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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第三部:徒然なる日々
40/145

33



11.09.08<脱字報告により改訂。


いつも済みません。




Others side




「これより軍議を始める。穏と亞莎は今回の演習には不参加だが、何か気付く事があれば遠慮なく言ってくれ」


「はぁい♪」


「はっはひ、頑張りましゅ!!」


「…結構だ。では、始めよう」


赤軍側の本陣である天幕には演習へ参加する孫呉の主力武将達が一堂に会して今回の作戦方針を話し合っている。


「では、まず仮想敵である青軍の状況について…思春、頼む」


「御意」


軍師である冥琳が思春へ偵察の結果を報告する為、椅子から立ち上がる。


「斥候からの報告によると敵軍は、我が軍の前軍の先二里に布陣しておりますが…陣形は作っておらぬとの事です」


「作っていないとは…どういう意味だ?」


「そのままの意味です。私もその後に同行しましたが…無陣形といえば良いのか…とにかく陣形は作っておりませんでした」


「…判った、ありがとう」


思春が椅子に腰掛けると、次に宿将の祭が立ち上がる。


「儂からは全軍の状況についてじゃ。前軍は儂と思春が率いる、騎兵、弓兵、槍兵を含めた歩兵を合わせ、計1,000名が伝達に従い、鶴翼にて布陣。中軍は明命と蓮華様が率いる歩兵800。後軍は策殿と冥琳が率いる900が本陣を固めておる。手堅い配置じゃが、これが最も有効な手段…そうじゃな冥琳?」


「えぇ。ありがとうございます祭殿」


彼女が礼を述べると祭は腰掛けた。


「全員、作戦方針を頭に叩き込んでおいてくれ。仮想敵…青軍が小勢だからといって侮るな。どんな策を弄してくるか予想がつかない」


「御意」


「御意です!」


「応、任せておけ」


「あぁ!!」


「…雪蓮、何か言いたい事は?」


全員の了承を確認した冥琳が総大将である雪蓮へ声を掛ける。


「…言いたい事は、ぜ〜んぶ冥琳が言っちゃったから…ひとつだけ言うわ」


そう言うと彼女は立ち上がり、並み居る諸将へ視線を向け、口を開く。


「絶対に勝つわよ」


『応ッ!!』


一斉に彼女達が頷く。


それに満足した雪蓮は椅子へ腰掛けると、冥琳に視線を向けた。


「そろそろ…かしらね」


「あぁ…夜が明ける」


開け放たれた布扉から朝焼けの陽光が差し込んでくる。


それに眼を細める雪蓮が再び口を開いた。


「諸将、そして全ての兵が全力を尽くす事を期待するわ。…出陣よ」


『応ッ!!』


異口同音の返事をした彼女達が立ち上がり、天幕を後にしようとした瞬間、そこに兵士が飛び込んでくる。


「もっ申し上げます!!」


「どうかしたのか?」


「はっ!敵本陣に旗が揚がりました!!漆黒の韓一文字、及び華一文字、そして黒い狼であります!!」


その報告に冥琳は満足したように頷いた。


本陣に旗が揚がる、という事は、その場所に敵将がいるという事である。


つまりそれは、敵軍は真っ正面から自軍と戦り合う事に決めたということ。


「この兵力差で戦り合うか…いっそ清々しいのぅ…」


「向こうには華雄殿もいますので、それに押し切られた形なのでしょう…。和樹殿に将司殿も大変だ…」


仮想敵ではあるが、容易に想像できる様子に彼女達は溜め息を吐いた。


「うん?お主は確か…斥候に出した一隊の兵じゃったな?」


「はっ!そうであります!!」


顔に見覚えがあったのか祭が兵士に尋ねると、彼は頷く。


「…他の者はどうしたんじゃ?報告にまったく来んのだが…」


「は?…いえ、自分もたった今、戻ったばかりですので…」


「…ちょっと待て…斥候に出したのは半刻も前じゃぞ」


「それは…つまり…」


「おそらく…いや、間違いなく捕まったな…」


“開戦は払暁”を解釈すると“実際に戦うのは太陽が昇ってから”と言い換える事が出来る。


つまりは斥候に出てきた赤軍一隊を青軍が捕虜にしたのだ。


その使い道は…おおよそ予想がつくだろう。


「…短時間でどれだけ情報を掴まれるかは判断できないけど…早々に行動するのが吉ね」


「そうだな…ッ!!?」


「この音は…」


「始まったようじゃの」










<第三分隊より報告。敵前軍へ攻撃開始。相応の戦果を認む。指示を>


「了解。攻勢を引き続き行え。敵が進撃を開始した場合は速やかに退け」


<了解>


青軍本陣に構えた急拵えの野戦陣地の指揮所では、部隊副官の将司が各隊から送られてくる情報を基に、机上に置いた戦場一帯の地図を睨み付け戦況の把握に努めていた。


黒狼隊の隊員達は迷彩服やヘルメットの上に偽装用ネットをくくりつけ、そこに自生していた草を取り付けカムフラージュ率を少しでも稼いでいる。


カムフラージュは身体の輪郭を曖昧にし、それが人間である事を一目では判らないようにする事を指すが、いかんせん戦場は平原。


隠れられるような背丈の高い植物がある訳でもない為、こうして身体に草を生やしたような格好をせざるを得ないのだ。


<敵軍が進撃開始!うわ…戦列歩兵って、こういうのを言うのかよ>


「各隊へ。状況は苦しいが作戦遂行に全力を挙げろ。敵軍をこちらに引き付け、前、中軍と後軍を分断しろ」


<判ってますよ!喰らえおらぁぁ!!>


威勢の良い応答と共に、戦場からは銃撃の轟きが耳を打つ。


「副長、尋問が終わりました」


将司に声を掛けてきたのは迷彩柄のフードを目深に被った隊員−第二歩兵小隊の曹長である。


「…呆気なかったか?」


「いえ、そうでもなかったですがね」


開戦間近、赤軍偵察兵数名を捕虜にした彼等は、敵軍の情報を得る為に尋問を行ったのだ。


演習は“ほぼ実戦に近い形で行う”モノの為、こういった事も許可されている。


「それで…どうだった?」


「敵前軍は約1,000名、騎兵や各種歩兵を合わせてです。中軍も同じく各種歩兵を合わせ約800名。後軍は古参の約900名が本陣を守っているとか」


「上出来だ。陣形は予想通りの鶴翼…半包囲殲滅を仕掛けるつもりだな」


「そのようです。それと各指揮官は、前軍に黄蓋に甘寧なのは間違いないとの事ですが…他の指揮官については判らないとシラを」


「…まぁ良い。だいたいは予想がつく」


曹長の尋問に口を割らないとは、と感心しつつ明確な情報を得られなかった事に嘆息した将司だが、気を取り直し、地図上に置いた赤く塗った凸形の駒を自軍陣地へ近付け、各部隊の員数を書き込んだ。


<あ〜大尉、聞こえますか?>


「感度良好。どうした?」


<いや…姉御が早く出撃させろと煩くて…どうします?>


「…そうだな…。頃合いを見て、華雄隊を敵前軍の真っ正面に突撃させろ。判断はそっちに任せる」


<了解。突撃と同時に援護射撃を行うんで効力射…って迫撃砲は使えないんでしたね…>


「あぁ。ついでに航空支援と戦車もな。とにかく頼む。華雄には敵を翻弄させるように伝えろ」


<了解。over>


「out」


通信を終えると彼は片耳に着けたイヤホンから押さえ付けていた指を離し、青く塗った駒に華と書いたそれを敵の前軍の真っ正面に置いた。


「翼の分厚い箇所をつく…普通は考えませんよ」


「俺だってしたくない。…まぁ今回は敵の殲滅が目的じゃねぇからな。勝利条件は敵本陣の制圧。それさえ出来れば良い」


「この演習自体…お遊戯みたいなモノですしね」


演習とはいえ、戦闘指揮の最中に将司と曹長は暢気に会話をする。


この演習で、黒狼隊はかなりのハンデを負っている。


兵力差もさる事ながら、一番のハンデは使用する武器、兵器の制限にあるだろう。


戦車と迫撃砲は言わずもがな、ヘリに至っては上空からのバルカン砲やロケット弾による攻撃を生かす事が出来ない。


実質、使用できるのは“一応”非殺傷弾頭である衝撃弾を用いる銃器に限り、部隊の持つ能力の半分も出す事が出来ていないのだ。


<華雄隊が突撃を敢行!!阻止する弓隊、槍隊を駆逐する!!>


「出来るか?」


<難しいですね…。駆逐はなんとか出来ますが、姉御達に増援が必要!!…畜生…黄蓋の姉御と戦闘に入った!!後ろから甘寧隊が続く!!>


「了解、引き続き援護射撃。曹長、分隊を率いヘリボーンを敢行せよ」


「了解!!敵中降下します!!」


新たな状況に将司が机上の駒を動かしつつ傍らに控えていた曹長に命令を下した。


彼は装備を整え、フードの上から草がついた偽装ネットを被せたヘルメットを被ると、UH-1三機が駐機している地点まで走り抜き、既に出撃準備完了していた分隊の部下達に交じり、一機のヘリへ滑り込みサイドドアを閉めた。


「出撃! LZは敵前軍、敵前強襲!!」


「応ッ!!ファストロープで降りるか!!?」


激しく回転し始めるローターの轟音に負けぬよう機長と曹長が会話する。


機長が提案したファストロープ降下とは、ロープ一本を両手両足で挟み、一気に降下する技術の事である。


落下傘降下のように人員の降下地点が点々となってしまう事がないのが特徴で、降下後は迅速に作戦行動に移れるのが利点だ。


ただ、降下時にヘリはホバリング状態で静止しなければならず、対空火器による集中砲火を浴びる危険性を併せ持つ欠点がある。


「いや、ファストロープでは降りない!!このまま飛び降りる!!」


「了解!!んじゃ行っくぜぇ!!」


甲高くローターの回転音が轟き、UH-1二機が地上の重力から解き放たれ、空へと舞い上がる。


増援が必要な戦域へは直線距離で約500m。


だが、兵員を載せた二機は一直線に向かうのではなく、それぞれが左翼、右翼側に回り込む形で接近した。


閉めた筈のサイドドアは開け放たれ、そこから隊員達が小銃を発砲し、衝撃弾の雨を赤軍将兵へ浴びせ掛ける。


「降下まで30秒!!」


「降下用意!!」


撃ち続けながら曹長が機長からの通達を隊員達に告げる。


機首の前方に見えるもう一機も同じく機首をこちらに向け、既に機体を降下させていた。


「チッ、敵の数が多い!LZに敵多数、制圧してくれ!!」


<了解!!制圧攻撃を始める、流れ弾に当たんなよ!!>


誰が当たるか、と曹長は内心で苦笑しつつ支援要請の為に開いた回線を閉じた。


途端に降下地点にいた筈の敵兵群がバタバタと倒れていく。


代わりに姿を表したのは、訓練用の銃剣を着けた黒狼隊の一隊。


突撃しつつ彼等は降下地点確保の為に並み居る敵部隊を駆逐して回り、遂にそこを確保した。


「良し!!GOGOGO!!!」


機長の号令一下、地上3mでホバリングした機体からバラバラと隊員達が飛び降りた。


「降下完了、離脱してくれ!」


<了解、成功を祈る!!>


ヘリ二機が空域より離脱し、野戦陣地の方角へ去って行くのを刹那の間、見送った曹長は小銃を構え、敵前軍の部隊へと銃撃を始めた。


<01より前線部隊へ、敵の中軍が動いたぞ!繰り返す、敵中軍が動いた>


最前線で攻撃を続ける隊員達のイヤホンに上空から報告が飛び込んだ。


損害大を見て、遂に蓮華と明命が率いる中軍が前線へ移動を始めたというそれだ。


<副長より各員へ通達。敵中軍が移動開始。作戦に移行せよ>


「第二歩兵小隊了解!後方へ下がる!!野郎共、後退しろ、後退だ!!」


言うが早いか、小隊長の命令と間髪入れずに最前線で戦っていた隊員達が一斉に後退を始める。


<あ〜言うのを忘れてたが、華雄の奴も後退させろ。言うこと聞かない時は首に縄でもくくりつけて退かせるように>


「了解。姉御〜、後退しますよ〜!!」


「なに、もうか!?…判った。者共、後退だ!!」


『応ッ!!!』


「させるか!!」


だいぶヤられたが、大多数の兵士が残ったままの華雄隊が黒狼隊小隊長の報告を受け、騎兵で構成された部隊が後退を始める。


そうはさせじ、と祭が追撃を命じつつ自身は弓を引き、後退する華雄に狙いを定めた。


「ッ!?姉御、後ろだ!!」


「うおっ!?」


隊員の一人が気付き、警告を伝えると、華雄は騎乗姿勢のまま僅かに身体を屈め、飛来した矢を避けた。


「ちぃ!外した!!追撃せい!!」


『応ッ!!』


号令一下、祭と思春率いる部隊が後退する黒狼隊と華雄隊を追撃する。


それにやや遅れ、中軍を率いる蓮華と明命も合流し猛烈な追撃が始まった。










<敵の主力はこっちに釘付けだ。後軍と分断した。後は頼む>


「…了解」


一個分隊を率いる和樹が相棒との通信を終え、押さえ付けていたイヤホンから指を離す。


場所は赤軍本陣の後方20m。


実は彼等、自らの野戦陣地からここまで主戦場となっている戦域から大きく迂回して来たのだ。


それも約1km以上を匍匐前進で。


普通なら考えられないだろうが、それをやり遂げてしまうのが彼等である。


伊達に大多数の特殊部隊や精鋭部隊崩れの傭兵で構成された部隊ではない。


勿論、途中で警戒に当たっていた敵兵とも遭遇したが、その度に敵が気付かぬ内に仕留めている。


仕留められた敵兵は苦労な事に演習が終わるまで、倒れていなくてはならない。



ここから見える限り、本陣を守る敵兵は約100名。


それに比べ、和樹が率いるのは15名。


この人数では本陣の制圧なぞ出来ないだろうが、黒狼隊には策がある。


和樹が無言で、弾帯のバックパックから防毒マスクを取り出し、野戦帽を脱ぐと素早くだが音を立てずに顔へ装着する。


それに続いて部下達も同様に手早くヘルメットを脱ぎ、マスク装着を済ませる。


それが終わり、野戦帽やヘルメットを被り終えると、各隊員がサスペンダーに吊るした手榴弾を手に取り、レバーを握るとピンを抜いた。


そして一斉に投擲。


本陣に投げ込まれたそれらから、黄色の煙が濛濛と立ち込める。


「ゲホッゲホッ!!なっなんだこれは!!?」


「火事か!!?」


騒然となる赤軍本陣が煙に包まれると同時に更なる異変が起こる。


「−−ッ!!?」


「痛ぇ!!眼が眼がぁぁ!!!」


「ヒィィィ!!痛ぇ痛ぇよぉぉぉ!!!!」


本陣の警護に当たっていた兵士達が悲鳴を上げて地面をのた打ち回る。


惨状は酷いモノで、止めどなく流れる涙に鼻水、止まらぬ咳、中には嘔吐する者まで現れた。


発煙手榴弾と共に本陣へ投げ込まれたのは手榴弾型催涙剤。


暴徒鎮圧や特殊作戦で使用される非殺傷兵器だが、その威力は悲惨なモノがある。


誰でもタマネギを刻んでいる時に汁を嗅いだり、飛沫が眼に入ると涙や鼻水が流れるが、それに酷似した刺激成分を何百倍も濃縮した物が催涙剤なのだ。



黄色のスモークと催涙剤は雪蓮達が控えている天幕にも流れ込んでいた。


その中にいた全員が顔を歪ませ、綺麗な瞳を真っ赤に充血させ涙を流している。


「なっなんだこれは…!!?」


「いっ痛い痛い!!眼が痛いです〜!!」


「雪蓮様、ご無事です−ゲホッ!!」


「敵襲!?誰かある!!?」


「はっはいッ!!」


眼を襲う刺激に悲鳴をあげる彼女達に代わり雪蓮が警護に当たっていた兵士を呼びつける。


その兵士も眼を充血させ、使い物にならない状態だが、なんとか彼女の求めに応じて天幕へ駆け付けた。


「敵襲!?敵の数は!?」


「判りません!!」


なにが起こったのか判らないのは兵士も同様だ。


状況を把握する為、痛みを無視して、どうするか考え込んでいると本陣の後方から銃撃の音が轟き渡る。


「応戦よ!!中軍と後軍に伝達、援軍を!!」


「間に合いません!!!」


後方から彼女達が聞き慣れた低い声が響いた。


突撃、と。


「…負けたわね」


「クッ…そのようだ…」


「ちょっと冥琳、大丈夫?」


「なんとか…お前は?」


「痛いに決まってるでしょ…」



警護の兵士達が気力を振り絞り、奇襲を仕掛けた和樹達に応戦するが、それも無駄な足掻きに終わり、本陣警護の部隊は壊滅した。



本陣制圧に掛かった時間は約2分。


防毒マスクを装着したままで、普段通りの機動力を発揮する彼等は流石というべきか。



制圧が終わると人影が天幕に入ってきた。


防毒マスクを着用しているが、日本刀(模擬刀)を腰に二本、ヘルメットではなく野戦帽を被っている姿は彼女達も見た事がある。


「本陣は我々が制圧しました。こちらの勝利で宜しいですね?」


防毒マスク越しのくぐもった声だが、低く落ち着いた声は演習終了の許可を求めていた。


「ゴホッ…あぁ。我々の負けだ」


「確認しました。少尉、一等軍曹、彩煙弾を」


「“制圧セリ”“状況終了”了解!!行くぞ!!」


「はっ!!」


作戦中の為、少尉と軍曹は敬礼せず復唱と了解のみを残して駆けて行った。


「…御加減は?」


「ゲホ…大丈夫に見える?」


「申し訳ない。洗浄いたしますので全員、天幕を出て下さい。オイッ、何人か彼女達を支えろ!!」


『はい喜んで〜!!』


「…全員は要らん。三人だけ来い」


『へぇ〜い…』


何をとち狂ったのか、残っていた全員が催涙剤に苦しんでいる彼女達を支えんが為に駆け寄ろうとするが、和樹の命令で渋々と引き下がった。


「此方へ」


「うん…ありがと」


「どうぞ、手をお掴み下さい」


「済まんな」


「大丈夫ですか?」


「はぁい…って言えたら良いんですけどねぇ…」


「痛むかい?」


「はっはひ!!痛いですけど…大丈夫です!!」


「…あはは…」


気丈ともいえる亞莎の言葉に身体を支える隊員が苦笑する。


天幕から彼女達を連れ出したと同時に、空へ向けて彩煙弾が撃ち上げられた。


信号拳銃により次々と撃ち上げられる彩煙弾により、敵本陣制圧、状況終了が戦場と野戦陣地へ伝えられると雄叫びが轟いた。


「…もう、こんなの使うなんて聞いてないわよ…」


「申し訳ありません。なにぶん、これしか手段を思い付かなかったモノで」


雪蓮を支えつつ、スモークが少し残っている陣地を抜けた和樹は彼女を地面に座らせた。


それに倣い、隊員達も誘導してきた彼女達を楽な姿勢にさせると、それぞれ顔面を覆っていた防毒マスクを外し、深呼吸をする。


流石に息苦しかったのだろう。


それをバックパックに戻すと、弾帯から水筒を取り出してキャップを外した。


「眼を洗浄しますので、痛いでしょうが我慢して下さい」


「…この痛いのが取れるなら我慢するわよ…」


「それは重畳…では」


彼女達の充血した眼にゆっくりと水筒から水を垂らし、催涙剤を洗い流していると野戦陣地の方からヘリのローター音が響いてきた。


一機のUH-1が本陣近くに着陸すると、巻き起こされた風でスモークと催涙ガスが吹き飛ばされ霧散する。


腕に赤十字の腕章を巻いた隊員達が弾帯一杯に水筒をくくりつけてヘリから降り、未だに苦しんでいる本陣警護の兵士達の処置へ回り始めた。


「メディック!!」


「なんすか少佐!!?」


和樹が衛生兵の部下一人を呼びつけると、駆け寄ってくる。


「洗浄完了した。彼女達に目薬を」


「はい了解っと…。あ〜これですね」


衛生兵が肩から提げた赤十字マークの入ったOD色のバックを漁る。


そこから目薬を取り出して和樹に渡すと、彼は別の場所で苦しんでいる兵士の下へ駆けて行った。


「薬を差しますので、顔を上にして眼を開けて下さい」


「ん…こう?」


「結構です。では、そのまま」


キャップを外した和樹が雪蓮の眼を除き込み、瞬きしない瞬間を見極め、目薬を彼女の両目に点眼する。


「うあっ…染みる…!」


「しばらく瞬きをして下さい。直、楽になります。お前達も点眼して差し上げろ」


『はっ!!』


和樹は冥琳に付き添っている部下へ目薬を放り投げると彼は上手く掴んで、それを点眼する。


「ウッ……」


「済みません。染みましたか?」


「いや、平気だ。…これは中々、良い物だな…なんだかスッキリする」


「本当ですか冥琳様ぁ〜。私にも、私にもお願いしますぅ〜」


「はっはぁ…」


なんとなく鬼気迫る表情で顔を近付ける穏に隊員は尻込みしかけるが、なんとか踏み止まり、彼女が眼鏡を外すのを待ってから点眼した。


「おっおぉぉ〜!!!素晴らしい、素晴らしいです!!!」


「そっそれは良かったです。…おい」


「あっあぁ…」


自分達がやってるのは眼の洗浄だよな?、と彼等は疑問に思ったが、それを押し殺して点眼作業を続けた。


「…はぁぁ…凄く気持ち良い…眼の疲れが取れるみたいです…」


『……………』


もう何も言うまい、と彼等は思ったとか。



「はぁ…それにしても負けちゃったわね…」


「そうだな。奇襲は予想していたが…まさか和樹が直々に攻めてくるとは思わなかった」


「本陣に牙門旗を立てた上に黒馗ちゃんまで繋いでたくらいですし〜」


牙門旗を立て、その上、和樹の愛馬までが本陣に居る。


そして圧倒的兵力差にも関わらず、全く乱れぬ指揮系統。


本陣に総大将役である和樹が残っていると予想するのは当然かもしれない。


「…“主導の原則”そして“奇襲の原則”に倣っただけです」


地面に座って演習の反省を行っている彼女達に、和樹は自らも座り込みつつ横槍を入れた。


「…なんだそれは?」


「…まず、主導の原則とは先動・先制によって戦闘の主導権を確保すること。次に、奇襲の原則…これは意外性を伴う行動をする事を言います」


「ふむ…確かに演習で反映されているな。それは戦術か?」


冥琳が汚れた眼鏡のレンズを手巾で拭いつつ和樹に尋ねる。


「えぇ。私達の世界でジョン・フレデリック・チャールズ・フラーという軍人が研究した軍事学の成果です。彼が著作した“The Foundations of the Science of War”という本にも書かれています」


『………???』


スラスラと暗記した事をなんでもないように答える彼だが、彼女達には半分も理解できていない。


「え〜っと…その人が書いた本の名前って…」


「“The Foundations of the Science of War”です」


「…ゴメン。なんて言ってるか全然、判らないわ」


「恥ずかしながら…私もだ」


「私もですぅ〜。…興味はあるんですけど…ハフゥ…」


「もっ申し訳ありません!私も全く…」


「あん?………あぁ、失礼」


ついうっかりと和樹は本の題名を英語で喋っていた事に気付いた。


「あ〜…訳せば“戦争科学の基礎”とでも言いましょうか…」


ジョン・フレデリック・チャールズ・フラー(1878年9月1日-1966年2月10日 最終階級少将)は、イギリス陸軍軍人であり、軍事学者だ。


彼は陸軍戦術の研究に没頭し、機甲戦という戦闘教義の開発で、第二次大戦期にドイツ機甲師団が実施した事で有名な電撃戦の理論を世界で初めて構築した人物である。


「“戦争科学の基礎”…科学とはなんだ?」


「難しい質問ですね…。まぁ掻い摘まめば…我々が着る戦闘服や用いる装備、兵器・武器、そして戦術も全てが科学の発展で作られたモノです」


そう和樹が説明すると、なんとなくは理解できたのか彼女達は頷いた。


科学の発展は戦争のそれに比例し、逆もまた然り、とは実に的を射ている。


鉄の精錬技術の発展は生活の利便を願ったモノではなく、優れた軍馬の蹄鉄や武器を開発する為に。



武器の発展は、人を殺し易くかつ自分の安全をはかる為に。



戦術の発展は、無駄を省きかつ合理的に人を殺戮する為に。



どんなに頑張った所で人間が作り出した科学は、必ず戦争という消費活動に利用される。


「ふむ…興味深い…。手元にあるならば、私に貸してくれないか?」


「それは構いませんが…」


確かに、その本は彼の手元にある。


城で若い武官達に講義する時の為、神への通信専用トランシーバーで注文しているのだから。


それなのに和樹は言葉を濁す。


「どうした?…何か不都合があるなら…」


「いえ…そうではなく…。おそらくは読めないかと」


「…どういう意味だ?」


「私が持っているのは英語で…天の言語で書かれている物なので、恐れながら間違いなく読めません」


「そういう事か…確かにな」


冥琳が苦笑する。


和樹が持っている“戦争科学の基礎”という戦術書の文章は英文で構成されている。


それを渡して、さぁ読め、など無理な話だ。


「…しばらく時間は掛かると思いますが…翻訳しましょう」


「良いのか?」


「えぇ。ですが、時間は掛かります。それはご容赦願いたい」


「無論だ。楽しみにしているぞ」


「うぅ〜!!また冥琳様だけですか〜!!?」


大きな瞳に涙を溜めた穏が冥琳へ抗議するが、逆に彼女は溜め息を零す。


「穏…自分の体質を忘れたか?」


「うぅ〜〜!!そればっかり〜!!冥琳様の意地悪、鬼ぃ〜!!」


これだけ元気なら大丈夫だろう、と彼は判断し、立ち上がると尻についた草と埃を手で払い落とす。


「では、陣地に戻ります。戦後処理もしなければなりませんので」


「そうだな…。こちらも隊を再編し、陣払いもせねば…」


「そうですね…では失礼します。行くぞ」


『はっ!!』


「…って少佐、歩いて行くんですか?」


「あぁ。ヘリには荷物があるからな」


地面に置いた武器を掴んで和樹は自陣へ戻ろうとするが、それを隊員に諫められた。


「駄目じゃないですか。少佐は、今や孫呉の将軍様なんですよ」


「そうですよ、隊長。ヘリに搭乗するなり、騎乗しないと」


「関係ないだろうが。くっちゃべってないで行くぞ」


『…へ〜い』


渋々と衛生兵を除いた部下達がゾロゾロと彼の後をついて行く。


彼等の本音を代弁すれば、楽して帰りたかった、である。



自陣へ戻って行く彼等を見送る彼女達は、相変わらずの仲良さに忍び笑いしてしまう。


「ホント…仲良いわね」


「全くだ。やはり、アレが強さの秘訣なのかも知れんな」


「鍛え上げられた上に、強靭で絶対の絆…ただの上下関係だと、あぁはいかないわ」


「その強さは如何なる敵も跳ね返す…凄いです」


「そうですね〜♪…あら?」


「あらら…こりゃまた凄いわね」


彼女達の視線の先に現れたのは多数の騎馬。


その先頭を駆けるのは黒い体毛をした青毛−和樹の愛馬である黒馗だ。


「馬まで絆で結ばれているって…正に人馬一体ね。…西涼が誇る騎馬隊や五胡とどっちが強いかしらね」


「…さぁな。だが…不思議と負ける事が予想できんよ」


駆け寄ってきた愛馬達に跨がり、自陣へと戻る彼等を彼女達は見送った。


「…官渡で袁紹は事実上、滅びた。曹操が狙うのは…徐州か、益州か…それとも…」


「…この演習結果が実戦で実を結べば良いわね」









日常生活で催涙ガスを浴びたら直ぐに水で洗浄しましょう。


…そんな日常生活があってたまるかWW




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