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恋姫†無双-外史の傭兵達-  作者: ブレイズ
第十部:Operation Vigrid
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払暁が間近に迫った荒野は背筋が寒くなるほどの静寂さに包まれていた。


塹壕の中では無精髭だらけの上、眼の下に隈を作った男達が駆け回り、弾薬や糧食を配分していた。


最後の食事となるだろう糧食はクラッカー、そしてレトルトパウチに詰められたローストポークだった。


彼等は最後の食事を惜しむ暇もなく急いで封を切って口の中に手掴みで放り込むと咀嚼し、水筒から水を含んで胃へと流し込んだ。


中隊の兵士達に先んじて食事が終わった朴中尉は後片付けを済ませ、小銃を抱きかかえながら窪地の壁に背中を預けると手巻きタバコへ火を点けて一服を始める。


彼も疲労困憊の極みにあるのか目元はドス黒い隈が作られ、伸ばしっぱなしの無精髭が口回りに生え揃っていた。


「なぁ曹長…最後のメシくらい、マトモな糧食を頂きたかったな…」


「糧食にマトモもクソもありませんよ。糧食は糧食、食い物は食い物です……私も一服失礼します」


「応」


紫煙を燻らせながら中尉は虚空をぼんやりと見上げる。

五胡軍将兵の野晒しになっている死体目当てにカラス達が上空を飛んでいるのを見遣り、指先で火の点いたタバコを摘まみながら視界の端で愛煙のタバコを銜えた曹長へ火種代わりに差し出す。


礼を言いつつ曹長が差し出された火種にタバコへ火を点けると肺の中へ紫煙を送り込み、ゆっくりと吐き出した。


「…堪らなく美味い……酒があれば言う事はないのですが…」


「アルコールなら消毒用のを衛生兵が持ってるぞ?」


「はははっ…」


冗談を聞き、曹長が乾いた笑い声を上げた。


「…なぁ曹長……今日は晴れそうか?」


「…えぇ…。死ぬにはこの上なく上等な日和になるでしょう」


「そうか…そいつは…良いや…」


独り言のように呟いた中尉が装具の点検を始めた。


それに倣って曹長も細部点検を始める。


「ーー小銃、銃剣、拳銃、手榴弾…」


「ーー携帯無線機、マスク、エイドキット、鉄帽、双眼鏡、自爆装置…通電確認。…問題なし、異常なし」


小銃の弾倉挿入口へ弾倉を叩き込み、薬室に初弾が装填されている事を確認した中尉が座り込みつつ小銃を軽く抱きかかえた。


「どうせ死ぬなら敵を巻き込んで死にたいなぁ」


「えぇ。少なくとも敵を5、6人は道連れにしたいですね……自爆装置の爆薬を増やそうか…」


「そいつは良いな。多ければ多いほど良い。パッと光って終わりだ。痛くないだろうしな」


本気なのか冗談なのか良く判らない事を軽口で叩いていると耳へ付けたイヤホンへ短い雑音が入った。


〈ーー敵が飯を終えたようだ。戦闘配置へ〉


無線の向こう側で指示を出したのは和樹だ。


その指示を聞いて中尉は中隊へ戦闘配置を下達した。


「こっちはとっくに飯なんか終ってるのに敵はのんびりしてるな」


「我々は食事を作業だと思っています。さっさと腹に詰める物を詰めて戦うのが当然ですから」


「あぁ……けどーー」


小銃を傍らへ置きながら中尉は伏せると双眼鏡を取って敵情を偵察する。


「ーー最後にマッコリとチヂミで一杯やりたかったなぁ……」


「ーー…えぇ…本当に……」








「ーーもう、いかんなこれは……」


「ーーあぁ」


指揮所で和樹と将司は互いにタバコの紫煙と溜息を吐き出した。


もはや双眼鏡での敵情偵察は不用と判断し、二人はほぼ同時にそれを弾帯のポーチへ戻すと小銃を取り、初弾の装填を確認する。


敵軍の総兵力の半数に及ぶだろう大軍勢が動き出したのだ。


「相棒、お前は第三中隊で指揮を執れ。俺は第一中隊だ。中隊兵力の損耗が5割を切ったら後方へ下がれ」


「りょーかい、どれぐらい持たせれば良い?」


「死ぬまで」


「了解。少佐に武運の長久があらん事を」


将司がカツンと半長靴の踵を鳴らして合わせると和樹へ敬礼する。


それを見て和樹も姿勢を正すと綺麗な答礼をした。


上級者である和樹が腕を下ろし、将司もやや遅れて敬礼から直る。


すると和樹が手袋を外して手を差し出した。それに倣い、将司も手袋を脱ぎーー空中で互いの手がガッチリと握られた。


「ーー色々と迷惑を掛けた。ここまで付き合ってくれた事に感謝する」


「ーー今更だろ?…こっちこそありがとな…お前と付き合って退屈しなかった…楽しかったよ…」


握っていた手を互いに離し、二人は手袋を嵌めた。


「じゃあな…お互い死ぬまで殺りまくろうぜ。徒花を咲かせてやる」


「あぁ…五胡のクソ共を地獄への道連れにしてやる…さらばだ我が戦友ともよ。武運の長久があらん事を」


別れを済ませ、彼等は指揮所を放棄して最前線の守備に付いている中隊へ合流する為、連絡通路を駆け出した。







「ーーまだ撃つな!!射撃の命令を待て!!」


窪地に身を隠しつつも小銃を構える中尉が中隊へ向けて吼える。


「ーー彼我の距離、700を切りました」


彼の傍らで小銃の筒先へ銃剣を付けた曹長が冷静に報告していると彼等の後方から装具の音を鳴らしながら駆けて来る足音が響いて来た。


伝令かと二人が思っていると、それは窪地へ滑り込み彼等の横へ身を伏せる。


「「ーー隊長っ!!」」


「ーーこと此処に至っては指揮官先頭、率先垂範を示した方が良いと思ってな」


口回りに無精髭を蓄えた和樹が口角を釣り上げて笑って見せると二人の頬も微かに緩んだ。


「…こんな劣勢の絶体絶命の状況下で自ら進んで頚を死神の鎌へ宛がうのは貴方くらいのモノですよ」


「幻滅したか?」


「いいえ。むしろ嬉しく思います。やはり“貴方だ”と」


軽口を叩き合いつつも三人は小銃の床尾へ頬付けし、基本通りに照門を覗き込んで正しい見出だしを取る。


それぞれが敵兵の一人へ照星を被せ、銃爪に指を軽く乗せた。


「ーー隊長、貴方と戦えた事を誇りに思います」


「ーーそれこの前も聞いた」


「ーー我々の素直な気持ちです。無論、私もですが」


「ーー曹長まで…まぁ良い。…来るぞ」


敵が小火器の有効射程距離へ近付いて来る。


それを見て和樹は携帯無線機のチャンネルを開いた。


「ーー号令と同時に全小火器、全砲門は斉射。ヘリも出撃しろ。最後の大喧嘩だ、殺りまくれ」


各隊の長からの了解を確認し、彼は彼我の距離を縮めて来る敵軍を改めて睨む。


「ーー射撃用意!!」


「ーー射撃用意!!歩兵、遊底を引け!!初弾装填!!!」


「ーー機銃手、射撃用意!!」


〈ーー各分隊、射撃用意!!半装填!!〉


〈ーー目標、接近する敵歩兵!!弾種 榴弾!敵の先頭を潰せ!!〉


〈ーー全機、暖気運転始めっ!!出撃するぞ!!〉


各隊が口頭での逓伝、無線を介して攻撃用意の命令を下す。


この戦闘が終わる頃には連隊の継戦能力は失われる。


それまで敵を可能な限り屠る、出来るだけ時間を稼ぐーー和樹の頭の中はそれだけで占められていた。


そして遂にーー敵が有効射程距離に入った瞬間、彼は吠えた。


「ーー撃ち方始めっ!!!」



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