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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第四部:劉備軍支援
65/145

54



なんというか……色々と端折り過ぎた……。


っていうか桔梗さんの字どうしよう−−!!


厳顔の字って伝えられてないんですよね……。






Others side



城壁の通路に佇む妙齢の女性がいた。


秋の少し肌寒い風が彼女の髪を僅かに乱して過ぎ去って行く。


「黄忠様!!ただ今、斥候より戻りましてございます!!」


「…御苦労様でした。報告を」


傍らへ跪く兵士から黄忠と呼ばれた紫色の髪を脚まで伸ばした女性は報告を促す。


「はっ!!昼過ぎに劉備軍の姿を確認しました!!敵の兵力は約5万!!行軍の早さから見て明日には城へ到達する模様!!」


「…了解しました。明日は、いよいよ決戦です。…明日に備え、ゆっくり休みなさい」


「はっ!!…黄忠様も早く御休みになられて下さいませ」


「えぇ…。お休みなさい」


「……はっ」


穏やかな微笑を湛え、黄忠は兵士を労うと再び視線を地平線の彼方へ戻す。


一礼した兵士が後退りしつつ彼女の前から消えようとした瞬間、何かが零れ落ちた音が微かに黄忠の耳に届いた。


「あら…?…なにか落とし−−」


気付いた彼女が兵士へ声を掛けようとするが−−そこには誰も居ない。


石畳の上に落ちていたのは紙。


スリットの深い衣服から白く細い脚を覗かせつつ黄忠が歩み寄り、それを拾い上げると−−


「−−−ッ!!?」


兵士が落としたのは書簡であった。


懸紙であろう白い紙には彼女宛てである事を示す名前が行書体で書かれている。


書簡を返し、裏面には差出人の名前だろう文字が“狼”とだけ書かれていた。






<一曹より各員へ。敵城への攻撃開始が命令された。籠城する黄忠軍の兵力は約6万。尚、敵大将への攻撃は控えろとの要請>


<こちら第一分隊。やっぱり…生け捕りにするつもりかよ>


<たぶんな。黄忠っていや、五虎将の一人だ。…戦力増強が目的なんだろう>


「…少佐より狙撃班へ通達。黄忠と思われる敵将の狙撃は禁ずる。…おそらく女性だろうから、直ぐに判るだろう」


<こちら狙撃班、了解。想定通り城壁の敵兵を集中して殺傷します。OVER>


怒号が支配する戦場で和樹はトランシーバーへ繋がれたイヤホンを押さえつつ命令を下していく。


「……さて、どうしたモンか」


攻城戦を実施するには現在の装備だと心許ない。


敵軍の抵抗が激しい上、非公式ながら敵将へ送った書状が読まれたかも定かではない。


彼等の作戦は、まず城壁上の敵指揮官(伍長や什長など)を狙撃し戦意と士気を落としてから、城門を84mm無反動砲のHEDP 502弾を撃ち込んで破壊。


それによって城門を突破させまいと敵の兵力はそちらへ削がれ、その隙を突き、城壁へUH-1による掃射とヘリボーンを敢行し、橋頭堡を築いた後、城壁全体を占拠が一応の予定だった。


舌打ちを一発かまし、和樹は咽に巻いた声帯振動型マイクを押さえ付ける。


「まず城門を破壊するぞ、準備はどうか!?」


<−−ここからだと狙えません!!城壁からの攻撃が激しい……っていうか、兵士が多すぎる!!>


「チッ。一曹、城門付近の部隊を移動させるように伝えろ!!」


<−−……クソッ。今からでは無理とのこと!!現状で対処されたし!!>


人海戦術が仇となり、今からでは通達が間に合わないという事だ。


和樹も状況を把握出来るよう前線に居るが、この状況ではいかんともし難い。


姿勢を出来るだけ低く保っているモノの地表と城壁では高低差がありすぎ、周囲の劉備軍兵士達は格好の標的になっている。


「−作戦変更!!ヘリのロケットで城門を撃ち抜け!!」


<了解!!>


通信が途切れ、和樹は手に持った小銃を構えるとセミオートで数発、城壁の敵兵を狙い撃った。


「右を狙え、右だ!!やけに精度が良い!!」


「了解!!オラ喰らえェェェッ!!!」


「グレネード撃ち込め!!」


和樹が射撃を続けながら命令すると、彼の周囲にいた複数の隊員がAK-74の銃身下へ取り付けたGP-30の銃爪を引いた。


迫撃砲と同じメカニズムで撃ち出された擲弾が城壁上で矢を射っていた敵兵群の近くに着弾し、石壁の破片が地表へ降り注いだ。


「次弾装填急げ!!援護しろ!!」


擲弾を発射した隊員達が次弾装填まで矢が当たらないよう周りの隊員達は城壁上の敵兵へ向け、5.45mm弾を嫌というほど浴びせ掛ける。


GP-30は前装式。


ポーチから擲弾を選び取り、それを発射口へ押し込み装填が完了する。


「撃ェッ!!」


和樹の命令で再びランチャーが火を噴き、壁の一部が擲弾で、敵兵数人が銃弾を受け地表へ落ちて来た。


「−−諜報班、応答しろ!!」


<−−こちら、諜報班>


「黄忠は本当に手紙を受け取ったのか!?」


<はい、間違いなく>


いくら声帯振動型マイクを使っていても、この怒号の中で和樹の声が普段と違い大きくなるのは仕方ない。


「それにしては攻撃が熾烈だぞ!!」


<…まぁ、武人の誇りとやらが絡んでるんでしょう…>


「本当に面倒な生き物だな、武人ってのは!!」


武人の気性は獣に近いという。


戦って敗北し、その軍門に下るなら判るが、一戦も交えず、ただ下るのでは訳が違うという事だ。


「ところで−−−こっちの黄忠はどんな女だった!!?」


<紫色の長髪、女性にしては長身で歳は隊長ぐらいですかね。…服装はかなり際どいです>


射撃を続け過ぎ、小銃の銃身が熱を帯びて来たのをに感じつつ、和樹は城内へ潜伏させた部下の報告に耳を傾ける。


<−−ついでに言えば、かなりの美女でしたよ>


「あぁ、大体は予想してた!!狙撃班、聞こえたな!?」


<はい、聞いていました。紫の長髪で際どい服を着た美女ですね>


<−−−あ、居た。……って胸デカッ!!?>


<なんで敵の大将が前線に出てんだよ!!?>


回線を飛び交うのは敵将の美貌の素晴らしさと何故、大将が最前線で戦っているのかという事だ。


<−−チッ。弩兵が出て来やがった!!>


<連弩は!?>


<三国志版機銃なんぞ防衛戦で役に立つかよ!!狙撃班、集中して撃ち殺せ!!>


城壁に弓よりも精度が高く、威力も強い弩を所持した一隊が現れると、黒狼隊狙撃班による更に精確な射撃が始まる。


ここでいう弩は一射毎に手で弦を引き、矢を番えるクロスボウ型の武器である。


発射手順が弓よりも面倒な為、連射は出来ないが威力はそれよりも遥かに強い。


一方、諸葛弩とも呼ばれる連弩が隊員によって“防衛戦に向かない”と言われたのには理由がある。


弩との違いは次々と矢を射れる点であるが、その犠牲なのか威力と射程距離はそれに劣ってしまう。


射程距離は精々、30m程度で威力も鎧等の防具で固めた兵士を貫けない。


暴徒鎮圧や盗賊の討伐など、鎧を着用しない集団を迅速に制圧する目的にしか使われないのだ。


もし戦に使用するというなら大量の兵士の運用し、敵部隊が射程距離に入った所で次々と高い連射性で矢を次々と射るしかない。


それでも足止め程度にしか使えないだろうが。


「−−アガッ!!?」


「−−グッ!?…痛ってぇな畜生ォォォ!!誰だ今、当てやがったのはよォォ!!?」


二人の隊員の足と肩に敵兵が放ったのであろ矢が突き刺さった。


右足の太股に矢が刺さった隊員は反射的に身を屈めてしまうが……一方の肩に矢が生えた隊員はアドレナリンの分泌しすぎで、言葉の割には痛みを余り感じないのか矢が放たれただろう射点へ向け、小銃を乱射し始める。


「おい大丈夫か!?」


「兵長、一旦後方へ引け!!軍曹、貴様もだ!!」


「まだ殺れますよ!!」


「誰が貴様の心配をする!!兵長を後送−−ッ!!?」


「隊長!!?」


「少佐!?……野郎!!!」


和樹の右肩へ比較的短い矢−−弩から放たれたのだろう矢が当たり、身体が仰け反る。


それを目撃した隊員達が直ぐ様、射点を探し出し応射する。


「少佐!!お怪我…は……あれ…?」


隊員の一人が城壁へ向けて射撃しつつ和樹の下へ駆け寄るが……彼は仰け反る身体を立て直し、普段と変わらぬ様子で小銃を構えた。


矢は−−刺さっていない。


「へ!?今、当たりましたよね!?間違いなく当たってましたよね!?」


その言葉を聞き付けた隊員達の視線が小銃を撃つ和樹へ向けられる。


「−はぁ!?なっなんで刺さってないんですか!!?」


「おそらく−−これだろう!!」


床尾を右肩へ当てつつ、和樹は左手で身に纏うコートを叩いた。


「なんすか、それ!?心配して損した!!」


「…まぁまぁ。でも−−何処のどいつだ、ウチの隊長を殺ろうとしたのはよぉぉ!!?」


「出て来やがれ!!ミンチにしてやらぁぁぁ!!!」


一人の隊員の言葉を皮切りに一層、銃撃が凄まじくなる。


それは周りの劉備軍将兵も引く程だ。


自動小銃、軽機関銃の銃声が唸りを上げる中、怒号の坩堝とかした戦場にヘリのローター音が混じる。


<−−こちら02。現在、戦域へ接近中。目標の指示を願う>


「目標は先程の−−いや訂正!!まずは門楼を掃射しろ!!」


<了解>


和樹の視界に入ったのは城門の上−−二層となっている門楼から地上へ向け矢を射る敵部隊の姿だ。


劉備軍も門楼へ向け火矢を放っているが、延焼させないようにと黄忠軍の兵士達が建物に突き刺さった火矢へ水を掛けて消火している。


「中尉!!」


「はっ!!」


「カールグスタフの射手へ通達しろ!!攻撃が激しい城壁へ発砲、敵弓兵を駆逐せよ、とな!!」


「了解!!こちら小隊長、無反動砲を持ってる奴は応答しろ!!」


城壁への射撃で手が離せない和樹に代わり、中尉が84mm無反動砲を所持している隊員へ命令を下す。


その数秒後−−城壁の一部に爆発が起こり、その箇所は規則正しく積まれた石をごっそり抉られてしまった。


「射撃続行!!榴弾を撃ち込め!!」


<こちら02。隊長、攻撃許可を願います!!>


轟音と共にUH-1が戦域へ急速接近している。


それを聴覚で感じた和樹は攻撃許可を下す前に狙撃班へ通信を入れた。


「狙撃班!!門楼に黄忠は居ないな!?」


<居ません。現在は−−城壁の左側、隊長達の方向で指揮を執っています>


「了解した!−−少佐より02へ!攻撃を許可する、目標を木屑に変えろ!!」


<了解、攻撃します!!>


搭載する兵装の射程距離に入った瞬間−−UH-1の両舷に装備されたミニガンとロケット弾が一斉射された。


次々にロケット弾が着弾し木造の門楼が爆散。圧倒的な速射性を誇るミニガンから発射される7.62mm弾によって敵部隊将兵の身体が切り裂かれる。


「−−随分、派手にやったな!!」


「って、ここまで破片飛んできたぞ!!」


大小様々な門楼の破片が爆発の影響で戦場へ降り注ぐ中、UH-1が城壁を航過する。


<こちら02。目標を破壊した。次は城門を狙いますか?>


「しばらく待機せよ。状況によって命令を下す」


<了解>


機体が城の上空を旋回し続けるのを見ながら和樹はヘリに命令を下し、改めて小銃を構え直す。



その時、城壁から500mほど離れた射点で獲物を探っていた狙撃班の射手のスコープに異様なモノが映った。


それは長弓を構える紫色の髪を伸ばした美女−−城主の黄忠こと紫苑の姿だ。


彼女が構える長弓に番えられた矢が向く先にあるのは−−部隊長の和樹。


<−−隊長、上です!!>


言うが早いか、射手が構える狙撃銃の銃口が彼女を向き−−矢が放たれる数瞬前に銃弾が発射された。










「おっおい、見ろよ!!城壁に−−」


「白旗……降伏の白旗だ!!」


戦場の怒号と悲鳴、突如として起こる爆発に恐れおののく城内の民達が城壁に掲げられた白旗を目撃した。


「…………」


「……ふぅ…」


その光景を家屋の軒先から冷やかな眼で見る二人の姿があった。


「……勝ったな」


「……えぇ」


彼等は黒狼隊の諜報班の人間−−班長の曹長とその部下だ。


民達に動揺が広がる中、甲冑に身を包んだ一人の兵士が城壁の方向から駆けて来る。


「たっ大変だ!!黄忠様が、黄忠様が殺されるかも知れない!!」


「えっ!?どういう事だ!!?」


息急き切って肩を上下させる兵士が寝耳に水の言葉を集まってくる民達へ告げると、彼等の動揺が大きくなる。


「どうもこうもない!!敗軍の将の末路なんて高が知れてる!!それに黄忠様は優しくても生粋の武人だ!!敗北の責任を背負って自害なさるかも知れない!!!」


その言葉に悲鳴にも似た声が周囲に響いた。


報告する兵士に掴み掛かる勢いで民達が殺到する中、軒先にいた曹長が行動を起こし、人混みを抜け、件の兵士の傍らまで進み出る。


「おっおい、黄忠様は…黄忠様は何処にいるんだよ!?」


「おっ落ち着け!!先程、城門から外へ出られた!!…おそらく降伏の使者として」


「劉備軍は正義の軍隊だって話だろ!?なんで黄忠様を処刑しようなんて−−」


「だから判らん!!……だが、我々の声が届けば…あるいは…」


鎧を掴んで激しい問い掛けをする曹長に、兵士が絞り出すような掠れた声を上げる。


それに触発され、軒先にいたもう一人の隊員が城壁へ向かって駆け出す。


「おっおい!!何処に行くんだよ!!?」


「決まってるだろ!!城壁だ!!あそこからなら…黄忠様の姿が見える!!俺達の声も聞こえる!!」


「そっ…そうだ…!!城壁だ、城壁に行くぞ!!!」


誰かの言葉が銃爪となり、民達が一斉に城壁へ向け駆け出した。


後に残ったのは曹長と、彼が鎧を掴む兵士のみ。


「……ふぅ」


「……はぁ」


残された二人から溜息が零れると曹長は鎧を離し、着物の袖から煙草を取り出すと、その一本を兵士へ差し出し、ジッポの火を点してやる。


「あぁ済みません。−−フゥ…やっぱり禁煙はするモンじゃない」


「御苦労だったな」


「はっ。…しかし…門楼が吹き飛んだ時はビビりましたよ」


銜え煙草のまま、兵士は防具を地面に脱ぎ捨て、目立たない鼠色の着物へ着替えた。


「やっぱり恐いモンか?」


「ったり前ですよ。向こうを思い出しました」


先程までとは打って変わり、砕けた口調で二人は互いに言葉を交わす。


この兵士も変装した黒狼隊諜報班の人間だ。


ちょうど、この城へ向かう途上で発見した黄忠軍斥候の鎧を拝借したのである。


今回の彼等の任務は潜入、黄忠との接触、民達の扇動など。


「しかし…俺達はこんな派手に動かないんだがなぁ…」


「…まぁ結果的に上手く行ったんですから、良しとしましょうよ」


工作員の任務は地味に尽きる。


現代の諜報活動は発行される新聞、放送されるTV番組で得た情報の取捨選択だという。


暗殺や破壊工作を行うのは本来、特殊部隊の任務なのだ。


「…班長、我々はどうします?」


「おそらく、部隊に合流だろうが……まだ連絡がこない。しばらく潜伏していよう」


「セーフハウスは?」


「こっちだ、付いて来い」


先行する曹長を追い掛けるように鎧を担いだ隊員が後に続く。


戦は劉備軍の勝利に終わり、城主である黄忠はその軍門へ下った−−−−










「…………はぁぁぁぁぁぁ……」


夜−−城外の野原で野営する黒狼隊の簡易陣地の一画で、とてつもなく重苦しい溜息が響く。


「……隊長。折角の戦勝なのに溜息零さんで下さいよ…」


「……いや、済まん。…だがな…見ろよ…コレ…」


重苦しい溜息を吐いたのは、珍しい事に和樹のようだ。


彼は隊員達が近くの林から薪を作る目的で切り出して来た丸太に腰掛け、なにやら作業をしている。


「……あ〜…なんというか…御愁傷様です」


ヘルメットを被れば良いだろう、というツッコミはこの場の全員が咽の奥へ引っ込めた。


暗い雰囲気を醸し出す和樹を見ないよう彼等は視線を外し、焼けた蛇の丸焼きを咀嚼している。


彼が作業しているのは−−裁縫。


綺麗に穴が空いた野戦帽のそれに迷彩色の布を宛がい、チクチクと繕っているのだ。



射手が撃ち出した銃弾は黄忠−−紫苑が矢を放った瞬間、鏃へ命中。弾道が逸れ、彼女の和樹に対する狙撃は“一応”失敗した。


勿論、和樹も狙撃班からの警告に即応して身を屈めたが……目標を外した矢は彼が被っていた野戦帽と少しばかりの頭髪を持って行く事となった。


もはや和樹のテンションは低迷状態−−普段から、テンションは高くないが、拍車が掛かっている様子だ。


「そっそういや。隊長、そのコートって伍長がくれたんでしたよね?」


「…………あぁ」


「随分と頑丈ですよね〜。なんたって矢を弾くんですから!!」


「おぉ!!下手すると銃弾まで弾きそうだぜ!!」


「……試したくないが、斬戟と矢は防げるようだ」


「いや、そんな真面目に答えないで−−」


隊員達が通夜の如き雰囲気を払拭するため明るい口調で会話していると、不意に人の気配。


それに反応して隊員達は銃を構え、テンションの低い和樹も野戦帽を投げ捨てホルスターから拳銃を抜いた。


「こんばんわ。…黒狼隊の皆様…で宜しいでしょうか?」


「……黄漢升殿、ですね?」


「えぇ。…貴方が韓甲殿?」


「えぇ。……銃を下ろせ」


和樹が命令すると隊員達は銃を下ろし、セイフティを掛け、食事に戻る。


小さい溜息を零した和樹も拳銃にセイフティを掛け、ホルスターへ戻すと彼女へ視線を向ける。


「……なにか御用でしょうか?城で劉備殿達と軍議の筈では?」


「軍議は終わりましたわ。少し、お話がしたくなりまして。……隣に座っても?」


「……どうぞ」


腰掛ける丸太にスペースを作りつつ放り投げた野戦帽を拾い上げて作業を再開する和樹を見て、彼女は穏やかな微笑を湛えながら彼の隣へ座った。


「…お裁縫ですか?」


「えぇ。……ぞっとするほど、貴殿は素晴らしい腕前の持ち主だ」


「?」


「私の反応がもう少し遅れ、貴殿の放った矢がもう少しズレていれば、間違いなく戦死していた」


穴の空いた野戦帽を見せ付ける彼は嫌味を言っているのではなく、素直に彼女の腕前を賞賛しているのだ。


常人なら嫌味にしか聞こえないだろうが、紫苑は生粋の武人。


その言葉の意味に気付いた彼女は和樹に向かい軽く一礼する。


「お誉め頂き、光栄ですわ。……ちょっと失礼」


和樹の手から野戦帽が奪われると、せめてもの礼とばかりに紫苑は慣れた手付きで裁縫を始めた。


「…お上手ですな」


「えぇ。炊事、洗濯、掃除、裁縫。どれも女の嗜みですから…」


「…お若いのに大したモノだ」


「ありがとうございます。御世辞でも嬉しいですわ」


「申し訳ないが……世辞は苦手なのですよ」


「あらあら…」


恥ずかしいのか紫苑は少し紅潮した頬へ手を添える。


「……それで御用は?」


和樹は深呼吸すると、本題に入るよう彼女へ促す。


すると紫苑は一通の書状を取り出し、それを和樹へ手渡した。


「……きっかけを作って頂き、感謝します」


「………これは私の独断によるモノだと言う事は−−」


「御心配なく。ご主人様や桃香様にも、この事は話しておりません。…韓甲殿のお陰で、大義の為の降伏という選択肢を得られた……誠にありがとうございます」


彼女の言う“大義”とは城主として民達を守ること。そして武人の矜持を示し、それを守ること。


それらが満たされなければ、紫苑は降伏せずに命尽き果てるまで戦い続けただろう。


「……私が降伏を勧めたのは、ただ単に劉備軍が貴殿を欲し、益州平定の魁となって貰いたかったと勝手に想像したため」


「……そうですか。では、そういう事にしておきましょう」


「…ひとつ質問が」


「なんでしょう?」


和樹は彼女へ声を掛けると、紫苑の手元で徐々に修復されていく野戦帽を指差す。


「…何故、私を狙ったのですか?」


「…ふふっ。戦場で将が狙われるのは当然のこと。難しく考えないで下さいまし」


「…ククッ。愚問でしたな…申し訳なかった。忘れて下さい」


和樹は苦笑すると、眼前で燃える薪の中へ手にしていた書状を放り込んだ。





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