121
御感想に感謝申し上げます。
それと端折ってしまい申し訳ありません。
ーー屍、屍、屍の数々が第一塹壕を中心に散乱していた。
「ーー第一小隊、戦死18、負傷42。小隊長の前田一曹も負傷。敵の槍で背中を突かれ戦闘不能…後送しました」
「ーー第二小隊…戦死21名……負傷43名…第五分隊長は重傷…第一分隊長の軍曹が戦死。敵の将兵ごと自爆しました」
「ーー第三小隊は戦死30……負傷35……第二、第三分隊長戦死…第一分隊長、腹部に重傷。あぁ畜生…」
「ーー第四小隊……小隊長 金一等軍曹戦死…第四分隊長は重傷。戦死16…負傷34……」
「ーー第二中隊の損害は戦死85名…負傷154名……健在は21名。戦闘可能員数は?」
「四個小隊合わせて負傷154名中84名」
「戦闘不能は70名か……戦死者とあわせて後送しろ」
多大な損害報告を聞きつつ中隊指揮官のフェン少尉が戦闘不能者と戦死者の後送を命じる。
戦死者の中には苦楽を共にした隊員も含まれていた。
ーー展開された白兵戦は乱戦の極みだった。
狭い塹壕内で敵味方が入り乱れ、組敷き組敷かれ、斬って斬られ、突いて突かれ、殺して殺された。
阻止線の有刺鉄線を味方の兵士を犠牲にし、その背中を踏み越えて五胡の歩兵が塹壕へ次々と殺到したのだ。
阻止線を突破したのは2000ほどだろう。
第一塹壕からの突撃破砕射撃が途切れ、弾幕と火線に間隙が生じ、そこを突かれたのだ。
中隊はもはや死に体の一歩手前。
再び白兵戦となれば間違いなく全滅する。
端から全滅は覚悟の上だが、出来るだけ敵の進撃を遅滞させなければならない。
「ーー各小隊長は継戦が可能な者を小隊から10名ずつ選抜しろ」
「選抜?」
「四個小隊から40名選抜し、残りは第二塹壕へ後退。以後の中隊の指揮は第二小隊長が執れ」
フェン少尉が静かに命令を下す。
中隊長健在における指揮権の譲渡はつまりーー
「ーー少尉が前線で指揮を執る、という事ですか?」
「ーーあぁ」
「ーーアンタ、死にますよ?」
「ーーお前達も後から来るんだろう?それに先に逝った連中を掌握して隊伍を整えたいんでな。指揮官不在の部隊じゃ格好つかん」
穏やかな表情を浮かべつつ少尉が指揮下の隊員一人一人へ視線を向ける。
「第二小隊長、了解か?了解ならば復唱」
「………中隊長に代わり中隊の指揮を執ります」
「…早速、先程の件を実施。あと……これを隊長に渡してくれ」
先程、損害報告を受けながら預かった戦死した戦友達、そして呉兵達のドックタグを小隊長へ渡しーーついで自分のドックタグの片割れも預けた。
「機銃は4挺残して…弾薬は寄越せるだけ寄越してくれ。それと選抜した奴等に手榴弾を二個ずつ配分。……それぐらいだな」
「他にご用命は?」
「…そうだな……」
指示に従い、小隊長達が残留する兵士を選抜し、生き残った分隊長達はその兵士達に手榴弾を分配して使用法を教授する。
その様子を眺めていると少尉は不意に口寂しさを覚えた。
「タバコ……タバコを一本くれ。朝から吸ってなかった」
身振りでタバコを吸う動作を真似て部下へねだると小隊長の一人が戦闘服の胸ポケットからソフトパックのタバコを取り出し、それを軽く振ってタバコの吸い口を少しだけ出して少尉に差し出した。
それを口で銜えて受け取ると次いでジッポの火が差し出される。
「あぁ、ありがとうーー……ふぅ……うん、美味い」
「他に何かありますか?」
紫煙を吐き出しつつ考えてみるがーー他に要望する事は思い至らなかった。
首を横に振り、何もない事を伝えるとタバコを差し出した小隊長が敬礼する。
「小隊長の武運長久を祈ります」
「現在は中隊長ーー…まぁ良い。後を頼む」
少尉が答礼し、腕を下ろすと小隊長も敬礼から直り、生き残った中隊の兵士・隊員達を見渡す。
「ーー第二中隊、後退!!第一塹壕を放棄する!!」
「ーー中隊、後退っ!!」
命令が逓伝され、第二小隊長の指揮の下、連絡通路を通って中隊が後方の塹壕へ駆けて行った。
静かになった塹壕の中で少尉は貰ったタバコを吹かし続けーー根元まで灰となった頃、名残惜しげに銜えていたそれを指先で摘まみ、底へ投げ捨てると半長靴の底で火種を踏み潰す。
「残存兵力40と1名……どこまで殺れるか試してやる」
「ーー気をしっかり持って!!寝ないで下さいよ!!」
「ーー止血帯ないか!?あったら持って来い!!」
後送された重傷を負った兵士や隊員達の応急処置に衛生兵達は追われていた。
「腸が出てる!押さえてろ、押し込んで縫い合わせる!!」
切り裂かれた下腹部から腸が飛び出し、激痛で暴れる兵士を仲間数名が身体を押さえ付けた。
飛び出した腸に消毒薬を掛け、衛生兵が無理矢理、腹へ押し戻す。
「ーー…こいつは……もう駄目だな……モルヒネを打ってやれ」
重傷者達には命の選別ーートリアージが行われ、命の灯火が残り僅かとなった兵士の額へ衛生兵が黒の油性ペンで印を書き“救命見込み無し”と判定していった。
「大丈夫ですか一曹!!?」
「…聞こえてる……デカい声出すなって……下半身ーー腰から下が動かねぇ……」
後送された前田一曹へ衛生兵が意識の確認をする為、大声で呼び掛けると彼は確かに反応する。
彼は乱戦の最中、近くで戦っていた劣勢の兵士を助ける為、五胡兵を小銃に着けた銃剣で刺殺したのだがーーその僅かな隙を別の五胡兵が持つ槍で突かれたのだ。
刺された瞬間、下半身の力がいきなり抜け落ちて彼は無様にも前のめりに倒れてしまった。
それを見た五胡兵がとどめを刺そうと躍り掛かったが、前田一曹はレッグホルスターから拳銃を素早く抜き、自身に迫る脅威を排除したのだ。
倒れても尚、即応して対処する技量は確かに素晴らしいモノがあるがーー
「一曹。自分が診る限りですが……あなたは脊髄を損傷している可能性が高い。おそらく下半身は今後も……」
「麻痺……つまりは動かないって事だろ?」
「はい…残念ながら……」
「たぶん、お前の診断は間違ってねぇぞ。なにせ腰から下の感覚がねぇんだ」
溜息を溢しつつ一曹は下半身へ力を入れてみるーーが微動だにしなかった。
「リハビリすれば可能性としては回復も……」
「戦えない傭兵なんぞ話にもなりゃしねぇよ……」
苦笑しながら彼は胸ポケットからタバコを取り出して火を点ける。
「だけど……少しは役に立ちたいなぁ………なぁ、手榴弾をくれ。ここまで敵が来たら道連れにするからよ」
「ーーメディック…俺にも手榴弾を……」
「ーー俺にも寄越してくれ……」
重傷を負った隊員達が口々に手榴弾を寄越すよう衛生兵へ告げる。
治療の為、弾帯や装具類は外されている上、弾帯に仕掛けている自爆装置を起爆する事さえ困難な身体となってしまったのだ。
衛生兵が迷っていると寝そべる前田一曹の傍らへ膝を付き手榴弾を差し出した者がいた。
「ーー将司さん……」
「ーー必ず敵を道連れにしろ。最低でも三人は殺れ」
「ーー了解…」
「ーー副長…自分にも…」
「ーー大尉…!!」
負傷者の応急処置の支援に来ていたのだろう将司が身動きが取れない隊員達へ次々と破片手榴弾を手渡して行く。
腕を伸ばす者には直接やり、腕すら動かす気力のない者には胸へ手榴弾を置いていき、手をその上へ被せてやる。
もはやその光景は末期戦の様相を呈していた。