閑話 重き銃爪
メッセージにて
『序章で将司が出てこないんですけど、何故でしょうか?』
と聞かれたので、その原因となった出来事を投稿。
そして今更になって気付く。
恋姫なのに…シリアスばっかりだ。
『どんな時でも、後悔しない生き方をしたい』
そう考えた時期が俺にもあった。
しかし、後悔しない生き方−人生を歩む人間はいないと気付いてしまった。
俺の場合は後悔が三つある。
ひとつは生まれ落ちたこと。
そうでなければ、この血で彩られた人生を歩む事などなかっただろう。
二つ目は“相棒”…親友である加藤将司を、この手で殺すに至ったこと。
そして三つ目は部隊を壊滅させたこと。
どちらも俺自身の失態が原因なのだ。
まずは事の発端から話すことにしよう。
…とはいうが、何処が発端なのか…。
おそらく、アフリカの民族紛争に参戦した事が発端なのだろうと思う。
その国では二つの民族が互いに争っていた。
俺達が味方したのは戦力に勝る政府軍ではなくて、真逆の反政府軍。
なにも独裁政権の打倒だとか高尚な理由があった訳ではない。
味方した勢力の報酬が政府軍より0の桁が多かっただけの事だ。
勝利の栄光にあずかれない傭兵にとって参戦する理由なんてそんなモンだ。
この紛争の最終局面は高地戦。
その高地を抜ければ、首都まで一直線になる為、政府軍は最低限の兵力を残し、高地へ部隊を集結。
まさに総力戦。
しまいには白兵戦にまで発展した。
高地戦が開始され一週間が経った時の事だ。
その日は政府軍側からの砲撃で起床。
持ち場である塹壕に辿り着いた瞬間、高地の頂きから敵兵の群れが着剣した自動小銃を並べ、突撃してくるのが見えた。
映画や小説の中では見掛ける状況だが、実際に対峙すると言葉に表せない恐怖を感じる。
部隊の損害は昨日までで既に7名。
…7名の部下が天に召された。
突撃する敵兵群を食い止める為、機銃、小銃による掃射を加え、無線で支援砲撃を要請。
航空支援も要請したかったが、別の戦線に攻撃ヘリは回っていた。
これ以上の防衛は無理と判断した俺は塹壕の放棄を決定。
後方の塹壕まで後退を始めた。
後退陣形を作り順次、退却するが、それでも被害は被る。
部下達が戦死あるいは負傷した部下を担ぎ、引きずり、後退していくのを視界の端に捉えつつ指揮を続行する。
『いかなる状況に陥ろうとも指揮官は常に冷静であれ』
それを頑なに守るのは、俺に残された数少ない矜持なのだろう。
後退が完了し、負傷者の治療に部下の衛生兵達が狭い塹壕を駆けずり回っている。
俺自身も左頬を銃弾が掠め血が流れているが、気にする程ではない。
「化膿したら困る、赤チンだけでも塗れ」
相棒にそう言われ、大人しく治療を受ける事になった。
肩から提げた医療バッグから手際よくピンセット、脱脂綿、赤チンを取り出して、俺の銃創とも呼べない傷を治療している相棒を見遣った。
「…どうした?」
「いや。考えてみれば、お前とも長い付き合いだ、と思ってな」
あの地獄のような孤児院から20年以上、寝食を共にしている仲だ。
「…まぁそうかもな。こうなったら一蓮托生、地獄の果てまで付き合ってやるよ」
その台詞に苦笑が零れた。
「なんだ?…おかしな事でも言ったか?」
「いや…。それだと、死ぬ時も一緒だ、なんて言ってるのと同義だと思ってな」
「ハッ。何を今更。もとより、そのつもりだ」
治療が終わったのか道具をかたした相棒が立ち上がり、俺を見詰めた。
「死ぬ時も一緒、三途の川を渡るのも一緒、閻魔の前に引きずり出されるのも一緒、そんで地獄に堕ちるのも一緒だ」
「…お前となら地獄を制圧できそうだ」
「少佐、大尉、俺達を忘れねぇで下さいよ」
「全くだ。“お前”じゃなくて“お前達”が正しいでしょうに」
並み居る部下達が口々に訂正を要求する。
「悪かったな。なら、戦死したら“お前達”と一緒に地獄に逝くか」
「そうこなくっちゃ!」
「安心して下さい。閻魔だろうが、鬼だろうが蹴散らしますから」
誰かの言葉に笑い声が響いた。
俺も苦笑してしまうが、直ぐに笑顔を引っ込め立ち上がると命令を下した。
「各隊の損害を纏め、報告しろ」
「また、二次攻撃の可能性もある。弾薬の配分、銃の手入れを今の内に−−」
突然、隣にいる相棒の命令が途切れた瞬間、顔半分にベッタリと液体が張り付いた。
顔に手を遣り、拭い取ると、手の平が朱く染まっていた。
「大尉ッ!!?」
「副長!!」
部下達が信じられないモノを見たかのように口々に叫ぶ。
まさかと思い、隣へ視線を向けると、相棒が胸を押さえ、ゆっくりと倒れていくのが視界に入った。
「将司!!!」
相棒の本名を叫んでしまうが、そんな事を気にしている暇は無かった。
倒れていく彼の身体を抱き留めると相棒の胸を見る。
心臓には当たっていないが、出血が酷い。
相棒を横たわせた時点で、背中に回した腕に温かい液体が流れているとなると、銃弾が貫通しているのだと判断できた。
「狙撃兵を発見、仕留めます!!」
「メディック!!」
部下達は機敏に行動し、衛生兵が駆けてくる。
「傷を押さえて!!副長、聞こえますか!?」
「…聞こえてるからデカい声で…ゴホッ!!」
軽口を叩こうとしたのだろうが、言う前に口から吐血。
呼吸音もおかしい。
「…どんな具合だ?」
尋ねると衛生兵は、ゆるゆると首を横に振った。
「…副長、鎮痛剤を打ちますか?」
「ゲホッゲホッ!…いらねぇ」
「でも!!」
「この傷だと…10分もつかどうかだ」
「………」
「俺…なんかに使うより…別の奴に使ってやれ」
「……はっ!」
命令と判断した部下がそれに承諾した。
「…相棒、大丈夫か?」
「ゲホッ…大丈夫に見えるか?」
「いや…」
口の端から血を垂らす相棒を見遣りつつ、なんと声を掛ければ良いか言葉を選ぶ。
「相棒、悪ぃな。一緒に死ねそうにねぇや」
「あぁ、判ってる」
「…クッ…気が利かねぇな…最期なんだぞ…?」
「判ってる。…これが性分なんだ」
「…知ってんよ…昔っからそうだ…」
そう告げた相棒は唇を歪めて笑おうとするが、不意に表情が曇った。
「…ヤベェ…見えなくなった…」
血を流し過ぎたのだろう。
「…相棒…和樹…何処だ…」
「ここにいる」
「あぁ…。…中尉、来てくれ」
相棒が部下を呼ぶと部隊の中で、少ない士官の一人が駆けてくる。
「なんですか大尉」
「…げ…現刻をもって…貴様に準指揮権を譲る。…以後は少佐を補佐せよ…以上…」
「…了解…しました」
最期まで部隊の−俺の副官として務めを全うしようとしたのだろう。
口の端、傷口からは途切れる事なく血が流れ続け、言葉に詰まりながらも中尉へ命令する。
それが終わり、部下が命令受諾をしたのを聞くと相棒がうっすらと微笑んだ。
「ゴホッ!!…なぁ相棒。ひとつだけ、お願いしても良いか?」
「…珍しいな」
「…どうせ最期だからな」
相棒は笑いながら、うまく動かなくなった腕を無理矢理、動かして腰のホルスターから自分の愛銃を取り出して、自らの胸に置いた。
「…痛くてしょうがねぇんだ…頼むわ…」
「…あぁ、判った」
頷くと、相棒の愛銃を手に取り、セイフティを解除し、スライドを僅かに引くと薬室へ銃弾が入っているかを確認。
スライドを元に戻し、銃口を相棒の心臓へ当てる。
頭を狙わないのは個人的な理由…砕け散った相棒の顔を見たくないからだ。
「…用意は良いか?」
僅かに頷いた相棒の胸へ更に力を込めて銃口を押し当てる。
「ゴホ…楽しかった…お前と一緒に生きた日々は…」
「俺も楽しかったぞ」
「…良かった……さぁ…やってくれ…」
相棒の口角が上がり、表情が作られた。
「…先に逝ってるからな」
「…あぁ、待ってろ」
唇を真一文字に結び、銃爪を引く。
遠雷の如き銃声に混じった、それは塹壕の中に低く響く。
相棒を死の安寧へ託す銃爪は、硬く、そして重かった…。
その日の戦闘による部隊の損害は相棒を合わせ戦死9名、重軽傷者94名。
これは部隊壊滅の三日前の出来事である。