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ちょっと難産。
そして、いきなりの展開。
万が一、この世界にいつだったかの紛争で上官だったクソッタレがいたとすれば、現状報告はこう言うだろう。
現在、建業城の宴会場で酒を呑んでいる。羨ましいか畜生、とな。
………はぁ。
宴会場の隅にいる楽団が奏でる楽器の調べを聴いているのは…いや正確に言えば聴いているようで耳に入っていないが正しいだろう。
宴会やパーティーのBGMなんてそんなモンだ。
それにしても……この線引きはなんなのだろう。
俺達−俺、相棒、そして護衛として着いてきた少尉と准尉は上座から見て右側の武官達に混じって胡座をかいている。
そして向こう側では、文官達が正座をして近くの者達と談笑を交わしていた。
どちらが賑やかと尋ねられば…まぁどっちもどっちと言えば良いだろう。
喧騒…というより雑音にしか聞こえない。
「…よくもまぁ…」
吐き出しそうになった言葉を傾けた盃に入れた酒と共に飲み込む。
何故、俺達がこんな所にいるのか。
理由は簡単だ。
伯符殿の誘い、という名の強制連行。
まぁ正確な理由は、月に一度、催される孫家主催の宴会に家臣は参加せねばならぬというモノ。
ならば、という事で渋々と参加したは良いが、部下二人も参加しているのは…俺の左横に座り、手酌で酒を注ぐ相棒が面白半分で誘ったからだろう。
…傭兵とはいえ、礼儀を心得ている一応の士官を選抜したのは許せるがな。
「どうぞ少佐」
「あぁ」
右隣に座っている准尉が徳利を差し出してきたので素直に酌を受け、盃を傾けた。
「…相変わらず、良くお呑みになられる」
「そうか?…まぁ酔えなくても呑まなきゃやってられん」
膳に乗っていた小料理の数々は既に胃袋の中。
ならば肴が無くても、痛飲するしかない。
「呑まなきゃって…一体、どれだけお呑みになられれば…」
「…どれぐらい呑んだ?」
「占めて……あ〜五合は」
空になった徳利の数を確認した彼が俺に報告した。
あぁ…だからか。
道理であちこちから視線を感じる訳だ。
「はははっ。相棒のワクっぷりは、お前らも知ってるだろうが」
「いや…副長も人の事は…。っていうか、ワクって何ですか?」
「知らねぇの?ウワバミ、ザルの上。つまりは大酒呑みの最上級形のこと」
「…日本文化って、たまに判らなくなります」
左隣に座る少尉の言葉を相棒は苦笑しつつ盃を傾けた。
しかし…落ち着かん。
こういった状況に不慣れなのは自覚しているが、慣れないモノは仕方ない。
さて…中座するのは…やはり、上座で酒が入り上機嫌で盃を傾けている御仁の手前、無理だろう。
なら…不貞寝…別に不貞腐れている訳ではないか。
……もう楽曲でも拝聴していよう。いや、それしかない。
…眼を閉じて聴き入るとしよう…。
…ふむ……見事な調和だ。
今は荒々しいと思えば、今度は優雅に…それでいて慈愛に満ち…まるで長江のよう。
いや…それよりも自然そのものと言った方が良いか。
荒々しく、優雅でいて、慈愛に満ち……嗚呼、正に自然だ。
「…素晴らしい。こっちにも良い曲がある」
「…そうだな。なぁ今度、久しぶりにバンドやってみねぇか?」
「…また、お前がボーカルなんだろ?目立ちたがり屋の相棒」
「へっへへ。んじゃ、和樹はギターで」
「ははっ。久しぶりにバンド演奏ですか…なら、俺はドラムです」
久方ぶりに曲らしい曲を聴いたからか、前世で何回か行ったバンドを思い出してしまったが…というか、コイツらも聴いてたのか。
そう思った瞬間、横笛を吹いていた奏者が息みすぎたのか周りとの調子を外してしまった。
会話しながらも拝聴していた俺達四人は、まさかの展開に身体をよろめかせてしまう。
だが、それに気付いた人物は参加者の中でも極少数だったのか談笑の嵐は止まず。
「まさかこう来るとは…」
「聴いてたのは俺達だけ…じゃないな」
「あん?」
相棒が上座の方へ親指を立てて指差した。
上座には孫家三姉妹とその近くに……あぁ公瑾殿が僅かに顔を顰めている。
流石は、と言えば良いか。
史実の周瑜も音楽には精通していたようだから、こちらでも当然のようにそれが当てはまるらしい。
「にしても…なんだっていきなり調子が狂ったりなんか…」
「さぁ?…緊張したとか?」
「んな訳ねぇだろ。あの楽団は孫家お抱えのだぞ」
「ですよねぇ……あ〜あ」
何かに気付いた少尉が上座の武官側にいた楽団に視線を向けている。
俺もそちらへ視線を向けると、楽団から離れ、肩を落とした…見るからに落ち込んでいる青年が片手に横笛とおぼしき楽器を持って歩いて来る。
「笛か…」
「お前も昔は吹いてたよな?」
「えぇ!?少佐が笛を!!?」
「とてもそうは…存外、雅やかな特技ですね」
「勘違いするな。剣術の師範から課せられた精神修行だ」
今になって思えば…なんで横笛を吹くはめになったのやら。
あの師範は精神集中に最適な方法だから推薦したそうだが……瞑想や黙想でも良かったのでは?
「ほぅ?韓甲将軍は笛を吹けると?」
いきなり名前を呼ばれた。
声を掛けてきたのは……嗚呼…あの老臣共だ。
あの歳でいったいどんな聴力をしているのだろう。
「人は見掛けによらない、とは言うものの…いやはや、驚きましたぞ」
「いや全く。傭兵隊の長とは思えませんなぁ?」
「期待するのは酷というものですぞ?もしかすると…やはり粗野な傭兵らしく腕前も知れているやも」
「はははっそれもそうですな!!」
とても孫呉を支える老臣とは思えない下卑な笑い声。
それが全体に伝播するのに…さほど時間は要らなかったようだ。
「笛吹きではなく法螺吹きなのやも?」
『ははははっ!!』
両端に座っていた部下二人が立ち上がろうとしたが、それを片手を挙げて抑えつつ盃を傾ける。
「隊長…!!」
「ゴク…フゥ…。いちいち、キレるな。伯符殿達の顔に泥を塗るつもりか?」
「ですが少佐…!!」
「黙ってろ。命令だ」
小声で抗議する部下達へ命令を出せば、二人は上げ掛けた腰を渋々と下ろす。
半ギレ状態の部下を見て、文官側の老臣達の顔がそれはそれは上品に歪んでいる。
「ちょうど良い。出来れば…笛の腕前をご披露願えませんかな?」
「ご安心なされ。これは酒の席。間違えるのも一興ですぞ?」
その提案に周囲の笑い声が大きくなる。
…何処がウケたのかさっぱり判らん。
これでウケるならば三流コメディアンも大会で優勝できるぞ。
「如何ですかな?笛ならば…ほれ、そこの者が」
老臣の一人が指差したのは先程、宴会場から去ろうとしていた青年。
「……ならば一曲だけ」
「おぉ、流石が韓甲将軍だ!!」
盃を膳へ置き、立ち上がると困ったように出口で佇む青年に近付く。
「あっあの…」
「済まぬが、しばらく貸して貰っても宜しいか?」
「あっはい…どうぞ」
差し出された横笛を掴むと、それの特徴を見極める為に軽く観察する。
素材は竹、強度を増す為に藤を巻いている。
表側には歌口と、指孔が…ひぃふぅ…七つ。
「…龍笛か」
「良くご存知で…」
「私も昔、同じ物を吹いていたからな」
何故、この時代に龍笛があるのかは…気になるが気にしない事にする。
これはそもそも能管、篠笛など和楽器の横笛全般の原型・先祖であるとも言われているのだが…。
それはともかく…特徴は雅楽の楽器の中で、2オクターブという広い音域を持つ事で、高音、低音を縦横無尽に駆け抜ける音色は“舞い立ち昇る龍の鳴き声”と称され、それが名前の由来となってしまうほどである。
勘を取り戻す為、笛を構えると、歌口に唇を寄せ、指孔を押さえて軽く奏でてみる。
-〜〜〜〜♪-
……特に問題はないようだ。
しかし…何故、この青年は調子を狂わせてしまったのやら。
んっ…あぁ…もしかすると…。
「…笛を新調したのかね?」
「あっはい。以前まで使っていた笛が壊れてしまい、新調したのですが…出来上がったのは昨日の事でして…その…調律が間に合わず」
「…なるほど」
納得がいった。
笛の調律は孔を削り、それによって音の高低を調整しなければならない。
それは微妙な作業となる為、時間が間に合わなかったのは…お抱えの楽団という特異性を除けば仕方ない事だろう。
「なにを話し込まれておるのですかな?早くお聞かせ下され」
年端のいかぬ子供のように急かさないでもらいたい。
ふむ……ならば、せめてものの意趣返しに、この曲を吹いてやろう。
聴衆へ向き直り、改めて龍笛を構え、歌口に唇を寄せると軽く息を吸い込む。
吹く曲は……“荒城の月”
土井晩翠作詞、滝廉太郎作曲によるこれは、哀切を帯びるメロディーと歌詞が特徴の歌曲だ。
伴奏は…まぁピアノが主だろうが、笛による独奏なんて聞いた覚えがない。
しかし…音を合わせるだけなら造作無い。
かつて優雅を誇った城も、今となれば荒れ果て、昔の威光は見る影もない、というのが主題になるが、これは平家物語の“盛者必衰”にも通ずるモノがある。
変わらないモノなどない、例え現在は強大で威光を誇っていたとしても、それは何かの拍子で脆く崩れ落ちる。
はてさて…一体、何人が気付く事やら…。
クライマックスに差し掛かり、笛の音を高く、長く響かせる。
宴会場に静寂が戻るが、笛の構えを解かず、音色の余韻-剣術においての残心をして、ゆっくりと唇を歌口から離した。
突然、静寂を破った拍手の音。
閉じていた眼を開け、発生源を探せば……それは上座にいる拍符殿から。
それにやや遅れ、今度は公瑾殿、仲謀殿、尚香殿までもが続く。
そして宴会に参加している武官、文官達から拍手の嵐が巻き起こった。
軽く礼をすると、俺の後ろで佇んでいた青年へ龍笛を返し、元居た席に戻り胡座をかく。
「素晴らしい!これ程の腕前とは、驚きましたぞ!!」
「全くです!将軍は武だけでなく音楽にも精通しているとは感服いたします!!ささっ、どうぞ一献」
「頂きます」
断るのはいささか無礼だろうと思い、前列に座っている武官から大人しく酌を受けると一気に盃を傾け酒を呑み干した。
「おおっ!!これはこれは、孫策様や黄蓋様に勝るとも劣らぬ呑みっぷり!!」
「とんでもない酒豪ですな!!私の酌もどうかお受け下され」
「ささっ呂猛将軍も」
「そちらの御二人へも、どなたかお注ぎを」
…厭味の次は、俺達を酔わせ醜態を晒そうとする魂胆か?
いや…それをするなら文官連中だろう。
俺達へ大挙して押し寄せてくるのは武官だけだ。
まさかの展開についていけないが…とにかく注がれた酒は呑み干さねばなるまい。
盃を干す度、俺達へ酌をする武官達は…いったい何人いるのやら。
「おおっ!!韓甲殿だけでなく呂猛殿までもが酒豪だとは!!」
「こちらの御二人も中々の呑みっぷりですぞ!!」
…段々とフードファイトじみてきたな。
もう何人目の酌を受けたか判らなくなってきた頃、並み居る武官達を押し退けて複数の人物が目の前に現れる。
「ヒック…きゃんこ〜にょんじぇるか〜?」
「ハァイ、和樹に将司♪和樹〜さっきの笛、凄く良かったわよ〜♪」
「これは孫策様!!」
「今日は無礼講よ。そう畏まらないで」
現れたのは徳利を持った伯符殿と……どう見ても明らかに泥酔している華雄だ。
彼女が現れた事に武官達が慌てて平伏しようとするが、それを伯符殿が制した。
すると彼女はおもむろに俺の眼前へ膝を着き、徳利を差し出した。
「お酌受けてもらえるかしら?」
その言葉に周囲が騒然となる。
当然だろう。
国のトップが一介の将軍へ酌をするというのだから。
「…伯符殿、御自分の立場を考えなされませ」
「良いじゃない。別に減るモンじゃないでしょ?」
「…そうかも知れませんが…」
「あっなに?和樹ったら私のお酒が呑めないの?」
「…………」
典型的な酔っ払いの絡みだ。
というか、絶対に酔ってるぞ。
「ほらほら早く〜♪」
「…………」
…もう覚悟を決めるしかないようだ。
無言で乾いた盃を差し出すと彼女は満面の笑みを浮かべ、それに酒を注いでいく。
「ほらほら将司も♪」
「はっはぁ…」
注ぎ終わると今度は隣の相棒に催促し、また酒を注いでいった。
矛先がこっちにも来たか、と相棒の顔がなんと言えない表情に歪むが、伯符殿は気付く様子もない。
「はい、呑んで呑んで♪」
注ぎ終われば、今度は呑めと急かしてくる。
相棒と眼を合わせれば…それが如実に物語っている。
−諦めるしかない、と。
ほぼ同時に盃を傾けて喉の奥へ酒を流し込めば、熱い液体が胃袋に落ちて行く。
しかし…先程まで呑んでいた酒よりも、アルコールが強かった気がする。
「あらら…結構、強い白酒だったのに…二人には関係ないみたいね♪」
まぁ…強酸ともいえるアルコール度数95%のウォッカならストレートで呑んだ経験はある。
それに比べたら…まだマシというモノだ。
「お〜!!しゅごいにゃふちゃりちょも〜!!わらひのしゃけものめ〜!!」
完璧に呂律が回っていない華雄が徳利を差し出してくる。
これは…もう完璧に出来上がっているな、断言しても良い。
「…お前は、もう控えろ」
「にゃんぢゃと〜!!?わらひのしゃけがのめんのか〜!!?」
「いや…だから…とにかく、お前はもう酒を呑むな、嗅ぐな、そして見るな」
「ひょ〜かひょ〜か。ふちゃりがにょまにゃいにゃら…わらひが…」
「相棒。華雄を止めろ」
「ヤ・ダ♪面白いし♪」
この野郎。仮にも上官に向かって、なんという言い草だ。
そんなやり取りをしている内に、彼女が徳利へ直接、口をつけてそれを傾ける。
見ようによっては豪快に酒を流し込む彼女に周囲からは拍手喝采。
空になったのか徳利を床へ落とし掛けるが、割れてしまうのを避ける為、なんとかすんでの所で受け止めて膳の隅へ置いた。
「ア゛〜〜ヒック……」
これはもう…決まっただろう。
ただでさえ、酒が回った体へ無理矢理、新たなアルコールを摂取したのだ…目が虚ろになっても仕方ない。
顔は真っ赤、呂律は回っていない、心無しか身体もふらついている。
盃を置くと傍らに置いた愛刀二本を掴んで剣帯の留め具に鞘の金具を取り付けて佩刀してから立ち上がった。
「伯符殿。申し訳ないが、そろそろ中座させて頂きます」
「…残念。だけど…華雄の様子じゃねぇ…」
「心苦しいですが…これにて失礼させて頂きます。…準備しろ」
「「はっ!!」」
「あいよ〜」
それぞれ盃を膳へ戻し、三人は帰り支度を始める。
儀礼用のサーベルを佩刀した少尉が俺へコートを羽織らせてくれると、それへ袖を通してから華雄の傍らへ行き彼女を支える。
「歩けるか?」
「ン゛〜?…らいじょうぶ…らいじょうぶ…」
何度もくどいが…完璧に出来上がっていらっしゃる。
「少尉、准尉。悪いが、先に行って馬を持って来てくれ」
「「はっ!!」」
命令を下すと二人は宴会場を出て行った。
これで、俺達の愛馬と自分達の馬を連れて来てくれるだろう。
「相棒。お前、酔ってるか?」
「いんや。あと大瓶10本は余裕でいける」
なんの大瓶かは判らないが、とにかく酔っている様子はない。
これなら大丈夫だろう。
「左を支えてくれ」
「おう」
俺が華雄の右側を支え、逆を相棒が支えて宴会場を後にした。
「あ〜あ」
行っちゃった。
面白いぐらいグビグビとお酒を呑むモンだから、私と祭で華雄にお酌をしたけど……ちょっとやりすぎたかしらね。
まっ、良いけど。
上座へ戻り、自分の席に座った途端、横から徳利が差し出された。
「姉様」
「あら、ありがとう♪」
お酌をしてくれたのは妹の蓮華だった。
注いでくれたお酒を飲み干す。
ん〜♪やっぱりお酒、サイコー♪♪
「華雄はどうでした?」
「ん〜?あぁ酔っ払っちゃったけど大丈夫でしょ。和樹達が送ってくれるみたいだし」
和樹達−黒狼隊の護衛なら夜道も安心ね♪
それに……うん…あの二人なら送り狼になる心配もないし…。
女としては…う〜ん…微妙かなぁ…?
「姉様。そろそろお開きにしましょうか?…小蓮も寝てしまいましたし…」
「ん〜。そうねぇ…。もう少ししたら、お開きにしましょう」
「そうですね」
蓮華の膝を枕に眠っている小蓮の頭を軽く撫でながら妹に相槌を打つ。
それにしても………
「……ん〜」
「姉様?」
「…なんでもないわ」
嫌な予感がする。
それを感じ始めたのは……和樹達が宴会場を出た辺りから。
まさかね……。
あの二人なら大丈夫だろうけど………これは調査を急いだ方が良いわね。
私は一抹の不安を酒と共に飲み込んだ。
「わらひは酔っとらんじょ〜〜!!」
「あ〜はいはい。ちゃんと乗れ。それと近所迷惑だ」
「うるひゃ〜い!!きゃんこうのばきゃやりょ〜!!!」
馬鹿はお前だ、猪が。
日本でいう武家屋敷が並ぶ建業の一画。
ここに俺達が暮らしている屋敷があるのだが…やはりというべきか今夜は静かだ。
騎乗する少尉と准尉が前方と後方を警戒しつつ、華雄の屋敷まで道程を進む。
月明かりが差している為、ライトで照らす必要がないのは幸いだろう。
平時とはいえ、夜道を歩くのに態々、自分の位置を教えるのは……やはり、これは悪癖なのかも知れんな。
「そろそろ華雄の屋敷だ」
「あぁ。門の閂は……内側から外してくれるか」
彼女にも俺達と同様に護衛として細作がついている。
それならば……思った通りだ。
屋敷の門へ近付いた途端、突然の開門。
「は〜。細作って、便利なのかどうか判りません」
「プライバシーもクソもないですもんね」
…別に見られて困る事をしなければ良いだけなのでは、と部下達の会話を聞いて思ってしまった。
黒馗から降ると、彼女の愛馬の手綱を引いて屋敷へ入る。
「華雄、着いたぞ」
「……ん〜?」
ダメだこりゃ。
声を掛けても彼女の意識はハッキリとしなかった。
仕方なく、華雄を鞍から引き摺り降ろすと全体重がのし掛かる。
「ん〜……」
…これをやっても駄目とは…とんだ酔っ払いだな。
溜め息混じりに、彼女の両膝へ腕を差し込んで抱える。
「戸を開けてくれ」
「応♪」
…よく判らんが、相棒が微笑ましそうに俺を見ている。
相棒が玄関の戸を開けたのを確認し、彼女を運び入れると床へ一旦、寝かしつけた。
「案外、軽いモンだな」
「そうか。…ったく、言っちゃ悪いかもだが、女が戦うなんて見るに堪えねぇよ」
「そうだな−−」
二の句を続けようとしたが、口を閉ざす。
俺が違和感に気付くと同時に、部下達は馬を全て屋敷の敷地内へ入れて、門を閉めていた。
「少佐、大尉」
「あぁ。気付いてる」
「一個分隊か…それ以下みてぇだ」
「応援を呼びましょうか?」
少尉が携帯するトランシーバーを手に尋ねてくる。
「駐屯地へ連絡。一個分隊をこちらに送れ、と伝えろ」
「了解。こちら黄少尉、誰か応答しろ」
装備を確認しつつ命令すると彼はトランシーバーで駐屯地を呼び出した。
夜間は交代で歩哨に立つ他、同様に指揮テントの中にある通信設備の前に誰かが必ず待機している。
歩哨から異常が報告された場合、直ぐに警報を鳴らせるようにだ。
「…了解。一個分隊が直ちに来るそうです。到着まで約20分」
騎乗して走ったとしても…やはり時間は掛かるか。
まぁ仕方ない。
ならば次善策としてだが…
「拳銃は持ってるか?」
「えぇ勿論…なるほど、判りました」
言いたい事に気付いたのか部下二人が頷いた。
最悪、交戦となった場合、派手に発砲する。
それは無論、付近にも、そして城へ報告がいくはずだ。
そうすれば、応援がくる。
腰のホルスターから愛銃を抜いて、初弾が装填されているかを確認する。
「誰か居るか?」
「−御前に」
問い掛けると目の前に黒ずくめの服装をした人間が現れる。
これがどうやら華雄の護衛である細作らしい。
「いずれの手の者だ?」
「判りません。…ですが、屋敷を包囲しております。如何いたしましょう?」
「決まっている」
デザートイーグルの撃鉄を起こすと、念のため愛刀の一本を鞘から払い、被っていた軍帽を地面へ捨てる。
「見敵必殺。ひとり残らず、ブチ殺せ」
「御意」
「そっちは裏手の連中を頼む。表のは、こちらが引き受ける」
「御武運を」
そう告げると細作は眼前から消え去った。
「…どうやって消えてんでしょうね?」
「さぁな。…そろそろ、お客様がくるぞ」
準備が整ったようだ。
相棒はベレッタM93R、少尉はベレッタ社の新鋭拳銃であるPx4、そして准尉はM1911A1を構えていた。
あの細作が気の利く人間であれば、城にも連絡はいくと思うが……まずは火の粉を振り払うとしよう。
しかし…ウチの部隊は9mmを使う連中ばかりだな…。
大口径拳銃の使い手は極少数なので、前世では銃弾の互換性が上手く図れなかったな…。
こんな状況なのに馬鹿馬鹿しい事を思い出してしまった。
苦笑した瞬間、門が微かに揺れる。
開くかどうかを試しているのだろうが…奇襲でそれはない。
減点30といった所か。
門を構成する木の合わせ目に照準をつけた。
あそこが一番、脆い箇所になっている。
躊躇いなく銃爪を引けば、夜の静寂を引き裂く銃声と悲鳴が響く。
間髪入れず、更に数発を合わせ目へ撃ち込めば、門には点々と粉砕された穴が開いていた。
「Fire」
発砲の許可を出すと三人が続けざま、粉砕した門の穴へ向けて銃弾を撃ち込む。
「クソッ、殺られたぞ!!」
「退け退くぞ!!」
「コイツは!!?」
「置いてけ!!!」
四人ほどの声が響いたと思うと足音が去って行く。
「Cease fire」
撃ち方止めを命令すると、三人が構えていた拳銃の銃口を地面に向ける。
「准尉」
部下を呼び、ハンドサインを送ると彼は頷いた。
素早く准尉が門へ近付くのに追従して後に続くと、彼は閂を外し、蹴り飛ばして開門。
間髪入れず、愛銃を門外へ向け、敷地を出る。
「…レフトクリア」
「…こちらもです」
俺が左側面、准尉が右側面へ銃口を向けつつ敵影なしを互いに確認した。
「…何処の連中でしょうか?」
「さぁな…」
門外にあった死体は二つ。
その内のひとつへ銃口を向け、何時でも発砲できるようにしながら、俯せになっている身体を蹴って仰向けにする。
…反応はなし、目の瞳孔は開いている。
「こっちは死んでる。そっちは?」
「…微かですが、まだ息をしています」
「将司!!」
相棒を呼ぶと敷地内から彼が駆けてくる。
「どうした?」
「そいつの手当てをしろ」
「コイツか?…あ〜ぁ…腕が千切れ掛けてるじゃねぇか。誰のだ?」
「たぶん俺だ。とにかく止血しろ」
「はい、了解っと。准尉、引き摺ってこい」
「はっ!!」
相棒の要請に応え、准尉が服を掴み屋敷の敷地内へ引き摺って行く。
それを視界の端に捉えつつ、久しぶりに煙草を銜えて火を点けると中へ入り門を閉めた。