表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第四部:劉備軍支援
56/145

45

「いつまで、地面にキス−−もとい、へばってる。さっさと起きろ」


「はっ…はいぃ…」


ヨロヨロと地面から立ち上がるのは徐哉。


まさか準備体操(腕立て、腹筋、背筋)でへばるとは……。


まぁ一週間前は腕立てが20回も出来なかった奴が、現在では50回を越えるようになったのを考えれば…おそらく良い進歩だろう。


徐哉が着用している道着は汗で白無地の道衣が僅かに透けている。



覚束ないながらも徐哉が立ち上がるのを認め、掴んでいた素振り用の木刀を投げる−−−


「−−うわっ!!?」


慌てて木刀を掴んだ様子だが、俺は意に介さず、次の指示を出す。


「素振り−−俺が止めと言うまでだ」


「はっはい」


指示を出すと縁側へと腰掛け、着物の袖の中から煙草とジッポを取り出して火を点ける。


一服を始めると同時に、徐哉は教えた通りの型−−正眼に構え、木刀を振り出した。


剣術において正眼は基本中の基本である構え方。


“これが身に付かなければ、話にならない”とは俺と相棒が師事した師範の言葉だ。


もっとも−−無論、恩師ともいえる人物の言葉を否定する訳ではないが、戦場では構えを気にしている暇はない。


ルーキーは形振り構っていられないのだ。


一対一ならまだしも、多対一の戦場で正眼に構えていたら−−ほぼ間違いなく、死角から襲う槍や剣が身体中に生える事となろう。


勿論、敵味方が入り乱れての乱戦になればの話だ。


徐哉が一心不乱に木刀を振っているのは屋敷の庭。


稽古をつけてやれるのは休暇の日か、もしくは今日のような半休だけの時だけ。


もっとも護衛の細作からの報告では“家事の合間を見付けては鍛錬に励んでいる”とか。



この一週間は基礎中の基礎−−体力作り、刀剣の握り方と振り方、足運びぐらいしかしていない。


それらを修得した後に本格的な鍛錬が待っている。



さて……何年掛かるか。


…まぁ公覆殿の言葉ではないが、気長に待つとしよ−−−


「−−将軍、失礼します」


背後からの低い声には聞き覚えがあった。


突然の気配にほぼ反射的に愛刀を掴んだが、それから手を離す。


「背後に立つ−−…まぁ良い。なんだ?」


一心不乱に木刀を振るう徐哉に気付かれないよう、何があったのか尋ねる。


「申し訳ありませんでした。孫策様が将軍をお呼びです」


「…火急の用か?」


「そのようです。…今しばらくすれば城より遣いが参りますので、詳細はその者に」


「…そうか、判った」


「それと…黒狼隊における幹部級の方々も召集せよ、とのお達しが…」


「なんだと−−…そうか判った。下がってくれ」


「御意」


気配が消えたのを認め、銜えていた煙草を指に挟んで灰を叩き落とすと再び口へ銜えて紫煙を吐き出す。


召集…それも俺や相棒を含めた幹部級−各小隊長を伯符殿が呼んでいる、か。


初めての事で些か疑問を覚えてしまうが……呼ばれているなら仕方ない。


…午前上がりだったというのに、また登城か。


「−御免!!城よりの遣いです!!韓将軍は居られますか!!?」










城の広間−−講堂だろう一室に通されたのは俺と相棒、各小隊長6名。


そして……何故か同僚の華雄までもが講堂の椅子に座っているが。


城からの遣いが来た後、駐屯地に各小隊長の召集を掛けたが、やはり揃いも揃って困惑している様子だ。


第二歩兵小隊長の少尉は俺の護衛目的で、たまに登城する事はあるが、その他の小隊長達が今まで登城した回数は片手で数えられるくらいだろう。


まぁ全員が軍服着用で佩剣しているのだ。礼儀としては問題ない。


「隊長。我々が呼ばれた理由などは御存じですか?」


「いや。…だが大方は予想できる」


「交州侵攻の手筈について、ですかね?」


「おそらくな」


「でもよぅ。そいつについては、三日も前に通達されてんだぜ?今更、改めて−−しかも俺や相棒はともかく、お前等まで召集したって……どういう事よ?」


「…準備状況の確認、ではないでしょうか?」


「それなら召集する必要はないんじゃないか?」


「…確かに」




部下達が顔を見合せながら今回の召集について自分の考えを出し合っている。


−−交州侵攻。


揚州平定に続き、士燮が統治する交州へ攻め入り、これも平定する。


おそらく…いや、間違いなく曹魏との戦に備え、後顧の憂いを断ち切る事が目的のそれ。


三日前、黒狼隊にも出撃要請が下り、現在はその準備に追われている。


この頃は南海郡、蒼梧郡など9郡が犇めいていたか。


現代におけるベトナム北部も、この時代では漢王朝−−まぁ形骸化しているが、その領地に組み込まれている。


ベトナム出身の奴等の活躍が期待されているのだが……


「………」


「隊長、どうかなさいましたか?」


「…少佐?」


「隊長?」


「よぅ、どうした相棒?顰めっ面して」


「?…韓甲?」


腕を組み、黙り込んでしまっている俺を見て、部下達や相棒、華雄までもが視線を向けているのが判った。


コートのポケットから煙草を取り出して、火を点けずに銜える。


「……解せん」


『……?』


部下の言葉ではないが……何故、俺や相棒だけでなく小隊を預かる連中までもを召集したのか…。


出撃準備の現在状況を知りたいならば、俺か相棒を通せば判る筈だ。


それなのに−−−


「−−起立」


相棒が声を上げ、部下達に命令すれば、連中が軍帽を机上へ置いたまま立ち上がる。


煙草をポケットへ放り込んで俺も立ち上がった瞬間、講堂の扉が開き三人の美女が入ってきた。


「敬礼」


相棒の命令で全員が美女達へ最敬礼を送る。


「ゴメンね、遅れちゃって」


「いえ構いません」


「ふむ…全員、揃っておるようじゃの」


「小官を含めた8名。召集に応じました」


「いきなり済まなかった。座って構わないぞ」


黒髪の美女−−公瑾殿に促され着席すれば、三人は長机を挟んで向こう側に腰を下ろした。


美女三人組は伯符殿を筆頭に公瑾殿と公覆殿。


伯符殿と公覆殿は僅かな微笑を浮かべているが……眼は全く笑っていない。


一方の公瑾殿は大量の資料と思しき書簡を抱えての入室。


…何かあったのだろうな。


思案していると公瑾殿が真剣な面持ちで口を開く。


「−−今回の召集の理由だが、その前に言っておきたい事がある。徐州に曹操が軍を進めた」


「徐州に?…確か…劉備が州牧を務めている、と記憶していますが」


“劉備”の単語に触発されたのか、こちら側の空気が凍った。


「正確には“務めていた”だろうな」


「という事は…徐州を放棄した、と?」


「えぇ。ついさっき向こうに放った細作が戻ってきたんだけど…兵力差は圧倒的だったみたい。なんでも…先陣だけで10万は超えているって」


「…中々の兵力だ」


10万を先陣として送り込んだか。


となると本隊や後詰めを合わせれば…予想だが、40万は超えるだろう。

いつも疑問に思うが、歴史の進行速度が早い。そして…どうやって大軍勢を構成するだけの将兵を掻き集めているのだか。


大多数は兵役による召集なのだろうが…それでも員数が多過ぎるぞ。


「……それで、我々を呼んだのと、劉備が尻尾巻いて逃げ出したのとは何か関係でも?」


黒狼隊を代表して、隣に座る相棒が普段の雰囲気とは違う−−戦場で纏うそれを醸し出しながら眼前の公瑾殿へ尋ねた。


珍しい事に相棒は…腕を胸で、そして脚を組みつつ、眉間には皺が刻まれている。


劉備の名を聞いただけで起こる嫌悪感を隠そうともしていない。


「あぁ。此度の召集理由は−−」


公瑾殿は一旦、口を閉ざし呼吸を整えてから再び口を開き−−


「劉備の逃亡支援および孫呉との同盟締結の任務を…黒狼隊に頼みたい」


その言葉が耳を打った瞬間−−錯覚だろうが、室内の温度が氷点下まで下がった気がした。


横目に部下達の様子を確認すれば……表情は強張り、冷ややかな視線を眼前に座る三人へ注いでいた。


「…何故、我々へそんな任務を?そもそも我等は傭兵部隊。同盟締結なら正規の使者を送れば済むでしょう」


「そうでなくとも、我々が小娘共の支援をする必要性が見付からない」


「…正直に言えば、そんな任務なんぞ受けたくない。…“引導を渡せ”というなら話は別ですが」


居並ぶ6名の小隊長が口々に任務受諾の拒否を彼女達へ告げれば、三人の顔が苦し気に歪む。


「……将司、貴方は?」


伯符殿が腕を組んでいる相棒へ視線を向けて問い掛ける。


「…お判りになるでしょう。殺しても殺し足りない。例え、小娘の軍勢を皆殺しにしたとしても満たされない」


普段の快活な声音とは明らかに違うそれは地を這う如く低い。


次いで彼女の視線が俺へと向けられた。


「……和樹は?」


「……………」


「………和樹?」


刹那の間、考え込んで弾き出した解答を声にするため口を開く。


「…謹んで、お受け致します」


「なっ!!?」


「隊長!!?」


「少佐!!?」


「何故ですか!!?」


同席する部下達が堰を切ったかのように非難とも言える声をぶつけてくる。


「隊長…泗水関をお忘れですか…!?」


「…第一歩兵小隊第二分隊所属:イ・ヨンジン伍長、戦死。無論、覚えている」


俺の右隣へ腰掛ける将軍殿を思えば、あまり話題にすべきではないだろう。


段々と剣呑な雰囲気となってきたのを察した彼女達が居心地悪そうに俺へ視線を向けてくる。


それに頷けば三人は席から立ち上がる。


「華雄、済まないが席を外してくれ」


「……判った」


華雄にも退室を促して、彼女達と一緒に出て貰うと部屋が異様に静まり返った。


溜息を零し、ポケットから先程まで銜えていた煙草とジッポ、携帯灰皿を取り出して、今度こそ火を点ける。


「…和樹、どういう事だ?」


「…何がだ?」


紫煙を吐き出している最中、相棒に尋ねられたが、そのまま尋ね返す。


「お前、本心から劉備を助けようと思ってるのか?」


「…さて、ね」


「−−−ッ!!」


「っ副長!!?」


片手で胸倉を掴まれ、無理矢理と起立させられた瞬間、椅子が床へ倒れた音が室内に響く。


「…テメェ…ふざけんのも大概にしやがれ…!!」


「ふざけてはいない。大真面目だ」


「止めて下さい副長!!」


「大尉ッ!!」


「離せッ!!」


双眸を鋭利に尖らせ、胸倉を掴み上げる相棒を部下達が6人掛かりで引き剥がした。

尚も暴れる相棒を横目に捉えつつ、乱れた軍服を整えてから銜えている煙草を吸い込んで紫煙を吐き出す。


「和樹、このクソ野郎…!!仮に任務を受けたとして、それで奴の魂が浮かばれると思ってんのか!!?」


「大尉、抑えて下さい!!…少佐…何故ですか…!?」


「隊長…!?」


肩で息をする相棒を筆頭に部下達が俺に解答を求めてくる。


煙草を口の端へ銜え、彼等に向き直る。


「…貴様等こそ虎牢関を忘れたか?」


「……なに?」


「え…?」


「…手打ちは済んでいる。虎牢関でな」


息を飲んだ相棒と部下達を尻目に短くなった煙草を携帯灰皿へ放り込む。


手打ち−−虎牢関における敵陣営への夜襲で連合軍は甚大な損害を被った。


主に攻撃は劉備軍へ集中し、数千の将兵を殺傷する戦果を挙げたのだ。


それを考えれば……既に手打ちは済んでいる。


「俺達の仕事は傭兵−−現在は孫呉に傭われている身だ。その雇用主からの要請を断れるのか?」


『…………』


部下達が何匹もの苦虫を噛み潰した表情をしつつ視線を背けた。


強く握られた拳は僅かながら震えている。


「奴の戦死を忘れろとは言わん。だが、俺達の処遇だけは忘れるな」


「……了解」


「…判り…ました」


念を押すモノの…俺自身、こんな任務、やりたくない。


なんの冗談で小娘と…あの北郷とかいう若造の支援をしなくてはならないのだ。


−−キツく噛み締める奥歯が軋みを上げた。


「部隊長より達する、傾注せよ」


命令すると同時に相棒達が踵を合わせた直立姿勢を取る。


「曹操軍の追撃を受けている劉備の軍勢の支援、および予定されている交州侵攻を実施する為、部隊を二分する」


そう切り出すと、部隊の編制概容を一瞬で弾き出した。


「交州侵攻部隊は以下の通り。戦闘指揮官を大尉とし、第二歩兵小隊、砲兵小隊、戦車隊、ヘリ部隊より二機。次に劉備軍支援部隊。第一歩兵小隊とヘリ一機、俺が指揮を執る。質問は?」


「我が補給小隊は?」


一際、長躯の小隊長が挙手して声を上げた。


「補給小隊は侵攻部隊の兵站を担当。および……確か、貴様の小隊には大型ヘリの操縦経験者がいたな?」


「はっ。数名おりますが…それがなにか?」


「早急にそいつらへ伝言を。“今日より二日の間に勘を取り戻せ”」


「…はっ!!」


「…それと追加だ。諜報班を一時的に第一歩兵へ移籍させろ」


「了解しました」


「他に質問は?」


見渡すが……質問はないようだな。


今日、何度目か判らない溜息を零すと、外で待っているだろう彼女達へ任務受諾を告げる為に歩き出し−−扉の前で立ち止まり、誰に言うでもなく呟いた。


「……済まん…」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ