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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第十部:Operation Vigrid
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ーー戦闘は終わった。


突如、現れた三国の連合軍約110万の軍勢が一気呵成に五胡軍の横っ腹を突いたのだ。


その勢いに恐れを抱いた五胡軍は残存を纏め上げると這う這うの体で退却を始めた。


荒野に轟いたのは連合軍の勝鬨だった。


ーー鉄帽を小脇に抱え、背中に小銃を預けながら和樹が指揮所を通り抜け、その奥にある救護所を目指す。


指揮所では麻酔で眠らされた中尉が将司の施術で負傷した左目から損傷著しい眼球の摘出を受けていた。


救護所も負傷兵で溢れかえっている。


軽傷で済んだ者は程度の重い仲間の救護に当たりつつ、手空きの者は糧食や弾薬の配分を行っていた。


その様子を眺めつつ和樹はタバコを銜えてジッポで火を点ける。


ーー生き残ってしまったーー


紫煙を燻らせつつ彼はゆっくりとした足取りで再び歩き出す。









「ーー……しくった……」


戦車の陰で戦闘服の上着を脱ぎ、切り裂かれた左腕の二の腕の傷へ消毒液を掛けながら曹長は呟いた。


深くもなく浅くもない微妙な程度の切創は敵の斬撃によるモノだった。

もちろん、その敵兵は見事に彼の手で葬られたのは言うまでもない。


衛生兵から受領した縫合の器具一式の包装を破り、中からカーブを描いた針付き縫合糸とそれを保持する持針器を取った。


持針器で針を把持し、針を肌の創縁へ刺入すると湾曲に沿って針の先端部が表れた。それを持針器で摘まんで引っ張るとナイロンの縫合糸を男結びで結束し、再び針を刺す。


細かく縫い合わせていると唐突に陰りが生まれる。


顔を上げれば、眼前に秋蘭が立っており彼を見下ろしていた。


「ーー手傷を?」


「ーーえぇ…」


何者かを視認した曹長は再び縫合の作業へ戻った。


それを見遣りつつ彼女は曹長の左へ座り込む。


「痛むか?」


「…地味に…」


「…そうか…」


短く会話を重ね、秋蘭は彼の作業を見詰める。


20針ほど縫い合わせた彼が持針器を置き、代わりに鋏を取って縫合糸を切った。


「手先が器用なのだな」


「良く言われます…」


鋏も置いて、次に注射器を取った彼がその針を切創の付近へ突き刺し化膿止めを打った。


破傷風の注射は受けているが念には念を入れるに限るという事だろう。


滅菌消毒されたガーゼを切創の上に張り付け、包帯を取ろうとすると、それは既に秋蘭の手の内にあった。


「これぐらいはさせてくれ」


「……お願い致します…」


素直に縫合の処置が済んだ腕を差し出すと彼女が包帯を巻いていく。


「ーー姉者がな、お前から渡された髪をずっと握り締めていたぞ」


「足蹴にされましたか?」


「いや、むしろ逆だ。髪を手放そうとしなかったよ。今も懐に入れている」


「…遺髪代わりだったのですが……死ねませんでした……約束しましたのに…」


「…華琳様からの伝言がある。“此度の武勲著しく、それを讃え曹魏を欺いた罪を赦す”…だそうだ」


「そうですか……」


「…うむ……終わったぞ」


包帯の端を結び終え、秋蘭が手を離した。


短く礼を言った曹長が上着を着込もうとした瞬間、彼の身体が柔らかいモノで包み込まれる。


腹に回された両腕を見下ろし、背中に当たる温かくも柔らかい身体が秋蘭だと察すると彼女が小刻みに震えている事に気付いた。


「ーー良く……良く…生きていてくれた…!!」


鼻を啜る音と同時に涙声が耳朶を打った。


それに応える為、曹長は回された腕に自身の手を重ね瞑目した。







ーー救護所の一画には戦死した隊員や兵士達が毛布を掛けられて並べられていた。


武装を解除され、務めを果たした者達へ和樹は敬礼すると再び歩き出しーー二人の少年の下へ向かう。


「ーー旦那様……」


「ーー徴兵に応じたのか?」


「……はい」


「そうか……」


久方ぶりに再会した使用人の少年へ言葉少なめに応じつつ、和樹は呆然と立ち尽くしたままの一刀へ歩み寄り、彼の眼前に寝かせられた遺体へ視線を向ける。


「ーー部下の最期を看取ってくれた事に感謝する」


「ーー……自決を止められませんでした……」


譫言のように呟く一刀へ視線を滑らせた後、和樹はその場でしゃがみ込み、遺品と共に並べられた武装の中から遺体ーー前田一曹の愛刀を取って立ち上がる。


「この刀は…村田刀という。いわゆる軍刀という奴だ」


刀を鞘から払い、血が拭われた刀身を和樹は見詰めた。


「コイツが良いと奴は言っていた。聞いた話だと先祖が戦争で使っていたらしい……」


刀身を鞘へ納め、それを無造作に隣に佇む一刀へ差し出す。


「キミの事を奴は色々と気に掛けていた。形見分けではないが……譲ろう。奴もそうして欲しいだろうしな」


それを聞いた一刀が和樹の横顔へ視線を向ける。


彼は顔に表情を出さず、ただただ物言わぬ遺体となった前田一曹を見詰めていた。


次いで差し出された軍刀を掴み、それを受け取る。


「ありがとうございます……韓甲さん」


「ーー和樹、で構わんよ……」


呟いた後、和樹は踵を返した。









「ーー総員、用意」


和樹の静かな号令と共に残存した隊員達が立て銃の姿勢を取り、積み上げられた薪の間に寝かし付けられた戦死者達を注目する。


残存した者達の誰一人として負傷しなかった者はいない。


それでもーー自らが負傷したとしても先に逝った戦友達の魂を弔わなければならない。


その一念のみで彼等は疲労困憊した身体に鞭を打ち、直立不動の姿勢を保っている。



三国の連合軍将兵も防衛と迎撃の先駆けとして奮戦し、戦場の露と消えた英雄達の姿を網膜へ焼き付けようと注目している。


遂にいくつもの薪へ火が点された。


燃料を撒いたのだろう。木材が焼ける臭いと燃料独特のそれが鼻を突き、次いで肉が焼ける異臭が漂ってきた。


「…亡き戦士達の魂は常に我等と共に在り。捧げぇ…銃ッ!!」


和樹の号令と共に傷だらけの黒狼隊の隊員達が着剣した小銃の銃口を天へ向けて構えた。


生き残った士官達ーー彼等も少なくなったが、携えた刀剣の切っ先を刀礼の作法に則り、投げ刀の姿勢となる。


「ラッパ吹け」


静かな号令に反応し、和樹の傍らで金色に輝くラッパを持った隊員がそれを吹いた。


ーー葬送曲。


戦死した戦友達ーー誰よりも信頼し、背中を預けあい、平時は冗談を飛ばし合い、笑い合った者達ーー彼等へ届くよう、魂へ届かんばかりに、それは甲高く、悲しく吹き鳴らされる。


曲の意味など連合軍将兵達には判る筈もない。


だが一際、長くラッパが吹き鳴らされ、葬送曲が終わる頃には連合軍の全ての牙門旗が火葬の薪へ向けられ、哀悼の意を示す半旗となっていた。


「ーー立ぁてぇ銃。半ば、左向け左」


捧げ銃から立て銃への移行が一斉に音を鳴らして行われる。


愛刀の峰を肩に預けた和樹と将司は改めて天へと火柱が昇る薪に視線を向けた。


「弔銃用意!…狙え……撃ェッ!!」


一斉射の銃声が朗々と木霊する。


まるで、戦友達へ届け、と言わんばかりにーー


「撃ェッ!!」


再びの発砲命令は将司が下す。


彼等にとっては何度、聞いたか判らない銃声でしかない。


だが、もはや銃爪を引く事が叶わない者達がいる。


その為に彼等は捧げるのだ。


何度、繰り返したか判らない行為を、二度と出来ぬ者達の為だけにーー


「撃ェッ!!……撃ち方止め!!」


最後の発砲が終わり、和樹が命令を下す。


それは一切が終わった事を意味する。


「…皆、ご苦労だった。大休止を取れ。二時間後に集合…遺骨の収集を行う。解散」


そう伝達すると隊員達は銃剣を外し、弾帯に吊るした鞘へ納めて部隊に向かい始める−−それは疎らではあるが。


和樹と将司も愛刀を鞘へ納め、戦闘服の胸ポケットから煙草を取り出して口へ銜える。


次いでジッポで火を点けようとするが−−


「……チッ」


和樹が舌打ちを一発かます。


オイルが切れ、火が点かなくなっているらしい。


それを見越した将司は自分の煙草へ火を点けてから相棒の口元へとジッポを近付ける。


「……済まん」


「………」


口数は互いに少ない。


和樹の煙草へ火を点けると、将司はジッポの上蓋を独特の金属音を響かせて閉じ、それをポケットに納め、吸い込んだ紫煙を吐き出した。


「………」


「………」


無言で彼等が見詰めるのは燃え盛る薪。


火の粉が周囲へ飛び、不意に積み重ねた木材の一角が崩れ落ちた。


ーー多くの部下を喪ったーー


押し寄せる五胡の300万にも及ぶ大軍勢。


その進撃を食い止める為に彼等と孫呉から選抜された兵士達は戦場へ向かい、猛攻を食い止めた。


無論、払った代償は彼等にしてみれば多大だったが。


「…なんだかなぁ…」


「………あん?」


「……アイツらが死んだって実感がない」


「…………」


「…馬鹿みたいに思うだろ?…敵の真っ只中で自爆したり、迷惑を掛けられないって腹を切ったり、脳幹ブチ抜いたり…そんな奴等ばっかりなのによ…」


「……そうだな」


重傷を負い、もはや戦う事は出来ないと自身でよく判ったのだろう。


“迷惑は掛けられない”


そう思い至り、彼等は拳銃を銜えて銃爪を引き、一人は古式に則り、自らの腹を愛刀で三文字に掻き切って止めに頸動脈を切り裂いて死を受け入れた者もいた。


何故、そんな事をしたのか。


それは−−彼等がそういう人間だから、とでも言えば充分だ。



僅か二時間の休息の後は再びの出撃がある。


大陸の西へと撤退を開始した敵残存軍を追撃するのだ。


「…隊長、副長、少しでもお休みになって下さい。お身体に障ります」


この後に行う任務を知っているだけに部下の一人が二人へ上申する。


休まなければならない。


ただでさえ、激戦の後だ。


いくら強靭な体力と精神力を持つ二人でも流石に堪えている。


それを物語るのは少しだけだが痩せこけた頬だろう。


体重が減り、僅かだが痩せてしまった証拠だ。


−−休まなければならない。この後の任務の為に−−


−−だが、しかし…それでも−−



「……そうだな。済まないが…何か座れる物を持って来てくれ。…俺も流石に疲れたようだ」


「……頼む」


「……はっ!!」


−−もう少しだけ、この光景を眺めていたい−−


−−“作戦”の顛末と払った犠牲を。そして…戦友達の最期の姿を−−



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