22
色々と端折りました…申し訳ありません。
というよりも端折りすぎっす。
しかも気付けば一万文字オーバー。
加えて…何故、若干シリアスなのだろう。
)誤字があり訂正しました。
反乱を起こした孫策軍が寿春城を陥落させてから二週間ほどが経った。
俺達が居るのは孫呉が本拠地である建業−正確には、その郊外にある平野の一角である。
ここに黒狼隊と華雄隊の駐屯地を造っているのだ。
建業内部にも居住スペースはあるにはあるのだが、いくら精鋭とはいえ傭兵部隊を入れると風聞に悪いと決定されたのだろう。
だが、俺と相棒、そして華雄は原則として街に宛がわれた屋敷に住まなければならない。
反乱防止−指揮官と兵を分離させ、謀反を行わせない為だろう。
お陰で姿は見えないが四六時中、影のように監視する気配が多数、俺の周りに張り付いている。
おそらく二人も同様なのだろう。
まぁ警戒されるのには慣れているから、とやかくは言わないが。
過日に駐屯地は完成。
居住する為のテントや防衛戦に使用する堀や塹壕、その他に見張台や射撃場、訓練施設、厩舎、車庫、ヘリポート、などの設備を整えた。
…駐屯地、というよりは砦が正しいかもしれないが。
当初はモット・アンド・ベーリーのような物を建設したかったのだが…まぁ面倒臭かった。
いくら建設が簡単、安価で造れるとはいえ、そこまでの物を造るには色々と許可が必要になるだろうと考えた為だ。
…それでも孫呉の首脳陣が完成時に視察に訪れた際は面食っていたが。
元々は孫家所有の屋敷だという、自分に宛がわれた屋敷の門から黒馗の手綱を引いてくぐると鞍に跨がった。
…武官として仕官したが、書類仕事は必須業務らしい。
夜明けが近く、東に見える山並みの縁が光り出した。
現在時刻は0540時。
ついでに昨夜、就寝したのは0130時だったと記憶している。
…部隊概要などを纏め、それを竹簡に書き記すのに時間を使いすぎてしまった。
鞍に括りつけた竹簡が黒馗の歩みに合わせてカラカラと軽やかな音を発するのを聞きながら登城する。
早起きの商店の主達が開店の準備を始めているのを横目に騎乗しつつ建築城に到着した。
「韓甲将軍、おはようごさいます!!」
「あぁ、おはよう」
門の警備に当たっていた兵士達に挨拶すると愛馬から降りて、鞍に括りつけた荷物などを取ると手綱を一人の兵士に渡した。
「お預かりします」
「頼む。手数だが、飼葉を少し多めにやってくれ」
「かしこまりました」
注文を少しばかり付け加え、愛馬の首を撫でる終わると兵士が手綱を引いて黒馗を厩舎へと連れて行った。
黒い軍帽の位置を直し、門をくぐると自分達の執務室へ向かい歩き出した。
執務室へ到着すると被っていた軍帽と着ていたコートを脱ぎ、前者を机に後者を椅子の背もたれへ掛けると腰に差した愛刀二本を窓際にある刀掛け台に置いた。
窓を開けて空気を入れ換えた後、椅子に腰掛け、硯に水を垂らし墨を擦って墨汁を作り始める。
ボールペンや鉛筆はあるのだが、この世界の公式文書に相当するのは紙や竹簡。
製紙技術は末発達で脆く、竹簡は竹を細かく切った物の為に筋があり持っている筆記用具では書き難い。
向こうでは書道をする際にしか、あまりお目にかかれない筆類を使って書くしかない。
…しかし…何故か文章を作るのは問題ないのだ。
もちろん、三国志に似た世界の為、文章は漢文。
確かに漢文は書けるには書けるが…ここまでスラスラと出来ただろうか。
今更の疑問を感じながら、墨を擦っていると墨汁がいつの間にか完成していた。
…墨汁を作るのも一苦労だな。
溜息を零しながら登城する際の服装になってしまったブレザータイプの黒い軍服のポケットを漁り、煙草とジッポを取り出した。
一本を咥えジッポの火を点けて紫煙を吐き出す。
…今日は朝議が無いようで、廊下が俄かに騒がしくなってきた。
もっとも朝議には参加した事がないが。
机の端から灰皿を持ってきて、それに煙草を叩き付けて溜まった灰を落とすと再び咥える。
持ってきた竹簡を机に広げ、訂正箇所を探し始めた瞬間、唐突に部屋の扉が開け放たれた。
「相棒、オッハー!!」
「……オッハー」
古いにも程がある挨拶をして入室して来たのは同様の恰好をした相棒。
脱いだ軍帽を片手でクルクルと回しながら俺の机へ近付いてくる。
「モーニングニュース!!俺はなんと昨日の帰り道に面白いモノを見てしまったのだ!!」
「へぇ……」
興味がないのだから気のない返事をしてしまうのは仕方ない。
「聞きたいか?聞きたいだろう?そうだろうそうだろう!!じゃあ特別に話してやろう!!」
「………」
今日の相棒はいつにも増してハイテンションだ。
しかも聞く耳を持っていないときている。
「…あの、あの周幼平こと明命ちゃんが、野良猫に『お猫様、お猫様』と言いながら近付いて『モフモフですぅ〜!!』って歓声をあげていたのだ!!」
「…へぇ…」
おっと訂正箇所を発見。
小刀を取って文字ごと竹を削り取り、小筆に墨汁を含ませると新たに文字を書いた。
「って聞けよ!!」
「聞いてる。幼平殿が猫好きらしいって事だろ」
「あぁ。…しっかし傑作だったぜ。プフフッ」
気色悪い…。
良い歳した男が変な笑い声を出すな。
「おぉ。もう来ていたか」
「おっす華雄、オッハー」
「おっ、おっはー?」
「…おはよう、って意味だ」
相棒の挨拶に怪訝な表情をしつつ入室してきたのは華雄。
彼女の執務室もこの部屋だ。
ちなみに部屋には四つの机が鎮座している。
最後の一人もそろそろ来る頃か…。
腕時計の針に視線を落として考えていると、華雄が閉めたばかりの扉が音をたてて開け放たれる。
すると小柄な人影が転がるように執務室へ入ってきた。
「しゅみません!!寝坊しました!!」
肩を上下させ息を整えている、何処となく中国妖怪のキョンシーを思わせる衣服に身を包んだ少女は呂蒙、字は子明、真名を亞莎。
伝えられている記録では『士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし』という名言を吐いた人物であり、かの関羽を討伐した人物でもある。
この世界の呂蒙は既に軍略の猛勉強を始めているらしく、将来の呉を担う軍師として期待されているとか。
その割には、長いにも程がある上着の袖の中から金属音が微かに聞こえる時がある。
…おそらくは暗器の類いだろう。
半分ほど燃え尽きた煙草を灰皿へ押し潰すと彼女に向き直る。
「おはよう、子明殿」
「おはようございます、和樹様に将司様、華雄様!!」
「亞莎ちゃんオッハー」
「うむ、おはよう」
「はっはひ、おはようございましゅ!!」
…また噛んだな。
しかし…相棒の場合は大変だった…だったのか?
まぁ、ともかく名の文字は違うが呂猛と呂蒙は読みが同じで、うっかり呼んでしまった人間へ二人同時に振り返った様は見物だったな。
挨拶を済ませた俺達はそれぞれの仕事に取り掛かる。
……書類の文章構成、間違ってないよな。
黙々と仕事をこなしていると、あっという間に昼。
午前中の書類仕事はこれで終わりだな。
「おっと…もうこんな時間か。飯でも食いに行くか」
時刻に気付いた相棒が口を開いた。
「えっ、もうお昼ですか?」
「…集中しているとあっという間だな」
そう言い合いながら、全員が筆記用具や書類を片付ける。
「飯食いに行く人は挙手、ハイッ」
自分で言いながら相棒が一番に手を挙げると釣られて二人も挙手する。
「なんだ相棒は食いに行かないのか?」
「んっ、あぁ」
床に置いてあった包みを机にあげ、弁当持参をアピールすると相棒が納得したように頷いた。
「あぁ、なら仕方ねぇか」
「我々だけで行こうか」
「えっあっ…和樹様、大丈夫ですか?」
「いちいち私に許可を求めなくても…」
「すっ済みません!!」
上司、上官ではないのだから、と言おうとしたが、それに先んじて子明殿が謝罪する。
「ほらほら亞莎ちゃん、コワ〜イお兄さんなんか放っておいて飯食いに行こう」
「えっちょ、将司様!?」
「んじゃな〜」
「行ってくる…」
「あぁ」
相棒がほとんど子明殿を引きずるように連れて行くと、その後に華雄が済まなさそうに着いて行った。
それを見送ると、煙草に火を点け、灰皿を手に持って窓際へ近付いた。
俺と相棒だけならまだしも、女性二人が同じ室内でデスクワークをしているのだ。
この世界、この時代に分煙なんかないだろうが、喫煙者の最低限のマナーは守らなければならない。
窓際から外に向かって紫煙を吐き出…
「ハァ〜イ、和き…ケホッケホッ!!?」
「…失礼しました」
手入れがされた灌木を掻き分け、いきなり現れたのは、この城の主であり呉王である孫伯符殿。
どうやら俺が吐き出した紫煙をまともに喰らってしまったようだ。
それを詫びると、すかさず煙草を灰皿に押し潰した。
…点けたばかりで残念だと思うが。
「まさか奇襲だなんて…ケホッ」
「ですから失礼を。…それで伯符殿?」
「うん?」
「何故、外に?」
「あぁ。仕事しろ〜って煩い冥琳から逃げてたのよ」
嗚呼…なんという事だ。
「…公瑾殿に怒られますよ?」
「いいのよ〜。別に冥琳なんか恐くないし……和樹ってば、なんで真名で呼ばないの?」
…唐突だな…。
「いや…上下関係を明確にしておきたいだけですので、気になさらず」
「…真名を預かったのに真名で呼ばないのは失礼になるのよ?」
「それは大目に見て頂きたい…」
「ブー、堅いなぁ…」
…堅いだろうか?
それよりも一応の主君を“殿”で呼んでいる方を気にしてもらいたいが…気にはなっていないようだから良いだろう。
「…あれ、他の三人は?」
「食事に行きましたよ」
「和樹は行かなくて良かったの?」
「弁当を持って来ていますので」
机に乗っかっている包みに視線を向けつつ告げると彼女が納得したように頷いた。
「お邪魔しても良いかしら?」
「…どうぞ」
「投げやりねぇ…」
伯符殿の呆れたような言葉を聞き流しながら、身体を退けると彼女が片足を窓枠に掛けて、ヒラリと部屋に舞い降りる。
「これからご飯だったの?」
「まぁそうですが…」
「それじゃ一緒に食べましょ♪」
「…ハァ…」
「うわっ。なにそれ、すっごい嫌そ〜」
了承とも溜息ともつかない返事をすると彼女は顔をしかめるが、口調は明るい。
「ど〜んな弁当なのかな〜♪」
勝手に弁当の包みを開けているが、もはや制止するのも面倒になってしまった。
それを見届けていると包みが解かれ、中から竹の皮で包まれた弁当が姿を現した。
「……これだけ?」
「えぇ、そうですが」
俺の弁当は玄米に雑穀を混ぜた一合の握り飯一個と漬物。
あとは水でもあれば充分に足りる。
「…もしかして…生活に困ってるの?」
「いいえ、まさか」
以前の報酬に加えて、個人的なツテの砂金があるため生活費には困っていない。
これは単純に俺自身の嗜好の問題である。
「どう考えても…身体の割に少ないと思うんだけど…」
そう言いながら伯符殿が俺の身体をペタペタと触ってくる。
「…身体、壊すわよ?」
「体調管理が出来ないなら傭兵なんかやってられませんよ」
「…それもそっか」
傭兵というのは正規軍所属の将兵とは異なり、訓練の義務というのが存在しない。
当然といえば当然であるが、これは戦闘を生業にする人種にとって危惧するべき事態となっている。
日常的ないし定期的に訓練しなければ、身体は鈍る、勘は鈍る、と良い事は皆無。
むしろ、肉体にも精神にも無駄な贅肉がついてしまう。
その為、傭兵の訓練とは自主トレが主となっている。
部隊でも基本的には自主トレを推奨しているが、定期的に合同訓練を行い、連携パターンの確認をしているのだ。
それ以外は…基本的に自由だ。
階級の縛りもそれほど無く、部下同士の仲も良好。
前世では揃いに揃ってバカンスに行ったモノだ。
「…御前で失礼しますが、食事をさせてもらいます」
「えぇどうぞ。私は…っと、お酒でも飲んでるから♪」
椅子に座り握り飯を掴んで食べ始めると、伯符殿は何処からか瓢箪と盃を取り出して酒盛りを始めてしまう。
…昼間から飲んでアル中にならないのだろうか。
「…食べながらで良いから聞いてくれる?」
「?」
握り飯を咀嚼しながら唐突に語りかけてきた彼女に視線を向ける。
「…報告があったのだけど…寝台で眠らないっていうのは本当?」
「………」
噛み砕いた米粒を飲み込む。
「…それがどうしたので?」
「加えて、武器を抱えたまま壁によっ掛かりながら寝ている、って報告を受けているわ」
「ほぅ…監視があったのですか」
「白々しいわね…。どうせ気付いてたのでしょう?」
その質問にはYesと心中で答えさせてもらお…んっ、部屋の外に…。
「…断りもなしに細作を付けたのは悪いと思ってる。だけど…監視というよりは、護衛が正しいかしら」
「…護衛?」
「そ。…まぁ必要ないかもだけどね」
「そこまで自惚れはしませんが…何故そこまで?」
「それは」
「それは私から話させてもらおう」
扉の向こうから最近になって聞き慣れてきた声が響く。
ヒールの足音も高らかに入室してきたのは周瑜、字を公瑾、そして真名は冥琳である。
「やっと見付けたぞ…雪蓮」
「アハハハ……」
「少し目を離したと思ったら執務室を抜け出して…」
「えっと…」
「なんだ?弁明があるなら言ってみろ」
「そう!気分転換よ気分転換!!」
「ほぉう…気分転換、とな?」
「そうそう!そろそろ戻ろうかな〜って思ってたら、和樹に見付かって食事に誘われたのよ〜」
「ほぉう……」
…なにやら公瑾殿の眼鏡が、あらゆる物理的法則を無視して光った気がした。
構わず、途中だった食事を済ませると、纏め終わった竹簡を彼女に差し出した。
「…歓談中に失礼。公瑾殿、これが部隊の概要を纏めた物です」
「んっ、あぁ済まないな。……ふむ……」
竹簡の留め紐を解いた公瑾殿が、何やら時折、呟きながら読み進める。
「…指揮系統が細かいな…」
「えぇ。もしもの時には私の命令を待たずに行動できるようにしていますので」
「…この戦車隊や戦術戦闘飛行隊というのは何だ?」
「過日の寿春城攻略時に見たと思いますが、戦車とは地面を走る鋼鉄の車、そして戦術戦闘飛行隊…本当はヘリ部隊と記述したかったのですが、読んで字の如く空を飛ぶカラクリの事です」
「そうか。…121名が指揮官を含め、戦力がほぼ均一になるように編成されているのか…なるほど」
納得したかのように頷いた公瑾殿は手にした竹簡を纏める。
「勉強させてもらった。これで予算が組める。…それにしても天の軍隊とは随分と合理的な編成をしているのだな」
「えぇ。無駄を省く事で戦闘を有利にし、その分を別の任務にあてるのが当然になっていますので」
端的だが指揮権交代が良い例だろう。
戦闘中に部隊指揮官が戦死した場合は、その副官ないし、戦死した指揮官に次ぐ階級の将校あるいは下士官が隊の指揮をする。
そして、その者が戦死した場合は、また階級が次ぐ者が指揮を執るというのが延々と続く。
要は“代わり”が存在するのだ。
「軍事だけでここまでとなると…文明も進んでいるのだろうな」
「まぁ…そうですね」
確かに文明は進んでいる。
もっとも、それが顕著になるのは戦争の前後なのは良くある話だ。
「まぁ、その手の話はいずれじっくりと聞こう。…それで、だな」
「冥琳」
「あぁ判っているよ。和樹、済まないが外で話そう」
「了解しました」
誘導されるがまま二人に着いて行くと、到着したのは中庭。
そこには先客が二人。
「もっと腰を落として!その態勢では斬撃に耐えられません!!」
「クッ…!!」
伯符殿の妹である仲謀殿と武将である甘興覇殿が鍛練中だった。
指南役は…明らかに興覇殿。
速さに乗った強烈な斬撃を辛うじて受け止め仲謀殿であるが、それに耐え切れず僅かに足を上げてしまっている。
「やってるわねぇ♪」
「姉様!?」
「集中を切らさない!!」
「すっ済まん」
声を掛けられ姉に視線を向けたが、すかさず指南役からの注意が飛ぶ。
「雪蓮様、申し訳ありませんが…」
「判ってるわ。邪魔はしないけれど、少し場所を貸してちょうだい」
「…御意」
俺の顔を見た興覇殿が不承不承と了承すると彼女達は再び鍛練に戻った。
「…和樹からして、蓮華はどう思う?」
「…まず基本を忠実に守る事でしょうな。衝突の際は手の内を絞める、腰を落とす、足捌きをしっかりと、移動は摺足で。基本が守れなければ、上達は出来ない」
「あら、経験は?」
「…それは二の次、三の次。経験なんて重ねれば良い」
「良く判ってるじゃない♪だそうよ蓮華!」
「邪魔しないで下さい!!」
「あらら、怒られちゃった♪」
舌を出した伯符殿が近くにあった長椅子に腰掛けると続いて公瑾殿も隣に座った。
ここまで連れて来たのは盗み聞きを回避する為だろう。
壁に耳、障子に目。
監視や盗聴というのは何処の世界でも変わりはないという事だ。
「…ねぇ、いい加減に座ったら?」
「…何度も言いますが」
「“座ると、もしもの時に即応できない”でしょ?それは判ってるんだけど…立っていられると気になるわ」
「貴女様は、一応は我々の主君。同席するのは憚れますので」
「うわっ、すごい理由の後付け」
「雪蓮」
「判ってるわよぉ…。…もぅ…和樹も冥琳も堅いんだから」
「何をいう。果てしなく柔軟だぞ、私は」
「…それで話とは?」
脱線しかけているのを修復すると、公瑾殿が咳ばらいをした。
「済まなかった。…あの細作等をつけたのは、監視が名目の護衛だ」
「…監視が目的なのでは?」
「…老臣達、特に保守派の連中の目を背ける為だ」
…保守派、か。
「雪蓮を筆頭にした改革派、そして老臣達が主の保守派は水面下で火花を散らしているのだよ」
「そ〜そ〜。私が提案した案件を突っぱねるのよ。やれ予算が足りないだの、もっと時期を見てから、とかね」
「…何処も変わりない、か」
「何か言った?」
「いえ。続きをどうぞ」
話の腰を折った事を謝罪すると先を促した。
「先代…文台様が亡くなり、雪蓮が家督を継いだ時から老臣達の力が増した。…どうも裏ではあくどい事をしている可能性が高い」
「何故、そこまで断言が?」
尋ねると公瑾殿がずっと手にしていた書簡を手渡してきた。
それを受け取ると留め紐を解いて広げる。
…オイオイ…これって。
「…人口推移状況と年貢の収集状況について、ですか?」
「あぁ」
「…私に見せて大丈夫なので?」
「なに構わんよ」
納得は出来ないが…そう言われては仕方ない。
構わず読み進めると、不審点に気付いた。
「それは、とある村の数値だ」
「…人口の割には…年貢を納める数量が少ない」
「そうだ」
「どれほどの割高で年貢を?」
「四公六民が基本だ。不作の年は調査の後に割高を変えている」
…それにしては少ないな。
「調べれば調べるほど、叩けば叩くほど、不正や埃が出てきたよ」
「ホント…冥土の母様が知ったら嘆くわ」
呆れるように二人は揃って溜息を吐き出した。
「他にもあるが…聞きたいか?」
「…賄賂や横領などもあるのでしょう?もう腹一杯です」
書簡を纏め、それを公瑾殿に返す。
「ふむ…。我々に細作をつけたのは老臣達に、素性の知れない傭兵部隊を警戒し監視しているという事を知らしめるため、と理解して宜しいか?」
「そんな所ね。…城に部屋を用意しても良かったんだけど、煩くって」
「いえ。屋敷を頂いただけでも光栄であります」
「…その喋り方も変えたら?堅苦しくない?」
「慣れていますので」
「あっそ…」
伯符殿は嘆息すると何故か俺に視線を向けてくる。
「ねぇ?」
「…なにか?」
「まだ時間ある?」
尋ねられ左手首に巻いた腕時計に視線を落とす。
「…多少は」
「そっ。誰かある!?」
いきなり伯符殿が人を呼んだ。
すると廊下を兵士が慌てて駆けてきた。
「お呼びでしょうか!」
「私の剣と、彼の執務室から刀を持ってきて」
「御意!!」
兵士が駆けてきた廊下を戻って行くが、俺には何がなにやら判らない。
…伯符殿は兵士に剣を持って来るよう命じた。
そして俺の刀を持って来るようにも…。
考えられる結果は……。
「…伯符殿?」
「なに?」
「…何故、武器を持ってくるように兵士へ?」
「あら、剣が無いと仕合が出来ないじゃない♪」
……オイ。
「…公瑾殿、止めて下され」
彼女の抑え役だと認識している、常識人に助け船を願った。
「ふむ…運動して疲れさせれば、少しは真面目に政務へ取り組んでくれるだろうしな…」
「…公瑾殿?」
「…まぁ良いだろう。二人とも寸止めはしろよ?」
「判ってるわよ〜♪」
…どうやら、この場に俺の友軍はいないらしい。
…ついでに援軍も望めそうにない。
「お待たせしました!!」
「ご苦労様」
駆けてくる足音は二つ。
一人が伯符殿に剣を渡すと、もう一人は…確かに俺の愛刀である二本を手渡す。
「…申し訳ない」
「…いえ。その…頑張って下さい」
「…あぁ」
援軍とまではいかないが、同情してくれる奴はいた。
「さてっと。…先の戦で“貴方に勝てそうにない”って言ったのを覚えてる?」
「…そんなこと言いましたか?」
「言ったわよ。だから…本気で征かせてもらうわ」
剣が抜かれたと同時に彼女の纏う雰囲気が変わった。
軍服の上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外すと、シャツの第三ボタンまでを外して襟を開く。
愛刀二本を腰の革ベルトへ差し込み、内の一本を鞘から払う。
一対一か…ここは正眼で構えるとしよう。
「…準備は良い?」
「えぇ」
「…殺すつもりで征くわよ。冥琳、合図をお願い」
正眼に愛刀を構えると、伯符殿も剣を構えた。
向こうは…八相に近い。
おそらくは戦で体力の消耗を抑える為に習得したのだろう。
八相は五行の構えの内で最も多対一、乱戦で効果を発揮するが、一対一では、あまり意味がない。
…ならば長期戦に持ち込むつもりか。
「くれぐれも怪我をしないようにな。…始め!」
Others side
冥琳の仕合開始の合図と共に雪蓮の猛攻が始まった。
手にした南海覇王を縦横無尽に振るうが、それを和樹は斬撃を払いのけ、あるいは避けている。
傍目には和樹が防戦一方になっているかのように映るだろう。
「ホラホラ!!亀みたいに縮こまってないで掛かってきなさい!!じゃないと膾になっちゃうわよぉ!!!」
(…まさか此処でもコンバットハイをお目に掛かるとは…)
彼女の様子を見て和樹はそのように結論した。
コンバットハイ−戦闘高揚感などの意味があるこれは戦闘時に非常に強い快楽を得る状態をいう。
戦闘−殺人に快楽を得る、という表現は適切ではないだろうが、そのような精神状態になる兵士は多いのだ。
例えるならば、ドラッグをキメたように笑いながら戦ったり、ふざけたりするのだ。
だが雪蓮の場合は、似たようなモノであって厳密には違う。
コンバットハイや戦闘中毒になった後は重度の欝になるのだが、それは彼女には当て嵌まらない。
しかし初見の和樹が、そう判断してもおかしくはない。
「アハハハッ!貴方の武はこの程度のモノじゃないでしょ!!?」
笑いながら更に雪蓮が和樹に斬り掛かるが、それを彼は愛刀で受け止めると、鍔ぜり合いへ持ち込む。
「…なんで斬ってこないの?」
「………」
「まさか女だからって手加減してるんじゃないでしょうね?」
「…いや、そこまで無礼では」
「なら…さっさと殺り合いなさいッ!!」
非常に危険な発言をした彼女が力任せに和樹の愛刀を弾くと、南海覇王を上段に構え、振り下ろすが。
「なッ!?」
その斬撃を受け止めた彼に雪蓮が驚愕の声をあげた。
雪蓮が全体重を掛けているのを好機とみて、和樹が力を抜くと彼女の身体は前のめりになる。
その隙をついて、素早く背後に回りつつ片手で彼女の手首を捻り、剣を奪うと、右手に愛刀、左手に南海覇王を持ち、それらを交差させ雪蓮の首筋に当てる。
「そっそこまで!!」
勝負あった、と冥琳が慌てて終わりを告げたと同時に仕合が終了した。
和樹side
…しかし…これが戦闘狂という奴か。
悪意なき殺意には慣れたと思っていたが、対峙すると、やはり気味が悪いモノだ。
「貴様、姉様に何を!!?」
いきなりの怒号が耳を打った。
その方向に視線を向けると俺に向かい、仲謀殿と興覇殿が剣を構えていた。
「落ち着きなさい蓮華。これは仕合よ」
「しかし!!」
「大丈夫だから…ね?」
軽口を叩きながら伯符殿が妹にウィンクする。
彼女達の警戒を解く為、構えから直ると、愛刀を鞘に納め、伯符殿の剣を持ち直し、刃を軽く握り彼女に柄を差し出す。
「ありがと。…やっぱり強いわね」
「いえ…失礼しました」
彼女が柄を握ったのを認め、刃を離すと、伯符殿は剣を鞘に納めた。
「最後のあれって体術よね?」
「えぇ」
「足を払ったり、殴られるかもって予想してたけど、あそこまで綺麗にやられるなんて思わなかったわ」
「…手を掴んだ時点で投げ飛ばそうとは思いましたが」
「あら、じゃあなんでやらなかったの?」
「何故って……」
そう問われ、彼女の服装をみる。
両側のスリットが深い、それだ。
「…ご自分で気付かれませんか?」
「えっ…あぁ。…それって手加減って言うんじゃない?」
「人聞きの悪い。あれは“気遣い”というモノです」
「…まぁ、そういう事にしておくわ」
納得がいかないようだが…気にしないようにするか。
腕時計の針を見ると…だいぶ時間が過ぎていた。
「…そろそろ休憩も終わりですので、私は失礼させて頂きます」
「えぇ。仕合にまで付き合わせてゴメンなさい」
「いえ。では失礼」
伯符殿達に一礼すると、地面に落とした上着やネクタイを拾い上げ、執務室へ戻る為、中庭を後にした。
余談であるが、俺が屋敷へ戻る頃には城内に“韓甲将軍が孫策様に完勝した”と噂が広まっていた。
…いったい何処から広まったのか…。