122
「ーー撃て、撃ちまくれ!!!」
少尉の大声が掻き消される勢いで残存の40名の兵士達が歩兵銃、機銃を撃ちまくる。
もはや残された弾薬の数を考えてはいない。
少尉も照門を覗き込み、阻止線の突破口から侵入して突っ込んで来る歩兵へ照星を合わせると銃爪を引いた。
頭を弾丸で貫かれ、倒れる兵士の背後から新たな敵が現れ、それも射殺する。
「ーー弾!!弾が切れた!!新しい挿弾帯をくれ!!」
「ーーこれが最後だ!大事に使えよ!!」
最後の弾薬をMG42の薬室へ送り込んだ機関銃手が最後の弾幕を張り出す。
残された4挺の機銃も弾薬は残り僅かとなった。
この弾幕が途切れれば敵の突入を許すしかない。
「ーー手榴弾!手榴弾を投げろ!」
最後の抵抗とばかりに少尉がサスペンダーから手榴弾を取り、ピンを抜いて投擲した。
それにやや遅れて兵士達も手榴弾を投擲し、接近してくる敵兵を吹き飛ばした。
「ーー中隊長、弾が切れました!!」
「ーーこちらもです!!」
4挺全ての機銃が沈黙し、弾幕が遂に途切れた。
機銃の脅威がなくなったのを察したのか五胡の将兵が怒涛の如く突入してくる。
「来るぞ!!白兵戦に備えぇぇぇぇ!!!」
大声で命じながらも敵を少しでも減らそうと少尉や兵士達が小銃と歩兵銃で射撃を続けるものの焼け石に水だった。
そんなものに怯むことなく敵は仲間の屍を踏み越えて殺到して来る。
「さぁ来い…来やがれクソッタレの犬畜生共!!敵はここだ!ここにいるぞ!!」
射撃を止めた少尉が銃剣を銃口先へ付けた小銃を腰だめに構え、肉迫して来る敵将兵へ罵声を浴びせ掛ける。
彼我の距離がみるみる縮まりーー敵の目の色がはっきりと分かる距離まで近付いた。
少尉を目掛けて真正面から突っ込んで来る敵兵が剣を振り翳し、頚を狙って振り落とす刹那ーー
「ーーデリャァァァ!!!!」
「ーーガッ…ヒュッ…!!?」
ーー肌色が見える喉元を狙って鋭い刺突を見舞い喉笛を貫くと直ぐ様、銃剣を引き抜いた。
まずは一人ーーと考える暇もなく新たな敵兵が突っ込んで来る。
小銃を腰だめに構えたまま鈴生りになって突入してくる敵の部隊を掃射して薙ぎ払っていると脇から槍が突き出された。
既に第一塹壕内は突入した敵で溢れかえっており、奮戦を続ける残存の兵士達も数を減らしていた。
「ーーちぃっ!!」
舌打ちをかまし身体を捩って槍の穂先から逃れると柄を左手で掴み、今だ銃把を握っている右手で勢い良く敵兵の腹を目掛けて刺突し、銃剣が突き刺さったまま銃爪を引きとどめを差す。
銃剣を引き抜き、今度は真後ろから迫って来る敵兵に振り向き様、小銃の床尾で横っ面を殴打した。
顔面の骨が砕けた確かな手応えを感じつつ改めて小銃を構え、鎧の腹の継ぎ目を狙って刺突を繰り出す。
身体を返り血で染め上げながら少尉は敵を屠り続けるーー
「ーー敵が塹壕に突入した」
「ーー報告無用…見えてる」
指揮所で双眼鏡を手に最前線の第一塹壕が終焉を迎える間際まで来たのを二人は認める。
「ーー隊長、副長」
「ーー中尉か、どうした?」
連絡通路を駆け抜けて来た中尉が二人へ敬礼し、答礼を待たず腕を下ろした。
「戦闘が始まる寸前に少尉から自分へ直通の連絡がありました。ーー自分からの通信が入り次第、砲撃による第一塹壕への攻撃実施を願う、と」
「あぁ…だろうな」
「併せて第二塹壕へ後退した残存は自分の第一中隊に編入を、と。…お二人はご存知だったので?」
「“死守せよ”そう命じた」
「そうですか……」
和樹の返答を聞いた中尉が長い長い溜め息を漏らし、鉄帽を更に深く被り目元を隠した。
「…第一塹壕は間もなく陥落します……ただ敵に出血を強いる為、少尉以下には身を以て防波堤となってもらうしかない……」
「軽蔑してくれて構わんよ。命じたのは他の誰でもない俺だ」
双眼鏡を弾帯へ戻した和樹が代わりに小銃を取って細部点検を始めた。
それを視界の端へ収めた中尉が無精髭を蓄えた指揮官へ声を掛ける為、顔を上げる。
「隊長、小銃はまだ取らないで下さい」
「……なに?」
「防戦中に指揮官が武器を取る……これは不吉極まりない。それが意味するのは進退極まった時か自決の時だけです。“まだ”その時ではありません、“まだ”戦っている者がおります。奴等の覚悟を無下になさるおつもりですか?」
諫言を聞いた和樹はやや逡巡したが、やがて小銃を元の場所へ戻すと微かな苦笑を浮かべながら中尉へ視線を滑らせる。
「耳が痛いな…貴様の諫言は」
「それともうひとつ」
「なんだ?」
「ーー貴方の指揮下で戦った者は悉く、貴方を誇りに思いはすれど軽蔑する者は誰ひとりとしておりません」
無論、自分もーーと付け加えた中尉が用は終わったとばかりに敬礼を済ませて連絡通路を駆けて持ち場へ戻って行く。
「ーー砲兵ならびに戦車へ。照準を第一塹壕へ合わせ射撃用意。号令と同時に斉射せよ。地形が変わるほどの砲弾を叩き込め。……命令である」
味方殺しという愚策は自分の一存で実施される。実施する当該部隊は気に病む必要はないーーそれを伝える為、和樹は命令を強調した。
各指揮官から了解の返信が来ると掩体に車体を隠した3輌の戦車の砲塔が動き、主砲が第一塹壕へ向けられ、その角度を俯角一杯に調整する。
後方の砲兵小隊も隊員達が迫撃砲弾を掴み、砲口へ砲弾を半分入れる半装填の状態で待機し命令を待っていた。
誰が好き好んで苦楽を共にした戦友の頭上へ砲弾を雨霰の如く降り落としたいだろう。
だがここで敵の進撃を遅滞させなければ、敵は勢いに乗って更に次の塹壕へ突入して来る。それだけは許す訳にはいかなかった。
〈ーー撃ってくれ!!俺ごと敵を吹き飛ばせ!!〉
ーー無線を介して隊員達のイヤホンに絶叫が響いた。
「ーー撃ち方始め!!続けて各個に撃ち方始めっ!!」
ーー瞬間、和樹が迷いを振り切るような大声で発砲を命じた。