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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第三部:徒然なる日々
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28

Others side




「……ん?」


黒狼隊駐屯地の見張り台で警戒に当たっていた隊員が双眼鏡のレンズ越しに少数の馬群を視認した。


それも、全ての馬に人間が騎乗している。


双眼鏡の倍率を上げて確認すると、隊員は安心したように溜息を吐いた。


「正門へ。お客様だ。丁重にお出迎えしろ」


<あ?誰だ一体?>


「物凄い美女達さ」


隊員がトランシーバーを使って、駐屯地正門の歩哨に立つ隊員へ通達すると向こうでは小さいながらも歓声が。






「…相変わらず…凄い所よね…此処は」


「そうだな…」


「冥琳…良い加減、機嫌直してよ〜」


「煩いぞ。だいたい雪蓮、貴女は−−」


「あ〜はいはい。小言は後で聞きますよ〜だ」


「雪蓮!!ハァ…もうまったく…」


「冥琳…姉様がいつも済まないな」


「お気になさらず蓮華様。…もう慣れましたので」


そんなやり取りを交わしつつ、騎乗して駐屯地へ来るのは雪蓮、冥琳、蓮華の三人である。


いったい誰が、駐屯地へ行こう、と言い出したのかは…おそらく判る事だろう。


周囲を堀、有刺鉄線で囲まれた駐屯地へ近付いて行く三人の前には簡易ながらも正門(南門)がある。


正門と言っても、駐屯地を囲んでいる堀と有刺鉄線が途切れただけの物であるのだが。


道幅は約6m。


これは駐屯地内部からT-72を野外へ出す為に定めたとか。


その脇には歩哨役の隊員が三人を認め、背負った小銃がズリ落ちないよう、素早く左手でスリングベルトを押さえつつ敬礼した。


「黒狼隊駐屯地へようこそ。隊員一同、歓迎いたします」


「ご苦労様。和樹と将司って居るかしら?屋敷にいなかったんだけど…」


「はっ。二人とも今日はこちらに。案内いたしましょうか?」


「えぇ、お願いするわ」


それに頷いた隊員が付近にいた別の隊員へ声を掛けると気付いた彼等が駆け寄ってくる。


「では、馬をお預かりします」


「宜しくね♪」


彼女達が馬から降りると、隊員達は手綱を取って厩舎へ運んでいく。


「案内は貴方が?」


「いえ。自分はまだ歩哨に立たないとならないので……おっ、曹長〜!!」


江東の茹だるような暑さにもかからわず、戦闘服をきっちりと着こなした上、フードを目深く被った隊員が歩いていた。


その人物へ隊員が声を掛けると、曹長と呼ばれた隊員が駆け寄ってくる。


「軍曹、どうした?」


「三人を隊長達の所へ案内して下さい。俺はまだ当直なんで」


「あぁ判った。では、自分が案内させて頂きます」


「判ったわ。えっと…ぐんそう、だっけ?」


「はっ」


「色々とありがとね」


「いえ。身に余る御言葉であります」


「こちらへどうぞ」


曹長の招きに三人が着いて行った後、軍曹は小さくガッツポーズを取ったそうな。






「久しぶり、と言った方が良いかしら?」


「はっ。寿春城攻略時では色々と失礼を」


「気にしないで良いわ」


曹長の恰好を覚えていた彼女達を代表して雪蓮がそう言うと、彼は僅かに後ろを振り向いて答え、また先行する。


「…ところで、兵の数が少ないように見えるが、どうかしたのか?」


冥琳が視線をあちこちに向けつつ曹長に尋ねた。


実際、彼女達が眼にしている隊員達の姿は疎らだ。


その彼等はテントの前でブーツを磨いていたり、武器のクリーニングをしている。


「皆、好きにやっておりますので。寝ている者も居れば、訓練に汗を流す者、博打をする者…まぁ色々です」


「フン…規律が乱れているのだな?」


曹長の返答に蓮華が鼻を鳴らして侮蔑気味に口を開いた。


それに彼は軽く苦笑してしまう。


「確かに…そう見えてもおかしくはないでしょうね。ただ、ウチは最低限の規律を守れば基本的に自由なのですよ」


「具体的には?」


説明を聞いて、雪蓮が質問すると曹長は顎に手を遣って口を開く。


「そう…ですね。武器の手入れを定期的に、略奪等の行為の禁止、自主訓練を怠らず。…それぐらいですか」


「あら、敬礼っていうのはしなくても良いの?」


「傭兵ですので階級による上下関係は無きに等しいのですが…慣習というか癖というか」


「それでもするんだ?」


「えぇ。元々は正規兵だった連中が殆どなので教練が骨身に染みて抜けないんですよ」


「あぁ、それ判るかも」


「そうだな。習慣のようなモノになると中々、抜けはしない」


「…ちょっと待て、正規兵だったと言ったか?」


疑問に思ったのか蓮華が曹長に尋ねると彼は振り向いた。


「えぇ。それが?」


「それなのに傭兵になるとは…。なにか理由でもあったのか?」


「…う〜ん…」


「…話したくないなら良いわよ?」


「いや…特にそういうのは無いので大丈夫なのですが…そうですねぇ…」



フードによって顔が隠れている為、表情が見えないが曹長は考え込んでいる様子だ。


「…自分の場合、元々は兵士ではなく正確には工作員…細作のようなモノだったんですが、国軍…いえ祖国に裏切られまして。作戦達成の為の捨て駒だというのは理解してたのですが…」


「ほぉ…天にも細作が居るのか」


「それはもうたくさん。…それで、国、家族、階級も捨てて傭兵となったんですが…隊長が率いる部隊に惨敗を…」


「負けたって…戦で?」


「はい。なにしろ大規模な戦闘には縁が無かったモノですから、コテンパン、完膚なきまでに。捕虜になった時は…命を奪われるかと思いましたよ」


「でも、殺されなかったんでしょ」


「ええ。ですが…その代わりに、心を奪われてしまいました」



キザな台詞ではあるが、彼にとっては正にその通りの出来事だったのだから仕方ない。


歩き出して案内を再開すると彼は口を開いた。


「会った瞬間…隊長には逆らっては駄目だと本能的に悟りましたよ…」


「…脅迫観念か?」


「いえ。というよりも…“逆らいたくない”というのが正しいですね。あの人には戦闘技能以外にも人心を掌握する天賦の才がある」


「得難い才能ね…」


「確かに。おそらく、此処の連中は皆、隊長に惚れ込んでますよ。…男に惚れ込むというのも気持ち悪い話ですが…」


僅かに唇を歪めて曹長は苦笑する。


「…黒狼隊の精強さの秘密は連帯感、といった所か…」


「そうかも知れません。小隊以下の戦闘においては個々の練度がモノを言いますが、それ以上となると部隊同士の緻密な連携が重要になってきますので」


「…その言葉、猪の呑んだくれ君主やとある将軍殿にも言ってもらいたいモノだ…」


「いえ、私の考えなど素人の浅知恵ですので…」


「だが…実に的を射ているぞ、軍師になれる才能がある」


「それこそ私には…着きました、隊長達はあちらです」


雪蓮と蓮華は物珍しい物に眼を奪われていた為に二人の会話が聞こえていなかったようだが、曹長が立ち止まった事でやっと気付いたらしい。


「…あれ、なに?」


「隊長と副長はあちらですが…」


「…でも…見えないわよ?」


彼等の視線の先にあるのは黒山の人だかり。


しかも、なにやら歓声をあげている。


「…まぁ、取りあえず行きましょう」


曹長はそう告げて彼女達に先行すると、群がっている隊員達を押し退けて前へ進む。


隊員達も彼に続いている人物達を認め、直ぐに道を譲っている。


やっと人だかりが切れた、その先にある光景を目の当たりにした彼女達は何故、隊員達が歓声をあげているのか納得がいった。


「…鍛練…いえ仕合ね」


人だかりの中心には和樹と将司が。


二人は戦闘服の上着とシャツを脱ぎ、互いにラバー製トレーニングナイフを手にしてのナイフファイトの真っ最中だった。


「…短刀術…ね」


「お判りになりますか?」


「えぇ懐かしいわ〜。私も護身目的で鍛練したから」


「私もだったな。…祭殿のアレは鍛練というよりシゴキだったが…」


「あら…筋が良いって誉められてたじゃない」


「確かに言われたが−−おっ」


冥琳が何かに気付いた瞬間、二人も彼女の視線が向く方向へ視線を向ける。


将司がナイフで和樹の胴体を突こうとしたのが、それを嘲笑うかのように彼は伸び切った将司の腕を掴んで身を半回転し、背後に回り頸動脈を掻き切ろうとする。


だが、それを阻止する為、彼は肘で和樹の脇腹を殴り付けた。


彼の身体が僅かに弛緩した瞬間、身体を沈み込ませ、片腕を和樹の首へ、片足を足に掛け、力任せに引き倒す。


倒した瞬間、和樹に止めを刺そうと将司が躍り掛かるが、彼は受け身を取っており、反動を利用して素早く立ち上がると将司を蹴り飛ばした。


衝撃で後退ると、将司は肺から強制的に押し出された酸素を求めて咳込むが、すぐにナイフを構え直す。


それに呼応して和樹も構え直し、状況は再び膠着状態へ。


歓声は大きくなる一方で、彼女達も場の雰囲気に飲まれ始めた。


ふと、和樹と将司は感じ慣れた気配を訝しむ。


互いに隙を悟られぬよう視線を小刻みに動かして、その気配を探すと、隊員に混じって観戦している雪蓮達を見付けた。


「…よぉ相棒」


「あん?」


「今日は…これぐらいにしようぜ?」


「…あぁ」


ナイフで少しずつ斬り刻まれた証となる黒い墨が二人の身体中に描かれている。


これ以上やっても勝負がつかないと判断したのか二人は構えを解いて歩み寄ると握手をして試合を終了した。


「…今日もドローか」


「どろぉ?」


「引き分け、という意味ですよ」


「あぁ成る程。…ねぇ、これって賭け事やってるの?」


「まぁ…隊長達以外の試合なら金を賭けるんですが…」


「見ての通りで勝負にならないってこと?」


「えぇ…。ちなみに…今日の試合で…」


曹長はスコアボードに眼を遣ると二人の対戦成績を確認する。


「向こう…天からの試合を含め、124戦やって124引き分けですので…」


「うわぁ…」


「もはや神懸かっているな…」


「…………」


対戦成績に唖然とする彼女達であるが、曹長を含めた隊員達にとっては当然の結果の為、試合終了を見届けると疎らながら散って行く。


その中、部下から戦闘服とシャツ、そして汗を拭く為のタオルを手渡された彼等が雪蓮達の下へ近付いて来た。


「申し訳ありません。夢中になっていたモノで気付かず」


軽く頭を下げた和樹は汗と共に身体に描かれた黒墨を拭いながら彼女達に謝罪するが、雪蓮は笑顔で首を横に振る。


「良いの良いの。面白いモノが見れたし……あっ」


「…なにか?」


拭き終わった和樹がシャツを着込んでいると雪蓮が何かに気付いたのか声をあげた。


「顔に墨がついてるわよ」


「おっと…失礼」


試合の最中、頬にナイフが掠めた事を思い出した彼は首に掛けたタオルで顔を拭う。


だが、湿り気が足りなかったのか拭い去る事が出来ず、墨が延びてしまう。


「…取れましたか?」


「全然。…ちょっと待ってね…」


雪蓮は苦笑しながら彼の首に掛かったタオルへ手を伸ばし、その端に唇を寄せると軽く唾液を含ませてから頬を擦った。


『ッ!!?』


「はい、取れたわよ♪」


「申し訳ありませ……あん?」


彼等の周囲から多数の金属同士が擦れる音が響いた。


それは−−銃の初弾装填音。


「隊長…副長…」


怪しげな雰囲気を醸し出す隊員達を代表して、その内の一人が口を開いた。


その口角は僅かに引き攣っている。


「…射撃場の使用許可を…」


「あぁ、別に構わんぞ」


「ありがとうございます…!!!」


「行くぞ野郎共!!」


『応ッ!!!!』


隊員達の様子を察した将司は苦笑しながら口を開いた。


「あんまり、的をボロボロにすんなよ」


『善処します!!!』



余談だが、射撃場の標的は人型のそれである。


射撃演習が終わる頃には“何故か”標的群の頭、心臓、そして股間が集中的に撃ち抜かれていたそうな。






「姉様はもっと慎みを持って下さい!!」


「かったいわね〜。良いじゃないのアレぐらい」


所変わって、此処は指揮所と通信所を兼ねるテントの中。


蓮華は姉の先程の行動に大層、お冠らしいが、当の本人は気にする様子もない。


「…見た事もない道具ばかりだが…この地図は素晴らしいな…」


孫姉妹の一方的な喧嘩を仲裁する事なく冥琳は机に広げられた地図に見入ってしまっている。


それは建業を含めた揚州一帯の地図だが、この世界で使われるそれとは比べ物にならぬ程の精度の為に彼女は溜息を吐いた。


「…将司、この線はなんだ?」


「どれで…あぁ。これは等高線ですね。地形の起伏を示す為に描かれています」


それの詳しい説明をすると彼女は感心する。


「この地図だけで、より優位に立てる策が練られるな…」


「…少し、戦や政務を頭から切り離されては?このままだと過労で倒れます」


「…自覚はしてるのだがな…」


将司が彼女の様子に苦笑していると、テントに和樹が入ってきた。


彼女達がいる為、中では煙草が吸えないから外で吸っていたのだ。


「遅れて申し訳ない。…何か、お飲みになりますか?」


「あっうん!何があるの?」


「姉様、少しは話を聞いて下さい!!」


「煩いわね〜。蓮華は少し黙ってなさい。で和樹、どんなのがあるの?」


「水とソーダ…あ〜炭酸水が」


「たんさんすい?う〜ん…気になるけど…お酒は?」


「ありますが…昼間ですので自重を」


「ブー!!和樹もかったいな〜。じゃあ、たんさんすい、とかで良いわよ」


そっぽを向きつつ注文する彼女に彼は苦笑するが、それを引っ込めて蓮華に視線を向ける。


「仲謀殿は?」


「…水で良い」


「かしこまりました。…公瑾殿は如何か?」


「んっ?あぁ、私は…そうだな…雪蓮と同じ物で良い」


「了解しました。…だそうだ」


「はっ。すぐにお持ちします」


和樹がテントの外にいた部下へ声を掛けると、走り去る足音が。


「…ところで今日は何用ですか?」


将司に首を掴まれた際に少しちがえたのか、そこを回しながら和樹は椅子に腰掛けた。


駐屯地なら問題ないと判断したからだろう。


座るよう勧めると、彼女達はそれに従って椅子へ腰掛けた。


「う〜ん…用事は特にないかなぁ」


「…は?」


「強いて言えば…蓮華と仲良くなってもらいたくて♪」


唐突な事に和樹と将司は呆気に取られた。


「ほら、この子ったらいつまでも和樹や将司達の事“傭兵”とか“貴様”とかで呼んでるでしょ?いくらなんでも酷いな〜と思って」


「姉様!!」


「いえ…別に気になさらなくとも…」


「慣れてますので。人間扱いされるだけで満足です」


「…人間扱い、だと?」


気になる単語を耳にした蓮華が怒気を収めて彼等に問い掛ける。


「……あ〜なんというか…」


「…狗だの捨て駒だのと呼ばれた経験がありますので…」


彼等にしてみれば、蓮華の方が余程マシらしい。


最低限ではあるが、人間扱いされているからだろう。


「二人とも蓮華に問題あるとは思わないの?」


「…特には…」


「右に同じく」


「ハァ…埒があかないわね。…もう蓮華、なんで黒狼隊の皆を“傭兵”って蔑むの?」


「蔑むなんて…私はそんなつもりは!!」


「でも…端から見てると、そうとしか思えないのよ。何が不満なの?」


「…………」


「私達が真名を許したから?それとも袁術を追い出す時に類い稀な活躍をしたからひがんでるの?」


「違います…」


「なら、ちゃんとした理由を話しなさい。…次代の呉王が人を差別するなんて器量が知れるわ」


「!!?」


「「………」」


姉妹の会話に居心地が悪くなってきた二人は彼女達に眼を合わせないよう視線を動かす。


「……私は」


「失礼しま……お邪魔でしたか?」


蓮華が口を開いた瞬間、テントの布扉を開けて隊員が入ってきた。


その手にはトレイに乗せた飲み物とグラスが。


「いや大丈夫だ」


「では、此処に置きますので」


「判った。…多くないか?」


「あぁ。姐御もこちらに来るそうですので」


「…華雄が?」


「えぇ。…自分はこれで失礼します。何かあれば御呼び下さい」


和樹と将司へ敬礼すると隊員はテントの外へ出て行った。


それを見送ると和樹は立ち上がり、飲み物の準備をする。


「グラス…あぁ盃はお使いになりますか?」


「えぇ頼むわ…って、それも玻璃!!?」


投げやりに頼んだ雪蓮だが、和樹が注ぐグラスとビンを見て驚愕する。


他の二人も釣られて見て同様の反応を示した。


彼女の言う玻璃とは、此処ではガラスの事である。


三国時代にも遠くシルクロードを通ってガラスが伝来し、その製造方法も伝わっていたという。


また、一説では葡萄酒−ワインも伝わっていたとか。


現代でこそ、ガラスは安価な物であるが、この時代においては宝石と同様の価値がある為、彼女達が驚くのも無理はないだろう。


「…この前、貰ったお酒の瓶も玻璃で出来てたわよね?」


「えぇ。それが?」


ラムのボトルの事だろうと思いつつ和樹は彼女達の飲み物をグラスに注ぐ作業を続ける。


「それがって…。良いの?高くない?」


「別に壊そうが割ろうが構いやしません。いくらでも…まぁ数に限りはありますが、それなりに置いてあるので。…どうぞ」


「あっありがとう…」


差し出されたグラスをおっかなびっくりに雪蓮が掴むと、和樹は次々に残りのグラスを彼女達に手渡した。


「じゃあ…頂きます…」


「…馳走になる」


「…ん…これは…まさか氷か!!?」


「…いちいち驚かないで頂きたい。心臓に悪いので」


「…ううっ煩い!!」


羞恥で顔を紅潮させた蓮華が水を啜ると、予想以上の冷たさに顔をしかめさせた。


冷蔵庫に入れて冷やしたうえ、氷を浮かべたのだから当然ではあるが。


「…随分と冷たいのだな…」


「えぇ冷やしてますので」


「「…ッ!!?」」


「…どうかなさいましたか?」


「なっなにこれピリピリするんだけど…」


「…毒、ではないようだが」


「…お口に合いませんでしたか?」


「ううん。甘くて美味しいわ。…ちょっとビックリしただけ」


ソーダを口にした二人が炭酸の刺激に驚いた為に将司は心配したが、どうやら杞憂であったらしい。


「邪魔するぞ。…なんだ、お主達も来てたのか」


「あら華雄じゃない。どうしたの?」


「我が隊の調練でな。やはり、戦がなくて鈍っているらしい」


華雄が椅子に腰掛け、封が切られたソーダを飲み始めた。


最近、彼女はこれが気に入ってしまい駐屯地では好んで飲んでいるのだ。


「…戦、か…」


「ケフ…どうしたのだ?」


品悪く−炭酸だから仕方ないが、軽くゲップをした彼女は、何やら含みのある発言をした冥琳へ視線を向けた。


「…袁紹によって公孫賛が滅ぼされた」


彼女の言葉で和樹達は声と表情にこそ出さなかったが、やはり驚いた。


あまりにも二人が知る歴史に比べ、その進行速度が早いのだ。


机に広げられた揚州一帯の地図の下敷きとなっている中国全域の地図を将司が引きずり出すと、それの上に広げた。


「河北は袁紹が平らげた。…もはや後顧の憂いは無くなった、と見て間違いないですな」


和樹はそう考察すると、ペンで公孫賛の名前を塗り潰した。


「あぁ。北を制圧すれば背後を気にする必要がないからな。東には海が広がり侵攻する意味はない。となれば、南か西に進撃するだろう」


「報告はいつ頃?」


「今朝だ。公孫賛の軍勢は抵抗らしい抵抗が出来なかったらしい」


「流石に袁紹もそこまで馬鹿じゃなかった、って事よ」


「野戦に持ち込まず進軍速度を重視し、一気呵成に攻め込んだ、という所ですかね」


公孫賛の異名は白馬長史。


精強な騎兵隊を持ち、それで異民族を撃退した事で有名な彼女が得意とするのは野戦。


袁紹軍からすれば相手が土俵に立つ事を防ぐ為に宣戦布告なしに攻め込んだのだ。


もっとも公孫賛が敗北した最大の理由は彼女の油断なのであるが。


「ともかく…これで袁紹は大陸でも最大級の勢力となったわ」


「次に狙うのは…」


「曹操でしょうね」


断言する雪蓮に全員が視線を向ける。


「何故、そこまで……」


「う〜ん、なんとなくなんだけどね。反董卓連合は勝利に終わったのに袁紹は自分が望んでいた“大きな物”は手に入れられなかったじゃない?」


「洛陽か…それに近い物…権限等の事ですか?」


「そ−そ−。だ・か・ら、自分で手に入れようと思ったんでしょう。冥琳はどう思う?」


「はぁ…軍師の仕事を奪わんでくれ。…あぁ大体、それで合っているよ」


溜息を吐き出した冥琳は眼鏡の位置を直すと、机上に広げられた地図を俯瞰する。


「単純な事だが、袁紹の南には曹操、西には剽悍で名高い涼州がある。攻め落とすなら北方と考えるのは、さほど難しい事ではない」


「なるほど…。となると、やはり袁紹が次に進むのは…南」


「だろうよ。たぶん袁紹は権力の中枢を狙ってる。そんな奴がわざわざ回り道はしないだろうぜ。…反董卓連合の時も、泗水関を攻めやがったくらいだ」


「…この部隊は軍師揃いか…?」


「なにか?」


率直な感想を呟いた冥琳に和樹と将司が視線を向ける。


「いや…なんでもない。軍師要らずの部隊だと思っただけだ」


「「……?」」


その言葉に何の事やらと二人は疑問に思うが、尋ねるのも面倒だったのか口を閉ざす。


「…まぁ、それはともかく、いよいよもって乱世の様相を呈して来たな」


「えぇ。来るモノが来たって感じね。まぁ、北で曹操と袁紹が互いに潰し合ってくれるのは助かるわ。こっちは、その間に地盤固めが出来るし」


そう言い終わった雪蓮は意味ありげに二人へ視線を向けた。


「それでなんだけど、黒狼隊に命を下すわ」


特に来た理由は無い、と言っていたのだが…、と和樹と将司は考えたが、それを頭から追い出すと椅子から立ち上がり、直立不動の姿勢をとる。


「思春が袁術の息がかかった豪族討伐に行ってるのは知ってるわよね?」


「はっ。存じております」


「支城の攻略は済んだらしいが、本城の制圧に手間取っているらしい。援軍を送ってくれと、伝令が来たのだ」


「味方と敵の兵力は?」


「こっちが1万で向こうは8千よ」


思春が敵対する豪族の討伐へ向かったのは一週間前のこと。


充分な兵力、兵糧を有して向かったのだが、最後の最後で王手を決められずにいるらしい。


「そこで黒狼隊の出番な訳。思春が包囲している…この本城へ進軍し、攻略の手伝いをして欲しいの。大丈夫かしら?」


雪蓮が下敷きとなった揚州一帯の地図を引きずり出して、その一点を指差す。


そこへ向かい、和樹は建業からの直線距離を計る為、定規とペンを使い、線を引いた。


「…大丈夫ですね。了解しました」


「華雄隊を連れて行っても?」


「えぇ構わないわ」


「それで出撃はいつ頃に?」


「出陣は明日払暁よ」


「…随分とゆっくりで…」


「えっ…どういう意味?」


疑問に思った彼女達を代表して雪蓮が問い掛ける。


どんな軍でも出陣に至るまでは、兵力および兵種調整、兵糧の確保、等々が必要となり自然と時間も掛かる。


彼等の言葉を深読みすると、かなり速く出撃できる、という事だ。


「…ちなみに聞くけど…どれくらいの時間で出陣できるの?」


「30分…四半刻もあれば充分ですが…どうします?」


「…いや…そこまで速くなくても良い。苦戦はしているようだが、壊滅の危機があるという訳ではない」


彼女達は内心、驚いているが和樹達にとっては普通のこと。


黒狼隊が売りにしているのは部隊展開の速さ、つまりは機動力である。


出動要請から準備を済ませて出撃するまで30分を切るのだから、この時代の用兵を考えると正に神速だろう。


霞あたりが聞いたら対抗意識を抱きかねないだろうが。


「華雄は部隊に出陣の準備を命令してくれ」


「…あの進軍速度に着いて行くのは骨が折れるんだが…」


「戦いたいんだろ?」


「…はぁ…あぁ判ったわかったよ」


溜息混じりに了承した華雄は部隊へ命令を下す為、テントを後にする。


「大尉」


「はっ」


将司への呼称が階級となり、彼は和樹に向かって直立不動の姿勢をとる。


「出撃の用意を。内訳は第一小隊30名、ヘリを二機。俺が指揮を執る」


「戦車は?」


「要らん。最短距離で向かう。携行食糧を…四日分、持たせろ」


「武装は?」


「ヘリは通常通り。隊員へは…拠点攻撃および制圧の装備を」


「了解、伝えます」


将司が和樹へ軽く敬礼すると、彼は通信機器が置かれた机に近付き、その中にあるマイクを掴み、スイッチを入れる。


「副長より達する」


伝達が始まったと同時にスピーカーを通じて、駐屯地全てに彼の声が響く。


「明日0500時をもって第一小隊は出撃。ヘリ01、02も同じく出撃。武装は拠点攻撃、制圧用。ヘリについては通常通り。携行食糧は四日分を。小隊長、各分隊長、および各パイロットは至急、指揮所へ集合せよ。終わり」






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