が周囲の敵兵へ襲い掛かり、爆風が身体を吹き飛ばし、ついでとばかりに木造建築の城をも破損させる。
浴びせ掛ける銃弾のシャワーを広範囲に撒き散らす為、機長は愛機を揺らす事も忘れない。
攻撃開始から僅か数十秒足らずでLZは確保された。
「クリア!!これよりLZに接近!!タイミングはこちらから伝えます!!!」
機体が滑らかな挙動で降下して行き、城の開けた地点の約5m上空でホバリングし−−
「−−GOGOGO!!!」
機長の号令一下、搭乗する隊員達が機体の両舷からバラバラと飛び降りた。
着地した瞬間、分隊の二班が所定の位置へ着く為、動き出し、ヘリは上空へと舞い上がって行く。
<全員の降下を確認。これより城壁上と城周辺の敵部隊の捕捉および掃討に向かう>
「了解。中尉、後は任せた!」
「お任せを!!三班、隊長をしっかりと警護しろ!!」
『応ッ!!!』
「和樹さん、俺がポイントマンになります!!」
「あぁ。三班、一曹に続け」
一曹が小銃の銃口を入口へと向けつつ中へ進む後を残りの班員達と和樹が続き−−直ぐに敵兵を発見した。
エンジン音と爆発音を聞き付けての増援だろう。
一個分隊程の増援が奥の曲がり角から姿を現した瞬間、一曹は小銃の銃爪を引き、後続の班員がピンを抜いた手榴弾を投擲する。
放たれる銃弾で敵兵が倒れる中、駄目押しとばかりに手榴弾が炸裂し、破片が突き刺さった数名の敵兵が爆発の衝撃で壁へ叩き付けられ、力無く床に崩れ落ちた。
その光景を確認した一曹は班員達に先んじて駆け出し、曲がり角まで辿り着くと壁から僅かに顔を出した。
−−また敵部隊が駆けて来る。
すると、彼は片手でサスペンダーに吊した手榴弾を取って、レバーを握り込むと歯でピンを抜き−−安全装置であるレバーを外し、数秒後に投擲。
レバーを外したのは距離と炸裂の時間差を考えての事だろう。
投擲から2秒も経たず、手榴弾は炸裂。
その瞬間、悲鳴と物体−−敵兵が壁等に叩き付けられる音が響く。
手榴弾の炸裂を耳で確認した一曹が小銃を左腕に構え直し、壁から離れると銃口を曲がり角の奥へ向ける。
「クリア!!」
右手の親指を立て、後続の和樹達へ掃討完了を報告した一曹は小銃を右腕へ持ち直し、前進を再開した。
視覚、聴覚、そしてこれまで培ってきた勘をフルに活用し、進路上の索敵を行う彼等の耳をひっきりなしに打つのは城外から聞こえる散発な銃声と鯨波。
前者は黒狼隊、そして後者は無反動砲で破壊した城門を突破し城下へ雪崩れ込んだ劉備軍のだろう。
「少佐より各隊へ。現在状況を報せ」
<こちら第二分隊、劉備軍と共に城下を掃討中。現在、負傷者なし。作戦を順調に消化中>
<第三分隊。ここから見る限り、城壁上の脅威を全て排除。これより第二分隊と合流、敵城を目指す>
<城外、中尉より隊長。散発的に敵部隊と交戦。一名の腕に矢が掠めるも軽傷。作戦行動に支障なし>
<こちらヘリ。高度100mで上空を旋回中。各方面で敵部隊が続々、劉備軍へ投降しています。支援が必要な際はいつでもどうぞ>
「−−了解。作戦続行」
通信を切った和樹が小銃を構え直し、一曹の先導を受け、進行を続ける。
「…接敵が少ねぇな。もっと派手な歓迎だと思ったのに…」
「その前に人間の気配すら疎らだぜ……罠か?少佐、どう思います?」
「…罠だったら劉備軍を城下に誘き寄せた瞬間、街に火を放つだろうが」
「ヒュー♪高温グリルで人間の丸焼きが完成って寸法ですか」
軽口を叩く隊員だが、あちこちへ視線を縦横無尽に向け、トラップや敵影を探している。
T字に分かれている角の手前で先導する一曹が握り拳を掲げ“停止”を合図。彼は壁から顔を僅かだけ出し−−親指を立て、左へと曲がる。
頭へ叩き込んだ紫苑と桔梗から教えられた城の見取図の通り、玉座の間へ続く廊下を進んで行けば−−確かに一際、目立つ扉が現れた。
一曹がその前へポジショニングすると扉に手を掛け、和樹の周辺を固めていた隊員達が彼の両隣へ付く。
和樹が一曹の背後へ付くと、小銃を右腕だけで構え、左手を彼の右肩へ乗せ−−軽く叩いた。
−−扉が開け放たれる。
その音に気付き、室内に居た一個小隊規模の敵兵が扉へ視線を向けるか否かで和樹達の小銃が火を噴き−−敵部隊は侵入者へ殺到する事なく次々と倒れて行く。
「……クリ−−」
隊員が掃討完了を和樹へ報告しようとしたが、何故か急に歩き出し−−片手で無造作に小銃を床へ倒れている敵兵へ向け、至近距離から発砲。
「−−クリアです」
辛うじて息があったのだろう敵兵は頭部に銃弾を受け、頭蓋骨を穿った孔から脳漿を垂れ流しつつ今度こそ動かなくなった。
折り重なるように倒れ伏す幾多の敵兵が流す血が玉座の間の床を彩る中−−
「−−これまで、か…」
凄惨の場に恐ろしいほど似合わない冷静な声が彼等の耳朶を打つ。
発生源は−−玉座。
そこには黒い官服を纏った青年−−20代前半だろう男性が腰掛けていた。
和樹は手にした小銃を部下へ預け、血溜まりと化した床を踏み締めつつ玉座の下へ歩き出す。
「…劉季玉殿に相違ござらんか?」
「いかにも。余が州牧の劉璋、字を季玉だ。そなたの名は?」
「これは失礼。手前は韓甲、字を狼牙」
「ほぉ…貴殿が…名は風の噂に聞いた事がある。…そうか…なるほど…劉備軍は孫呉と同盟を結んだか…」
「…御明察にございます」
“暗愚”と称されている割には対外情報の収集を怠ってはいなかったようだ。
「明察という程ではない。そのぐらい暗愚の余でも判る。さて……」
劉璋は立ち上がると冠を外し、それを腰掛けていた玉座へと置き、低い階段を降り始める。
「…望みは余の頸であろう?」
床へ降り立った劉璋が拳ふたつ分ほど背の高い和樹を見上げ、感情や思考が読み取れない双眸を見詰めつつ言い放った。
「抵抗なさらないので?」
「見ての通り丸腰。…恥ずかしい話だが武芸はからっきしでな……幼い頃、鋼−−張任に叱られたものだ。それに…貴殿等の前で抵抗した所で無駄であろう?」
「…それはそうと、いくつか伺いたい事が」
「なんだ?」
抵抗はしないと言うモノのそれが欺瞞だった時の事態に備え、隊員達は彼等を囲みつつ銃爪へ指を掛けたまま待機する。
「まず最初に、益州へ入った頃から疑問だった事について。…何故、進軍する劉備軍に積極的な妨害工作を行わなかったので?」
「妨害…」
「左様。喩えば、進軍経路において拠点となる村々などを焼き払わなかったのか」
「………」
「次に……まぁこれも似たモノですが…。何故、進軍する劉備軍が夜営している隙をついて急襲しなかったのか」
「………」
「最後は貴殿自身について。何故、成都を捨て、逃亡し再起を図らなかったのか。以上の三点についてお答えを頂きたい」
「…逆に尋ねるが、何故そのような事を?」
「率直に言えば……気になったから」
「……そうか……」
伏し目がちに何度も頷く劉璋は重々しい息を吐き出すと顔を上げ、和樹を見詰めた。
「狼牙殿…余は戦が−−民が傷付き悲しむ姿を見たくないのだ」
「…だから積極的な攻勢に転じなかったと?」
「うむ…。戦は将軍達の裁量に委ねた。無論、将兵達には劉備軍への投降も許した」
「…厳顔殿や鋼陽殿の敗北は兵糧等を満足に得られなかった事だと聞きましたが」
「!?何故、張任の真名を−−…いや…そうか…なるほど…」
「彼の今際に。それと僭越ながら手前が鋼陽殿の頸を刎ねさせて頂いた」
「そうか……。桔−−厳顔へ兵糧を満足に輸送しなかったのは戦を短期に終わらせる為だ。もし万が一、厳顔達が籠城を始めたら……間違いなく民達にも多かれ少なかれ犠牲が出る。それだけはしたくなかったのだ」
「…なるほど。貴殿の思惑通り、確かに戦は短期決戦−−しかも野戦で終わった」
「うむ……だが、それでも徒に将兵を失ってしまった」
微かな歯軋りの音と共に劉璋は沈痛な面持ちで俯く。
「…この答えで満足だろうか?」
「結構。それで全てに合点が行った」
「…そうか…」
劉璋は俯きつつ、何度か頷くと、その場に胡坐をかいて座り込む。
「これで余の名は歴史に残る。“領土へ侵攻した敵軍を迎え討たず、徒に将兵を犠牲にした暗愚の君主”としてな」
側面へ回り込んだ和樹が腰の愛刀へ手を触れ、ゆっくりと抜く。
「−−それで構わん」
唐突に呟いた劉璋の言葉で抜刀する和樹の動きが一瞬だけ止まる。
「…構わない、とは?」
和樹は愛刀を鞘から抜き払い、一曹へ刀身を清めるようアイコンタクトしつつ問い掛ける。
すると、やおやらに劉璋の顔が上がり−−笑顔を浮かべ和樹を見上げる。
「教訓となり、後世に余のような者が出る事を少しでも防げる」
「…だから、構わないと?」
傍らで一曹が水筒の蓋を開け、刀身へ水を垂らす姿を視界の端に捉えながら和樹は声を掛ける。
「それもある。…だが、それ以上に−−」
劉璋は和樹へ向けていた顔を天井に移し、それを仰ぎ−−
「−−民達が救われる」
そう言い放つと瞑目する。
「余如きの命で戦いが終わり、我が民達が苦しまずに済むのだ。…それ以上に嬉しい事はない」
「ならば早々に降伏する道もあったのでは?」
「紫−−黄忠の城が陥落した時点で確かに無条件降伏も考えた……だが、出来なかった」
「何故?」
「……何故だろうな……自分でも良く判らん。…強いて言うなら…“意地”だろうか」
「意地…」
「うむ。…余が治める益州を簡単に劉備軍−−侵略者の手へ渡したくなかった」
「…………」
「だが…そんな決意も中途半端。加えて物事を直ぐに決められぬ優柔不断な性格。…狼牙殿、笑ってくれ。余は、あまりにも暗愚だと…」
長い二人の問答が終わると劉璋は俯きつつ絞り出すように声を発した。
膝の上で強く握り締める拳は真っ白となっている。
「劉璋は英雄としての才に乏しく、領土や官位を奪い取られたのは不幸とは言えない」
「ッ!!」
和樹が記憶にある“三国志”の著者:陳寿が劉璋へ下した評価の一節を述べると、彼の表情が歪む。
「だが、それはこの乱世においてのこと」
「……?」
「もし戦が無い平時なら……その優柔不断な性格さえ治せば、民を慮る事の出来る貴殿なら名君になれたはず」
「…そうだろうか…?」
劉璋の問い掛けに和樹は首を横に振る。
「手前にも判りませぬ。ただ可能性は高いというだけのこと」
「…そうか…。…ふふっ…何故だろうな…」
「?」
「貴殿にそう言われると不思議に自信が出てくる」
「………」
微笑を浮かべた劉璋が嬉しそうに声を上げ、彼は両手を床に、身体を前へ倒し−−和樹に頸を見せる格好となる。
それを見て、清めが終わった愛刀を和樹は八双に構え−−頸へ狙いを定めた。
「狼牙殿、少し頼みを聞いて貰えないだろうか?」
「…聞こう」
「有難い。劉備殿へ伝言−−いや遺言を。“民達を宜しくお願い申す”」
「…確かに承った。必ず伝えましょう」
「感謝する。では…最後に貴殿自身へ頼みたい」
「…なにか?」
「必ず…この乱世を−−民達が苦しみ悲しむ世を一日でも早く終らせてくれ。…お頼み申す」
「………了解した」
「−−−−」
その言葉に劉璋は笑顔を浮かべ−−自身の頸を掌で叩いた。
「さぁ!!」
「…では−−−」
和樹の愛刀が一閃−−−劉璋の頸を皮一枚残して刎ね、切断面から血が溢れ出し、力が抜けた身体と斬られた頸が床へ転がる。
「−−劉璋の死亡を確認」
それを見届けた和樹はコートのポケットから紙を取り出し、それで血が付いた刀身を拭うと鞘に納めた。
一曹は和樹がその動作をしている内に、床の頸を前以て準備していた白無垢の風呂敷を取り出し、それを包んだ。
「中尉、聞こえるか?」
<はっ。感度良好です>
「劉璋を討ち取った。信号弾を上げろ。青を二発と黄を一発だ」
<“作戦成功”“周辺警戒”。了解しました>
通達を終えた和樹は溜息を漏らすと、ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。
“必ず…この乱世を−−民達が苦しみ悲しむ世を一日でも早く終らせてくれ”
ふと、つい今しがた、屍となった劉璋からの頼まれ事が和樹の脳裏を過った。
「…俺の柄じゃねェよな…」
「は?」
「……いや…なんでもない」
微かな呟きを聞き付けた部下が彼へ問い掛けるモノの和樹は首を横に振り、煙草を口の端へ銜えだけだった。
この約1時間後、劉備軍は成都を完全に制圧。
成都攻防戦を以て、益州における劉璋軍の抵抗は沈黙し、ここに劉備軍の入蜀は完了した−−−。
こんな劉璋で良かったのだろうか?と思ったり。
そもそも入蜀で劉璋は死なないんですよねぇ…史実では。