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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第三部:徒然なる日々
29/145

25



拠点イベントっす。



11.7.7 誤字報告があり訂正。





今日も今日で書類仕事。



戦がない時期は武官とはいえ書類仕事は必須だというのは判っていた。


判っていたつもりだが…流石に疲れる。


というよりも俺はデスクワークに向かない人間だというのは自身が重々と承知している。



小脇に抱えた竹簡を持って城の廊下を進んでいると目的地に到着した。


ここは自分達の主である女性の執務室だ。


その扉を数回、軽くノックする。


「韓狼牙です。決裁した書類を持って参りました」


書類等を届ける先は殆どの場合、軍師である公瑾殿の執務室だが、この竹簡に書き記されている内容はどうみても王たる彼女が眼を通すべき物だ。


…まぁ語弊が生じるが、それほど深刻な内容ではない。


ノックしてから小脇に抱えた竹簡を手に持つと、被っていた軍帽を脇に挟み、返事がくるのを待つ。


待つのだが……。


待てど暮らせど、返事がこない。


再び、軽くノックをする。


「韓狼牙です。…伯符殿、いらっしゃいますか?」


もう一度、来訪を伝えるが…やはり返事がない。


ついでに言えば…人の気配もない。


「…失礼します」


万が一、という事もある為、扉を開けると入室する。


「…ハァ…」


溜息が零れた。


書きかけの書類に、山と積まれた書類。


そして開け放たれた窓。


…小用かとも推察できるが、腕時計の針は既に昼前を指している。


この時間帯になっても、決裁済みの書類は数枚だけしか出来上がっていない。


つまりは……


「逃げたな…」


彼女が脱走の常習犯である事は、この城で働く諸官にとって周知の事だ。


だが…それでもTPOは考えてもらいたい。


文句を垂れても仕方ないので、持っていた書簡を机の上に置いて執務室から退室する。


扉を閉めて元来た道を歩いていき曲がり角に差し掛かると、向こうから文官調の官服を纏った老人二人が歩いてくる。


道を譲って軽く礼をすると、そのまま歩き出すが。


「少し待て」


…そうは問屋が降ろさんか。


「はっ。なんでしょうか」


溜息を心中で吐き出し、振り向くと気を付けの姿勢を取る。


…ジロジロとなめ回すように見るのは止めて欲しい。


俺には、そんな趣味はないのだから。


「おぉ、何処かで見た事があると思ったら傭兵ではないか」


「本当ですな。あぁ臭い臭い、血の臭いがする」


血の臭いねぇ…。


「おや、お判りになりますか?」


「当たり前ではないか。その身体から滲む血と死臭…おおっ、気持ち悪くなってきた」


「孫策様も戦好きとはいえ、このような傭兵を臣下の末席に加えるとは、物好きな事だ」


「えぇ全くですな。伯符様のように聡明な方が厭味ったらしい老臣を臣下に加えているなど…っと失礼、口が滑りました」


「きっ貴様、誰に向かって!!」


「いや申し訳ない。誰、という事はないのですが…。おっと、用事を思い出しましたので、これにて失礼を」


言われ放しはどうも性に合わなかった為に、ささやかな抵抗を返して、そそくさと場を離れた。



…しかし、絡まれる頻度が多い。


殆どは老臣連中なのだが、年寄りの特徴なのかネチネチと延々と誹謗を言ってくるのが気にくわん。


言いたい事があるなら、簡潔で判りやすくすれば良いのに。


一直線の通路の突き当たりを曲がると、見知った人物達が視界に飛び込んできた。


「おう、和樹か」


「ヤッホ−和樹!!」


「あぁどうも公覆殿、尚香殿」


近付いてくるのは宿将の黄公覆と伯符殿の妹である孫尚香、真名を小蓮。


…何故か尚香殿は白虎とパンダを従えているが、城内なのに大丈夫なのだろうか。


「ブー。なんで和樹ってばシャオのこと真名で呼んでくれないの〜?」


「…以前にも言ったでしょう。上下関係を明確にしておきたいだけです」


「そう言って本当は真名を忘れただけなんでしょ−?」


「まさか…」


「じゃあ、シャオの真名は?」


「小蓮殿」


「姉様のは?」


「…どちらの?」


「一番上の」


「雪蓮殿ですね」


「じゃあ二番目のお姉ちゃんのは?」


「…まだ預かっていませんので言えません」


大体の方々からは真名を預かったが、仲謀殿と興覇殿のそれはまだだ。


「おや、まだじゃったのか?」


「えぇ」


「まぁ…真名を預けるかどうかは、その人間の判断じゃからな」


「そうですね」


「では…儂の真名は言えるかの?」


…まさか公覆殿まで乗ってくるとは。


確か…尚香殿は彼女に師事していると聞いているが、師がこれなら生徒もこうなるのか…。


「…祭殿、ですよね」


「応。小蓮様の申す通り、忘れているのではとヒヤヒヤしたぞ」


「これでも記憶力には自信がありますので…」


「そうかそうか……」


なにやら笑顔を貼付け、頷きながら公覆殿が顔を近付けてくる。


「…あまり気を落とすでないぞ?」


耳元で囁かれた事に何を言いたいか合点がいった。


「…見ておられたので?」


「見たくなくとも、耳には入る。…気を落とすでないぞ?」


「ご安心を。慣れておりますので」


「そうか…うむ…」


満足がいったのか彼女は顔を離した。


「ちょっと祭、和樹となに話してたのよ〜?」


「いやなに…大人同士の会話という奴じゃ」


「なにそれ〜。シャオ、気になる〜」


「ハハハッ!!小蓮様には教えられませんなぁ」


「ブー!!」


長姉のような仕草で頬を膨らませる尚香殿に苦笑が零れてしまう。


「では、私はこれで失礼させて頂きます」


「え〜行っちゃうの〜?」


「駄々を捏ねなさるな。…あぁ、将司から伝言があったのを忘れておった」


「…アイツが何か?」


「“飯に行ってくる”だそうじゃ」


…またか。


全く…美女、美少女な二人を侍らせて昼食とは。


「確かに聞きました。お手数を」


「構わん構わん。では、な」


「バイバイ和樹。周々、善々、行こ」


彼女達と白虎、パンダを見送り、再び歩き出す。



執務室への道程を進んでいると、ふと口寂さを覚えた。


少し歩けば中庭に辿り着く事を思い出し、目的地を変更して歩み始める。



そこに辿り着くと、ちょうど良い事に誰もいない。


被っていた軍帽を小脇に挟み、コートのポケットを捜すと目当ての物を取り出し、煙草を咥えて火を点ける。


数時間ぶりに紫煙を肺へ送り込み、それを吐き出すと違和感に気付いた。


煙草の味ではなく…人の気配だ。


中庭には誰もいない。


なのに人の気配と視線を感じる。


「ハァイ、かっずき〜♪」


この声は……。


「どこ見てるの〜?ここよ、ここ♪」


声がする方向へ視線を向けると……


「ハァ〜イ♪」


…自分の一応の主君が、昼間から酒盛りをしているのを目撃した。


しかも、木の太い枝に腰掛けたままの状態で盃を傾けている。


「…何をなさっているので?」


煙草の火を指で押し潰すと、手入れのされた灌木を掻き分けて、彼女の下へ向かうと口頭一番にそう切り出した。


「なにしてるように見える〜?」


「…私の目には酒盛りをしているように見えます」


「正解♪コク…コク…プハァ、あ〜美味し」


美味そうに唇を舐める彼女に溜息が。


「和樹もどう?」


「遠慮させて頂きます」


「ブー。付き合い悪いなぁ」


彼女の妹と同じく頬を膨らませ、不服を表現している。


それに苦笑すると、風向きを確認する。


…伯符殿とは逆方向へ流れているな。


それを認めて、消したばかりの煙草へジッポの火を点けると紫煙を吐き出した。


「ウワ〜!和樹、それなに?」


声を掛けられ彼女へ視線を向けると、それは手元にあるジッポへ注がれていた。


軽くそれを掲げて見せると伯符殿は身を乗り出しつつ眼を輝かせて頷く。


「ねぇねぇ、それなに?」


「ジッポですよ」


「じっぽ?」


「ライターとも言いますがね」


「らいたぁ?…とにかくそれなに?火が点いたみたいだけど」


問われ、ジッポの上蓋を特徴とも言える独特の金属音を響かせて開けると、フリントホイールを回転させて火を点ける。


「凄いすご〜い!!ねぇねぇ貸して触らせて」


まるで子供だ、と思いながら上蓋を閉じて消火すると彼女へ向かって放り投げた。


それを掴んだ彼女は、俺がしたように上蓋を開けて火を点けると歓声をあげた。


「すっご〜い!!天の世界には、こんな道具が普通にあるの?」


「えぇ、普及してますよ。まぁ…普段から使っているのは私みたいに煙草を吸う人間ぐらいですね」


「たばこって…和樹が咥えてるそれよね?美味しいの?」


「美味いです。…私からすれば」


喫煙者の大半はそう答えると思うのだが。


「ちょっとだけ吸わせて?」


「駄目です」


「なんでよぉ?」


「健康に悪い上、寿命が縮みます」


一本を吸うだけで寿命は約5分30秒ほど縮むという。


それを考えると一箱20本入りでは寿命が約110分縮む計算になる。


…となると…これまで吸ってきた本数を計算したら、俺は寿命を何時間、いや何日、…それとも何年を自ら縮めたのか。


「寿命が縮むって…じゃあなんで吸ってるの?」


「好きなのと…気分転換が吸う理由ですかね」


「…ほどほどにしてね?」


「…善処します」


とは言うものの、ヘビースモーカーがそう宣言しても何の説得力もないな。


昼間っから酒盛りを始めている御仁が酒好きなのと同義だろう。


彼女が枝の上からジッポを放り投げたのを受け取ると、それをポケットに捩込み紫煙を吐き出した。


「ねぇ和樹」


「はい?」


「天の世界にもお酒はあるの?」


「…もちろんありますが…それがどうか?」


「ホントに?じゃあ、どんな種類があるの?」


興味津々という感じで伯符殿が身を乗り出して尋ねてくる。


「…危ないですよ」


「へ−きよ平気♪それで、どんな種類があるの?」


人の忠告には従う…とまではいかなくても、聞く耳は持った方が良いと思うのだが…。


「蒸留酒で挙げれば…アクアビット、ラム、アルヒ、ウイスキー、ウォッカ、スピリタス、カシャッサ、キルシュヴァッサー、コルン…ですかね」


「…えっと…何を言ってるか半分も判らなかったんだけど…。取り敢えず蒸留酒ってなに?」


…まずはそこからか…。


溜息と一緒に紫煙を吐き出すと、彼女が持っている盃を指差した。


「お呑みになっているのは何ですか?」


「んっ白酒だけど……呑みたい?」


「いえ結構。とにかく、その白酒も蒸留酒に分類されます。…まぁ蒸留酒という物自体、原料や製法にも地域によって違いが出てきますが…大体は白酒の製法と似ていますかね」


一息に説明を終えると咥えている煙草を指で挟み、口から外すと紫煙を吐き出した。


「あ〜なるほど。…美味しいの?」


「生憎と呑めれば良いので味は気にしてません」


「…それじゃあ、キツい?」


「…どうでしょうね。私は普通に水割りしないで呑んでますが、酔った事はありません」


「身体が、カァーッ!!となったりとかは?」


「…まぁ熱いですね。度数は高いので。寒さしのぎにはちょうど良い具合ですよ」


もっとも北極圏が近いロシアでウォッカが呑まれているのは、それが理由のひとつだったりするのだが。


「ジュル…想像しただけで涎が…」


「…今度、持ってきましょうか?」


「えっ良いの!!?」


「ラムがありますので、一本だけですが譲りましょう」


「え〜!?もっと頂戴よ」


「…おそらく…一本、呑めば酔いが回ります」


あぁ…そういえば、日本で泥酔する事をグロッキーというが、正確にはグロッギーが訛ったもの。


そしてグロッギー(泥酔)の元になったのは、グロック・ラムだったな。


…水割りの事を言うのだが。


「フフッ、ちょっと楽しみになってきちゃった。…あっ、そうだ!!」


「なにか?」


「さっき言ってたお酒って此処でも作れない?」


顎に手を遣って考えるが…無理だろう。


原料などは手に入るかもしれないが、製法は知識として知っているのみで実践した経験はない。


「…無理ですね」


「え〜なんでよぉ!!?」


「無理なモノは無理です。知識としては知っていても経験した事がないので…って暴れないで下さい」


「ブーブー!!!」


定番となってしまった頬を膨らませ駄々をこねつつ腕を振るっている彼女へ注意するが、まったく聞いていない。


溜息を吐き出そうとするが、何かが接近してくる気配を感じた。


そして微かな風切り音が耳を打つ。


視線を巡らして飛んでくる何かを確認すると、弾道は伯符殿に向かっている。


一足飛びで跳躍し彼女の眼前へ踊り出ると、腰の愛刀を抜いて、それを叩き落とした。


「ちょっ、いきなりどうしたの!!?」


俺の行動に焦ったのか伯符殿が問い掛けてくる。


それには答えず、着地すると愛刀の切っ先を灌木の向こうにある発射点へむける。


そして揺れ動く灌木の向こうから姿を現した人物を認めると愛刀を鞘に納めた。


「や〜っと見付けたぞ…」


「あっ…ははは…冥琳…」


姿を現したのは公瑾殿。


地面に視線を向ければ…飛んできたのは巻物だった。


軽く一礼して道を空けると、彼女は伯符殿が腰掛けている枝の真下まで歩み寄っていく。


「執務室から逃げ出したと思ったら…こんな所で酒盛りとはなぁ…」


「あはははっ……あっあのね冥琳、これには事情があって…」


「ほぅ…事情とな…?」


…絶対零度の雰囲気は久しぶりだな。


公瑾殿が醸し出す雰囲気は…ブリザードも真っ青だろう。


煙草を携帯灰皿に放り込み、場を離れようとしたが、それを止めるように誰かが俺の背中に張り付いて方向転換させた。


…真っ正面には公瑾殿…そして俺の背後にいるのは…伯符殿だろう。


というか人を盾にしないで頂きたい。


「和樹がね〜どうしても呑めって煩くて〜」


「…ほぅ…」


…公瑾殿、そう私を睨まないで頂きたい…いや、おそらく背後の伯符殿を睨んでいるのだろうが…。


「それは本当か和樹?」


「いえ、事実無根の冤罪です」


「キ−ッ!!和樹、私のこと売るつもり!!?」


「…人聞きの悪い。そもそも酒盛りをやっていたのは」


「…それ以上、言ったら…判ってるでしょうね…?」


低い声で恫喝しないでほしい。


ふむ…だが、そうくるならば…。


「…ならば、先程の約束は白紙にするという事で宜しいですね…?」


「……ッ!!?」


他愛もないが、彼女にとっては重要な事だろう。


「…さぁ…如何します…?」


小声で背後に問い掛けると、彼女は予想通り悩みに悩んでいる様子だ。


そして結論が出たのか、やけっぱち気味に叫ぶ。


「あ〜もう!!…判ったわよぉ…。書簡の処理もする、落款が必要ならいくらでも押すわよぉ…」


「それは結構な事だ。やれやれ…。和樹も面倒を掛けたな」


「いえ、お気になさらず」


「そうよ〜。和樹なんて何も−キャン!?」


「どの口が言うか。和樹の方がお前よりも仕事熱心だぞ」


「判ったわかったから耳引っ張らないでよ〜!!」


…なんとも微笑ましいやり取りをしながら彼女達が去って行くのを見送ると、腕時計の針へ眼を落とす。


…少し話し過ぎたか。


そろそろ午後の仕事が始まるのを確認して、俺も執務室へ向かって歩き出した。







その後、約束通りに伯符殿へバカルディをボトル一本、渡したが開封の仕方が判らないとの事で屋敷に使者が来たのは…まぁ余談だろう。






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