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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第二部:契約へ
22/145

20



遅くなりました。



孫呉の大号令は少し短くしてしまいました、申し訳ありません。






Others side






「勇敢なる孫呉の将兵よ、呉の同朋達よ!!雌伏の時を越え、待ちに待った時が来た!!!」



整然と並ぶ孫策軍の先頭で軍を率いる孫伯符の檄が飛ぶ。


騎乗した彼女は腰に帯びた呉王の証たる南海覇王を鞘から抜き放ち、声高らかに孫呉の将兵へ命令を下す。


「宿敵 袁術を討ち滅ぼし、栄光の呉を、父祖より受け継ぎし愛する呉の大地を、再び我等の手に取り戻すのだ!!」


孫策が手にした剣を天に向かい掲げると差し込んだ陽光で刃が鋭く光る。


「これより孫呉の大号令を発す!呉の兵達よ、その命を燃やし尽くし、呉の為に死ね!!」


その命令と共に部隊指揮官達が指揮下の兵士へ戦闘用意の合図を出す。


そして、孫策が掲げた剣が大気を切り裂いて振り下ろされた。


「全軍、出陣せよ!!!」


『オォォオォォッ!!!!』


一斉に兵士達が手にした武器を天に突き上げ気勢を上げた。


「弓隊、構えぃ!これが袁術の小娘への今までの礼じゃ、たっぷり喰らわせてやれぃ!!」


『応ッ!!』


「放てぇ!!」


呉の宿将である黄蓋の号令一下、指揮下の弓隊が袁術軍に対して矢の雨を降らす。


「甘寧は左翼へ、周泰は右翼に回り込め!!敵を中央に誘い込み、半包囲殲滅をかけろ!!」


「はっ!甘寧隊、続け!!」


「周泰隊も我が旗に続いて下さい!!」


『応ッ!!』


大軍師 周瑜の命で甘寧と周泰がそれぞれの部隊を率いて持ち場へ向かう。


「呆気なかったわね…」


「気を緩めるな、雪蓮。まだ始まったばかりだぞ」


「ブー、冥琳は固いなぁ」


釘を刺す冥琳に対して、雪蓮は何処か達観した様子だ。


「お姉様!!」


「あら、蓮華。どうかしたの?」


後曲にいた筈の孫権−蓮華が騎乗して駆けてくる。


「韓甲とやらの隊は何処にいるのですか!?戦は始まったというのに姿が見えないではありませんか!!」


「う〜ん…。なんでだろ?韓甲は二日前に着いてる筈なんだけどねぇ…」


「所詮は下賎な傭兵です!報酬の半分を頂いて、後は逃げたのでは!?」


蓮華の言い分は間違ってはいない。


傭兵という人種の中には、そういう事をする人物達が往々にして居るものだ。


「…それはないわ」


「何故ですか、何を根拠にそんな事が!!?」


「勘よ♪」


もはや彼女の名台詞となっている一言に蓮華は脱力してしまう。


「伝令!右翼の林より旗が!!」


伝令の兵士が馬を駆って近付いて報告すると、指揮官達が袁術軍の伏兵かと戦慄する。


「伏兵!?」


「旗印は!?」


「はっ!掲げられたのは漆黒の韓一文字と白地に…おそらくは狼を描いた牙門旗、そして漆黒の華一文字です!!」


指差された方向へ彼女達が視線を向けると、確かに三種類の牙門旗が風に翻っていた。


それを確認した瞬間、戦場に連発の銃声が響き渡る。


「ほらね、言った通りだったでしょ♪」


「ねっ姉様!!」


「まぁ…取り敢えず、韓甲達はこちらの味方のようですし、一安心ですね」


「そうみたいねぇ……んっ?」


「どうした雪蓮?」


「あれ…単騎駆けしてくるわよ?」


雪蓮が視線を向ける方角から迷彩戦闘服についたフードを目深に被った人物が騎乗して駆け寄ってくる。


それを認めた兵士達が警戒して武器を構えるが、それを彼女は手で制した。


「馬上から失礼します。こちらの総大将に目通り願いたい」


「私よ」


「…貴女が孫伯符様、で間違いない?」


「えぇ。名乗ったんだから、そっちも名乗って欲しいんだけど?」


「申し訳ありません。隊ちょ…我が主より名乗るなと厳命されておりまして…」


「ブー。韓甲も誰かさんみたいに固いなぁ」


「…敢えて名乗るとすれば…曹長と。皆から、そう呼ばれておりますので」


「そうちょう?…役職かしら?」


「まぁ…そんな所かと」


この曹長は反董卓連合が結成された際に劉備軍へ潜入した人物である。


彼が伝令に走らされたのは隊員達の中で一番、冷静だった為だ。


他の隊員達は、色々な意味でテンションが上がり過ぎてしまっている。


「我が主よりの伝言があります。“空に赤い花が三輪咲く。その時が総攻撃の好機”」


「…空に赤い花?」


「確かに伝えました。…あっ、もうひとつだけ。軍馬や兵士の混乱を抑えて下さい」


「えっ…?」


「では、失礼します」


「ちょっ、待ちなさい!!」


「必ず、城内へ導きますので、しばしお待ち下さい」


そう言い捨てた曹長が馬を駆って、林へ戻っていくのを彼女達は見送るだけ。


「…ねぇ、どういう意味だと思う?」


開口一番、雪蓮が冥琳に問い掛けると彼女は少しズレた眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げた。


「…どうもこうも…言葉通りの意味だろうな。…しばし…それほど時間をかけず我々を城内に…?」


「冥琳ったら…あれっ?」


「どうした?」


「姉様?」


不審に思った二人に対して雪蓮は耳を澄ませる。


「…ねぇ、何か聞こえない?」


「んっ?…なんだ…」


「地鳴りのような…」


雪蓮にそう言われ、耳を澄ませると、確かに彼女達にも聞こえた。


地鳴りの割にはひどく金属的な音で、何かを薙ぎ倒しながら近付いてくるようなそれを。


そして、大気を切り裂くような−まるで剣を振り抜いた時に聞こえる風切り音。


「なんだろ?」


「…判ら…ッ!!?」


「姉様、あれを!!?」


「…なに…あれ?」


三人−いや、戦場で互いに斬り結んでいた者達も気付いた全ての人間が驚愕した。


孫策軍側から見て右翼に繁る林から木々を薙ぎ倒して現れた三輌のT-72、そして木々の葉を二枚のブレードのメインローターが巻き起こす強烈な気流で吹き飛ばし飛翔するM134 ミニガンとXM-158 7連ロケット発射機を武装した三機のUH-1を目撃して。


「なっ…なにあれ?」


「あの車はともかく…なんだあの空を飛ぶからくりは?」


「姉様も冥琳も落ち着き過ぎです!!」


「失礼しました。…穏の癖が出なければ良いが…」


冥琳が視線を移して件の人物を探し出す。


「ジュルリ…ハァハァ…」


「…遅かったか…」


書物だけでなく未知なる物への好奇心に駆られた陸遜が口の端から流れた涎を啜るのを見て冥琳が溜息を吐いた。




木々を薙ぎ倒して現れた戦車の一台の125mm滑腔砲が火を吹いた瞬間、鉄で作られた城門が吹き飛んだ。


「キャッ!?」


「城門が…跡形もなく…」


HEAT弾の直撃を喰らった城門が吹き飛ぶと、戦車隊の砲塔が一斉に旋回する。


主砲が狙うのは砲声に驚き縮こまっている袁術軍の兵士達。


「逃げ−」


誰かが叫んだが、間に合う筈もなく三輌の主砲が斉射された。


砲撃音の後、戦場に轟くは数多の兵士達の悲鳴。


悲鳴をあげたのは“運よく”手足をもぎ取られた者達だ。


撃ち出されたのはキャニスター弾。


元々、T-72にはキャニスター弾を搭載しないのだが、対人戦闘を行えるよう和樹が特別に注文したのだ。


余談だが、対人戦闘を行うなら戦車ではなく歩兵戦闘車が適当だろうが、生憎と黒狼隊の面々にはそれを操縦した経験がある者がいないのだ。


そもそも戦場で歩兵戦闘車へ兵士を乗せて輸送している際に戦車に鉢合わせしたら勝ち目がある訳がないし、和樹や将司達はそんな場面を見てきた為に端的ではあるが歩兵戦闘車は使用したくないのだそうだ。


もっとも、そんな理由があろうとなかろうと戦車搭乗要員の部下達は乗り慣れたT-72が良いとのこと。



話を戻すが、キャニスター弾は対人散弾。


散弾銃の弾丸であるショットシェルを大型にした物だと考えれば良い。



この砲弾は第二次大戦の太平洋戦線でも使用され、日本軍の万歳突撃を防ぐ為に効果を発揮した。


米軍戦車に組み付いた日本兵を別の戦車がキャニスター弾を件の戦車に対して撃ち、兵士を始末したという事例もあるのだ。



袁術軍の兵士達の屍は無惨としか言い表せない。


四肢、首、上半身、もしくは下半身をベアリングでもぎ取られ、切り裂かれた腹からは内臓が飛び出している。


「逃げろ化け物だぁぁ!!」


袁術軍はついに混乱状態に陥った。


逃げ惑う兵士達に対して戦車隊が容赦なくキャニスター弾を撃ち込み、更なる屍の山を築いていく。


抵抗のつもりなのか袁術軍の弓隊が戦車隊に矢を射かけるが、装甲を貫ける筈がなく僅かな傷をつけるのみ。


そして今まで空から傍観していたヘリ部隊が行動を始める。


逃げ惑う兵士達の頭上からミニガンとロケット弾による掃射を加え、ローターのピッチ角を調整しながら城壁へ一気に肉薄する。


当然、そこには弓隊が待ち構えていたが、内の一機が城壁の一角を通り過ぎざまにミニガンによる掃射を行い弓兵を駆逐。


橋頭堡を築いたのを確認し、二機のUH-1が城壁上空約5mでホバリングすると、それぞれの機から黒狼隊の兵士が舞い降り、それに遅れてもう一機からも兵士が飛び降りた。


18名の兵士達の中には和樹の姿も。


城壁に降り立った和樹がヘリのパイロットにハンドサインを送ると、ヘリ部隊が上昇を開始し、それぞれが駆逐の済んでいない城壁へと向かい掃射を始めた。


「手筈通りにいくぞ!」


『応!!』


別働隊を三つに分けて、これより城壁の制圧を開始し、残りは混乱している袁術軍へ上から機銃掃射をかけるのだ。



それぞれが所定の位置へつくと銃声が響き始める。


城門近くの城壁に陣取った二隊は、背中合わせになるよう布陣し、撤退を始めた袁術軍に容赦なく銃撃を浴びせ掛け、城内に銃口を向ける一隊は援軍が来ないか警戒。


最後の一隊は隊を更に二つに分け、各方面からヘリ部隊が撃ち漏らした弓兵を駆逐に掛かる。



頃合いを確認した和樹は腰から中折れ式信号拳銃を抜き、目当ての弾種が装填されているかを確かめ、それを空に向けて銃爪を引いた。


赤色の彩煙弾が蒼穹の一部を彩った。


それに続き、戦場で砲撃を続けていた戦車二輌の発煙弾発射機から同色の二発の彩煙弾が撃ち上げられる。



戦場の上空に血を思わせる三発の彩煙弾。


黒狼隊では前世から、この信号を“総攻撃開始”の合図としている。




「…“空に赤い花が三輪”」


「あれ、だな」


「えぇ。…どうしたの蓮華?」


空を見上げていた雪蓮が視界の端にいる妹に問い掛けると彼女の身体は小刻みに震えていた。


「…これは…“戦”と呼べるのですか…?」


「…はぁ?」


「韓甲の隊にはまるで損害がない。それなのに…袁術軍は…」


「まっ、そうね」


「確かに、見方によっては…これは戦とは呼べないかもしれませんね」


「そうねぇ。…敢えて呼ぶとすれば…“殺戮”」


それも一方的な、と付け加えると雪蓮は抜き放ったままの南海覇王の切っ先を混乱の渦中にある袁術軍に向けた。


「今こそ好機、全軍突撃せよッ!!」


『オォォオォォ!!!』


怒声をあげて孫策軍兵士達が手にした武器の穂先を揃えて突撃を開始すると、林から呼応するように華の牙門旗を掲げた華雄率いる騎兵隊が横槍を仕掛けた。


袁術軍は逃げようにも、城壁からは銃撃を仕掛ける黒狼隊、右翼と左翼、そして中央からは突撃してくる孫策軍と華雄隊、戦車隊を中心とした黒狼隊本隊に阻まれてしまい撤退が出来なくなった。


兵法書にでも出てきそうな、手本とも言える包囲陣形の完成である。


「それじゃ、行ってくるわねぇ〜。蓮華、指揮をお願い♪」


「ちょっ姉様!!?」


袁術軍の瓦解を認めた雪蓮が部隊を率い、突撃していくのを彼女の妹は見送るだけである。






「戦車を盾に前進!逃げる奴には尻の穴をもうひとつこさえてやれ!!」


『応ッ!!』


将司が率いる本隊は戦車隊を援護しながら、右翼側より進撃を続けている。


時折、戦車の履帯が袁術軍兵士の屍を踏み潰す度に骨と肉が砕かれ、潰される音が鈍く響く。


「副長、孫策軍が突撃を開始!」


「良し。ここまでは予定通りだな」


報告に満足したのか彼は頷きつつヘルメットを被り直す。


「…そろそろ、やってみますか?」


「そうだな…。オイ、寄越せ」


「はっ!」


部下から渡された物を受け取った将司は、それを起動させて息を吸い込む。


<袁術軍将兵に告げる!…臭ぇ子種を撒き散らすしか使い道の無ェ、タマを弾丸(タマ)で撃ち抜かれる前にさっさと投降しろ!!さもねぇと皆殺しにしてるぜぇぇ!!>


拡声器を使い、投降勧告にしては些か下品な言い方に部下達が苦笑する。


だが、全く冗談に聞こえない勧告に袁術軍将兵はにわかに騒ぎ始める。


「おっおい、どうするんだ!?」


「俺に聞くなよ!!…クッ…袁術様、張勲様、いかがいたしましょう!!?」


「あれ…袁術様…?」


「張勲様は何処に…?」


自分達の総大将とその側近が陣にいない事に兵士達は気付いた。


実は、戦場に黒狼隊の旗が翻った瞬間から二人はさっさと城内へ逃げていたのだ。


いわゆる敵前逃亡である。


<オラァ、ちゃっちゃと武器を捨てやがれ!!三つ数える前に捨てねぇんなら全員、あの世に送ってやる!!!>


これは将司が出した事実上、最後の投降勧告。


「どっどうする!!?」


「んなこと言われたって!!」



<イィィィィ>


「もう数え始めたぞ!?」


「うるさい判ってる!!」


騒ぎ始める将兵を尻目に、黒狼隊の兵士達の銃口が向けられる。


<アァァァァル>


拡声器が無線とリンクされているのか今度は戦車隊の主砲が向けられ、上空では城壁への掃射をあらかた済ませたヘリ部隊が旋回し機体の両側に配備した武装を戦場へ向ける。


<サ>


「武器を捨てろぉぉぉ!!」


最後のカウントが始まった瞬間、一人の兵士が手に持った槍を地面に叩き付けた。


それが連鎖し、次々と袁術軍将兵の手から武器が地面に落ちる。


<全員、動くな!!両手を頭の後ろに回して、そのまま膝まずけ!!>


将司の言う通りにして、そのまま一斉に行動する数万の兵士達の姿は、はっきりいって異様な光景だろう。


だが、それをやっている当人達はいたって真剣なのである。


誰だって死にたくはない。


将兵達が膝まずくのを確認した将司は、次に拡声器を孫策軍陣営に向ける。


<孫策軍へ。投降した敵将兵の拘束を願いたい。了承したならば旗を振れ>


ややあって、孫策軍側の旗手が牙門旗を左右に振るのを合図に、孫策軍兵士が拘束の為に動き出した。



溜息を吐いた将司は拡声器を部下に返すと、胸ポケットから煙草とジッポを取り出して火を点けた。


「ハァ〜〜」


久しぶりのニコチン摂取に彼の表情が綻ぶ。


だが、その表情を直ぐに引っ込めると彼はトランシーバーのチャンネルを開いた。


「こちら副長。少佐、応答を」


<こちら少佐。作戦は順調に消化中。相棒、そっちはどうだ>


「…投降勧告が聞こえなかったのか?」


<現在、城内に居る−−>


急に交信が途絶えたと思い、将司は訝しんだが、トランシーバーから誰かの断末魔の奇声が聞こえた。


<−悪い、ちょっとホストからの歓迎を受けてた>


「そうか失礼のないようにな」


<あぁ。まだ作戦中だが、点呼を取っておけ>


「あいよ。OVER」


<OUT>


チャンネルを切ってトランシーバーを元の位置に戻すと彼は部下達に命令を下す。


「点呼を取れ。終わり次第、拘束に加わる」


『応!!』










「七乃〜疲れたのじゃ〜」


「頑張って下さい、お嬢様!!」


「袁術様、張勲様、お急ぎ下さい!!」


寿春城の廊下は慌ただしくなっている。


一足早く、戦線離脱した袁術と張勲は一個分隊にも満たない兵士を伴って脱出に追われていた。


時間も人数も足りない。


もはや着の身着のまま逃亡するしかないのだ。


「ここに居られましたか!!お急ぎ下さい、孫策軍が既に城内へ雪崩込んでおります!!」


「あの田舎者めぇ。妾の恩を忘れおって、なんという不忠者じゃ!!」


「そんな事を言ってないで早く逃げましょうよ!」


「もう妾は疲れたのじゃ〜!!七乃、おぶってたも」


「嫌ですよぉ〜。私だって一杯いっぱいなんですから」


傍目から見れば、このやり取りには余裕さえ感じられる。


「我々が先導いたします!!」


「頼みますぅ〜」


「うむ、苦しゅうないのじゃ」


廊下の突き当たりが近付き、兵士達が先に行き、安全を確認しようとする。


「−ガハッ!!?」


「グェッ!!?」


「ぴぃ!!?」


「こっこの轟音は……」


主君を護ろうと張勲が剣を抜いて袁術の前に立ち塞がる。


その間にも張勲の言う轟音−銃声が廊下の向こうから響き渡る。


それが終わったと思うと、血塗れではあるが辛うじて息のあった兵士が尻餅をつきつつ後退りする姿が二人の視界に飛び込んできた。


「たっ助け……」


覚束ない動作で後ろに下がる度に、何かに濡れたような足音が兵士に近付いてくる。


「助け…アァァア!!!」


何を見たのか兵士が絶叫をあげた瞬間、首と胴体が永遠の別れを告げ、飛んだ頭が二人の足元近くへ転がってくる。


「ぴぃぃぃ!!そっ孫策なのじゃぁぁ!!?」


「…孫策さんなら良いんですけどねぇ〜」


敵の総大将が自分の首を取りにやってきたと思った袁術が悲鳴をあげるが、逆に張勲は彼女が現れた方がまだマシだと言う。


「…プッ…」


「少佐…後で、ちゃんと身体を洗って下さいよ」


「つ−か、いくら突撃兵だからって一人で突っ込まんでくだせぇ」


「俺達の出番が無ェじゃないですか」


やり取りをしながら現れたのは城内制圧に移った和樹達。


伴った部下は三人だが、他の部下達も各方面で制圧を開始している。


彼のコートや顔は返り血で汚れ、伸びたままの髪に付着した血液が固まり、歩く度に血溜まりを踏んだブーツが血の足跡を残す姿は、さながら悪鬼羅刹の類いを思わせた。


「げっ下郎め!何者−−ぴぃ!!」


張勲の背後に隠れながら問い詰める袁術に和樹が視線を向けると、その鋭さに再び悲鳴をあげる。


「…名を知りたいなら、そちらが先に名乗られよ」


「ふっふん!!下郎などに妾の高貴な名を名乗る道理がないのじゃ!!」


膝が笑っているが、それでも虚勢を張る袁術に彼等は溜息を吐き出した。


「あの〜美羽様?」


「どうしたのじゃ七乃?」


「名乗るも何も…あの人達の恰好を見て判りませんか?」


「何がじゃ?」


おそらくは忘れているのだろう。


だが、袁術軍将兵の記憶からは虎牢関の戦いの惨状は消えてくれない。


「林から現れた部隊の牙門旗は韓一文字と狼が描かれ、もうひとつは華一文字ですよ」


「そんな事はわかっておる。…韓…狼…」


「ですから、黒狼隊ですよ!!虎牢関の戦いで私達に大打撃を与えた、あの!!」


「思い出されたようで何より。では改めて。手前は黒狼隊を率いている韓狼牙。孫伯符殿との契約により、参上仕った」


「孫策との!!?」


今度こそ袁術の膝が傍目にも盛大に笑い始めた。


「彼女との契約は、“袁術を眼前に引っ立てて来ること。抵抗するならば手足をヘシ折っても構わない”。確かに伝えた」


「まっ待つのじゃ!!見逃してくれんかのぉ?」


「見逃してくれたら金子をあげますよ〜?」


そう持ち掛けられた彼等は一瞬だけ呆気に取られたが、次の瞬間には苦笑を始める。


「無理ですね。傭兵は同時に二重契約するのはご法度なので」


「たっ助けてたも…」


彼等の顔は笑っているが眼は全く笑っていない。


それを察したのか、袁術は一縷の望みを託して懇願するが、和樹は首を横に振るだけ。


「では、本陣まで同行を」


「必要ないわ。来ちゃったから」


彼女達に近付く和樹達を制した声。


その発生原に視線を向けた彼等の眼に飛び込んで来たのは、供をつけず南海覇王を抜き放ち、爆発一秒前の雰囲気を醸し出している雪蓮であった。


「伯符殿、何故ここに?」


「待ちきれなくてね。契約を破って悪いんだけど」


「いえ、手間が省けた」


そう返した和樹は部下達にハンドサインを送る。


それに頷いた彼等は見る人間によっては見惚れるような動きで廊下を駆け抜けて去っていく。


和樹は城内制圧の続行を指示したのだ。


「…行かなくて良いの?」


「私が行かなくても部下達で足りる。…それに名目だけでも護衛は必要でしょう」


「気が利くわね♪」


愛刀の峰を肘に当てると、それを挟みゆっくりと引いてこびりついた血を拭った彼は刀を鞘に納めた。


今度からは懐紙でも用意した方が良いと和樹は考えながら、壁に背中を預けてコートの胸ポケットから煙草とジッポを取り出して火を点ける。


「さて…どうする?」


「どっどうするとは…?」


「腕、足?あっ、それとも耳にする?」


「き斬るつもりか!!?」


「当然でしょう?そうでなきゃ剣なんか抜いてないし」


「………」


遊んでるな、と思いつつ和樹は肺に吸い込んだ紫煙を吐き出した。


数日ぶりの喫煙だと脳髄が痺れるが、それが心地良く思える。


三人のやり取りを見物しながら彼はトランシーバーのチャンネルを開き、状況確認を始める。


<こちら第一分隊。城内東エリアをほぼ制圧>


<敵兵と会敵した場合は必ず仕留めろ。ヘタに近付いて刺されたら洒落にならん>


<第三分隊より大尉へ。城内北、西エリアの制圧完了>


<了解。何人か残して、第一分隊と合流の後は未制圧のエリアを駆逐に掛かれ>


制圧は順調のようだ。


チャンネルを切った彼は改めて、三人に視線を向ける。


袁術と張勲は互いに抱きしめ合い、雪蓮は南海覇王を掲げている。


二人にとって最期の瞬間が迫っている。


涙を流し、震える袁術が今まさに振り下ろされようとしている南海覇王を見詰めるが、その剣が視界から消えた。


「な〜んてね♪」


「「…へっ?」」


「………」


霧散した殺気に和樹は鼻孔から紫煙と溜息を同時に吐き出した。


「やあねぇ、冗談よ冗談。今更、貴女達を殺したって何の得にもならないでしょ?」


「そ、それじゃあ…妾たちを助けてくれるのかや?」


「二人だけで逃げるならね」


「逃げます逃げます!もう脱兎も真っ青な勢いで逃げます!!」


「そう。なら早く行きなさい。…貴女達を見てると、やっぱり殺したくなるから」


雪蓮が再び南海覇王に手を掛けると、二人はガタガタと震え始める。


「わ、わかったのじゃ!七乃、早く行くのじゃ!!」


「はっはい!では皆さん、さようならぁぁぁ!!」


一杯いっぱいだと言っていた割には体力は残っいたらしく、縮こまっていた袁術を抱え上げた張勲は一気に廊下を駆け抜けて行く。


「…隊長より達する。袁術、張勲が逃げ出したが手出しするな。特徴はハニーブロンドの長髪の少女と、ブルーのセミロングに略帽を被った女性」


<逃がして宜しいので?>


「雇用主の判断だ」


<了解しました。引き続き城内制圧を続けます>


通達を終えた和樹はトランシーバーを元の位置に戻して、吸い込んだ紫煙を吐き出した。


「…お礼が、まだだったわね」


「礼?」


不意に声を掛けられるが、彼には心当たりがない。


壁にもたれ掛かりながら顎に手を遣って考えるものの思い出す事は出来なかった。


「大事な民を助けてくれたこと、そして何処かの細作を仕留めてくれたこと」


「…別に感謝されるほどでは」


「謙遜ばっかりね…」


雪蓮が呆れ半分で溜息を吐くと彼は苦笑する。


「ところで…それなに?」


指差されたのは彼の口元にある煙草。


「煙草ですよ」


「…たばこ?」


「まぁ…嗜好品です。身体には悪いですが」


「そう」


そう言うと互いに押し黙り、沈黙が訪れた。


微かに遠くから敵兵と交戦している黒狼隊の銃声が遠雷の如く耳を打つ。


「それで考えてくれた?」


「…………」


質問への解答は沈黙。


駄目かと彼女は少し落胆する。


短くなった煙草をポケットから取り出した携帯灰皿に放り込んだ和樹は、何気なしに天井へ視線を向けて呟いた。


「…臣下の礼を教えて頂きたい」


「えっ!?」


「これから、色々と必要になるので」






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