13
いつも思う。
銃撃の描写って、かなりあっさりと終わります。
現在時刻は2154時。
ラペリング降下で城壁を下った俺達は連合軍陣営へと迫っている。
最初は高姿勢匍匐、そして段々と低姿勢匍匐へと前進を変えながら。
距離を測ったところ…30m。至近距離だ。
121名が接近して来ているというに、連合軍は宴会を催していた。
先の泗水関での爆破工作で落ちた士気と戦意を上げる為だろう。
ちょうど良い事に焚火を燃やしている。
標的を狙うのに今の所、暗視ゴーグルは必要なさそうだ。
ゴーグル部分を額に付けて周囲を見回す。
俺が率いる隊、59名は既に戦闘用意が出来ていた。
今回の戦闘では、陣形の基本となっている右翼、中央、左翼は使わない…というと語弊が生じるが、要は部隊を二手に分けたのだ。
虎牢関から見て右側は俺の隊、そして左側が相棒が率いる隊。
こうしたのは部隊を三隊に分けると戦力分散が生じてしまう為だ。
俺が率いる韓甲隊の部下達は、着剣した自動小銃、75連装ドラム型弾倉を装着したRPK軽機関銃の銃口を敵軍に向け号令を待っていた。
俺も腰から銃剣を抜き、それを装着するとガタツキが無いか確認する。
「曹長へ連絡は?」
「完了。既に退避しているとの事です」
隣にいる部下に問い掛けると、俺達の眼前にある劉備軍陣営へ潜入した曹長に対する警告は既に終わっていた。
これで心おきなく…。
腕時計の針が2159時に。
トランシーバーのチャンネルを開き、声帯振動タイプのマイクを押さえる。
「1分前、射撃用意…」
秒針を見詰めてカウント開始。
10秒前……3、2、1。
「今。全隊、撃ち方始め!」
開戦の火蓋が切られた。
小銃と軽機関銃が唸りをあげて弾丸を撒き散らす。
「てっ敵襲ぅぅぅ!!」
「この音…まさか、あの時の!?」
「大丈夫か!?しっか−グハッ!!」
敵陣は大混乱に陥っている。
相棒率いる呂猛隊も滑り出しは上々のようだ。
向こうが攻撃を加えているのは曹操軍。
…さて、やるか。
射撃を続けても良いのだが、身体を伏せられては意味がなくなってしまう。
「韓甲隊、突撃!」
『オオオォオ!!!』
伏射姿勢から立ち上がった俺に続き、部下達が着剣済みの小銃を構え突撃を開始する。
軽機関銃の射手はここで援護射撃を続行してもらう。
「敵襲、戦え!!」
敵軍が少し息を吹き返してきたな。
それで良い。
そうでなければ張り合い…いや殺り合いが無い。
走りつつサスペンダーから取った白燐手榴弾の安全ピンを引き抜くと進行方向20m先で敵兵が密集している箇所へ投擲する。
よく誤解されているが、白燐手榴弾の別名は発煙手榴弾。
焼夷手榴弾が黄燐手榴弾である。
白燐を使用した焼夷手榴弾もあるが、殆どは煙幕を張る為の物だ。
共通しているのは白燐、黄燐ともテルミット反応を利用して発火あるいは発煙させる事である。
狙い通り、手榴弾が目標で炸裂し煙幕が張られた。
本当ならば焼夷手榴弾を使用しても良かった。
だが…それでは、つまらない。
しばらく息を止め、煙に巻かれ混乱している敵兵に肉薄する為、煙幕に突入する。
透視度が悪いが関係ない。
敵兵を見付けた瞬間、銃爪を引いて弾丸を腹に当てる。
すると疼くまるように敵兵は姿勢を丸くした。
やれやれ癖が抜けていないな。
銃を持った敵兵に突入する際には頭を撃ってはならないのだ。
そうしてしまうと、のけ反った身体と持ち上がった腕と共に銃口が上を−つまりは自分の頭を向いてしまい、なにかの拍子で銃爪が引かれてしまうと非常に危険なのだ。
腹を撃たれ無防備になった敵兵に肉薄すると小銃の先に着いた銃剣を突き刺して一気に引き抜く。
断末魔の声を聞き付けたのか別の兵士が俺の背後から迫ってきた。
突き出された槍の穂先を銃床で払いのけ、また銃剣で突き刺した。
煙幕から抜けると、敵兵共が迫って来ているのが見えた。
数は…およそ200。
「新しい獲物だ、ブチ殺せ!!」
号令と共に部下達の銃口が敵兵共に向けられた。
そして奏でられるのは殺戮の音曲。
将棋倒しで倒れていく敵兵共に何の感情も抱かないのは…まぁ傭兵としては普通だな。
だが、そんな事はどうでも良い。
そんなモノは戦場に正義と悪が存在するか否か、と論ずるのとどっこいだ。
戦場には正義も悪も存在しない。
何故ならば戦場とは地獄だからだ。
それも身分の上下関係がない平等な地獄…世界で最も平等な場所だ。
それが俺達の生きている場所。
「どうだ敵兵諸君、戦いってのは厳しいだろ?ウチの連中はな…場数が違うんだよ」
そう呟いて極上の微笑を浮かべた。
「少佐、そろそろです!」
「頃合いだな。呂猛隊にも連絡、後退するぞ」
『応!!』
命令と同時に、部下達が二列横隊を組む。
退却時に組む陣形だ。
一列目は射撃を続け、二列目は待機。
頃合いを見て一列目が後方へ引くのと同時に二列目が弾幕を張る。
それを延々と続けるのだ。
一気に退却すると敵軍は好機と見て、一斉に襲い掛かってくるので、それを防止する為の陣形だ。
当然、現代戦術を知らない敵軍が追撃を仕掛けてくる。
「敵は小勢だ、追い撃ちを掛けろ!!」
「夜襲を仕掛けるとは、常識を知らない奴らめ!!」
なにが常識だ。
戦場で常識を求めるなんざ反吐が出る。
「オイ、準備は!?」
「もう少し待って下さい!!」
弾幕を張りつつ後列に問い掛けると、そんな返答が。
「10秒で済ませろ!折角のパーティーにクラッカーが無いなんて、敵さんに失礼だろうが!!」
「まったくもって……準備完了!!呂猛隊も終わりました」
左側に展開している呂猛隊にも曹操軍の追撃が掛かっているらしいが、問題ないだろう。
「前列後退!!一気に退け!!」
『応ッ!!』
命令と共に前列が後退を開始する。
味方の屍を乗り越え、踏み越えて劉備軍が追撃を続けるが…向こうは餌に掛かったな。
「相棒、そっちは?」
退却しつつチャンネルを開き存命を確認する。
<こっちも退却開始!曹操軍は餌に掛かった!!>
「こっちもだ。さぁクラッカーを鳴らすぞ!」
<了解、客人達は待ちきれそうにないぞ!>
笑い声が交じった台詞に俺も苦笑するしかない。
虎牢関の付近まで戻ると追撃隊に向き直る。
敵軍は…キルゾーンに入った。
「クラッカーを鳴らせ!!」
部下が手に持ったリモコンのスイッチを押すと数多の爆発音が鳴り響いた。
「良いクラッカーだ!敵も大喜びしてるぜ!!」
部下達が歓声をあげる。
俺達のいうクラッカーとはM18A1、クレイモアと呼ばれる指向性対人地雷だ。
リモコン操作やワイヤートラップなどで起爆する地雷だが、従来の地雷とは違い、敵兵の殺傷に重きを置いたそれとなっている。
起爆した瞬間に数多のボールベアリングが撃ち出され人間の四肢を撃ち抜くのだから殺傷に向かない訳がない。
跳躍地雷も似た様な兵器ではあるが、これは周囲360゜に破片とボールベアリングを撒き散らす為に無差別攻撃になってしまうきらいがある。
その為、クレイモアを使用したが…効果は言わずもがな。
「野郎共、暴れたか!?」
「はっ、充分に!!」
「伍長の無念はこれで果たした!野郎もこれで満足してくれます!!」
鎮魂歌が銃声と爆発音か…俺達らしいな。
そうこうしている内に呂猛隊が合流。
点呼を取るが…欠員なし。
追撃は既に掛かっていないが、さっさと関に戻る事にした。
Others side
「…ア…ガ…」
「まだ息が!誰か来てくれ」
「なんなんだよ、あの部隊は!?まるで情け容赦がねぇ!!」
夜襲の嵐が過ぎ去った劉備軍の陣営には夥しい数の兵士が屍となって地面に倒れ付していた。
僅か20分にも満たない夜襲で戦死者は2千名、重軽傷者は倍近くまで達するだろう。
この時代−世界にある筈のない銃火器による攻撃で一瞬の内に事切れた兵士はまだ良い方だ。
死に切れなかった者−弾丸が腹を貫通し破壊された背中から内臓が飛び出したり、四肢の何れかを弾丸でもぎ取られた者は失血死が訪れるまで地獄の苦しみを味わう事となっている。
「…なんだってこんな…」
少年−もう青年の域に入った北郷一刀は、そう呟くと吐き気に襲われた。
それなりに修羅場を経験したものの、いまだに慣れていないのは現代人ゆえか、それとも彼が正常な精神を持ち合わせているからか。
濃厚すぎる血の臭いに、彼は堪らず胃袋の中にあった物を地面にブチ撒けた。
「ご主人様、大丈夫!?」
嘔吐を繰り返している彼を見付け、駆け寄ってきたのは、この軍において一刀と同位にいる劉備こと桃香。
駆け寄った彼女は一刀の背中を摩るが、桃香の表情も硬く、そして青白い。
「…あっありがとう…桃香…」
少しばかり気分が良くなった彼は桃香に礼を言うと、覚束ないながらも立ち上がった。
「…愛紗達は?」
「皆、無事だよ。でも…」
「あぁ…。兵が…」
この夜襲で戦力の約一割を失ってしまったのだ。
この先、満足な戦いが出来るのか。
彼等の脳裏にはそんな考えが浮かんだ。
「夜襲を仕掛けて来たのは…たぶん、あの韓の旗を掲げた部隊」
「愛紗ちゃんが言ってたよ。その隊を率いているのは韓狼牙って人で、董卓さんの客将なんだって」
「韓狼牙…そんな名前の武将は聞いた事がないぞ…」
「私も知らない。…天の知識にもそんな人はいないの?」
「あぁ…。夜襲を仕掛けるといい泗水関での戦い振り…そんなに強いなら有名でも良い筈なのに」
「そうだね。でも…」
そう言うと桃香は口を閉ざした。
あまりにも凄惨な状況に口を閉ざすしか方法は無かったのだ。
「…これが戦争…」
テレビや教科書でしか縁が無かった戦争が彼の目の前にある。
この世界に来てから大小なり戦は経験した。
だが…それでもここまで酷い状況ではなかった。
生き残った兵達の叫び声が、それを如実に語っている。
曰く『あれは人間ではない』
曰く『奴らは人の皮を被った狼だ』
曰く『敵は捕虜を必要としなかった。投降しようとした仲間が目の前で滅多刺しにされて殺された』
曰く『敵兵は仲間を殺す時、笑っていた』
一刀を襲ったのは、なにものでもない恐怖である。
「今夜はご苦労だった。各自、休息を取ってくれ。以上だ」
「気を付け。敬礼」
相棒が静かな声で号令すると部下達が俺に敬礼をする。
返礼して腕を下ろすと、関内部にある部隊の居住スペースから抜け出して城壁に向かう。
その途中、物陰に隠れて神に通信をすると注文をひとつした。
ヘビーラムのボトルを一本だけ。
芳香がかなり強いので、そう分類されている代物だ。
それを引っ掴み、城壁に登ると先客がいた。
「…よぉ華雄」
「うっうむ…。どうかしたのか?」
なにやらどもる彼女を無視してボトルの封を開けると、たちまち濃厚な匂いが立ち込めてくる。
「それは…?」
「酒。…ちょっと個人的な弔い酒をな」
「…そうか。そっそのな」
「あん?」
「…この前は済まなかった。お前の気持ちも知らないで…」
この前とは……あぁアレの事か。
「…気にしちゃいないさ」
「だが、それでも!!」
「アイツが死んだ責任がお前にあるというなら…まぁ、なんとかしろ」
「なんとかしろ?」
「そう。…例えば、もう暴走はしない、とかな」
煙草を咥え火を点けながら、やや投げやりに言い捨てる。
「…判った。もう…武人の誇りを傷付けられたからと言って勝手な突撃はしない」
「そうかい」
「約束する」
武人が約束すると言ったのだから、それは永劫に続くのだろう。
紫煙を吐き出し、煙草を左手の指に挟む。
右手に掴んだボトルを軽く掲げる。
「戦友に」
そう呟いてボトルを傾け直飲みすると熱い液体が喉を通っていくのがはっきりと自覚できた。
酒には酔えないが…血には酔えるんだな。