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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第三部:徒然なる日々
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建業へ帰還し討伐軍の解散を行ったのは二日前のこと。


指揮下だった前軍では451名が戦死。


火葬というのは古代中国で余程の事がなければせず、土葬が一般的な葬儀なのだが、戦地においては例外。


戦死者を荼毘に付す前に、遺体から髪と爪を取った後、火葬にし急拵えの木箱へそれらを入れた。


ドッグタグ擬きは役に立ったようで、今後は軍全体に普及する事になるだろう、とは伯言殿の言葉だったか。


出身地、もしくは生家が近所の兵士の手によって遺骨は肉親の下へ戻るだろう。



戦後処理というのは…何処の世界でも変わりない。


昨日は朝から夕方まで執務室に籠もり、報告書の作成に追われた。


パソコンで打てれば最高なのだが……生憎と手書き。


報告書である竹簡は……いったい何束、書いたのだろうか。



戦地からの帰還、そして戦後処理が終われば、束の間の休暇。


俺の場合は今日を合わせ三日である。


とはいうモノの事が起きれば召集されるのは仕方ない。


しかし現在の所、問題は無さそうだ。



そう考えた俺はプライベート用の着物に袖を通し、早朝のトレーニングと飯もそこそこに作業を始めた。


公瑾殿と約束した戦術書の翻訳作業である。


天気も良い為、縁側で山の如く積まれた白紙、戦術書、そして翻訳に必要な辞書を眼前に作業を続けている。


翻訳というモノは面倒なモノだ、と実感せざるを得ない。自身で理解する分には構わないが、他人に読んでもらうとなると……抽象的な表現はしたくない。


勿論、俺自身の解釈も書いたり、図解したりする場合もあるのだが。



それを続けている時だ−−−






「…手入れ道具を貸して欲しいと?」


「そうなのです。将司様のお屋敷にお邪魔してみたのですが…お留守のようでして…」


俺の屋敷を突然、訪れたのは幼平殿と子明殿だ。


幼平殿が言うには、自身で持っている武器の手入れ道具が壊れてしまい、注文したのだが入荷には時間が掛かるので貸して貰いたい、との事である。


何故だ、と思ったが…成程と頷いてしまう。


彼女が所持しているのは俺と相棒が持っている大太刀と似たそれ。


同じ刀剣の使い手ならば手入れ道具を持っているだろう、と彼女が考えたのは予想に難くない。


ちなみに何故、子明殿までいるのかと言えば……付き添いだとか。


「大変、御無礼だとは承知しておりますが…貸しては頂けないでしょうか」


「私からもお願い致します」


「構いませんよ。持ってきますので少々、お待ち下さい」


快諾すると彼女達の表情は不安から安堵へ変わる。


立ち上がり、寝室へ向かうと手入れ道具が入った箱を掴み、縁側へ戻る。


「お待たせした。こちらです」


「ありがとうございます!!」


それを彼女に手渡すと、幼平殿は縁側に腰掛け、背中へ預けていた大太刀を鞘から払った。


どうやら、ここで手入れを済ませるらしい。


それならばと徐哉を呼んで茶を淹れてくるよう伝え、俺も縁側へ胡坐をかいて座り込む。


「子明殿」


「ひゃい!!?」


「…取り敢えず、お座りなされ」


「ひゃい!!しっしちゅれいしましゅ!!」


……噛み過ぎだ。


彼女は緊張すると言葉が吃ったり噛んだりする事がある、と最近になって判って来たが……これはあんまりなのではなかろうか。


そんな俺の考えを知らず、彼女はぎこちない動きで縁側へと腰掛けた。


一方の幼平殿は、と言えば−−


「…………」


無言かつ真剣な表情で刀身に打ち粉を叩いていた。


しかし……見れば見るほど−−というより、日本刀にしか見えない。


そして………何故に鞘の先に滑車が付いているんだ?


…あれか? 襷掛けにしても有り余る長さの為、鞘が地面に当たって削れないように滑車を付けていると?


…ならば、身の丈にあった武器に変えれば良いだけなのでは、と思ってしまう。


…まぁ俺がとやかく言う事ではないか。



気持ちを入れ替え、翻訳を再開−−−するが、子明殿の視線が気になって仕方ない。



「……何か?」


「え?あっいえなんでもありません!!」


慌てて頭を下げるが……埃を立てない方が良いかと思う。


彼女が見ていたのは……あぁ翻訳した戦術書の内容か。


見習いとはいえ、軍師ならば気になるだろう。


…他人に読んでもらい推敲してもらうのも手か。


そう思い至り、墨が乾いている翻訳済み戦術書の一部を彼女へ手渡してみる。


「えっかっ和樹様?」


「少しばかり推敲をお願いしたいのだが…」


「そっそんな!!?私如きが恐れ多いです!!」


「構いません。どうぞ遠慮なく」


一部とはいえ何十枚もの紙を彼女へ差し出すと、子明殿は頭を下げた後、一心不乱に読み始めた。



“戦争科学の基礎”は科学の方法、三つの構成秩序、戦争の目的、戦争の手段など15の章立てから成り立っている。


それらの中の……何を渡したのだったろうか。


……まぁ良い。



著者のフラーは道徳と勇気を司る道徳的領域というモノを本書で取り上げているが…俺から言わせれば戦争に“道徳的”なんてモンは存在しない。


ジェノサイドを見てきたから言えるのかもしれないが…経験上、戦場の兵士が“道徳的”であったことはない。


そもそも公的とはいえ殺しをしに行くのだ。


そこからして道徳的ではないだろう。



この時代では正々堂々、戦う事が美徳なのだろうが……そんなモノ、文字通りクソの役にも立たん。


誇り高く戦い、誇り高い戦死を遂げた−−馬鹿馬鹿しくて欠伸が出る。


要は勝てば良い。どんな卑怯な手を使っても。


敵対する者は殺せば良い。


それが戦場だ。


戦術書を読み終えたらしい子明殿が顔を上げ、俺へそれを返してくる。


「…孫子よりも具体的でびっくりしました」


「そうですか。それで字句などはどうでしたか?」


「あっはい。…誤字や脱字はありませんでしたし文面も問題ありません。むしろ………」


「なにか?」


「……字がとても綺麗なのに何処か力強く…見入ってしまいました」


「………は?」


というよりも…なんだそれは?


綺麗なのに力強い?


……よく判らん。


思案していると廊下を歩く音が静かに響いてくる。


…この足音と気配は徐哉か。


「お茶をお持ちしました」


「あっありがとうございます!!」


「…ふぅ。和樹様、ありがとうございました!!」


ちょうど良い事に幼平殿の手入れも終わったようで、すかさず徐哉が彼女へ茶を淹れた湯呑を差し出す。


「どうぞ、お茶です」


「あっ、ありがとうございます!!」


「いえ。旦那様、お茶菓子はどうします?」


「そうだな…。お二人は?」


「頂きます!!」


「みっ明命、お行儀が悪いですよ!!」


「あっ…和樹様、申し訳ありません」


「いえ、構いませんよ。…だそうだ」


「判りました。では、旦那様が頂いてきた胡麻団子を」


「…………あぁ」


そう言うと徐哉はまた台所へと戻って行った。


……胡麻団子……胡麻団子か……。


…どうでも良い事だが……甘い物は苦手だ。むしろ嫌いとも言える。


あの胡麻団子は昨日の帰りに戦勝祝いとして店の女将から貰った物だ。


徐哉にでも食わせようと思ったが……まぁ良い。


「…あの和樹様、どうかなさいましたか?」


「…物凄い顔してます」


苦虫を百匹近く噛み潰した表情をしていたのだろう。


彼女達が心配気に俺を見詰めている。


「いえ…なんでもありません。…甘い物が苦手なだけです」


「そうなんですか!?」


「えぇ。食べる事は出来ますが…自ら進んで食べたいとは…」


「…あの〜?」


幼平殿と話していると躊躇いがちに子明殿が声を掛けてくる。


「なにか?」


「どうしたんです、亞莎?」


「胡麻団子って…なんですか?」


「「…………」」


ある意味で度肝を抜かれる発言だな。


もっとも、俺がそう思っただけなのだろうが。


「えっ…ええぇぇぇ!!?」


「みっ明命!!?」


「亞莎…胡麻団子、知らないんですか!!?」


「はっはい。あっあの…変でしょうか、和樹様…?」


…俺に解答を求めないでもらいたい。


甘味というのは、この時代においては王侯貴族が食す、稀少で高価な物だろう。


知らない、ではなく“食べた事がない”ならば理解できるが…。


「まぁ宮仕えしている貴女が知らないというのには驚きましたがね」


「うぅ…申し訳ありません…」


いや謝罪されても困るのだが……。


「−−お邪魔するわ」


「−−失礼する」


…つい先日まで行動を共にしていた聞き慣れた声が二人分、聞こえてきた。


「えっ−蓮華様に思春殿!!?」


「こここっこんにちは!!」


「明命に亞莎?」


「二人とも此処に居たのね。…私達、お邪魔かしら?」


「しょっ−−そんな事はありましぇん!!」」


「こっこちらへどうぞ」


やれやれ…今日は望んでもいないのに千客万来だな。


二人の招きに仲謀殿と興覇殿が縁側へ歩み寄り、前者は腰掛け、後者はその傍らへ立つ事にしたようだ。


「…それで、お二人は何用で参られたのですか?」


「いえ…その…」


なにやら口籠もる仲謀殿がチラリと傍らの興覇殿へ視線を向けた。


「蓮華様…そういう事は御自分で−−」


「だっだって恥ずかしいじゃない…」


「…鍛錬の相手をして欲しい、と素直に仰れば良いではありませんか」


「鍛錬……というと剣術ですかな?」


「あっ−−えっえぇ、そうなの…」


休暇中は出来るだけ−−トレーニングを除けば戦闘に関する事にはノータッチでいたいのだが…。


だが…まぁ……。


「……良いでしょう」


「ほっ本当!!?」


「二言はございません。…個人的にも丁度良い」


大陸の剣術−−この時代で、流派などが確立されているかは判らないが、とにかく自分の知らない剣技に接して自身の剣術を研くというのは悪くないだろう。


「それじゃあ早速−−」


「蓮華様、お待ちを」


「なに思春−−えっ?…あっごめんなさい!!お茶を呑み終わるまで待つわ」


是非とも、それまで待って頂きたいモノだ。


存外、彼女はせっかちの気質があるのかもしれん。


湯呑にある茶が半分ほどになった時、台所の方から駆けてくる足音が。


徐哉である事は間違いないだろうが……この足音は慌てているな。


「だっ旦那様ぁぁぁ!!」


「どうした?」


「たっ大変、申し訳ありません!!胡麻団子が……胡麻団子が…!!」


……あ〜……なんとなく察しがついた。





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