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後半にネタが…爆発、という程でもないんですがね。
しかし…少佐のクセに…あの台詞に違和感がない。
虎牢関の内部にある小屋。
そこで俺は神に宅配をしてもらうべく専用のトランシーバーのチャンネルを開いた。
<ハァイ。毎度ありがとうございま〜す!>
「…いつも思うが少しテンションを落としてくれ」
<これが地なんだよ。そんで、今日はどんなのを御所望で?>
「…ロックグラスを122人分、それとゴールド・ラムを1ダース頼みたい」
<…ん、了解。直ぐに届けっから待ってろ>
交信が途絶えると、俺の目の前に1m四方の木箱が二つ現れた。
ひとつの木箱の上蓋をこじ開けると中には敷き詰められたロックグラス。
もうひとつをこじ開けると、注文通りにゴールド・ラムが1ダース入っていた。
…銘柄を特定しなかったが…まぁ大丈夫だろう。
現在時刻は1753時。
予想通り、連合軍は虎牢関に進軍してきたが、戦闘は明日にしようと考えたのか陣を張って野営の準備を始めている。
側面を山肌に囲まれている為、連中は随分と狭苦しそうではあったが。
二日前の爆破で戦意と士気は少しばかり落ちているかと思いきや、そうでは無かった。
曹長からの報告だと、小癪な真似を、と躍起になっているらしい。
正体不明の攻撃を受けたのにガッツがあるのは良い事だ。
だが…少しクールダウンする必要があるんじゃないかね?
不意に人の気配。
…兵ではないな。
むしろ、気配を殺そうとしている…これは泗水関でも似た気配をしたネズミがいたな。
「…出て来ると良い。なぁに、取って喰おうなんて思っちゃいない」
虚空に向かって呟くと背後で何かが着地した。
振り向くと…誰もいない。
と思ったら、微かな呼吸音は下から。
視線を少しばかり落とすと…長い黒髪と褐色肌に紅を基調にした服に身を包み…どう見ても日本刀にしか見えないそれを背中に預けている少女がいた。
…やれやれ。
「ネズミじゃなくて子猫ちゃんだったか…」
「お猫様…?」
「…ん、いや独り言だ。それで君は?…容姿を見る限り…北方の生まれではなさそうだが…」
「私は孫伯符様に仕える者です。我が主よりの伝言を預かっております」
名前は聞くだけ無粋、というモノだろう。
子猫ちゃんに差し出された伝言だという竹簡を受け取り、留め紐を解き内容を読む。
…これだけの文章にわざわざ一尺ほどの竹簡を送る必要があったのか疑問ではあるが…。
「謝謝、ね」
「…あの」
「なにかな?」
「韓甲様…あっ失礼しました!!」
「いや構わんよ。可愛い子猫ちゃんに名前を呼ばれるのは素直に嬉しいモンでね」
笑いつつ竹簡を纏めながら子猫ちゃんを見ると顔を真っ赤にしている。
「それで聞きたい事でも?」
「はっはい、あの…伯符様は韓甲様が孫呉の将となってくれれば、これ以上に心強い事はない、と仰せられています」
「………」
「…考えては頂けないでしょうか?」
「…それは俺が傭兵だと知ってもか?」
「えっ…傭兵だったんですか?」
「そう、金を貰って人を殺す最低の人種。…というか、とっくに調べはついてるモノだと思ってたんだが」
「…私には…そうは見えません」
「…可愛い子猫ちゃんに、そう言われると嬉しい」
「では」
「折角だが…断らせてもらう。…今回は、だがね」
「…判りました。それと個人的にですが…御忠告に感謝します」
「俺の気まぐれだ。感謝される程でもない」
「…では、失礼します」
そう言い捨て、可愛い子猫ちゃんの姿、そして気配が消えた。
やれやれ…契約中の傭兵をスカウトするのは勘弁してもらいたい。
…少し話し過ぎたかな。
「相棒、いるか?」
「あぁ」
小屋の外から声を掛けられ返答すると、扉を横滑りさせて将司が入ってくる。
「…それは?」
「酒とグラス。神に頼んでな」
「そうか。…少佐」
相棒の俺に対する呼称が階級になる。
これは彼が副官として俺に指示を願う時、特有のそれだ。
「状況開始の予定時刻は2200。装備は完全武装。夜襲の用意を」
「はっ!」
相棒が敬礼し、俺もそれを返す。
「そいつを運ぶか?」
「そうだな…何人かに手伝わせて運んでくれ」
「了解。それが終わったら休ませるぞ」
「あぁ」
相棒がトランシーバーで連絡すると部下数人がやってきて、木箱二つを運び出した。
彼は部下達に命令を伝えて来る、と言い残し小屋の外へと去る。
時間的にはまだ早いかもだが…準備を済ませよう。
バッグから夜間迷彩が施された戦闘服とコンパクトを取り出し、着ている服を脱ぎ捨てる。
新しい戦闘服に袖を通し、コンパクトを開ける。
普通のコンパクトならファンデーション等が入っているだろうが、これはそれではなくフェイスペイント専用のそれだ。
唯一露出する顔面の肌色が見えなくなるよう耳の穴まで黒を塗りたくった。
黒革で作られたブーツの靴紐の締め具合を確かめ、グローブを両手に嵌める。
防弾ベスト等を着けないのは人間の心理を考えてだ。
そういう類いの物を身に着けていると心の何処かで、安心…というよりは油断が生じて動きが緩慢になってしまう事を防止する為である。
その代わりにサスペンダーを弾帯へ取り付けて、四つあるリングに破片手榴弾と白燐手榴弾を二つずつ吊した。
これで準備は終わり…ではある。
不意に地面に脱ぎ捨てた漆黒のコートが目に入った。
…折角だしな。
伍長の手前、着させてもらうとするか。
そう思い致り、コートにも袖を通し、愛刀二本も新しく腰に巻いた剣帯に差し込んだ。
現在時刻は2050時。
腕時計の針が定刻を指し示したので腰のホルスターにデザートイーグルを、AK-74を右手に掴み、暗視ゴーグルをバンドで頭に固定し小屋の外に出た。
暗視装置を起動させ、テストをすると暗闇の筈の景色が薄緑色に染まり、視界内の物体を視認できた。
それが終えるとゴーグル部分を額につけ、集合地点である城門へ歩き出す。
到着しそうになった瞬間、向こうから誰かが篝火に照らされ駆けてくる。
小柄な体躯、それに既視感がある状況…。
「ちんきゅーー」
そらきた。
「きぃぃぃく!!」
今度はねねちゃんの蹴りを空いている手の平で受け止めてやり、片足を掴んで逆さづりにすると歩き始める。
「はっ離せなのです!!」
「離したら、また蹴るだろ?」
「当然なのです!軍議に参加しなかった報いを受けろなのです!!」
「参加せんでも、方向性は変わらないからな」
「うっ…。そっそれより、一体なにをする気なのですか!?お前の兵達もなんだか殺気だってるのです!!」
殺気だってるねぇ…少しは抑えねぇか。
「ヒッ!!?」
「ん、どうした?」
急にねねちゃんが小さく悲鳴をあげた。
「どっどうして顔が真っ黒に!?」
「あぁこれか…びっくりさせたかな?」
「そっそんな事ある訳ないのです!!」
身体を震えさせながら言っても説得力はないぞ。
苦笑すると小銃のスリングベルトを肩に吊し、空いた両手でねねちゃんを地面に下ろしてやった。
文句の嵐を右から左へ受け流しながら歩き続け、やっと目標地点に到着。
「整列!!」
部下の一人が号令し119人が四列横隊に整列する。
全員の兵装は殆ど俺と同じだが、軽機関銃を所持した部下が少しばかりいる。
「気をつけ。隊長、副長に敬礼!」
踵を合わせる音と敬礼するため腕を挙げた音が一斉に響いた。
隣にきた相棒と共に敬礼を返し腕を下ろすと部下達も気をつけの姿勢に戻る。
「用意、掛かれ」
短く命令すると横隊の最前列にいる部下達が四人分、もしくは三人分のグラスを木箱から取り出し、次々と背後の者へリレー方式で渡していく。
全員に配分が終わった事を確認し、俺達は一人ひとりのグラスへラムを少しずつ注いでいく。
途中、複数の視線を感じた方向に向き直ると虎牢関にいる将全員が集まって俺達を見詰めていた。
…霞とねねちゃんはグラスを見て驚いていた。
この時代のガラスは宝物になるんだったかな。
部下全員に酒を注ぎ終わると、自分達のグラスにもラムを少量。
そして最後に、空いた木箱の上に酒が入ったグラスを置いた。
部下達に向き直り、一人ひとりを見詰める。
無言でグラスを軽く掲げると部下達もグラスを掲げる。
そのまま同時に一気に飲み干し、乾いたグラスを地面に叩き付け、粉微塵に砕く。
一斉にグラスが砕ける音が響き、そして静寂が戻った。
「現刻より状況を開始する。予定に変更は無い、全て予定通りだ」
口頭一番にそう切り出し、呼吸を整える。
「勇敢なる戦友諸君。イ・ヨンジン伍長は我々の仲間であり、兄弟であり、掛け替えのない戦友だった」
ここから見ていると数人が微かに顔を伏せるのが視界に入ってしまう。
だが、耳はこちらを向いているのだろう。
「既に捧げ銃、先程は弔い酒も飲んだ。しかし…まだやっていない事がある。そう…弔銃発射である。
だが、俺の性格をよく知っている諸君ならば理解できるだろう。そんなモノは弾丸の無駄使いであると。…虚空へ撃つのが無駄使いになるならば、弔銃発射は敵に向けて撃ってやろうではないか」
言い放つと全員の目の色が変わる。
再び息を吸い込んだ。
「鎮魂の灯明は我々こそが灯すべきもの。亡き戦友の魂で我等の銃と剣は復讐の女神となる。
カラシニコフの裁きのもと…5.45mm弾で奴等の顎を喰い千切れ!!!」
『オオォォオ!!!』
各々が手にした武器が空に向け突き上げられる。
「城壁からのラペリング降下にて展開する!直ちに掛かれ!!」
相棒が号令すると各小隊が城壁へ駆けて行く。
それを見送りつつ煙草をポケットから取り出して火を点けた。
「かっ和樹、いったいなんの真似や!?」
霞が慌てた様子で向かって来ながら俺に問い掛けてくる。
「こんなのは予定に無いで!?それに和樹やて言うてたやんか“表面的な勝利はいらん”って!!」
「…勘違いするなよ」
「かっ勘違い?」
「それは董卓軍と連合軍の戦での話だ。これは…俺達の戦だ。何人たりとも邪魔はさせんよ」
煙草を咥えながら笑ってみせると霞を含んだ全員が表情を青くした。
…恋殿だけはポーカーフェイス…いや立ったまま寝てるんだな。
「安心しろ。向こうは、もう王手詰みになった気でいやがるからな…。もう少しだけ俺達にお付き合いして頂く為の催促をしに行くだけだ」
「…気ぃ付けてな」
「おおきに」
悪戯心が生じて関西弁を喋ってみると霞は驚愕している。
「なっなんでウチの故郷の訛りを!?」
「相棒、準備が出来たってよ」
「今、行く」
質問攻めから逃れる為、俺と相棒は戦場へ向かう準備に掛かった。
戦闘開始まで、あと35分21秒。