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短い…。
そしてクオリティが……。
将司side
今日も今日でデスクワーク。
机の上にはエベレストが霞んで見える程の書簡、竹簡が山脈を築いている。
他の三人も状況は同じだ。
「追加で〜す」
文官が扉を開け、新たな書簡を部屋の隅に置いて行った。
…何故だろうか。
どうも悪意が見え隠れしている気がする。
もし万が一、そんな悪ふざけをする輩がいたら、蜂の巣にして、形式は違うが鳥葬にしてやりたい。
「ふぇぇぇぇ…」
…なにやら隣の机から悲しげな声が聞こえたぞ。
僅かに視線を向けると、同僚となって日が浅い少女が大きな瞳に涙を溜めながら、一心不乱に筆を動かしていた。
…亞莎ちゃん、君の職務能力には脱帽するよ。
俺なんか本音を言えば、さっさと逃げ出したい気持ちになってしまう。
…亞莎ちゃんがこんな状態なら、他の奴らはどうなって…。
前方斜め左の机で書簡をさばいているだろう女性に視線を向けるが……
「…ア…ウ…」
…残念ながら既に昇天なさっているらしい。
だらし無く開けられた口から、白い煙のような物が出てくるのを見たら、即行で押し戻さないとな。
次に前方右斜めの机で仕事している相棒に視線を向けると……。
「………!!!」
うおっ!?
…なんというか…鬼気迫る表情で筆を動かしている様は、ある種の恐怖を感じる。
戦場でも、ここまでの形相をした相棒を見た事なんかあったろうか…?
疑問を感じつつも現実逃避から立ち直り、改めて机に広げた書簡に視線を落とす。
現在、俺達がさばいているのは陳情書。
民や文官、武官からの要望等を整理し報告するのが俺の仕事である。
…まぁその中でも俺が扱うのは比較的、軽い物。
もしネーミングするなら…“呂猛のお悩み相談室”といった所か。
一通り、机の上にある陳情書の整理と、それへの返答が書き終わった為、さっきの文官が置いていった山を持ってきて広げる。
さて…これはどんな内容なのか…。
【建業城の女官】
『最近、悩みに悩み抜いている事があります。
実は…お慕いしている方がいるのですが、そのお方は少し近寄り難い雰囲気があるのです。
それでもこの前、勇気を出して話し掛けてみようと思いましたが…結果は駄目でした。
そのお方の特徴は、漆黒の長い上着、刀を二本も腰に差し、目つきが鋭いのです。
そのお方と親しくなるにはどうすれば宜しいでしょうか…』
…なにやら、この女官が慕っているという奴に既視感が…。
というか…さっきまでの陳情書と毛色が全く違うぞ。
さっきまでのは治水や普請、区画整理に関する事が多数を占めていたのだが…。
…まぁ良い。
【返答】
『まずは、諦めないこと。
諦めてしまえば、そこで全てが終わってしまう。
私に言える事があるとすれば、それぐらいだろう。
月並みな言葉ではあるが、頑張りなさい。
私は応援しているぞ』
流石は俺。
見事な当たり障りの無い返事だ。
墨を乾かす為に書簡を広げたまま、書いたばかりのそれを僅かに空いているスペースへ追いやり、新しい陳情書を手に取った。
【とある軍師】
『愚痴りたくは無いのだが、愚痴らせてもらおう。
長年に渡り、頭痛の種となっている事がある。
親友が真面目に仕事をしないという事だ。
仕事をせずに何をしているか…簡単だ。
酒盛り、城下へ忍んで行く、許可もなく遠乗りに出掛ける…まぁ挙げればキリがない。
頼むから一刻でも真面目に仕事に取り組んで貰いたいのだ。
こんな奴が親友なのだが、どうすれば良いだろか?』
…なんとも…大変な親友を持っているようだ。
しかも既視感がまた…。
疑問を振り払い、小筆へ墨汁を含ませると、返答を書き始める。
【返答】
『そのような親友をお持ちとは…他人事に思えない為、ご心中を察し申し上げる。
かくいう私の親友も昔から無茶ばかりしていて私としては何時もハラハラさせられっぱなしで…。
あなたとは親友への愚痴を肴に良い酒が酌み交わせそうですな。
さて、陳情への返答ですが…。
こればっかりは、あなたの頑張りに期待するしか無いと愚考します。
ですが、その親友殿もあなたには感謝していると思いますよ。
こんな良い親友を持っているのですから。
…というか、そう思わないとやってられませんしねぇ…』
…まぁ…許容範囲内で当たり障りないだろう。
この書簡も墨汁を乾かす為に机の隅へと追いやる。
続いて別の書簡を取り眼を通す。
【とある王】
『私の親友が毎日、毎日、煩いのよね〜。
仕事しろ、仕事しろって。
もう、煩いったらありゃしない!!
反論すると皮肉混じりに言い返されて、耳を引っ張られながら執務室へ連れて行かれるし…。
どうやったら煙に巻く事が出来るか考えてちょうだい♪』
……匿名の意味がない。
というか“とある王”って何なんだ?
人物が特定できてしまう…というより陳情書を送らないで頂きたい。
取り敢えずは……
【返答】
『仕事しなさい』
フッ…これで良い。
満足しつつ小筆を硯に置いて、書簡を隅に追いやった。
「邪魔するぞ」
不意に部屋の外から声が。
それを承諾する暇を与えられず、扉が開くと、部屋に二人の女性が入ってくる。
一人は呉の大軍師 周公瑾こと冥琳、そしてもう一人は宿将の黄公覆、真名を祭。
「やっておるな、ご苦労じゃのぉ…華雄は手遅れのようじゃが」
「亞莎も頑張っているな」
「はっはひ!ありがとうございます!!」
長い袖で顔を隠す亞莎ちゃんが、この執務室で唯一の清涼剤であり癒しだ。
「実は和樹と将司に頼みがあるのだが…」
「我々に…?」
作業を中断した相棒が小筆を置いて、疲れた目頭を揉むと彼女達に向き直る。
「あぁ」
「それで、なんでしょうか?」
「うむ。明日にでも黒狼隊の兵士達に新兵訓練をやってもらいたいのじゃよ」
「…私達が?」
「…我々に教官を任せなくとも優秀な方々はいるでしょうに」
傭兵部隊ではあるが、参戦した国あるいは地域で兵士の訓練を施してやった経験はある。
だが、それは民兵などの軍事教練をまともに受けた事のない奴らに対して行っただけ。
正規軍に対して行った経験はない。
「黒狼隊の反董卓連合、そして独立戦での活躍は非常に興味をそそられたのでな。その一端でも良いから兵達に戦い方を教えてやって欲しいのだよ」
「ついでと言ってはなんじゃが…和樹には若い隊長や武将連中に講義をやって貰いたいんじゃ」
「要約すれば、いえしなくとも…相…和樹が講義、そして私を含めた隊員達が新兵訓練をする、と?」
「そういう事だ」
公瑾殿が頷く。
「なに気負わなくとも大丈夫じゃ。お主らが普段通りにやっている調練と戦い方を教えれば良い」
「「………」」
公覆殿の漏らした言葉に相棒と眼を合わせてしまう。
ややあって相棒が不承不承と微かに頷いた。
「…まぁ、やっても良いですが…」
「おぉそうか」
「ですが」
「なんじゃ?」
「どんな訓練を行おうとも絶対に止めない、と誓って頂けますか?」
「当たり前じゃ。なんなら儂の真名に誓っても良い」
釘を刺すとそんな返答が。
そこまで言うならば…まぁ良いだろう。
「…基本的な集団行動、及び戦闘法などを訓練します」
「…それだけか?」
「えぇ。手を抜く訳ではありませんので」
「むしろ…“可愛いがって”あげましょう」
次話では沙和の海兵隊式訓練が可愛く見える…かも?