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こんな短い話の為に約一ヶ月も待たせるとは……!!
最近、忙しくて中々、執筆が捗りませんでした。
劉備軍が巴郡を攻略し、太守の厳顔を降したという報は益州全土を震撼させ、次々と劉備達の下へ服属を申し出る武将が訪れている。
10万足らずだった兵力は現在では20万を越え、劉備軍は一路、成都へ向け進軍中だ。
−−やっとこのストレスの溜まる職場にも終わりの時が見えてきた。
それが率直な感想だろう。
季節は本格的な冬が近付き、空には暗雲が立ち込め雪が舞う日も珍しく−−なんて事はなく、四川盆地の冬は比較的、暖かいので標高の高い山脈の頂上付近に薄っすらと白い物が見える程度だ。
「…あ〜ぁ…また戦場で年越しする羽目になんのかなぁ…」
「流石に遠慮してぇわ。新年の雑煮は駐屯地で食いてぇよ」
「雑煮?…年越しと言ったら魚生しかない」
「なんだそりゃ?普通は餃子だろ」
…部下達がなにやら祖国の新年料理で騒いでいるが…そういうのは生きて帰ってからするモノだと思う。
「…やっと整備終わったぜ−−って、もうメシ食い終わったんですか?」
「安心しろ。ちゃんと残してある」
ヘリの整備を終えた機長達が簡易陣地へと戻って来た。
二人とも顔やフライトスーツにオイルの痕が残っている。
焚き火の側で温めている平べったい石の上にある肉を指差してから飯盒を彼等へ渡せば、差し出している手にまでオイルが付いていた。
「−−っと済みません。手を洗ってなくて」
「別に構わん」
俺の手にも少しばかりオイルが付いたが、この程度なら直ぐに落ちる。
ズボンで手を拭いつつ、銜えている煙草を吸い込み紫煙を吐き出す。
「おぉ今日は豪勢ですね」
「まともな肉を久々に見ましたよ。これ、どうしたんですか?」
機長達が晩飯の献立を見て感動の声を発した。
今日の飯は、鹿肉のステーキとそこら辺に生えていた野草のスープ。
ちなみに味付けはどちらも塩のみ。
断言しても良い…ミミズの肉団子よりは遥かにマシだ。
「肉か?」
「はい」
「…良くは判らんのだが…」
「えぇ」
「…“コイツら”が鹿を引き摺って来た」
視線を下へ向けると……俺が腰掛けている丸太の周囲に寝転ぶ五頭のオオカミ達が視界に入った。
…何故かは知らん。
今日の行軍が終わり、野営の準備に取り掛かった時…コイツらが現れたのだ。
しかも…何処で仕留めたのか二頭の鹿を引き摺って。
二頭のオオカミには見覚えがあるのだが……他のは見覚えがない。
というか増えている。
「……隊長、もう飼ったらどうですか?」
「オオカミを?…勘弁してくれ…」
「…オオカミ…嫌いですか?」
「好き嫌いの問題じゃない。もう屋敷には手間の掛かる奴が一頭いるんだ」
「…なるほど。ついでに現在が成長期真っ盛りで面倒なガキも同居してる訳ですね」
「そういう事だ」
万が一、億が一、兆が一、コイツらを……それこそ一頭でも連れて帰ったら、徐哉がどんな反応をするか…。
……まぁ飼う事には反対しないだろうが…その前に気絶するだろう。
「そういや隊長。哉坊を養子とかにはしないんですか?」
「…………はぁ?」
部下−−ヘリの副操縦士が漏らした一言を聞いて、口癖の「あん?」を通り越した反応で聞き返してしまった。
「随分、長いこと一緒に住んでますし、建業では武術教えてんでしょ?」
「…おぉっ、その発想は無かったな。隊長、どうします?」
…それを尋ねる前に、お前達は口回りの肉汁をなんとかするべきだ。
思わず顔を顰めつつ紫煙を吐き出し、短くなった煙草を焚き火の中へ放り込む。
「更々ないな。そもそも結婚して子供を儲ける予定もなければ、しようとも思ってない」
「…する気が無いんですか?」
「あぁ。遅かれ早かれ、俺は戦場で死ぬだろうからな」
「…しかも往生する気がねぇ…」
「普通は“妻と子供と孫に囲まれて〜”とか思いますよ」
「なら聞くが……お前達はどうだ?」
尋ねれば、二人は互いに顔を見合わせ−−しばらくすると苦笑した。
「他人の事は言えんようだな?」
「えぇ」
尚も苦笑しつつ、機長はオオカミの一頭へ手を伸ばし、その胴を撫でる。
「……ん?そういや中尉は何処に?」
「あん?なにか用でもあるのか?」
「いえ、そうじゃなく。姿が見えないので」
小隊長の中尉の姿が無い事を訝しむ副操縦士が視線を簡易陣地のあちこちに向ける。
まだ食事を続ける者、談笑しつつ喫煙する者、武器のクリーニングをする者と分かれているが……その中に彼の姿はない。
「中尉なら向こうだ」
そう言って無精髭の生えた顎をしゃくり、陣地の奥を指す。
「何処−−…って、まさかあそこで寝てるのが…?」
「あぁ」
「…なんか…“小動物みたいに震えてる”ように見えるんですが…」
「そうだな」
「あの人…もしかしてオオカミも駄目なんですかね?」
「たぶんな」
「…アレが精鋭揃いの第一歩兵小隊長とは…」
「しかも、あの人、士官学校次席卒なのに…」
言葉の割には、顔がニヤけている二人だが……その意見には概ね賛同しよう。
まぁ完璧な人間なぞいない。
おそらく、あのぐらいが丁度良いのだろう。
そう考えつつ足下で寛ぐオオカミへ何気なしに手を伸ばして撫でてみると、それは起き上がり、俺の太股へ脚を乗せつつ顔を舐めてくる。
「おぉっ!!オオカミが尻尾振ってるぜ!!」
「中々見れない光景だな−−って、更に凄い事に……」
一頭だけだったのが、次の瞬間には全てのオオカミが起き上がり、俺の身体全体へ鼻先を押し付けてきた。
…構って欲しいのかは判らないが…オオカミA(仮名)はベロベロと顔を舐めないで貰いたい。
顔面が唾液だらけではないか。
「わぁ…隊長の顔、テカテカ光ってるぜ。隊長、前みたいに威圧したらどうですか?」
「…悪意がない奴等を威圧しろと?流石に俺もそこまで−−−」
<歩哨より連絡。少佐、お休みのところ失礼します>
「−−離れろ。…どうした?」
部下から通信が入り、イヤホンとマイクを押さえるのに邪魔なオオカミ達を睨めば、それらは素直に引き下がった。
<はっ。黄忠殿と厳顔殿が少佐にお会いしたいと>
「…通して構わん」
<了解>
通信を切った途端、再びオオカミ達が舌を出し、尻尾を盛大に振りつつ俺へ群がって来る。
その眼は明らかに……
「……頼むから、そんな眼で俺を見るな…」
生態に似合わぬ、つぶらな瞳が輝き、それは“遊んで”と訴え掛けてきている。
「−−こちらです。少佐、お連れしました」
「御苦労。……外せ」
『はっ』
焚き火の灯りに照らされた二人の美女が視界の端に入ったのを捉え、部下達を解散させる。
「お食事中でしたか?」
「いえ、もう済みました」
「ん?…おぉっ!!何かと思えばオオカミではないか!!…もしや…韓甲殿が飼われておるので?」
「そういう訳では−−−」
途端、5頭のオオカミ達が立ち上がり、牙を剥いて唸りを上げる。
身体を低くし、鼻先には幾つもの皺が寄っていた。
「…ハァ…止めろ」
溜め息をひとつ吐き出した後、若干の殺気を込めて命令すると、オオカミ達の身体が一瞬だけ跳ね上がり、唸りが止まった。
「伏せろ」
再び命令を下せば、5頭は素直に地面へうつ伏せの格好となり俺を見上げつつ鼻を鳴らしてくる。
「…良い子だ。−−そういう訳ではありませんよ」
「……は?」
「飼っていない、という事です。…どうぞ」
なにやら戸惑っている様子の美女達の為に腰を動かして丸太へ座るスペースを作ってやる。
「お隣に失礼しても?」
「構いません」
「では、失礼するとして…」
そして二人は丸太へ腰掛け−−何故に俺を挟んで座る?
「おぉ…やはり間近で見ても立派な体躯をしておられる」
「えぇ。…思わず見惚れてしまいます…」
「…………」
なんというか……“色々と溜まる”戦場では眼の毒だな。
まぁ…美女二人に挟まれるのは悪い気はせんが。
鼻を鳴らすオオカミ達へ視線を移し、その喉元を軽く撫でる。
「…オオカミがこうも人に懐く−−いや、むしろ服従しているな」
「これではただの犬ですわね」
「…まぁ犬自体、オオカミが家畜化したモノですから」
「そうなのですか?」
「ほぅ…それは知らなんだ。いやはや、ひとつ賢くなれた」
「触っても宜しいでしょうか?」
「構いませんが…気を付けて下さい」
特に先程は二人を警戒して唸っていた程だ。
警告をすると彼女達は笑いながら頷き、二頭のオオカミへ手を伸ばしていく。
「犬と同じようにすれば宜しいのですか?」
「まぁそうです−−静かにしてろ」
漢升殿の問い掛けに俺が答えた瞬間、再びオオカミ達が警戒して唸りを上げる。
それへ若干の殺気を声に込めて叱るとオオカミ達の身体が一瞬だけ跳ね上がり、次いで尻尾が垂れ下がった。
「良い子だ。…もう大丈夫です」
「あまり…殺気を込めないで下さいませんか?」
「……は?」
「…まさか、殺気に充てられて鳥肌が立つとは…。いやはや…流石は韓甲殿だ」
…殺気に充てられ…むぅ……漏れてしまったのか?
殺気はオオカミ達に向けたモノで−−
“即刻黙らんと毛皮を剥いで行商人へ売り付けてやる”
−−的なそれだったのだが…。
そんな事を考えていると二人は苦笑しながら手を寝転ぶオオカミ達へ伸ばし−−ゆっくりと、その毛並みを撫でる。
「あら…思っていたより柔らかい…」
「生きているオオカミを撫でるとは…中々、出来ぬ経験じゃな。大人しい内は…可愛らしいモノだ」
口々に率直な感想を述べる彼女達だが……普通はオオカミを撫でようなどとは思わんぞ。
「今更ですが…今宵は何用で参られたので?」
可笑しな進路へ行こうとする雰囲気を軌道修正する為、疑問に思っていた事を問い掛ける。
「ん?…おぉっ、すっかり忘れておった」
「もう桔梗ったら…」
「んんっ!!…韓甲殿」
「なにか?」
咳払いした厳顔殿が視線を俺に向けてくる。
そして−−何処から取り出したのか盃と徳利を差し出して来た。
「一献、付き合って下さらぬか?」
「………」
「御安心下さい。何も入っておりませんから」
それらを見比べていると、漢升殿が先んじて厳顔殿が持っている盃と徳利を取り、酒を注いで呑み下した。
「如何ですか?」
「……頂きましょう」
漢升殿が差し出した盃を取り、彼女から酌を受けると、それを軽く掲げてから一気に喉の奥へ焼けるような熱い液体を送り込む。
「味はどうですかな?」
「美人に注いで貰った酒が不味い訳がありますまい。…どうぞ返盃です」
「応」
盃の縁を指先で拭い、それを厳顔殿へ渡し、そして漢升殿から徳利を渡して貰い彼女の盃へと酒を注ぐ。
「−−うむ。…今宵の酒は一段と美味だ」
「桔梗、顔が少し紅くなってるわよ。もう酔っ払ったのかしら?」
「何を言う。まだまだこれからではないか。ほれ、お主も」
「ありがとう。…韓甲殿、お願い出来ますか?」
「…喜んで」
厳顔殿から漢升殿へ渡された盃へ酒を注ぎ終わると彼女はそれに軽く両手を添えて傾けた。
「ふぅ…。流石は桔梗お勧めのお酒ね」
「だろう?」
「えぇ。でも……素敵な殿方からお酌されて緊張しすぎて良く味が判らなかったわ」
「ほぅ?つまり……その緊張とやらに託けて更に酒を所望するつもりだな?」
「いやだわ、人聞きの悪い」
「この女狐め。…そもそもお主は我等に先んじて一杯呑んだではないか。次は、わしか韓甲殿であろう」
……人を置いて話を進めないで貰いたいモノだ。
「…自分はもう結構。残りは、お二人がどうぞ」
「韓甲殿、それでは酒宴の意味がないではないか」
……いつから酒宴になったのだ?
「部下の手前、飲酒は控えさせて頂きます」
「なんじゃ、つまらん」
「もう桔梗ったら…。韓甲殿、申し訳ありません。お気を悪くなさらないで下さい」
「いえ、自分こそ不躾で申し訳−−−」
<−−和樹さ〜ん、まだ起きてますか〜♪>
…出鼻を挫かれた。
トランシーバーへ繋がっているイヤホンから聞こえる声には覚えがある。
「失礼。−−なんだ一曹?」
<いや〜。今、ちょっと一刀君達と謎かけで盛り上がっていましてね。和樹さんも参加しないかな〜なんて>
「……謎かけ?」
<落語ですよ落語。〜〜とかけて〜〜と解く、その心は〜〜、のアレです>
「…………」
…そんな事で通信を入れて来たのか、あの馬鹿者は。
軽い頭痛が襲来し、額を手で押さえ、項垂れてしまう。
<あっ、和樹さん今“そんな事で通信を入れて来たのか”って思ったでしょ?>
「…ついでに言えば“馬鹿者は”ともな」
<HAHAHA♪和樹さんらしい♪ど−せ、暇なんでしょ?美人二人と酒呑んでる最中なんでしょ?>
良く判った−−…いや判っていて当然か。
<で、やりますか?>
「…どうせ、やらんと煩いんだろ。…判った、ひとつだけなら付き合ってやる」
<流石は和樹さん♪>
なにが流石だ−−
<あっ二人にも聞こえるように端子は外して下さいね>
「……外したぞ」
<んじゃ、テストしま〜す>
その声を聞き、弾帯にあるトランシーバーへ手を伸ばし端子を引き抜く。
<お二人とも聞こえますか〜?>
「ッ!?…驚いた…これが話に聞いた“むせん”という奴か…」
「突然は驚きますわ」
<申し訳ありませ〜ん♪>
…付き合いが長いというのも考えモノだな。
<んじゃま、今回はお題形式でいきますよ。お題は“釣り”です>
「…つり?」
「釣りですよ、釣り。Fishing」
「…あぁ、魚を釣る方のか…」
<なんだと思ったんですか?…そんじゃ俺から。…え〜…釣りとかけまして、行事と解きます>
<その心は?>
<どちらにもお祭りがあります>
『<…あぁ…>』
……なるほどな。
<次、和樹さんどうぞ>
「いきなりだな、オイ」
そうは言われても、簡単に出来るモノでは−−−
「…ん?……あぁ。整った」
<おっ出来ましたか?>
「釣りとかけて、戦場と解く」
<ほぅ…釣りと戦場…その心は?>
「雑魚に用はない」
謎かけにはツッコミ入れんといて下さい&展開には意味なしです。