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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第三部:徒然なる日々
27/145

24



“連帯責任”にするか“総員罰直”にするかでウンウン悩みました。


まぁ意味は同じなんですけどね。



そんな訳で…将司達によるフ〇メタルジ〇ケット、は〜じ〜ま〜る〜よ〜。







Others side






建業城内部にある会議室は俄かに騒がしい。



会議をしているならば意見の応酬が交わされるのだが、その騒がしさとは毛色が違う。



設置された幾多の長椅子に腰掛けているのは若い武官達が主だ。


「今日の講義ってアレだろ?」


「あぁ。韓甲将軍が戦術とかの講義をするらしいぜ」


「でも、あの人って元は傭兵だろ?」


「しかも反董卓連合の時は董卓軍の客将だったんだぜ」


「…元は敵の将軍に教えてもらうなんてなぁ…」


「それならまだ良いさ。傭兵だぜ?」


「どんな戦術を知っているのか…たかが知れてるってモンだ」


顔見知りの武官達が口々に講義の内容を予想する中、部屋の後ろから数人の女性達が扉を開けて入ってくる。


「…随分と集まったのね」


「蓮華様、あちらに席が空いております」


「あぁ済まないな思春」


「いえ」


「うわぁ…」


「どうしたのですか亞莎?」


「いえ…人が一杯だなぁと思っただけですよ明命」


入室してきたのは蓮華、思春、明命、そして亞莎。


いずれも次世代の呉を背負って立つ役割を持った者達だ。


空いていた席に座ると、彼女達に気付いた武官達が一斉に立ち上がり礼をしたが、それを蓮華はやんわりと手で制した。


武官達が座ると再び会議室が騒がしくなってくる。


「それにしても遅いな…」


「朝に和樹様に会いましたが、なにを話せば良いか考えているみたいでしたよ」


蓮華の訝しむ声を聞いた亞莎が同僚の様子を彼女に伝える。


「私も登城する将司様達を案内したのですが…かなりウキウキしてました」


将司を含めた黒狼隊の隊員達を護衛を名目に城へと案内した明命が続いて答えた。


「何を話すかを…。戦術の講義なんだ、それを話せば良いだろうに」


「それはそうなんですが…。聞いてみたら『私が教えられる事なんて軍師達に比べたらお粗末なモノ』だと…」


「だろうな。…傭兵の分際で姉様に取り入ろうとするからだ。…真名を預けられたくらいで良い気になるとは…」


「和樹様はそんな卑しい人じゃありません!!いつも仏頂面ですけど、とても優しい人です!!」


「亞莎、口が過ぎるぞ」


「もっ申し訳ありません、言い過ぎました!!」


「いや…構わない。私も少し言い過ぎた」


亞莎の和樹に対する評価は何気にキツいようだ。


「済みませ〜ん遅れました〜」


間延びした声と共に会議室後部の扉が開け放たれる。


転がり込んできたのは軍師である穏だ。


「穏、遅かった……なんだ、その荷物は?」


蓮華が呆気に取られながらも問い掛ける。


穏が抱えているのは白紙となっている巻物、竹筒、硯、墨、そして筆だ。


「はぁい。和樹さんが講義するという事で、私が知らない知識を貪欲に吸収しようと思いまして〜。…あぁ…想像しただけで体が熱く…」


「そっそうか…」


悶え始めた穏に彼女達は若干、引いてしまうが、当の本人は気にするそぶりもなく長椅子に腰掛けると猛然と墨汁を作りはじめる。



しばらく待っていると会議室前部の扉が開かれ、一人の男性が入ってくる。


ブレザータイプの黒い軍服に軍帽を身につけた彼の服には少尉の階級章が輝いている。


「あと少しで少佐…失礼、将軍が参られます。今しばらくお待ち下さい」


随分と長い間、和樹の事を少佐と呼んでいたのだから将軍と呼ぶのに慣れていないのは仕方ない。


もっとも、この時代では一軍ないし部隊を預かる者は総じて将軍と呼称される為、正式な階級ではないのだが。


少尉が軍帽を脇に挟み、扉の前で立っていると数回のノックがされた。


扉を開いて招き入れると少尉は入ってきた人物に敬礼する。


入室してきたのは少尉同様の恰好をした和樹である。


二本の愛刀を腰に佩刀(この場合は背中側に柄がくるように)した彼は武官達が座っている長椅子の正面に置かれた卓に近付くと被っていた軍帽をそこに置いた。


「総員起立、礼!」


扉を閉めた少尉が武官達に号令すると彼等はその通りに行動した。


和樹が入室するまで世間話が席巻していた会議室は、彼が入ってきた時点で水を打ったように静まり返っている。


さながら、騒がしい生徒達が教師が教室に入ってくると何事も無かったかのように振る舞うのと似ているかもしれないが、それとは違う。


空気が変わった。


それが正しいだろう。


「僭越ながら今回、諸官らの講義をするようにと命を受けた韓狼牙だ」


そう自己紹介した彼は会議室後方の長椅子に座っていた蓮華達に気付き、軽く一礼する。


「講義は私が知っている戦術・戦法を諸官らに教授せよ、との達しではあったが…今回は無しとする」


その言葉に集まった武官達は声には出さないものの訝しむ。


「今回の講義…と言って良いかは判らないが、ひとつだけ諸官らに問いたい事がある」


その言葉に武官達には疑問符が。


「諸官らは、武官…それも隊長級の職務に就いていると聞いている。そんな諸官らに聞きたい。“指揮官とは何か”についてだ」


いきなりの質問に武官達がざわめき出すが、和樹は構わず一人の武官を指名する。


「そこの貴方…そう貴方だ、名前は?」


若い武官が名乗ると和樹は満足したように頷いた。


「よし。では聞こう。“指揮官とは何か”」


「配下の兵をよく統率する者だと考えます」


「成る程…。ありがとう、座って構わない」


武官が腰掛けると彼は新たに指名し、再び名前を聞いた。


「では尋ねよう。“指揮官とは何か”」


「はっ。勝利の為に努力する者だと」


「…判った、座ってくれ」


そうして次々と武官を指名し、各々の意見を聞いた和樹は心持ち姿勢を正した。


「…諸官らの考えはよく判った。では最後に…少尉」


「はっ!!」


扉の前で休めの姿勢を取っていた彼は素早い動きで気を付けの姿勢となる。


「“指揮官とは何か”」


「はっ。“道具”であります」


「…それは俺の持論だぞ?」


「いえ感銘を受けましたので」


そう言って少尉は再び休めの姿勢へ戻った。


「今までの質問は特に意味はない。ただ諸官らの考えを知りたかっただけなのだ」


少し疲れてきたのか和樹は両腕を背中に回して休めの姿勢を取った。


「予想通り、様々な意見が出た。どれも正解で指揮官が目指すべき境地だと思う。

だが、私から言わせれば、そんなモノは二の次、三の次だ。

では、“指揮官とは何か”。

私の答えは…“道具”だ」


先程の少尉が出した答えと全く同様のそれに武官達がざわめき出した。


無理もないだろう。


予想外にも程がある答えを言われたのだから。


「勘違いしないでもらいたいのは、私が言ったのは“答えのひとつ”であって、それが正解ではないという事だ。


話を戻そう。


“指揮官は道具である”


これは私の持論だ。


指揮官の役目は部下達を統率し、与えられた任務の達成に全力を尽くすこと。


正しくそれが指揮官なのだろう。


だが、それを完璧に行える指揮官がどれほど居るか…。


もし万が一、この中にそんな者が居るならば遠慮なく挙手して貰いたい。


是非とも私に代わって講義して頂きたい」


その問い掛けに挙手する者は誰ひとりとして居なかった。


「また脱線してしまったな。



私が戦場で心砕くのは保身よりも部下達だ。


私に命を預けてくれる部下達、120名の事をだ。


…残念ながら一人は泗水関で散華したが…。


120名…口で言ってしまえば、あっという間に終わってしまうが、実際は肉体があり、体温があり、そして感情がある。


私が考える指揮官とは、そんな者達を生還させる為の道具だ。


命があり、思考を持つ道具である。


何も全員を生還させようとは考えていない…というよりも考えられない。


私は神仏ではないのだからな。


それでも…一人でも多くの部下を戦場より生還させる為、私はあらゆる事を考え、そして実行する。



既に周知だと思うが、私も、そこにいる少尉も傭兵だ。


だが、しかし諸官らは違う。


栄えある孫呉に仕えし武官だ。


故に双肩には指揮下の兵達よりも多い命を背負っている。


兵士ひとりひとりに人生があり、家族がある事を忘れるな。


兵士は…言うなれば民達からの預かり物だ。


それは返さなければならない。


家族の下へ兵士を帰す為に、孫呉の未来の為に、諸官らは道具となれ。


指揮官とは、その為だけに存在する」









ところ変わって、此処は調練場。


並み居る新兵達に隊列を組ませ、祭が指揮官となり号令を下している。



その喧騒から少し離れた場所に将司を含めた30名の黒狼隊の隊員達が調練を見物していた。


「…なんとも…まぁ…」


「大尉、本当にやっちゃって良いんですか?」


「んっあぁ。せいぜい可愛がってやるとしよう」


『へ〜い♪』


気の抜けた返事をする隊員達だが、その双眸は鋭く光っている。


「ヤッホー♪」


「えっ…あれって…」


場違いな声を聞いた隊員達が発声源に視線を向けると、近付いてくる二人の女性を認めた。


雪蓮と冥琳である。


「来たわよ〜♪…って、まだ始まってなかったのね」


「済まない将司…止められなかった」


「あぁ…いえ…」


必死に止めたのだろう彼女の働きが脳裏に浮かんだ将司は曖昧な返事をしてしまう。


煙草を吸っていた隊員達は女性が来た為に、慌ててそれを携帯灰皿に押し潰した。


「なにやってたの?」


「様子見ですよ。あとは…打ち合わせですかね」


「打ち合わせ?」


「えぇ。…どう可愛がってやろうかと…」


不気味に口角を吊り上げる将司に部下達が苦笑し始めた。


「副長、あんまり連中の頭を強く撫でないで下さいよ?」


「連中しだいだな。…出来が良ければ強く撫でるだろうし…出来が悪くても強く撫でるな…」


「これだから…」


もう部下達は苦笑が止まらなくなっている。


「えっと…“撫でる”って?」


彼等の展開に着いていけない雪蓮が問い掛けると、将司は無言で自分の頭を軽く殴った。


「あぁ殴るってこと…祭もしょっちゅうやってるわよ?」


「えぇ。それはさっきから拝見させて頂いてます」


やり取りの合間にも祭が新兵に強烈な拳を落としている。


「ふぅん…それを聞くと天の軍隊も兵士の教育方法は変わらないのね」


「…そうでもないかと」


「はっ?」


「どういう事だ?」


疑問符を浮かべた彼女達が尋ねると、彼はおもむろに並ぶ部下達を指差した。


「今でこそ傭兵ですが、元を正せば、コイツらの殆どは空挺や特殊部隊…まぁ精鋭から更に選び抜かれた兵士を鍛え上げた部隊の出身ですので、それに基づいた訓練をする事が決まりました」


「えっと…あ〜、少し整理させて貰っても良い?」


そう言う雪蓮に将司は快く頷いた。


「…元は精鋭部隊の兵士…かなり強い…」


「…反董卓連合時の戦いぶりは…鬼神も逃げ出すものだったな」


順序だてて整理する彼女達であるが、流石というべきか直ぐに結論を叩き出す。


「…つまりは…厳しいってこと?」


「えぇ」


『モチのロンです』


当然と言うように将司を含めた隊員達が一斉に頷いた。


「…どれぐらいだ?」


「…しばらくは泣いたり笑ったり出来なくなりますかね」


「…いったいどんな調練よ?」


「頼むから兵が使い物にならなくなるような事はせんでくれよ?」


「善処します…終わったみたいですね」


将司達が視線を向ける方向から祭が彼等に近付いてくる。


「これで良かったかの…っと、策殿に冥琳も」


「えぇ。いつもながらの手腕、素晴らしいわ」


「お褒め頂き恐悦至極。…それで将司よ、あれで良かったのか?」


「えぇ。どの程度の練度なのか把握しました」


将司達が早速、訓練に入らなかったのは文字通りの様子見。


準備運動がてらに普段通りの調練を祭にしてもらい、どの程度の訓練が必要かを見極める為だったのだ。


「で、どうかの?」


「…中々の練度で」


「嘘付けい。そうは顔が言っておらんぞ」


「…では正直に。お遊戯かと思いました」


正直過ぎる感想に部下達、そして彼女達も苦笑を始める。


「ほぅ…どの点がそう言えるのじゃ?」


底意地悪い微笑を顔に貼付けた祭が問い掛けると将司は、緊張がすっかり解けてしまっている新兵達へ指を向けた。


「三列目の左から四番目の新兵。どうも動きが鈍い。次に五列目の…今、欠伸をした奴は、走り込みの時に落伍しかけていた。他には…」


次々にだらけきっている新兵を指し、説明する彼に彼女達はそれを熱心に聞いている。


「陣形…というより隊形を作るのが遅いですな、あれはお話にならない」


「痛い所を突くのぉ…」


隊形に綻びが生じるというのは人海戦術の世界においては非常に危険な事だ。


例えば、槍を連ねて突撃する際に一人が突出あるいは退いていたら、その隊列の綻びを突く事が出来る。


また、前列の友軍兵士が後ろに倒れ込んだだけで自分も姿勢を崩してしまい、それが隊形の、果ては部隊の壊滅へ進んでしまう。


「まぁ…調練が終わる頃には少しはマシな兵士に出来るよう努力します」


「努力って…頑張るのは兵士よ?」


「…失礼。語弊がありました」


「そういえば華雄はどうしたんじゃ?」


「あぁ。今頃は………」






再び、所が変わって執務室。



「…ア…ヴ……」


書簡の海に溺れていた華雄が机から身を起こすと、机上の端に積んでいた書簡の山が音をたてて崩落した。


「…どうしろというんだぁぁぁぁ!!?」



彼女の机の周りには、同僚三人が処理する筈だった書簡が大量に置かれ、積まれ、床に散乱していた。









「きっと我々の代わりに決算に励んでくれているかと」


「あぁ…華雄は書類仕事か。大変じゃのぉ」


あっけらかんと言い放つ将司に彼女達は笑い始めるが、それは直ぐに引っ込められる。


「それで…もう始めるのか?」


「えぇ。…昨日も言いましたが」


「判っておるわい。邪魔はせん」


「どうも。良し行くぞ」


『応』


号令すると彼等はおもむろに戦闘服の上着を脱ぎ捨てる。


露になった上半身はさながら筋肉の鎧を思わせ、所々に大小の傷痕が走っている。


余談ではあるが、前世で彼等が共にバカンスへ行った際、ビーチで海水浴を楽しんだ事がある。


無論、全員が水着を穿いていたのだが身体中に走る傷痕の為に、彼等の半径20mには人が寄り付かなかった苦い経験があるそうだ。


「あの時も裸は見たが…いやはや…良く鍛え上げられてるのぉ…」


「ホント…見惚れるぐらいに…」


鍛え上げられた細身の肉体は良く訓練され、数多の実戦を経験した精兵の証。


それを見抜いた彼女達が考察していると、上半身裸に小銃を背負った彼等が新兵達の前に並んだ。


「おっ始まるみたいじゃな」


彼等の姿を認めた新兵達がざわめき出すと、微かに息を吸い込む音が。


「その煩い口を閉じろ!!俺が良いと命令するまではおしゃべりも息をするのも禁止だ!!判ったかクソッタレ共!!!?」


『……………』


いきなりの罵声に着いて行けないのは新兵達だけでなく雪蓮を筆頭にした彼女達も同様である。


なにせ、こんな罵声を吐く将司を見た事がないのだから当然といえるが。


「返事はどうした!!?耳を何処かにでも落として来たか!!?それとも言葉が判らなかったのか!!?よぉし、もう一度命令してやる、返事をしろクソッタレ共!!!」


『はっはい!!!』


「なぁにが“はい”だ!!?誰がそんな返事をしろと言った!!?」


では、どんな返事をしろと?と新兵達は思ったが、それを口にする勇気は沸いてこない。


「命令不服従により連帯責任!!これより腕立て伏せを行う!!笛の合図と共に行え!!!」


そう命令したが果たして、この世界に腕立て伏せが存在するかに疑問を持った将司は部下達に視線を向ける。


「グズなクソッタレ共の為に、これより手本を見せる、しっかり見ておけ!!用意…掛かれ!!」


号令と共に黒狼隊の兵士達が小銃を背負ったまま腕立て伏せを始め、将司が吹く笛を合図に腕の屈伸を繰り返す。


「これが腕立て伏せだ、心して掛かれ!!総員用意…!」


号令と共に新兵達が両手を地面につけて用意するが、それは将司が咥えている笛の甲高い音で遮られる。


「三列目の左から四番目の貴様…そう貴様だ!!テメェ、ナメてやがんのか!!?立て、このクソッタレが!!!」


将司は皆から僅かに動作が遅れた新兵に罵声を浴びせつつ一人だけ立たせた。


「足を開いて、歯ぁ食いしばれ!!!」


慌てて新兵が命令通りに動くと、兵士の右頬に強烈な拳が襲う。


踏ん張っていたにも関わらず、新兵の身体はよろめいてしまい、歯が折れたのか、それとも口内が切れたのか、裂けた唇の端からは血が流れている。


「なに倒れてやがる!!さっさと起きろ!!!」


罵声を浴びせ、将司は俯せになっている新兵の脇腹に蹴りを入れる。


ヨロヨロと立ち上がる新兵の髪を掴んだ彼は、顔を地面に両手を着いたままの新兵達へ向けた。


「良く見ておけ、貴様が不甲斐ないせいで全員がこうなるんだ。連帯責任開始、用意…掛かれ!!!」

新兵を突き飛ばすと同時に命令を下した将司は笛を断続的に吹いて腕を屈伸させるタイミングを知らせる。


「オラオラどうした、その程度で軍に入ったのか!!?」


「辞めろ辞めろ!!貴様らなんぞが戦場に出たって友軍の盾にもなりゃしねぇ!!」


「少しでも落伍しやがったら、そのひらべったいケツ蹴り上げて変形させてやらぁ!!」


教官役の黒狼隊兵士達が腕立て伏せをしている新兵達を口々に罵倒する。


一人だけ連帯責任を行っていない新兵の双眸には自分以外の仲間が必死の形相でそれを課されているのが映っているだろう。


将司達は軍隊において“個”は存在せず、常に“集団”で行動する事を教え込んでいるのだ。


やがて将司が咥えた笛が長く吹かれると、彼は口からそれを外した。


「連帯責任終了!…なにをへばってやがる、さっさと起きろ!!もう一回やりたいか!!?」


彼が怒鳴ると新兵達は満身創痍ながらも立ち上がり整列する。


「よぉし。中々、良い動きだ。なら最初っからやれクソッタレが」


連帯責任を免れた新兵の背中を蹴り、隊列へ戻させた将司は改めて、新兵達に向き直った。


「俺は貴様らの教官を務める呂百鬼だ。


周知だろうが俺もコイツらも傭兵。


だが…傭兵だ、なんだと口答えしやがったらブチ殺してやるから覚悟しとけ。


テメェらみたいなクソッタレなんぞ、瞬きする間に皆殺しに出来るからな。


今の内に言っておくが、この訓練で使う言葉はひとつだけだ。


“Yes,sir”意味は“判りました”。


それ以外の返事は認めん。


判ったか、クソッタレ共!!?」


『いえっさー!!!』


「違ぁぁう、Yes,sir。復唱!!」


『イエッサー!!』


「駄目だ、ダメだ!!!」


『Yes,sir!!!』


「口からクソ垂れる前にSirを付けろ!!」


『Sir,yes,sir!!!』


「声が小さぁぁぁい!!」


『Sir,yes,sir!!!』


「聞こえん!!腹に力を入れろ!!」


『Sir,yes,sir!!!!』


「まだまだ!!もっともっともっと!!!」


『Sir,yes,sir!!!!!』


「よぉし、良いぞ。褒美にクソッタレからウジ虫へ格上げしてやる!!嬉しいかウジ虫共!!?」


『Sir,yes,sir!!!!』


『…………』


もはやヤケクソというか鬼気迫るというか、新兵達の表情を言葉にするのは難しいが、雪蓮達の様子を言葉にすれば呆気に取られているとしか言いようがない。


「貴様らは厳しい俺を憎むが憎めば憎むほど強くなる!!


俺は厳しいが公平だ。


ここにいる全員を公平に見ている。


何故なら誰ひとりとして…価値がない!!


戦場には要らない荷物ばかりだ!!


ただ飯食って、クソ垂れる役立たずばかりだ!!


しかし悲観するな!!


俺の訓練を乗り越えれば空に羽ばたくハエになる事ができる!!


戦場で頼れるのは自分以外では仲間だけだ!!


その仲間を助けられるほど強くなれ!!


敵は戦場にはいない!!


常に己が身の内にいる!!


その敵に打ち勝て!!


常に自分に必勝しろ!!


判ったかウジ虫共!!?」


『Sir,yes,sir!!!!』


「では本格的に訓練へ入る!!

…泣いたり笑ったり出来なくなるまで可愛がってやるからな」










「本日の講義はこれで終了とする」


「総員起立、礼!!」


少尉の号令一下、武官達が腰掛けていた長椅子から立ち上がり和樹へ礼をすると、それに彼は軽く敬礼し、卓に置いた軍帽を取って被ると会議室から出て行く。


扉を開けた少尉も彼に続いて退室すると、静かな会議室に扉を閉めた乾いた音が響いた。


「…なんというか…」


「あぁ…。ああいう考えもあったんだな」


「俺…あの人にもっと教えを請いたいぜ…」


「男に惚れられる男って、あんな人なんだろうなぁ…」


「なっ!!?お前、そんな趣味が…」


「ちっ違うぞ!!」


武官達が講義の感想を口々に言い合いながら会議室を出て行く所を見ると、和樹の講義は好印象だったようだ。


武官達が会議室を去ると、残ったのは蓮華達だけ。


「“指揮官は道具”か…」


「…蓮華様?」


「…そうなのかもしれないな…。王は民が平穏に暮らす為に全てを捧げなければならない…」


「…将軍たる者、常に兵達を気遣わなければ兵達は着いてこない。それと同じ事かと」


「そうだな…」


「それにしても残念です〜。私が知らない戦術や戦法を教えて頂けるかと思ってたのに〜」


「穏様、そう言わずに。凄く良い講義だったじゃないですか」


「亞莎ちゃん…それとこれとは話が違います!!」


「のっ穏様?」


「こうなったら…和樹さんの屋敷に押しかけて…」


「穏様!?みっ明命、なんとかして下さい!!」


「大丈夫なのです!私の部隊の細作が護衛についているのです!!」


「そうじゃなくて〜!!」


阿鼻叫喚の図が出来上がってきたが、和樹が行った講義は中々、好印象だったようである。









「訓練終了!ゆっくり休んで明日に備えろウジ虫共!!」


『Sir,yes,sir!!!!』


「解散!!」


将司の命令が終わると、新兵達は緊張が一気に抜けたのか地面にへたり込んでしまった。


延々と終わりの見えないランニングに始まり、隊列変更などが続き、最終的には予定されていなかったCQCの初歩訓練までいってしまったのだから仕方ないが。


それでも鎧着用だけで、あまり負荷を掛けなかったのだから随分と楽、とは将司達の言葉だ。


地面に脱ぎ捨てていた戦闘服を拾い、それに袖を通した隊員達は一息つけるため煙草を取り出して火を点ける。


勿論、雪蓮をはじめとした女性陣からは離れて。


戦闘服のボタンを嵌めた将司が彼女達に近付くと、雪蓮達は呆然としている様子であった。


「これで宜しかったでしょうか?」


「えっえぇ」


「…なんというか…随分と…のぉ?」


「祭殿、私に振らないで下さい。…アレが天の軍の調練なのか?」


「えぇ。色んな軍でやってますよ」


何事もなく頷いた彼に、彼女達はなんとも言えない表情をする。


戸惑うのも仕方ない。

何せ、訓練中と現在の彼の言動には天と地ほどの差がある。


「さてと…私はこれから執務室に行きますので、後はご自由に」


「いや…手間を取らせたな」


「いえいえ。では失礼します。…お前達も駐屯地に戻って良いぞ」


『えぇぇぇ!!?』


「…なんだ?もう訓練は終ったんだぞ」


「俺達だって美女な方々とワイワイキャッキャッしたいんですよ!!」


「つ−か、なんで少佐と大尉ばっかり!!?」


「ズルイ!陰謀だ、職権乱用だ!!」


「…書類仕事ばっかりで、そんな事する暇ないぞ?」


「仕事がなければ出来ると!!?」


「なに、その余裕!?死ねば良いのに!!」


「俺、お前達の副長なんだぞ!!?」


「少佐がぶちキレた時よりは恐くないので大丈夫です!!」


仮にも上官に言う台詞ではないが、これも一種のコミュニケーションなのだろう。


「仲良いわねぇ…」


「上下関係がまるでないな。…いや、それが強さの秘訣か…」


「こやつら…本当にさっきまでの奴らと同一人物なのかのぉ…」


調練場に響くのは他愛ない口論と、彼女達の考察。



そして…瀕死状態の新兵達が呻く声であった。








訓練中の罵声やらは軍隊ではポピュラー。


自衛隊や警察学校でもやってます。


あそこは、ある意味での治外法権な場所なんですよ。





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