04
ご都合主義万歳!!!
洛陽とは後漢、三国魏、晋、北魏王朝の都として400年もの間、東アジアの中心だった場所である。
その由緒正しき都にそびえる洛陽城。
横長でとにかくデカい、と例えるしかない。
その城にある広い一室。
そこで俺は二人の人物と対峙していた。
ひとりは玉座に腰掛け、黒い文官調の官服に身を包んだ董卓仲穎。
三国志−いや中国史において二人といないだろう大罪を犯したとされる人物。
もう一人は賈駆、字は文和。
こっちは世渡りが上手く、生涯の内で何回も主君を変えた人物だ。
…まぁ…色々言いたい事はあるが、要点だけ言ってみたい。
まずは…壁際でこっちを見ている呂布こと恋殿。
貴女、ついさっき『家に行く』と言ってなかったか?
城か?この城が家なのか?
…あぁだから、こっちを見て不思議そうに首を傾げるな。
横目で見ていた俺も悪いが…って、ねねちゃん、君は少し落ち着こう。
では最後に、眼前の二人に。
…なんだ、この美少女二人は?
本当に、これがあの董卓なのか?
悪政の限りを尽くし、丸々と太ったとされる董卓とは似ても似つかない容姿をしているぞ。
ついでに賈駆殿…何故に眼鏡を?
いや、それを掛ける理由は近眼や乱視などだろうが…なんでこの時代に?
「…あの…どうかなされましたか?」
「いえ…失礼しました」
押し黙った俺を不思議に思ったのか董卓殿が心配気に問い掛けてきた。
「詰まるところ、アンタは仕官したい訳ね?」
「正確には傭兵として雇われたい、と思いまして」
「ふぅん…。恋はコイツをどう思うの?」
賈駆殿は俺をなめ回すように見た後、恋殿に問い掛けた。
「…和樹、良い人」
…そうきたか。
「そうじゃなくて!ボクが聞いてるのは、アンタから見てコイツは使えるかってこと!!」
ふぅむ…使えるか…この場合は強いか否か、という意味だろうな。
実際の所、俺もよく判らん。
いくら力が強くなったり、“氣”とかいう不思議なパワーを使えるようになったとしても、結局の所は人間。
となると能力にも限界は訪れるモノだ。
「……たぶん恋より強い」
「はっ!?」
「えっ!?」
「れっれれ恋殿ぉぉぉ!?」
…過大評価しすぎじゃないのか?
「あ−。話の途中で申し訳ないが、恋殿」
「?」
「流石に天下の呂布奉先より強いというのは…」
「そっそうなのです恋殿!こんな奴が恋殿より強いなんてあるわけが無いのです!!」
「……恋より強い」
「恋殿ぉぉぉ!?」
いや…呂布から力を認められるのは嬉しいのだが…。
「…武官じゃないボクには判断が出来ないわね。なら…闘ってもらおうかな」
「はっ?」
「中庭なら広さもちょうど良いし、恋も構わないわね?」
「…ん、頑張る」
…そんな訳で手合わせが決定した。
というか…俺の意見は…聞かないよな普通。
「準備は良い?」
「……うん」
「…ハァ…」
「恋殿、殺っちゃえなのです!!」
「おっお二人とも怪我はしないで下さいね」
中庭で対峙する俺と恋殿。
ここには小さいながらも川が流れ、桃の木が植えられている為、花見には絶景だろう。
そんな事を考えながら、ねねちゃんが叫んだ台詞を無視した。
横目にチラリと見ると
「楽しみやなぁ。なぁ華雄、どっちが勝つと思う?」
「断然、呂布だろうな」
そこの二人、何を実況中継してやがる。
俺と恋殿の仕合はエキシビジョンマッチか?
まぁ…疑問は放って置いて…。
対峙する俺達の得物だが、何時も使っている武器と決まった。
俺は日本刀で、恋殿は方天画戟。
…まさか、お目に掛かる機会が来るとは思わなかったが。
この方天画戟だが、呂布が愛用した武器として知られている。
しかし、これは三国志演義にのみ登場する。
方天画戟は方天戟の一種なのだが、これは宋王朝以降に実在する武器であり呂布が活躍した3世紀頃には実在しないのだ。
…まぁ神に問い合わせても『外史ですから(キリッ』で済まされるだろうな。
方天戟は「斬る」「突く」「叩く」「薙ぐ」「払う」といった複数の用法をもつ、オールマイティーな武器であり白兵戦において、ある意味で完成された武器であったとされる。
日本刀も似たような武器ではあるが、コイツは馬上から敵兵を斬りつける為に作り出された。
そこから用途が幅広くなった訳なのだが、相手の剣と打ち合うには向かない。
下手をすれば折れてしまうのだが…それは俺の得物には当て嵌まらないと神は言っていた。
なんでも、『折れない、曲がらない、錆びないの三拍子が揃っている』だそうだ。
…それは日本刀と言えるのか?
日本刀を使用する日本剣術は一撃必殺を旨としている、あくまで理想ではあるが。
敵にも敬意を払い、なるべく苦しまないよう一撃で殺してやるのだ。
さぁて…まぁ出来る所までやってみるかな。
「恋殿、ちゃんと寸止めはして下さいよ?」
「…頑張る」
…何を頑張るかは…聞かないのが吉だろうな。
「早く始めて、さっさと負けろなのです!!」
「始めよか。…双方、準備はええか!?」
「……うん」
「えぇ」
「ほな…始め!!」
張遼の合図と同時に腰に帯ている一本の刀の鯉口を切り、柄に手を添えた。
だが、恋殿は動かず方天画戟を両手で持ち、防御の姿勢を取っている。
…早速の膠着状態か。
Others side
月、詠、霞、華雄、音々音が見守る中で始まった恋と和樹の仕合。
始まったのは良いが互いに武器へ手を伸ばしたまま動かず膠着状態に入ってしまった。
「恋殿ぉぉ、さっさと殺っちゃえなのです!!」
敬愛する主人に可愛らしい応援(?)をする音々音に対して、武官である霞と華雄は一瞬の動きも見逃さないよう目を皿にしている。
「…動かへんな」
「あぁ」
「恋らしくないわね。何時もなら、激しく打ち合うのに」
詠はらしからぬ行動に疑問を感じている。
「…恋は動かへんのやない。動けへんのや」
「えっ、霞どういう事ですか?」
「見てみい月。韓甲の構え方」
文官二人が和樹に視線を向ける。
彼は姿勢を低くし、刀の鯉口を切り、右手を柄に添え、脚は肩幅に開いたうえで右足を前に出している。
「…あれがどうかしたのですか?」
「…ウチもそれなりに闘ってきたけんどな、あんな構え方は見た事ない」
「…私も、です」
「つまりは…どういう事よ?」
「相手−韓甲がどんな攻撃に転じるのかが判らない。それに剣はいまだ鞘の内だ。…あのままの状態からどうやって呂布を斬るのか…皆目、見当が付かん」
そう考察する華雄を見て、その場にいた全員が驚愕する。
「たっ大変や!華雄が…あの華雄が冷静になっとる!!」
「華雄なら、もっと短絡的な考えかと思ったのに!!」
「へぅ!詠ちゃん、それは失礼だよ」
「失敬だぞ!あぁ董卓様の事では!!」
「えぇい、うるさいのです!!」
コントをやっている五人を尻目に対峙を続ける和樹と恋に動きが。
和樹が刀の柄を握り、彼女に突っ込む。
「ッ!!」
それがきっかけとなり、恋の方天画戟が右薙に振るわれた。
和樹は身を屈めて避けると更に肉薄する。
得物のリーチが仇となり、一気に懐に入り込まれた。
そうはさせじ、と恋が戟の持ち手を左手に変え、左薙に移行させる。
だが、それを見越したのか和樹は既に鞘から左手を外し、もう一本の刀を逆手で抜き払い彼女の方天画戟を受け止めた。
その刹那、右手で残った刀を抜刀し恋の首筋に白刃を当てる。
それは一寸も離れておらず、正に寸止めだ。
「…審判、これは無効か?」
呆気に取られている観衆である五人。
まさか…あの呂布が、とでも思っているのだろう。
その内でいち早く我に返った霞が声に詰まりながらも勝敗を告げる。
「しっ勝者は韓甲や!!」
張遼の宣言を受けて、両手に持った刀を鞘に納刀すると鍔鳴りの音が。
「大丈夫ですか?」
「……うん」
…この人は本当に表情を変えないな。
感情が読めない、という奴はたまに見るが、彼女の場合は…ある意味で病気だ。
まぁ武人なら敵に動きを読ませない為に必要なスキルだとは思うのだが。
「…やっぱり和樹は強い」
「たまたまですよ、たまたま」
「……違う」
「はっ?」
「…本気、出してない」
俺にだけ聞こえる声で彼女が囁いた。
…外れてはいないが。
前世でなら銃をブッ放しているか、あそこまで入り込んだら格闘戦を仕掛けるだろしな。
「ホンマに強いなぁ…」
「…韓甲が強い、と呂布が言っていたとは聞いてたが…」
「よっしゃ!次はウチとや!!」
「はぁ!?」
まさかの連戦か?
「−と言いたいんやけどな。正味の話、韓甲に勝てる自信がないからなぁ。また今度で」
「……霞は勝てない」
「…傷つくわぁ…」
恋殿…そんなにバッサリと切らなくても。
「私もだな。霞にも、それほど勝っている訳ではない。だが…手の内は読めた。時間が出来たら闘って貰うぞ?」
「…拒否権は?」
「ある訳ないやん♪」
「ない」
…さよか。
「せや!なぁ韓甲、ウチの真名を預かってくれへん?」
「…良いのか?」
「ええんや。珍しいモノ見せて貰うたしな。…ウチは霞や」
「…確かに預かった。俺の真名は和樹、君に預けるぞ」
「はいな」
霞は、まるで猫が浮かべるならこんな笑顔だろうそれで頷いた。
「ひっ卑怯なのです!」
近付いてきたねねちゃんが突然、叫ぶ。
「剣を二本も使うなんて聞いてないのです!よって、この勝負は恋殿の勝利なのです!!」
それは駄々捏ねと言うと思うのだが…。
煙草を吸いたくなったが…悪影響だな。
仕方なく溜息を吐き出した。
「なぁ、ねねちゃん。君は軍師だろ?」
「それがどうしたのですか!?」
「“兵は詭道なり”戦の基本だ。…まぁ最初から二刀流だと言えば結果は変わってたかも知れないがね」
孫子兵法の一節を引き合いに出すと、ねねちゃんは押し黙った。
最初は居合で終わらせようと思っていたのだが、相手が全く動かなかった。
その為、手の内を変えたのだ。
そもそも流派にもよるが、二刀流とは多数の弱者を相手にする際に本領を発揮する剣術だ。
もちろん大勢の剣を捌かないとならぬ為に動きが鈍るという欠点も併せ持つ。
…あまり使いたくないな。
それにリーチの差でも欠点がある。
俺や相棒の刀は三尺九寸(約118cm)なのだが、恋殿の使う戟の長さは彼女の背丈を越えている。
乱戦になれば長い得物を持つ者が有利になるのは必至。
無論、懐に入り込まれないよう注意も必要だが。
そのうち斬馬刀…とまでは言わないが、大太刀でも神に頼むかな。
「…アンタ、強いのね」
「へぅ…驚きました」
董卓殿、その“へぅ”ってのは何ですか一体?
「…それに、さっきの孫子…。ただの傭兵として雇うべきか…」
なにやら賈駆殿がブツブツと呟いている。
「あの…韓甲さん?」
「なんでしょうか?」
「それほど強いのに…何故、今まで在野でいらしたのですか?」
「…申し訳ありませんが、その質問には答えられません」
「…そうですか」
「しかし…敢えて言うとすれば“傭兵の過去を一々、詮索するな。どうせロクな理由なんぞありゃしねぇ”と」
「貴様ッ!董卓様になんて事を!!」
「華雄、良いのです」
「しかし!!」
…俺も、あんな事を言ったから悪いとは思うが。
「韓甲さん。不躾な質問をしてしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ」
「お詫び…という訳ではありませんが。是非、私の真名を預かって下さい」
「…宜しいので?」
「ちょっと月!?」
「良いの詠ちゃん。それで決まった?」
そう董卓殿が問い掛けると賈駆殿は難しそうな表情で口を開く。
「結論を言うと韓甲、アンタをうちの客将にしたいの」
「…私を?」
「えぇ。武だけでなく、さっきみたいに戦術にも明るいみたいだし、将として申し分ないわ」
「どうですか?勿論、報酬は払いますが…」
…ただ傭兵として雇われるのではなく俺を将としてか…。
正直、荷が重い。
俺は中隊以下の戦力しか運用した経験がない。
それを鑑みると…。
しかし提案された事は非常に魅力的だ。
この時代における傭兵の扱いというのは酷いモノがある。
装備や兵糧は自力で調達し、正規軍の戦力として数えられない。
そのうえ、持ち場は最前線。
あれ…これって、ほとんど前世と変わりないのでは…?
…まぁ良い。
にしても客将としてか…。
「…その提案を受けても良いのですが、条件が」
「内容にもよるけど…聞かせて」
「私の下に付く兵は部下…子飼いの兵121名のみで。それを受け入れて下されば、提案を受けましょう」
「…こちらとしては構わないのだけど、それだけで良いの?」
「えぇ。今更、兵を増やす時間も調練する暇もないので」
「判ったわ。それで客将として、うちに入ってくれるわけ?」
その問いを受け、答えを示す為にひざまずく。
「姓は韓、名は甲、字を狼牙、真名は和樹。報酬に見合うだけの働きを約束いたします」
「ありがとうございます。改めて名乗らせて頂きます。姓は董、名は卓、字は仲穎、そして真名は月。和樹さん、この真名を貴方に預けます」
「…月達が預けたのにボクがしないのはおかしな話ね。姓は賈、名は駆、そして字は文和。真名は詠。…ひとつ言っておくけど月を裏切ったら許さないから」
「はっ確かに預かりました。粉骨砕身の覚悟で報酬に報いましょう」
こうして俺の董卓軍入り…負け戦に協力する事が決まった訳だ。
…こんなに美人揃いなのだから部下達のモチベーションは上がるだろうし、問題は……ないよな。
んっ、二人から真名を預かった時から華雄の姿が見えないな…。
にしても急な話だからなぁ…。
…相棒になんて説明しようか。