03
ご都合主義?
『外史ですから(キリッ』
11.4.16 誤字等の報告があった為に訂正。
「…デカいな…」
「あぁ…お前の息子なみに」
「りょ呂猛っ貴様、何を!?」
「ニャハハハ!言うなぁ、呂猛っちは」
いきなりの下ネタ発言は顔を赤らめるのと笑い飛ばすの二つに分けられた。
二日前に村を出立した俺達は洛陽に到着した。
ちなみに移動手段は馬と徒歩。
部下の中にモンゴル遊牧民出身の奴がいた為、全員が馬術を得意としている。
まぁ習ったのは前世で、だが。
馬は世話になった村で貰った。
なんでも、何回も賊を追い払ってくれた礼だとか。
しかし流石に全員分の馬は手に入らない。
村の開墾や村人の移動手段になる為、譲ってもらったのは6頭。
ちょうど各小隊長と俺達の分を合わせた数だったので、そのように分配。
…まぁ不公平だと言う意見もあったので度々、交換していた奴もいたが。
しかし…俺の馬は何故か他の奴を乗せないんだよなぁ。
俺が騎乗しているのは黒い毛並みが特徴の青毛という種類の馬だ。
いつまでも馬と呼ぶ訳にもいかないので名前は黒馗と名付けた。
特に意味は無いのだが…それを相棒に言ったら『お前に子供が出来たら、その子に同情する』だそうだ。
…子供が出来る予定は今しばらく無いので安心だがな。
「しかし…あの村は大丈夫なのか?」
「あぁ、大丈夫でしょう」
「えぇ、おそらくは」
「…せやなぁ。ウチが賊だったら絶対に襲いとうない」
「うむ…確かに」
なにせ出発前に、賊の首を刺した槍を村への侵入経路になるだろう地点に突き刺して来たからな。
そこまで残酷な所業をする村なんか賊は襲わない。
何故なら犯罪者ってのは自分より弱者の人間しか襲わないからな。
そんな事があって、ついに来た洛陽。
古代中国の都市とは城塞都市。
街そのものを城壁で囲み、街自体がひとつの軍事拠点となっている。
知識としては知っている。
知っていたのだが……正直、大きさをナメていたな。
とにかくデカい。
石を積み重ねた城壁は簡単な攻城兵器では破れそうにない。
…徹甲弾をブチ込んだらどうなるかな。
「おい相棒、顔がヤバイぜ」
おっと…。
「なに考えてたんや〜?」
「いや…くだらない事ですよ」
「かぁ−!あかんあかん!!」
張遼殿がいきなり騒ぎ出し、呆気に取られてしまう。
いったい何があかんのか見当が付かない。
「韓甲も呂猛も馬鹿みたいに他人行儀や!もっと砕けて話さんかい!」
実際、他人なのだが…。
「そうは言われても会って間が無いんですから…」
「傭兵にしては謙虚だな。もっと粗暴だと思ってたのだが」
華雄殿…それは偏見だ。
俺達は正真正銘の紳士&フェミニスト集団なのだから。
「傭兵でも人並の礼儀は弁えているつもりですが?」
「あぁいや、気を悪くしたなら済まない」
将司は冗談のつもりで返したが、華雄殿はどうやら悪い方向に解釈したらしい。
「そういう訳で、しばらくはこの口調でいきますので」
「私は構わないのだが…」
華雄殿は言葉を濁らせると視線を横にずらす。
追従して視線を向けると…馬上で膨れっ面をした張遼殿がいた。
「…張遼殿?」
「………」
ん?反応がないな…。
「文遠殿?」
「………」
呼び方を変えてみるが効果なし。
視線を横で馬に揺られている相棒に移すと将司は肩を竦めた。
「張遼殿、どうかなされたか?」
「…嫌や」
「はっ?」
「…砕けんと口きかへん」
ズルッと相棒と二人で騎乗姿勢を崩しかけた。
…まだ引っ張っていたのか。
…砕けろねぇ。
「…ハァ…」
「………」
「…判った、これで良いか?」
要望に応えると張遼殿は顔を輝かせる。
「せやせや、それでええ!あっ殿付けも禁止やから。呂猛もやで」
「…ハァ…判りまし…判った」
相棒が敬語を使いそうになった瞬間、張遼殿…じゃねぇ張遼が再び膨れっ面をしかけたのを見ると彼は言い直した。
「さて…董卓様への謁見なのだが」
「せやったな。う−ん、忙しいもんなぁ…」
「あぁ。早くても…そうだな明日以降になる。それまでどうする?」
「洛陽の外に駐留しま…する。ゾロゾロと大所帯で入城する訳にもいかないだろうしな」
「あぁ。謁見の用意が出来たら使いを出してくれれば良い。…華雄殿にも敬語を使わないで宜しいか?」
「あぁ構わないぞ。その方が話し易いからな」
「どうも」
「城門の衛兵には話を付けとくさかい、用があったら入って構わへんで」
「了解」
手続きをしてくれるのはありがたい。
素性の知れない人間がすんなり入れる訳がないからな。
その後、張遼と華雄は洛陽内部へ入城し、俺達は野営の準備を始めた。
部下達が簡易テントを張るのを見遣りながら俺は相棒と話をする。
「…来ちまったな」
「あぁ。それで金については心配ねぇのか?」
将司に尋ねられ、ポケットから紐に通され真ん中に穴が開いている貨幣30枚を取り出した。
「神に送ってもらった」
「これは…五銖銭だな」
五銖と刻印された貨幣の為、五銖銭と呼ばれているこれは後漢時代の通貨だ。
ついで弾帯から巾着を取って、相棒に渡すと煙草を取り出して火を点ける。
「…なんだこれ?」
「開けてみろ」
将司が巾着の口を開けるのを見ながら紫煙を吐き出すと相棒は予想通り目を剥いた。
「おっおい…これって!?」
相棒の手の平にあるのは少し大粒の黄金色をした物体が多数。
「あぁ砂金だ。それも神に頼んでな」
「いつの時代も金は必要だしな」
「あぁ」
神の話ではこの砂金、純度が高いそうだ。
つまり…かなりの価値がある。
…換金したらいくらになるんだか。
「取り敢えず食糧を街で調達しないとな」
「あぁ。俺はここに残って指揮を執るから…和樹が行ってくれ」
「判った、何人か連れてくぞ」
部下を10人引き連れ、食糧の調達を終えた。
市場があったのは幸いだったな。
なにせ大所帯なのだ、そこらにある商店では賄い切れない。
店の善意で貸してもらった荷車に食糧を乗せて野営地へ運んで行く部下達を見送ると俺は少し洛陽の街を探索し始めた。
…賑わってるな。
あの二人から聞いた話だと袁紹が各地の諸候へ檄文を送っているらしい。
曰く『洛陽は董卓の悪政で荒廃し切っている』
…でっちあげも良い所だが、戦争の始まりなんて大概はそんなモンだ。
感慨も沸かない。
俺は自分の能力に見合うだけの金を貰えればそれで良い。
小腹が空き、屋台で猪肉の串焼きを数本購入すると家屋の壁に背中を預けて一口食べ始めた。
−ワンッ!!−
「…んっ?」
足元を見ると紅いスカーフらしき物を首に巻いたコーギー…のような仔犬が尻尾を振って俺を見上げている。
…犬は好きなんだが。
−クゥゥン…−
「………」
−ハッハッハッ−
「………」
…頼むから、そんなつぶらな瞳で俺を見ないでくれ。
肉をひとつ串から抜き、仔犬の眼前に放り投げるとがっつき始める。
…腹でも減ってたのだろうか?
まぁ…それは良いとして…
「……(ジィ−)」
さっきから俺の隣にいるこの娘は誰なんだ?
横目に見ると褐色肌に紅い髪。その頭頂からは昆虫の触角を思わせる髪が二本立っている。
俺の目を引いたのは身体の所々から覗くタトゥー。
刺青の始まりはコミュニティを表す象徴として作られたそうだが、古代中国ではむしろ犯罪者に対して彫られたらしい。
この娘は…どっちなんだろうな。それとも単なるお洒落か?
「……(ジィ−)」
彼女が無言で見詰める先にあるのは…串焼き。
「…食べますか?」
「ッ!(コクコク)」
激しく首を上下に振る彼女に串焼きを一本渡すと、おかしな咀嚼音を奏でながら食べ始めた。
「モキュモキュ…」
「………」
「モキュモキュ…ゴクン…あっ」
…あっという間に無くなったが、寂しそうだ。
もう一本差し出すと俺の手から串焼きが消えた。
「モキュモキュ」
…なんだか知らんが…和む。
というか小動物に餌をやっているみたいで。
結局、購入した五本の串焼きは全て彼女の胃袋に収まってしまった。
「満足しましたか?」
「……腹一分」
「…あぁなるほど」
あれだけ食って腹一分目って…。
「……名前」
「はっ?あぁ名乗りが遅れました。姓は韓、名は、甲、字は狼牙です」
「……恋は呂布奉先」
「はぁそうですか…ッ!?」
この娘が呂布奉先!?
イメージがことごとく粉砕してしまった。
「呂布殿、少し伺いたい事が」
「…恋で良い」
「はっ?」
「…恋の真名」
「いやいや、串焼き程度で真名を預けては駄目でしょう」
「…セキトにもくれた」
「セキト?」
「…恋の家族」
そう言うと呂布殿は俺の眼前にいた仔犬を抱き上げた。
セキトって犬かよ。
三国志演義での呂布の愛馬は赤兎馬なんだが…こっちの呂布は愛馬ならぬ愛犬を飼っているのか…。
「…真名」
「判りました。真名は和樹、貴女に預けます」
「ん…恋も預ける」
よくよく考えればこの世界に来て初めて真名を交換したな…。
初体験…って、響きがいやらしく思うのは俺だけか?
「それで伺いたい事は−」
言い掛けた瞬間、何やら地鳴りのような音が近付いてくる。
「ちんきゅーー」
「…あん?」
制帽のような黒いそれの下にある緑色の髪をツインテールにした女の子が走って来るといきなり跳び上がる。
「きぃぃぃ」
「よっと」
「ぃぃく!!」
身体を屈めると女の子は家屋の壁にぶつかった。
「避けるな、なのです!!」
「いや、避けなかったら激突したでしょうに…」
「…ちんきゅ、駄目」
「恋殿、何故、こんな奴と一緒にいるのですか!?」
「…ご飯もらった」
…ん?さっき恋殿は、この女の子をなんと呼んでいた?
「恋殿、この子は?」
「お前、なんで恋殿の真名を呼んでいるのですか!?」
「さっき預け合いまして」
「……うん。和樹、良い人」
「恋殿ぉぉぉ!?」
「…ちんきゅも名乗る」
「しっ仕方ないのです!ねねは陳宮公台、しっかり覚えやがれなのです!!」
…聞きたかった事の手間が省けた。
呂布の腹心で軍師と言えば陳宮公台。
最期は…呂布共々、処刑されるが。
「……ちんきゅも真名」
「わっ判ったのです。ねねの真名は音々音なのです」
なんというか…唯我独尊な雰囲気があるな恋殿は。
そして陳宮…音々音…ねねちゃんは尻に敷かれていると。
「判った。俺の真名は和樹だ。…ねねちゃんで良いかな?」
「ふっふん、宜しくしてやらない事もないのです!!」
大人ぶっていても子供か。
思わず頭を撫でてしまった。
「きっ気安く触るなのです!」
「あぁ失礼、ついね」
「…恋も撫でて」
「あぁ…はい」
恋殿にねだられて彼女の頭を撫でてやると顔を綻ばせた。
「…で、お前は何をやっているんですか?」
「んっ傭兵だが?」
「…ふぅん…それにしては礼儀がちゃんとしてるのです」
…その台詞は今日は二回目だ。
「…着いて来て」
「はい?」
「…お返し…家に」
「お返し?」
「……うん」
「恋殿ぉ、ねねも行きますぞ!しっかり着いてきやがれなのです!!」
「あぁ…はいはい」
お返し…ねぇ。
まぁ食事だろうな、串焼きをあげたのだから。
時間はまだあるから良いか。
背中に預けている緩んだ小銃のスリングベルトを直すと彼女達の後を着いて行った。